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9-4、皇室をめぐる思想の交叉点(メタ的思考実験)
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Q1:【東浩紀氏的な問い】
皇室の歴史は、近代民主主義(「ぼくたちの国のことはみんなで決める」)の外部にあるものです。なにもかも民主主義的に決めればいいというわけではありません。だとすれば、そもそも国会や有識者会議で皇位継承を議論すること自体が「民主主義というシステムによる侵食」であり、カテゴリーエラーではないでしょうか?
皇室の歴史は、近代民主主義(「ぼくたちの国のことはみんなで決める」)の外部にあるものです。なにもかも民主主義的に決めればいいというわけではありません。だとすれば、そもそも国会や有識者会議で皇位継承を議論すること自体が「民主主義というシステムによる侵食」であり、カテゴリーエラーではないでしょうか?
【現実・法的次元からの回答】
A1: おっしゃる通り、憲法上の「象徴天皇制」は、民主主義というシステムの中に皇室を置くという、極めてパラドキシカル(逆説的)な構造です。現実には、国民主権下で皇室典範を改正する権限は国会にあり、法的な手続きを経なければ制度を維持できません。しかし、その議論のプロセスで「多数決の論理(今の国民がどう思うか)」を最優先すれば、何千年と積み重ねられてきた伝統の重みが損なわれるという東氏の懸念は、法理学的な側面から見ても極めて重大な指摘です。
A1: おっしゃる通り、憲法上の「象徴天皇制」は、民主主義というシステムの中に皇室を置くという、極めてパラドキシカル(逆説的)な構造です。現実には、国民主権下で皇室典範を改正する権限は国会にあり、法的な手続きを経なければ制度を維持できません。しかし、その議論のプロセスで「多数決の論理(今の国民がどう思うか)」を最優先すれば、何千年と積み重ねられてきた伝統の重みが損なわれるという東氏の懸念は、法理学的な側面から見ても極めて重大な指摘です。
【霊的・人智学的次元からの回答(補助線)】
A1b(霊的視点): この問いは「社会有機体三分節論」における「権利生活(民主主義)」と「精神生活(宗教・芸術・伝統)」の衝突を鋭く突いています。
民主主義(権利生活)は「水平」に広がる合意形成のシステムであり、皇室(精神生活)は神々と「垂直」に繋がる霊的装置です。東氏が喝破するように、垂直の装置を水平のシステムで議論しようとすること自体がカテゴリーエラーなのです。しかし、私たちがこの議論から逃げず、あえて「議論の場」に立っているのは、システムに皇室を殺させないためです。「議論そのものが不毛だ」と切り捨てるのではなく、「システム(国会)を使って、システム(近代民主主義)の論理が及ばない領域(祭祀の器)を保護する」という、極めて高度な護教的(ディフェンス)な戦術を私たちはとっているのです。
A1b(霊的視点): この問いは「社会有機体三分節論」における「権利生活(民主主義)」と「精神生活(宗教・芸術・伝統)」の衝突を鋭く突いています。
民主主義(権利生活)は「水平」に広がる合意形成のシステムであり、皇室(精神生活)は神々と「垂直」に繋がる霊的装置です。東氏が喝破するように、垂直の装置を水平のシステムで議論しようとすること自体がカテゴリーエラーなのです。しかし、私たちがこの議論から逃げず、あえて「議論の場」に立っているのは、システムに皇室を殺させないためです。「議論そのものが不毛だ」と切り捨てるのではなく、「システム(国会)を使って、システム(近代民主主義)の論理が及ばない領域(祭祀の器)を保護する」という、極めて高度な護教的(ディフェンス)な戦術を私たちはとっているのです。
Q2:【小林よしのり氏的な問い】
神話や男系継承を「幻想」と切り捨て、時代に合わせて女系天皇を容認すべきではないですか?いつまでも「男系男子」という不可能な幻想に固執し、旧皇族復帰のような不自然な手段をとることは、皇室を滅ぼすことになりませんか?世論や国民の敬愛(天皇と国民の絆)こそが皇室を支える唯一の基盤であり、それに反する男系維持論は「皇室論の専門家ではない」人々の傲慢な独りよがりではないですか?
神話や男系継承を「幻想」と切り捨て、時代に合わせて女系天皇を容認すべきではないですか?いつまでも「男系男子」という不可能な幻想に固執し、旧皇族復帰のような不自然な手段をとることは、皇室を滅ぼすことになりませんか?世論や国民の敬愛(天皇と国民の絆)こそが皇室を支える唯一の基盤であり、それに反する男系維持論は「皇室論の専門家ではない」人々の傲慢な独りよがりではないですか?
【現実・法的次元からの回答】
A2: 「皇室論の専門家ではない」という批判は、学術的な系譜や歴史的プロトコルよりも、「現在の国民感情(世論)」を重視すべきだという政治的な立場表明です。
しかし、憲法第2条における「世襲」とは、誰の人気が高いかという投票ではなく、男系という「血の系譜(ルール)」を指しています。「現実的」という言葉は聞こえが良いですが、制度の根幹にあるルールを「時代の空気」で変えれば、それはもはや皇室という「特定の家系」ではなくなり、単なる公的なキャラクター制度へと変質します。旧皇族の復帰は、過去の歴史において幾度も行われてきた「安全装置(セーフティネット)」の再構築であり、決して「不自然な手段」ではありません。
A2: 「皇室論の専門家ではない」という批判は、学術的な系譜や歴史的プロトコルよりも、「現在の国民感情(世論)」を重視すべきだという政治的な立場表明です。
しかし、憲法第2条における「世襲」とは、誰の人気が高いかという投票ではなく、男系という「血の系譜(ルール)」を指しています。「現実的」という言葉は聞こえが良いですが、制度の根幹にあるルールを「時代の空気」で変えれば、それはもはや皇室という「特定の家系」ではなくなり、単なる公的なキャラクター制度へと変質します。旧皇族の復帰は、過去の歴史において幾度も行われてきた「安全装置(セーフティネット)」の再構築であり、決して「不自然な手段」ではありません。
【霊的・人智学的次元からの回答(補助線)】
A2b(霊的視点): ここで語られている「国民の敬愛」や「絆」は、人智学的に言えば「アストラル的(感情的)な共鳴」です。多くの人々が愛子内親王殿下を敬愛するのは当然の感情であり、それは素晴らしいことです。しかし、皇室の本質である「祭祀(アート)」は、このアストラル的な感情(人気)から最も遠い場所にあるべきものです。
小林氏の主張は、天皇を「国民の情念に応える存在(ルシファー的な偶像)」へと引き上げようとしています。一方で、私たちが守ろうとしている男系継承は、国民が好むか好まざるかにかかわらず、自らの自我を滅して神々に捧げる「祈りの器(エーテル的連続性)」です。
「人気があるから天皇になる」という論理は、アイドルや政治家の論理です。神事(祭祀)とは、人間の人気投票を超越した場所で維持されるべきです。氏の主張は、天皇を「人間の感情が支配する地上」に引きずり下ろすものであり、その結果として、皇室の霊的な強度は確実に弱まってしまうでしょう。
A2b(霊的視点): ここで語られている「国民の敬愛」や「絆」は、人智学的に言えば「アストラル的(感情的)な共鳴」です。多くの人々が愛子内親王殿下を敬愛するのは当然の感情であり、それは素晴らしいことです。しかし、皇室の本質である「祭祀(アート)」は、このアストラル的な感情(人気)から最も遠い場所にあるべきものです。
小林氏の主張は、天皇を「国民の情念に応える存在(ルシファー的な偶像)」へと引き上げようとしています。一方で、私たちが守ろうとしている男系継承は、国民が好むか好まざるかにかかわらず、自らの自我を滅して神々に捧げる「祈りの器(エーテル的連続性)」です。
「人気があるから天皇になる」という論理は、アイドルや政治家の論理です。神事(祭祀)とは、人間の人気投票を超越した場所で維持されるべきです。氏の主張は、天皇を「人間の感情が支配する地上」に引きずり下ろすものであり、その結果として、皇室の霊的な強度は確実に弱まってしまうでしょう。