Top > 【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】 > 異形世界・「白狐と青年」 > 第51話
「上階の会戦」
●
階段を走り庁舎最上階に辿りついた匠とクズハは、扉も何もない。広々とした空間に出た。
庁舎最上階は第一次掃討作戦当時の作戦指揮に必要だった様々な機材を集中させるために1フロアをぶち抜いて一つの広大な空間になっていた。現在は当時の機材も片付けられ、特に使用される目的も無いデッドスペースになっていたはずであったが、今回の事件に際して運び込まれたのであろう、いくつかの機材が空間内には配置されて作動中である事を示す不気味な光を灯していた。
機材の周囲には番をするように異形が複数配置されており、突然の侵入者である匠たちに獰猛な目を向けている。空間の奥の方には、これもまた機材周辺の異形と同じような目を向けて来る異形の姿が複数見えた。
それらに対して構えていると、クズハが部屋の一隅、匠たちの居る位置から左奥の方を指さした。
「匠さん、あそこ」
クズハの指さす先には、捕らえられた議員たちの姿があった。どうやら一塊に縛りあげられていて身動きがとれなくなっているようだ。その周囲を異形が監視するように囲んでいる。
それらを確認して、匠は部屋の奥、異形たちが囲い込むようにして護衛している位置にいる人物に言葉を投げた。
「議員たちを解放してもらうぞ、登藤通光」
「これだけの異形に囲まれていてよく言えるものだ。無条件ではそれはできない相談というものだな」
通光は映像の中で座っていた席から立ち上がって、オーケストラの指揮者がそうするように、腕を大きな動きで振った。
その動作に応じるようにして部屋中の異形たちが匠とクズハに敵意を向けた。
腕を振るう動きに合わせて通光の腕に光る魔装の光に匠は注意を向ける。
「その魔装……」
……あれが指揮用の魔装か。
そう思う匠の横でクズハの耳がピクンと動いてその目が通光を見据えた。
「あの魔装から感じる響き、和泉の時と似たような響きです」
侵入者に対して敵意を向ける異形の群れを制御しながら通光は頷いた。
「異形の喉を用い、ある種の音波を流す事によって脳に直接働きかけ、低級の異形ならば強制的に支配下におくことができるものだ。簡単な命令しかできんが、なかなかに便利ではある」
クズハが僅かに声を震わせた。
「彼らの意思を無視して、操り人形のように……」
「知能がなければ操られる苦悩も屈辱もありえんよ」
そして、と通光はクズハに向けて腕を二三度振ってみせた。
「意志があれば今のお前のように何の影響を受ける事も無い。この魔装はその程度のものにすぎん。本来ならば廃棄されるしかなかった者たちを再利用してやろうというだけだ」
「貴方は命を何だと思っているんですか……っ」
「お前の考えるような道徳的な返答はできんよ。それよりも、だ」
あしらうように言って、通光はクズハに問いかけた。
「その身を私のためのサンプルとして提供する気はないか?」
「何を――」
匠が口を挟む。それを意に介さずに通光は続けた。
「そうすれば、そうだな、ここから黙って立ち去るのならば匠と、そこにいる議員たちも無傷で解放しよう」
まるで恫喝するように異形たちの輪が狭まる。匠は短く吐き捨てた。
「クズハ、耳を貸すな」
「選ぶのはクズハだ。そうだろう? さあどうする? 私のもとにくれば、とりあえずの安心がその身一つで買えるぞ。その――人と異形の間にある中途半端な体でするにしては十分な買い物だと思うが?」
クズハは数瞬迷うそぶりを見せ、問いを返した。
「私にはそれだけの価値があるんですか? 貴方が求める結果と私が出したという結果は違っていたと、そう先程うかがいましたよ?」
「それでもその血は、その膨大な≪魔素≫を操る素養は、上位の異形の血肉を取り込み蘇生に近しい回復を遂げた肉体は貴重なサンプルだ。今私が大阪圏に対して持つカードを幾いくつか切る程度の価値はあろう」
匠が周囲の異形を牽制するように墓標の先を向けながら警告する。
「騙されるなクズハ。議員がいなければ大阪圏を異形で侵略・支配できたとしても他の自治都市との折衝がこなせない。俺たちは無視する事はあったとしても、議員たちを解放など、絶対にしないはずだ」
「確かにな。しかし議員がいなければ何もできなくなるわけでもない。――と言っても信じんか。ではこれではどうだ?」
そう言って通光は天井に何かの図を映した。描かれているのは何かの設計図のようだ。
「これは……?」
周囲から注意を逸らさないようにしながら素早く天井に視線を走らせた匠の呟きにクズハの声が答えた。
「墓標の改造図ですね?」
通光は頷いた。
「その魔装の構造は武装隊内の坂上匠のデータから取得している。≪魔素≫を棒に刻まれた紋に流す事によってある種の魔法のような術を行使する形式の武器だな。元は父親の武装だったとか、元々は彼に合わせて作成された武装のせいか、いまいち調整が完成していないように見える、改良の余地がある。この設計図をやろうではないか。クズハ、これでどうだね?」
「今のままでもお前を止めるには十分だ。そんなものはいらん」
「決めるのはクズハだと言ったろう」
苦笑して通光は誘い文句を並べたてた。
「クズハよ、分かるか? 坂上匠は大阪圏の外に対してほとんど政治的な利用価値が無い。私は今この場での安全とお前というサンプルが手に入るのならば、少なくとも匠は確実に解放するだろう。その匠には新たな力が与えられる。
分かるな? 男の戦いの人生に力を添える事が出来る――役に立てるという事だ」
通光の言葉を吟味しているのか、クズハはしばし天井の図を見上げて、やがて口を開いた。
「私などで匠さんのお役に立てるのならば、是非ともこの身を捧げてしまいたいと、そう思います」
「クズハ!」
クズハの持つ負い目を通光は把握している。そう悟った匠はこのまま話しを続けさせないよう、強引に何らかの動きを作ろうとして、続くクズハの言葉に制止された。
「ですけど、私と匠さんはつがいなんです。少なくとも、私自身はそう自惚れてもいいと思える言葉を匠さんから賜りました」
ですから、とクズハは決然とした口調で告げる。
「私は匠さんと離れたくありません」
通光の方を向き、胸を張ってそう宣言したクズハに匠は内心で安堵した。
「……まあ、そういう事だ。さっきも言っただろ、俺たちはもう離れない。どうせ徒労に終わるんだから人の女をこれ以上誑かそうとしてくれるな」
通光は嘆息して首を振った。
「まったく、平賀博士も、お前も、精神が思ったよりも丈夫だったクズハにも、予定が狂わされる。しかしそれでも今回の事が成功すれば異形に対する忌避感も第一次掃討作戦以前程には蓄えられよう。そうなれば人の進化によって異形を排斥し尽くそうという口実のもとに被験体も集まる」
「人の進化……今の人をも滅ぼすつもりなんだな」
「何故現在の人の形にこだわるのかが私には分からん。異形の出現によって世の中が現在のようになってしまった以上、人もこの異形が跋扈する世界に対応して変わらねばならない。例え強制的であろうとも進化を迫られているのだ」
「そのために行われるお前の実験で多くの犠牲が出た。今俺たちを囲んでいるこの異形化した人たちも犠牲の一つの形だ。これだけの犠牲を積んでお前は何が有られると言うんだ?」
「進化に対応できない者は死ぬしかないのは自然の摂理ではないかね? それに進化した人類は格段に優れた能力を持つことになる。異形の体を自身の器官として持つ事によって得られる身体的なものから、膨大な≪魔素≫を操る素質等の力の才能ともいえるものをだ。クズハを身近に置くお前ならば分かるな、坂上匠。そのような小さな娘に上位異形に匹敵しうるだけの≪魔素≫、彼女の場合は先祖返りという特殊事例が絡んではいるが、研究が進めばこれに似た結果として高確率で生み出す事も可能ではないだろう。そうなれば人類は全体的な種としての力を上げる。異形を滅ぼし尽くす事ができるのだぞ、今後異形によって現在の人類が払う事になるう犠牲の数と比べたら、今後支払う事になる犠牲の少なさが分からんか?」
……やはり通光は異形排斥派か。
それも人を種として強化して異形も、ついてこられない人間も全て犠牲とした形で排斥を完了とする極まれたタカ派、否、異端の思考の持ち主だ。この男の行おうとしている事は人にも異形にも劇薬過ぎる。させてはならない。だから、と匠は言葉を放つ。
「通光、人と異形は共存していける。各地で起こっている共存しようとする動きを知らないわけがないだろう。お前はせっかく出来かけたこの動きも完全に潰す気か?」
「そのような動きも軋轢を生んでいる。今回の件で研究区に避難してこなければならなかった異形の者がどれだけいたのか、知らないわけがないな?」
「それは貴方がたがそうするしかないように状況を仕組んだからです」
「そうだな、大阪圏の状況を異形の排斥へと動かしたのは私だ。しかし実際にそのように動いたのは私の預かり知らぬ大阪圏内の者たちだ」
クズハが押し黙った。自分自身確かに排斥の流れの中にその身をさらした事があるからこそ、反論がしづらいのだろう。それでも、とクズハは声を絞り出した。
「それでも、助けてくれた人たちはたくさんいました」
「しかし争いの芽はそれで潰えたわけではあるまい。今度は異形と異形を守ろうとした者と異形を排除しようとする者とで争いが起こる。根本から違う生き物に対して、人には滅ぼすか滅ぼされるかの二択しかない」
通光は匠に向けて皮肉げな笑みを向けた。
「第二次掃討作戦において異形を大量に屠ってきたお前が共存などというのもまた笑える話だな」
「話し合えばわかりあう事が出来るものと知った。異形だって全員が全員殺し合いを望んでいるわけじゃない事くらいは昔から知っていたさ。手を携えていけるならそうしたい。第一次掃討作戦と第二次掃討作戦を通してようやく互いの事がわかってきているんだ。理解の道を閉ざす事もないだろう」
「異形の中にも人の死を望む者も多い。知能の低い異形にしてみれば基本的に人は餌でしかない。そのような者の手によって人が食われたとしても、その被害者を知る者からしてみれば異形は全て憎しという流れにもなる。いくらでも火種はあり、そして次々に生み出される」
「知能をもっていてコミュニケーションがとれる異形と、コミュニケーションを取れない異形がいる事を教え広めて誤解が生まれないようにしていけばい。共存の道は閉ざされはしない。せめて互いに殺しあわなくても済む道を探す事くらいはできるんだ」
「平賀博士の思想……いや、異形だと思われていた娘と睦まじくあるお前とクズハの生き様か。青いな」
「そんな青い考えでもいくらかの異形や人は賛同してくれるらしいからな。俺はそれを掲げ続けるさ。そしてお前のやろうとしている人と異形を滅ぼして新しい生き物を創り出そうって考えには反対だ。そりゃ危険な考えだと言ってやるよ」
匠は墓標の先端を通光に向けた。棒の全体に≪魔素≫が伝って紋様が浮かび、青みがかった光が纏われる。
「止める。そして今回の異形の暴動の件を明るみにしてもらうぞ、それで必要以上の排斥運動も抑え込めるはずだ」
「その結果、今度は人が二分して相互いに争う事になってもかね? 人の手で全てが起こっていたと知れば今回のいわれの無い差別を受けた異形は黙っていないと思うが?」
「そこら辺はあのたぬき爺が適当に収めるんだろうさ。あのじいさんならしれっと情報の操作くらいやる」
「なるほどな」
苦笑気味に通光は頷いた。
「懐柔できないとなれば、坂上匠。ここで潰させてもらおう。これまで積み上げてきた事実も、それらが生み出す真実も、全ては人の新たな形のためのものであり続ける事が私の望みなのだからな」
庁舎最上階は第一次掃討作戦当時の作戦指揮に必要だった様々な機材を集中させるために1フロアをぶち抜いて一つの広大な空間になっていた。現在は当時の機材も片付けられ、特に使用される目的も無いデッドスペースになっていたはずであったが、今回の事件に際して運び込まれたのであろう、いくつかの機材が空間内には配置されて作動中である事を示す不気味な光を灯していた。
機材の周囲には番をするように異形が複数配置されており、突然の侵入者である匠たちに獰猛な目を向けている。空間の奥の方には、これもまた機材周辺の異形と同じような目を向けて来る異形の姿が複数見えた。
それらに対して構えていると、クズハが部屋の一隅、匠たちの居る位置から左奥の方を指さした。
「匠さん、あそこ」
クズハの指さす先には、捕らえられた議員たちの姿があった。どうやら一塊に縛りあげられていて身動きがとれなくなっているようだ。その周囲を異形が監視するように囲んでいる。
それらを確認して、匠は部屋の奥、異形たちが囲い込むようにして護衛している位置にいる人物に言葉を投げた。
「議員たちを解放してもらうぞ、登藤通光」
「これだけの異形に囲まれていてよく言えるものだ。無条件ではそれはできない相談というものだな」
通光は映像の中で座っていた席から立ち上がって、オーケストラの指揮者がそうするように、腕を大きな動きで振った。
その動作に応じるようにして部屋中の異形たちが匠とクズハに敵意を向けた。
腕を振るう動きに合わせて通光の腕に光る魔装の光に匠は注意を向ける。
「その魔装……」
……あれが指揮用の魔装か。
そう思う匠の横でクズハの耳がピクンと動いてその目が通光を見据えた。
「あの魔装から感じる響き、和泉の時と似たような響きです」
侵入者に対して敵意を向ける異形の群れを制御しながら通光は頷いた。
「異形の喉を用い、ある種の音波を流す事によって脳に直接働きかけ、低級の異形ならば強制的に支配下におくことができるものだ。簡単な命令しかできんが、なかなかに便利ではある」
クズハが僅かに声を震わせた。
「彼らの意思を無視して、操り人形のように……」
「知能がなければ操られる苦悩も屈辱もありえんよ」
そして、と通光はクズハに向けて腕を二三度振ってみせた。
「意志があれば今のお前のように何の影響を受ける事も無い。この魔装はその程度のものにすぎん。本来ならば廃棄されるしかなかった者たちを再利用してやろうというだけだ」
「貴方は命を何だと思っているんですか……っ」
「お前の考えるような道徳的な返答はできんよ。それよりも、だ」
あしらうように言って、通光はクズハに問いかけた。
「その身を私のためのサンプルとして提供する気はないか?」
「何を――」
匠が口を挟む。それを意に介さずに通光は続けた。
「そうすれば、そうだな、ここから黙って立ち去るのならば匠と、そこにいる議員たちも無傷で解放しよう」
まるで恫喝するように異形たちの輪が狭まる。匠は短く吐き捨てた。
「クズハ、耳を貸すな」
「選ぶのはクズハだ。そうだろう? さあどうする? 私のもとにくれば、とりあえずの安心がその身一つで買えるぞ。その――人と異形の間にある中途半端な体でするにしては十分な買い物だと思うが?」
クズハは数瞬迷うそぶりを見せ、問いを返した。
「私にはそれだけの価値があるんですか? 貴方が求める結果と私が出したという結果は違っていたと、そう先程うかがいましたよ?」
「それでもその血は、その膨大な≪魔素≫を操る素養は、上位の異形の血肉を取り込み蘇生に近しい回復を遂げた肉体は貴重なサンプルだ。今私が大阪圏に対して持つカードを幾いくつか切る程度の価値はあろう」
匠が周囲の異形を牽制するように墓標の先を向けながら警告する。
「騙されるなクズハ。議員がいなければ大阪圏を異形で侵略・支配できたとしても他の自治都市との折衝がこなせない。俺たちは無視する事はあったとしても、議員たちを解放など、絶対にしないはずだ」
「確かにな。しかし議員がいなければ何もできなくなるわけでもない。――と言っても信じんか。ではこれではどうだ?」
そう言って通光は天井に何かの図を映した。描かれているのは何かの設計図のようだ。
「これは……?」
周囲から注意を逸らさないようにしながら素早く天井に視線を走らせた匠の呟きにクズハの声が答えた。
「墓標の改造図ですね?」
通光は頷いた。
「その魔装の構造は武装隊内の坂上匠のデータから取得している。≪魔素≫を棒に刻まれた紋に流す事によってある種の魔法のような術を行使する形式の武器だな。元は父親の武装だったとか、元々は彼に合わせて作成された武装のせいか、いまいち調整が完成していないように見える、改良の余地がある。この設計図をやろうではないか。クズハ、これでどうだね?」
「今のままでもお前を止めるには十分だ。そんなものはいらん」
「決めるのはクズハだと言ったろう」
苦笑して通光は誘い文句を並べたてた。
「クズハよ、分かるか? 坂上匠は大阪圏の外に対してほとんど政治的な利用価値が無い。私は今この場での安全とお前というサンプルが手に入るのならば、少なくとも匠は確実に解放するだろう。その匠には新たな力が与えられる。
分かるな? 男の戦いの人生に力を添える事が出来る――役に立てるという事だ」
通光の言葉を吟味しているのか、クズハはしばし天井の図を見上げて、やがて口を開いた。
「私などで匠さんのお役に立てるのならば、是非ともこの身を捧げてしまいたいと、そう思います」
「クズハ!」
クズハの持つ負い目を通光は把握している。そう悟った匠はこのまま話しを続けさせないよう、強引に何らかの動きを作ろうとして、続くクズハの言葉に制止された。
「ですけど、私と匠さんはつがいなんです。少なくとも、私自身はそう自惚れてもいいと思える言葉を匠さんから賜りました」
ですから、とクズハは決然とした口調で告げる。
「私は匠さんと離れたくありません」
通光の方を向き、胸を張ってそう宣言したクズハに匠は内心で安堵した。
「……まあ、そういう事だ。さっきも言っただろ、俺たちはもう離れない。どうせ徒労に終わるんだから人の女をこれ以上誑かそうとしてくれるな」
通光は嘆息して首を振った。
「まったく、平賀博士も、お前も、精神が思ったよりも丈夫だったクズハにも、予定が狂わされる。しかしそれでも今回の事が成功すれば異形に対する忌避感も第一次掃討作戦以前程には蓄えられよう。そうなれば人の進化によって異形を排斥し尽くそうという口実のもとに被験体も集まる」
「人の進化……今の人をも滅ぼすつもりなんだな」
「何故現在の人の形にこだわるのかが私には分からん。異形の出現によって世の中が現在のようになってしまった以上、人もこの異形が跋扈する世界に対応して変わらねばならない。例え強制的であろうとも進化を迫られているのだ」
「そのために行われるお前の実験で多くの犠牲が出た。今俺たちを囲んでいるこの異形化した人たちも犠牲の一つの形だ。これだけの犠牲を積んでお前は何が有られると言うんだ?」
「進化に対応できない者は死ぬしかないのは自然の摂理ではないかね? それに進化した人類は格段に優れた能力を持つことになる。異形の体を自身の器官として持つ事によって得られる身体的なものから、膨大な≪魔素≫を操る素質等の力の才能ともいえるものをだ。クズハを身近に置くお前ならば分かるな、坂上匠。そのような小さな娘に上位異形に匹敵しうるだけの≪魔素≫、彼女の場合は先祖返りという特殊事例が絡んではいるが、研究が進めばこれに似た結果として高確率で生み出す事も可能ではないだろう。そうなれば人類は全体的な種としての力を上げる。異形を滅ぼし尽くす事ができるのだぞ、今後異形によって現在の人類が払う事になるう犠牲の数と比べたら、今後支払う事になる犠牲の少なさが分からんか?」
……やはり通光は異形排斥派か。
それも人を種として強化して異形も、ついてこられない人間も全て犠牲とした形で排斥を完了とする極まれたタカ派、否、異端の思考の持ち主だ。この男の行おうとしている事は人にも異形にも劇薬過ぎる。させてはならない。だから、と匠は言葉を放つ。
「通光、人と異形は共存していける。各地で起こっている共存しようとする動きを知らないわけがないだろう。お前はせっかく出来かけたこの動きも完全に潰す気か?」
「そのような動きも軋轢を生んでいる。今回の件で研究区に避難してこなければならなかった異形の者がどれだけいたのか、知らないわけがないな?」
「それは貴方がたがそうするしかないように状況を仕組んだからです」
「そうだな、大阪圏の状況を異形の排斥へと動かしたのは私だ。しかし実際にそのように動いたのは私の預かり知らぬ大阪圏内の者たちだ」
クズハが押し黙った。自分自身確かに排斥の流れの中にその身をさらした事があるからこそ、反論がしづらいのだろう。それでも、とクズハは声を絞り出した。
「それでも、助けてくれた人たちはたくさんいました」
「しかし争いの芽はそれで潰えたわけではあるまい。今度は異形と異形を守ろうとした者と異形を排除しようとする者とで争いが起こる。根本から違う生き物に対して、人には滅ぼすか滅ぼされるかの二択しかない」
通光は匠に向けて皮肉げな笑みを向けた。
「第二次掃討作戦において異形を大量に屠ってきたお前が共存などというのもまた笑える話だな」
「話し合えばわかりあう事が出来るものと知った。異形だって全員が全員殺し合いを望んでいるわけじゃない事くらいは昔から知っていたさ。手を携えていけるならそうしたい。第一次掃討作戦と第二次掃討作戦を通してようやく互いの事がわかってきているんだ。理解の道を閉ざす事もないだろう」
「異形の中にも人の死を望む者も多い。知能の低い異形にしてみれば基本的に人は餌でしかない。そのような者の手によって人が食われたとしても、その被害者を知る者からしてみれば異形は全て憎しという流れにもなる。いくらでも火種はあり、そして次々に生み出される」
「知能をもっていてコミュニケーションがとれる異形と、コミュニケーションを取れない異形がいる事を教え広めて誤解が生まれないようにしていけばい。共存の道は閉ざされはしない。せめて互いに殺しあわなくても済む道を探す事くらいはできるんだ」
「平賀博士の思想……いや、異形だと思われていた娘と睦まじくあるお前とクズハの生き様か。青いな」
「そんな青い考えでもいくらかの異形や人は賛同してくれるらしいからな。俺はそれを掲げ続けるさ。そしてお前のやろうとしている人と異形を滅ぼして新しい生き物を創り出そうって考えには反対だ。そりゃ危険な考えだと言ってやるよ」
匠は墓標の先端を通光に向けた。棒の全体に≪魔素≫が伝って紋様が浮かび、青みがかった光が纏われる。
「止める。そして今回の異形の暴動の件を明るみにしてもらうぞ、それで必要以上の排斥運動も抑え込めるはずだ」
「その結果、今度は人が二分して相互いに争う事になってもかね? 人の手で全てが起こっていたと知れば今回のいわれの無い差別を受けた異形は黙っていないと思うが?」
「そこら辺はあのたぬき爺が適当に収めるんだろうさ。あのじいさんならしれっと情報の操作くらいやる」
「なるほどな」
苦笑気味に通光は頷いた。
「懐柔できないとなれば、坂上匠。ここで潰させてもらおう。これまで積み上げてきた事実も、それらが生み出す真実も、全ては人の新たな形のためのものであり続ける事が私の望みなのだからな」
●
ほぼ同時のタイミングで、通光は匠達を圧し潰そうとするように、周囲の異形たちを放ち、匠は通光へと向けた墓標の先端から≪魔素≫を刃の形にして伸ばした。
通光を狙って伸長する≪魔素≫製の刃は、進路上の異形を次々に貫いていくが、刃にかかる負荷に顔をしかめた。
……異形の数が多い。
異形達は壁なのだろう。刃に対して何の抵抗らしい抵抗もせずに大人しく刃に刺さって来る事からもそれは分かる。
……このままでは刃を掴まれるな。
匠は舌打ちをして刃を自壊させた。
絶命した異形たちは、刃という支えを失う事によって体制が崩れて床に倒れ伏す。倒れ伏した異形たちの奥に通光の姿が見えた。
匠は通光を狙って再度刃を伸ばす。先程も、そして今度も通光は匠が伸ばす刃に対して満足な反応ができていない。元々通光は戦闘を行うような立場の人間ではない。目も反応速度もそれほど早いというわけではないのだろう。ならば異形達を貫ききれば通光に刃を届かせる事ができる。
そう判断して匠は刃を自壊させては再度発射するのを高速で二、三度繰り返した。
それでも通光までは刃は届かない。壁になるような、体表が堅いか筋肉が異常発達しているような異形が多いのだ。
……防御を主体に考えた布陣できてるな、これは。
通光のいる正面以外から接近していた異形が、既に至近に迫って来ている。匠はひとまず通光を狙うのは諦めた。刃を数メートルの長さで伸ばして固定し、更に全身に≪魔素≫の光を宿す。
「クズハ、伏せろ!」
「はい!」
返事を聞くか聞かないかのタイミングで匠は床を踏みしめて、気合いの声を張り上げながら刃ごとその場で一回転した。
硬い肉の手応えと共に、異形が奇声を上げて断ち切られる。
――まずは、この異形共を全部斬り捨てる!
速攻で勝負を決める事を諦めて異形すべてを相手する事に決めた。それを行うには四方から異形に囲まれる今の立ち位置は不利だ。匠はクズハに言う。
「議員たちの所へ!」
「分かりました、道を開きます!」
返答と共に、それまで組んでいた魔法陣をクズハは議員たちが一塊に囚われている方へと向けた。
魔法が放たれ、両手にそれぞれ展開した陣の中央から銀に近しい色合いをした炎が奔った。
放たれた炎は異形達を呑みこんで議員たちへの道を拓く。
クズハは議員たちの所にまで駆け寄って、匠を呼んだ。
「匠さん、早く!」
「ああ!」
呼びかけに応じながら匠は議員たちの方へと下がりながら墓標を振るった。
クズハの気配を近くに感じられるまで下がった匠は、攻め寄せて来る異形達を相手にしながら問いかけた。
「議員たちは?」
「皆さん、何か……多分魔法とは別の方法で眠らされているみたいです」
「分かった」
とりあえず議員たちは生きている。それが確認できただけで収穫だ。匠は直近の犬に近い造形の顔を持つ異形の鼻面を斬って怯ませ、刃を返す動作で目の辺りから頭部を切断した。
次の異形に対して意識を向けながら、通光へも視線を振る。
匠達は議員たちの近くへと移動している。議員たちは壁際に一塊にされていたため、匠達は今背を壁に向けている事になる。先程まで議員たちを意識しつつの四方からの攻撃を捌かねばならなかった状況に比べれば、これは精神的にも実際の仕事量にしても圧倒的に楽だ。攻め寄せて来る異形達を払っていれば、やがては通光にも刃が届くようになるだろう。
匠の考えに気付いたのか、異形達からの攻撃の波の勢いが衰えた。異形達はこちらを囲い込むようにして威嚇してきている。
……戦力を減らさないようにしてm、持久戦にもっていく気か?
あるいは遠距離攻撃を仕掛けてくるのかもしれない。どちらにしてもやられれば戦況はこちらの不利になる。
「クズハ、議員たちを守りつつ、彼らの拘束を解いてくれ。できれば気付けもできればいいんだが」
クズハは遠巻きに囲い込みを始めた異形達に向けて陣を向けながら頷きを返した。
「分かりました。でも、気付けの方は……その、少し乱暴な事になってしまいますけど」
「構わない」
「はい」
返事と共に陣から放たれた幾条かの雷光が異形を焼いた。クズハは陣の一つの構造を崩して単純化したものを掌に乗せた。淡く放電現象を起こしている魔法陣を議員たちに押し当てるのだろう。火傷の痕が残りそうだが、この際彼らには我慢してもらう事にする。クズハの仕事に期待しながら匠は雷光に怯んだ異形達に一歩近づいた。
クズハは議員たち同様に通光が欲している人材だ。利用価値がある限り、たとえそれが死体を利用したサンプルとしての利用価値であろうとも、下手な損壊を望む事はないはずだ。
ならばそんな利用価値のある人材を一か所に集めておけば、この場での安全度は上がるはずだ。
そう考えながら匠は異形へと次々刃を叩き込んで行く。
何体か発生する討ち漏らしに対してはクズハが魔法で対処してくれる。どうやら議員たちへの気付けは成功したらしい。地面に寝転がっていた議員たちがふらふらと起き上がろうとしている光景を視界の端に映し、クズハの防衛状態が万全だと判断した匠は、更に歩を進めて異形を能動的に狩りに向かった。
後方を気にしなくても良いため、安心して異形の中へと斬り込んで行ける。異形を全滅させるまでにそう時間はかからなかった。
顔についた異形の血を拭って、匠は今度こそ通光に墓標の先端を向けた。
多少の距離があろうとも、墓標の刃は伸びる。通光は首元に刃を突きつけられたに等しい状態だ。そのまま油断なく通光を睨み据えながら匠は宣告する。
「手駒は無くなったぞ。諦めて降参しろ」
用意していた異形を全て斬り捨てられた通光は、武器を突きつけられてもいっこうに観念した様子も無く、言祝ぐように言う。
「まさに英雄のごとき奮戦だ。私のもとにいる兵器も、そう生きたかったのかもしれんな。だがまだだ、坂上匠」
瞬間、通光の腕に装着されている、異形を操るための魔装が破裂した。
「――?!」
何ごとかと匠は身構え、直後に魔装が破裂したという自身の認識が誤りであったと気付いた。
通光の両の腕部は、鈍く光を反射する鋼の腕に変貌していた。
……腕が……、これは――
「機械化……?」
「元々はこちらの研究をしていたのでな」
通光の言葉が終わるより早く、匠は墓標から刃を発射した。
通光の足を狙った一突きは、身を一歩横にずらすことによってあっさりとかわされた。
先程は満足な反応ができていなかった通光の行った危なげの無い回避行動に、匠は機械化した腕を展開した時に薬でも摂取して反応速度を上げたのだろうと予測する。
……だが――、
匠は回避行動を終えた通光を刃先にかけようと伸ばした刃を振った。
通光は兵士としての経験はないはずだ。単調な中距離からの一撃は目で見て回避を行う事ができるかもしれないが、しつこく追いすがる攻撃ならば目では追えてもどこに身体を動かすか判断する思考の方が付いてはこまい。
そう思っての一撃は、しかし余裕をもってかわされた。更に通光は長く伸びた刃の腹に機械の腕を押し当て、そのまま刃の内側へと滑りこんできた。
急速に匠へと接近してくる。
――早いっ。
相手の実力を見誤った。そう悟った匠は、瞬時に刃を自壊させた。砕音と共に刃が≪魔素≫の破片となって宙に散る。機械の手の甲を刃に当てていた部分が消失したが、通光はよろめく事も、速度を緩める事もなく迫ってくる。
匠は先端に槍の穂先程度の長さの刃を再形成して、接近してくる通光を払うように左側面からのカウンターを打ち込む。
通光は迫る穂先に対して左の腕をぶつけた。
いくら機械化しているとは言ってもこの勢いだ。機械化した腕部は破壊されるだろうと匠は考えた。しかし、機械化された左腕は確かに穂先を受け止める。
刃を受け止めた機械化した腕からは≪魔素≫製の刃が伸びていた。
「魔装っ!」
「なかなかの出来だろう?」
通光は墓標の本体、金属棒の内部にまで踏み込んできた。穂先を処理した左腕とは逆、右腕からも≪魔素≫が収束する気配がある。
匠は反射的に通光の進路から跳び退った。
斬り捨てた異形の血に足をとられそうになりながら、匠は先程まで自身が居た空間を≪魔素≫製の刃が断ち切っていくのを空気の動きとして感知する。
通光は身体能力も、思考の方も間違いなく戦い慣れたもののそれであった。それも相当な手練の動きだ。なるべく傷つけずに捕らえることも考えたが、そのための手加減などできない。
再度追いすがって来た通光と匠の間を炎が通りぬける。クズハの魔法だった。
仕切り直しの機会を得た匠は、クズハと、次々と目を覚ましている議員たちの方にも注意を振り向けている通光の両腕に注意を向ける。
……あの腕、まだ何か機能があったら面倒だ。機能を発動させられる前に――
墓標の連続運用で疲労してはいるが、あと一息。一気に攻め寄せて決着を付けようと匠は決断した。
炎が晴れた瞬間、通光へと向けて地を蹴る。
墓標を振り上げて通光を狙いに行く。
通光は匠の懐に飛び込もうと姿勢を低く、そして刃先を突き出して突進の体制をとっていた。上からの振り下ろす形の匠の攻撃よりも、真っ直ぐ突き刺す動きの通光の攻撃の方が早く相手に到達しようとする。その時、墓標の先端の刃が大斧についているような、肉厚の刃へと変形した。
刃の分リーチが伸び、同時に急激に重さを増して振り下ろしの速度が上がった匠の攻撃は、通光の攻撃が匠を貫くよりも早く彼に喰らいつこうとした。
通光は低かった姿勢を更に低くし、両腕部の≪魔素≫製の刃を収めると、両手を床に付けて強引に身を横に跳ね飛ばした。
匠の一撃は目標を外して床に轟音を立てて刃を喰い込ませた。
匠の視界の端、跳ね飛ばした体の姿勢を危ういところで制御した通光は、振り下ろしの一撃が外れた隙を狙うように上体を跳ね上げながら両腕に再び≪魔素≫を収束させ――
「――?!」
床面に突き刺さった刃を自壊させてほとんど動作の停滞無しに通光を追った匠の打撃の軌道に瞠目した。
振り下ろしの力の流れを強引にねじ伏せての一撃だ。通光からしてみれば予測よりも遥かに少ない隙で追ってきた一撃だろう。一度崩しかけた態勢から起きあがって反撃を行おうとしている通光と既に横薙ぎに振り抜きかけている匠とでは、通光の方が動作が遅い。
通光は更に体勢を崩す事を承知してか、前に出掛けていた体を無理矢理体を反らせた。
匠の墓標の先端が通光から外れ、力尽くで振るわれた長物は目標を外した勢いで匠の体を引っ張る。匠はその力の流れに逆らわず、右足を軸にして体を一回転させる起動にもって行った。
視界の外、≪魔素≫を収束させ終えて刃を生成した機械の腕を振り上げて通光が力に流されている匠の背を斬りつけようとしているのを感じる。
……次!
匠は体を回しながら、墓標の、これまで尻の側になっていた方の先端に三日月状の刃を形成した。
刃の重さの分遠心力が増し、勢いがついた匠の体は、回転速度を上げて、三日月状の刃を通光に叩き込んだ。
肘と腰に確かな手応えを得た瞬間、背後で何かが砕かれる音を耳に聞く。
匠は回転する動きの中で今の一撃の影響を受けた通光の姿を確認した。
彼は匠の身が回転していた方向、視界の左側に数歩分の距離を打ち飛ばされていた。
左腕が砕けている。どうやら匠の一撃に対して左腕を盾としたようだ。先程の手応えと砕音の正体は左腕を砕いた時のものだろう。
彼はこの瞬間、膝をついて完全に体勢を崩している。
匠は更に己の身体を回した。
三日月状の刃は次の一回転の半ばで破砕。そして逆の先端、自身の視界の先の方にある先端へと今度は人一人分は優にある巨大な、そして先程の大斧の刃よりも肉厚な刃を生んだ。
より重い先端を得た回転は勢いをいや増しに増し、高速の追撃が通光を再度捉えようとした。
通光は咄嗟の動きで刃を生成していた右腕を刃の盾として翳した。
刃が機械化した右腕に喰らい付く。
「終わりだ通光!」
腰を落として墓標を思い切り振り抜いた匠の視界の中、機械化された通光の右腕は衝撃にひしゃげ、その内部で≪魔素≫が爆発した。
爆発の勢いで通光は部屋の奥にまで吹き飛んでいき、床を滑って異形の死骸に激突してようやく止まった。
刃を砕き、回転運動に残っていた慣性を腰を深く落として殺した匠は、吹き飛んで行った通光を見る。両腕を失った彼は、地面に伏せたまま、動く気配はなかった。
通光を狙って伸長する≪魔素≫製の刃は、進路上の異形を次々に貫いていくが、刃にかかる負荷に顔をしかめた。
……異形の数が多い。
異形達は壁なのだろう。刃に対して何の抵抗らしい抵抗もせずに大人しく刃に刺さって来る事からもそれは分かる。
……このままでは刃を掴まれるな。
匠は舌打ちをして刃を自壊させた。
絶命した異形たちは、刃という支えを失う事によって体制が崩れて床に倒れ伏す。倒れ伏した異形たちの奥に通光の姿が見えた。
匠は通光を狙って再度刃を伸ばす。先程も、そして今度も通光は匠が伸ばす刃に対して満足な反応ができていない。元々通光は戦闘を行うような立場の人間ではない。目も反応速度もそれほど早いというわけではないのだろう。ならば異形達を貫ききれば通光に刃を届かせる事ができる。
そう判断して匠は刃を自壊させては再度発射するのを高速で二、三度繰り返した。
それでも通光までは刃は届かない。壁になるような、体表が堅いか筋肉が異常発達しているような異形が多いのだ。
……防御を主体に考えた布陣できてるな、これは。
通光のいる正面以外から接近していた異形が、既に至近に迫って来ている。匠はひとまず通光を狙うのは諦めた。刃を数メートルの長さで伸ばして固定し、更に全身に≪魔素≫の光を宿す。
「クズハ、伏せろ!」
「はい!」
返事を聞くか聞かないかのタイミングで匠は床を踏みしめて、気合いの声を張り上げながら刃ごとその場で一回転した。
硬い肉の手応えと共に、異形が奇声を上げて断ち切られる。
――まずは、この異形共を全部斬り捨てる!
速攻で勝負を決める事を諦めて異形すべてを相手する事に決めた。それを行うには四方から異形に囲まれる今の立ち位置は不利だ。匠はクズハに言う。
「議員たちの所へ!」
「分かりました、道を開きます!」
返答と共に、それまで組んでいた魔法陣をクズハは議員たちが一塊に囚われている方へと向けた。
魔法が放たれ、両手にそれぞれ展開した陣の中央から銀に近しい色合いをした炎が奔った。
放たれた炎は異形達を呑みこんで議員たちへの道を拓く。
クズハは議員たちの所にまで駆け寄って、匠を呼んだ。
「匠さん、早く!」
「ああ!」
呼びかけに応じながら匠は議員たちの方へと下がりながら墓標を振るった。
クズハの気配を近くに感じられるまで下がった匠は、攻め寄せて来る異形達を相手にしながら問いかけた。
「議員たちは?」
「皆さん、何か……多分魔法とは別の方法で眠らされているみたいです」
「分かった」
とりあえず議員たちは生きている。それが確認できただけで収穫だ。匠は直近の犬に近い造形の顔を持つ異形の鼻面を斬って怯ませ、刃を返す動作で目の辺りから頭部を切断した。
次の異形に対して意識を向けながら、通光へも視線を振る。
匠達は議員たちの近くへと移動している。議員たちは壁際に一塊にされていたため、匠達は今背を壁に向けている事になる。先程まで議員たちを意識しつつの四方からの攻撃を捌かねばならなかった状況に比べれば、これは精神的にも実際の仕事量にしても圧倒的に楽だ。攻め寄せて来る異形達を払っていれば、やがては通光にも刃が届くようになるだろう。
匠の考えに気付いたのか、異形達からの攻撃の波の勢いが衰えた。異形達はこちらを囲い込むようにして威嚇してきている。
……戦力を減らさないようにしてm、持久戦にもっていく気か?
あるいは遠距離攻撃を仕掛けてくるのかもしれない。どちらにしてもやられれば戦況はこちらの不利になる。
「クズハ、議員たちを守りつつ、彼らの拘束を解いてくれ。できれば気付けもできればいいんだが」
クズハは遠巻きに囲い込みを始めた異形達に向けて陣を向けながら頷きを返した。
「分かりました。でも、気付けの方は……その、少し乱暴な事になってしまいますけど」
「構わない」
「はい」
返事と共に陣から放たれた幾条かの雷光が異形を焼いた。クズハは陣の一つの構造を崩して単純化したものを掌に乗せた。淡く放電現象を起こしている魔法陣を議員たちに押し当てるのだろう。火傷の痕が残りそうだが、この際彼らには我慢してもらう事にする。クズハの仕事に期待しながら匠は雷光に怯んだ異形達に一歩近づいた。
クズハは議員たち同様に通光が欲している人材だ。利用価値がある限り、たとえそれが死体を利用したサンプルとしての利用価値であろうとも、下手な損壊を望む事はないはずだ。
ならばそんな利用価値のある人材を一か所に集めておけば、この場での安全度は上がるはずだ。
そう考えながら匠は異形へと次々刃を叩き込んで行く。
何体か発生する討ち漏らしに対してはクズハが魔法で対処してくれる。どうやら議員たちへの気付けは成功したらしい。地面に寝転がっていた議員たちがふらふらと起き上がろうとしている光景を視界の端に映し、クズハの防衛状態が万全だと判断した匠は、更に歩を進めて異形を能動的に狩りに向かった。
後方を気にしなくても良いため、安心して異形の中へと斬り込んで行ける。異形を全滅させるまでにそう時間はかからなかった。
顔についた異形の血を拭って、匠は今度こそ通光に墓標の先端を向けた。
多少の距離があろうとも、墓標の刃は伸びる。通光は首元に刃を突きつけられたに等しい状態だ。そのまま油断なく通光を睨み据えながら匠は宣告する。
「手駒は無くなったぞ。諦めて降参しろ」
用意していた異形を全て斬り捨てられた通光は、武器を突きつけられてもいっこうに観念した様子も無く、言祝ぐように言う。
「まさに英雄のごとき奮戦だ。私のもとにいる兵器も、そう生きたかったのかもしれんな。だがまだだ、坂上匠」
瞬間、通光の腕に装着されている、異形を操るための魔装が破裂した。
「――?!」
何ごとかと匠は身構え、直後に魔装が破裂したという自身の認識が誤りであったと気付いた。
通光の両の腕部は、鈍く光を反射する鋼の腕に変貌していた。
……腕が……、これは――
「機械化……?」
「元々はこちらの研究をしていたのでな」
通光の言葉が終わるより早く、匠は墓標から刃を発射した。
通光の足を狙った一突きは、身を一歩横にずらすことによってあっさりとかわされた。
先程は満足な反応ができていなかった通光の行った危なげの無い回避行動に、匠は機械化した腕を展開した時に薬でも摂取して反応速度を上げたのだろうと予測する。
……だが――、
匠は回避行動を終えた通光を刃先にかけようと伸ばした刃を振った。
通光は兵士としての経験はないはずだ。単調な中距離からの一撃は目で見て回避を行う事ができるかもしれないが、しつこく追いすがる攻撃ならば目では追えてもどこに身体を動かすか判断する思考の方が付いてはこまい。
そう思っての一撃は、しかし余裕をもってかわされた。更に通光は長く伸びた刃の腹に機械の腕を押し当て、そのまま刃の内側へと滑りこんできた。
急速に匠へと接近してくる。
――早いっ。
相手の実力を見誤った。そう悟った匠は、瞬時に刃を自壊させた。砕音と共に刃が≪魔素≫の破片となって宙に散る。機械の手の甲を刃に当てていた部分が消失したが、通光はよろめく事も、速度を緩める事もなく迫ってくる。
匠は先端に槍の穂先程度の長さの刃を再形成して、接近してくる通光を払うように左側面からのカウンターを打ち込む。
通光は迫る穂先に対して左の腕をぶつけた。
いくら機械化しているとは言ってもこの勢いだ。機械化した腕部は破壊されるだろうと匠は考えた。しかし、機械化された左腕は確かに穂先を受け止める。
刃を受け止めた機械化した腕からは≪魔素≫製の刃が伸びていた。
「魔装っ!」
「なかなかの出来だろう?」
通光は墓標の本体、金属棒の内部にまで踏み込んできた。穂先を処理した左腕とは逆、右腕からも≪魔素≫が収束する気配がある。
匠は反射的に通光の進路から跳び退った。
斬り捨てた異形の血に足をとられそうになりながら、匠は先程まで自身が居た空間を≪魔素≫製の刃が断ち切っていくのを空気の動きとして感知する。
通光は身体能力も、思考の方も間違いなく戦い慣れたもののそれであった。それも相当な手練の動きだ。なるべく傷つけずに捕らえることも考えたが、そのための手加減などできない。
再度追いすがって来た通光と匠の間を炎が通りぬける。クズハの魔法だった。
仕切り直しの機会を得た匠は、クズハと、次々と目を覚ましている議員たちの方にも注意を振り向けている通光の両腕に注意を向ける。
……あの腕、まだ何か機能があったら面倒だ。機能を発動させられる前に――
墓標の連続運用で疲労してはいるが、あと一息。一気に攻め寄せて決着を付けようと匠は決断した。
炎が晴れた瞬間、通光へと向けて地を蹴る。
墓標を振り上げて通光を狙いに行く。
通光は匠の懐に飛び込もうと姿勢を低く、そして刃先を突き出して突進の体制をとっていた。上からの振り下ろす形の匠の攻撃よりも、真っ直ぐ突き刺す動きの通光の攻撃の方が早く相手に到達しようとする。その時、墓標の先端の刃が大斧についているような、肉厚の刃へと変形した。
刃の分リーチが伸び、同時に急激に重さを増して振り下ろしの速度が上がった匠の攻撃は、通光の攻撃が匠を貫くよりも早く彼に喰らいつこうとした。
通光は低かった姿勢を更に低くし、両腕部の≪魔素≫製の刃を収めると、両手を床に付けて強引に身を横に跳ね飛ばした。
匠の一撃は目標を外して床に轟音を立てて刃を喰い込ませた。
匠の視界の端、跳ね飛ばした体の姿勢を危ういところで制御した通光は、振り下ろしの一撃が外れた隙を狙うように上体を跳ね上げながら両腕に再び≪魔素≫を収束させ――
「――?!」
床面に突き刺さった刃を自壊させてほとんど動作の停滞無しに通光を追った匠の打撃の軌道に瞠目した。
振り下ろしの力の流れを強引にねじ伏せての一撃だ。通光からしてみれば予測よりも遥かに少ない隙で追ってきた一撃だろう。一度崩しかけた態勢から起きあがって反撃を行おうとしている通光と既に横薙ぎに振り抜きかけている匠とでは、通光の方が動作が遅い。
通光は更に体勢を崩す事を承知してか、前に出掛けていた体を無理矢理体を反らせた。
匠の墓標の先端が通光から外れ、力尽くで振るわれた長物は目標を外した勢いで匠の体を引っ張る。匠はその力の流れに逆らわず、右足を軸にして体を一回転させる起動にもって行った。
視界の外、≪魔素≫を収束させ終えて刃を生成した機械の腕を振り上げて通光が力に流されている匠の背を斬りつけようとしているのを感じる。
……次!
匠は体を回しながら、墓標の、これまで尻の側になっていた方の先端に三日月状の刃を形成した。
刃の重さの分遠心力が増し、勢いがついた匠の体は、回転速度を上げて、三日月状の刃を通光に叩き込んだ。
肘と腰に確かな手応えを得た瞬間、背後で何かが砕かれる音を耳に聞く。
匠は回転する動きの中で今の一撃の影響を受けた通光の姿を確認した。
彼は匠の身が回転していた方向、視界の左側に数歩分の距離を打ち飛ばされていた。
左腕が砕けている。どうやら匠の一撃に対して左腕を盾としたようだ。先程の手応えと砕音の正体は左腕を砕いた時のものだろう。
彼はこの瞬間、膝をついて完全に体勢を崩している。
匠は更に己の身体を回した。
三日月状の刃は次の一回転の半ばで破砕。そして逆の先端、自身の視界の先の方にある先端へと今度は人一人分は優にある巨大な、そして先程の大斧の刃よりも肉厚な刃を生んだ。
より重い先端を得た回転は勢いをいや増しに増し、高速の追撃が通光を再度捉えようとした。
通光は咄嗟の動きで刃を生成していた右腕を刃の盾として翳した。
刃が機械化した右腕に喰らい付く。
「終わりだ通光!」
腰を落として墓標を思い切り振り抜いた匠の視界の中、機械化された通光の右腕は衝撃にひしゃげ、その内部で≪魔素≫が爆発した。
爆発の勢いで通光は部屋の奥にまで吹き飛んでいき、床を滑って異形の死骸に激突してようやく止まった。
刃を砕き、回転運動に残っていた慣性を腰を深く落として殺した匠は、吹き飛んで行った通光を見る。両腕を失った彼は、地面に伏せたまま、動く気配はなかった。