有限世界の少女たち ◆SERENA/7ps
礼拝堂やステンドグラス、信仰の対象となる神を模した像。
そして、神の教えを書き綴った教典と、それを収める書架。
この教会は城下町の中にあったそれとは違って、老朽化はしてないようで、腰を下ろして休むにはいい場所だ。
西を見渡せば海が、東を見渡せば森とそれなりの高さを持つ山が、北と南を見れば海岸線があった。
どうやら、ここはたしかにF-1にある教会で間違いないらしいということを教会の屋根に上り、それを確認したマリアベル。
忌々しい太陽を見上げ、マリアベルは目を細める。
思えば、カイバーベルトがファルガイアを侵食していた時、太陽の光は遮られ、着ぐるみを着る必要はなかった。
その点だけを取ってみれば、あの頃は悪くはなかったなと、今更になってマリアベルは思った。
もちろん太陽の光がなければ作物も育たないから、それは膨大なデメリットの中にあった数少ないメリットの一つに過ぎないのだが。
夜の支配者たるノーブルレッドにとって、太陽とは敵でもあり味方でもある。
海岸近くだけあって、この辺りは風が少し強めだ。
荒野には荒野の、海辺には海辺の風が吹く。
荒野とは違う、湿り気を帯びた風を感じながら、マリアベルは辺りを見回す。
誰かここに近づいてこないか視察しているのだ。
地図を見る限り、この近辺には建物は教会しかないため、人が訪れる確率が高い。
そのため、定期的にマリアベルは見張りと斥候を兼ねた行動をしていた。
今回も異常ないことを確認したマリアベルは、屋根から下りて礼拝堂に入っていった。
「もう一度! もう一度やってみる!」
ニノと酔い(?)から回復した
ロザリーは二人で呪文の勉強をしていた。
見事メラを使いこなしたニノのたっての希望だ。
ロザリーも快く承知して、根気よく教えていた。
しかし、今回は前回のようにはいかず、失敗続きだ。
今も新たな呪文の習得に失敗して、再度のチャレンジをロザリーに申し出たところだ。
「でも、眠くない?」
「う、ううん。 だ、大丈夫! まだいけるもん」
呪文とは、精神の力を注ぎ込み、物理法則に拠らない数々の奇跡を生み出すもの。
ニノの精神力が限界に近いのを見てとり、ロザリーが聞く。
瞼が重いのか、ニノは眠気と必死に戦っているようだった。
気を抜いてしまうと、船を漕いでしまいそうになるのをなんとか我慢して今までロザリーの教えを聞いていたが、それも限界が近づいている。
自分から呪文を教えてくれと言ったのに、眠たいから寝たいと言うのは気が引けるのか、ニノは続行の意志を表明する。
しかし、数秒もするとまたうつらうつらとした顔を見せるようになる。
と、丁度礼拝堂の中に戻ってきたマリアベルも状況を察して、ニノに休むよう言った。
「ニノ、もう寝るがよい。 お主のその様子では新しい呪文を覚えるどころか、メラも使えるか怪しいぞ」
「そんなことないよ! メラっ! ……あ、あれ?」
「……駄目じゃこりゃ」
ニノの手には蝋燭の灯りくらいの火しかつかない。
完全にガス欠状態だ。
ロザリーとマリアベルはしょうがないなという顔をして、ニノの傍によった。
そして、二人同時に――
「ラリホー」
「スリープ」
ニノの額に指をあて、眠りの魔法をかけていた。
いくら魔法に対する抵抗力がある程度高い魔道士といえど、疲労の限界に達していた状態で眠りの魔法をかけられてはしかたない。
全身から力が抜けるニノをロザリーが抱きかかえ、優しく礼拝堂の長椅子に横たえる。
スヤスヤと規則正しい寝息をしているニノは当分起きそうにない。
それも致し方なかろう。
エリクサーやライフドレインで疲労を回復したマリアベルやロザリーとは違って、ニノは時間の経過による自然回復しかしてない。
夜から起き続け、戦闘もこなした身では消費された体力や精神力ももう限界だったのだろう。
「いい子ですね」
「ふん、まあ学ぼうという姿勢は認めるがな。 何ほどの者でもない、ただのちっぽけな人の子よ」
ニノの頭を優しく撫でながら、ロザリーが微笑む。
魔族の王の心を射止めるほどの美しさが、その笑顔には込められていた。
「どうします?」
「なぬ?」
「ニノちゃんが寝ると、行動ができません」
「ふむ……そうじゃな。 とりあえずオディオめの声がまた聞こえてくるまでは寝かしてやるかのう」
時間にして2時間弱、それがこの子に許されたわずかな安らぎの時間。
せめて夢の中だけでも、楽しく過ごせるようにと、ロザリーは願わずにはいられない。
そんなことを考えていると、オディオへの疑問も湧いてくる。
「魔王オディオは、どうしてこういうことをしようとしたのでしょうか?」
「単に人間嫌いではないのか? やたらと人間は裏切るだの何だの言っておったし」
「そう、ですね……。 それは間違いないと思います。 でも、人間が嫌いなら何故、人間全体を滅ぼさずに一部の人間だけにこんなことを……」
デスピサロという、これ以上ない身近な例があったロザリーとしてはそう思うのは当然のことだ。
あの時の変わり果てたデスピサロの姿を思い出すと、未だに胸が締め付けられるような思いになる。
愛する者のことも忘れ、自分が何故人間を憎んでいるかも忘れ、醜悪な怪物になり果てた
ピサロ。
憎しみが、一人の若者をあそこまで変えてしまうことにロザリーは恐れ、おののき、そして悲しんだ。
「……違いないな。 何故人間すべてを滅ぼさずにこのようなことを。 いや、人間嫌いなのは分かるが、それなら何故わらわやお主のような人ではない種族まで?」
人間については色々言ってはいたが、オディオはエルフやノーブルレッド、魔族については殺し合えという以外、特に何とも言わなかった。
そもそも、トカにいたっては二足歩行ではあるが、人間とは似ても似つかない種族だ。
「分らぬな……考えてもオディオ本人がここにいない以上、結論の出んことではあるのじゃが……」
「人選になんらかの意図がある、というのはどうでしょう?」
「宿屋でも話したことじゃな」
宿屋でパーティー分割の話をする際にも話したことだ。
いくつかの知り合い同士が固まってここに来させられているという。
ニノはネルガルと戦った仲間たち。
マリアベルはARMSのメンバーと、敵対していたオデッサの一員。
ロザリーは愛する者ピサロと、ピサロと戦っていた導かれし者たち。
明らかに、選出された人員に何らかの意図が感じられる。
また、
シュウや
サンダウン、
ストレイボウと話した時に判明したのは、全員が漏れなく非日常の世界を体験、あるいは歴史などを左右するような戦いに身を投じていたこと。
生まれてきてから、ずっと平和な時間を過ごしていた者というのがいない。
サンダウンもつい最近までは普通――あくまでサンダウンの基準ではあるが――の生活を送っていたらしいが、ある日突然、謎の世界に連れてこられたらしい。
「個人間の戦力のバランスをとるためではないか? 強さに偏りが出ると、殺し合いというより虐殺しか起こらぬぞ」
「誰でも、最後の一人に残れるチャンスを残すためですか。 なるほど、それはそうかもしれません」
「妥当な考えだと思うが……いやしかし、となると知り合い同士で参加させられてるのや、わらわたち人間以外の種族が呼ばれた説明がつかぬ……」
堂々巡りの思考に陥ってしまい、またもや結論は出ない。
結局、分ったのは魔王オディオが筋金入りの人間嫌いなんだろうということだけだった。
判断できる材料が少なすぎて、オディオの内面を窺い知ることができない。
そこで、ロザリーが瞬間に思いついたことを言ってみた。
「では、その二つの要素を合わせて考えてみる、というのは?」
「どういうことじゃ?」
「はい、人間がメインで、エルフやノーブルレッドがオマケにすぎないのかもしれません」
「オマケとなッ!?」
オディオは人間が嫌い。
それは言動の端々から見てとれる。
何故嫌いなのかはさておき、人間が愚かな生き物だと思い知らせたい。
だから、こうして様々な世界から人間を集めて、殺し合わせる。
人間は、本当に苦しい時にこそ本音や本性が出る。
全員殺さなければ生き残れないという極限状態に放り込むことで、人間の心の奥底に潜む本性を引きずり出そうという考えかもしれない。
そこで、疑問に出てくるのが、ならば何故人間以外の種族まで?ということだ。
ロザリーは、この理由づけに知り合い同士で連れてこられてるらしいという事情を思い出し、そこに目を付けた。
「つまり、私たち人間以外の種族は、あくまでも勇者様やマリアベルさんのいう部隊の知り合いだから、つれてこられたのではないかということです」
「わらわたちは人間のとばっちりを受けたと?」
「はい、そしてあわよくば私たちにも人間の愚かさを思い知らせたい、という計算もある、かもしれません……」
そう言ったロザリーも最後は自信なさげだった。
所詮、こんなものは憶測の上に憶測を乗せ、さらに憶測を展開したものにすぎないからだ。
世間ではそれを、当てずっぽうという。
「ゆ、ゆ、ゆ……許さんッ!」
しかし、マリアベルにはどうも見逃せないことだったようで、拳を握りしめ、オディオに対する怒りを露わにした。
よりにもよってノーブルレッドをオマケ扱いするとは何事だ、必ずや成敗してくれる、などということを大声で言っている。
「あ、あくまでそうかもしれないというだけです。 それに、ニノちゃんが起きてしまいます」
「む……わ、分っておるわッ!」
幸い、今の大声ではニノは起きなかったようで、相変わらず規則正しい寝息を立てていた。
それを確認したロザリーは安堵の息をついて、もう一度ニノの頭を優しく撫でた。
ロザリーの手の感触を感じたかどうかは定かではないが、ニノもわずかに頬を緩ませる。
ニノがロザリーに呪文の名前を聞いていた時、メモしていた紙を見る。
つい最近、ようやくニノは字の読み書きを覚えたらしい。
慣れない手つきで、メラやメラミと言った言葉を紙に書いていた。
マリアベルやロザリーにとっては、ニノの書いた文字は蛇ののたくったようなものに見える。
明らかにマリアベルやロザリーの世界には存在しない言語だった。
しかし、不思議なことにそれがちゃんとメラ、メラミ、メラゾーマと書かれていることが読み取れる。
もちろんロザリーもマリアベルもそんな翻訳能力はもってない。
オディオの底知れなさを窺わせる要素の一つだ。
文字だけではない。
言葉一つとっても、口の動きと実際に聞こえてくる言葉が全く合ってないのだ。
にも関わらず、正確に口を読んでメラを覚えたニノはさすがというべきか。
「こんな子に、どうして恨みを持つのでしょうか……?」
赤子のように邪気のないニノの寝顔を見ると、ロザリーもそう言わずにはいられない。
それを聞いたマリアベルは、ふと思うところもあって、ロザリーに聞いてみた。
「人間が好きなのか?」
「えっ……?」
戸惑いは一瞬の沈黙を生む。
ロザリーは思った以上に、答えが出せない。
ニノは好きだし、サンダウンもシュウも好きもストレイボウも、導かれし者たちも好きだ。
「分りません……」
なのに、答えはイエスでもノーでもない、曖昧な形になってしまった。
伏したロザリーの瞳からは、複雑な感情が渦巻いている。
マリアベルは着ぐるみを脱ぎ、素顔を出した。
「本音を言うてもいいのじゃ。 わらわは人間ではないし、嫌いだと言っても告げ口はせん」
そう、今ここに起きている人間はいない。
エルフとノーブルレッドだけの世界だ。
いくらでも本音を話してもいい。
ロザリーはしばし逡巡した後、マリアベルの顔を見て話を続けた。
「全員が全員、好きではありませんけど、この子みたいに澄んだ瞳をもっている人間がたくさんいることも知っています」
ロザリーヒルで、初めてユーリルやその仲間に会ったときにも思ったことだ。
ピサロがロザリーに対して酷い仕打ちをしていた人間を殺したときでさえ、何も殺さなくてもとロザリーはピサロに言った。
そういう優しさを持つのがロザリーという女性なのだ。
人は火を得ては魔物を焼き、鉄を得ては人を斬り、呪文を得ては両方の種族を殺してきた。
エルフは野蛮な人間に近付いてはならない。
同族と過ごした時間があまりないロザリーでも、それは耳にタコができるほど聞かされた。
けれど、ロザリーは辛い日々が続いても、それを鵜呑みにはしなかった。
人間は自分を虐待するような酷い人しかいない訳ではない、そう信じていた。
そして、会えた。
だから、信じてピサロのことを頼み、万一のことがあれば殺してくれとも言った。
「世界樹の花を使って、私の御霊を呼び戻してくださったこともあります」
勇者やその仲間にも、世界樹の花を使いたい人が必ずいたはずだ。
例えば壊滅した勇者の故郷の村の人たち、例えば
ミネアやマーニャの父親。
そういった個々人に死者の国から帰ってきてほしい人がいたにも関わらず、自分を選んでくれた。
もちろん、エビルプリーストのおかげで真相を知った勇者一行が、ロザリーならピサロを元に戻せるかもしれないと思ったからという打算もあっただろう。
ロザリーという個人に、勇者一行が好意を抱いてくれていた訳ではない。
けれど、それはピサロを殺そうというのではなく、ロザリーの愛するピサロを救おうとしてくれた行動なのだ。
愛するピサロとの平和を取り戻せたことに対しては、いくら感謝しても足りないほどだ。
けれど、それで昔受けた心の傷が完全に癒えるはずもない。
結局、人間全体に関する判断は保留のままだ。
それは、ずるいことなのだろうか。
「だから、ニノちゃんやシュウさん、サンダウンさんに勇者様たちだけは好きです。 もちろんマリアベルさんも」
「アホ抜かすでない」
急にそんなことを言われたマリアベルが少しだけ照れくさそうな顔をする。
ロザリーも微笑んで、今度はマリアベルに聞いてみた。
「マリアベルさんは?」
「わらわか……ふむ……」
マリアベルも礼拝堂の中で、人間に対する思いを考えてみた。
アナスタシアと戦っていた日々。
アナスタシアと別れてからの日々。
ARMSのメンバーと戦っていた日々。
それは一言では到底言い表すことのできぬ量の時間。
遥か遠き夢のごとき、されど確かに現実に合った出来事。
色んな出来事があって、色んな人がいた。
しかし、答えはロザリーと似たようなものだった。
「よく分らぬ。 人は生命の誕生を喜ぶ一方で、平気で他人を殺す。
世界のどこかで新たな命が生まれたとき、別の場所では誰かが死んでいく……それこそイルミネーションのようにな。 なんと矛盾に満ちた幾億もの光か。
脆弱で、簡単に同族同士で傷つけあい、時には手を取り合う。 そして、強い絆で結ばれた仲間は決して裏切ることはしない。
ノーブルレッド永遠の課題じゃ。 人間とは強いのか弱いのか、如何なる存在であるか、というのは……」
ロザリーも頷かずにはいられない。
それはロザリーが人間に対して思っていたことと当てはまるからだ。
ロザリーを虐待する人間がいる一方で、ロザリーを救う人間もいる。
だからこそ、ロザリーも人間という生き物がどういうものか測りかねているのだ。
「ロードブレイザーと戦うとき、アガートラームの光のもと、ファルガイアの誰もが戦うために一丸となった。
あの時、わらわは人の心の光というのを確かに感じ取った」
「……」
「長き宿願が果たされたが、わらわは同時に思った。 人間は団結すると本当に強い。
それだけの強さがあるのに、どうしてこれほどの犠牲と時間が必要だったのかと……」
ロードブレイザーとは何のことかロザリーには分らない。
けれど、マリアベルが自分のいた世界で戦った敵だというのはなんとなく分った。
マリアベルもロザリーの相槌は必要としてないのか、構わずに続ける。
「そうよ、人間が団結すれば、ロードブレイザーなど敵ではなかったのじゃ。
何故、あの境地に至るまでに数百年もの歳月が必要だったのか……。
数百年前にも同じことができれば、あやつはああはならなかったのに……」
悔しげに、マリアベルは顔を歪ませる。
まるで、心に溜まった澱みを吐き出しているかのように。
人間には決して言えない不満が、エルフにぶつけられる。
数百年という、人間やエルフでは感じることのできない膨大な時の流れがロザリーを圧倒し、口をはさめない。
「無論、人間が進歩していることはいいことじゃ。 人間ほど多様性に富んだ生き物もいない。
そこが、人間の素晴らしいとこであり、厄介なところでもあるがな……」
エルフは穏やかな種族で、人間に関わることをよしとせず、平和に生きる種族だ。
ノーブルレッドはマリアベルを見れば分るように、強固なアイデンティティを持った誇り高き種族。
人間は、一言で表すことはできない。
暴力的な人間もいれば優しい人間もいる。
お金に意地汚い人間もいれば、富には全く関心のない人間もいる。
とにかく、色んな種類の性格、自己をもっている。
「ふうっ……」
大きく、マリアベルが息をついた。
少しばかり、呆れかえるような表情に変わる。
「わらわはたくさんの生と死を見てきた。 それこそ……数も、意味も、忘れそうになるほどな。
こんなことを企んでやった人間は今までもたくさんいたのじゃ。
今回は規模と、そんなことをやろうとしたオディオの力が飛びぬけておるだけでな」
歴史には名君も暴君もいた。
そんな暴君が人間を集め、人間同士で殺し合わせる。
馬鹿馬鹿しいと、マリアベルはそんな暗愚な指導者を侮蔑してきた。
もちろん、マリアベルは人の世には極力関わらないから、手を出すことはしなかったが。
それは、本当に『どこにでもよくあること』だったからだ。
マリアベルは神などではない。
スリから強盗、殺人、はてはオディオのような殺し合いを取り締まる義理も義務もない。
良くも悪くも『人の問題』だからだ。
ノーブルレッドが出しゃばることではない。
「今回の焔の災厄だって、アーヴィングがオデッサという脅威を用意して、ようやく人の心を繋げることができたのじゃ。
考えてもみい。 オデッサなんてものがなくても、人間に最初から心を繋げる強さがあれば、死ななくてもいい命がたくさんあったはずなのじゃ……。
人が団結するためには、まだそこまでしなければならなかったんだわさ……」
ARMS指揮官、アーヴィングの策略は確かに世界を救った。
でも、アーヴィングはオデッサという脅威を用意することで、死なくていい命まで死なせてしまった。
ファルガイア全体に生きる命全てが死ぬよりは、一部の人間が死ぬ方を選んだのだ。
アーヴィングのファルガイアを思う気持ちは本物だったし、マリアベルもそれを認める。
でも、だからこそ、マリアベルはその一点だけアーヴィングを許すことができない。
奴はファルガイアを思うあまり、人間を数字としてしか見なかったのだ。
そして、そうまでしないといけなかった人間の弱さと、ノーブルレッドの知恵では全ての人を救うことができなかったという自身の未熟さに、忸怩たる思いを抱えずにはいられなかった。
「そう、人はまだ……幼い。 目の前にある欲しいものが、我慢できない……。
結局な、人間の敵はいつまで経っても人間なのかもしれぬ……。
もしかしたら、例えこの先、人が星の海へ行けることになっても、星の並びが変わるほど時を隔ててもな。
わらわは人間を信用する。 でもな、時々歯がゆく思うこともあるのじゃ……。
やればできるのに、どうしてやらないのかと……」
「人間が……嫌いなのですか?」
初めて、ロザリーが口を挟む。
奇しくも、それは人間が好きなのかというマリアベルの質問と正反対のもの。
それを聞いて、マリアベルは一瞬考え込むような顔をした後、そうではないと軽く笑った。
「愚痴よ。 こんなことは人間には言えぬ故にな。
人間はあと数百年もせぬうちにまた戦争を始めるじゃろうて。
ああ、待つさ、待つとも、待つわい。
100年どころか1000年待っても惜しくないほどのものを、わらわは人間に見せられた。
だから、今のはこれから先のことを思っての、100年分の前倒しの愚痴じゃ。 ゴーレムに愚痴ってもうんともすんとも言わぬからの」
ロザリーは人間のことを全肯定できるほど好きではない。
それでも、ロザリーはマリアベルが人間が嫌いではないと言ってくれたことに安堵した。
マリアベルは待っているのだ。
人が犠牲なくとも、アガートラームを持つ強さを手に入れるのを。
誰もが英雄にすがらずに戦うことを選ぶ未来を。
人が自分自身の力に目覚め、自分自身の力に責任が取れるその日まで。
「わらわは待とう……。 たった一人でも、永遠に」
それこそが、最後のノーブルレッドであるマリアベルに課せられた使命の一つ。
命か、心か、時が尽きるまで生きるという、
永遠を背負いし者。
それが、マリアベル・アーミティッジ。
この人はどれだけの苦しみを背負って生きているんだろうか、ロザリーはそう思わずにはいられない。
少なくとも、自分にはとてもできそうにないと、ロザリーは思った。
「ニノちゃんは……眠っている間、私たちがこんなことを話しているとは思いませんでしょうね」
「じゃろうな。 よいよい、お子様にはなんの関係もない話じゃ。 こやつは何も知らなくていい」
天井も壁もない、されど、確かにこの島は監獄なのだ。
首輪を嵌められた生贄たちが、たった一つの椅子を巡って争う奪い合い。
これはそんな有限世界で生きる少女たちの、ほんのひと時の安らぎの時間。
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最終更新:2010年07月02日 21:46