Beyond the school gate
※
先崎俊輔が九死に一生を得ていたころ――
その“後輩”であるところの少女、後鬼閑花(ごき しずか)は商店街の書店でファッション雑誌を立ち読み
していた。
その“後輩”であるところの少女、後鬼閑花(ごき しずか)は商店街の書店でファッション雑誌を立ち読み
していた。
(浴衣と和ゴス……先輩はどっちが好みなのでしょうか)
柚鈴天神社の夏祭りは、愛しの先輩と回ることに決まっていた(彼女の中では)。
今の二年生の卒業までは、あとざっと二〇ヶ月。ただでさえ大学受験も控えているのに、そろそろたらしこま
なければラブラブイチャイチャする時間が減ってしまう。だだ減りである。
学園で顔を合わせる機会がなくなってしまう夏休みだが、後鬼閑花にとってはむしろチャンスといえた。実家
に押し掛けてご家族の覚えをめでたくすればいいじゃない?
今の二年生の卒業までは、あとざっと二〇ヶ月。ただでさえ大学受験も控えているのに、そろそろたらしこま
なければラブラブイチャイチャする時間が減ってしまう。だだ減りである。
学園で顔を合わせる機会がなくなってしまう夏休みだが、後鬼閑花にとってはむしろチャンスといえた。実家
に押し掛けてご家族の覚えをめでたくすればいいじゃない?
(上品で清楚なのも捨て難いですが、やっぱりひらひらのフリルやレースは男の子の憧れです。ピュアさの中に
香るほのかなエロさ。さすがの先輩といえど、辛抱堪らずむしゃぶりついてメチャクチャにピ――(自主規制)
さずにはいられないはず)
香るほのかなエロさ。さすがの先輩といえど、辛抱堪らずむしゃぶりついてメチャクチャにピ――(自主規制)
さずにはいられないはず)
いまいち反応が鈍いようなら途中で中座してお色直しすればいい。今時、変身ヒーローだって敵の特性に合わ
せていくつもの姿を使い分けるのだ。その分野で女の子が遅れを取るはずがない。
せていくつもの姿を使い分けるのだ。その分野で女の子が遅れを取るはずがない。
(……待てよ? 意表を突いて巫女さん風というのもありでは? ちょうど神社の縁日なのだし)
罰当たり気味な選択肢を追加しておく。巷の噂によれば、コスプレ業界には膝丈の袴や腋チラの着物もあると
かないとか。
思い浮かべるのは、柚鈴天神社の娘である神柚鈴絵の、白衣に緋袴を纏った姿。先崎とそれなりに親しげに話
していたというだけのことで、後鬼閑花は彼女に対して勝手に敵意に近い対抗心を抱いている。
かないとか。
思い浮かべるのは、柚鈴天神社の娘である神柚鈴絵の、白衣に緋袴を纏った姿。先崎とそれなりに親しげに話
していたというだけのことで、後鬼閑花は彼女に対して勝手に敵意に近い対抗心を抱いている。
(先輩がどんな特殊な性癖をお持ちでも、この閑花ちゃんはばっちり対応しますよ。神聖な巫女さんをぐちょげ
ちょに汚したいなら巫女さん後輩に、正義のヒロインと秘密のお付き合いがしたいならキュア後輩に、街を恐怖
のずんどこに陥れたいのなら重機動メカ後輩に、けなげにフォルムチェンジ)
ちょに汚したいなら巫女さん後輩に、正義のヒロインと秘密のお付き合いがしたいならキュア後輩に、街を恐怖
のずんどこに陥れたいのなら重機動メカ後輩に、けなげにフォルムチェンジ)
いつか言ったようなことだったが、今回は心の中に留めおく。
(……どうです? ここまでしてくれるカノジョなかなかいないですよ)
後鬼閑花が得意気に鼻から熱っぽい息を抜いたその時だった。
(――あれ?)
世界が、ぐらりと。
視覚の画素と、聴覚の音素が粒子状になって撹拌されていた。
革靴越しの足裏の感触が不安定になり、また時間の刻みも分からなくなり、確固たるものと思われた自分の立
ち位置を見失う。
視覚の画素と、聴覚の音素が粒子状になって撹拌されていた。
革靴越しの足裏の感触が不安定になり、また時間の刻みも分からなくなり、確固たるものと思われた自分の立
ち位置を見失う。
(これは噂に聞く……つ、つわり……? 先輩ー!! だから●●してってあれほどお願いしたのにー!!)
バカな発想は、わりと心の余裕があったというよりは、ある種の現実逃避なのかもしれなかった。
……先崎俊輔の名誉のために一応念を押しておくが、これは彼女なりのジョーク(下品)であり、話題のふた
りがそういう行為に及んだ事実はまったくない。どういう行為かというと、知らないきみは知らないままのきみ
でいて欲しい、そういう行為である。
……先崎俊輔の名誉のために一応念を押しておくが、これは彼女なりのジョーク(下品)であり、話題のふた
りがそういう行為に及んだ事実はまったくない。どういう行為かというと、知らないきみは知らないままのきみ
でいて欲しい、そういう行為である。
目と耳の中で点と点が結びついていき、後鬼閑花が世界との関わり合うための術を取り戻すと、周囲の風景が
がらりと変わっていた。
がらりと変わっていた。
「――え?」
そこは先ほどまでいたはずの商店街ではなく、見知らぬ荒漠たる“河原”であった。
風雨と流水に削られ磨かれてきたと思しき大小の岩石とまるで粒の揃わぬ砂利のために、歩くにもそう容易く
は平衡を保てまい。
浅瀬の石を流水が濯ぐ音。目の前に横たわる川は、たっぷりと水を湛えていた。霧のために対岸は見晴るかせ
ないが、幅の太いことは直感的に分かった。後から後から押しよせるその流れは、悠久の歳月を感じさせる。薄
っすらとした潮の匂い。きっと海もそう遠くはないのだろう。
思わず仰いだ空はどこか不思議な色で、少女をひどく落ち着かない気分にさせた。
これは“よくない状況”だと本能は訴えている。
風雨と流水に削られ磨かれてきたと思しき大小の岩石とまるで粒の揃わぬ砂利のために、歩くにもそう容易く
は平衡を保てまい。
浅瀬の石を流水が濯ぐ音。目の前に横たわる川は、たっぷりと水を湛えていた。霧のために対岸は見晴るかせ
ないが、幅の太いことは直感的に分かった。後から後から押しよせるその流れは、悠久の歳月を感じさせる。薄
っすらとした潮の匂い。きっと海もそう遠くはないのだろう。
思わず仰いだ空はどこか不思議な色で、少女をひどく落ち着かない気分にさせた。
これは“よくない状況”だと本能は訴えている。
(しかし、こういうときこそ冷静になるべきです閑花ちゃん。先輩だってきっとそう言うハズ!)
気味の悪い動悸を抑えるように深呼吸を一回、二回。肺腑の中を換気すると、閉塞感が多少は和らいだ。
(さらに素数とか数えちゃいます。頭いいです。〇、一、一、二、三、五、八、一三、二一、三四、五五、八九、
一四四、二三三……)
一四四、二三三……)
しばし待ってみるが、先輩からの打てば響くようなツッコミはなかった。
「……フッ。素数がどういうものだったか忘れてしまうとは、この閑花ちゃんともあろうものが、どうやらそう
とう混乱しているっぽいですね」
とう混乱しているっぽいですね」
ちなみに、彼女が素数の代わりに唱えたものを、フィボナッチ数列という。
現実から目を逸らすのも大概にして、後鬼閑花は改めて周囲を見渡してみることにした。
差し当たって探すのは人工物である。人間不信気味の後鬼閑花といえど、さすがに川と石ばかりの空間という
のはいかにも心細い。
それらしいものは何もない。
現実から目を逸らすのも大概にして、後鬼閑花は改めて周囲を見渡してみることにした。
差し当たって探すのは人工物である。人間不信気味の後鬼閑花といえど、さすがに川と石ばかりの空間という
のはいかにも心細い。
それらしいものは何もない。
だが、視野を補うためにその場でくるりと一回転してみたところ、革靴の先が何かを蹴飛ばした。
「あら?」
石ではない、木だ。爪先の感触は、その物体が空洞であるらしいことを伝えていた。わずかな金属音もしたよ
うな気がする。
拾い上げてみれば、それは木製の小さな箱だった。“ハンドル”のついた用途不明の木箱。手回しの鉛筆削り
かとも思われたが、それらしい穴なども見られない。そもそも何でこんなものがここに?
何となく気になって、ついハンドルを回してしまう。
うな気がする。
拾い上げてみれば、それは木製の小さな箱だった。“ハンドル”のついた用途不明の木箱。手回しの鉛筆削り
かとも思われたが、それらしい穴なども見られない。そもそも何でこんなものがここに?
何となく気になって、ついハンドルを回してしまう。
「――――エレキ、キテルノ……!」
無意識にそんな言葉を口走っていた。
「……ハッ!? わ、私はいったい何を……!? も、もしやこれは、快感の電気をびりびりして、女の子をア
●顔レ●プ目の愛玩人形へと変えてしまう魔法の箱!?」
●顔レ●プ目の愛玩人形へと変えてしまう魔法の箱!?」
ひとしきり騒いだ後、後鬼閑花はまじまじと得体の知れない拾得物を鑑定した。
「これ、もしかしたら、“エレキテル”、というやつでしょうか?」
後鬼閑花たちの世界においても江戸時代の日本にオランダから伝来し、平賀源内という男が再現した摩擦起電
機がある。
もっとも、今彼女が手にしているものは、坂上匠たちの世界で、ある天才がささやかな悪ふざけのためにこさ
えた品だった。
製作者の意図はともかくとして、このエレキテルにもやはり超常的でいかがわしい機能など全くない。ないの
だが、後鬼閑花の反応を見るに、あるいは変態たちの間で何やら官能的な感応があったのかもしれない。
機がある。
もっとも、今彼女が手にしているものは、坂上匠たちの世界で、ある天才がささやかな悪ふざけのためにこさ
えた品だった。
製作者の意図はともかくとして、このエレキテルにもやはり超常的でいかがわしい機能など全くない。ないの
だが、後鬼閑花の反応を見るに、あるいは変態たちの間で何やら官能的な感応があったのかもしれない。
「……もし私が先輩の目の前でこれをクルクルして、エレキキてしまったら?」
新しい夜の玩具を手に入れた後鬼閑花の妄想は、留まるところを知らなかった。
にへら。嫁入り前の娘の口元が、だらしなく緩んでいく。にへら。
にへら。嫁入り前の娘の口元が、だらしなく緩んでいく。にへら。
「電気の力ですっかり無防備になってしまった閑花ちゃんを見たら、先輩といえど果たして理性を保てるもので
しょうか……?」
しょうか……?」
これこそ最も単純で美しい電気回路!
(そうと決まれば一刻も早く先輩に会って誘惑してみなければ……!! 先輩待っててくださいよー。あなたの
閑花ちゃんが参ります!)
閑花ちゃんが参ります!)
先ほどまでの不安は何だったのか。ロクでもない算段を立てながら、後鬼閑花はエレキテルを宝物のように抱
き締めてうきうきと歩き出した。特に意図もなく、目指すは上流。どうせ地球は丸いんだ。恋する乙女がゆくの
なら、どれも愛する人へと通じるに決まっていた。
浮かれきっていた少女には知る由もない。
この河原こそ、混ざり合ってしまったいくつもの世界のうちのひとつ、〈地獄世界〉は“三途の川”であると
いうことなど。
き締めてうきうきと歩き出した。特に意図もなく、目指すは上流。どうせ地球は丸いんだ。恋する乙女がゆくの
なら、どれも愛する人へと通じるに決まっていた。
浮かれきっていた少女には知る由もない。
この河原こそ、混ざり合ってしまったいくつもの世界のうちのひとつ、〈地獄世界〉は“三途の川”であると
いうことなど。
※
ひと呼吸ばかりのわずかな沈黙に、肩に立て掛けた金属棒の重さを強く感じる。
「世界が混じり合った……?」
制服の少年は、俺の話を聴いて困惑げに眉をひそめた。
無理もない。すぐに理解するには突飛だし、やたらに話が大きい。そうそう実感など伴わないだろう。
俺にしても“前例”があるから当然のようにこんな荒唐無稽な推測を打ち出せているわけで、なかなか初見で
「ハイそうですか」といくものではない。
無理もない。すぐに理解するには突飛だし、やたらに話が大きい。そうそう実感など伴わないだろう。
俺にしても“前例”があるから当然のようにこんな荒唐無稽な推測を打ち出せているわけで、なかなか初見で
「ハイそうですか」といくものではない。
「それは、どういうことですか?」
一笑に付されるかとも思ったが、少年の反応は取りつく島もないというほどに否定的なものでもなかった。も
ちろん内心までは分からないが、こちらへの猜疑心や不信感をあからさまに表に出すようなことはしないだけ、
人間ができている。
先崎俊輔と名乗ったか。ここは、人名まで俺たちの日本と変わらないらしい。学校の生徒らしいし、年齢は十
代半ばから上で確定だろう。いかにも真面目で誠実そうな印象だが、歳のわりに落ち着きすぎても見える。
けれど、まあ、どこをどう切り取ったところでただの一般人であることには変わりない。事態についてざっと
注意喚起を促して、早めに解放してやるべきかもしれない。
ちろん内心までは分からないが、こちらへの猜疑心や不信感をあからさまに表に出すようなことはしないだけ、
人間ができている。
先崎俊輔と名乗ったか。ここは、人名まで俺たちの日本と変わらないらしい。学校の生徒らしいし、年齢は十
代半ばから上で確定だろう。いかにも真面目で誠実そうな印象だが、歳のわりに落ち着きすぎても見える。
けれど、まあ、どこをどう切り取ったところでただの一般人であることには変わりない。事態についてざっと
注意喚起を促して、早めに解放してやるべきかもしれない。
「ああ。今、俺の世界と、きみたちの世界は、モザイク状になっているみたいだ」
「……申し訳ない。いきなり口を挟むようですが」
「……申し訳ない。いきなり口を挟むようですが」
概観から説明しようとしたところ、先崎が割って入った。
「まず、あなたは本当に、自分にとって異世界人なのですか?」
そこからか、と思う一方で、そりゃそうだよなぁ、とも思う。
恐らく、先崎にとっては、“未知との遭遇”といえるような事件は今回が初めてなのではないか。
世界が混ざり合ったという現象に納得する以前に、世界はひとつではないことを理解しておかなくては話に付
いていけないのも無理はない。
これは異世界間交流なのだ。互いに常識が常識ではないかもしれない。
なまじパッと見は同じ日本人である分に、これは意識しておかなければ容易に混乱を招きそうだった。
恐らく、先崎にとっては、“未知との遭遇”といえるような事件は今回が初めてなのではないか。
世界が混ざり合ったという現象に納得する以前に、世界はひとつではないことを理解しておかなくては話に付
いていけないのも無理はない。
これは異世界間交流なのだ。互いに常識が常識ではないかもしれない。
なまじパッと見は同じ日本人である分に、これは意識しておかなければ容易に混乱を招きそうだった。
「うん。異世界人ということになるみたいだな」
俺は殊更きっぱりとした口調で言い切った。
その点に関してはよほど確信があったが、「みたいだ」といったのは先崎の常識に対してワンクッションを置
いてやるためだった。
その点に関してはよほど確信があったが、「みたいだ」といったのは先崎の常識に対してワンクッションを置
いてやるためだった。
「……そうだな。それじゃあ、俺の世界のことを語ろう」
――それは、神秘の元素に満ちた日本の話だ。
――それは、異形の怪物が蔓延る天地の噺だ。
――それは、鋼の武器と魔法の全盛期の譚だ。
キーワードは、《魔素》と、異形と、魔法。
俺たちの世界と、先崎たちの世界。果たしてどこまで共通点と相違点があるか、これで炙り出す。
――それは、異形の怪物が蔓延る天地の噺だ。
――それは、鋼の武器と魔法の全盛期の譚だ。
キーワードは、《魔素》と、異形と、魔法。
俺たちの世界と、先崎たちの世界。果たしてどこまで共通点と相違点があるか、これで炙り出す。
※
つづく