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それぞれの妥協点

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それぞれの妥協点 ◆23F1kX/vqc



 初めに感じたのは、窓が多いなということだった。この建物は窓が多すぎる。
地図にも看板にもたしかに警察署とあったが、これだけ窓を大きくとっていかに保安官を守るのかミッドバレイには理解できない。
多人数が詰められるオフィスが続き、簡易なドアが廊下と結んでいる。
オフィス同士もドアでつながっていて、容易に行き来をすることができる。
軽く触れてみたが、壁も薄くてあきれるほど不用心なつくりだった。
どのオフィスもさんさんと日の光が入る窓が設置されているから、きっと音は素晴らしくいい響きをくれるだろう。
エントランスに立って数節を奏でれば殲滅できる。
ミッドバレイは無意識のうちにもっとも効率的に制圧する方法を考えた。
 そもそも、ミッドバレイの本分は中〜長距離戦にある。
 特製のサックスから放つ固有振動数を利用した衝撃波(ソニックショット)は、
どんな猛者でも鍛えることのできない柔らかい臓器を破壊する。こうした大量の殺戮とも相性がいい。
ターゲットは彼の姿をとらえることもなく息絶えるだろう。ミッドバレイの音はどこにでも届く。
音波というものの性質上、距離による制約はない。しかし直接的に肉体を傷つける攻撃が難しいのも事実だ。
 ここなら、とミッドバレイは思った。楽器を使わずとも皆殺しは容易だ。荒くれどもに銃を持たせて窓の外に並べればそれだけでお仕舞いだ。
 だが今は、その有利に働くべき窓がミッドバレイを阻んでいた。ブラインドで直射日光こそ遮られているが、
昼前の明るい日差しはオフィスをオレンジ色に照らしている。
病院のように入り組んだ構造になっているわけでもなく、大部屋の続く単調な建造物では聴力と無音化というミッドバレイのアドバンテージはあまり生きない。
いや、その前に。
日が昇りきった時点でアドバンテージなるものは絶対的に目減りしているのだ。
視界の利かない夜の闇や、障壁が多く視野のきかない建物の中、そういった場所でこそ『音』の力が最大限に発揮される。
その点、電気を消してもなお明るく、障害物言えば机といす程度しかない広々とした警察署は利点に乏しい。
せいぜいが競技場のような広場や屋外の道路よりましといった程度だ。
 それでも、ミッドバレイがここに訪れたのには理由がある。
 第一回放送をまともに聞いていなかったのは痛手だった。
死亡者の名前などどうでもいい。
レガート・ブルーサマーズの名が呼ばれるわけがないし、『あれ』達については触れるのも馬鹿らしい。
ニコラス・D・ウルフウッドは、あの闘神の生まれ変わりのような男がそうやすやすと死にはしないだろうが、死んでいればいいと思った。
強者は少ないに越したことはない。
同時に生きていればいいとも思った。
彼を屠るだけの技量を持つ者がいることになるからだ。



 鉛の弾が肩を貫いたとき、或は筆立てが砕けて倒れたのにまず驚いた。
そのあとで視野に赤いものが侵入したのを意外に思い、やっと肩に焼けつくような熱さを感じた。
全身の筋肉がひきつってオートマチックに立ち上がり掛けたところをしたたかに殴られる。
右のこめかみだから犯人は右利きだ、なんてことを考えていたように思う。
そのどれもが一切の音を立てなかった。うっとうしいほどのどかなシジュウカラのさえずりと、
パソコンのファンの低い唸り声だけがずっと聞こえているものだった。
 いつの間にか床に倒れている。
その視界に入ったのは、片手におもちゃのようなラッパと反対の手に長いスーツケースを持つ男の後ろ姿だ。
――……ラッパ(ホーン)?
 割れるような頭痛と体重の掛かった肩がやたら痛んだが、現場のあまりのそぐわなさに或はぷっと吹き出しそうになった。
もっとも、それは吐息にすらならなかったが。
 男はふとドアの方に目をやると、おもむろに『スーツケースを構えた』。音もなく射出口が開く。
一見長いだけのスーツケース。しかし、鉄杭を射ち出し遮るものを粉砕する信じられない火力の兵器なのだ。
リヴィオがクリムゾンネイルの打杭機と呼んだそれを、男はまるで『見知った道具であるかのように』射撃姿勢をとる。
 狙っているのだ、爪を研いで。
 リヴィオが危ない。
かすみがかった意識が必死にそう言っている。
リヴィオを助けないとリヴィオに教えないと叫ばなければ呼ばなければ危険を知らせなければ。
しかし。
いくつかの事実が、推理が、或の口からぜんぜん違う言葉をもたらした。
ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク……」
それは声にすらならないような小さな呟きだったが、男の目は確かに或をとらえた。






 それはまったく、彼らしくないミスだったといえるだろう。
かつて同種の仕事を何十回もした。もう数もわからないくらい手になじんだ作業のはずだった。
 耳が察した人の気配は二人。足音と声調から自ずから明らかだ。
男は長身で腕に覚えがあり子供の方は小柄でそうではない。
そして、車のキーを手に入れ間もなく出立しようとしている。
ミッドバレイは即座に決めた。外に出られては、なおさらアドバンテージが効かない。
 男の方が部屋を出るのを聞き、入れ替わりに音もなく押し入った。
反響音から子供がこちらに背中をむけていることはわかっている。
踏み込むと同時に室内の状況を目視した。
 このとき彼は、本当に久しぶりに思った。ツイてる、と。
 モニターに向かう少年の背後に、それはあった。
GUNG-HO-GUNSのNo.13、エレンディラ・ザ・クリムゾンネイルの鋼鉄の爪。
鉄の壁すらぶち抜きさらに舞うその威力は、ミッドバレイが望んでいたまさにそのものだった。
滑るように打杭機をとりあげると、予定通り情報源を無力化する。
 そして、いつもの彼だったら男がドアノブに触れるその瞬間に冷たい殺意を撃ちこんでいたに違いない。
相手が最も無防備なそのときに、打つべき鼓動を止めさせていただろう。
なのに、だ。まったくプロらしくないことに、見知らぬ子供のこぼした音が自分の名前を紡いだときに、考えてしまった。
わずか一瞬でも考えてしまったのだ、『あれ』がいる可能性を。
 結果として、寸分寸毫の狂いなく殺れる瞬間を逃し、獰猛な嵐のような反撃にあい、あまつさえからがら逃げ出すという失態を犯すことになった。
 いつのまにか銃弾がかすったらしく、右腕とわき腹にひりひりした痛みを感じる。
幸いだったのは優秀なガンマンだろう男が不釣り合いに貧相な銃を扱っていたことだ。
口径が大きければ肉ごとえぐられていたはずだ。急な動きをしたせいで、背中の裂傷もうずきを増している。
 散々だ。
あの怪力オカマの杭は重量と反動が半端ではない。操るにはしばらく時間が必要となるだろう。
 運のせいなどではない、すべては自分のうかつさが原因だ。
幸運の女神には打杭機とのめぐりあわせの分をまず感謝すべきなのだ。
 溜息をつくのをやめて、ミッドバレイは打杭機を手に静かに立ち去った。



「或!」
リヴィオは戦意にまかせて侵入者を追いつめかけたが、血にまみれた或を認めてたたらを踏んだ。
目的は、敵を斃すことではないのだ。リヴィオは自身に言い聞かせた。
誰かを守ることだ――彼のように。
手早く怪我の状況を検分し、手当てをする。
ぐったりしているが、幸い見た目のわりにたいしたことはなさそうだ。
弾道が骨も動脈も外れているので大事に至るものではなく、きつく殴られた頭もしばらく横になれば起き上がれるようになるだろう。
襲撃者の目的が或を生きて捕らえることならば、きわめて手際のいい仕事だった。
リヴィオは丁寧に止血をし、包帯を巻く。頭の傷に布を当てようとしたところで、手首を力無くつかまれた。
或は、はっきりと目を見開いていた。
こめかみの血が面(おもて)を汚し、涙をだらだら流しながらも、隠しきれない興奮が踊っている。
「リヴィ・・・確保しないと・・・・・」
かすれた声が言葉を結んだ。
「かれ、しょうこ、捕まえて・・・・!」
そして、リヴィオの知る名前を彼は告げたのだった。




「ホーンフリィィィク!! あんたに話がある!」
リヴィオはどことも知れぬミッドバレイに向かって叫んだ。
当然、応えはない
もはや去ったか? リヴィオは自問する。いや、大丈夫だ。
「あんたは情報がほしいんだろう!
俺たちは、あんたにレガートとナイブズの情報を提供できる。
ノーマンズランドであんたはナイブズから逃れようとした。
この島でやつらの動向が、知りたくてたまらないはずだ。」
 リヴィオはここで一息区切った。
 この言葉がミッドバレイに届いていれば――彼の超人的な能力を持ってすれば聞こえないはずがないのだが――、決して捨ててはおけないはずだ。
「俺の名は、ミカエルの眼のリヴィオ・ザ・ダブルファング
あんたと同じようにナイブズに逆らったGUNG-HO-GUNSの10だ」
 リヴィオはミッドバレイのことを大して知っているわけではない。
 音を自在に操る殺し屋であり、ナイブズを恐れて逃げた反逆者であり、それに失敗した敗退者だ。
 所詮、その程度の内容でしかない。
 それは彼のことをリヴィオに語る人物がいなかったせいもあるが、リヴィオ自身も死人に関心などなかった。
 そう、確かにミッドバレイ・ザ・ホーンフリークは死んだはずなのだ。
レガート・ブルーサマーズのイカレた忠義に殺されて。
「コインを投げろ」
 思ってもいない方向、リヴィオの側の壁の向こうから声が聞こえて、汗が首筋を流れるのを感じた。
 いつの間にそちらに? リヴィオは決して油断していたわけではない。かなりの注意を払っていたはずだ。
この壁の薄さなら、クリムゾンネイルの爪は容易にぶち破るだろう。
 だが――この距離なら、かわせる。
 リヴィオは懐から二つコインを取り出した。
 ヴァッシュ・ザ・スタンピードを苦しめるため、GUNG-HO-GUNSのナンバーに一つずつ持たされた半割れのコイン。
斃されれば勝者(というかヴァッシュ)に渡るそれは、レガートの悪趣味の塊だ。
 No.10のコインを投げた。
 No.11ラズロ・ザ・トライパニッシャーオブデスのコインはそっと懐に戻す。
この身を共有する戦闘狂の別人格について言及する気は今はなかった。
 一つの体に二つナンバー。GUNG-HOの中でも例外中の例外を説明しても不信感を抱かせるだけだろう。
必要ならおいおい話せばいい。
 キィン
 かつてのGUNG-HO-GUNSの証。硬い金属音を立てて一度はね、ドアの前に落ちた。
リヴィオの記憶ではすべてのコインはヴァッシュがケースに納めたはずだった。
これもまた『神』の小道具なのだろうか。

――No.5のコインはどこにある?

 頭痛がした。

――ニコラス・D・ウルフウッドのコインは誰が持っている?
   俺を救った恩人の、俺を命がけで救って死んだ恩人の、恩を返すことも言葉を交わすこともないまま、
   俺の知らないところで再び死んだ彼のコインを持っているのは、誰だ?

 コインの残響が消えるころ、ようやくドアが開いて意外なほど無造作に男が現れた。
「確かに10のナンバーだ」
 やはり無造作なしぐさでコインを拾い上げ、ナンバーを読み上げる。
「ダブルファングと言ったか?」
 リヴィオはわずかにうなずくことで肯定を示した。
「GUNG-HO-GUNSの7、ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク。あんたは死んだと」
「俺もそう思っていたがな」
 彼が投げてよこそうとするのをリヴィオは首を横に振った。あんなものはもう必要ない。
 ミッドバレイは、リヴィオとは異なる雰囲気を持つ男だった。
しゃれた形の靴も、糊のきいたシャツも、高級そうな白いスーツも、戦場よりは品のいいバーに似合うだろう。
かつては伊達に着こなしていただろうに埃と血ですっかり薄汚れていた。
その割には本人は気にしたふうもなく、ずっとうろんな視線を或に向けている。
そういえば、とリヴィオは思った。銃を交えたときでさえ視界の端で或の姿をとらえている気配があった。
優秀な殺し屋であろう彼が、無力に倒れた高校生をなぜそんなにまで警戒する?
 その解はミッドバレイ自身の言葉ですぐに得られることになる。
「こいつは何だ?」
 眼差しで或を示しながら、リヴィオに尋ねている。
「・・・彼は秋瀬或と言って、」
 質問の意図を掴みかねて、リヴィオが几帳面に応じた。
 あ、と或は思った。軽率だ。
風貌はむくつけきガンマンのそれなのに、彼はときどきおかしなまでに純朴な振る舞いをする。
そこが或に彼を信頼させると共に、いつか敵に足元をすくわれかねない不安をあおっていた。
現状、或の肉体的な身の保障はリヴィオに完全に依存しているのだ。
 ミカエルの眼の過酷な改造でリヴィオは外見こそ加速成長させられたが、中身の年齢は実はさほど変わらないなど或には知るよしもない。
 だが、遮ったのはミッドバレイだった。
「人間か?」
 かぶせるように発された言葉に、リヴィオは得心したようだった。
 或は普通の少年だ、と彼は言った。
 見てわかるだろう、とは言わなかった。
 或には物語の中のできごとでしかないが、この二人は確かに人類でない『それ』を実体験として知っているのだろう。
「俺は普通の子供が大男に化けるのを見た」
 相変わらず疑わしげにミッドバレイが見下ろしている。
「大男が子供に化けていたのかもしれないがな」
 ミッドバレイは思い出して軽く息を吐いた。
 現実的な脅威であるならば、「考えない」という救いに満ちた選択肢は許されない。
 あの子供(注:胡喜媚)は変装というレベルでなく黒い剣士(注:ガッツ)に化けたし、黒い剣士は確かに子供になった。
 普通に考えて、剣士が子供に化けている可能性の方が高いだろうとミッドバレイは予測する。
 脆弱な外見を装って襲撃者を油断させ、突如として本来の力量を発揮し圧倒するのだ――彼が嵌りかけたように。
 もっとも、この島で『普通』がどこまで通用するか甚だ疑問だが。
「『普通』をどう定義するかは極めて厄介かつ魅力的な命題ですが――僕のこの体はホモ・サピエンスの生物学上の制約から逸脱していません。
もちろん、物理学の法則に逆らうこともできません。
そういった意味においては、僕はなんの力も持たない普通の人間ですよ、ホーンフリークさん」
 ヴァッシュ・ザ・スタンピードやミリオンズ・ナイブズとは違ってね、と或が付け加えるとミッドバレイはわずかに眉根を寄せた。
嫌悪感を隠すつもりもないらしい。
「ただ、『ない』という消極的事実を明示するのは非常に困難な作業です。
それは、悪魔の証明と呼ばれるほどに。
今この場で証明する手段は遺憾ながらありません。
ですから、あなたには僕を信じていただきたい」
 ――証明する手段?
 べらべらとよくしゃべる子供だった。
 涙と血でぐしゃぐしゃのくせにぎらぎらと目だけが輝いている。いったいその目で何を見ようというのだろうか。
 ――銃で撃って死ねば人間だろう。
 ミッドバレイは或には答えずリヴィオに問いかけた。
「レガート・ブルーサマーズとナイブズ…様の居場所を知っていると言ったな」
「ねぇ、あなたは自分が死んだと認識しているんですか?」
 或が体を起こそうとして、リヴィオに抱きとめられている。
 例の興奮の入り混じった目で、妙に馴れ馴れしく聞いてきた。
「腹と胸に銃弾を撃ち込まれたんだ、死なない方がおかしい」
「本当に死んだんですか? 間違いないんですか?」
「自分の頸椎と頭がい骨が叩き潰されるのを『聴いた』。俺にはどうして生きているんだかわからん」
 ふと、先程の『手段』を思い出して嫌な気分になった。
「詳しく知りたければチャペルにでも聞け。」
 その沈黙は、わずかの間だった。
ともすればミッドバレイにくいよろうとする或をやわらかくおさえながら――或にすれば万力のような固さだったが――リヴィオは暗い声で応じた。
「・・・彼は死んでしまっただろう」
「死んだ? あの魔人がか?」
 ミッドバレイが驚いた声で聞き返した。
「放送を聞いてなかったのか?」
 今度はリヴィオが聞き返す。音界の覇者は苦々しく認めた。
 ――なにかがおかしい。
 或は違和感を覚えた。
彼はレガートやナイブズが参加していることを知っていた。
放送で読みあげられれば、名簿の名前は順番に赤変する。
たとえ聞いていなかったとしても見ればその意味は明らかだろう。
「あなたの名簿を見せてくださいッ」




 或が名簿を受け取っている間、リヴィオはミッドバレイに掲示板の書き込みを見せていた。
ナイブズと思われるもの一件、レガートの二件、レガートに襲われたもの一件の計四件。
ナイブズは相変わらずヴァッシュに執着し、レガートは相変わらず狂っていて、
狂人と出くわすとロクなことにならないという、
GUNG-HOの裏切り者二名にとってはもはや普遍的ともいえる事実を示すだけの内容だ。
ミッドバレイもそう思ったのか、何の表情もなく眺めている。リヴィオは場違いな罪悪感を覚えた。
コメントを一言ももらさないまま、ミッドバレイが見まねでマウスを操作した。レガートの絵(モンタージュ)が表示される。
直前まで――彼が撃ちぬくまで――、或が作成していたものだ。
 画面にへばりついたレガートの顔が茫洋とした目で室内を眺めた。
 或は才能があると思う。リヴィオの証言から作成されたものは、瓜二つといっていいほどよくできていた。
ミッドバレイにも一目で誰を指しているかわかっただろう。
だが、どれだけ似ていても本人そのものとはまるで言えない。
狂気を描くには、いったい何色を塗ればいいのだろう?
 ミッドバレイは偽杜綱の手配書を手に取りモンタージュと見比べて、目的を察したようだがぽいと紙を投げ捨てた。
「鎌がふりあげられてから死神に気づいてもな」
「ないよりはましだろう」
どうだか、というようにミッドバレイが肩をすくめた。気障ったらしい所作がしみついているらしい。
 モンタージュを印刷し、リヴィオは名簿を見ている或に声をかけた。

 結論からいって、ミッドバレイ・ザ・ホーンフリークの名簿はなんら変哲のない代物だった。
或はいくらかの落胆をこめて名簿を見直した。或たちのものと同じように16名の名前が赤くなっている。
汚れや折れ目の違いを除けばなにも変わらなかった。
 リヴィオがいぶかしげにどうかしたのかと言い、ミッドバレイがもういいだろうと名簿を取り上げた。
そのまま折れ目にそって紙を折ろうとして、手を止めている。
或はそこになんとなく不満げな雰囲気を感じ取ったが、原因に思い当たるものはない。
大事なものと思うから丁寧に取り扱ったし、受け取ったときと違う状況といえば名簿が閉じていないことくらいだ。
「ミカエルの眼には種々の『教育』があると聞くが――」
 唐突に母集団の話題を振られてリヴィオは戸惑った。
「子供のしつけは教えていないのか」
 何の話だ? つい視線が或を向くが、リヴィオよりずっと賢い或も困惑した顔をしている。珍しい表情だ。
 名簿の死亡者――赤文字の名の上を、ミッドバレイの指がとんとんと叩いた。
「わかりやすいしるしをつけるご親切は立派だが、人のものに無断でやるのは行儀が悪い」
 何か反論しようとして、或ははっと気づいた。ミッドバレイは名簿をよこすとき、四つに折りたたんだ一部を開いて見ていた。
おそらくその紙が名簿かを確認したのだろうが、問題はそんなところにはない。
或が名簿を開いたときにはすでに赤変していて、ミッドバレイが所持していたときにはそうではなかったという一点にある。
 或は名簿に関する所見を述べた。
「ロストテクノロジー?」
リヴィオは感嘆した。
「残念ながら違います」
或が喉の奥でこらえて笑う。
ホーンフリークは黙って指の先で紙をたたんだ。




 リヴィオは急襲をかけてきたミッドバレイを信頼するには程遠い心境だったが、
しかしながら、戦闘面においての彼の支援は無碍にできないものがあるとも考えていた。
 こと近接戦闘において、ミッドバレイはリヴィオの敵ではない。
しかし、気配を感じさせずに致命的な一打を与えてくる彼の手腕は恐ろしいし、味方にすれば頼もしいだろう。
 或の身体の脆さが予想以上だったのも、リヴィオにミッドバレイとの共闘を決意させる一端だった。
さっき被弾した銃創程度なら今でも数分で皮が張るリヴィオとは比べるべくもないが、
それにしてもたかだかあの程度ですぐには歩けなくなるほどのダメージに或がなるとは思わなかった。
偽杜綱のときといい、相手の殺意と危機に関する察知能力も低い。
或の世界では、生き延びるためだけにそういった感性を研く必要も、理不尽で不合理な暴力にさらされることもなかったのだろう。
 近接戦闘で敵ではないならば、不意打ちをおそれて汲々とするよりもあえて近づけた方が安心だろう。
ミッドバレイの射撃の腕前も、『能力』もアテになる。ビジネスライクに考えられればこれ以上ないパートナーだ。
 或は小さくて弱い。自分の手が唯一守った少女のように。
 ホーンフリークは、信頼できる仲間とは到底言いがたい。
 或はリヴィオにしか守れない。
 ミッドバレイは或を人間かと尋ねたが、それなら身体強化を重ねた自分の体の方がよほど化け物(フリークス)だろう。
だが血に染まりきったこの手でも守れるものがあると教えてくれた。
――コインはどうする。
ラズロがささやいた。いや、ラズロではない。リヴィオの弱さをラズロのせいにしてはいけない。
彼のコインの行方が気になってしかたがないのはリヴィオ自身だ。
 目的を思い出せ。リヴィオは再度自身に言い聞かせた。
 自分は或を守り抜く。悪趣味なこの殺しあいを生き延びて、或をもとの平和で安全であんな感性など必要のない世界に帰してやろう。
リヴィオがおった痛みを、ラズロに押し付けた苦しみを或には味わってほしくない。
 できるはずだ。
師とラズロを敵に回しても孤児たちを守りぬいた彼のように。
血みどろになっても決して諦めなかった彼のように。
 彼――。彼の、コインはどこだ?
 ヴァッシュに会いたいと思った。
守るには大きすぎるものを抱えて、それでいてなにひとつ落としはしない彼に会いたいと、心の底から思った。



或がそんな提案をしたのは、当然思惑のあってのことだ。
ミッドバレイ・ザ・ホーンフリークは、間違いなく人を殺すことに抵抗がない。
現に躊躇なくリヴィオへ鉄杭を発射した。或もその弾丸で撃ち抜かれている。
急所ではないからといって、それが或を殺すつもりがなかったとはどうしても思えない。
彼の行動の基本は、情報源の確保と他者の排除。展開がこうならなかったら、
彼はリヴィオを仕留めて或から必要な情報を聞き出し、止めを刺すか放置するかしただろう。
どちらでも同じことだ。リヴィオの的確な処置がなければ或は血の海でみじめに死んでいたから。
 そして、立ち入り禁止区域を把握していなかったことから彼がこの異常な島を単独行動していることが分かる。
これからも武器や情報を得るために平気で一般人を殺すことだろう。
 鳴海歩や『普通』の人間と思われる掲示板の管理人が遭遇したらどうなるか。
彼らが命を拾う可能性は皆無だ。それは何としても避けたい事態だった。
幸いなことに彼は、殺人に快楽を見出すタイプでもなくかなり理性的な人物と読み取れる。
 ならば、懐柔してしまえばいい。
リヴィオを使えば砂漠の星の住民という大きなくくりで、おおまかな思考傾向をつかみ取るのにさほど時間はかからないだろう。
しかもリヴィオとミッドバレイは同じ組織に属していたという。彼がほしい情報は明らかだし、或にはそれを獲得する自信がある。
 ――もちろん、或が第一義に考えているのは身の安全だ。
戦況や戦時の人物把握についてはリヴィオの方が圧倒的に長けている。だから彼が渋れば或は即撤回するつもりだった。
けれど、リヴィオは諾とした。ということは、彼にとってミッドバレイは脅威ではない、もしくはなんらかの勝機が見込まれるのだろう。
 ――それに。
 こめかみは春雷のように痛んだが、その内部は冴えわたる。
 ある人間と別の人間。別の人間はある人間が死んだ後の時間軸を生き、ある人間はただ死んでいた。
 或がミッドバレイを手元に置いておきたかったのは、有力な手掛かりになると直感したからだ。
23%が死んだ中で、手持ちのカードにこの両者を入れられるとはなんという幸運か。
 或は首筋の毛がぞわぞわと逆立つのを感じた。口角はくっきりと上がり、薄い唇は完全に笑みを形づくる。
 謎だ。謎がある。それもとびきり大きな謎が。
 探偵にとってこれ以上の悦びはあるだろうか。
 ――包み隠されたその姿はきっと陶然とするほど魅力的だろう。
 『神』よ、この僕がお前を解き明かしてやる。
 或は強く強く思った。それはもしかしたら、ただ一人勝ち残ってでもと願うほどに。

 まともな嘘をつくのも面倒になって、ミッドバレイは適当にごまかした事実を伝えた。
 立ち入り禁止区域と交換で、或が子供に化ける剣士の話を聞きたがったからだ。
 なんならそのままを話してしまってもよかったのだが、
或によく似た年齢・服装の子供(注:竹内理緒)を殺したことは伏せたほうがいいと判断した。
オトモダチの可能性が高い。ここで揉めるのは厄介だ。
 昔の自分なら、笑顔を浮かべればいくらでも偽りの言葉が流れ出たし、ついでに気のきいた一言も付け加えたかもしれない。
洗練された容姿と相まって、確かにそういった如才のなさは彼の武器の一つだった。
他のGUNG-HOにはない強みだ。そこをナイブズに見込まれたのだとしたら、そんなもの初めからいらなかったと思う。
 疑いたいのなら疑えばいい。クソを塗り固めたこのゲーム、どうせあと二日ほどだろう。
 わりあい完璧主義者だったはずの自分のずさんさに、人間捨て鉢になれば大概の事はどうでもよくなるんだな、という感想がぼんやり浮かんだ。
なんでもいいからさっさと終わってほしい。これが最も正直なミッドバレイの心中だった。
――サックスがあれば
 仮定なぞ無意味と知りつつ思わずにはいられない。
――華麗に迅速に殺しつくしてみせるのに。
 彼も長年殺しを生業にしてきた男だ。その辺のギャング程度なら話にもならずに叩きのめすことができる。
しかし、リヴィオや黒い剣士が相手ともなるとそうはいかない。
残念ながらミッドバレイは楽観主義者ではななく、頼みの打杭機も傷が響いて精巧な照準を定めることは難しい。
虚をついての奇襲、HIT AND RUNしか選択肢のない今の彼にとって、これは大きな痛手だった。
 ミッドバレイが或の提案を受けたのは、もう一つ理由がある。
 『あれ』らの情報を取得するのともまた別の理由だ。
 賞金首の手配書のような紙。秋瀬或とリヴィオが作成したものだ。
詳細な容貌や攻撃能力が記され、ご丁寧にも危険人物ゆえ気をつけろと注意書きがある。
なるほど、冒頭の一戦でリヴィオの呼びかけにこたえなければ、
子供に不意打ちをかける危険人物としてミッドバレイの似顔絵が流布されていたに違いない。
 リヴィオは緊張をたたえた様子でこちらを見据えている。すでに自分は警戒されている。
今ここで立ち去っても同様だろう。
強者とまみえる可能性が、これからは否応なしに高まる以上手の内を明かされるのはどうしても避けたい。
 ミッドバレイはリヴィオを見返した。GUNG-HO-GUNSのひとつならば、この男もどこかいびつに違いない。
だが少なくとも、ダブルファングはいきなり魔牛に化けたりはしない。
 わけのわからない『神』共がはびこるこの島で、それは極めて心強い真実に思えた。

【C-2/警察署/1日目/午前】

【秋瀬或@未来日記】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(中)、左肩に銃創、右こめかみに殴打痕、興奮状態
[装備]:ニューナンブM60(5/5)@現実×2、警棒@現実×2
[道具]:支給品一式、各種医療品、 天野雪輝我妻由乃の思い出の写真、不明支給品×1、
    携帯電話、A3サイズの偽杜綱モンタージュポスター×10、A3サイズのレガートモンタージュポスター×10、手錠@現実×2、.38スペシャル弾@現実×20
[思考]
基本:生存を優先。『神』について情報収集及び思索。(脱出か優勝狙いかは情報次第)
1:『神』の謎を解く
2:リヴィオと共に中学校付近に潜伏して、歩と雪輝達の取引を監視する。
3:我妻由乃対策をしたい。
4:探偵として、この殺し合いについて考える。
5:偽杜綱を警戒。モンタージュポスターを目に付く場所に貼っておく。
6:蒼月潮、とら、リヴィオの知人といった名前を聞いた面々に留意。
7:探偵日記を用いて参加者から情報を得る。
8:『みんなのしたら場』管理人を保護したい。
9:ミッドバレイの懐柔。
10:ヴァッシュに話を聞きたい。
[備考]
※参戦時期は9thと共に雪輝の元に向かう直前。
※蒼月潮の関係者についての情報をある程度知りました。
※リヴィオからノーマンズランドに関する詳しい情報を得ました。
※警察署内にいたため、高町亮子の声は聞き逃しました。
※鳴海歩について、敵愾心とある程度の信頼を寄せています。
※鳴海歩から、ブレード・チルドレンと鳴海清隆、鳴海歩、ミズシロ・ヤイバ、ミズシロ・火澄、
 並びにハンター、セイバー、ウォッチャーらを取り巻く構図について聞きました。
 ただし、個人情報やスキルについては黙秘されています。
螺旋楽譜に記された情報を得ました。管理人は歩であると確信しています。
※鳴海歩との接触を秘匿するつもりです。
※【鳴海歩の考察】の、3、4、6について聞いています。
 詳細は第91話【盤上の駒】鳴海歩の状態表を参照。
※みねねのメールを確認しました。
 みねねが出会った危険人物及び首輪についてのみねねの考察について把握しました。
※参加者は平行世界移動や時間跳躍によって集められた可能性を考えています。
※ミッドバレイとリヴィオの時間軸の違いを認識しました。
※ガッツと胡喜媚を要注意人物と認識しました。ガッツ=胡喜媚で、本性がガッツだと思っています。
※名簿の仕組みを認識しました。

【リヴィオ・ザ・ダブルファング@トライガン・マキシマム】
[状態]:健康
[装備]:ニューナンブM60(5/5)@現実×1、警棒@現実×2
[道具]:支給品一式、手錠@現実×2、.38スペシャル弾@現実×20、詳細不明調達品(警察署)×0〜2、警察車両のキー 、No.11ラズロのコイン@トライガン・マキシマム
[思考]
基本:ウルフウッドの様に、誰かを護る。
1:ウルフウッドのコインはどこに?
2:或を守る。
3:或と共に、知人の捜索及び合流。
4:偽杜綱を警戒。
5:ロストテクノロジーに興味。
6:死者の復活……?
7:ミッドバレイをやや警戒
8:ヴァッシュと合流したい。
[備考]
※参戦時期は原作11巻終了時直後です。
※或の関係者、蒼月潮の関係者についての情報をある程度知りました。
※警察署内にいたため、高町亮子の声は聞き逃しました。
※妲己を危険人物と認識しました。
※ガッツと胡喜媚を要注意人物と認識しました。ガッツ=胡喜媚で、本性がガッツだと思っています。
※ミッドバレイとの時間軸の違いを認識しました。困惑しています。
※名簿の仕組みを認識しました。

【ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク@トライガン・マキシマム】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(小)、背中に裂傷(治療中)
[服装]:白いスーツ
[装備]:イガラッパ@ONE PIECE(残弾50%)、ベレッタM92F(15/15)@ゴルゴ13
[道具]:支給品一式×4、真紅のベヘリット@ベルセルク、鳴海歩のピアノ曲の楽譜@スパイラル〜推理の絆〜、
銀時の木刀@銀魂、月臣学園女子制服(生乾き)、肺炎の薬、医学書、ベレッタM92Fのマガジン(9mmパラベラム弾)x3、
エンフィールドNO.2(1/6)@現実、クリマ・タクト@ONE PIECE、ヒューズの投げナイフ(7/10)@鋼の錬金術師、ビニールプール@ひだまりスケッチ
エレンディラの杭打機(26/30)@トライガン・マキシマム 、No.7ミッドバレイのコイン@トライガン・マキシマム 、No.10リヴィオのコイン@トライガン・マキシマム
[思考]
基本:ゲームには乗るし、無駄な抵抗はしない。しかし、人の身で運命を覆すようなヤツと出会ったら…?
0:ナイブズ、ヴァッシュ、レガートに対する強烈な恐怖。
1:怪我が癒え十分と判断される情報が集まるまで、或とリヴィオに同行
2:強者と思しき相手には出来るだけ関わらない。特に人外の存在に強い恐怖と嫌悪。
3:愛用のサックスが欲しい。
4:或の情報力を警戒。
5:ゲームを早く終わらせたい。
[備考]
※死亡前後からの参戦。
※ハヤテと情報交換し、ハヤテの世界や人間関係についての知識を得ています。
※ひよのと太公望の情報交換を盗み聞きました。
   ひよのと歩について以外のスパイラル世界の知識を多少得ています。
   殷王朝滅亡時点で太公望の知る封神計画や、それに関わる人々の情報を大まかに知っています。
※呼吸音や心音などから、綾崎ハヤテ、太公望、名称不明の少女(結崎ひよの)の死亡を確認しています。
※放送の後半部分の内容を知りました。
※ガッツと胡喜媚を危険人物と認識しました。ガッツ=胡喜媚で、本性がガッツだと思っています。
※リヴィオとの時間軸の違いを認識しましたが、興味がありません。
※名簿の仕組みを認識しました。


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