④ペリクル水族館

ペリクル大学はフラックスの酸性雨でとろけ、もはや原型をとどめていなかった。メルヴィナは、フラックスやエステリを含む多くの変わってしまった人々を元に戻す方法探るため、進化について研究している教授ロンサム・ダーウィンを尋ねることにした。

ロンサムのラボでは、すでに今回の突然変異の研究が進められていた。しかし、当のロンサムの姿は半透明でホログラムのようだった。彼は次元爆弾によって幽体となり、研究への執念そのものと化していたのだ。ロンサムによると、次元爆弾の爆発から発生した波動によって、生物は突然変異したのだという。しかし、次元爆弾の正体はもちろん、効果が個体によってそれぞれ異なることなど、まだまだ謎だらけであった。また、彼は生物の外形の重大な変化を「モンスター化」と呼んだが、モンスター化した生物すべてが凶暴であるとは限らなかった。

ロンサムは大量の調査ロボットに情報を収集させ、特にヒトの突然変異について分類した。研究の結果、現生人類ホモ・サピエンス・サピエンスはネオテニー(幼形成熟)であり、ハイバーのような状態がホモ・サピエンスの成体であることが発覚した。ネオテニーとは、動物が幼形を保ったまま性的成熟に達し生殖を行う現象のことである。したがって、ロンサムは現生人類ホモ・サピエンス・サピエンスという学名を、「幼形人類ホモ・サピエンス・イマチュア」へと変更した。また、「直立二足歩行の類人猿のような姿でテレパシーが使えるヒト」を「成体人類ホモ・サピエンス・アダルト」と定義した。また、多様な超能力は補足しきれないため、超能力が使えるヒトをひっくるめて俗的に「超人類ヘテロ・サイエンス」と呼ぶことにした。現在、ヒトは以下の10種の存在が確認されているという。
(このあたりの説明は複雑になりがちなので、ロンサムの話は簡潔にし、モブキャラクターやコンピューターなどの小道具によって具体的な説明をする予定。)

①「幼形人類ホモ・サピエンス・イマチュア」
→成体人類ホモ・サピエンス・アダルトのネオテニー
②「成体人類ホモ・サピエンス・アダルト」
→直立二足歩行の類人猿のような姿でテレパシーが使えるヒト
③「退化人類ホモ・サピエンス・レトロ」
→四足歩行の類人猿のような姿をしたヒト
④「未来人類ホモ・サピエンス・エクストラ」
→宇宙人のような姿をしたヒト
⑤「無理人類ホモ・サピエンス・ノーマン・イラショナル」
→外形はそのままで理性が欠落したヒト
⑥「無知人類ホモ・サピエンス・ノーマン・イグノラント」
→外形はそのままで知性が欠落したヒト
⑦「野性人類ホモ・サピエンス・ノーマン・ノーマン」
→外形はそのままで理性と知性の両方が欠落したヒト
⑧「水生人類ホモ・サピエンス・アクア」
→水中で生息可能なヒト
⑨「怪物人類ホモ・サピエンス・モンスター
→外形が重大な変化をしたヒト
⑩「幽体人類ホモ・サピエンス・ゴースト」
→物理的には存在しないが認識できる(させる)ヒト

ロンサムによると、ビクタはノーマン・イラショナル、エステリはノーマン・イグノラント、フラックスはモンスター、ロンサムはゴーストである。

ヘテロ・サイエンスは、脳に備わっている、肉体と精神を最適化する「バインド機能」が欠落してしまったため超能力を手に入れたという。メルヴィナは例の事件でこれを失ってしまったが、BR-AKEによって感情が抑制されていたため、超能力「具現化」そのものが発現しなかったというわけである。

メルヴィナはフラックスとエステリを元に戻す方法はないかと聞いたが、ロンサムはわからないと答えた。その代わり、ロンサムが送り出した調査ロボットのうち、北西部のロボットは全て音信不通になってしまったという情報を教えてくれた。部屋を出る時、ラボの奥の扉からラベンダー色のメイド服を着た少女がこちらをじっと見つめていたのを、メルヴィナは見逃さなかった。3人はペリクル北西部にあるペリクル水族館へと向かった。

ペリクル水族館に入ると、多くの水槽が破壊されガラスが床に散乱していた。さらに、モンスター化した展示生物だけでなく、来館者や飼育員と思われるホモ・サピエンス・アクアまでもが暴れていた。

ペリクル水族館は3階建てで、南館(温暖・淡水エリア)と北館(寒冷・深海エリア)に分かれている。入口は南館の1階にあり、南館の3階から北館3階へと水槽トンネルによって通じ、北館の1階には出口がある。屋上にはプール、地下には研究セクターがある。

モンスターのなかでも、イルカが突然変異した、直立二足歩行のなめらかな肌を持つ「イルカ人類ドルフィノイド」は非常に知能が高く、丁寧な言葉遣いだが狡猾だった。ロンサムの調査ロボットを回収していたのもドルフィノイドのしわざだった。ドルフィノイドのアジトはどうやら研究セクターにあるらしい。

研究セクターへ向かっていると、ラベンダー色のメイド服を着た少女が顔をのぞかせた。メルヴィナはその顔に見覚えがあった。ロンサムのラボにいた少女である。彼女はイリス・ダーリンと名乗り、ロンサムのメイドロボットだという。ロンサムが忙しい隙に抜け出し、メルヴィナたちをつけてきたのだ。メルヴィナは彼女を見捨てることができず、仲間として迎え入れた。

北館は空調システムが故障し、氷漬けになっていた。

研究セクターでは、数人のドルフィノイドたちが研究に打ち込んでいた。ドルフィノイドはこの短時間で、脳のバインド機能を破壊する薬品「ヘテロ・サイエンス薬」の開発に成功していた。ドルフィノイドはヘテロ・サイエンス薬をイルカに投与し、仲間を増やしていたのだ。メルヴィナは、ヘテロ・サイエンス薬を投与すればフラックスやエステリを元に戻せるかもしれないと考え、ドルフィノイドと交渉する。すると、屋上のプールで暴れている「レプンドラド」を殺せばヘテロ・サイエンス薬をくれるという。メルヴィナは条件を飲み、屋上プールへと向かった。

屋上プールからはオレンジ色の夕焼けと西の海に沈みゆく夕日が見えた。メルヴィナはレプンドラドに見覚えがあった。母の記憶データで見た金色の金属の頭をしたシャチである。しかし、様子が以前と異なっていた。左右の胸ビレは人間の腕のような形になり、尾ひれは常に天を向き、背中には幾重もの鋭いトゲが生えているなど、グロテスクな体躯をしていたのである。レプンドラドの頭部に搭載された原子炉は故障し、火花を散らしている。プールは汚染水で黒く染まっていた。レプンドラドは豪快な名古屋弁で自己紹介した。彼は子供の頃、水槽を抜けだそうと暴れ回り、頭部を損傷したが、機械化によって一命を取り留めたという。そして、次元爆弾によって有機体がモンスター化した「キマイラ・メカニカ」になってしまった。レプンドラドは、窮屈な水族館で一生にわたって見せ物にされるという運命を呪っていた。そして、運良く突然変異した腕で水槽から抜け出し、屋上のプールまで這い上がってきた。最期に海が見たかったというのだ。その願いを叶えることができたので、このままじわじわと苦しみながら死を待つよりは、いっそ殺してくれと懇願した。すると、彼は理性を失くしたかのようにのたうちまわり、戦闘開始。

レプンドラドの攻撃は莫大な威力だった。しかし、彼は年寄りの上に身体が傷ついていることもあって、HPが低かったため、攻撃を一気にたたみかけて倒す。メルヴィナはレプンドラドの亡骸に近づくと、彼の人工知能データをダウンロードした。(FUNSEEによって海で泳がせてやるという小さな伏線。)

メルヴィナたちは、ドルフィノイドに約束のヘテロ・サイエンス薬をもらいに行くが、ドルフィノイドはそんな約束はした覚えはない言い張る。話が違うので、ドルフィノイドと戦闘開始。倒してヘテロ・サイエンス薬を入手。その時、ファーストフォレストで火事が発生したというニュースが舞い込む。メルヴィナ、マグナス、ハイバー、イリスの4人はエステリの身を案じ、全速力で走りだした。

最終更新:2013年11月01日 17:54