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白狐と青年 第50話「接敵 (下)」

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konta

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「接敵 (下)」




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 庁舎の階段を上っていた匠は、呼び出し音を発し始めた通信機を取り出して、移動を一時止めた。
 壁を背にして、クズハとそれぞれ左右に伸びる通路を見張り、通信機からの声に耳を傾ける。
「こちら匠」
『彰彦だ。状況が動いた。手短に説明するぞ』
「ああ、頼む」
 よし、と彰彦の声は応えて、言葉を連ねた。
『地下に行ったキッコさんと明日名兄さんが、庁舎の地下に更にもう一つ地下があるのを見つけた。お前がクズハちゃんを見つけたとこよりもっと下だ。そこに例の実験施設があったみたいでな、異形もそこに溜まってやがった。
 二人は今そいつらと、あと通光んとこの部下の朝川と戦ってる。異形が行政区内に直接現れたわけも方法も分かった。地下の、今は使われてない前文明の旧下水道を使ってやがった。俺たちはそっちに対応できるように旧下水道の詳しい地図を引っ張り出して、武装隊に連絡回してるとこだ。南区の方に現れる前に手を打たねえと、また混乱が起きちまうからな』
「そうか。こっちはほとんど抵抗らしい抵抗に遭うこともなく上ってこれてる。いっそ不気味だよ」
『おお、なんかそりゃ裏がありそうだな』
「笑いごとじゃない」
 言いながら、匠は彰彦の言葉を考える。
 実験でどれだけの人や異形が犠牲になったのだろうか。少なくともここしばらくの間に発生した行方不明者分の犠牲は出ているだろう。
「明日名さんやキッコは大丈夫だろうか」
『あの人達ならどうにかするさ』
 さて、と彰彦は言葉を送って来た。
『そっちも気を付けろよ、こっちはこっちでちょっとこれから忙しくなるからよ』
「忙しくなる?」
『ああ、団体さんが出てきてんだよ』
「団体……?」
『おうよ。まあ、お前らが帰ってくる場所はきっちりと守っといてやるから安心しとけ』
 通信機の向こうから異形のものであろう雄叫びが聞こえてきた。その数は通信機越しの音声からも相当の数だと分かる。それに対抗するように人の鬨の声が聞こえ、
『じゃ、一戦やってくるわ』
 そう言葉を残して通信が切れる。
 しばらくはこちらから連絡しても通じはしないだろう。
「匠さん、彰彦さんは……」
 クズハが窺うように匠を見る。通信の声が聞こえていたのだろう。心配そうな顔を元気づけるように匠は頷きかける。
「地下も地上も、皆がんばってくれている」
 おかげで挟み撃ちに遭う心配も軽減されているし、戻るべき場所がはっきりしている、そこまで行けばいいと分かっているというのは気分的に楽でいられる。
「皆さんが助けてくれていますね」
「ああ、負けないように、俺たちは俺たちの仕事を果たそうか」
「はい」
 周囲を確認して、二人は再び階段を駆け上る。
 もう随分と上って来た。その間、一階で襲ってきたような異形化した人間による襲撃もほとんどなく、誘われているような印象も受ける。
 何が待っているのだろうかと考えているうちに、議員たちによって会議が行われていた会議室がある階にまで辿りついた。
 階段から離れ、通路の様子を確認する。
「匠さん?」
「一応、確認の為に会議室を覗いてみようか。平賀のじいさんが助けられなかった人たちがまだ残ってるかもしれない」
「え、あ、はい」
 クズハが戸惑い気味の反応をするのは他の階を見ていないのにここだけ見ようとしているからだろう。
 他の者と議員達とで救出対象としての価値が違うという事を示している事になるのだ。クズハとしては違和感を感じる事なのだろう。
 聡い子だと思いながら、匠は通路を進む。
 人質を多くとったところで交渉対象が定まっていない現状ではただ荷物にしかならない。人質を取るとしたら必要最低人数だろう。そうなれば利用価値の高い者が人質になる事になる。
 今日この街に居た人物の中であらゆる意味で利用価値が高いのは、様々な情報や人脈や権力を持っている、会議に参加した議員達だ。
 そしてその利用価値はイコールで生存率の高さにも繋がっている。
 ……おそらく、庁舎が占拠された時に逃げる事ができなかったここの職員達はもう生き残っちゃいない。
 死自体見慣れたものになってしまっていたが、それでもいくつもの死体をいちいち見ていては気が塞いでしまう。他の階の確認は全てが終わった後に武装隊に任せればいいと匠は割り切っていた。
「俺たちの目的は通光の拿捕と議員の救出だ。俺たちだけじゃどのみち全部の階を回るなんて無理な話だし、他はまた後で武装隊にでもやってもらえばいいさ」
 クズハに誤魔化すようにそう言っている間に、半壊している会議室の扉に着いた。
 両開きの扉は片方が吹き飛んでいる。匠は吹き飛んだ扉から跡から顔だけを出して会議室の中を窺った。
 会議室の中は、異形が暴れただけあって荒れに荒れていた。崩れた天井に、落下物によって砕かれたらしき机、資料として使われていたものらしき紙の束が割れた窓から入ってくる外気に舞っていて、それらの上に、あるいは下敷きになって異形の死体が転がっている。
 生きている者の姿はない。
 ……ここにはいないか。
 匠が緊張を僅かに緩めていると、魔法で周囲の気配を探索していたクズハが小さく呟いた。
「下で戦いが起きています」
「……信じるんだ」
 匠には下の様子はよくわからない。そのため戦況なども判断する事はできないが、それでも匠はそう言ってクズハの頭に手を乗せた。
 複雑そうな、眉尻を提げた顔で頷くクズハに笑みを向け、匠は階段に戻ろうとして、
 突然室内に残っていたスクリーンが起動した。
「な――!?」
「え?」
 身構えた二人はスクリーンに注目する。
 スクリーンには映像が出力されており、立派な席についた一人の初老の男が映っていた。
 初老の、眼光が鋭い総白髪の男だ。見た目以上の活力を感じさせるその男の姿を、匠もクズハも写真などの資料で確認した事があった。
 匠はその男の名を呼ぶ。
「登藤通光だな」
 どこかで音声を拾っているのか、映像の向こうの男は匠の言葉に応じた。
「そうだ。お初にお目にかかるな、坂上匠。それに、子狐――今はクズハ、という名前だったか」
 軽い挨拶じみた言葉の後、通光は話を続けた。
『議員か、それとも私を捕らえに来たのかな? どちらにせよそこには私も議員も居はしない』
 何か罠でも仕掛けられているのかと警戒する匠の反応を見たのか、スクリーンの中の通光は笑んだ。
『私も議員達も最上階に居る。来るかね青年? そこでおとなしくしていれば、少なくとも私たちが大阪圏を掌握した、その直後までは安全を約束するが』
 匠は通光を睨みつけた。
「すぐに行く。そして議員を助けてこの馬鹿げた騒ぎも止めさせる」
「若いな」
 そう言って通光は問いを投げた。
「武装隊は辞めており、英雄扱いの平賀博士の養子ではあるが特に公の機関に所属している人間でもない。元々お前はこの件に積極的に関わる理由はないと思うのだがな。クズハを狙った事がお前がこの件に深くかかわることになった原因だとしても、今でこそお前はクズハの保護人ではあるが本来は他人でしかない。何故この危険地帯にまで足を踏み入れる?」
「理由なんてたくさんある。ともかく、俺はお前のやり方が許せん。そこら辺の判断は平賀のじいさんの教育の賜物じゃないか? それとだ、クズハはもう他人じゃない。キッコ風言うならつがいな関係だ」
 通光はふむ、と頷く。
「この庁舎の地下の実験の事はもう知っているな? それに今大阪圏内に放った異形の正体も。クズハの件も含めて、それらに対する、それは義憤というものか?」
 通光は目を細めた。
「真っ直ぐなのは嫌いではないが、な」
 口端を吊り上げる通光に、クズハが言った。
「あなたは私を留置施設からこの建物の地下に連れて行った人、ですよね?」
『ほう……分かるか?』
「はい。声の震えが同じです」
『良い耳だ。では平賀博士が示した証拠は正しかったという事だな。やはりお前は逸材だ。手放さなければよかったか』
「それについて、気になってた事がある」
 匠はそう言葉を差し挟んで問う。
「何故わざわざ研究区で強引な手を使ってまで連れて行ったクズハを、あんなに容易く手放した? 朝川を留置施設まで派遣してきたんだ、実際には俺があの地下に侵入した事にはあの時点で気付いてたんだろ?」
『思ったよりも頭が回る』
「余計なお世話だ」
 通光は軽く表情を引き締めた。
『あの動きを利用して武装隊を行政区から減らす事、平賀博士を筆頭とした異形擁護派を抑え込む事、お前に手を出す事で決戦が早まってはここまでの大規模な混乱を引き起こせなかったためと、理由は多い。それに、あの時点でクズハから得られるデータは手に入れていたのでな。彼女は私が望む成果に限りなく近いようでいて、その実違った成果を出していた。類似品ではあるのだが、発生した結果だけ見ればほとんど正反対なのかもしれん』
「正反対?」
 通光の実験の目的と建前は人類を種として一歩先に進めるというものだったはずだ。人と異形、その両方の特性を見事に受け継いでいるクズハは通光が求めた結果そのもののように思われた。
『その娘は体内に異形の血肉を直接繋いだ事で、元々あった過去の異形の血が活性化したのだろう。先祖返り。過去に立ち変える事によって得られた特殊な結果だな』
 通光の言葉にクズハが戸惑いの声を放った。
「え……? 先祖返り……? 過去の異形の血って……私の、昔の事を知っているんですか?」
『そうか、お前は過去の記憶が無いのだったか。あそこまで頭部が損壊していればそれも当然か』
 通光は興味深げに呟く。
『クズハ。その名、知らずに付けたのだとしたら面白い偶然だな。かの家系には葛の葉という白狐の血が混ざっているという話だった』
「葛の葉……」
『ああ、安倍の血の末流、お前は安倍の家の者だ。そして、平賀のもとにいる安倍明日名の妹にあたる』
「え……?」
 クズハが確認するように匠を見る。匠は、ことここに至ってはもう隠す事もできないだろうと考えてクズハの疑問を肯定した。
「そうだ。明日名さんやキッコから俺は話を聞いた。あの二人は、今はクズハとして生きているお前に無理に過去を語って負担を背負わせる必要もないと言って、黙っているように頼まれた」
「そう、なんですか、私が……明日名さんと」
 突然告げられた事実を受け容れようとしているのか、俯きながら呟いているクズハに覆いかぶせるように通光の言葉が続く。
『安倍の血であるが故に、異形の血肉を移植しての実験の成功率も高いものと考えて様々な手段を用いて検体を手に入れ、実際成功したのだ。その身が保持している高位の異形並みの≪魔素≫、正直なところ、これほどの成果が出るとは思わなかった。ここまでの結果は未だ他にはでていないのだ。しかし、クズハは私の研究の本義である人類の進化とは決定的に違う結果を出した。データを採ったとはいえ未だ優秀なサンプル、手放したくはなかったが、どうしても手元においておかねばならないいという程のものでもなくなったのだ。そのため、被験体として以外の、平賀博士の類縁に近しい者という立場を利用したのだ。こちらは思ったよりも成果は上がらなかったがな。失敗の結果として、こうして準備が完全に整う前に奇襲を仕掛けざるを得なくなってしまった。が、一方でお前のデータをもとにした私の研究は進んだよ。後は数を揃えて実験を繰り返せば完成できるだろう段階まできている。この大阪圏の制圧はそのための準備だ。邪魔はしないでもらいたい』
「ふざけるな」
 匠は墓標を床に突き刺した。
「すぐに行って実験も何もかもけりをつけてやる。首洗って待ってろ」
 匠はスクリーンに背を向け、クズハの肩を軽く叩いて扉に向かった。
 その背を通光は映像の中で黙って見送っていた。




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