創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

最終話

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
パラべラム!×廻るセカイ 


                            ―――――――××××××―――――――

嘘だと、遥は我が目を疑った。もう二度と会えないと思っていた人が、両目に映った。
わざと大きな瞬きをしてみたが、その人の姿は確かに映し出されている。遥の数メートル先を、ゆっくりと歩いている。
幻じゃないかと、まやかしじゃないかと思った。けれど、幻でも無ければまやかしでも無い。

その人は、遥の視界、右から左へと買い物客の中に紛れながら、徐々に消えてゆく。呆然と眺めている内に、消えてしまった。

「うそ……」

遥は自分が間抜け面になっているのにも気付かず、呆然と口を開けている。目の前にいる彼方が不思議そうに首を傾げているのが、まるで見えていない。

もうとっくの昔に、遥の中でその人はこの世界からいなくなったと思っていた。もう旅立っていたと、そう思っていた。
しかし、両目に映していたその人の姿、全身を包み隠す黒色のローブに、揺らめいている布からちらりと見える、特徴的な三つ編み。
何より右手に握っている、ローブとお揃いな色調の杖。何と表現すれば良いのか、この世界に居てこの世界に居ない、不思議な違和感。

恰好や雰囲気からして買い物客が一人でも気付きそうな物だが、誰一人としてその人に気付く様子は無い。
まるで――――――――気付いていないかのようだ。左右を行き交っている人々の誰も、その人の存在に気付いていない様だ。
それなのに、遥にだけは分かる。遥にだけは、見える。それが何故かは遥自身には分からない。分からないがとにかく、遥だけは気付いた。

寧ろ、その人は遥にだけ存在を気付かせようとしているのかもしれないが、あくまで推測の域を出ない。

「お姉……ちゃん?」

急に静かになって、呆然と口を開けて何処かに目を向けている姉が心配になり、彼方は不安げに呼び掛ける。だが、姉の目に彼方は入っていない、様に見える。
彼方は何か珍しい物でもあるのかと思い振り返ってみるが、なんて事は無い。そこに広がるのは到って普通の光景。
食料品コーナーの一角として、季節の野菜物やらが陳列されているだけだ。それと、談話を楽しみながら買い物を嗜む数人の主婦、だけ。
一体全体姉は何を見たのかと、大いなる不安に駆られつつも、彼方は姉を目覚めさせる。

「お姉ちゃん!」

振り向き直して、彼方は遥に鋭く短い一声を掛ける。
彼方の声にハッと、遥は口を閉じて我に帰る。周囲の音も、彼方の声すらも聞こえていなかった。というより、何も聞こえていなかった。
それほどの状態になるほど、遥に取ってその人―――――――否、もう一人の自分と言える存在、一条遥、らしき人物を見かけた事は衝撃的であった。

失っていた記憶を取り戻した後、遥の中では一条遥は、この世界から旅立ったと思った。倒すべき敵を倒したこの世界にもう、目的は無いだろうから、と。
それと同時に、恐らくもう二度と会える事は無いんだろうな、と一抹の。いや、泣きたくなる程の寂しい思いも、遥は抱いている。
怪物――――――――ゼノクレスとの死闘の末、一条がヘアゴムをくれたのは、プリクラをもう一回、一緒に撮ろうと約束したが果たせなかった事に対する詫び、だろうな、とも。

だからこそ、遥は決めた。記憶と感覚共有という力を取り返した時、遥は決意した。
別の世界にいる遥として、恥じる様な生き方はしないと。誇りを持って、一条さんに胸を張れる生き方をしようと。
もう二度と会えない。会えないけど、きっと何処かで同じ空を見ていて、一条さんは応援してくれている。そう思う事で頑張ろうと考えた。

だが、一条はこの世界にいた。まだ、この世界から旅立っていなかった。

遥自身、目の前の出来事を信じる事が出来ない。頭の中で、冷静な自分がアレはまやかしで、疲れから来る幻だと言っている。

まだ一条さんに未練があって、その未練が幻でも夢でも見せているのかも、チラつかせているのかもしれない。

そう思うと、遥はしっかりと気を持たなきゃと自分で自分を叱る。まだまだ病院での疲れが取れていないんじゃないのかと。
疲れから来る幻覚という線もある。もう……しっかりしなきゃ。しっかりしないと、一条さんに合わせる顔が無い。会えないけど。
遥は両頬を両手で自らビンタする。一瞬の痛みの中で意識を切り替えようとする。姉が突然、自分で自分でビンタしたのに彼方は驚く。

「だ、大丈夫?」

心から心配そうに尋ねる彼方に、遥は笑顔を取り繕って答える。遥本人は気付いてはいないが、その笑顔は非常に不自然だ。あからさまに、作り笑いだと分かる。

「大丈夫……大丈夫。さ、買い物の続きしようよ、彼方」

遥自身はまるで気付いていないが、動揺と衝撃のあまりに、遥の感情はモロに表に出てしまっている。
顔を深く俯かせて、視線を床へと向ける。遥は俯いたまま、何処かへと歩き出す。何処に向かっているのか分からないが、とにかく早足で歩いている。
あれは疲れから来る幻、あれは疲れてるから見るまやかし、あれは……と、そんな風に頭の中で念仏のように、一条らしき人の存在を否定して振り払おうとする。
途中で人にぶつかっても遥は謝りもせず歩き続ける。いつもなら愛想良く謝ったり、ぶつかった人を気遣ったりする筈の姉の変化に、彼方は惑う。

今の姉には、何も見えていない気がする。彼方の事、さえも。

「お姉ちゃん……」

あからさまに分かりやすい、姉の変わり様に、彼方はポカンと緩んでいた口をキッと締める。
カートをその場に置いて、歩き続けている遥へと同じく早足で近寄っていく。そして、右腕でぶらついている遥の左腕を、鷲掴む。
左腕を強く掴まれて、遥はそれ以上動けなくなる。殆ど無意識に歩き続けていた両足も、止まる。
ピタリと動きを止めてくれた姉に安堵しつつも、彼方は本気で心配になる。どうしてこうも唐突に、姉がおかしくなったのか……。

今の遥の中で、色々な感情が激しく交錯して、グチャグチャと混線状態になっている。纏まらない。
如何していいかが分からなくなる。今何をすべきか、私は何をすればいいのか、何も分からない。

遥の意思に従順、寧ろ暴走と言える位、身体が勝手に動いている。歩こう、歩こうと何処に行く訳でもないのに動こうとしている。
滅茶苦茶に動けば疲れて忘れる事が出来るかもしれない。一条、遥の事を。別の事をすれば、気付けば忘れる事が出来ない。
無理矢理にでも、身体は遥を日常に帰らせようとしている。もう忘れよと、一条遥の事を忘れ、元居た日常に戻れと言っている様だ。

遥はそれに抵抗せず、何も考えずに動き回る事で忘れようとする。一条さんに固執していては、いけない。
いけないんだ。私は私の日常に戻らないと、いけない。何時までも記憶を引きずっちゃいけないって……分かって……いるのに。

何故か、遥の瞳から涙が伝っていた。一筋の細い涙が、遥の頬を伝って、落ちる。

如何して……如何して私、こんなに悲しいの? 悲しむ様な事は何もしてないのに。何でこんなに……切ないんだろう? 

遥は自分が自分の事が分からなくなっている。感情に抑制が効かない。その証拠に、遥の意思とは関係無く、涙が流れる。
もう二度と会う事が出来ないと思っていた、一条遥に会えたからだろうか。例えそれが、まやかしや幻想の類であったとしても。
……幻だと決めつけているがもしも、もしも現実にいるとしたらどうする? あの時見かけたのが本当に、一条遥であったのなら……。
そう考えると、遥の中で消えていた灯火が少しづつ、宿りだす。可能性という名の灯火が。

だけど、そんな事ありえるの? もし只の勘違いだったらどうするの?

そんな冷静な突っ込みを、客観的な立場から眺めている自分が投げ掛けてくる。宿っていた灯火が、揺らめく。
一条さんの性格上、会いに来るのなら直接会いに来るんじゃないかと遥は考え直す。
あの人が遠くから見守る様な性分とは思えない。もし、伝えたい事や語りたい事があるのなら、まどろっこしい事をせず直に会いに来る筈だ。

……けれど、こうとも考えられる気がする。会いに来たかったけど、敢えてひっそりと見守りに来たんじゃないかと。
記憶を辿ってみて、遥は一条遥を決死に助けに行った時にまで遡ってみる。あの時の一条の態度や口調から、思い返す。
あの時の一条さんは、私がいつも通りの日常、平穏な日常に戻って欲しいと思うが故に、あんな刺々しい態度を敢えて取っていた。

こんな戦いに巻き込んではいけないと、元居たセカイに遥を帰す為に。
なら、と、遥は一条が、直接会いに来ないのも分かる気がする。
徐々に、元の日常に戻ってきた遥に、一条は直接会いに行くのを遠慮して遠くから見守る事にしたのかもしれない。
非日常そのモノである自分が、元の生活に戻ってきている遥に接触しては予期せぬ事態が起こるかもしれない。そんな風に考えて。

……それでも。例え、そうだとしても。

遥は、思う。例えそうだとしても、私はもう一度……一条さんに会いたい。
会ってどうしても、遥には言いたい事がある。それは、感謝と、別れの言葉。ありがとうと、さよなら。
その二つの言葉を、直接遥は伝えたいのだ。何があっても構わない。その言葉を、伝えられるなら。

動きを止められても反応を見せない遥に、彼方は悪いなと、姉に酷い事をする事と心を痛めながらも、強引に左腕を引っ張る。
引っ張って、彼方は遥を無理やり振り向かせた。振り向かせて、言う。

「しっかりしてよ、お姉ちゃん! さっきから何かおかし……」

彼方の口はおかしい、と言いかけて止まる。振り返って顔を見せた遥が、泣いていたからだ。
しかし一般的なイメージでの泣く、つまり号泣では無い。何と言えば良いのか……不思議な、涙だった。
遥の表情は涙を流しているのにも拘らず、まるで崩れていない。しかし、涙は流れている。流れているのだが、その事に気付いていない様に見える。

強く掴み過ぎた? いや、只引き留めるだけでそんなに強く握った訳じゃ……と、彼方は戸惑いながら、遥の左腕を握っている手を緩める。
何で泣いてるのお姉ちゃん? 私何かした? ほ、ホントにどうしちゃったの、お姉ちゃん? 何が何だか訳が分からず、彼方の方が泣きたい気分だ。
と、遥がボソッと、何か囁いた。彼方は両耳に神経を集中させて、聞き直す。

「……何? お姉ちゃん」
「彼方……」

遥は深く顔を俯かせたままで、彼方の顔を見ようとしない……いや、見れないのかもしれない。
か細く、少しでも周囲に耳を傾けると聞こえなくなりそうな位ぼそっとした声で、遥は言う。

「私……おかしくなっちゃったのかな。何かね……分かんないんだ」
「分かんないって何が……?」

惑いながらも、ようやく姉が何を考えているのか分かる事にホッとしながら、彼方は遥にそう、聞き返した。
本当に小さな声で聞き逃しそうになりながらも、彼方はしっかりと遥の声を、聞く。

「……さっきね」
「うん」
「一瞬……私にとって今、凄く会いたかった人がいたんだ。いっぱい伝えたい事とか、話したい事がある人が。
 だけど……その人はもう、居ないって。ここに居る筈が無いって分かってるのに、私……」

話がぼんやりと、物凄くぼんやりとしているが、彼方は何となく理解する。要するにさっき、姉に取って凄く会いたかった人が、多分通りかかった様だ。
その人は、姉にとって涙を流したくなる位に会いたかった人らしい。ここまで姉を泣かす程の人って、一体どんな人なのかと彼方は疑問に思う。
同時に、ちょっと羨ましいなとも思う。姉に涙を流させる位好かれているなんて……もし、男の人とかだったらどうしよう、と妙な乙女心が顔を出す。

……ちょっと待って。お姉ちゃん、今その人、いないっていった? いる筈が無いって言ったよね。

彼方は数十秒くらい立ってから、その言葉に気付く。何気にショッキングな事を聞いた気がする。
一体どういう意味でのいない、なのだろうか。地元にはいないのか、もしくはずっと昔に別れたっきりなのか、それか不謹慎ではあるが、この世から……なのか。
どんな意味にせよ、彼方は妹として少しばかりショックを覚える。姉がこれほどまでに、大切に思っている人がいたとは思いもしなかったからだ。
だからか。だからさっき、あんな何かを振り払おうと、忘れようとするような奇行をしていたのかと、彼方はそれとなく納得する。

だけど、それほどの人を見かけたのにそれが気のせいだとか、幻だなんて、こんな残酷な話があるだろうか。
彼方は思う。もしも私が姉の立場だったら、同じ様に取り乱すかもしれない。取り乱して……取り乱して、何をする?

遥は泣いていた両目を掌で擦り、平常心を保とうとしている。掌を離し、彼方に向き合って、謝る。

「ごめん、彼方。折角の買い物だったのに……私のせいで変な気持ちにさせちゃって。
 疲れてるんだ、多分。変なモノ見ちゃう位。さっきから迷惑……掛けっ放しだね、私。彼方にも……お父さんとお母さんにも」

遥は姉として、これ以上彼方を心配させない様にだろう。笑みを浮かべて安心させようとしている。
しかしその顔は、彼方から見ても、いや、誰から見ても泣いている様にしか見えない。目尻が下がっていて、無理矢理にでも笑っている様にしか。

――――――――彼方の中で、何かが切り換わる。妹として、今姉に何をするべきかが、自然に浮かんでくる。
ここで良いよ別に。気にしないで。と、受け流して解決させても、疲れてるんだよ、きっと。早く帰ろうよ、と、励ましつつ有耶無耶にしても良い。どっちも悪くない。
だけどもし、もし限りなく低い可能性だとしても、姉が見たその大切な人が、幻じゃなかったら……。
彼方は思う。一番低い可能性ではあるが、もしもその可能性が当たっていた場合、私はお姉ちゃんに一生、後悔させてしまう事になる、と。

もしも私がお姉ちゃんの立場に立ったとしたら、何をしたい? 何をしようと思う?

自問自答した後、彼方は遥にその答えを話す。もし私が、お姉ちゃんと同じ立場に立ったとしたら――――――――。

「……追いかけて、みれば?」

彼方が発した、予想だにしないその言葉に、遥の瞳孔が広がる。どうやら、彼方がそんな事を言うとは思わず驚いている様だ。
彼方は姉の表情の変化に、手応えを感じつつ笑顔で、次の言葉を紡ぐ。

「お姉ちゃんが見かけたその人、もしかしたら本当にいるかもしれないよ。試しに追いかけてみたら良いんじゃないかな?
 私はここで待ってるよ。だから行ってきなよ、お姉ちゃん。その人がどっか行っちゃう前に」

和やかな笑顔を振りまいて、彼方は遥にそう、言った。
遥はてっきり、疲れてるんだよと諭されると思っていた。実際自分でも疲れていると思うから、彼方がそう言うならと、きっぱり諦めようとしていたのに。

彼方は背中を押してくれた。幻かどうかわからないし、追いかけてみなよ、と。
だけど、そんな事をして本当にいいのだろうか。折角学校を休んでまで付き添ってくれている妹を置いてけぼりにして。
それに、一条遥が本物であるという可能性は殆ど無い。精神的な疲労からの幻覚だという可能性の方が常識的に考えてずっと、大きい。
遥は再び深く俯いた。俯いて、遠慮がちな口振りで、呟く。

「けど……悪いよ、そんな。彼方を待たせるなんて」

すると、彼方は迷っている遥の両肩を両肩でパシッと掴む。そしてぐるりと前方へと方向展開させると、明るい音色で言った。

「私に遠慮しないでよ、お姉ちゃん。それに、自分に嘘吐いてもしょうがないじゃん」

―――――――彼方の言葉に、遥は目覚める。閉じかけていた瞳が開いて、心の灯火に火が付く。

彼方に触発されて、またも遥の中の記憶が過去へと遡る。そして思い出す。弓を託してくれた、あの赤毛の男の台詞が。
あの男の台詞で、遥は気付かされた。自分の心に嘘を吐いている事を。嘘を吐く事で一条遥にも、そして自分自身にさえも背こうとした事を。
また、あの時みたいな事をしそうとしていた。後悔すると分かっていながらも、勝手に可能性を捨てて、諦めて、自分に背こうこ、誤魔化そうとしていた。

あの時、もう二度と、自分に嘘を吐く事はしないと誓った筈なのに。彼方の言葉で忘れる所だった。その、誓いを。

「……彼方」
「何?」

遥は彼方へと身体を振り向かせる。振り向かせて真正面から彼方を見据える。その声も、そして目にも、一切迷いは無い。

「私、追いかけてみる。その……その、大切な人」
「うん。待ってる」

彼方は頷いた。遥は母から預かっている金銭を彼方に渡すと、直ぐに戻ってくるからと言い残し、一条らしきその人を追いかける。

もう遅いかもしれない。あるいは本当に幻かもしれない。しかし、それでも遥は自分に正直になって、追いかけてみようと思う。
立ち止まらない。一度点いた胸の飾り火はもう、消さない。もしも会えたら、必ず伝えよう。あの言葉を。
遥は走り出した。もう一人の自分に、一条遥と再び、出会う為に。


「全く……」

世話の焼ける姉の背中を、呆れ気味に見送りながらも彼方はふと、ポツリと呟いた。

「……私も欲しいなぁ。大切な人」


                            ―――――――××××××―――――――

見渡す限りの、砂漠。目に入るのは砂、砂、砂。広大と言えば広大だが、奇妙な事にその広大さが逆に寒々とした物を感じる。
草木も無ければ勿論、オアシスと呼ばれる泉すらも無い。そこに広がっているのは、黄土色の砂だけだ。
空を見上げると、太陽を拒む様に、灰色の雲が隙間無く覆っている。今すぐにでも崩れてしまいそうな、砂上の中で一人、青年は立っている。

青年、安田俊明はそんな砂漠の真ん中で何故か一人、呆然と立ち尽くしていた。
何時頃からこんな場所に居るのか、そもそもここは何処なのかすらさえ、俊明には分からない。気付いたらこの場所で、こうして立っていた。
砂漠だというのに暑さも、ましてや寒さも……いや、気温は全く感じない。両足を着いて立っているのにも拘らず、立っている気がしない。まるで幽霊になった気分だ。
俊明は薄気味悪さに、この場から逃げ出したくなる衝動に駆られる。しかし出口はおろか、何処かさえもわからないというのに如何すれば良いのか……。

その時だった。別の人間の存在を察知した俊明は、そちらの方へと振り向いた。何者かが、立っている。

『久方振りだな。安田俊明』

その何者かは俊明へと話しかけてきた。声から判断して男の人の様だ。それでいて、低くノイズがかった、聞き取りにくい声。
何者か、否、その男の恰好は俊明から見て非常に奇妙に見える。あらゆる意味で、この砂漠という環境にそぐわないというか。

男の外見で目に付くのは、まず着用しているスーツだ。
体型がはっきりと浮かび上がる、ライダースーツ、の様なスーツ? しかしライダースーツの様に、シンプル極まるデザインではない。
何と表現すれば良いのか……施されている装飾や、やけにヒロイックなデザイン。言うなれば、特撮物で出てくるようなヒーローが、着用しているスーツ……と言うのが一番イメージに近いか。
それでいて、男は頭部にスーツと同じく、派手ではないものの異様にヒロイックなデザインが目を引くフルフェイス型のマスクを被っている。全身を一瞥し、俊明は正直、思う。

何なんだ、コイツ……と。新手のコスプレイヤーだろうか。だが記憶を遡ってみても、コスプレを好む様な友人知人はいない。
……記憶? 俊明は記憶、と口にしてみる。急激に頭の中が冴えてきて、同時に稲妻の如く、ある記憶の一片が蘇ってくる。
そうだ、目の前の男はコスプレイヤーでも何でもない。自然に、俊明の口からその男の名が飛び出してくる。

「ハクタカ……」

その男の素性、それは、俊明がパートナーであるシュタムファータァと共にある化け物との戦闘の後……。
力尽きたシュタムファータァを抱き抱えて、ビルから落下し死の淵に立っていた俊明と、シュタムファータァを寸前で助けてくれた男。
ハクタカ。男の名は、ハクタカと言う。だが案の定、コスプレイヤーでないにしろ、一体何者かは不明のままだが。

「どうして、アンタがここに……」
俊明は驚きのあまり、心情をそのまま口にする。
ハクタカは自らが声を掛けてきたというのに、俊明に顔も体も向けない。一体何を眺めているのか、遠く何処かを見ている様だ。
一体ハクタカが何を眺めて、そして何を考えているのかは俊明には分からない。しかし何故だろうか。

今のハクタカの姿には、非常に切なく、淋しい物を感じるのは。と、ハクタカは俊明の方を見ないまま、再び声を掛けてくる。

『思ったより元気そうだな』

どこか無愛想なハクタカの口調に、俊明は引っ掛かる物を感じながらも明るく答える。

「あぁ、元気だ。何が何だかよく分からないけどな。後、シュタムファータァも元気だぞ」
『そうか。なら良かった』

やはり無愛想。無愛想というよりも、感情を感じれない、まるでロボットの様に無機質なハクタカの口調に、どうにも俊明は何か引っかかる。
一応答えてはくれるものの、ハクタカは何処かを眺めているままで、一切俊明に顔を向けようとはしない。

その事に、俊明は正直不満を覚える。不満を覚えるし、疑問も浮かんでくる。
別に感動の対面がしたい訳じゃないし、こんな所に長居するつもりも無い。だからこそ、ハクタカと対面した時は安心した。もしかしたらここが何処か分かるんじゃないかと思った。
だが、ハクタカは俊明の言葉に淡々と対応するだけで自ら話しかけてこようとはしない。その事が俊明には不満に思う。

しかしそんな思いを、そのまま吐露するのは情けない。
代わりに俊明は若干皮肉めいた事を言って、ハクタカの反応を見る事にする。

「随分と愛想悪いな。元々愛想もクソも無いが……。何か雰囲気悪いぜ、今のアンタ。
 もっとあの時みたいに気取った事言わないのかよ。俺には過去が無い~みたいな」

俊明の言葉に、ハクタカはほんの僅かに、顔を向ける。ようやく反応が見えたと俊明が思った矢先。

『この砂漠は、俺の過去だ』

ハクタカが発したその言葉に、俊明の顔付きが変わる。あくまで茶化したつもりだったのだが、まさかそんな言葉が出てくるとは思わなかった

俊明の内面で、目の前の砂漠に対する視点が移り変わってゆく。さっきまでは、無味乾燥で面白みのない、本当にただの砂漠、以上の印象は無かったのに。
この広すぎて、空っぽである砂漠が、ハクタカの過去なのかと。過去というよりも、実際は心象風景なのかもしれない。
砂以外に何も見えない。砂以外に何も無い。草花も水も、何も無い。そして何より、見渡す先には何にも無い、こんなにも淋しい景色が。
ハクタカは淡々とした、起伏の無い声で俊明に語る。自らの、心象を。

『この砂漠が俺の全てだ。後ろを振り返っても前を見ても、何処を見ようが何も存在しない。この先を進んでも、何もありはしない。
 人々の活気に満ちた街も、安らぎに溢れたオアシスも無い。分かるだろ。本当に、何も無いんだ』

俊明はハクタカの声を聞きながら、息を飲んだ。
歩いても歩いても、何処にも辿り付く事の無い砂漠が、ハクタカを表しているのかと。
休息も無ければ恐らく、仲間? 仲間と触れあえる瞬間も無い。最終的に目的地となる場所も無い。ハクタカ自身が言う通り、何も無い。
何の為に歩いているのか、俊明ならきっと分からなくなる。分からなくなった末に、行き倒れてそのまま……。

……同情、出来ない。俊明の中で、とある感情が渦巻く。渦巻きだすと共に、俊明は両手を握り拳にして力を込める。

俊明は思う。こんな人生、こんな生き方、俺は……嫌だ。

「……良いのかよ」

俊明は聞く。例え此方を向いてくれなくても関係無い。それでも俊明にはハクタカに聞きたい事がある。

「そんな何も無い人生でアンタは……アンタは本当にいいのかよ」
『俺自身がこうなるのを望んだ訳じゃない』

さっきよりも一層、ハクタカの声は無機質になる。本当にロボットかと思う位、冷たい、声。

『だが、結果はこうだ。こうなってしまった。俺は最初拒んだ。拒んだが、既に何もかもが遅かった。
 もう遅い。取り返す事の出来ないモノが、余りにも多すぎた』 
「……だけどさ、だけど」

言葉が、出てこない。勇んでみたものの、ハクタカの独白に対して、俊明はそれに対する反論が浮かんでこない。
反論できぬ悔しさからか、あるいはハクタカに対する悲しみからか、握る拳にグッと、力が入る。

ハクタカの過去に何があったのか、一体どんな悲痛な出来事に襲われたのか、俊明は何一つ知らない。
知らないものの、それでも眼下に広がる虚無的な砂漠を見、俊明は思う。
例えどれだけ荒んだ人生を送って来た人間でも、何かしらのオアシスだったリ、帰る場所だったリ、目的地だったリ……そういうのがある筈だ。必ず、ある筈だと。

「……アンタには」

一度、その言葉を言おうとして淀む。こんな事を聞いても良いのかと、良心が問いている。
それほどの質問を、俊明はハクタカにしようとしている。何と返されるのかが分からず、怖さを感じる。
怖さを感じてはいるが、その恐怖を制するほどに、俊明にはハクタカに言いたい事があった。

迷う心を振り切り、思い切って口火を切る。どんな答えをハクタカが返してきたとしても、それを受け入れる覚悟で。

「アンタには、護りたい物だとか、護りたい人とか……そういうのは無いのかよ! 
 俺にはある。護りたい人も、護りたい物も、護りたいセカイも。ホントはあるんだろ、アンタにも」

ハクタカは黙して、俊明の言葉に耳を傾けている。
只単に、答える事が出来ないのだろうか。それとも、安田の言葉を静かに聞き入れているのか。マスクの中の素顔を伺う事は出来ない。
俊明は臆せず、続けて伝えたい言葉を言い放つ。荒っぽい口調であるし、ハクタカの心を不躾に傷つけている可能性もある。
それでも、それでも俊明は伝えたい。伝えたい事が、ある。

「もしもそういうのが無いのなら、今からでも良い。作っていこうぜ。何だっていい。綺麗な景色を護っていきたいとか、この人を影から護りたいとかさ。
 どんな小さい事でも良いから、護るべき物を作ろうぜ。なんだって良いんだよ、何だって。
 こんな……こんな花も水も無い、砂漠みたいな人生を俺はアンタに送って欲しくないんだよ。送ってほしく……無いんだ」

ハクタカは最後まで、俊明の伝えたい言葉を聞き続けた。しかし、反応は無い。顔も体も何処かを向いたままだ。
言いたい事は全て言い切った。だが、それがハクタカの心に届いているかは別問題だ。俊明は肩を落とす。
やっぱり……やっぱり、響かなかったのかもしれない。それもそうか。こんな若造の戯言、聞き入れる価値も無いのかもしれない。

俊明がどう言おうが、どう思おうが。
この砂漠、否、この砂漠の様な人生は誰でも無い、ハクタカ自身の物だ。他人が如何こう言える訳でも、如何こうできる訳も無い。
熱が冷めていくと、俊明はどうしようもなく、その場に立ち尽くす。―――――――その時。

『響いたぞ』

今まで黙っていたハクタカが、一言そう、発した。俊明は下げていた頭を上げて、ハクタカへと目を向ける。

俊明の言葉は確かに、ハクタカの心に響いていた、届いていた。その事に驚いているのは俊明本人だ。
今まで正面から、俊明に向き合おうとしなかったハクタカが、ゆっくりと体を、俊明のいる方へと振り向かせる。

ふと、俊明は気付く。ハクタカの広げている掌に、小さな花の種がある事に。
その種は小さく、風が吹けば飛んでいきそうだが、蒼く静謐な光を力強く、輝かしている。
ハクタカは俊明にその種を魅せながら、語る。語っている声には、さっきまでの無感情さも無ければ、冷たさも感じない。

『君の言葉、確かに響いた。心に響いたぞ。一字一句な。
 俺は君に問いたかったんだ。この景色を見てどう思うか、そして俺に、どんな事を言ってくれるのかと』
「……俺のこと、試してたのか?」

呆気に取られた様子でそう聞く俊明に、ハクタカは軽く頷き、答える。

『正直に言えばそういう事になる。いや、試すという程でも無い。只、君がどんな事を思うかを知りたかっただけだ。
 安心したよ、色々な意味で。やはり君は、見込んだ通りの男だった』

流れが読めないものの、ハクタカに褒められて俊明は、微妙に気恥ずかしい思いを抱く。
どうにも感情的になりすぎて、素面ではとても言えない、小恥ずかしく臭い台詞を言ってしまった。それも熱を揮って。
数秒前の自分の口を塞いでやりたい。お前それは、ハクタカに嵌められているぞと忠告してやりたい。

さっきまでハクタカの事を軽く毒づいていたのに、自分はそれ以上に臭く恥ずかしい台詞を言ってしまった。
沸き上がる恥ずかしさに若干顔を赤くしながらも、俊明はハクタカに聞く。その質問はどうしても、俊明にとって訊きたかった質問である。

「……騙してた詫びに一つ、質問に答えて貰いたいんだが」
『構わんよ。何を聞きたい』
「この砂漠自体は……アンタの過去で間違いないのか」

その質問に、ハクタカはマスク越しに俊明を見据えつつ、言った。

『あぁ、間違い無い。この砂漠は俺自身の過去、いや、辿ってきた末の現状を極端に表現している。あくまで疑似空間だ。
 俺には帰れる過去は無い。それに、安らげる場所も、最終的に何処に向かえば良いかすら分かっていない。
 歩けど、歩けど、何処に辿り付けるのか、俺自身も分からん。正にこの砂漠は俺自身だ』
「それじゃあアンタ、やっぱり……」

不安げな表情を浮かべる俊明に対して、ハクタカは種を乗せた掌を広げて見せる。
種自体は小さく豆粒の様だが、その中に宿っている光は強靭さを感じさせており、どんな事があろうと消えそうに無い。

『だが、何も無い訳じゃない。君は聞いたな。アンタには護りたいモノは無いのかと。俺にとって守りたいモノがこれだ。
 この、種だ。未来という大きな華を咲かしてくれる、希望という名の、な」

ハクタカは空を見上げる。灰色に塗り潰されていた空は、気持ちの良い青色へと鮮やかに変わっていた。

『全ての事に決着を付けたら、私はこの種をここに植えようと思う。
 そして少しづつ、育てていくつもりだ。何れ、立派な華を咲かせるよ。この命が続く限り』
「咲くさ、きっと」

俊明は屈託の無い、爽やかで弾けんばかりの笑顔を浮かべてそう、言った。ここに来て初めて、俊明は心の底から、笑う。

「俺も俺なりに、未来って華を咲かしてみせる。アンタの咲かせる華に負けない位、大きくて綺麗な花をな」
『なら、枯らすなよ』

今度は逆にハクタカの方から俊明へと伝えたい事を伝える。別れる間際に、伝えねばならない、事を。

『君のセカイには、護らねばならない花々が咲き誇っている。何があろうと、どんな事が起ころうと、その花々を枯らしたり摘まれたりするなよ。
 護り抜くんだ。それらを護り抜く事が、君の義務であり、使命だ。このセカイに……いや、俺の様になるな。
 無くしてはならないモノを無くして、セカイを砂漠にするんじゃないぞ』

ハクタカの言葉に、俊明は頷く。深く頷き、誓う。男の、誓いを。

「分かってるよ、ハクタカ。大切な人も、大切なセカイも……俺は、護ってみせる。何があろうと、絶対に。
 だからアンタも、そう簡単に諦めたり……死んだりするな。互いに未来って華を咲かせる為に」

その時、俊明は何故だか、ハクタカが微笑んでいる様に見えた。マスクに覆われて、全く顔は見えない筈なのに。
気のせいかもしれない。気のせいかもしれないが、笑っていて欲しいなと、俊明は思う。

『約束だ』

ハクタカはそう言って、安田に拳を突き出した。

「男の、な」

笑って、安田はその拳に自らの拳を当てた。


次の瞬間、セカイが白い光に包まれて――――――――。





                            ―――――――××××××―――――――

彼方に背中を押され、遥はスーパーを飛び出すと立ち止まり、一条の姿を探す。
周囲を歩いている人々の波の中で、一条の外的特徴の中でも印象的な、黒いローブを探す。とにかく目を凝らして、探し続ける。
もしもあの光景が幻でなかったのなら、もしもあの存在がまやかしでないのなら。この両目が捉える筈だ。一条遥の姿を。

遥の両目は映しだした。舗道を行き交っている人々の中で、背を向けて歩いている、黒いローブを。
何も考えずに本能のまま、遥は走り出す。自らの両足を大きく振り上げて、疾走する。ネガティブな発想も小難しい理屈も今は出てこない。
とにかくもう一度、一条さんと再会したい。再会して、伝えたい。ありがとうと、ちゃんとしたさようならを。

しかし遥が懸命に走っていく程、一条の姿は遠く、小さくなっていく。全力疾走している筈なのに、走れば走るほどに一条との距離が離れていく。
それでも必死になって、追いかける。時折転びそうになりながらも、人に幾度かぶつかって謝りながらも、絶対に見逃さないに、その背中を追い掛けていく。
遥の目には、一条の背中だけが見えている。気が付けば、周囲の風景が見覚えの無い風景に変わっているが構わない。

次第に、一条の周囲で歩いている人々の数がまばらになっていく。ちょっとづつ、距離が近づいている様に感じる。
今まで生きてきた中でこれ程までに走った事があっただろうか。遥の息は非常に荒いでおり、足腰が疲労によって崩れそうになる。
その度に、一条の背中を見ると消えそうになる灯火に火が灯る。諦めない。再会出来るまで諦めないという、灯火が。

地元に精通している遥だが、今、周りの風景が何処で、自分がどこまで走っているのかが分からない。
だがそんな事はもう、関係無い。只、純粋に願うは一条との再会。それだけが出来ればもう、何も、いらない。
例えこの身が朽ちてしまっても構わない。一条さん、貴方に会えるのなら。

やがてそこには、遥の知識の範囲外であるその場所には、今だに歩いている一条と、走る事を止めない遥しかいなくなる。
どうにか、足がガタガタになるまで走り抜いた甲斐があった。後数メートル位まで、距離を縮める事が出来た。
その時、遥はそれ以上先に進めなくなる。何故だか、片膝が地面に付いていた。体力が底を尽きたのか、まさか限界に達してしまったのか。

後もう少しなのに。後もう少しなのに届かない。遥はぼやけている視界に一条を捉えながら、呟く。

「……一条、さん」

動いてほしい。後少し、後もう少し歩ければ、会える。会って、話す事が出来る。だから……動いてほしい。

「……一条さん」

思わず、感情が込み上げてきて遥は嗚咽を漏らす。溜まっている涙で目が潤み、ぼやけて、前が見えない。
必死に目を擦って、涙を拭おうとするが無駄だ。どうしても、決壊したダムの様に涙が流れては留まらない。
不格好で情けないと思っていても、遥は涙を抑える事が出来ない。遥は叫ぶ。腹の底から、もう一度会いたいその人の名を、叫ぶ。

「一条さん!」


遥の叫びを、つかつかと歩き続けて、一条――――――――らしき少女は遥を振り払おうとする。
すると握っている黒い杖が、人の言葉を発した。杖は少女へと話しかけている様だ。

<マスター……待ってあげてはどうです。神守さん、このままでは>
「駄目……」

感情を押し殺す様な声で、少女は杖へと返答する。

「このまま行かなきゃ……」

杖にそう言われながらも、少女は歩む事を止めない。遥の叫びだけでなく、遥自身を振り払おうとしている様に見える。
しかし、振り払おうとしているにも拘らず、少女の肩は、震えていた。泣くのを堪えているのだろうか。
……フードから見える目から、光る物が伝っては、地面に落ちる。どうやら、堪え切れず泣いている様だ。

「このまま行った方が……神守さんの、為だから」

遥が思いを振り払う事に対して拒否し、一条との再会を選んだのと対照的に、少女は秘めている思い事、遥を振り払わんとしている。
だが、感情を無理に押し込んでまでも歩いている事や、涙を流している事、そう語る口調が震えている事から、遥の事を思うが故の行動の様だ。
このまま別れた方が、遥にとっては幸せになると――――――――そう考えているが故に、様々な痛みを抱えながらも、非情な選択を選んでいる。

その時だった。
地面を叩く様な音がして、次の瞬間、べシャリと鈍痛音が響く。
その音に気付き、少女はハッとして振り返る。頭に被っているローブが、振り返った拍子に後ろに下がる。

露わになったその顔立ちは、実年齢よりも随分幼く見える。可愛らしくくりっとしているがその実、折れる事の無い、強き信念が籠っている瞳。
器用に編まれている、チャームポイントと言える三つ編み。少女らしい無邪気さと、戦士としての剛健さを兼ねた雰囲気。
その少女、紛れも無く、一条遥、本人である。一条は地面に突っ伏し、うつ伏せに倒れている遥の元へと急いで駆け付ける。

「神守さん!」

駆け付け、遥の傍らにしゃがむと、杖、否、パートナーであるリヒターに伝える。

「ごめん、リヒター……」
<私の事は良いです。それよりも、神守さんを>
「うん……」

リヒターを地に置き、一条は倒れている遥を優しく抱き抱えて、起き上がらせる。そして呼び掛ける。

「神守さん……大丈夫?」

「一条……さん?」

遥は、見れない。ぼんやりとしている意識の中、目の前に居る一条の顔が、涙で滲んでみる事が出来ない。
両親と彼方に病院で対面してても、トラックから少年を護って、失っていた全てが戻った時でも、どうにか抑えてきたモノが、一条に再会した途端、どうしようもなく溢れてくる。
頭の中が真っ白になって、苦しくて、切なくて、けれど、嬉しくて。遥は激しく咳込んで、乱れに乱れている心を落ち付かせようとする。
それに、姉がこんな弱虫では、彼方に合わせる顔が無い。そう自分自身を叱咤しても、一度決壊したモノは、簡単に元には戻せない。

「見ない……で」

両手で両目を覆って、遥は一条に泣き顔を見せない様にする。
見せたくない。こんな情けなくて、ぐちゃぐちゃになった顔、見せたくない。しかし遥がそう思っていても、涙が止まる気配は無い。止まっては、くれない。
立ち上がらなくちゃ……。立ち上がって、言わなきゃ。そう思うものの、遥の両足は立ち上がれない。今やっと、一条の顔をちゃんと見れる位で。
感情が理性を上回っている。今の遥には、一条と再会できた、その嬉しさのあまりに、身体の感覚が麻痺している。

「神守さん……」

「会いたかっ、た……」

子供の様に幼く、遥は泣きじゃくる。泣きじゃくりながら一条に吐露する。

「私……一条さんに、凄く、すっごく会いたかった。会いたかったん……だよ」

目から止めどなく、涙を溢れさせて、遥は一条に抱き付いた。声にならない声で、とにかく、泣く。
もう二度と、会えないと思っていた。会えなくなってしまった、と。だけど、今はこうして二人一緒に居れる。一条さんに触れる事が出来る。その事が、何よりも嬉しい。
泣きじゃくる遥を、一条は小さな体に出来る限りの力で抱き締める。抱きしめて、包み込んであげる。

と、一条は遥の目を見つめながら、言った。

「ごめんね、神守さん」

謝る一条に、やっと涙が収まってきて、冷静になってきた遥は疑問符を浮かべる。

「どうして謝るの? 一条さんが謝る事なんて別に何も……」

遥がそう言うと、一条は首を横に振って、謝った理由を話し出す。

「私、神守さんに謝らなきゃいけない事、沢山あるんだよ。神守さんの日常を壊しちゃった事。神守さんを予期せず、戦いに巻き込んじゃった事。
 神守さんを泣かせちゃった事。そいて何より……神守さんに何も言わずにこの世界から旅立とうとしてた事。そっちの方が、良いよねって、勝手に思い込んで」

遥は口を挟まず、一条の話にじっと、耳を傾ける。一条は次の言葉を紡ぐ。

「だけど正直……正直、この世界から出発する前に、神守さんに何か伝えたいなと思って、スネイルさんに相談したの。
 そしたらスネイルさんは私の好きにすれば良いって言ってくれたから……私、神守さんと会おうと思った。ちゃんとさよならって言おうかなって。だけど」

一条はそこで一端言葉を区切ると、俯いた。遥は気付く。一条の目に、涙が溜まっている事に。
遥にとってそれは一種の驚きだった。一条が泣く所なんて、今まで見た事が無かったから。
涙はおろか、気弱に陥る事すら無く、気丈に戦ってきた一条が泣き顔を見せるのは初めてだった。

震え混じりの涙声で、一条は告白する。心情を、遥に包み隠さず、話す。

「だけど……神守さんが、彼……妹さんと仲良くしているのを見て、考え直したんだ。やっぱり会わない方が良いなって。
 もう……もう、神守さんは、戻るべき日常に戻ってるから……神守さんが普通の生活に帰る為にも、関わっちゃいけないなって。
 折角……元居たセカイに戻れたんだからって……ごめん、本当に、ごめん」

そこまで言いきって、とうとう一条は目に溜めていた涙を流し、泣いた。何度も、何度も遥に謝りながら、泣いた。

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい、神守さん」
「そんな事……」

そんな事無いと、遥は言おうとするが、声が出てこない。何か言おうとすると泣いてしまうから、泣いて……。
堪える事が出来ず、一条に誘発される様に、遥は再び泣き出す。遥と、一条の泣き声が空に響く。
すると空からポツリ、ポツリと水滴が落ちてきて、二人の遥を濡らす。少し経つと、小雨が降り注いできた。

小雨は洗い流す。二人の遥の涙も、嘘も、悲しみも、苦しみも、全てを。

雨で涙を洗い流し、一条は俯いた顔をゆっくりと上げる。上げて再度、遥を見つめて、謝る。

「謝ってばかりでごめん、神守さん。私……神守さんを傷つけてばっかりだね」
「そんな事無いよ」

さっきまで言えなかったが、今はちゃんと言える。遥は一条の言葉をやんわり、否定する。

「そんな事無いって、一条さん。一条さんと出会えたお陰で、私は自分に自信を持てた。自分の力を、心から信じる事が出来た。
 そういう事が出来たのは、一条さんに勇気づけられたからだよ。一条さんがいなかったら私は……私はきっと、弱いままの私だった」

遥はそう言って、一条の手を借りる事無く自力で立ち上がる。立ち上がって、一条へと手を差し伸ばした。
微笑んで手を差し伸ばす遥に、一条は最初キョトンとする。が、すぐに何かに気付き、リヒターを掴むと共に、その手を掴む。
遥に引っ張られて、一条は立ち上がった。正面から、遥と一条は向き合う。見据え合う。

照れ臭い。こうして正面から向き合うのは何処か照れ臭いが、それでも、良い。

遥は決心する。今、伝えるべき事を一条に伝えようと。その為にこうして、再会を望んだのだから。

「一条さん……私、貴方に伝えたい事があるの。とっても、伝えたい事」

遥のその言葉に、一条はこくんと頷いて聞き入れる。一条の目を見据えたまま、遥はその伝えたい事を、話す。

「私……この記憶だけ、一条さんと過ごしてきた記憶だけが欲しい。
 感覚共有は……今は、いらない。使う事が出来なくなる様にしたい」

あまりにも遥の発言が予想外だったのか、一条の表情ははっきりと、驚きの色を浮かべている。浮かべつつ、戸惑う様な口調で聞く。

「そんな……持ってて良いんだよ、神守さん。神守さんなら悪い事とか絶対しないだろうし……それに、神守さんはそれが認められる位凄い事したんだって」

一条はそう言って引き留めようとするが、遥の中では既に、トラックから少年を救いだした時点で、そういう考えが固まっていた様だ。
目を閉じて、遥は頭の中を整理する。この次は本心。本当に伝えておきたい事。
一条の心に届く様に、遥は目を開けてゆっくりと、自分自身に言い聞かせる様に、語る。

「今の私に感覚共有は……この能力はあまりに大きくて、手に余るから。それに悪い事というか、この力を私用に使ったら、それはズルって事だと思う。
 ズルして勝利とか、功績とか得ても、それは私自身の力じゃない。私は、私自身の力でちゃんと物事に向き合いたい。自分の力で、勝ち取りたい。
 だから一条さん、出来るなら、必要な時が来るまで感覚共有は使えない様にしたいんだ。出来ればその……記憶を消してた、スネイルって人に伝えてほしい」

遥の言葉に、一条は何か思う事があるのだろうか。捻って考えこんでいる。それに、表情には迷いが生じている様にも見える。
数十程、一条は考えた後、考えが纏まったのだろう。遥に向き合い、返答する。

「……分かった。スネイルさんに掛け合ってみるね。だけど……感覚共有だけを消すのは難しいかもしれない。
 感覚共有を封じる事と記憶を無くす事はセットで、感覚共有だけを封じるって事は今まで無かったから。だから……もしかしたら私と会った記憶が消えちゃうかも」
「それでも」

遥は堂々と、自分の考えを話す。その口調には、何ら迷いは無い。迷いも無いし、弱気な様子も、惑う様子も無い、

「それならそれで受け入れるよ。元々、無茶な相談をしてると思うし、もし記憶が消えても自業自得だから」
「本当に……良いの?」

遥は大きく頷き、言う。

「うん、構わない」

凛として強く、それでいて良く通る声で、遥は言葉を紡ぎだす。何時の間にか、両足の疲れが無くなっている。

「私の思いは変わらないよ、一条さん。寂しい思いもあるし、また一条さんと別れる事になるのが悲しくないと言えば嘘になる。
 だけど、私の思いは変わらないから。感覚共有を封じるって思いは。だから、お願い」 

今語った内容は全て、偽る事の無い、遥の本心、そのままの気持ちだ。
一条にはまた寂しい思いをさせてしまう事に、罪悪感を感じるし、色々と引きずりたい思いもある。だけど、ここでそういうの物を、バッサリと断ち切らなきゃいけないと遥は思う。
自分自身の為にも、そして、一条さんの為にも、と。

感覚共有は確かに便利だ。力を借りる事で幾らでも身体能力を伸ばせるし、魔法の様な事も出来る。
だが、遥は思う。封じなければ、何処かでこの力にに頼ってしまう、弱い自分が出てくる。感覚共有を私的に使おうと考えてしまう、弱い自分がきっと。
だから封じる。持っていくのは、もう一人の自分と過ごしてきた、甘くも苦い記憶、だけだ。

「……それが神守さんの希望なら、私も受け入れるよ。スネイルさんへの交渉、頑張ってみる」
「ありがとう……一条さん」

二人は一歩ずつ離れる。すると一条が、三つ編みを編んでいるヘアゴムを解いた。髪型が三つ編みから、サラッとした、華麗な長髪に変わる。
一条はヘアゴムを握った掌を開くと、遥へと向けた。遥は掌の上のヘアゴムを受け取る。このヘアゴムは無くさない。絶対に、無くさない。

「これで……さよならだね」

泣き出しそうになるのを堪え、一条はそう言った。

「さよならじゃないよ」

遥もまた、泣きそうになる自分を堪え、一条に言った。

「またね、だよ。一条さん。必ずまた、ここで会おうよ」

遥がそう言うと、一条は何時かの、太陽の様に眩い笑顔を浮かべて、答える。

「うん。必ず、また」



「また会える日まで、元気でね、神守さん」
「一条さんも、身体に気を付けて。また、ここで」



「バイバイ」
「またね」


「「もう一人の、私」」




                            ―――――――××××××―――――――

頬に目覚めを促す様に冷たい何かが落ちてくる。ポツリ、ポツリと。

何だろうか……これは。俊明は少しづつ、閉じている目を開いていく。空から中途半端に広がっている鼠色の雲が小雨を降らしている。
そんな雲の隙間から日光が差しており、俊明を照らしている。小雨の勢いはそれほど強くも無く、数分も経てば晴れてきそうだ。
次に気付いたのは、紫蘇が両目を潤ませて見下ろしている事だ。何時の間にか気絶……? していたのだろうか。
俊明はのっそりと、重い体を起き上がらせる。起き上がった俊明に、紫蘇が安堵の表情を浮かべて声を掛ける。

「ヤスっちさん!」

紫蘇が思わず泣きそうになっているので、大丈夫だ、何でもないと言いながら頭を撫でる。起きて早々、紫蘇に泣かれちゃたまらない。

それにしても、如何して俺は眠りに落ちていたのだろうと俊明は考える。確かスネイルが指を鳴らした瞬間、頭の中に膨大な情報が流れ込んできた事は覚えている。
……いや、情報ではない。あれは、記憶だ。寝ぼけていた頭は覚醒し、勝手にフル回転する。フル回転した結果、俊明は状況を把握する。

スネイルが指を鳴らした瞬間に、失っていた記憶が戻ってきたのだ。ポッカリと大きな穴の様に失っていた記憶が。
あの黄金色の怪物との戦いの記憶、知人に非常によく似た少女と、その少女のパートナーであるロボットとの共闘の記憶、そして力尽き、ビルから転落した記憶。全てを。
あの戦いの中で、安田も紫蘇も凄まじく傷つき本気で死にかけた。思い返してみて、俊明はゾッとする。良くこうして生きていられたな、と。

それにしても、さっきまで見ていた夢は一体何だったのだろうか。
自分と紫蘇を助けてくれた男、ハクタカとの再会。しかし何故、ハクタカとあんな形で再会したのかはまるで分からない。
夢だと断言するには物凄く現実感に満ちている、というのか。まるで現実で会っていた様に感じる。あれは本当に……何だったのか。

「おっはー、安田君」

馴れ馴れしく軽々しい口調で、俊明に声を掛けてくる女性の声。
その声がする方向に顔を向けると、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべたスネイルが、白衣のポケットに両手を突っ込んで立っている。
数秒程、俊明は頭の中を整理し直す。ようやく、話に筋が通ってきた。

まず第一に分かっている事として、怪物との戦闘で記憶を失っていたのは、目の前に立っているこの女、スネイルの仕業だ。
どんな方法でやったのかは知らないが、安田と紫蘇、それにショッピングモールで怪物で襲われ、病院に運ばれた人々の記憶が無い理由は間違いない。
スネイルが消したのだと、俊明は断定する。そうとしか考えられない。

ならば理由、理由は……何だろうか。一番考えられる理由としては、あんな怪物に襲われた、という記憶で人々にトラウマという傷痕を残さない様に、だろうか?
あんな非現実極まりない存在に襲われたとなれば、どんな人間でもトラウマになりかねない。その為、敢えて記憶を消していったのかもしれない。
そう考えると、俊明はスネイルに対して批判や不満をぶつける気にはならない。無論、勝手に記憶を改竄された事には納得いかない節があるが。

一先ず、俊明は一息吐くと、まだ泣きそうである紫蘇の頭を撫でながら、聞く。

「ごめんな、シュタムファータァ。心配掛けて。俺は見ての通りピンピンしてるから大丈夫だ」
「ホントに良かったです。ヤスっちさん、突然その場に倒れちゃうから……。それでその、記憶……戻りました?」
「俺は一応戻った。お前は?」
「はい……私も戻りました。その……スネイルさんのお陰で。それで一通りの事情とか聞きました」
「そうか……」

どんな事情があったのかは紫蘇に聞いた方が早い。早いが早いが、俊明はスネイルの口から直接、その事情を聞きたかった。
スネイルへと顔を向け、俊明は質問をぶつける。どうしても聞いておかねば、収まりが付かない。

「スネイル、一つだけ確認させてくれ。
 俺とシュタムファータァ、それに、病院に運ばれた連中の記憶を改竄したのはアンタなんだな?」

俊明の質問にスネイルはニヤけた笑みを崩さぬまま、変わらず馴れ馴れしい口調で答える。

「あったり~。貴方の考えている通り、貴方達の記憶と、病院に居る患者さん達の記憶を消したのは私よ。理由まで話した方が良い?」
「頼む」

「至極単純明快。奴に襲われた人達を、普段の生活に戻りやすくさせる為よ。
 あんな得体の知れない化け物に襲われたら、その記憶を引き摺ったまま日常に戻れる人はそれほどいないからね。女性や子供なら尚更。
 だから記憶を消させて貰ったの。化け物に襲われた、よりかは、良く分からないけど事故に巻き込まれた……。って方がまだマシでしょ?」

「やっぱりな……で、俺とシュタムファータァの記憶を消した理由は? 俺達は毎回、あんな化け物みたいな連中と戦ってるんだが」
「あぁ、貴方達の記憶を消した理由ね……。ぶっちゃけると、特に無いのよ」
「……無いのかよ」

俊明の半ば呆れ気味である突っ込みに、スネイルは空笑いする。

「百戦錬磨な貴方達が、奴と戦った記憶を持っていても、さほど普段の生活に支障は無いしね。
 寧ろ、私自身は戦いに於ける経験値が溜まるから、そのままにしとこうかな? って思ってたんだけど、
 私の同僚であるリヒト君ってのがいてね。その人に安田君と紫蘇ちゃんも普段の日常に戻した方が良いんじゃないか、って提案されたからそれに乗ってあげたの」
「じゃあ俺達の記憶が無かったのは、そのリヒトって奴が気を利かせてくれた訳だ」
「そういう事。感謝するならリヒト君にしてね。まぁ、こうして戻しちゃったら意味無いんだけど……」

そこでスネイルはわざとらしい溜息を吐くと、ポケットから手を出して髪の毛をポリポリと掻きながら投げやりな口振りで言う。

「何と言うか、リヒト君にそう言われたのも一つなんだけど、貴方達を見てると、私の可愛がってる男の子と女の子にダブって見えてね。
 その子達と貴方達は妙な所で似てるから、情が移ったのかも。別に意地悪とかで消した訳じゃない事だけは理解してほしいな」

そう語るスネイルの、何がおかしいのかニヤニヤニヤニヤしている顔付きから、俊明はどうしても、スネイルの事を心から信用できない。

しかし、スネイルがいう事が納得できない訳でもない。もし何も知らないまま、あんな化け物に襲われたとなれば、大の大人であろうと確実に記憶の中で深い傷痕となる。
スネイルが言っていた様に、それが小さい子なら尚更、一生治らないトラウマになるかもしれない。
それだったら、多少居心地の悪さを覚えたとしても、記憶その物を完全に無くした方がまだいい気がする。しかしそれが正しいとは、俊明には断言できない。

俊明はあの時、記憶が無くなった事にとにかく不快感と恐怖を覚えた。
しかしそれは、周囲の人間達も自分と同じ様に記憶を無くしていた、という状況の不可解さから来る不快感からだ。
……もしかしたら、自分の様に状況の不可解さから同じ様な人が出てくる気がするが、正直そこまで、気が回らない。悪いとは思うが。

「その……スネイルさん」

静かに俊明とスネイルの話を聞いていた紫蘇が口を開く。スネイルへと顔を向けて、紫蘇は謝ると共に感謝を述べる。

「敵だとか味方だとか、変な事を聞いてごめんなさい。
 スネイルさんが記憶を消していたのは、私とヤスっちさん、それに……それに、戦いに巻き込まれた人達を、普通の生活に戻す為だって事を知らずに……。
 私……スネイルさんの事、どこか疑ってました。訝しんで……ました。凄く失礼ですよね……本当に、ごめんなさい」
「謝らないで、紫蘇ちゃん。そもそも断りも入れず、勝手に記憶を弄った私が悪いんだし。寧ろ謝るのは私の方よ。
 今更粛々と謝っても遅いけど、記憶を弄ってごめんなさい。紫蘇ちゃん、安田君」

そう、詫びを入れるスネイルに、俊明も紫蘇に続く様に謝る。

「俺も悪かったよ。いきなりアンタに食って掛かったりして。そういう事情があった事も知らずに」

「悪いと思うならパンと珈琲買ってきて。三十秒で」
「俺には粛々としないのかよ! つかパシんな!」
「ごめんごめん、けど君を見てるとどうもイジリ倒したくなっちゃうのよね……何で?」
「俺が聞きたいよ!」

素早く突っ込んでくる俊明に笑いながら、スネイルは思う。やっぱり。
やっぱり、彼と安田俊明は似ている。俊明の姿が、自分の知っている、とある青年に。紫蘇の姿が、自分の知っている、とある少女に。
予期せぬ出会いから、世界の命運を背負わされてしまった青年と、世界を護る為に、戦いという運命に自ら飛び込んだ少女。
その二人の姿が、スネイルには安田と紫蘇に重なってみえる。……いや、きっと安田と紫蘇だけじゃない。
また別の世界でこうしている間にも、そんな少年少女が増えている。予期せぬ戦いに誘われて、振るいたくない拳を振るって、涙を流している少年少女達が。

イルミナス―――――――その存在はやはり許しておけない。
一人の、大人として。スネイルは心の中でそう密かに、強固な決意を更に固くする。
もうそろそろ良い頃会いか。巻いている腕時計を見、スネイルは歩き出す。

「伝えるべき事は大体伝えたわ。後は二人仲良く水入らずで。
 ただ、私達に協力するかの件はよーく考えておいてね。何時か答え、訊きに来るから」

そう言い残し、スネイルは俊明と紫蘇の横を通り過ぎて出入り口である石段の方へと歩いてゆく。
立ち去ろうとするスネイルに、俊明は紫蘇に支えられてて立ち上がる。石段を降りて去っていこうとするスネイルに向かって、俊明は声を張り上げて呼び掛ける。

「スネイル!」

降りようとした手前、呼び掛けられたスネイルは足を止めた。
俊明は大声で、スネイルに感謝する。紫蘇も続いて、感謝する。

「気遣ってくれてありがとな! 何だかんだ……何だかんだ助かった!」
「色々と、ありがとうございました!」

安田と紫蘇の感謝の意を、スネイルは前を向いたまま振り向かず、手をヒラヒラと降って石段を降りていく。

年甲斐も無く、スネイルは久々に照れる。無性に照れ臭くなり、俊明達に振り向く事が出来なかった。
何と言えば良いのか……ああいう風に恥ずかしげも無く素直に、人に感謝する事が出来る……いや、感情を表に出せる俊明と紫蘇この上なく、羨ましい。
長い年月を生きてきた中で、色々なモノを、大切なモノを失ってしまったスネイルにとって、自らを誤魔化す事無く、正直に生きる事が出来る俊明と紫蘇が眩く、感じる。

本来ならば。
本来ならば、あの二人の様な無垢な存在を、凄惨な戦いに巻き込むべきではないとスネイルは思う。
しかし記憶を意図的に失わせた所で、二人が平穏でな日常に帰れる訳では無い。スネイルが何をしようと、あの二人の戦いは、まだまだ、続いていく事だろう。

それならば少しでも、あの二人の……いや、助けを求めている戦士達の手助けをしたい。出来る限り協力して、心や体に圧し掛かる負担を減らしてあげたい。
無論、こちらにも戦わねばならない理由も、倒さねばならない敵もいる。人を気にかけていられるほど、状況に余裕など無い。

しかしそれでも、とスネイルは思う。思わずにはいられない。
セカイを、大切なモノを護りたいという志を持つ仲間を見て見ぬ振りは出来ない。
彼らが、彼女らが傷つくのなら、この身を呈してでも守ってやろうと思う。この身は、彼彼女らが迎えるべき未来を護る為に―――――――捧げよう。

「ホント……お人よしよね」

そう、スネイルは自嘲的に呟いた。その時、懐に入れていた携帯電話が着信を知らせるバイブ音を響かせる。
取り出してスネイルはすぐに、通話ボタンを押す。


「もしもし」
「もしもーし、遥ちゃん。もう一人の自分にはさよなら出来た?」
「はい、すっきりと。空間転移のカード、役に立ちました」
「アレが役に立ったのなら良かった。それじゃあ出発の準備を」
「あ、その前にスネイルさん。ちょっと……」
「何々? 何か頼みごと?」

「はい、頼み事です。その……」
 



                            ―――――――××××××―――――――


スネイルを見送っていき、俊明はグーっと背筋を伸ばす。
何だか疲れた。どっと、疲れを感じる。別段、戦っても激しく動いた訳でも無いのだが。
紫蘇へと目を向ける。こうして見ると、普通に可愛いなと一瞬思ってしまい、俊明は紫蘇から目を逸らす。

「ヤスっちさん」

と、紫蘇に呼ばれて、俊明は顔を向ける。

「この後どうします? 何か予定とかあるんですか?」
「予定なぁ……今日学校休んじゃったし、別にねえな」

そう俊明が答えると、何故だか紫蘇はもじもじと動いて、頬をほんのりと染めている。
何か言いたい事があるのだろうかと、俊明が疑問符を浮かべていると紫蘇は俊明を見上げて、言った。


「じゃあ……その、パフェとか食べに行きませんか? 私、ずっと緊張してたらお腹……空いちゃって」


俊明は紫蘇の言葉にポカンとしていたが、次第に理解してきて、苦笑する。
俊明が笑っているのを見、紫蘇が恥ずかしそうに顔を赤くして怒る。

「何で笑ってるんですか! 空いちゃったものはし、仕方ないじゃないですか……」
「分かった分かった。食いに行こうぜ」
「ヤスっちさんのおごりですよ!」
「おま、ちょっと待て!」

俊明の制止を聞かずに、紫蘇は走り出した。走る紫蘇の顔は明るく、心から嬉しそうだ。

「しょうがねえな……」


俊明は空を見上げる。今の空は、俊明の心を映す様に蒼く、蒼く、澄んでいた。

眩しい太陽を掌に透かして、俊明は、思う。



アンタも今、同じ空を見てるのかな。ハクタカ。


                            ―――――――××××××―――――――

スーパーの出入り口で、精算を済まして買い物を終わらせた彼方は、買い物袋を持って姉が帰ってくるのを待つ。
一体何処に行ったのか、こうして三十分位、彼方は立っている。空模様が少し悪くなって小雨が降ってきたが、今では青天へと変わっている。

しかしこれだけ待たされるという事は、きっと姉は会いたかった人に会えたのだろうと、彼方は自分の事ではないにも拘らず妙に嬉しくなる。
それにしても、会えたは良いのだがこうして三十分も待たされるのは正直、キツい。只待たされる事が、こんなにもキツイとは。
だがこんなに時間が掛かっているということはつまり、そういう事なのだろう。なら、この待ち時間も悪くは無い。
姉がその大切な人とどんな会話をしているのか、彼方は姉――――――――遥が帰ってきたら聞いてみたいなと思う、その時。

こっちに向かって、誰かが走ってくる。
髪の毛を三つ編みに束ねて……三つ編み? 彼方は小さく首を捻る。
どうして姉は三つ編みになっているのだろう……と思ったが、あぁそうだった。確か手首に巻いていたんだ。
……あれ? 何か散歩の時のあの件で何故か手首からそのヘアゴムが消えていた様な……気のせいだったかな。

「ごめん彼方! 偉い時間待たせちゃって」

肩で息をして、ぜえぜえと呼吸を荒げながら彼方の元へと駆け付けた遥がそう、謝ってきた。

「良いよ良いよ、そんな謝らなくても。それで……会えたの?」

彼方がそう質問すると、遥は満面の笑顔を浮かべた。浮かべて、答える。

「うん! 会えたし、話せたよ。色んな事」
「そっか。良かったね、会えて」
「彼方のお陰だよ。彼方があの時追いかけてみればって言わなかったら、きっと……」
「ほら、また暗い顔浮かべない浮かべない。はい、お姉ちゃん」

彼方は持っている買い物袋を、遥に差し出した。

「帰りは私が自転車漕いでくよ。お姉ちゃんが荷物持って」
「良いよ。安全運転でお願い」
「分かってるよ」

彼方から買い物袋を受け取って、遥は彼方と共に自転車を置いてきた駐輪場へと向かう。
その途中で、彼方は遥に振り返りつつ、聞く。

「ねえ、お姉ちゃん」
「ん?」
「その大切な人と、どんな事話したの? 会えてよかった、とか」

「……秘密」
「えー何それ。姉妹の間に秘密事は無しだよ?」
「あの人との事は、心の中に秘めておくから。だから彼方にも秘密」
「む~……お姉ちゃんの意地悪」

そう膨れっ面しながらも、彼方は姉がその人に会えた事を心で祝福する。

「何時か教えてよ、お姉ちゃん。私、お姉ちゃんが話してくれるの、何時までも待つから」
「私忘れちゃうかもよ。まぁ……何時か気が向いたら話してあげる」
「絶対話してよ。姉妹同士の約束だからね」
「忘れないよ。忘れない……」

ふと、どこからか最近流行っている曲が聞こえてきた。遥にとってその曲は気にいっている曲だった。
何となく、今の心情にマッチする様な気がして、遥はその曲を鼻ずさむ。


「交わした約束、忘れないよ……」




忘れないよ、一条さん。きっと、忘れない。

                            ―――――――××××××―――――――

自宅に帰った遥は、彼方と夕刻まで引っ張り出してきたテレビゲームを遊んだり、昔懐かしんだ漫画本を読んだりと。
遊べるだけの事を時間たっぷりに遊んだ。母はしょうがない子達だよと呆れながらも、許容してくれた。
童心……と呼ぶのも何かおかしいが、小さかった時の様に何も難しい事を考えず、彼方と遊んでいる時は非常に楽しかった。
母が作ってくれた昼食も美味しかったし、母と、彼方と協力して作った夕食も、最高に美味しかった。
食事自体は昼はカレー、夜は餃子と物凄く普通なのだが、どちらも遥にとっては特筆に値する美味さであった。父が多忙を極めており一緒に食べれないのが心残りではあるが。

彼方と一緒に風呂に入ると、彼方が色々と成長しているのに比べて、自分はまるで成長していない事にショックを覚える。
少しばかり落ち込みながらもパジャマに着替えて、後は明日、学校へと万全の体調で出かける為に早めに寝る。
そう言えば彼方が明日、寮というか学校へと帰ってしまう。寂しい事には寂しいが、引き留める訳にも行かない。
次に会えるのは大きな休み、夏休みだ。その時を楽しみにしておこう。

「じゃあお姉ちゃん、電気消すよ」
「うん、お願い」

「あのさ、お姉ちゃん」

電気を消す一寸、彼方が話しかけてくる。

「何?」
「今度の夏休み、行こうね。あの河川敷」
「うん。必ず行こうね。だから勉強とか色々頑張るんだよ、彼方」
「お姉ちゃんも頑張ってね。応援してるから。それじゃ、お休みなさい」
「お休み、彼方」

彼方が電気を消した。何も見えない闇一色の中、遥は目を閉じて、意識を落としていく。
明日、帰る。元居た日常へと、帰る。



                            ―――――――××××××―――――――

<聞こえる? 神守さん>

<……聞こえます。どなた様ですか?>

<初っ端からコレの話し方が分かるなんてやるわね。それとも遥ちゃんと通信機を介して話した事があるのかしら?>

<いえ。でも頭の中に語りかけてくるなら、その逆も出来るかなと思って>

<ビックリするほど落ち着いてるわね。これをされた人は最初驚いたり戸惑ったりするんだけど>

<何だかビックリする事が多すぎて慣れちゃいました。それで貴方は、一体誰なんですか?>

<ここ数日で随分神経が太くなっちゃったみたいね。それはさておき、私の名前はマチコ・スネイル。遥ちゃんから話は聞いてるとは思うけど>

<貴方がスネイル……さんですか。一条さんから聞いてはいましたが、女の人だったんですね>

<普段は少女として暮らしてるけどね。ま、そんな事はどうでも良いけど……感覚共有の件、本気なの?>

<本気です。今の私に感覚共有は過ぎた力なんで。まだ私には早いんです。その力は>

<そうかな? 私も遥ちゃんと同じ意見なんだけど、貴方なら感覚共有を持っていても大丈夫だと思うの。少なくとも、悪い方向には使わないだろうから>

<いえ……そんな事、無いです。私はまだまだ未熟だから、感覚共有を持ってたら多分、頼っちゃいます。自分自身の事で>

<別に良いと思うけどね。他者を傷つけたり泣かしたりする為に使う訳じゃなければ>

<勿論そんな事はしません。しませんけど……感覚共有って力は諸刃の剣だと思うんです。正直な事を言えば、使っていたいです。色々な事がしてみたいです。
 だけどそれは私自身の為であって、誰かを護りたいだとか、そういう事の為に使う訳じゃないから……そんな風に考えたら、私は多分溺れてしまうと思うんです。感覚共有に>

<じゃあ人助けとかに使えば良いんじゃない? 分からないな、私には。そこまで貴方が感覚共有を拒む理由が>

<……自分でも良く分かりません。分からないけど、駄目だと思います。日常的に使える様になったら私……駄目になると、思います>

<ん~……。そこまで言うなら、しつこく強要は出来ないわね。それに遥ちゃんから熱の籠った説得も聞かされたし。貴方の意思を酌んであげる。だけど一つ、念を押させて>

<……はい>

<過去の記憶を消すという事は、まんま感覚共有に関する記憶も消すという事になるわ。その中から、感覚共有の記憶だけを消すって事は前例が無い。
 私にも初めての事になる。遥ちゃんが言っていた事を思い出して。感覚共有だけでなく、遥ちゃんと一緒に居た記憶が丸ごと消えるかもしれない可能性の方がずっと高い事を>

<分かっています。どんな事が起きても受け入れる覚悟は出来てます>

<……本当に、良いのね。漫画やドラマみたいに奇跡が起きるとは限らないのよ>

<承知しています。宜しく、お願いします>

<意思は揺るがない、ってことね。オッケー、分かった>


<それじゃあ眠ってくれる? 結果は明日の朝……どっちに転ぶかは私にも分からない。良い結果に転ぶ事を、願っててね>



<信じてます、スネイルさん。奇跡が……起きる事を>

                            ―――――――××××××―――――――

―――――――朝の光が、眩しい。


私は毛布を巻くって、ベッドから起き上がる。頭の中がやけにキンキンする。カキ氷を食べた訳でも無いのに。
梯子を降りると、下のベッドで何故か彼方が眠っていた。どうして彼方がここに居るんだろう。
彼方は別の、というか進学校に通ってて、それでいて寮に居る筈なのに。不思議だ。

寝ぼけ眼を擦りながら、私はドアを開けて洗面台へと向かう。
水道を捻って水を出し、ジャバジャバと顔を洗う。さっぱりとした気分になると、頭の中もさっぱりした気分になる。
けれど何故だろう。何か大事な事を、凄く大切な事を忘れている気がする。
何だろう……何を忘れてるんだろう。そんな事を思いながらお母さんに挨拶する為に、リビングの隣のキッチンへと向かう。

「おっはよー、お母さん」

フライパンで何を焼いてるんだろう。目玉焼きかな? を焼いているお母さんが振り向いた。

「おはよう、遥。学校に行く準備は出来てるの?」
「準備も何も普通に出来てるよ。何で?」

私がそう聞くと、何故かお母さんは目を丸くした。別に珍しい事を言ったつもりは無いんだけど。

「そう。なら良かった。今出来るから座って待ってなさい」
「はーい」

お母さんに返事をして、リビングに移り、テーブル横の椅子に座る。呼ばれたら朝食をテーブルに運ばなきゃ。
にしても待っているだけだと、眠くなってくる。寝ない様にしっかりしようとしても、どうしても眠気が襲ってくる。

――――――――何? 急に頭の中に、妙な記憶? 思い出? が過ぎる。
だけどそれはとってもぼんやりと、曖昧としていて、はっきりとしたビジョンじゃない。
けれど、浮かんでくる。何かが、浮かんでくる。自分でも分からない、変な物が。

「おはよう、お姉ちゃん、お母さん……」

私と同じ様に寝惚けた様子で、彼方がリビングに入ってきた。
それにしても、ホントに何で彼方が家が居るんだろう。何か事情でもあるのだろうか。家に戻ってくるような。
事情を訊こうかな? と思って声を掛けようとした矢先、彼方は私の向かい側の椅子に座ると話しかけてきた。

「あ、お姉ちゃん、これ」

そう言いながら、彼方は何かを私に手渡そうと掌を広げた。

……ヘアゴム? 彼方の掌の上には、淡い色合いが素敵な数本のヘアゴムがあった。
けれど何でヘアゴム? 私、神を三つ編みにする時にこんな色の奴は使ってない。もっと濃い、原色みたいなのを使ってる。
不思議に思っていると、彼方は私に微笑みかけながら、言った。

「昨日の話、凄く面白かったよ。でもやっぱり嘘でしょ?」

「……え?」

「もう一人の自分に会ったって話。凄い興味深い話だったけど、やっぱり信じらんないよ。
 お姉ちゃん、私の事からかってるんでしょ? 上手いんだから、もう」

一体何の話……と言いかけて、またあのビジョンが頭の中で蘇ってくる。
次はぼんやりとしていない、ハッキリと思い描けるビジョンだった。知ってる場所が……あのショッピングモールが大変な事になってる。
良く分からないけど、大きなロボットが暴れてる。何故か私がどこかの屋上に立って、光で出来た弓を構えている。それに……。

それに、私とよく似た、小さな女の子。私は、その子に見覚えがあった。それどころか――――――――直接、話した気さえする。

「だけど怒ったりしないよ。だって本当に面白」
「ごめん、彼方」

私はそう言って、彼方の掌からヘアゴムを握り取って、椅子から立ち上がる。立ち上がって、洗面台へと向かう。
ごめん、彼方。ありがとうも言わずにこんな事して。だけど確かめたいの。今すぐにでも、確かめたい。
このヘアゴムを使えば、忘れている事を、とっても大切な事を思い出す気がするから。

洗面台に付いた私は、目の前のガラスを見据えながら、気を集中させる。鼓動が速くなって、ヘアゴムを持っている手が軽く震えてくる。

怖い。怖いけど、やってみるしかない。私はヘアゴムを指先に挟んで、腕を後ろに回す。
三つ編みにするのは何となく面倒だから、このまま髪を通してポニーテールにしてみる事にする。
これで何も無ければ何も無いで良い。何かあったら……何かあった、だ。

早まる鼓動を抑えながら、私は髪の毛を束ねて、ヘアゴムを一気に―――――――くぐらせた。





―――――――そう、だった。

そうだったんだ。私……思い、出せた。私……頼んだんだ。スネイル、さんに。
感覚共有を封じてほしいって。私は試しに、あの不思議な何かを発現させようと力む。もし感覚共有が使えるなら……。
……どれだけ力んでも、何も出てこない。封じれたのかな。いや、きっとそうだ。成功したんだ、スネイルさん。

どれだけ低い確率なのかは分からないけど、奇跡は起こせた。起こす事が、出来た。
だけどもし、彼方がヘアゴムを渡してくれなかったら。昨日、つい口が滑って一条さんとの事を話した事を言ってくれなかったら。
私はあのまま、何かあったかもしれない……でそのまま全てを忘れていたかもしれない。

彼方にも感謝したいけど、何より。


ありがとう、一条さん。一条さんがこれをくれたお陰で、私、思いだせたよ。

貴方との、思い出。貴方から貰った勇気。思い出す事が、出来たんだよ。


私はヘアゴムを外して、胸元で両手を合わせて、抱き締める。この思いが、何処かの世界で今も戦っている一条さんに、届く様に。

ヘアゴムを括って、再びポニーテールにしてリビングに戻ると、お母さんと彼方が先にご飯を食べていた。

彼方は戻ってきた私を見て、言った。


「お姉ちゃん、何で泣いてるの? 小指でもぶつけた?」


私は笑顔で、彼方に言い返す。



「嬉し泣きだよ。平和って、良いなって」


                            ―――――――××××××―――――――

                                    神守遥

                            ―――――――××××××―――――――


「それじゃあ行ってきます。彼方も気を付けてね」
「うん。お姉ちゃんこそ車とか気を付けて」

                            ―――――――××××××―――――――

                                    安田俊明    
                                 シュタムファータァ(紫蘇)

                                    神守彼方
                                     神守母
                                     神守父

                            ―――――――××××××―――――――


「こら、遥。アンタお弁当忘れてるでしょ」
「あ、ごめん。うっかり……」
「しっかりしてよ、お姉ちゃん」

                            ―――――――××××××―――――――

                                 リヒト・エンフィールド
                                  ヘンヨ・シュレ―
                                   田所カッコマン
                                  鈴木隆昭(ハクタカ)

                            ―――――――××××××―――――――


「それじゃあ改めて。行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
「あんまり遅く帰ってくるんじゃないよ」
「はいはい。じゃ、またね。彼方」
「次は夏休みでね」

                            ―――――――××××××―――――――

                               カッコマンエビル(シロガネソニック)
                               切り裂きジャンヌ(シロガネブレード)
                               ニック・W・キム(シロガネマッスル)
                               スナイパーガマン(シロガネスナイパー)
                                  イッツァ・ミラクル
                            
                            ―――――――××××××―――――――

「おはようございます、先輩」
「おはよう、安田君」
「あれ、髪型変えたんスか?」
「どう、似合う?」
「普通です」
「こらっ! 貴方には先輩を敬うって心が……」
「やべぇ遅れる。お先、失礼しまーす」
「……全く」


                            ―――――――××××××―――――――

                                  リヒタ―・ペネトレイタ―
 
                                 ゼノクレス/ゼノブレイカー

                            ―――――――××××××―――――――


「おっはよう、遥」
「あ、悠子。何か久しぶり」
「ホントに久しぶりね。私の顔、忘れてるんじゃないでしょうね」
「まっさか。大事な友達の顔、忘れるわけないじゃん」
「なら良いけど、もうすぐ始業時間だよ」
「嘘!? じゃあ急がないと!」

                            ―――――――××××××―――――――

                                  センジュ・キサラギ
                                 メルフィー・ストレイン
                                   マチコ・スネイル

                            ―――――――××××××―――――――


「遥? 立ち止まってどうしたの?」

「いや、ちょっと……先、行ってて」

「……遅れても知らないわよ」


                            ―――――――××××××―――――――

                                     一条遥


                            ―――――――××××××―――――――


ヘアゴムを取る。取って、私は空に掲げる。




そして、別のセカイで、だけどきっと、同じ空を見ている一条さんへと、伝える。




頑張れ、私。頑張れ、一条さん。貴方には―――――――私が、ついてる。




一瞬、一条さんの声が聞こえた気がした。けどそれは多分、気のせい。

次は戦いとか、そういうのが無い、穏やかで優しいセカイで。



また、会おうね。




                            ―――――――××××××―――――――


                                         HARU×haru



                                                                                                                 the
                                      strange  
                                       dream
                                   


                            ―――――――××××××―――――――





一条さん。







タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー