アットウィキロゴ
創作発表板@wiki
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

創作発表板@wiki

白狐と青年 第54話「宝剣」

最終更新:

konta

- view
だれでも歓迎! 編集

「宝剣」




            ●


 通光が凍結された上で階下へと落下していったのを目でしっかりと確認し、自身は床面の崩壊範囲に入らないように数歩下がりながら、匠は背後を振りむいた。
「クズハ、今の攻撃でも通光はくたばっちゃいない。早く逃げろ!」
 振り向いた匠に見えるように首を左右に振って、クズハは匠に近付いてきた。
「クズハ――」
「匠さん、随分疲れてらっしゃいますよね」
 通光が言っていたのと同じような言葉だった。今度は匠も否定する事はしない。クズハは言葉を続けた。
「途中で砕けた刃を作り替えませんでしたよね。もう扱える≪魔素≫の限界がきているんじゃないんですか?」
「分かってるんなら早く地上に行ってくれ、クズハ」
 匠は苦笑気味に言って、クズハがこの場所を去りやすくなるような理由を提示する。
「地上にいる皆に、通光の変じたあの鬼を討伐するための準備をしてもらうよう言って来てくれ」
 匠の言葉に笑顔で返答が返って来た。
「それはもう、先に行ってもらった議員のひとたちに頼んでしまいました」
 そして、
「匠さんの今の状態を分かっているからこそ、私はここから離れません」
「クズハではあの素早い動きに対応できないだろ」
「見て攻撃を避けるだけなら私にもできます。それに鬼が強いからこそ、私も一緒にいた方がいいですよ」
 匠は顔をしかめた。
「……あまり困らせないでくれ」
「あまり無茶をしないでください」
「……」
 数秒黙り込んでしまった匠にクズハは更に言葉を重ねた。
「匠さん、私はきっとお役にたてますよ?」
「前までのように、俺の役にたつことに躍起になってるんじゃないだろうな?」
 匠の懸念の言葉に首を横に振って、クズハは刃を失って未だ新たに≪魔素≫を再装填されていない墓標を手に取った。
「……匠さん、私は……守られているだけじゃなくて、どんな時でも匠さんと一緒にいられたらって思っているんです。それが危険な時や場所でも、一緒の場所で並んで、どんな苦難にでも立ち向かっていきたいんです」
「それは、言いたい事は分かるが……」
「いいえ、匠さんは分かっていません」
 ぴしゃりと言うと、クズハは手に握っている金属棒へと≪魔素≫を流し込んだ。
 墓標を緩やかにクズハの≪魔素≫が包み込む。
 淡く光を帯びる墓標を注意深く見つめながら、クズハは言葉を寄越した。
「匠さんが苦しんでいる時に一緒にいられないなんてことにはなりたくありません。それではこれまでと変わらないじゃないですか。それはつがいじゃないと思います」
 クズハは顔を僅かに俯けた。
「それに、自分だけ安全な所に遠ざけられているうちに匠さんが死んでしまったら、その後私は生きて行くのがとても辛くなってしまいます」
 匠はクズハの説得の言葉の方向性に困惑した。
 とんだわがままだとも思い、同時にクズハをこれまでずっと被保護対象として見てきていたせいか、侮っていたとも思う。
 ……だが、クズハがここに残ったとしても通光を倒すには火力が心許無い。
 時間をかけて陣を築けばあるいは凄まじい強度を誇るあの体に痛打を与える事も可能かもしれないが、時間をかけて大量の≪魔素≫を展開していたら通光が見逃さないだろう。
 それに、
「クズハの言い分は理解したけどな、俺としてはクズハには傷をあまり負って欲しくないってのもあるんだよな。せっかくきれいな身体してるんだからさ」
 クズハは墓標から目を離して、笑顔で匠の顔を見上げた。
「匠さんなら守ってくれるって信じてますから」
「……誰かの悪い影響が最近とみに出始めてると思うんだが」
「多少強引にしないと匠さんは分かってくれないってキッコさんが言ってましたから」
 匠は唸り、諦めたように息を吐き出した。それを了承のサインと受け取ったクズハは、笑みと共に感謝の言葉を呟いて再び墓標に注意を向け直した。
 そのクズハの様子に何の意味があるのか問いかけようとしたところで、階下から何か巨大なものが動いて瓦礫を押しのける音が聞こえてきた。
 匠は表情を硬くして、階下からの声を耳にする。
「あれで私を抑え込めた気でいたのか坂上匠、クズハ」
「それでも少しは疲弊してるだろうよ」
 匠は小さく吐き捨て、クズハに顔を向けた。
「じゃあ、一緒に戦おうか、クズハ」
「はい!」
 クズハは嬉しそうに匠へと墓標を返しながら応じた。
 クズハの手から彼女の≪魔素≫の残滓を纏っている墓標を受け取って、匠は考える。
 実際の所、通光に対して有効な武器を持っていない事になる今の匠では、戦ったところで時間稼ぎくらいしかできる事はない。だからこそ、それを行って地上の迎撃準備が終わるのを待とうとしていたのだが、
 ……さっきも考えたが、クズハなら、時間さえかければ通光に有効な攻撃を行えるか……?
 少なくとも、通光の身体に傷を付ける事ができる程の強度の刃を後何度も生成する事はできないであろう匠よりはクズハの攻撃の方が勝ちの目があるだろうと結論して、匠はクズハに指示を出す。
「通光の動きを引きつけておくからクズハは魔法を用意しておいてくれ。さっきのやつよりも強力な、クズハが撃てる最大威力の魔法を頼む」
「分かりました」
「任せた」
 匠は階下から近付いてくる音の主に対抗するために床に空いた穴へと向かう。
 その背にクズハが言葉を投げかけた。
「匠さん、墓標の方に、あの、匠さんが扱い易いように調整をしておきました」
「調整……?」
 内心で首を傾げ、匠は自身の手の中にある武器を観察した。
 以前までと変わらない、魔装としての効用がある紋様が刻まれた金属棒があるように見える。
 ……クズハが墓標にやたらと集中してたように見えたのはその調整のためか……。
 しかし何がどう調整されたのかは軽く目を通しただけでは分からない。
 詳しく訊ねようにも、階下からの音はすぐ近くにまで来ている。もう話しこむ時間もなさそうだった。
 ……クズハがやったのなら信頼できるか。
 そう思い、墓標を構える匠に、クズハが階下の音に対して急いた様子で言葉を寄越した。
「きっと役に立って、助けになってくれるはずです」
「ああ、期待してるぞ!」
 そう返事をした瞬間、階下から通光が踊り上がってきた。
「そのまま地上に逃げなかったことは評価してやるよ」
「たわけた事を、お前達を人質にして平賀博士あたりが指揮を執っているであろう地上の兵を黙らせる」
「じいさんはそこまで甘くはないぞ」
「試してみるまでは分かるまい?」
「どうだかな、そんな事をさせる前に俺たちがお前を倒すつもりなんだが」
 会話を続けながら、匠はとりあえず実際に使用していきながらクズハが墓標に施したという調整を理解しようと決めた。
 会話の流れと共に次第に高まって行く好戦的な緊張が頂点に達する前に戦う準備を整えようと、匠は墓標に残り少なくなった自身の≪魔素≫を流し込む。
 と、そこで違和感を覚えた。
 ……これは。
 墓標に流し込まれていく≪魔素≫。その、流し込む量に対する効果がつい先ほどまでと比べて格段に大きくなっているのだ。
 ……疲れ過ぎて俺の≪魔素≫に対する感覚が狂ってるってわけでもないな。≪魔素≫の吸収効率が良くなっている。これがクズハが施してくれた調整か。
「やっぱりクズハは天才だ」
「……なに?」
 勝機が見えてきたことに幾分か強い笑みを浮かべ、匠は墓標に流し込んだ≪魔素≫を操作して刃を形成した。
 疑問を呟く通光に対し、鋭い呼気と共に叩きつける。
「――ッ!」
 刃は≪魔素≫による強化を受けた通光の身体を裂き、更にその奥、筋肉の塊とも言うべき腕内部へと侵入した。
「――――!?」
 驚いたように匠から一歩跳び退って距離を稼ぐ通光。その身体からは暗い色をした血液が噴き出している。
 匠は墓標に形成された刃に欠けが無い事を確認した。
 感覚として把握する限り、流し込んだ≪魔素≫に対して形成される刃の強度はこれまでの数倍にも及んでいる。
 ……申し分ない強度だ。
 匠は刃の先端を通光に突きつける。通光はその刃の先端を見て、姿勢を低く、すぐに動けるようにしながら呟いた。
「私が示した改造の結果と同じような効果が表れていると見てよいようだな。短時間にここまでの改造を行うとなると、クズハが魔法で紋の書き換えと共に魔装内部の術式を調整したといったところか。私が示した改造図を眺めていたようだが、あの短時間で改造図の全容を把握したのか、だとしたら恐ろしい事だが――」
 通光はいや、と自身の言葉を否定する言葉を呟く。
「あの図は魔法の他に機械による調整も加えた結果としての図だ。魔法だけで、それも私が氷を抜けだすまでの短時間であれだけの事が行えるのだろうか?」
 最後の疑問は陣を組み上げ始めているクズハに対して向けられていた。
 言葉と同時に≪魔素≫を圧縮した塊が充填された腕先を向ける通光。クズハは狙われている事も気にせず陣を築く速度を下げる事もなく言葉を返していく。
「――私は憧れていたんです。匠さんの手の中にあって、命を預けられる、武器というものそのものに。私は、あの武器を、もっと匠さんに合ったものに変えることもできるのではないかといつも思っていました。以前から匠さんは≪魔素≫の燃費があまりよくないとおっしゃってましたから。それでも平賀さんの手による武器を弄る事にはこれまで抵抗があったんです。でも、先程あの設計図を見て、私が考えている事は間違ってはいないと思いました。あなたのおかげです、通光さん」
 そう言ってクズハは、彼女にしては珍しい、挑発的な笑みを浮かべた。
「短時間で改造を行う事は簡単なんですよ? 私はそもそも、匠さんの役に立つために魔法を学んだんですから」
 通光は本当に面白いとばかりに声を上げて笑った。
「はははは! たいした執念だ。ここまで坂上匠に心酔するとは、いささか以上に想定外だ。なあ、坂上匠、お前はこの執念をどう思う?」
 問われた匠はクズハと通光の射線上に立って距離を詰めながら答える。
「最高のパートナーだろ?」
 放たれた圧縮≪魔素≫弾にやや横合いから刃を叩きつけて塊を切断、霧散させ、強大な≪魔素≫塊を相手にしても破砕しない刃を更に振るう。
「これでこの魔装も生まれ変わったってことだな」
 振るわれた刃は通光の手指に生える爪に受け止められた。
 それに刃を食いこませていきながら匠は続ける。
「なら名前も変えようか。墓標ってのも辛気臭え」
 つばぜり合いになって押しつぶされるのを避けるために下がりながら言葉を紡ぎ続ける。
「今この瞬間から、この魔装の名は葛の葉だ!」
 呼号が響き、葛の葉と名を改められた金属棒の先端から生み出された刃が伸ばされ、通光の身体に突き刺さった。
「――ッ」
 刃が身体の奥深くにまで侵入するより早く、通光は長く伸びた刃の腹を鬼の膂力で殴りつけた。
 硬度を増したとはいえ、長く刀身が伸びた事と鬼の圧倒的な膂力をまともに受けて耐えられるわけもなく、刃は砕音と共に破砕した。
 ≪魔素≫へと還元されていく刃の残滓の中、匠は刃を再生成して通光へと駆けた。
「武装が変わってもこれまでの疲労が無くなるわけではなかろう!」
 通光は接近してくる匠を無視する形で腕に生んだ≪魔素≫の圧縮体をクズハへと連射する。
 二発三発はクズハも構成した陣を維持したまま回避するが続けざまに放たれる巨大な弾丸は逃げ場を奪う。匠はクズハが逃げる場所を失う前に攻撃の射線上に体を割り込ませた。
 ……保たないか!
 連撃が刃に加えてくる負荷は刃に亀裂を入れるには十分なものだった。
 ……また刃を作り替えて――くそ、これじゃあ結局ジリ貧か!
 刃が痛んだのを察したのか、通光が射撃を続けながら接近してくる。
 匠は続けざまに加えられる攻撃の合間を縫って刃を作り替え、肉薄した通光の巨体が掌底の形で突き出してきた剛腕を真正面から受け止めた。
「……っぐ!」
 自身の身長並みの大きさもある掌の一撃を正面から受け止めるには、匠は疲弊し過ぎていた。
 腕の振りを地面に踏ん張って耐える事ができず、匠の身体は吹き飛ばされる。
「匠さん!」
 飛ばされて行く匠の身体を正面に見る事になったクズハが叫び声を上げる。
 通光は吹き飛ばされていく匠と、その先に居るクズハへと向けて、一際強大な≪魔素≫の圧縮塊を放った。
「――――!」
 飛んでくる≪魔素≫の塊に対してクズハは壁を立ちあげて防ごうとするが、立ちあげられた壁は次々と破壊される。
 破壊する事も防ぐことも叶わなかった≪魔素≫の塊は狙われた二人もろとも、既に崩れかかっていた庁舎の壁を破壊して外へと飛び出した。


            ●


 階段があった一面を完全に破壊した一撃は、庁舎の上部の崩壊を加速させた。
 落下物を鬱陶しそうに払いのけながら、通光は匠とクズハが吹き飛ばされていった面へと歩み寄った。
「普通に考えればこの高さから落下したのならば死ぬのだろうが……」
 二人は議員たちを救出する時に落下速度を抑える魔装か何かを渡していた。幾つ所持しているのかは通光には窺い知れないが、自分達が脱出する分は最低限所持していると見ていいだろう。
 ならばこのまま墜落死するという可能性は低いと見ていい。
「あの攻撃で気絶している、という事ならば墜落死もありうるかもしれんが」
 希望的観測はこの際しない方が賢明だろう。
「追いつめてもなかなか屈しない者たちだ。生きのこってはいるだろう。このまま地上に行けば彼らと、武装隊も相手にせねばならんことになるのだろうな」
 人質として匠とクズハの身柄を抑える事も出来なくなった。こうなっては逃亡を図るしかないが、
「さて、平賀博士がそれを許してくれるかどうか……」
 自嘲気味な笑みに通光は鬼の身を軽く震わせた。
「ならばせめて人々にとって異形の恐怖の象徴になれる程に暴れるだけ暴れるというのも一興か」
 そう呟いて庁舎の縁に立った通光を、≪魔素≫の刃が貫きに奔った。
 ――これは……ッ!
 心に驚きを生みながら通光は急速に迫ってくる刃に対して≪魔素≫を集中的に集めた腕を盾代わりに掲げた。
 受け止めた刃の腹を拳で叩き壊した通光は、刃の出所を見た。
 そこにあったのは、空中に仁王立ちに立って葛の葉の先端を突きつけている匠の姿だった。


            ●


 一瞬、空中に匠が何の足場もなく立っているのかと錯覚した通光だが、よく見て見ると、彼は空中に生み出された刃の上に立っていた。
 その様子を見て、しかし通光は眉間に皺を寄せた。
 ……どういうことだ?
 匠は≪魔素≫にその身を包み、手には葛の葉を携えているが、その先端には刃は形成されていない。
 では今匠が乗っている刃は一体どこから現れたものだろうか。
 ……坂上匠は魔法を修めていなかったはずだ。
 ならば、と通光は匠が乗っている刃の形成者の名を口にした。
「クズハの魔法」
「まあな」
 匠が乗って足場にしている刃の根元には≪魔素≫によって描かれた陣がある。空中に投げだされた時にクズハが周囲に浮かべていた陣を起動させたのだろう。
「私を狙ってきたあの刃もクズハによるもの……」
「それはどうだろうな」
 匠は薄く笑んで答える。ざっと見回した所でクズハの姿は見えない。匠を立たせている刃の維持のためにある程度近くに彼女の姿はあるはずだと、通光はクズハの姿を探して視線を彷徨わせる。
 庁舎よりは多少高さが下がる近隣のビルあたりに隠れているのではないかと探りを入れる通光の視界の端で、匠が葛の葉を振った。
 即応できるように通光は注意を匠に向け直し、そこで疑問の言葉を吐き出した。
「魔法、だと?」
 匠が葛の葉の先端を使って円を描くように空中をなぞると、その軌跡を追うようにして円陣が描かれていくのだ。
 先端が一周する僅かな間に描かれた陣の数は直径数十センチ級の円陣が6つ。普通の魔法使いが描ける速度を遥かに逸脱している。
 ……坂上匠は魔法を学んではいないはずだ。これは――
 通光が疑問の回答を自身の中に見出そうとした瞬間、描かれた陣を縦に真っ二つにするように、陣の直径と同じ刃幅を持つ刃が飛び出した。
 ……魔装の改造によって行えるようになった攻撃だとして、坂上匠の武装の燃費が良くなったとはいってもあれ程の量の刃を連射するだけの余力が残っているとは思えん。
 身体を狙って一直線に進んでくる刃の切っ先の群れを回避する通光は、通光に葛の葉の先端を照準しようとしている匠と刃の根元となっている陣の背後に銀の髪が揺れるのを見た。
「――なるほどな、足りなくなった≪魔素≫の補填を行っているのか」
 クズハは匠の背後に立っていた。
 彼女の周囲には≪魔素≫の光溢れる陣が多重に描かれており、それらの光は更に幾重もの帯となって匠の身体を淡く包み込んでいた。
 クズハが保有する膨大な≪魔素≫。それが匠の攻撃の燃料になっているのだろう。
「坂上匠の武器になれたというわけだ! さぞ本望だろう!」
 次々と庁舎に撃ちこまれる刃の群れは通光から庁舎内での回避場所を塞いだ。
 通光は刃を破壊して逃げ場所を確保するよりも、自ら刃の発生源を叩く事にした。
 刃の上に≪魔素≫を集中させた足で刃の上に立つ。
 そのまま、次々と打ち込まれてくる刃の切っ先を避けながら通光は細く鋭い刃の上を走り、あるいは跳躍しながら移動する。
 庁舎から刃伝いに空中に身を躍らせた通光は、匠とクズハに着実に接近していった。


            ●


 刃伝いに接近してくる通光の手には≪魔素≫の光が強く集中している。
 匠は葛の葉に≪魔素≫を流して刃を形成して、接近してくる彼への対処を考える。
 ……あの身体能力じゃあ、足場にしてる刃を破壊して落とすってのもできない。――落下しても死ななそうだしな。
 現在射出している刃を全て破壊して、通光がこちらに接近してこれないようにしてしまえば、刃が無くなった庁舎の中に通光は戻ってしまい、結局は同じ事を繰り返して状況は千日手になるだろう。
 いや、疲弊している匠達からしてみれば、戦闘時間が長びいてしまう事はそれだけ自身の不利に繋がる事になる。
「なら、このまま近付かせるしかないな!」
 飛来してくる≪魔素≫の弾を葛の葉の刃で切り払う。その背後で、葛の葉を中心にして展開している魔法の制御を行っているクズハが先程の通光の言葉に応じた。
「匠さんの武器になれた事は嬉しいです。でも、今の私はそれだけじゃ満足できなくなってしまっているんです。
 役に立つために得た力で、並んで戦いの場に立って苦労を一緒に背負う事が出来るようになるのが、今の私の夢です。――叶えてくださいますか?」
 最後の言葉は匠へ向けられた言葉だった。匠はああ、と頷いて言葉を返す。
「むしろこっちから頼みたいくらいだ。共に戦ってくれ、クズハ」
「はい! 一緒にがんばりましょう」
 匠はクズハの言葉にもう一度頷いた。
「ああ、一緒に鬼退治だ」
 言いながら匠は葛の葉を振り上げて自身の≪魔素≫を僅かに流し込む。その行為は匠自身を包み込んでいる光の帯と陣を通してクズハに伝わり、意を汲んだクズハが匠が流し込んだ≪魔素≫の数倍の≪魔素≫を葛の葉に流し込み、空中に陣が描かれる。
 一秒とかからず次々と描かれて行く陣の秘密は作成される陣が葛の葉に仕込まれている紋を転写し、陣として応用しているがためだ。
 それでもこの速度でそれを行うのは尋常の事ではない。実際、匠は驚嘆していた。
 作成された陣は込められた≪魔素≫の量に応じた質の刃を生みだし射出する。
 その射出のタイミングは匠とクズハ、どちらかの意思によって決定されるもので、鬼の歩数にして残り数歩の位置にまで接近していた通光を牽制するために匠は描いた陣から即座に通光を狙う刃を伸ばし、クズハが通光の≪魔素≫弾の壁になるような形で刃の腹を翳す。
 刃の腹に≪魔素≫の弾丸が命中して爆ぜる裂音が木霊し、その音の余韻が周囲に響き渡るよりも早く、通光の拳が刃を砕いた。
 砕かれ散っていく≪魔素≫の光の中を通光は駆けながら腕を振りかぶった。
「頼り頼られ共生して一部の者達が生きていけたとしても、異形が過去から現在に至るまでに人々に与え続けた恐れは消えはしない。異形の恐怖に対抗するために、人は今のままではいられん!」
 言葉を放ちながら腕を振るう。
 匠はクズハを片腕に抱えて足場にしていた刃から別の刃へと跳び上がって移動した。
 攻撃を空振りした通光が追撃として≪魔素≫弾を放って来るのを新たに生み出した刃で防ぎながら、クズハが反論する。
「異形のみなさんにたいして優位になろうとするそのやりかたはあまりにも犠牲がでます! 運良く私のような例がでても、それすら異形でも人間でもない新たな種として争いの理由になりかねません。人と異形を掛け合わせる技術が確立されたとしても、それは新しい禍根にしかなりません!」
「何より、今ある共存を壊す事を俺たちは許さない」
 そう言いながら、匠はクズハを離して、自身は通光が居る位置へと飛び下りた。
 光の帯は距離が空いた匠とクズハを確かに繋ぎ、匠の手にある葛の葉には自身の身長の二倍以上はある、頼もしい強度の刃が形成される。
「異形が人にもたらす恐怖も人が異形にもたらす害意も、皆で手を携えて払っていくさ。その為の技術も機構も、幾つかの街では整い始めている」
「それが広まるまで待てというのか!」
「新しい争いを起こすよりもよっぽど安全策だろうよ!」
 頭上からの振り下ろしの一撃を通光は払い飛ばした。葛の葉と共に弾き飛ばされた匠は弾き飛ばされる過程で描いた陣を起動して追走してくる通光の動きを阻む。
「それに、その機構や技術や共存って考え方が広まるまでの間は武装隊や俺みたいのが戦う力を持ってねえ奴を守る!」
 着地した匠が通光に突進していく。
「だから憂いを捨てて眠っちまえ、荒んだ理想を持つ鬼!」
 突進からの刺突を僅かな動きで避け、通光は刃の腹を打ち払った。
 衝撃に再び飛ばされる匠に≪魔素≫弾を見舞いながら、通光は言葉を紡ぐ。
「それでどれだけの数が守れるものか、はなはだ疑問だな」
 ≪魔素≫弾を葛の葉で強引に斬り砕いて匠は口端を吊り上げた。
「まあな、でもお前の考えだとそんな弱い人間はどっちにしろ生き残れないんだろ?」
 なら、と傲慢不遜に言い放つ。
「守れた奴がいるなら、それだけ俺たちの考えがやさしいってことだ!」
 言葉と共に刃を振るい通光が受ける。
 その一撃で葛の葉に生成されていた刃に亀裂が入った。
 匠が刃を再構成する間を与えず、通光は刃を割り砕く。
「力不足であれば犠牲は増えるだけで意味などない!」
 無くなった距離の分を通光が詰める。匠の身長数個分の距離など彼にとってみればほとんどない距離に等しい。
 十分に通光の腕が届く範囲になる。匠は葛の葉の本体を翳して通光の攻撃からの盾にしようとしているが、正面からの激突は匠にとって不利である事はこれまでの交戦からも明らかだ。
 重い一撃が匠の身体を殴り飛ばす。そう思われた時、通光は鬼の一撃の衝撃をどう受け流すかを考えていなければならないはずの匠の顔には笑みが浮かんでいた。
 気付いた通光が警戒の表情を浮かべる眼前、葛の葉に≪魔素≫の輝きが集う。
 と、同時に先程砕かれた刃、それを構成していた≪魔素≫の残骸が強い光を帯びた。
 次の瞬間にはそれらの残骸は通光と匠の全周をとり囲むように展開する無数の円陣に包まれていた。
「力不足は互いに補えばいい。一人で何事も成そうってわけじゃないんだからな」
 通光の一撃が、横合いから割り込むようにして突き出してきた刃に止められた。
 全周をとり囲む陣の群れ。その意味を直感した通光はその場から離脱しようとするが、それを阻むように匠が葛の葉を叩き付けた。
 足場となっている刃と振り下ろされた刃の間で動きを抑えつけられている通光へ、匠は言葉を続けた。
「何が正しいのかとかは俺には分からねえ、だけど俺は共に在るって考えが好きだ。ならそれが俺の答えだよ」
 葛の葉が匠の言葉に呼応するように強く光を帯びる。クズハの支持を受けて、匠は力強く唱えた。
「魔装、葛の葉・絶技――」
 通光の動きを抑えていた刃を自壊させ、砕いた刃の破片が更に陣を多重に敷いては匠と通光を囲んで行く。
「――――――!」
 通光が両手を広げて≪魔素≫弾を放ち、陣と、そこに込められた術式が起動する前に砕いて行く。しかし通光の攻撃で破壊されるのを上回る速度で新たな陣が形成され続けた。
 葛の葉が振り上げられ、その先に数メートルの長さの刃が構成される。
 匠は葛の葉を腰だめに構えた。
 攻撃の為の初動。その動きに対して通光が何らかの動きをとろうとし、その動作を圧してクズハの声が凛と木霊した。
「――ソハヤノツルギ!」
 その言葉と共に周囲に展開していた陣全てから同時に刃が射出された。
 幾重にも描かれていた陣から放たれた刃は、その切っ先の向かう先となった通光を瞬時に呑みこんだ。
 通光の全身に突き刺さる刃は、一本一本では強靭な鬼の身体を貫き通すには強度が不足していても、一本が折れたら次の似た軌道を描いていた別の刃が。それが折れてもまた次の刃がと次々に刃の貫通範囲を拡げて行く。
 血が飛沫き、新たな傷が鬼の身体に出来た。
 回復も間に合わない速度で通光の身体は傷付いて行く。
 そうやって身体を複数の刃に貫通された通光は、刃の空間の中央に縫いとめられた。
 その通光へと匠は腰だめに構えた葛の葉をそのままに跳躍し、その首に向けて葛の葉の刃を振り抜いた。






前ページ   /   表紙へ戻る   /   次ページ



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー