ヒュゥン……。
軽やかな作動音と共に、私の意識は覚醒した。
機体各所の動作チェックの終了を受けて、ゆっくりと視覚素子を起動させる。
目の前にあるのは、人間の顔。
性別は女性。まだ少女と呼んだ方がいいのか、幼さの抜け切らないあどけない表情で、こちらをにこにこと見つめている。
「おはよう。気分はいかが?」
「あなたは……マスターですか?」
いきなりの問いに少女は面食らったのか、軽く目を見開いた。
「あの……」
けれど、マスターの認証は私達神姫にとって一番大事なこと。マスターを定めなければ、私はどう振る舞えばいいのかさえ分からないのだから。
「ふふ、せっかちなコね?」
艶やかな長い黒髪を揺らし、少女はくすりと笑う。
「……申し訳ありません。慣れていないもので」
「いいわ。考えたら、あたしも初めてだもの」
少女の手が私の方へ伸びてくる。色白の細い指が、私の頭をそっと撫でてくれた。
「あ……」
そのまま背中に手を回され、ひょいとお尻からすくい上げられてしまう。
バランスを取り戻すよりも早く、少女の細い指が私の足とお尻を包み込み、私を支える椅子となってくれた。
「私は戸田静香。あなたのマスターよ」
「戸田静香様……マスターと認証しました」
登録完了。
これで、最初にすべきことは終わった。
「マスターっていうのも堅苦しいわね。静香でいいわ……」
「……?」
いきなり呼ばれた固有名詞に、私は首を傾げる。
「あなたの名前。……気に入らない?」
「いえ、いきなりだったもので……」
そういえば、私自身の名前のことなど思いつきもしなかった。初期ロットとは言え、その手のバグは無いはずなのに……。
「我ながら、ちょっとシンプルすぎるかな、とも思ったんだけどね。名前なんて、シンプルなくらいがちょうど良いのよ」
話し方こそ大人びているが、仕草はどちらかといえば子供っぽい人だ。
「マスタ……静香も相当せっかちですね」
「似たもの同士、ってこと?」
「……はい」
「ま、いいわ。似たもの同士なら、仲良くやれるはずよね。きっと」
「はい!」
笑顔の静香は私を手に乗せたまま立ち上がり……。
「それじゃ……」
軽やかな作動音と共に、私の意識は覚醒した。
機体各所の動作チェックの終了を受けて、ゆっくりと視覚素子を起動させる。
目の前にあるのは、人間の顔。
性別は女性。まだ少女と呼んだ方がいいのか、幼さの抜け切らないあどけない表情で、こちらをにこにこと見つめている。
「おはよう。気分はいかが?」
「あなたは……マスターですか?」
いきなりの問いに少女は面食らったのか、軽く目を見開いた。
「あの……」
けれど、マスターの認証は私達神姫にとって一番大事なこと。マスターを定めなければ、私はどう振る舞えばいいのかさえ分からないのだから。
「ふふ、せっかちなコね?」
艶やかな長い黒髪を揺らし、少女はくすりと笑う。
「……申し訳ありません。慣れていないもので」
「いいわ。考えたら、あたしも初めてだもの」
少女の手が私の方へ伸びてくる。色白の細い指が、私の頭をそっと撫でてくれた。
「あ……」
そのまま背中に手を回され、ひょいとお尻からすくい上げられてしまう。
バランスを取り戻すよりも早く、少女の細い指が私の足とお尻を包み込み、私を支える椅子となってくれた。
「私は戸田静香。あなたのマスターよ」
「戸田静香様……マスターと認証しました」
登録完了。
これで、最初にすべきことは終わった。
「マスターっていうのも堅苦しいわね。静香でいいわ……」
「……?」
いきなり呼ばれた固有名詞に、私は首を傾げる。
「あなたの名前。……気に入らない?」
「いえ、いきなりだったもので……」
そういえば、私自身の名前のことなど思いつきもしなかった。初期ロットとは言え、その手のバグは無いはずなのに……。
「我ながら、ちょっとシンプルすぎるかな、とも思ったんだけどね。名前なんて、シンプルなくらいがちょうど良いのよ」
話し方こそ大人びているが、仕草はどちらかといえば子供っぽい人だ。
「マスタ……静香も相当せっかちですね」
「似たもの同士、ってこと?」
「……はい」
「ま、いいわ。似たもの同士なら、仲良くやれるはずよね。きっと」
「はい!」
笑顔の静香は私を手に乗せたまま立ち上がり……。
「それじゃ……」
魔女っ子神姫 マジカル☆アーンヴァル
~ドキドキハウリン外伝~
その5
テンポ良くキーボードを叩く音が、部屋の中に響いている。ブライドタッチほど早くはないけれど、指一本よりははるかに早い、そんな速さで。
かちゃん。
リターンキーを強く叩く音で連なるタイプ音はようやく止まり、ボクは携帯ゲーム機から視線を上げた。
もちろんキーボードを叩いていたのはボクじゃない。
ジルだ。
両足でエンターキーへの着地をキメたまま、得意げにこちらへ振り返る。
「なぁ、十貴」
「何?」
ジルがPCの使い方を覚えたのはつい最近のことだ。最初は両手でトラックボール……ジルにPC用のマウスは大きすぎるから、ジル用に買ってきたもの……を転がすのが精一杯だったけど、キーボードをステップを踏む事でタイピングする方法を覚えてからは、ネットであちこちの掲示板なんかまで見るようになったらしい。
「それ、おもしれえの?」
ボクがやってる携帯ゲーム機を指差して、そう聞いてきた。
「まあまあかなー」
今やってるのは、もう40年近くも続いてるモンスターバトルゲームのシリーズ最新作。今は黄色の電気ハリネズミが、超高速でフィールドを突っ走りながら電撃を放っている。
「っていうかさ。そんなバーチャルな育成ゲームじゃなくて、もっとリアルな育成ゲームしてみたくねえ?」
「……はぁ?」
そもそも、育成ゲーム自体がバーチャルなゲームなんじゃ……。
「例えば、神姫とかー」
神姫も、機械の女の子を育てるって意味じゃ、育成の分野に入る……のかな?
「……ジルを育成するの?」
でも、ジルを見てる限り、神姫に育成要素があるとはとても思えな……。
「あぁ? 誰を育成するって?」
「……ごめん」
ほらね。どう見ても、神姫に育成ゲーム要素はないでしょ。
「あたしが十貴を育成してんだろが」
…………。
「……はいはい」
ボクは話を打ち切って、携帯ゲーム機に視線を落とす。
あ。メカ武装をまとったオレンジのティラノサウルスが出て来た。えっと、こいつ、まだ仲間にしてなかったっけ……?
「なぁ、十貴ぃ」
「……何が言いたいの、ジル」
ジルがこういう持って回った言い方をするときは、大抵何かある時だ。今日は何だろう。
だいたい予想はつくけどさ。
「なぁ、十貴。ウチは神姫買わねえの?」
やっぱり。
なにせ今日は、神姫の発売日なわけだしね。
「うちにそんなお金あるわけ無いでしょ……」
ネットで見た限り、神姫は一体でちょっとしたPC並みの値段がするらしい。スペックだけ見れば相応どころかむしろ割安だとは思うけど、中学生のボクにそんなお金があるはず無いし……父さんが1/12のモータライズボトムズ相手に激しい多々買いをを繰り広げて大変な事になってる我が家にだって、そんな余裕があるはずもない。
ちなみにジルが使ってるボクのPCも、父さんが仕事で使ってたヤツのお下がりだ。
「そもそも、神姫の複数買いって出来るの?」
「ほらー。ここの人達だって、黒子と白子げとー、とか書いてるじゃんか」
ジルってば、何処のページを見てるかと思えば……。まったくもう。
「何? もうそんなスレ立ってるんだ……」
マウスでスクロールを掛けて、ざっと斜め読みしてみる。
「昨日からフラゲ組がハァハァしてるよ。どこも在庫切れになってるみたいだけど」
少し前に、テストバトル参加者からの情報リークで(ボクじゃないよ)アーンヴァルの空中戦が圧倒的優勢って話になってたから……アーンヴァルの方が沢山売れてるのかなとも思ったけど、ここを見てる限りじゃどっちも同じくらい売れてるみたいだ。
「物売るってレベルじゃねえぞって……何だかなぁ」
三十年くらい前に流行語大賞もらった台詞だっけ? たまに父さんが口走ってるけど。
「だから十貴。うちにも一人買ってこようよー。妹が欲しいよー」
「そんなの、父さんに言いなよ」
っていうか、さっき在庫切れって言ったばっかりじゃない。今頃探しに行ったって、どこも売り切れだと思うよ。
「司令はボトムズに掛かりっきりだから相手にしてくれないんだよー」
「じゃあ無理。諦めなよ」
趣味に全力投球してる時の父さんは、家が火事になってもきっと気付かない。玩具ライターだから仕事に集中するのは良いことなんだけど、端から見てると黙々と遊んでるようにしか見えないのが最大の欠点だったりする。
「なんだよ。妹欲しいなー。妹ー」
ジルがそんなことをブツブツ言ってると、部屋の窓が唐突に開け放たれた。
かちゃん。
リターンキーを強く叩く音で連なるタイプ音はようやく止まり、ボクは携帯ゲーム機から視線を上げた。
もちろんキーボードを叩いていたのはボクじゃない。
ジルだ。
両足でエンターキーへの着地をキメたまま、得意げにこちらへ振り返る。
「なぁ、十貴」
「何?」
ジルがPCの使い方を覚えたのはつい最近のことだ。最初は両手でトラックボール……ジルにPC用のマウスは大きすぎるから、ジル用に買ってきたもの……を転がすのが精一杯だったけど、キーボードをステップを踏む事でタイピングする方法を覚えてからは、ネットであちこちの掲示板なんかまで見るようになったらしい。
「それ、おもしれえの?」
ボクがやってる携帯ゲーム機を指差して、そう聞いてきた。
「まあまあかなー」
今やってるのは、もう40年近くも続いてるモンスターバトルゲームのシリーズ最新作。今は黄色の電気ハリネズミが、超高速でフィールドを突っ走りながら電撃を放っている。
「っていうかさ。そんなバーチャルな育成ゲームじゃなくて、もっとリアルな育成ゲームしてみたくねえ?」
「……はぁ?」
そもそも、育成ゲーム自体がバーチャルなゲームなんじゃ……。
「例えば、神姫とかー」
神姫も、機械の女の子を育てるって意味じゃ、育成の分野に入る……のかな?
「……ジルを育成するの?」
でも、ジルを見てる限り、神姫に育成要素があるとはとても思えな……。
「あぁ? 誰を育成するって?」
「……ごめん」
ほらね。どう見ても、神姫に育成ゲーム要素はないでしょ。
「あたしが十貴を育成してんだろが」
…………。
「……はいはい」
ボクは話を打ち切って、携帯ゲーム機に視線を落とす。
あ。メカ武装をまとったオレンジのティラノサウルスが出て来た。えっと、こいつ、まだ仲間にしてなかったっけ……?
「なぁ、十貴ぃ」
「……何が言いたいの、ジル」
ジルがこういう持って回った言い方をするときは、大抵何かある時だ。今日は何だろう。
だいたい予想はつくけどさ。
「なぁ、十貴。ウチは神姫買わねえの?」
やっぱり。
なにせ今日は、神姫の発売日なわけだしね。
「うちにそんなお金あるわけ無いでしょ……」
ネットで見た限り、神姫は一体でちょっとしたPC並みの値段がするらしい。スペックだけ見れば相応どころかむしろ割安だとは思うけど、中学生のボクにそんなお金があるはず無いし……父さんが1/12のモータライズボトムズ相手に激しい多々買いをを繰り広げて大変な事になってる我が家にだって、そんな余裕があるはずもない。
ちなみにジルが使ってるボクのPCも、父さんが仕事で使ってたヤツのお下がりだ。
「そもそも、神姫の複数買いって出来るの?」
「ほらー。ここの人達だって、黒子と白子げとー、とか書いてるじゃんか」
ジルってば、何処のページを見てるかと思えば……。まったくもう。
「何? もうそんなスレ立ってるんだ……」
マウスでスクロールを掛けて、ざっと斜め読みしてみる。
「昨日からフラゲ組がハァハァしてるよ。どこも在庫切れになってるみたいだけど」
少し前に、テストバトル参加者からの情報リークで(ボクじゃないよ)アーンヴァルの空中戦が圧倒的優勢って話になってたから……アーンヴァルの方が沢山売れてるのかなとも思ったけど、ここを見てる限りじゃどっちも同じくらい売れてるみたいだ。
「物売るってレベルじゃねえぞって……何だかなぁ」
三十年くらい前に流行語大賞もらった台詞だっけ? たまに父さんが口走ってるけど。
「だから十貴。うちにも一人買ってこようよー。妹が欲しいよー」
「そんなの、父さんに言いなよ」
っていうか、さっき在庫切れって言ったばっかりじゃない。今頃探しに行ったって、どこも売り切れだと思うよ。
「司令はボトムズに掛かりっきりだから相手にしてくれないんだよー」
「じゃあ無理。諦めなよ」
趣味に全力投球してる時の父さんは、家が火事になってもきっと気付かない。玩具ライターだから仕事に集中するのは良いことなんだけど、端から見てると黙々と遊んでるようにしか見えないのが最大の欠点だったりする。
「なんだよ。妹欲しいなー。妹ー」
ジルがそんなことをブツブツ言ってると、部屋の窓が唐突に開け放たれた。
「十貴ーっ!」
入ってきたのは、いつも通りに静姉だった。
「ん、どうしたの? 静姉」
何だか物凄く上機嫌だ。ボクで着せ替え人形ごっこする時でも、ここまで機嫌は良くない気がする。
何だろう。
すごく、嫌な予感が……。
「ほら、おいで!」
静姉はボクの不安なんか知らんぷりで、外に向かって声なんか掛けている。
誰だろう。友達を連れてくるなら、普通に玄関から連れてくると……
「あーっ!」
思いかけたボクの思考を、ジルの叫び声が一気に吹っ飛ばした。
「あ! 買ってきたんだ!」
静姉に連れられて入ってきたのは、真っ白な武装神姫だった。小さなレースをあしらった可愛らしいワンピースを着て、ふよふよと頼りなげに浮かんでる飛行タイプの機体は、天使型のアーンヴァルだ。
起動したばかりで、まだ見るもの全てが珍しいんだろう。ボクの部屋に入った後も、きょろきょろを辺りを見回している。
「日暮さんとこに入荷情報があったから、お姉ちゃんと昨日の晩から並んだわよー。ほら、挨拶して!」
徹夜明けで底抜けにハイテンションな静姉の言葉に、アーンヴァルはぺこりと頭を下げた。
「えっと、アーンヴァルの花姫って言います。どうぞ、よろしくお願いします」
ちょっと舌っ足らずな喋り方が、随分と可愛らしい。この間の大会で見たアーンヴァルは、みんなもっと凛とした、お姉さんっぽい感じだったけど。
「ボクは鋼月十貴。よろしくね、花姫」
「……十貴さま?」
うわぁ。
普通の神姫は名前にさま、なんて付けるんだ。
「ふ、普通に十貴でいいよ。それと、こっちはうちのジル。仲良くしてあげて」
そうは言ったけど……大丈夫かな、ジルのやつ。この間のテストバトルでアーンヴァルにボロ負けした事、気にしてなきゃ良いけど。
花姫は気が弱そうだし、いきなりガン付けて泣かせるような事だけはしないで欲しい。
「よろしくね、ジル」
「ジルさん、っておっしゃるんですか?」
同じ神姫相手にもさん付け……。
なんか花姫見てると、今までジルで培ってきた神姫に対しての感覚が、かなりズレてるような気がしてくる。
「そうだよ。あたしのことは、お姉様って呼びな!」
ありゃ。怒るどころか、偉そうに胸なんか張ってるよ。これなら花姫を泣かせるようなこともしないっぽいな。
……でもいくら何でも、お姉様はどうだろう。
「ちょっとジル?」
「……ダメ?」
さすがの静姉も、ジルのお姉様発言に苦笑気味だ。
「お姉ちゃん、なら許してあげる」
……あ。それならいいんだ。
「じゃそれでひとつっ!」
「はい、お姉ちゃん」
「う……」
そう呼ばれた瞬間、ジルの動きがぴたりと止まった。
「な、なあ、静香。このコ、あたしがもらっちゃダメ?」
おいおいおいおいおい。
「ダメよー。花姫はウチの子だもん。ね、花姫ー?」
「ねー?」
満面の笑みで花姫の顔を覗き込んだ静姉にオウム返しで答えながら、花姫も静香を真似して首を傾けてる。
「花姫は妹なんだから、ジルもヒドいことしちゃダメだよ?」
まあ、さっきの様子じゃ、しそうにないけど。
「当たり前だろ! バトルと花姫は別扱いだよ。なー?」
「なー?」
今度はジルの真似っこだ。
ああもう、可愛いなぁ。
入ってきたのは、いつも通りに静姉だった。
「ん、どうしたの? 静姉」
何だか物凄く上機嫌だ。ボクで着せ替え人形ごっこする時でも、ここまで機嫌は良くない気がする。
何だろう。
すごく、嫌な予感が……。
「ほら、おいで!」
静姉はボクの不安なんか知らんぷりで、外に向かって声なんか掛けている。
誰だろう。友達を連れてくるなら、普通に玄関から連れてくると……
「あーっ!」
思いかけたボクの思考を、ジルの叫び声が一気に吹っ飛ばした。
「あ! 買ってきたんだ!」
静姉に連れられて入ってきたのは、真っ白な武装神姫だった。小さなレースをあしらった可愛らしいワンピースを着て、ふよふよと頼りなげに浮かんでる飛行タイプの機体は、天使型のアーンヴァルだ。
起動したばかりで、まだ見るもの全てが珍しいんだろう。ボクの部屋に入った後も、きょろきょろを辺りを見回している。
「日暮さんとこに入荷情報があったから、お姉ちゃんと昨日の晩から並んだわよー。ほら、挨拶して!」
徹夜明けで底抜けにハイテンションな静姉の言葉に、アーンヴァルはぺこりと頭を下げた。
「えっと、アーンヴァルの花姫って言います。どうぞ、よろしくお願いします」
ちょっと舌っ足らずな喋り方が、随分と可愛らしい。この間の大会で見たアーンヴァルは、みんなもっと凛とした、お姉さんっぽい感じだったけど。
「ボクは鋼月十貴。よろしくね、花姫」
「……十貴さま?」
うわぁ。
普通の神姫は名前にさま、なんて付けるんだ。
「ふ、普通に十貴でいいよ。それと、こっちはうちのジル。仲良くしてあげて」
そうは言ったけど……大丈夫かな、ジルのやつ。この間のテストバトルでアーンヴァルにボロ負けした事、気にしてなきゃ良いけど。
花姫は気が弱そうだし、いきなりガン付けて泣かせるような事だけはしないで欲しい。
「よろしくね、ジル」
「ジルさん、っておっしゃるんですか?」
同じ神姫相手にもさん付け……。
なんか花姫見てると、今までジルで培ってきた神姫に対しての感覚が、かなりズレてるような気がしてくる。
「そうだよ。あたしのことは、お姉様って呼びな!」
ありゃ。怒るどころか、偉そうに胸なんか張ってるよ。これなら花姫を泣かせるようなこともしないっぽいな。
……でもいくら何でも、お姉様はどうだろう。
「ちょっとジル?」
「……ダメ?」
さすがの静姉も、ジルのお姉様発言に苦笑気味だ。
「お姉ちゃん、なら許してあげる」
……あ。それならいいんだ。
「じゃそれでひとつっ!」
「はい、お姉ちゃん」
「う……」
そう呼ばれた瞬間、ジルの動きがぴたりと止まった。
「な、なあ、静香。このコ、あたしがもらっちゃダメ?」
おいおいおいおいおい。
「ダメよー。花姫はウチの子だもん。ね、花姫ー?」
「ねー?」
満面の笑みで花姫の顔を覗き込んだ静姉にオウム返しで答えながら、花姫も静香を真似して首を傾けてる。
「花姫は妹なんだから、ジルもヒドいことしちゃダメだよ?」
まあ、さっきの様子じゃ、しそうにないけど。
「当たり前だろ! バトルと花姫は別扱いだよ。なー?」
「なー?」
今度はジルの真似っこだ。
ああもう、可愛いなぁ。
花姫を中心にみんなで遊んで、あっという間に日が暮れて。
「それじゃ、また来るわねー」
静姉の帰りは来た時と同じ窓からだ。傍らにはふわふわと浮かんでる花姫がいる。
飛び方の練習も少ししたから、来た時ほど危なっかしい感じはしない。
「花姫ー。帰ったら、あなたの新しいお洋服作ってあげるからねー」
「ほんとですかっ!」
花姫は神姫というその名の通り、本当に女の子らしい性格の子だった。殊に静香お手製のワンピースがお気に入りみたいで、ジルが飛行ユニットを貸して欲しいと聞いた時も、「ユニットはいいけど服はダメです」って言うほどだったりする。
「だから、どんなのがいいか一緒に決めようねー」
静姉も自分が作った服を喜んで着てくれる子がいるのが嬉しいらしくて、今日は本当に、ほんっとーーーに珍しく、ボクに服の話題を振ってくる事が無かった。
「それじゃ、お休み。静姉」
「じゃねー」
窓が閉まって、静姉が瓦の上を歩いていく音が少しして。
静姉が自分の部屋に入ってしまえば、賑やかだったボクの部屋もしんと静かになる。
「なぁ、十貴」
そんな中でぽつりと呟いたのは、ジルだった。
「花姫、可愛かったなぁ」
「そうだねぇ」
まあ、今日いちばん花姫を可愛いって言ってたのは、当のジルだった気がするけど。
「あのさ」
可愛くてたまらない妹分が帰ってしまって寂しいのか、ジルに何となく元気がない。
「んー?」
ボクは出しっぱなしになっていたゲーム機を片付けながら、ジルの言葉に返事を投げる。
「テストが終わって、あたしが正式に十貴のモノになったら……さ」
「うん?」
バトルサービスの本サービスが年明けから年度末に延びたこともあって、ジル達のモニター期間は最初の予定からもう少し長くなっていた。
バトルサービスがサービスインしてから半年。
それが過ぎればモニターは終わり、ジルは正式にボクの神姫になる。
二人の関係は何も変わらないだろうけど、心情的にはちょっと良い気分だ。
「あたしのCSC抜いて、花姫の使ってるセットに差し替えてもいいぜ?」
ぽつりと呟いたその言葉に、ボクは片付けようとしていた筐体を取り落としそうになった。
「あたしだって、自分がガサツな事くらい分かってんだよ。けど、あんな可愛い子に生まれ変われるんなら……」
ボクはため息を一つ吐いて、筐体を棚に片付ける。
「……バカ言わないの」
神姫のコアユニットと素体、そしてCSCは不可分だ。三つのパーツにジルの個性は等しく宿る。
即ち、三つが揃ってこそのジル。どれが欠けても、ジルはジルでなくなってしまう。
「ジルはジルだよ。そんな事するくらいなら、もう一体神姫買ってくるって」
花姫は確かに可愛いけど、ジルと引き換えに手に入れるものじゃ、決してない。
迎えるなら、ボクとジル、二人でないと。
「金もないのに?」
そんなことは分かってる。
「高校生になれば、バイトも始められるから」
武装神姫のロードマップに照らし合わせれば、ボクが高校生になった頃には、第二期モデルのハウリンやマオチャオ、ヴァッフェバニーも発売になっているはず。
高校なんてまだまだ先の話だけど……ジルの妹の選択肢が増えるって意味じゃ、悪いことだけじゃないと思う。
「なんだよ。学生のウチから神姫破産かぁ?」
皮肉めいた調子で、へらりと笑う。
言葉の意味は分からなかったけど、よかった、いつものジルの喋り方だ。
「引き込んどいて、良く言うよ」
まあ、それも悪くない。
「……十貴」
「何?」
「あんたが主人で、良かったよ」
いつになく本気なジルの言葉。
「ボクもジルが神姫で……良かったよ」
それはあまりに突然で、驚いたボクは言葉を詰まらせる。
「……ンだぁ? 今の間は」
けど、それがマズかった。
「いや、それは……っ!」
「ホントは花姫みたいな可愛い子が良かったなーとか思ってるんじゃねえだろうな! あたしみたいに尻に敷いたりしないだろうしさ」
ボクの肩にひょいと飛び乗り、耳元でがなり立てる。
「そんな、思ってないって! いたたたたた!」
って、耳ひっぱらないで、耳ーっ!
「正直に言え。今なら思ってても許してやる。あたしゃ本日限定で、すっげー心が広いんだ。な?」
いや、ジル、心が広い人は耳とか髪とかひっぱらないと思うよって痛いってば。いーたーいーーー!
「……ごめん。花姫みたいな神姫なら、もう一体欲しいなとは思ってた」
「オーケー。そいつはあたしも同感だ」
ぱっと手を離し、ジルはボクの肩で満足そうに笑ってる。もう、乱暴なんだから。
まあ、ずっと塞ぎ込んでるよりはマシか。
「でも、ボクとジルが一緒になれたのも何かの縁だよ。ジルが思ってるような事は、するつもりないから」
それだけは本当だった。
ジルのCSCを抜いて花姫にしようだなんて、思いつきもしなかったんだから。
「頼むぜ。これからもヨロシクな、マイマスター」
「うん。今後ともよろしく、ジル」
その日、ボクは本当の意味でジルにマスターって認められたんだけど……。
それに気付くのは、もう少し経ってからになる。
「それじゃ、また来るわねー」
静姉の帰りは来た時と同じ窓からだ。傍らにはふわふわと浮かんでる花姫がいる。
飛び方の練習も少ししたから、来た時ほど危なっかしい感じはしない。
「花姫ー。帰ったら、あなたの新しいお洋服作ってあげるからねー」
「ほんとですかっ!」
花姫は神姫というその名の通り、本当に女の子らしい性格の子だった。殊に静香お手製のワンピースがお気に入りみたいで、ジルが飛行ユニットを貸して欲しいと聞いた時も、「ユニットはいいけど服はダメです」って言うほどだったりする。
「だから、どんなのがいいか一緒に決めようねー」
静姉も自分が作った服を喜んで着てくれる子がいるのが嬉しいらしくて、今日は本当に、ほんっとーーーに珍しく、ボクに服の話題を振ってくる事が無かった。
「それじゃ、お休み。静姉」
「じゃねー」
窓が閉まって、静姉が瓦の上を歩いていく音が少しして。
静姉が自分の部屋に入ってしまえば、賑やかだったボクの部屋もしんと静かになる。
「なぁ、十貴」
そんな中でぽつりと呟いたのは、ジルだった。
「花姫、可愛かったなぁ」
「そうだねぇ」
まあ、今日いちばん花姫を可愛いって言ってたのは、当のジルだった気がするけど。
「あのさ」
可愛くてたまらない妹分が帰ってしまって寂しいのか、ジルに何となく元気がない。
「んー?」
ボクは出しっぱなしになっていたゲーム機を片付けながら、ジルの言葉に返事を投げる。
「テストが終わって、あたしが正式に十貴のモノになったら……さ」
「うん?」
バトルサービスの本サービスが年明けから年度末に延びたこともあって、ジル達のモニター期間は最初の予定からもう少し長くなっていた。
バトルサービスがサービスインしてから半年。
それが過ぎればモニターは終わり、ジルは正式にボクの神姫になる。
二人の関係は何も変わらないだろうけど、心情的にはちょっと良い気分だ。
「あたしのCSC抜いて、花姫の使ってるセットに差し替えてもいいぜ?」
ぽつりと呟いたその言葉に、ボクは片付けようとしていた筐体を取り落としそうになった。
「あたしだって、自分がガサツな事くらい分かってんだよ。けど、あんな可愛い子に生まれ変われるんなら……」
ボクはため息を一つ吐いて、筐体を棚に片付ける。
「……バカ言わないの」
神姫のコアユニットと素体、そしてCSCは不可分だ。三つのパーツにジルの個性は等しく宿る。
即ち、三つが揃ってこそのジル。どれが欠けても、ジルはジルでなくなってしまう。
「ジルはジルだよ。そんな事するくらいなら、もう一体神姫買ってくるって」
花姫は確かに可愛いけど、ジルと引き換えに手に入れるものじゃ、決してない。
迎えるなら、ボクとジル、二人でないと。
「金もないのに?」
そんなことは分かってる。
「高校生になれば、バイトも始められるから」
武装神姫のロードマップに照らし合わせれば、ボクが高校生になった頃には、第二期モデルのハウリンやマオチャオ、ヴァッフェバニーも発売になっているはず。
高校なんてまだまだ先の話だけど……ジルの妹の選択肢が増えるって意味じゃ、悪いことだけじゃないと思う。
「なんだよ。学生のウチから神姫破産かぁ?」
皮肉めいた調子で、へらりと笑う。
言葉の意味は分からなかったけど、よかった、いつものジルの喋り方だ。
「引き込んどいて、良く言うよ」
まあ、それも悪くない。
「……十貴」
「何?」
「あんたが主人で、良かったよ」
いつになく本気なジルの言葉。
「ボクもジルが神姫で……良かったよ」
それはあまりに突然で、驚いたボクは言葉を詰まらせる。
「……ンだぁ? 今の間は」
けど、それがマズかった。
「いや、それは……っ!」
「ホントは花姫みたいな可愛い子が良かったなーとか思ってるんじゃねえだろうな! あたしみたいに尻に敷いたりしないだろうしさ」
ボクの肩にひょいと飛び乗り、耳元でがなり立てる。
「そんな、思ってないって! いたたたたた!」
って、耳ひっぱらないで、耳ーっ!
「正直に言え。今なら思ってても許してやる。あたしゃ本日限定で、すっげー心が広いんだ。な?」
いや、ジル、心が広い人は耳とか髪とかひっぱらないと思うよって痛いってば。いーたーいーーー!
「……ごめん。花姫みたいな神姫なら、もう一体欲しいなとは思ってた」
「オーケー。そいつはあたしも同感だ」
ぱっと手を離し、ジルはボクの肩で満足そうに笑ってる。もう、乱暴なんだから。
まあ、ずっと塞ぎ込んでるよりはマシか。
「でも、ボクとジルが一緒になれたのも何かの縁だよ。ジルが思ってるような事は、するつもりないから」
それだけは本当だった。
ジルのCSCを抜いて花姫にしようだなんて、思いつきもしなかったんだから。
「頼むぜ。これからもヨロシクな、マイマスター」
「うん。今後ともよろしく、ジル」
その日、ボクは本当の意味でジルにマスターって認められたんだけど……。
それに気付くのは、もう少し経ってからになる。