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「第九話 夏の大会編 幕間」

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 『Robochemist!』


 第九話「夏の大会編 幕間」


 『セカイ……?』

 電話の向こうにいる宿敵、ブランが口にした言葉を思わず復唱してしまう。
 次の相手が世界、確かにブランはそのようなことを言ってきた。世界という単語が指すのは多様である。君と僕の不安世界を指すこともあれば大宇宙から政治体系まですら指す。
 この場合で該当するとすれば、メタルナイツの世界大会だが、地方大会なのにどうして世界が相手になるのだろうか。
 暫し黙すことをあらかじめ予測していたのか、ブランが補足情報を付け足す。

 『相手が世界級の実力チーム、そういうことだ。白き閃光と赤い悪魔………はっきり言う、君らじゃ勝てん。俺らでも勝てん。ひょっとするとこの島にいるチーム総出でも勝てん』
 『白いなんとかだろうがなんだろうが、勝つつもりでいますがなにか』
 『ほう』
 『やってもないのに匙を投げるのは愚の骨頂ですから』

 いっそ清々しいまでの敗北宣言を淡々と吐きだすブラン。
 苛立ちを隠そうともせず、自分の髪の毛を指に巻き付け片足に重心を預けるアルメリア。
 ――――白き閃光、赤い悪魔。
 聞いたことがあるような無いような、というよりもどこかで目にしたような目にしたことがないような、それどころか懐かしみのあるデジャヴを感じざるを得ない。
 電話向こうにいるブランの表情が驚愕にたわむ。
 この手の世界では名を馳せる最強の二人を知らないなどということがあろうはずがないと考えていたらしい。彼は半信半疑で問いかけた。ありえない、なにかの間違いではないかと言わんばかりであった。

 『知らないのか?』
 『はい?』

 アルメリアが己の髪を人差し指に巻き続ける作業を一時停止させた。
 一拍置いて、溜息とも感嘆ともとれる呼吸音がした。
 内に特有の掠れを秘めた、大人なりかけた男性の声が耳を打つ。

 『…………フム、それもいい。現代は電子機器の時代だ。使いこなせるなら調べる。俺ならそうする。いやなに調べなくともいい』
 『そうさせてもらいます』
 『どっちの意味でとったのか非常に興味があるが、質問は失礼のようだから今晩はおやすみしておこう、フロイライン』
 『ええ、ひっじょうに有益な時間でした。おやすみなさい』




 すげぇ不利益だよこのクソヤロウ。歯でも磨いてスヤスヤ眠ってろボケ♪
 と遠回しに口にすれば、ブランもブランでこう言い返すのだ。

 『世界でも類を見ない至高の皮肉をありがとう』
 『じゃあ』

 皮肉が下手糞だな、と。
 通話を終了状態にしてポケットに携帯電話を滑り込ませる。
 アルメリア、濡れた髪が渇きつつあるのをうなじに触れる渇きで知り手で梳かす。
 ブランの声を聞いているとムカムカする自分もいる半面、驚くべきことにもっと口論してみたいと思う自分もいるのだから人間とは分からない。
 夏場、しかも倉庫という閉鎖空間にもかかわらず気温は低かったが湿度が高めだったので洗濯物を室内干ししたときとなんら変わりない籠った空気が充満していた。ついでにほこり臭さと機械油のきな臭さも手を繋いでいる。
 しかし、決して悪いにおいなんかじゃなかった。
 鼻をすんすん鳴らして微か分を招き入れて、堪能とはいかないまでも
 倉庫の隅にある照明装置の操作盤に歩み寄って、ことごとく暗闇に没させるためにレバーを落とす。おわん型の覆いをした照明が光を失う。瞳孔が縮まる予感。
 さてさてこれよりどうするかをじっくり考えつつ倉庫を出ていく。腕を組むのもばかばかしく、後ろに緩く手を合わせて倉庫から出ると鍵を閉めてポケットへ。
 冷たい金属のドアノブを軽く一押し、バタンとやかましい非難染みた音を立てて扉が閉まる。
 踵を返すよう倉庫の反対に向き直れば、両手を花弁が目覚めるよう徐々に持ち上げていって伸びをして、ぎゅっと目を瞑る。
 見知った道だ、石段の配置は脳裏に浮かぶ程度には把握していたのだから、伸びをしながら目を瞑って歩きだしても転ぶようなことは無く安全に道に出ることができた。
 倉庫が並ぶ一帯は、彼女が機体に乗ることを決意したあの通りを包んでいた。
 道に転がる石っころを目を開けると同時に蹴っ飛ばせば、両腕を持ち上げることで引っ張られていた上半身の筋肉を自由にすべく手をぶるんと振り降ろす。
 寿命まじかで焦りに焦ったらしい蝉が一匹よろよろと空に飛んでいく。
 アルメリアは上を見た。群青の空に星が瞬く一枚絵が広がっていた。それは奇跡ではなかった。
 人差し指を空に向け、星と星とを架空の線で繋ぎ合せる。もう片方は顎にちょんと触れ、やや首を傾げ典型的考え仕草。微かに細めるは柔和な光を宿す瞳。

 「あれはー………? ………んー? ………んあ、そうそう北斗七星?」

 アルメリアが指で指示した先、比較的明るい星が七つ並んでいる。
 彼女が北斗七星と呼ぶ星の配列自体は、本人はどうかわからないが、元の地球で観測可能だった北斗七星とは明らかに位置が違う。角度も違う。ところが北斗七星と呼ぶ。なぜか。
 答えは、ここが地球ではないが地球であるということなのだ。
 第二地球は元の地球とは違う惑星系にあるのだ、当たり前と言えば当たり前だが視点が違えば星座も違ってくる。それでも地球で使っていた懐かしき星座を求めて、名もなき星に名前をつけて北斗七星にした。
 他にも人々はかなり太ったオリオン座を『発見し』、制定したという。
 それに関してはいくつも議論があるがここでは割愛しよう。
 手を降ろす。胸にいっぱいの空気を詰め込む。吐く。酸素が肺胞の集合に適度な圧をしかける。

 「帰ろっと」

 アルメリアは渇き始めたライトブラウン色の髪を手で弄りながら、散歩も兼ねて夜道を辿り帰り始めた。


 ◆ ◆ ◆ ◆






 翌日、検索結果を前に、コールタールの海に小舟で漕ぎだしてしまった漁師の心境になり、見る見るうちに顔色を失っていくアルメリアがいた。
 メタルナイツの公式ホームページにアクセスして、検索してみたのだ、ブランに言われた情報全てを。
 出るわ出るわ検索結果が数百どころか数千をぶっちぎって一日かけてもその全てを読むことは絶対にできない量が表示されたのだから仰天した。
 それもそのはず、対戦相手は世界で三本指に数えられるチームだったのだから。
 白い閃光、赤い悪魔。それを検索すると機体を前にインタビューを受ける一人の細身の女性と、厳しい顔つきとがっちりとした体格の男性が出てきた。どうやら彼女と彼がそうらしかった。
 彼女専用のパソコンの画面に画像が映っていて、流線形が美しい白亜の機体と、禍々しさすら内包する深紅の機体が片膝をついて黙している。
 ――白亜の機体『ヴァイス・シュトラール』。
 ――深紅の機体『ヌヴィエム』。
 キーボード列を叩いていた指がはたと止まった。ホームポジションという理想を大きく外れて停止している。自己流万歳。

 「あちゃー……こんなに強いのを見落としてたなんて……」

 艶のあるふっくらとした唇が悩みを紡いでぎゅっと結ばれる。髪はわりとばらけている。外出するときに梳かせばいいのだから。
 アルメリアは、パソコンが電子機器特有のきな臭さを醸し出す前で頭を抱えた。比喩表現でもなんでもなく、本当に両手で頭を押さえつけるように。

 「んもうバカバカ私のバカーっ」

 頭を満足するまで振ってみる。ポニーテールが不機嫌になった。
 眼鏡を外してシャツをめくり、レンズを別所の暗い個所に向けて汚れを目視、軽く拭きとり綺麗にしてかけ直す。鼻あてパットがカチャッと鳴った。
 ルール上、次の相手が発表されるのは数日前なのだが、ブランの情報は圧倒的に早かった。関係者と通じているとみて間違いないのだが、それ以前に、紅白二色のチームが出場していることを危惧すべきだったのだ。
 自室にて、やりようのない脱力感に襲われたアルメリアは眼鏡を机の上に置いてベッドに転がった。太陽の甘い香りのするシーツに顔を埋めようと眼鏡を外し、ぽふん。
 表示された情報が、今に至るまでほぼ無敗だとか、天才秀才無敵最強だの出てきたのだから仕方がないのかもしれない。
 ブランとミハエルに勝利して多少浮かれていたところで絶対的な強さを誇る相手とあたってしまうなんて、湯船で温まっている最中にお湯が凍結するに等しい所業である。




 「~~~~~~~ねーむーいーかてーなーいー」

 顔をぴったり枕に押し付ける。眼球が押される。ぱらり、髪がだらしなく乱れる。丁度、ロングスカートを穿いたまま勢いをつけて正座したときの広がり方に近かった。
 ヤケになるのもいいだろう、特訓するのもいいだろう、負けず嫌いの彼女は両脚をばたつかせてひたすら枕の匂いを嗅ぎまくっていた。いいにほひ。あふあふ。むがむが。
 と、耳になにやらトトトトトンッなる足音が聞こえてきた。何事かと緩慢なる動きでゆうらり頭を持ちあげれば、あっちこっち乱れた前髪のカーテンの向こうに、怪訝な表情でこちらを見てくるクロがいた。
 奇声を上げる少女に反応したのは間違いなく、相手が動物だというのに恥ずかしくなってきたので、ベッドに座り直す。いかにも嘘臭い咳を一つしてみる。風邪はひいてない。

 「………ごほんっ」

 アルメリアは、精神を落ちつけようと、あぐらをかこうとした。
 が、ふっきれたのかクロに怒涛の勢いで押し寄るや腕に抱いてベッドの上に乗せ、丁度顔と顔が向かい合うように寝転がった。
 若き頃と比べたら毛の量が少なくなったクロであるが、もっふもっふでひじょうに気持ちがいい。

 「猫よ猫よ猫よ、次の試合で勝つのはどっち? どー思うのクロー? かってるかな♪ かってるかな♪」

 クロの真っ黒な両脚を手に取り、超簡易踊りを躍らせる。スフィンクスのように座ったクロは眉間に皺こそ寄せなかったが、『こいつはおれになにをやらせたいのだろう』と言わんばかりに髭をひくつかせている。
 それを察してか察してないのかというより相手が動物だからなのか、大胆にもベタベタ触る。
 ほっぺを引っ張ってみたり、あまつさえ敏感な髭を引っ張っても一切動じないクロは、弄られ役のプロの領域に達したが如く遠い目をしてされるがまま。

 「クロは可愛いなぁ……可愛いなぁ! モフモフしちゃう! もふもふもふ」

 にやけた表情で、クロをベッドに横倒しにするとうぶ毛に近い体毛に顔を埋めて息を吸ったり吐いたり。獣臭が鼻をつく。まず人類では醸し出せない独特さがクセになる。
 もしもクロ、彼に人間の言葉が話せたなら、こう言うだろうか。
 『勘弁してくれ』と。
 平素話に出ることが無いため友人も知らないことなのだが、彼女は動物が好きだった。一番好きなのは幼少海でじゃれ合ったイルカなどだが、犬猫鳥と大半を好むのだった。
 一通りクロの毛を楽しんだ後は、毛づくろいでもしてあげようと頭を上げて。

 「……………」
 「…………ク、ク、ク、クー姉ぇ!?」

 そこでようやく、扉をちょっとだけ開け顔の三分の一を覗かせるクーに気がついたのであった。三つ編みの片方だけ隙間からはみ出ているあたり、一度扉を開き、中の様子を一瞬で察し身体を引いた時に引っ掛けてしまったのだろう。
 アルメリアは狼狽し、両手を顔の前でブンブン振りながらベッドから跳び起きた。眼を見開き唇でいい訳を紡ぐためにあわわと。
 解放されたクロが身体をぶるんと振ってベッドから降りて伸びをした。

 「違うんですよ! コレは、クロがですね!」
 「最初から見てた」
 「……そ、うですか」
 「別に気にしない」
 「私が気にします……恥ずかしい」
 「私もたまにやるから問題ない」
 「へぇ…………え?」
 「……も、問題ない」

 赤面したアルメリアと、いつも通り何も変化が見られないクー。だが、明らかに口調に動揺の色が見受けられた。
 会話の最中に、ぽろっと重要な一文を耳にしたアルメリアが、頭の上に疑問符を三つ浮かべたような顔で固まる。クーは大急ぎとも取れる手つきでさっとクロを胸に抱くと首を振る。
 続いてクロを顔の高さまで持ち上げて表情を隠すや、ぼそっと一言呟き部屋を出て扉を閉じようとする。

 「なんでもない。なんでもないからちょっと機体の修理行ってくる」
 「ちょっと待ってよ」
 「なに」
 「関係無いんだけど、外殻機について」
 「うん」




 クーがサッと部屋から去ろうとするのを、アルメリアが服の隅を摘まんで引きとめた。
 上目遣い。

 「あのぅ……機体を、改造してもらいたいな、なんて」
 「かいぞう? いまから?」

 アルメリアは挑戦的な目つきでこう言った。

 「だって、何にもしないなんて、悔しいじゃないですか」



 ◆ ◆ ◆ ◆




 「なるほど、言いたいことはよく分かりました。確かにこの二機には改良の余地が残されています」
 「……できるんですか?」
 「もちろん。ただし空を飛ばせろとか、掘削機を腕につけろとか、軍用の完全迷彩を施せとか、無理なこともありますが」
 「迂闊でした……改造……」
 「やったぁ!!」

 ところ変わって外殻機倉庫。
 アルメリアの提案を受けたアオバが、改造は十分可能である旨を告げると各々が反応を示した。アルメリアは半信半疑、委員長はその発想は無かった。シュレーは両手バンザイ。
 アオバは三人が盛り上がり始めて雑談に突入する前を見計らい、人差し指を上げて制した。まるで学者のようだった。事実彼はロボットに関しては学者並みの技術力を有している。

 「しかし―――……プロトファスマはとにかくとしても、アノフェレスは極めて改造がしにくい……見て分かると思いますが機動性を第一に考えるあまりに積載性能が犠牲になっていまして」

 そこで胸を高鳴らせるシュレーの方に視線を向ける。シニョン結いの手を抜いたらしく、後方に向かって毛がぴょんぴょんはねている。

 「ご存じの通り、冷却すらままならない状況です」

 アオバは、修理が終わった二機の方に視線をむけつつ指さした。
 蚊の名前を冠された細身の一機。蜘蛛の祖先の名前を冠された太身の一機。
 頭を垂れて膝をついているのがアノフェレスで、肢体をだらしなくさせて立っているのがプロトファスマである。傷がすっかり直った二機は心なし輝いていた。
 アオバとクーがつきっきりで破損個所をひっぺがし予備部品と交換したり、装甲を上から張り替え溶接したりした成果が彼らを煌びやかに見せたのかもしれない。
 椅子の代用品たるプラスチックケースに腰掛けた一同を前に、立ちあがってアノフェレスの傍に寄って装甲を手でノック。振り返り、機械油で汚れたツナギの上から腰に手を置く。

 「どう改造します? 主機を弄るくらいしかできませんけど。あとは武装ですか。散弾銃の威力はまだ上げられますからね」
 「ハイハイハイハイハイ! 装甲剥がして下さい!!」
 「つまり……ネイキッド(裸)にしろと」
 「そう! この子、脱げばスゴイから!」




 イの一番に挙手をしたのがシュレーだった。
 彼女は、ただでさえ装甲の無いアノフェレスをもっと軽量化しろとせがむのである。韋駄天が如き神速を得られても、弾丸一発で地面と熱い口付けをするような機体が出来上がるのは言うまでも無い。
 非常識である。
 シュレーの腕前が異常であることは知りども、被弾即沈黙になる改造もとい装甲剥がしを行ってよいのか、アオバには判断することができない。よって怪訝な表情で手を降ろす。
 話は聞いているのだが、特に口出しせずクロの入ったリュックを背負って暇そうにしていたクーが、なにやら声帯に吐息を通して歌を紡いでいるものの、空気に紛れ響かない。
 アオバが慎重に念を押す。

 「本当に、やってもいいんですね?」
 「出来れば両腕に爪も欲しい。あのぉ、ゲームとかでよくあるぴょーんって出てきてグサっと刺すタイプの」
 「つまり………」
 「ぐぬぬぬ……」

 シュレーが注文をつけた。
 立ち上がり、ボディランゲージにて武装の詳細を伝えようと躍起になった。腕から伸びる二本の爪を表現したいらしく、指二本で架空の爪を腕に描いてアオバに提示する。
 想像してみよう、腕、手の甲側に人差し指と中指を当ててスッと外側にやる動作を。
 アオバは必死に理解しようと各種知識を総動員して考えこむ。腕を組み首を捻り、シュレーのジェスチャーを視界の中央に捉え見つめる。ところが一向に図が浮かび上がらない。歯に挟まった繊維質のようだ。

 「こうですか? こう!」

 みかねたアルメリアが前に出て同じくジェスチャーをした。
 が、悲しいもとい虚しいかな、二人集まって盆踊り、もしくは悪魔召喚の儀式を執り行っているようにしかならなかった。何が召喚されるのだろう。二人の中央にクロを置いたらパーペキである。
 なぜか中腰体勢でジェスチャーをして伝えようとする二人。
 一向に内容が見えてこないことに業を煮やした委員長が、とうとう立ちあがって軽く腕を組んだ。

 「説明になってませんよ、まったく……私がやります」

 委員長はいかにもといった様子で唇を結んで胸を張ってみたものの、既に状況は自分の制御下にあらずと悟った時には遅かった。
 エセ盆踊りから醒めた二人が、大挙として詰め寄ってきたのだった。

 「えー? なってないのカナ。すっごいなってると思うんだけどサー」
 「……そうだ! 委員長、絵描けましたよね!」
 「そうだっけ? んー……んん? 授業終わった後に描いてた絵のことかなぁ。可愛いよね」
 「そうそうそれですよ。ね、委員長。絵を描いたら分かりやすいと思いませんー? 描いてくれたらいいのになーいいのになー」

 いつの間にか話は、『委員長に絵を描いてもらう』方向に転がっていた。
 最初思い出せず顔を曇らせていたシュレーも、アルメリアの言葉で委員長が絵を描けるという情報を思い出して目を輝かせる。アルメリアが委員長の手を握る。何をそんなに熱くなるのかもはや誰にもわかるまい。
 委員長、固まる。
 彼女は絵を描けるが、あくまで趣味の領域であって、しかも機械を描けるかは自身ですら自信が無いのであったが今さら引けるだろうか。否、無理だ。やるしかあるまい。

 「―――……描きます」

 委員長の顔がきゅっと引き締まった。
 昼間なのにどこかでカラスが鳴いた。


 ◆ ◆ ◆ ◆






 「うっひゃー、すっごいメルヘンだね!」
 「ウサギさんの耳がついてる……」

 三十分後、紙と鉛筆を調達した一同は委員長に絵を描かせた。
 委員長がせっせせっせと二人の注文を受けて描き上げたのは、なんとも形容しがたい可愛い代物だった。デフォルメされていることもそうなのだが、アノフェレスはなぜか兎の耳が。プロトファスマはお花を持っていた。ついでに頭身が短かった。
 想像できないなら絵にすればいいじゃないということで、委員長がアルメリアとシュレーそしてアオバの助言も合わせて絵にしたところ、丸くて可愛い二~三頭身外殻機☆が出来上がった次第である。
 絵の隣にはそれぞれ注文が箇条書きされている。外側に関する注文もあれば、内側に関する注文もある。
 紙上メルヘンを描いてしまった当の本人と言えば、『私はなんで描いてしまったんだろう』なる文字を背中でかく語りき。両ひじを腿の上に、両手の面に額を乗せて後悔していた。
 プラスチックの箱の上に板を乗せただけの簡単な机に、三人が集まっている。中央に委員長。左右にアルメリアとシュレー。サンドイッチ。挟まれているのは赤面少女。

 「……………せめて耳とお花をとればよかった」

 顔を赤くして鉛筆を魔法の杖であるかのように握りしめた緑髪の少女は、もじもじと背中を丸め、できることなら穴に隠れたい気分だった。感情を表すように両側結びの髪が項垂れている。
 まったく偶然であるが、本日委員長の髪飾りは葉っぱと花がモチーフだった。
 絵に食い入るようになっているアルメリアとシュレーをよそに、全く違う反応を見せた人物がいた。
 それはアオバとクーだった。
 二人は、ファンシーな絵がまるで電子設計図であるかのように注視していた。しかも頷いている。理解したらしい。

 「分かりました?」
 「おおまか」

 アノフェレスの両腕の爪や、肩のプレート。プロトファスマの両脚の衝角、予備武器を収納する追加部分。それらを見て、アオバとクーは頷き合っている。
 そう、あくまで大真面目な彼と彼女に、絵の可愛さが及ぼす影響は皆無であった。
 アオバが顔の筋肉を微小にも微笑のベクトルへもっていかずに、絵をさっと手に取る。クー、既にやる気になったらしく、機体をじっと見つめることでいかに改造をしようか考えているよう。
 委員長を筆頭に、女子三人組の視線が絵から作業着姿の二人組へと移り変わらん。

 「絵をお借りします。今すぐ取りかかります」
 「お仕事」

 端的に告げた二人が倉庫の隅へと歩き出す。さっそく絵を参考に必要な部品を切り出し繋ぎ合せ合成するために、歩きながらも建設的に案を練り実物を作ろうとせん。
 作業を行う為に、二人は倉庫の裏へと。
 倉庫の床に足音二人分。

 「爪は予備のを切り出して硬化させればなんとかなりますね」
 「装甲を剥がすのはそんなにかからない。けど丸見えじゃまずい」
 「……たしか倉庫の奥に、強化プラスチック素材が。あれを貼りつければ一応外見だけは誤魔化せます」
 「角、ホルスター…………はいいとして……拳銃は?」
 「業者に発注しましょう」
 「わかった」




 狼狽したのは委員長だ。
 恥ずかしい絵を何度も見返すであろう二人に追いすがる。奪い取りたい衝動堪えて小走り。本気で妨害することもできないので、やむを得ず、丁度両手の中間地点でボーリングの球を念力で浮遊させている動きをしつつ接近していった。
 あわわわわわ、という効果音がぴったりであろう。

 「えぅ、だ、だめです、それを使うなんてとんでもないですからしてですね、分かりにくい絵柄ですから、もっといい絵を」

 必死?の説得虚しく二人は頭を傾げるばかりだった。
 二人にとって絵はあくまで絵であり、無機質な設計図となんら変わらないのだ。絵を持っていかなくてもいいと言えばよかったのに、委員長は気がつかなかったらしい。
 クーが首を捻り、アオバが微笑した。

 「? これでいい」
 「多少アレンジ入りますけど、この絵通りにするのでご安心してもいいですよ」
 「そうではなくてー……」
 「?」
 「?」

 アオバが手を振れば、ひらひら絵が踊る。
 ということで、彼女らの機体は改造を受けることになった。
 しかし、

 「ドンマイ♪」
 「ドンマイ♪」
 「とるにたらない出来事でした」
 「うさ耳」
 「お花」
 「~~~~~~~く、く………」

 絵についてさんざん弄られるのであった。
 改造が終了したのは次の試合の二日前。
 金属の装甲を剥ぎ、別素材で覆うことで無装甲状態を隠ぺい、肩に体当たり用の装甲板を装着。散弾銃の威力を増したアノフェレス。
 脚部に衝角を装着、予備武器を搭載、内装関係にちょっとした細工を行ったプロトファスマ。
 勝利があるかは誰にもわからない。




         【終】



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