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異形純情浪漫譚 ハイカラみっくす! 第9話

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mintsuku

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マヨイガ



――誠の友人が何人いるのかと訪ねられても、答えてはいけない。
  なぜならそれは数えるものではなく、数えられるものだからだ。

蛇の目邸はその敷地をぐるりと煉瓦の塀で囲まれており、そこへ施されたキッコ様の結界
によって外からは見えぬ仕掛けになっている。
それでもなお、私がこうして書き残している手記を読み、蛇の目邸を探してみたいという
奇特な方がおられたら、シノダ森のどこかにぽつんと立っている郵便受けを探してみると
良いだろう。
邸自体は決して見たり触れたりすることはできないが、郵便受けだけは見えるようにして
おかないと、我々にも手紙が届かないからだ。

さて、冒頭に上げた一文はこの郵便受けに宛先未記入で届いた小さな紙片に書かれていた
もので、一体誰がどのような経緯をもって投函したのかは分からない。
そんな風にどことなく薄気味が悪いものだからそのままそっとしてあるのだが、おかげで
毎日目にせざるを得ず、最近では悩みのタネのひとつである。

ともかく友人などという存在は従者としての役目を授かる私と縁遠いものであり、きっと
この先も余り関わりのないことであろう、おまけに私は妖魔ですら忌み嫌う者もいる吸血
種なのだ、仮にできたとしても皆逃げてしまうに違いない。
そんな事を考えつつ、今朝も空っぽの郵便受けを確認して玄関まで戻ると、先程までそこ
になかった怪物体を見つけるに至った。

――やや、誰か倒れている。

蛇の目邸によそ者が入ることは考え難い、してみるとこれは「サソワレビト」か。
汚れた黒い着物に赤いタスキを巻いた男性は、頭の上には造り物のような大きな丸い耳が
二つくっついており、これはまた珍奇な奴が現れたものだと耳を引っ張ってみると、男の
頭がぐいと一緒に持ち上がるので、どうもそれは真の耳であるように思えた。
まるで鼠と人間を合わせたような男は、息も絶えだえ、只ならぬ様子で呻き声をもらす。

「……あの糞アヒル野郎、いつか張っ倒してやる」

私は一度自身を見回し、自分がアヒルではないことを確認してからエリカ様を呼びに館へ
と戻った。


† † †


それから半日ほどして、私とエリカ様による献身的な介護が功を奏したのか、なんとか目
を覚ました男は、客室をきょろきょろと見回し「ここはいってぇ何処だ」と不思議そうな
顔を向ける。答えぬ私と沈黙の問答を繰り返すこと数秒、やがて男は身体に巻かれた包帯
に気がついた。

「こりゃあ、お嬢ちゃんが介抱してくれたのかい」

そう、猫の姿である私を目の前にして、男がその答えに辿り着いたのには訳がある。私は
常日頃よりこのような事態が発生した時のため、看護婦帽を所有しているからだ。
ノリのしっかりきいた白い帽子に、エリカ様が赤十字を描いてくださったもので、よもや
この姿を見て他に言葉が浮かぶはずもないであろう、無言にて場を収める秘密道具の一つ
である。

空の注射器をちらりと見せると、男は大きな耳を揺らしながら、こいつはおかしなことに
なっちまったと顔を緩ませ、しかし身体の痛みを思い出したのだろう、顔を強張らせ胸を
押さえた。

男の傷は相当なもので、至る所に残る鋭い裂傷に加え、胸部に付いた矢印状の大きな痣は
一体なにと戦っていたのか考えも及ばぬほどに痛々しいものだった。それでもそんな傷を
負ってさえなんとか会話ができると言うことはつまり、男も妖魔なのであろうと断ずる。

「あら、目が覚めたのね」

丁度戻ってこられたエリカ様がテーブルに幾つかの薬品と軟膏を置くと、男は苦しげな顔
の中に歯を覗かせ、自分は「ジロキチ」だと名乗った。
エリカ様が事情を説明しながら特性の鎮痛剤を処方すると、ジロキチ殿はぼんやりと天井
を見ながら怪訝に眉を寄せる。

「迷い家ねえ……俺は道に迷った覚えはねえんだがなあ」

マヨイガ。
蛇の目邸は古く東北から伝わる「森の中で道に迷ったら家が在った」という類のものでは
ない。適当な人を適当な時に、適当に誘う館なのである。

「あら、タバサが説明したほうがずっと分かりやすいわね」
「いやいや、ちっとも分からねえよ」

主が気まぐれなもので館も気まぐれなのだ。そう付け加えてみるとジロキチ殿はなるほど、
分からねえが分かった、と大変納得した様子。一方エリカ様は頬をふくらませているが、
最近はほとんど邸に二人きりなので、こうして客人がいることは賑やかで良いであろう。

義賊を名乗るジロキチ殿は大変に話が上手で、それからしばらくの間、私たち二人はその
義勇伝を聞いて笑ったり訝しんだりと、非常に楽しい時間を過ごすことができた。
丁度お喋りも一段落したところで、空いた紅茶のカップを片付けながらエリカ様が尋ねる。

「ところで、アヒルのお友達がいるんですって?」

するとジロキチ殿は「ああ」と一時真剣な表情を戻し、力なくため息をついた。

「ジェイジェイってんだ。セイラーの格好をしたアヒルの異形でな――」

ジロキチ殿は、数年前に酒場で出会ったその人とよく仕事を共にしていたらしい。
火の妖術を心得たジロキチ殿と水の妖術を使うジェイジェイ殿は相性が良く、大変な怪力
の持ち主である彼は、いつも大型の錨を背負っているということだった。

まるで懐かしむように語るジロキチ殿だが、玄関に倒れていた際はジェイジェイ殿のこと
を「糞アヒル」などと罵っていたので、どうも釈然としない。それについて訪ねてみると、
その原因は昨晩の仕事にあるようだった。

「いつもみてえに盗みを終えて千両箱を開いてみたらな、あの野郎中身を見た途端にそれ
持って逃げ出しやがったんだ。でな、俺だって野郎に金が必要なことがあるんなら相談に
のってやらねえこともねえ。それをお前、持ち逃げしようてえなら黙っちゃおけねえだろ」

これまで悪しき金を貧に分け与えてきた二人であったのだが、突如ジェイジェイ殿の人が
変わってしまったのか、そのような仲違いがあって二人の間に戦いの幕が切って落とされ
たのだという。
ジロキチ殿の胸に残った巨大な矢印型の痣は、どうやら錨で打たれたものであるらしく、
その記憶を最後に気がつけばここで寝かされていた、と肩を落とした。

「金は盗んだもんだ。手切れ金としちゃ多すぎる気もするが、一発ぶん殴ったぐらいじゃ
こっちの気がおさまらねえ」

親しき仲が故に憤りも大きかったのであろう、ジロキチ殿は怒りをあらわにしながらも、
どこか煮え切らない、そんな表情を窓の外に向ける。
今日は大変に天気が良く、空に浮かぶ入道雲がゆっくりと形を変えていく中、二匹の鳥が、
波を描いて空を飛んでいた。

「よし、私が一肌脱いじゃおう」

振り向くとエリカ様がなにやら意を決した表情で憤慨しておられた。
わけも分からず放心する私たちをよそに、てきぱきと準備を進めるエリカ様。
どういうことか説明してください、と制止を試みるもそのまま弁天号にまたがり、

「じゃ、ちょっと行ってくるね!」

びしと敬礼を決めるとベルを二度ほど鳴らし、そのままシノダ森へと消えてしまわれた。


† † †


ちょっと行ってくるなどと言うものだから、ちょっとしたら帰ってくるのだろうと思うの
が普通だが、エリカ様が旅立たれてより今まで、実に二日もの時間が経過していた。

「お嬢ちゃんのご主人様は、本当に適当だな」

その二日の間私とジロキチ殿が一体何をしていたかというと、これが特に書くべきことも
なく、初日は回復へ向かっていたジロキチ殿の体調も、私が薬の処方を間違うせいで悪化
したり、必要以上に元気になってしまったりと、曰く「散々だ」ということである。
主が適当なもので、館も適当なら従者である私も適当なんですよ。そう説明するとやはり
ジロキチ殿は「聞いた俺が間違ってた」と納得しくれたようだ。

「ただいまー」

そんな折、忘れかけていた主の声が玄関に響く。

「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」

ちょっと出かけて、ちょっと遅れたのが二日ならば、蛇の目邸の「ちょっと」はおおよそ
一日にあたるのだろう、私が手記へ記しながらお迎えにいくと、エリカ様はスイカほどの
大きさの風呂敷包みを抱えていた

なるほどジロキチ殿に元気を出して貰おうと奮発してきたか、それならそうと一言いって
くれれば良いものを。とにかく風呂敷へ鼻を寄せてみると、かぐわしい香りと共にどこか
遠い夏の記憶が蘇るようである。

「……こりゃあ、血の匂いだ」

声に目をやると、胸を押さえたジロキチ殿が壁にもたれていた。
丸い鼻をくんくんと震わせる顔からは今までの陽気さが消え失せ、訝しむような鋭い目線
を風呂敷へ向けている。
エリカ様もそんなジロキチ殿に気づいて、柔らかい笑顔を浮かべられた。

「ジェイジェイさんから伝言よ」
「……なんだと」
「この間のことは済まなかった、あの仕事は仕組まれたものだったんだ、俺達は罠に嵌め
られたんだ」
「どういうこった」

はてエリカ様とジェイジェイ殿の間に何があったか、しかし会話をしながらも相変わらず
ジロキチ殿の目線は風呂敷包みに釘付けである。
ともかく玄関ではなんだし食卓の準備をせねばなるまい。

「俺たちは有名になりすぎてたんだ。あの箱に入っていたのは金なんかじゃない、大量の
殺鼠剤だ。説明してる暇なんてなかった、いくらお前でもアレを吸ったら命が危ねえと、
だから俺はお前が近寄らねえように――」

突如風が吹いた、と思いきやジロキチ殿は目にも止まらぬ疾さで私を通り過ぎ、エリカ様
の胸ぐらを掴んでいる。

「お前さんの……いや、奴の言いてえことは分かった。それでお前は一体どうしたんだ、
この血の匂いはいってえ何だ!」
「私がお仕置きして差し上げました」

ごしゃりと風呂敷包みが落ち、赤い染みを床に広げ始めた。

「……殺したってのか」

ふと力を抜いたジロキチ殿の手を払い、エリカ様が目を細める。
そういえば客用の皿などあったか知らん。

「勘違いしないでください、ここ蛇の目邸はあくまでもマヨイガ。サソワレビトの願いを
叶える、それがここのしきたりであり、主である私の役目なんです」
「俺がこれを望んだと、そう言いてえのか。だ、だが、そりゃあまりにも……」
「殴るぐらいでは気が済まないと」

そのやりとりに私はぎょっとしてエリカ様に目をやった。
愛用傘邪の目は血に濡れ、出かける前に洗濯したばかりの着物は所々に赤黒い染みがつい
ている。ここまでお転婆な主は如何なものかと、私はだんだんに血が上ってきた。
その染みを、邪の目の手入れを、一体誰がまたするのか考えたことがありましょうか!

「ジェイジェイ!」

しかし憤慨する私をものともせず、突如ジロキチ殿が風呂敷包みを抱きしめた。
そんなにも好物に目がないのか、男泣きに何か許しを乞うような叫びをあげつつ風呂敷を
撫でる。さすがの私もここらが限界か、怒りも忘れて思わず吹き出してしまった。

「こ、こいつら狂ってやがる……」

私も長いこと妖魔として生を歩んでいるが、こんな男は初めてである。
ジロキチ殿の面白いところはおしゃべりだけに留まらず、こうした嗜好にまで現れるもの
なのだろうか。私は古文書にこれを記すにあたって、どういう項題を付けるべきか考えな
ければなるまい。

――それ、そんなに好きならば、もうそこで召し上がってくださいな。

嗚咽にむせぶ背をぽんと叩くと、いよいよ意を決したか、ジロキチ殿はついに風呂敷包み
を開く。きつい結び目をほどき、震えながら布を落とし、はらりと現れたのその姿をみて、
余りの美しさにジロキチ殿は声を失ったようだ。

「……スイカじゃねえか」

見るからに実の詰まったそれはさぞかし重かったであろう、いかに客をもてなすためとは
いえ、主にそのような雑事をさせたとあっては、タバサ顔がたちません。

「じゃ、じゃあお前、その返り血は一体……」
「ジェイジェイさんを引っぱたいたら『なんだテメエ』って、私の鼻血です」
「くっ……」

間をおいて、蛇の目邸に大きな笑い声が響いた。
実に数年ぶりのことである。


† † †


「いやあ、本当世話になった。姉ちゃんたちもオオサカに来ることがあれば世話するぜ!」

エリカ様が戻られたこともあり、後日すっかり体調の良くなったジロキチ殿と別れる時が
きた。私は少々寂しいような、でも元気になって良かったような、そんな複雑な気持ちを
胸に抱えていた。

「代わりといっちゃあなんだが、コイツをやるよ。前に妙ちきりんな魔女みてえな奴から
くすねたもんだ。次にまた俺みたいなのが来たときにゃな、タバサちゃん。それを使って
人の姿で看病してやってくれ」

ジロキチ殿は苦笑いまじり、エリカ様に小瓶を手渡して背を向ける。
私はふと思いつき、ジロキチ殿を引き止めて郵便受けに入っていたあの紙片を差し出した。

「えーとなになに。『誠の友人が何人いるのかと訪ねられても、答えてはいけない。なぜ
ならそれは数えるものではなく、数えられるものだからだ』」

ジロキチ殿はしばしそれを眺めると「俺にも不器用な友達ってやつが一人はいるらしいや」
と私の頭を撫でてくださった。

「義を見てせざるは……なんだっけな、まあいいや。魔法義賊・鼠小僧次郎吉、この恩は
忘れねえぜ、あばよ!」

肩越しに親指を立てると、次の瞬間ジロキチ殿は風の如く姿を消していた。

「あらタバサ、これ人化薬だって」

ジロキチ殿、貴方の友達は決して一人などではありません。
少なくとも、もう一人はここにおります故、どうか体にだけは、お気をつけて――



つづく


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