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こんなにも青い空の下で

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こんなにも青い空の下で ◆JvezCBil8U



浮草。
泡。
ペットボトル。
油。
チラシ。
木の葉。
野菜くず。
小枝。
魚の遺骸。

細波に小滝に揺れて、コンクリートの四角い皿にたくさんのものがぷかぷかり。

ちょろちょろと流れるのはあたまのうえの水口からの、まれびと。川という名の旅人。
だけど、峠を越えたくても通れない。
……どうしてだろう?

通せん坊の相場はもののけと決まってる。
ひとをやめたものは、ひとでなくなったものは、ひとだったものは。
旅人たちの頑張りで、だから退治されるのだ。

通せん坊はその図体からは信じられないほど静かに、どぽ……、と水勢に負けて転がり落ちる。

とたんにざぁぁ……と、連なるひとつの音。
川のさ中の貯水池に、絶え間なく注がれる水の群れ。

たくさんのものがぷかぷかり。通せん坊もぷかぷかり。

その光景を――ただ、眺めているひとがいた。


一陣の風が吹く。

びょお、と叩きつけるように。
ごう、となぐり飛ばすように。
だれでもないものがだれかを打ちのめしていく。

木がざわめいている。
木の葉のすれる音が、まるでいのちの砂がこぼれ落ちるようにただ重なっていく。

いっぱい人の名前の書かれた紙がはためいて、ついには手から吹き飛ばされた。

赤くそまった名前たちは日の光に透けて、青の中へ溶けていく。
高く、高く――空のかなたへと。しろいしろい雲の向こうにかすんでいく。

まるで子どもの手をはなれた風船のように、もうにどととりもどせない。

けれど、女のひとは気にしない。ためらわずに水の中へと体をおどらせる。
じゃばじゃばと水をかき分けて、泳げない事を忘れたかのように。
むねの近くまで水いっぱいで、転んだりしたらただじゃあすまないのに、ただともだちだったひとのところへまっすぐに。

かたほうの目はつぶれて、自まんの脚はどこかに落っことしてて、からだの中の大切なものをいっぱいなくしてしまっていたともだちは――、

ただ、くやしそうだった。

ふだんからは想像もつかないほど真剣で、やくそくを守れなくてごめんと今にもあやまりそうな顔だった。

自分の体が汚れるのも気にせずに、ぎゅうっとともだちだったものを抱きしめる。
そうすればいつものように、楽しげに自分をくどいてくれるんじゃないかと、そんな気がしたのかもしれない。

たぶん、その顔は、なみだでボロボロだったんだろう。
だれにも見せないし、だれも見てもいないけど、そうだったんだろう。

その顔を映していくはずだった水面は、どこまでもあかくにじんでいく。



**********


積み重なる嗚咽は――、真っ青な空へと。
あんまりにも青くて優しいその空が、だからこそ全てを嘲笑っているかのよう。


同じ空の下、誰かもまた遠くに想いを馳せている。


**********


座り込んで空を見ている。
朝焼けもすっかり治まって、まばゆいほどに白い雲が良く映える青空を。

こんなにも青い空の下で、友は何を想い――そして逝ったのだろう。
ただぼうっと口を開けて、そんな事を思う。

……不思議と、その名前が偽りであるとは考えなかった。
どんなデタラメが起こっても、大抵の事は飲み込んでしまえる。
先刻出会った少年の語った通り、人を蘇らせる力を“神”は持っているのだろう。

ただ、仮にあの男が真実生き返ったのだとしたら、一目でいいから会いたかった。
会って、あの子どもに好かれる笑みをもう一度だけ記憶に焼きつけたかった。

しかしそれももう叶わない。
“神”は殺し合いをさせるためだけに先に逝った人々を呼び寄せて、躊躇いもなくそれを散らせた。
友を弄んだ事へのわだかまりがしこりとして淀んだ感情を蓄積させる。

いや、友だけではない。
誰ひとり死なせないと誓ったのに、こんな狭い場所で今も誰かが失われ続けている。
真っ赤に染まったその名前がまるで彼の血の涙のようだ。

「……何が、悪趣味な放送だ」

悲哀さえ帯びた目で、ヴァッシュ・ザ・スタンピードは遥か高みを仰ぐ。

「僕はたった一人で戦った顔も名前も知らない仲間さえ、見殺しにしてしまった……」

仰ぎ――、不意にその目が鋭く引き締まる。
戦っているのは自分たちだけではなかった。
あの“神”の陣営も一枚岩ではない。放送の女性は、それを教えてくれたのだ。
それぞれの想いを抱え、確かに自らの意思を持てる人が確かにどこかにいる。
ならば、やる事は一つ。

「償いにはならないかもだけど、僕はこの手の届く限り立ち向かうよ。運命の螺旋とやらに誰ひとり殺させないために」

太陽に手をかざしてから、強く強く握り込む。

この手で止めるべき相手は“神”と、その思惑に乗せられているものたち。
そして、血を分けたもう一人の己。
誰よりもまっすぐで、だからこそ“神”の掌に留まらず――しかしそれ故に己の意思とぶつかり合うべき相手。

「ナイブズ。……今、どこで何をしているんだ」

名簿に確かにその名が記されているのに、あの巨大な融合体の圧迫感がどこからも感じられない。
……否。それどころか、ゲートが開いた感触さえこの身に届いていない。

どういう事なのだろう、と自らに問う。
けれどいくら考えても答えは出ない。頭の中の住人たちは、皆揃って沈黙を続けている。
いや……、その答えを認めるのが恐ろしいだけだ。

あの力を存分に振るえるなら、こんなに死人が少ないはずはないのだ。
20人に届こうかという人数を少ない、と言ってしまいたくはないが、それでも理にそぐわないのは確か。
いくら踊らされる事に甘んじる性格ではないとはいえ、あのナイブズがこの場に招かれた人類を前に手を下さない理由はないのだから。

なのに、その痕跡はない。不気味なまでにナイブズの存在を感じ取れない。

だから、分かる事が二つある。
ひとつはナイブズが何らかの理由でプラントの力を十全に行使できる状況にないという事。
もうひとつは“神”の力があの融合体ナイブズでさえどうにかして抑え込めるほどだ、という事だ。

……その仮定すらしっくりこない。
力を封じられているにしても、それでもナイブズの気配がここまで沈黙している、という事がどうしてか納得できていない。
もしかしたら力などではなくて、もっと根本的なところで何かが自分の知るナイブズと異なっているのではないだろうか。
意味もなくそんな事を考えてしまう。

だからこそ、ヴァッシュは目を閉じて兄の事を脳裏に描く。意識する。
一度でも力を行使したのであれば、すぐにその事を感じ取れるように。

耳に聞こえる風の音が、吹き下ろす夜の風から駆け上がる昼の風になったのを存分に教えてくれている。
そして合間に届く心地よいほどの木々の語らい、その中に混じるは人の声。

「森も鈴子も、どうにか生きてるみたいだな。……よかった」

植木耕介と、そう名乗った少年がゆっくり立ち上がってこちらへと。
慌てて手を振り制止を試みる。

「ちょっと、駄目だって座ってなきゃ! まともに動ける出血量じゃないんだぞ」

おおまかにここまで至った事情は聞いている。
仲間を案ずる気持ちは痛いほどに伝わってくるが、だからこそどうにも放っておけない少年だとヴァッシュは思う。
どこかその理由は共感できて、しかし背負うものが身近であるが故により純粋さが際立っているのだろうか、と。

「大丈夫……だ。俺、普通のヤツより頑丈にできてるし、回復も早、っ……」

……ヴァッシュには知る由もない、というより植木が話し忘れていることではあるが。
天界人という特殊な出生を秘めた植木は、回復力が常人のそれに比べて遥かに高い。
だからこそ多少の無茶を承知で行動しようとしているのだが――それでも限度というものはある。
多少動きまわれる程度にはなったとはいえ、植木はまだまだ横になって安静にしているべき状態だ。

はあ、と大きく溜息を吐き、ヴァッシュは説得の文を首を抑えてうずくまる少年に綴る。

「……じきにあの二人とロビンも戻ってくるはずだよ。動くにせよ、彼らが戻ってきてからの方がいい。
 集団でまとまってればそれだけ危険も減るはずだ。
 敵襲でもない限り、今は動くべきじゃない」

悔しい話だけど、と話を結び――、そして彼らは気付く。

ざり。
ざり。
ざり。

……ざり。

静寂の中の足音は、まるで白雪を踏みしめるかのよう。
妙に淡々と、無機的なテンポで近づいてくる。

びくりと植木ともども動きを止め、しかしすぐにこころを落ち着ける。
足音というのは存外個性的なもので、意外に人によって違いがあるのだ。
だからヴァッシュは安心して誰が来たのか特定し、明後日の方角へと振り向かんと。

「良かった、無事だったのかロビ……」


――ずぶぬれの少女が、そこにいた。
植木とヴァッシュ、二人の声が唱和する。

「「…………え?」」

たぶん、少女とは呼ぶべき年頃ではないのかもしれない。
だけれども彼らには、そうとしか見えなかった。その背が、あんまりにも小さすぎるように感じられて。
妖艶ささえ漂わせていたついさっきまでのニコ・ロビンとは別物すぎると、二人共にそう思うしかなかった。

「私は――」

名前も知らない誰かの死体を背負ったニコ・ロビンの表情はあまりに寒々しくて、がらんどうだった。
ほんの少しだけ見せてくれたついさっきの笑みが幻のように記憶から掻き消されていく。
切り揃えられた前髪の向こうにあるはずの瞳は、うつむいているからか陰に隠れて表に出ない。

「私は、夢を見ていたの。……楽しい夢だったわ」

静かに誰かだった肉の塊を横たえて、うわ言のように小さく呟くロビン。
聞いてほしいのか、独りごとのつもりなのか。
本人にすらそれが分かっていないのかもしれない。

「あんまりに楽しくって――二度と目覚めたくなんてなかった。
 こんな私でも、生きたいって思えたのよ」

ごくり、と唾を飲み込む音だけを植木が漏らす。
かけるべき言葉も浮かばず、いや、許されさえせず。
彼女が危うい綱渡りをしている事だけが、嫌になるほど突き刺さった。

ただ、彼女の握りしめた包丁のその白刃の輝きが、銀雪に跳ね返る日の光のようにやけにぎらぎらしている事だけは覚えている。
いつの間にか汗が途切れることなく流れていて、ガチガチに拳が握り締められている。
……緊張感が疲弊を急速に誘い、意識がトびかけた。

意識がないその刹那の直後、目前に迫るは包丁の切っ先。
ロビンはとっくに、気狂い染みた瞬発力で自分たちを仕留めにかかっていた。

十分だ。
気づきさえできるならば、自分はこの程度は回避できる。
弱っているとはいえ腐っても新天界人、長時間の運動でなければ体力を余計に消耗することもない。
気がかりだったヴァッシュの方も、余裕で対応できる様相だ。

……けれども、その判断力こそが命取りだったと思い知らされることになる。

「“十二輪咲き”(ドーセフルール)」

六本の腕が、植木の体から生えた。
ヴァッシュの体からも生えた。

「え」

包丁に気を取られ、それだけに対処するつもりだった植木には――この不意打ちを何とかする方法がない。
理解。
首と、肩と、足と。それら全てを奪われれば、関節を極めて処理される。

ヴァッシュの方を見れば、彼は目を眇めて表情を崩していない。
何が起きたのか分かっていないのだろうか。
ちくしょう、と歯噛みする。なにもできない弱いままの自分が悔しくてしょうがない。
せめて戦えずとも何か口にしたい事があるのに、貧血は確実に体力も思考能力も植木から奪い去っている。

血が出るほどに、唇を噛み締めた。

どうしてこんなに理不尽なのだろう。
戦いたかった。
守りたかった。
森を救いたかった。
ロビンを止めたかった。
“神”に文句をつけてやりたかった。
かつて小林という教師に抱いた憧れを、彼の正義を全うしたかった。

「負けたく、ねぇんだ……っ!!」

けれど無情にも執行の合図は下される。
彼の意思は、願いは、信念は、想いはロビンに聞き入れられる機会などなく――、

「“クラッチ”……!」


しかし。

しかし、一人の男に確かに届く。


「負けないさ。負けさせない」


からん。からから、からん。
薬莢が三つ、零れ落ちた。

「――――」

感情を無くした消え入りそうな彼女の声は、事実銃声に掻き消され覚えられる事はない。
たった――たった一発の銃声に。

確かに落ちた薬莢の数は三つなのに、あり得ないはずの一発だけの銃声に。

狩人の銃は、抜き放たれている。

「……すげぇ」

孔が開き、ヘシ折れた包丁がくるくると宙を舞って――どすりと地面に突き刺さる。

植木の声は端的で、それ以外の何も一つも浮かんでこなかった。

三つの発射音が一つに聞こえるほどの高速連続精密射撃のその果ては、最小の消費で完璧な結果を叩き出す。

一発は植木を捉え始めていた肉の蔦に。
もう一発は、彼自身の体から生えてきた腕の群れに。
最後の一発は、ロビンの手にしていた抜き身の包丁に。

また、風が吹いた。

誰も何も言わず――、ほんの一時の沈黙がその場に満ちる。
万物の織りなす風琴の音色が治まると同時、静寂を破ったのは他でもないヴァッシュ・ザ・スタンピードだった。

「うわぁっ、ごめんっ! 君の能力がそんな代物だなんて知らなかったんだっ」

まるで場にそぐわない慌て顔と、情けない声。
しかしその内容は決して看過できるものではない。
今の一瞬の交錯で、この男は完全にロビンの能力を見極めたのだ。
だというのに。そのあまりの自然体に、彼女は芯からぞっとするものを覚える。

「教えた覚えはないから……それが当然よ」

上擦りを抑えた声を絞り出し、どうにか平静を演じる。
ただでさえ自覚できる程に精神が不安定なのに、そこに来てこの予想外は流石に少し刺激が強い。
……ヴァッシュの行動の結果として、彼女の左腕には二つの銃創がぽっかりと暗い孔を開けていた。

彼女の能力“ハナハナの実”の効果は任意の場所に自らの体の一部を生やすというものであり、
だからこそ生やした部位を傷つけられれば同じ場所に報いが課せられる。
攻勢に出ているうちこそ圧倒的な手数と縦横無尽の不意打ちで一方的な戦闘ができるものの、守勢に回れば俎上に体を差し出しているにも等しいのだ。

ロビンは落ち着けと自分に命じて、“敵”の実力の分析を行っていく。

怖気さえ覚えるほどの早撃ちすら、大した脅威ではない。
いや、早撃ちのその速度さえ神域を踏み越えた代物だが、
生えた腕と腕を結ぶ直線を縫う、あまりにも正確無比な射撃精度こそが真なる危険。

“六輪咲き”(セイスフルール)による二人同時への“クラッチ”は、首、腕、足を同時に掴む事で成立する関節技だ。
だが、それ故に技が成立する直前の一瞬だけに、斜め角度から腕が一列に重なり合う霞の道が浮上する。
刹那にそれを見切り、自分の背中側という完全な死角へと、不自然な体勢を強制されながらの迎撃を。
植木耕介へは――敢えてその足元を狙い、跳弾で無理矢理に入射角を変えての一撃を。

ヴァッシュ・ザ・スタンピードはこんな曲芸を、包丁による止めの一撃にも対処しながらやってのけた。

ロビンの不運はこの人間台風を相手取ったことに他ならない。
相手がヴァッシュと並び立つニコラス・D・ウルフウッドであったならば、まだ勝利の目を出す確率を上げることが出来ただろう。
彼の一番の得物たるパニッシャーは、その重量故に取り回しに難がある。
だが、ヴァッシュの相棒は拳銃だ。故に反応は高速と呼ぶすら生温い。

無論、彼女とてバロックワークスでクロコダイルの右腕を務め、8000万ベリーをその首に掛けられた身だ。
並みの使い手であるはずもなく、この失態は放送と死体との謁見という二重のショックによる心理的動揺に端を発するものであるのも確かだろう。
しかしたとえ彼女が平常心であったとしても――、ヴァッシュの実力の見込みには大幅に裏切られていたに違いない。
むしろヴァッシュの反射速度に対処して左腕“だけ”を何本も束ね、右腕をどうにか生かしたその判断力は称賛に値する。
左腕はたぶん、もう使い物にならないだろうが。
まともな治療を受けても数週間は動かせまい。当然ハナハナの実の力を行使し、左腕を生やす事も出来なくなった。


「ロビン。……どうしてこんなことを」

今まさに襲われた身であるのに、ロビンの事を案じる眉尻さえ下げた表情でヴァッシュは問う。

「…………」

彼女に答える義務は、ない。
腕から流れる血と、額から滴る汗の感触の気持ち悪さがやけに脂っこく感じられた。
けれどそんな沈黙に意味はなく、狩人にはおおよその理由が悟られていたらしい。
先刻の僅かな会話と放送と、再開際の行動がそれを伝えでもしたのだろうか。

「復讐、かい? 君の仲間たちを殺した連中と、そもそもこんな殺し合いを強要した神様たちへの!」

森の空気を引き裂くようなその言葉は、一気に時を進ませる。
呆然としていた植木がその言葉を聞いてハッと我を取り戻し、呟いた。

「この島にいる限り、そいつらに逃げ場はないって事か……?」

ああ、とヴァッシュは頷いて、その言葉に続けるべき台詞を引き継いでいく。
目を閉じて、こんな事は告げたくない、とでも言いたげに。

「そんな事をしても君の仲間は帰ってこない。それ以上に、彼らをこんな事をする理由にはしてはいけないんだ。
 君は仇を討ち漏らさないためだけに――この島の全員を殺し尽くすつもりなのか!?」

悲痛なまでのヴァッシュの叫び。
それでも俯いたままのロビンには、きっと届かない。届いていない。

「……口ではそんな事を言っていても、私と出会う前にあなたが何をしていたかなんて知る術はないわ。
 だからもしかしたら、あなたたちが彼らを殺したのかもしれない」

「……ッ!!」

対話を打ち切られ、ヴァッシュは泣き出しそうな顔で歯噛みする。
植木も、そのこころの内が身を刻まれるほどに分かってしまった。

ふざけやがって。
そうして口の中で言葉を転がしても、どうしようもないほど力ない。
そんな理由で皆を傷つける事など認めてたまるものか。
許さないとは言わない。仲間を失ったその衝撃は、慮ることすら出来はしない。
迂闊に自分にも分かる、とさえ言う事だって傲慢なのだ。
だがそれでも、その人たちが関係ない他人を皆殺してまでの復讐を望んでいるかと言えば、きっと違うだろう。

それを伝える手段も力もない事に、自分の無力さに、植木は腹が立ってしょうがない。
そんな惨めさが、明確な決裂のやり取りで一層浮き彫りになってしまった。

「その子を守りながら、あなたはいつまで凌げるかしら?」

「いつまでも、だ。僕が君を止めれば済む話なんだから」

足手まとい――。
そんな事実が、淡々と植木の心に楔を打ち込んでいく。
味方であるヴァッシュの放つ心強ささえ、眩しすぎて身を焼くかのようだった。

悔しくて、譲れないものがあって、怒りがあって。
植木は静かに己のデイパックへと手を伸ばしていく。
しかしそんな所作は、対峙するロビンとヴァッシュの裂帛の気合の前では霜の様に微細なものでしかない。

その場の圧迫感のほどは、まるで下降気流が吹き下ろすかのように近づき難く。
質量さえ感じられる静寂が満ち、ただヴァッシュの赤いコートが風にはためいている。


無言で先手を取ったのは、ロビンだった。
ヴァッシュはひたすらに迎撃に徹する。彼女の命を奪う意思は、全く存在しないのだから。

銀閃が煌めき、その手から紫電が飛び放たれる。
ひょう、と風を切る音がした。
だがヴァッシュは余裕さえ見せて回避。
ダーツの直線的な投擲など、銃で撃ち落とすまでもない。

問題はむしろ、その直後。
上半身をスライドさせながら横目で後ろを伺えば、樹に突き刺さったダーツを引き抜いて、ヤドリギのように生えた右腕が再度の投擲態勢を構え終えている。
だが、そちらだけに気を取られているわけにもいかない。

「……っとぉ!」

コントの転び方のように、思い切り身を沈ませる。
時間差で放たれたロビン本体からの二投目が頭上を掠めて飛んで行った。
前屈をするような姿勢を見逃すはずもなく、初撃に使われたダーツがリサイクルされて宙に舞う。

「ほわちゃっ!」

ヨーガの達人のように跳躍し、空中で奇妙なポーズをキメるヴァッシュ。
脚の下を潜っては、ダーツはまたも樹に突き刺さった。

ロビンの追撃は止まらずに、彼方の二投目と手元の三投目の同時投擲による挟撃を仕掛ける。
跳躍などという回避手段を選んだのが運の尽きだ、足場がなければ碌な回避行動を取れるものでもない。
そんな不安定な状態では、前後から同時に襲い来るダーツの格好の的だ。

……これで詰みだとは到底思えないけど。
そう内心呟いて、ロビンはまだまだ手を抜かない。
これからどう戦場を構築するかだけを念頭に置き、常人ならば対処不能の同時攻撃すら時間稼ぎとして策を練る。

――断言してしまうなら。
彼女のハナハナの実と、ヴァッシュの相性は最悪だった。
なにせ、最も得意とする相手の体に直接腕を生やしての関節技が通用しないのだ。
彼の凄まじい反応速度の前では、技を極める前に銃弾を腕に撃ち込まれてしまうのは文字通りに身を持って刻み込まれた事実。
そうなるとハナハナの実の最大の弱点である、ダメージが本体に帰ってくるという点が剥き出しの心臓となって彼女を縛り付ける。
更に言うなら、植木を人質に取ろうとしても銃の前には間合いは意味がない。彼が剣士ならまだ戦いようはあったのだが。

基本的に彼女の能力は、本人の言う通り暗殺や奇襲、そして雑兵の制圧戦向けなのである。
量と質でいうならば、量を相手取る事こそ本領なのだ。
条件さえ整えば絶大な効力をもたらすものの、純粋に彼女の速度を超える存在に真っ向勝負というのはあまりに無謀と言える。

だったら、どうする?
尻尾を巻いて逃げだすか?

いやいや、それはない。真っ向勝負で勝てないなら、勝てる状況を作り出してやればい。
すなわちヴァッシュの反応速度が役に立たない状況を、だ。

だから、ロビンはダーツで布石を打っていく。
彼の反応速度を超える連続攻撃によって、銃を撃たせた直後の僅かな隙に関節技を極める。
これがロビンが単独でヴァッシュを屠れる唯一の勝利条件なのだ。

無論ヴァッシュもそれは分かっている。
下手に銃を撃てば、その反動の分だけ次の攻撃への対応が遅れてしまう。
遅れが蓄積すればいつか必ず対処できなくなる瞬間が訪れる事だろう。
だからこそ、彼は迂闊に銃を撃たないのだ。
それ以上にロビンを傷つけたくないという理由が大きいのも確かであり、彼らしいやり方ではあるのだが。

彼女の予想通りブーツと銃底で二本のダーツを軽々と弾き飛ばし、ヴァッシュは砂埃を立てて着地する。
その頬を、チッ……と掠めていくのは一番最初に用いられたダーツ。

いつしか、無数の矢が縦横無尽にその場を飛び交っていた。
このまま座しているならば事態は彼の敗北の形で収束に向かう。
だから彼女の情動を受け止めて、言葉の応酬を始めよう。

「……頼む! これ以上、俺に君へと銃を向けさせないでくれ」

十字砲火の中央にて、僅かの一歩で射線を離れ声を張り上げて懇願する。
その眼の炎は青く静かに燃え盛っており、台詞とは裏腹にただただ揺るがない。

「狩人さん、何故あなたは私に迷いを強制するの?
 ……私を止めたいのなら、殺して止めれば簡単でしょう」

仲間を失った迷い子はしかし、彼の雄姿を目にしない。見ようともしない。
俯きの角度は地面と向き合ったまま、己と二つの衛星とで三角の檻を作らんと。
赤いコートのその背後と左右を縫い、次に向かうべき空白を埋めて断ち切る。

「そうやって生きることから逃げるつもりなのか!?
 君は怒りと悲しみを堪えるのを諦めてるだけだ。
 癇癪もいい加減にしようよ。復讐か死か、どっちかを選べば確かに楽にはなるだろうけど……」

たくさんの人々を見つめ続けてきた男は、告げる。

「そんなのは悲しすぎる。今の君はまるで、土砂降りの中で泣いている子供みたいだ」

ロビンの口端が、ぎちりと鳴った。
何かを抑え込むかのように、低い低い唸りが漏れる。

「知ったような事を言わないで……! その余裕が命取りと知りなさい。
 後ろの少年ともども、ここで始末しておいてあげるわ」

ダーツの速度が上がった。
人を貫く乱舞が陽光に煌めいて、あたかも光の五月雨のよう。
植木の傍を着かず離れず、赤いコートのガンマンは少年への蹂躙を一切合財許さない。

「君は誰も殺せないさ。それがたとえ、君の仲間を殺した人間であっても。
 僕が殺させない。彼らだって望まずして手を汚してしまったかもしれないんだ。
 そんな事をさせた奴が、確かにどこかで僕たちを嘲笑っている。君が思い通りに殺し合いに乗った事がそいつを喜ばせてるのさ。
 ロビン、共に戦おう。君が戦うべきはこの島にいる人々じゃない。
 ……大丈夫。大丈夫だ、僕も力になるから」

ほんの少しだけ彼女の口元が力なく緩んで――あっというまもなくぎゅう、と引き締められる。
感情の全てを切り取った口調で、その手に更に追加一本。

「……私はもう選んでしまった。
 この覚悟が緩む事を私自身が許せないし、そもそもどんな事情があったって大切な仲間を殺した連中を許すことはできないの……!」

腕が、伸びる。
一本二本三本四本、五本。
鎖のように五倍の長さになったその腕をしならせて振り降ろせば、遠心力により単純計算で先端の速度も5倍となる。

ただ、渾身の力を込めて。
幻想を、甘言を撃ち貫く。

その指先から放たれた高速の一投をヴァッシュは――、

「君だって、彼らだって、まだ引き返せる。やり直せない事なんてないよ」

掴む。
避けず弾かず、真正面から掴み取る。
その手で握りしめたダーツを掲げ、ヴァッシュ・ザ・スタンピードは高らかに。
穏やかな顔で謳い上げる。


「……望みさえすれば、誓いさえすれば、いつだってどこからだって望む場所へと行ける。
 未来への切符は……いつも白紙なんだ」

……静謐が訪れる。
ニコ・ロビンは痛みを堪え、肩で息をしている。
ヴァッシュ・ザ・スタンピードは頬の擦り傷以外は何も変わらない。その表情でさえ、普段のままだ。

勝敗は明らかだ。
でも、だけど、だからこそ――、

「へらへらとずっと笑ったままで、綺麗事ばっかり口にして――、
 あなたは、私の仲間の死を何だと思ってるの!?」

ニコ・ロビンは許せない。
悲愴なまでの彼女の想いが、この男の言葉の前に朽ちる事を認められない。

ヴァッシュの生きた一世紀を超える年月を、彼女は知らないのだ。
彼の言葉がどれほどの重みを帯びたものか、彼女は知らないのだ。

「……く、何をっ?」

彼女らしくもなく感情のままに身を任せれば、地面に何かが叩きつけられた。

「煙幕!?」

周囲に煙が霧のごとく立ちこめる。
まるで未来を閉ざし、行き場を無くした彼女のこころの具現でもあるかのように。
ヴァッシュの視界は閉ざされる。
ロビンの姿もまた、靄の向こう側に霞んでいく。

風斬り音。

「……っ! やめるんだ、ロビン!」

小槍を握りしめたままの義手の左手をそちらに動かせば、チィンという鉄と鉄のぶつかり合い。
五感の一つを奪い、じわじわと削り殺していく結界が出来上がっていた。

「このための布陣か……!」

苦い表情をはじめて浮かべ、絞るように目を閉じる。
見えないのなら、見開いていても大した違いはない。
神経を研ぎ澄まして植木以外の周囲の変化を意識する。

……もしかしたらこれは逃走のための時間稼ぎではないか。
そんな考えがちらりと脳を掠めたけど、届くと信じて言葉を紡ぐ。

ただ、彼女が心配なのだとそれだけを伝えたくて。

「ロビン、君は強い。戦場次第では、僕よりも君の方が遥かに強い事だってあるはずだ。
 ……だけど、たぶん今の君じゃあこんな酷いところで生き延びられない。僕はみすみす君を見殺しにできないよ」

無しのつぶても止むを得ないと思っていた矢先にしかし、確かに彼女のいらえを受ける。

「どうして?」

その言葉に安堵を得るも、彼女の無事を祈るが故に。
軋むこころをどうにか堪え、たったひとりの兄を思い浮かべる。
ああ、彼女とは違って僕はまだ失っていないのに、どうしてその顔を思い浮かべるのが悲しいのだろう。

「……僕は君以上に容赦のない連中を、一人の男を知っている。
 がむしゃらに復讐を望むなら、君はきっと――その男に殺される」

不意に、ゆらりと人影が目の前に現れる。
正対を望んだのだろうか、それに希望を託してヴァッシュは油断を無くさず歩み寄る。

そして彼は見るのだ。

「私が聞きたいのは、そんな事じゃあないわ」

そこにいたのは、腕を編み上げて造られた案山子。
張りぼて、人形、でくのぼう。

ぞくりと背中が震える。
彼女は今、真後ろに。

急ぎ振り向き銃を突きつけ――、

「それだけ強いのなら、どうして。
 どうして私のたいせつなひとたちを守ってくれなかったの?」

ヴァッシュの動きが、ぴたりと止まる。
表情すら作れず、完全に固まっている。

「……ぁ、」

流れ落ちる汗が目に入り込む。
けれどそれでも、ようやくロビンの目が瞳に映り込んだ。

涙でぐちょぐちょになっていて、悲しみに染まっていて、がらんどう。
その先に繋がるのは希望などどこにも見えない、深い深い深淵へ。

だらりと、ヴァッシュの銃がぶら下がった。
彼もまた、今にも泣きだしそうだった。

「すまない」

いきをするのがくるしくて。
たったそれだけのことばをしぼりだすだけでせいいっぱい。


「救えなくて、すまない……」

――既にヴァッシュの痩躯からは、異形の腕が花開いていた。

頼るべき縁を失ったひとは、一瞬助けてほしいと叫び出しそうで、だけどすぐにその色が失われていく。
竜の顎のように柔らかな笑顔の青年を折り、喰らい尽くそうとし――、

「未来への切符は白紙、なんだよな?
 だったら、立ち止まんな!」

それを阻むのは不敵な笑みを湛えた少年。
モップなどこの場にありもしないのに、ただ己の腕で『掴』み取る。

「「……!?」」

それは、あまりにも予想外の出来事で。
ヴァッシュとロビンの動きはスイッチしたかのように止まる。

先に立ち直ったのは、ロビン。
生やした腕を掴まれた感触のおかげだろうか。

「ごめんなさい、狩人さん……」

その言葉とともに再度煙幕を張り巡らせる。
一拍。
それだけの間で、雪が融けるようにニコ・ロビンは見えぬ世界の向こう側へと消えていく。

たった一人ぶんの足音を響かせて、夜の街の迷い子のように。

「あ、待て! 待つんだ、ロビンっ!」

一歩踏み出そうとするヴァッシュ・ザ・スタンピードはしかしその場で踏みとどまる。
迸る感情を無理矢理抑え込む顔で、振り向く相手は植木耕介。

視線の先にある顔は当然ながら蒼褪めている。
されどそれより目に付くのは、彼の着込んでいた漆黒の鎧だった。
戸惑うヴァッシュを無視し、植木は声を張り上げ命じる。

「何してんだ、早く追わなきゃだろ!」

はい? と間抜けな呟きを漏らして見つめてみれば、先刻までの様相からは想像もつかない覇気が感じられる。
そのギャップが不気味に過ぎて、鎧から黒々としたものが立ち昇ってさえいるようだった。

「俺はこいつのおかげで多少はマシに動けるようになったから。
 先にデパートでさっきの人たちと合流しとくから、さっさとあいつを連れ戻すんだ」

急展開にどう応じたものか戸惑っている間に、植木もその背を翻す。

「ちょっ……! 君はまだ動けるはずは……!」

その呼びかけに反して、邪悪ささえ感じるほどの強い圧力を伴って植木の姿もまた薄れていく。
彼の唐突な懇願と行動には何故か、焦りさえ感じられた。

彼の意思の通りロビンを追うか、それとも植木本人を追うか。
こころがあまりに揺れ動いてて壊れそうなひとと、弱り切っていたはずなのにおかしいほどに元気になったひと。
ヴァッシュが進むべき道を選ぶのを躊躇う理由には、十分すぎた。
彼の手の届く場所には、限界が存在しているのだから。

霞が晴れていく。
そこには最早ニコ・ロビンの姿はどこにも見当たらない。
それは突き刺さっていたダーツや彼女の仲間だった人物と思しき死体もろともで、植木耕介に関しても同じこと。

先刻の残滓は、未だに手に握ったままのダーツが残るのみだった。

「く……、どっちに向かえばいい?」

逸るこころを押し留め、口端を噛んで決断せねば。

――そして、その傍らのどこかで安堵。
ちらりと、右腕を見る。今は翼も生えていないその右腕を。

かつてある街で、不意に放たれた銃弾を右腕の翼が反射的に受け止めた事があった。
あの時は片鱗のようなものでしかなかったが、おそらくより強力な自動防御機構が自分にはまだ眠っているのだろう。
あそこで植木が介入していなければ、自分の力の末端が――“尖翼”がロビンを打ちのめしていたかもしれない。
そうならなくてよかったと、心から思う。

「……戦うべきは、彼女のような殺し合いに乗せられた人々じゃない。
 止めよう、こんな争いを……!」

懸念事項はいくつもある。
怪しい動きをする趙公明と姿の見えない彼の仲間。
デパートに向かったままの銀時たち。
不自然すぎる復活を果たした植木。
あまりに危うい心理状態のロビン。
そして、何をしているのか行動の残り香さえ感じ取れない双子の兄。

――進むべき道は、どのようなものだったか。


【H-7/森の中の川辺/一日目/朝】

【ヴァッシュ・ザ・スタンピード@トライガン・マキシマム】
[状態]:頬に擦過傷、疲労(小)、黒髪化3/4進行
[服装]:真紅のコートにサングラス
[装備]:ヴァッシュ・ザ・スタンピードの銃(3/6うちAA弾0/6(予備弾23うちAA弾0/23))@トライガン・マキシマム
[道具]:支給品一式、ダーツ@未来日記×1、不明支給品×1
[思考]
基本:誰一人死なせない。
0:救えなくて、すまない。
1:ロビンと植木、追うべきは――?
2:ウルフウッドをはじめとする死者たちを出した事への悲しみ。
3:趙公明を追いたいが、手がかりがない。
4:参加者と出会ったならばできる限り平和裏に対応、保護したい。
5:動きの不透明なナイブズが色々な意味で心配。
6:ナイブズが“力”を行使したならばすぐに駆け付けられるよう、感覚を研ぎ澄ます。
[備考]:
※参戦時期はウルフウッド死亡後、エンジェル・アーム弾初使用前です。
※エンジェル・アームの制限は不明です。
 少なくともエンジェル・アーム弾は使用できますが、大出力の砲撃に関しては制限されている可能性があります。


**********


いつだってやり直せるのだと、自分を殺さず訴え続けた男の言葉が脳裏にいつまでも反響している。

その言葉に縋りたくなる自分が悔しくて、そんな自分を見限ろうとしない男に感謝と憎悪を同時に向けて。

強く心に決めたはずなのに揺らいでしまう脆さの存在を、潰れそうになりながらも確かに認める。

とにかく、ひとりになりたかった。

ひた走る中、森の中、無意識のうちに見て覚えた地図が脳裏に描写されていく。

確かこの先は――神社だ。

落ち着くために一休みするならば、もってこいの場所だろう。

【G-5南東/山中/一日目/朝】

【ニコ・ロビン@ONE PIECE】
[状態]:左腕に銃創×2(握力喪失)、精神不安定、動揺
[装備]:ダーツ(9/10)@未来日記
[道具]:支給品一式(名簿紛失)、んまい棒(サラミ×1、コーンポタージュ×1)@銀魂
    双眼鏡、医薬品、食料、着替え、タオル、毛布、サンジの死体
[思考]
基本:麦わら海賊団の復讐。
0:……ごめんなさい。
1:ルフィたちを殺した可能性がある相手は逃がさず殲滅……?
2:殺す前に情報収集。主に主催者について。特にそれぞれが居た世界の違いを考察する。
3:可能なら、能力の制限を解除したい。
4:ヴァッシュに申し訳が立たない。
5:ひとまず神社で体を休める。
[備考]
※自分の能力制限について理解しました。体を咲かせる事のできる範囲は半径50m程度です。
※参戦時期はエニエスロビー編終了後です。
※ヴァッシュたちの居た世界が、自分達と違うことに気がつきました。
※冷静さと判断力は少しずつ戻ってきていますが、代わりにヴァッシュの言葉に動揺しています。


**********


きがくるいそうだ。

なんではしっているんだろう。

ああ、そうだ。なにもできないのがくやしかったからだ。

はしって、はしって、はしって、だれかとであって、とめなきゃ。

とめるために、たたかわなきゃ。

……あれ?

たたかうために、とめるんだっけ?

あれ、あれ?

そもそも、なにをとめるんだっけ。

ああ――、たたかいたい。


動けないのが悔しくて、守られる弱さが嫌で、だからこそ躊躇わずに黒い鎧を身に纏った植木耕介は――、
実のところ、結局のところ、ヴァッシュの前で強がったのが精いっぱい。

でも、だけど、あの言葉に後悔も疑念も何一つない。
だって、あの女の人が見ていられなくて、どうしても助けてあげたいと思ったのだから。
けれどもともと自分は限界が近づいていたから、だからこそ素直に凄いと思ったヴァッシュにそれを託したのだ。

ゆだねろ。
ゆだねろ。

絶えず頭の中に直接そんな声が聞こえてきて、出血であやふやになった自我に入り込もうとしてくるのを無様なくらい必死な形相で飲み下す。

自分でも気付かぬ間にその手に魔剣を携えて、ひとをころす武器を握りしめて。
植木耕介はただひたすらに、デパートの方へ、森あいの消えた方へ。

もうすぐ、7:30。

植木の向かうその先では、金剛晄の公開解体ショー、そのクライマックスを迎える頃合いである。


【I-7/市街地/一日目/朝】

【植木耕介@うえきの法則】
[状態]:重度の貧血、カナヅチ化 、首に大ダメージ、自我への浸食、破壊衝動
[装備]:青雲剣@封神演義、狂戦士の甲冑@ベルセルク
[道具]:支給品一式
[思考]
基本:仲間と共にこの戦いを止める。
1:もり
2:でぱーと
3:もっぷ
[備考]
※+第5巻、メガサイトから戻って来た直後から参戦です。

【狂戦士の甲冑@ベルセルク】
かつて髑髏の騎士が着用し、魔女フローラが封印していたドワーフ製の呪いの鎧。
使用者に合わせて形状を変える。
凄まじい防御力を誇り、物理攻撃で破壊する事は困難。ただし、内部に衝撃は伝わる。
……とは言っても、着用中は痛みを感じることすらないのだが。
また、着用者の身体能力を限界以上まで引き出すため、超人的な膂力と俊敏さを与える効果もある。
当然そんな代物がノーリスクであるはずもなく、力を振るった反動のダメージは惨憺たるもの。多種の副作用も。
着用者は肉と骨が崩れても鎧自体が変形して強引に体を動かすため、死ぬまでひたすら戦闘を強制される。
それどころか使用者の憎悪や破壊衝動を際限なく高め、まともな思考力と自我さえ奪われる事になる。
最悪、敵味方の区別なしにその場にいるものを殺戮する事だろう。


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