第十二話 お父さんのお仕事は
侵略地上げ獣『宇宙大帝グソクムシ』登場
侵略地上げ獣『宇宙大帝グソクムシ』登場
五月頭。
新緑で山は沸き立つようだった。萌木色の若葉が輝くようで目に眩しい。そんな山中のハイキングコースを歩く小学生の我が子の姿は、同じ様にまた眩いものだった。少なくとも東和樹三佐にとっては、再編成が済めば妻子の疎開先でもある富士駐屯地界隈を離れて出征せねばならない身であるため、その感情はひとしおだった。
2年になる娘の父兄同伴の遠足に平日を潰して参加できたのも、今のうちに少しでも思い出を作っておけという連隊長らのはからいである。
正直なところ北海道から疎開してきた自衛隊員の娘が、転校先で何らかの不利益を被らないか不安だったのだが、今も同級生の手を握って三つ編みと一緒に無邪気に振るっているのを見ると無用な心配だったと言うか、むしろ手を取ってるのが男子生徒であって仲良すぎませんか、ねぇ、おとーさんは許しませんよとか別の心配を抱いてしまう。
件の男子生徒の父親だろう、東とさして年齢の変わらないように見える30代の男性が、彼の気持ちを察してか苦笑いを向けてきた。
「有給ですか?」
「ええ」東は曖昧に頷いた。「そちらも?」
はい、と男性は微笑みでもって返してくる。
「忙しい時と暇な時が極端な職場でして。ああ、土岐と言います。そこの虎太郎の父です」
そういって男性は東の娘と手をつないだ少年を指さす。そういや娘が疎開先で最初にできた友達だとか、妻が言っていたような。思い出して東はぺこりと頭を下げた。ついつい脱帽時敬礼にならないように、ちょっと腰を曲げる角度を浅くする。
「娘が…優希がお世話になってます。父の東和樹です」
「いえいえこちらこそ」
とかなんとか、大人の処世の遣り取りを数度繰り返すと、当然のように互いの職業の話になるわけで、
「ところで東さんのご職業は?あ、自分は技術屋なんですが」
「(特別国家)公務員です」
とっさに無難なところを口にしていた。自衛官の子息をつかまえて人殺しの子供呼ばわりする教師がいるが、そういう政治活動にだけ無駄に熱心な人間がどこにいるとも判らない。まして決して義務を遂行できていると思えない現状では、部下や僚友には後ろめたかったが、娘のためにも身分を明かす気にはなれなかった。まぁ、公務員だとしても目の敵にする人間はいるものだが。
少なくとも虎二郎はそういうい妬み嫉みとは無縁の普通の大人であるため、奇跡的なこの邂逅の意味に気付く訳もなく、
「それはまた…親方日の丸といっても、銀河列強のせいで(失職的な意味で)不安もあるんじゃないですか?」
「ええ、(戦力的な意味で)不安はありますね」
「でも日本にはダイガストもありますよ」
そう言われるのが一番堪えるんですよ。東は追従の笑みを浮かべながら心中でそう思った。
もちろん虎二郎は駿河沖で海堂に話したように、ダイガストが全てを解決するジョーカーだとは思っていない。しかし東が自衛官だとは知らないので、どうしてもダイガスト=無敵のロボットという一般の方向けの宣伝文句を口にすることになる。
要は大人になって家庭を持つと、いろいろと気にしなけらばならない事が増える訳だ。
もちろん、彼らの子供たちにはそんな事は関係無いわけで、
「おとーさん達、仲よさそうだね」
東優希は父の心配をよそに上機嫌だ。栗色の髪をツイストドーナツみたいにふわりと一つに編んだのが、子供ながらの清涼感を醸して似合っていた。いかにも現場の男然とした父と違って優しげな面立ちなのは母親似だろうか。
彼女としては初めてのお友達である虎太朗くんの『おとーさん』と自分の『おとーさん』が――外見上は――意気投合しているというのは嬉しいことだった。そこは子供だけあって算段は無く、まして父親の嫉妬じみた視線など判る筈もない。
それは虎太朗少年にしても同じことで、優希が転校してきた時にクラスの悪童どもが北海道から来たと知った途端『やーい、おまえん家、つるぎすたーん』とトトロが聞いたら全力で殴りに来るレベルの暴言を吐いたとき、少年ながらの正義感に任せたら、こうなっていた。
担任の女性教師は悪しき平等で悪名高い組合には入っていなかったが、教師としてケンカは絶対的に悪の立場であったから、事態は早々に電話連絡で虎二郎の知る処となる。
その晩、父は通念的な注意を息子にしたのち、誇らしげに頭を撫でてやった。
ちなみに鷹介は時折夕飯などに招待されるようになった土岐家の子供に、年長者としての義務である喧嘩の仕方を教える、いわゆる『おにーさんかぜ』を吹かせようとチャンスを窺っていたのだが、透に引っ叩かれて未遂に終わっている。
一方でそんな微妙な立場の優希であったが、彼女にしてみれば周囲の反応など何処吹く風で、あくまで天真爛漫に春の終わりを謳歌していた。
「緑色がいっぱいで目がふわふわするねー。北海道じゃ、まだ桜が咲いてるのに」
「へー」
虎太朗少年はそろそろ女の子と手をつなぐのが恥ずかしいお年頃で、無難に相槌をうっていたものだが、
「お引越ししたら、こっちの桜はもう咲いてなくてね、今年のお花見はできなかったの。おかーさんは、もうおうちには帰れないんじゃないかって言ってるし…帰りたいなぁ…」
優希はツルギスタンに占領された故郷をおもい、幼い貌を曇らせる。女心と秋の空じゃないが、虎太朗は『あれ、何か地雷踏んだかな?』と』仰天した。
後ろで見ていた虎二郎は『地雷を踏んでも足を離さなければ大丈夫だ』と、そこからのフォローを期待して息子を応援していたが、東父は『残念、最近の地雷は踏んだら側、爆発するのだ』と早速突入のタイミングを計りはじめる。
いささか大人げない東父の介入が実現しなかったのは、先頭グループから聞こえてきたどよめきに邪魔をされたからだった。子供たちの悲鳴じみた声までが聞こえたとき、東は娘を虎二郎に任せるや、様子を見てきますと言って走り出していた。
彼の目は既に三等陸佐のものにかわっていた。
新緑で山は沸き立つようだった。萌木色の若葉が輝くようで目に眩しい。そんな山中のハイキングコースを歩く小学生の我が子の姿は、同じ様にまた眩いものだった。少なくとも東和樹三佐にとっては、再編成が済めば妻子の疎開先でもある富士駐屯地界隈を離れて出征せねばならない身であるため、その感情はひとしおだった。
2年になる娘の父兄同伴の遠足に平日を潰して参加できたのも、今のうちに少しでも思い出を作っておけという連隊長らのはからいである。
正直なところ北海道から疎開してきた自衛隊員の娘が、転校先で何らかの不利益を被らないか不安だったのだが、今も同級生の手を握って三つ編みと一緒に無邪気に振るっているのを見ると無用な心配だったと言うか、むしろ手を取ってるのが男子生徒であって仲良すぎませんか、ねぇ、おとーさんは許しませんよとか別の心配を抱いてしまう。
件の男子生徒の父親だろう、東とさして年齢の変わらないように見える30代の男性が、彼の気持ちを察してか苦笑いを向けてきた。
「有給ですか?」
「ええ」東は曖昧に頷いた。「そちらも?」
はい、と男性は微笑みでもって返してくる。
「忙しい時と暇な時が極端な職場でして。ああ、土岐と言います。そこの虎太郎の父です」
そういって男性は東の娘と手をつないだ少年を指さす。そういや娘が疎開先で最初にできた友達だとか、妻が言っていたような。思い出して東はぺこりと頭を下げた。ついつい脱帽時敬礼にならないように、ちょっと腰を曲げる角度を浅くする。
「娘が…優希がお世話になってます。父の東和樹です」
「いえいえこちらこそ」
とかなんとか、大人の処世の遣り取りを数度繰り返すと、当然のように互いの職業の話になるわけで、
「ところで東さんのご職業は?あ、自分は技術屋なんですが」
「(特別国家)公務員です」
とっさに無難なところを口にしていた。自衛官の子息をつかまえて人殺しの子供呼ばわりする教師がいるが、そういう政治活動にだけ無駄に熱心な人間がどこにいるとも判らない。まして決して義務を遂行できていると思えない現状では、部下や僚友には後ろめたかったが、娘のためにも身分を明かす気にはなれなかった。まぁ、公務員だとしても目の敵にする人間はいるものだが。
少なくとも虎二郎はそういうい妬み嫉みとは無縁の普通の大人であるため、奇跡的なこの邂逅の意味に気付く訳もなく、
「それはまた…親方日の丸といっても、銀河列強のせいで(失職的な意味で)不安もあるんじゃないですか?」
「ええ、(戦力的な意味で)不安はありますね」
「でも日本にはダイガストもありますよ」
そう言われるのが一番堪えるんですよ。東は追従の笑みを浮かべながら心中でそう思った。
もちろん虎二郎は駿河沖で海堂に話したように、ダイガストが全てを解決するジョーカーだとは思っていない。しかし東が自衛官だとは知らないので、どうしてもダイガスト=無敵のロボットという一般の方向けの宣伝文句を口にすることになる。
要は大人になって家庭を持つと、いろいろと気にしなけらばならない事が増える訳だ。
もちろん、彼らの子供たちにはそんな事は関係無いわけで、
「おとーさん達、仲よさそうだね」
東優希は父の心配をよそに上機嫌だ。栗色の髪をツイストドーナツみたいにふわりと一つに編んだのが、子供ながらの清涼感を醸して似合っていた。いかにも現場の男然とした父と違って優しげな面立ちなのは母親似だろうか。
彼女としては初めてのお友達である虎太朗くんの『おとーさん』と自分の『おとーさん』が――外見上は――意気投合しているというのは嬉しいことだった。そこは子供だけあって算段は無く、まして父親の嫉妬じみた視線など判る筈もない。
それは虎太朗少年にしても同じことで、優希が転校してきた時にクラスの悪童どもが北海道から来たと知った途端『やーい、おまえん家、つるぎすたーん』とトトロが聞いたら全力で殴りに来るレベルの暴言を吐いたとき、少年ながらの正義感に任せたら、こうなっていた。
担任の女性教師は悪しき平等で悪名高い組合には入っていなかったが、教師としてケンカは絶対的に悪の立場であったから、事態は早々に電話連絡で虎二郎の知る処となる。
その晩、父は通念的な注意を息子にしたのち、誇らしげに頭を撫でてやった。
ちなみに鷹介は時折夕飯などに招待されるようになった土岐家の子供に、年長者としての義務である喧嘩の仕方を教える、いわゆる『おにーさんかぜ』を吹かせようとチャンスを窺っていたのだが、透に引っ叩かれて未遂に終わっている。
一方でそんな微妙な立場の優希であったが、彼女にしてみれば周囲の反応など何処吹く風で、あくまで天真爛漫に春の終わりを謳歌していた。
「緑色がいっぱいで目がふわふわするねー。北海道じゃ、まだ桜が咲いてるのに」
「へー」
虎太朗少年はそろそろ女の子と手をつなぐのが恥ずかしいお年頃で、無難に相槌をうっていたものだが、
「お引越ししたら、こっちの桜はもう咲いてなくてね、今年のお花見はできなかったの。おかーさんは、もうおうちには帰れないんじゃないかって言ってるし…帰りたいなぁ…」
優希はツルギスタンに占領された故郷をおもい、幼い貌を曇らせる。女心と秋の空じゃないが、虎太朗は『あれ、何か地雷踏んだかな?』と』仰天した。
後ろで見ていた虎二郎は『地雷を踏んでも足を離さなければ大丈夫だ』と、そこからのフォローを期待して息子を応援していたが、東父は『残念、最近の地雷は踏んだら側、爆発するのだ』と早速突入のタイミングを計りはじめる。
いささか大人げない東父の介入が実現しなかったのは、先頭グループから聞こえてきたどよめきに邪魔をされたからだった。子供たちの悲鳴じみた声までが聞こえたとき、東は娘を虎二郎に任せるや、様子を見てきますと言って走り出していた。
彼の目は既に三等陸佐のものにかわっていた。
ハイキングコースは山中の空き地に続いていて、そこで喫食と散策の予定であったのだが、空き地は目も覆わんばかりのゴミの山に様変わりしていて、到底のどかな昼を過ごす場所では無くなっていた。赤錆びた機械部品がうず高く積まれ、破れた管や接続口からはパステルカラーや蛍光色の液がダダ漏れている。その液は刺激臭を発していて、草むらの所々で気化なのか腐敗反応なのか、得体の知れない白煙が立ち上がる有様だ。
山道からどうやって持ち込んできたものか、ゴミの山の間には作業服の男たちが行き来していた。さらに現場監督らしき人物から説明を受けているのは、でっぷりと太った水ぶくれの肥体をビジネススーツに押し込んだ五十絡みの胡散臭い男…言わずと知れた広域指定銀河暴力団モンタルチーノ商会のボス、ドン・モンタルチーノその人である。
「小悪党役でも出番やからな、頑張っちゃうで、わし」
「モンタルチーノ様、誰に向かって話しているのですか?」
いつもの若頭も黒服サングラスの変わらぬいでたちで、モンタルチーノの奇矯な発言に突っ込みを入れる。
「いやいや、全国の女子高生ファンのみなさんに挨拶をやな…それよりも、何や煩そうてあかんな、何事や?」
「地元の子供のイベントのようですね」
「そりゃあ間が悪い話やな。せやけどこっちもお仕事やから、お帰り願おか」
モンタルチーノが山道と空地を区切った木柵の前まで行くころには、続々と到着する遠足参加者たちで何重もの人垣が出来上がっていた。先頭では若い女教師が予想外の事態にパニックになりかけている。
「一週間前の下見じゃこんなの無かったのに…」
「あー、お嬢さん、引率の先生か?」
モンタルチーノは海苔のような眉と、色の悪くなった明太子のような唇でもって不細工な営業スマイルをつくり、
「ここ、産業廃棄物の処理場になるんや。作業の邪魔しちゃいかんよ、じきに重機もくるさかいな。危ないから、子供らをはやく引き揚げさせてんか」
両生類ににじり寄られるような不快感に女教師は怯んだ。重機も来るというし、確かに言うとおりかも。言いくるめられる寸前の彼女を引き留めたのは、父母の列から上がった手と声だった。
「私は市役所職員ですけど、そんな話は聞いてないです。処理場認可の提示をしてください」
「非番の警察です。重機と言っていましたが、積み下ろしに公道を止めるのなら届け出は?」
「消防士だが、廃液から煙が出ているぞ。対策と届出は出ているのか?」
この国、面倒くせぇ。モンタルチーノは思わず喉まで出かかった言葉を頑張って飲み込んだ。
お役所の突っ込みに父兄たちのボルテージが徐々に上がっていた。ここまでの山道で適度に疲労し、テンションも上がっている。どよめきの中に舌打ちや詰問の声が混じり始めていた。
東三佐はどうもおかしな空気になっている事に顔をしかめる。衆をたよりに気が大きくなっているような。そう思っていると、ふと近くの父兄の一人がこちらを見ているのに気づく。間借りしている駐屯地の、普通科の曹長だったか。特段親しい訳でもなかったが、こういう時だからだろう、彼は話しかけてきた。
「ちょっと、嫌な空気ですね」
「そうだね」
生返事を返した東は、次の下士官の言葉にドキリとする。
「ざっと見たところ、三佐が最上級です」
「機甲科だけどね」
「いざ悶着が起これば兵科の違いなんて些細な問題になりますよ。どうにもあの連中、堅気の雰囲気じゃありません」
「根拠は?」
東も同じような印象を持っていたが、何となくで将校の権限を振るうわけにはゆかない。それは曹長もわかっていたようで、
「地元の土建屋連中には見えません。ガタイの良すぎるのが柵の向こうで作業してますが、中東人とも南米人とも違います。アングロサクソンにしては肌が浅黒すぎる。それに、むこうに積み上がっている機械類はちょっと見たことがないですね。少なくとも車両や重機の部品じゃあないですよ」
じゃあ何処の誰で何の機械なのかとの疑問が湧くが、最近じゃあそういう輩は違法の星間商人とかいう一昔前なら正気を疑われるオチがつく。
そやつ等の跋扈のせいでひと月前にエライ目にあった事だし、東の口ぶりは必然、真剣みを帯びてくる。
「戦車の機関にも見えないしな…わかった、では曹長、この遠足に同伴している『知り合い』の数はわかるか?」
ああ畜生、有給取ったってのに、何でこんな事口走っているんだ、俺は。
ふと気づいて、内心で自己嫌悪が渦を巻く東をよそに、そっちも子持ちであろうに曹長は嬉しげに答える。
「知ってる限りで5名です」
「手分けして避難路の確保と誘導の準備をたのむ。参加者の安全が第一だ」
「避難路の確保と誘導を行います。タイミングはどうしますか」
「各自の判断で」
「承りました」
「よろしく頼む」
会釈のような脱帽時敬礼を交わすと、曹長は人ごみの中を器用に縫って消えた。実際の流れは向こうで考えてくれるだろう。それくらいの機転が利かねば最上級の下士官なんぞ就けはしない。要は先刻の会話は東の責任で曹長にフリーハンドを与えた訳だ。
あれ、気が早かったか?今のは最善の選択だったか?今更のように自分の行動に疑問が湧いてくるが、たぶん幾ら考えてもベストの答えは出ない。
「おとーさん!」
背後から娘の声がした。振り返ると追いついた優希が不思議そうな顔をしている。
「お弁当、食べれないの?」
「そうだね」純真な目がつらく、東は困ったような笑みをつくる。「また来よう」
「でも、おとーさん、また仕事でしょ。いつ帰ってこれるの?」
「ちょっと判らないな…でも、次に帰ってきたら山でも海でも、遊園地でも、優希の行きたいところに連れて行ってあげるよ」
遊園地との言葉に優希の目が輝く。東は今日ほど娘との約束が重いと感じた事はなかった。
一種異様な父娘のやり取りに虎二郎は首を傾げる思いだったのだが、北海道からの引っ越しと、なかなか家に帰れない公務員というキーワードから、東の職務に思い当ってハッとなる。
「なぁ虎太朗、優希ちゃんのお父さんの仕事って、もしかして…」
「自衛隊で戦車に乗ってるって言ってた」
「そうか」
ダイガストと戦車では安全性に天と地の開きがあるだろうが、それでも同じ舞台に立つ子を持つ身として、虎二郎は身につまされる思いだった。そう思うと東親子の姿は荘厳なものに見えてくる。しかし、この光景をいつまでも続けさせてはならないし、いくつもの家庭に広げさせてもいけない。
それに眼前のゴミの山。弱者の無知につけ込み、未来に渡る負債を押し付ける強者の傲慢。それって先進国がやって来た事じゃないの、とか思わない事も無いが、この際こっちが被害者なので知らんぷりを決め込んでおく。
まして鷹介の青森での悶着からモンタルチーノ商会の事を周知されている大江戸先進科学研究所のスタッフであれば、この光景が意味することは分かっていた。
どうせ銀河列強の活動で生じた雑多なゴミをまとめて引き受け、人知れず山中に遺棄するハラだろう。銀河帝国文明圏にとって地球は辺境の最外殻のひとつだ。より外延へと調査を進めるための中継基地に使うもよし、銀河連邦警察の目の届かぬ辺境を危険な産業廃棄物の処分場にするのもよし。彼らにとって地球の商業的価値など、その程度だった。そこに暮らす人々が顧みられる事はない。
「宇宙ヤクザめ、俺の第二の故郷を薄汚い欲望で汚させはせんぞ」
山道からどうやって持ち込んできたものか、ゴミの山の間には作業服の男たちが行き来していた。さらに現場監督らしき人物から説明を受けているのは、でっぷりと太った水ぶくれの肥体をビジネススーツに押し込んだ五十絡みの胡散臭い男…言わずと知れた広域指定銀河暴力団モンタルチーノ商会のボス、ドン・モンタルチーノその人である。
「小悪党役でも出番やからな、頑張っちゃうで、わし」
「モンタルチーノ様、誰に向かって話しているのですか?」
いつもの若頭も黒服サングラスの変わらぬいでたちで、モンタルチーノの奇矯な発言に突っ込みを入れる。
「いやいや、全国の女子高生ファンのみなさんに挨拶をやな…それよりも、何や煩そうてあかんな、何事や?」
「地元の子供のイベントのようですね」
「そりゃあ間が悪い話やな。せやけどこっちもお仕事やから、お帰り願おか」
モンタルチーノが山道と空地を区切った木柵の前まで行くころには、続々と到着する遠足参加者たちで何重もの人垣が出来上がっていた。先頭では若い女教師が予想外の事態にパニックになりかけている。
「一週間前の下見じゃこんなの無かったのに…」
「あー、お嬢さん、引率の先生か?」
モンタルチーノは海苔のような眉と、色の悪くなった明太子のような唇でもって不細工な営業スマイルをつくり、
「ここ、産業廃棄物の処理場になるんや。作業の邪魔しちゃいかんよ、じきに重機もくるさかいな。危ないから、子供らをはやく引き揚げさせてんか」
両生類ににじり寄られるような不快感に女教師は怯んだ。重機も来るというし、確かに言うとおりかも。言いくるめられる寸前の彼女を引き留めたのは、父母の列から上がった手と声だった。
「私は市役所職員ですけど、そんな話は聞いてないです。処理場認可の提示をしてください」
「非番の警察です。重機と言っていましたが、積み下ろしに公道を止めるのなら届け出は?」
「消防士だが、廃液から煙が出ているぞ。対策と届出は出ているのか?」
この国、面倒くせぇ。モンタルチーノは思わず喉まで出かかった言葉を頑張って飲み込んだ。
お役所の突っ込みに父兄たちのボルテージが徐々に上がっていた。ここまでの山道で適度に疲労し、テンションも上がっている。どよめきの中に舌打ちや詰問の声が混じり始めていた。
東三佐はどうもおかしな空気になっている事に顔をしかめる。衆をたよりに気が大きくなっているような。そう思っていると、ふと近くの父兄の一人がこちらを見ているのに気づく。間借りしている駐屯地の、普通科の曹長だったか。特段親しい訳でもなかったが、こういう時だからだろう、彼は話しかけてきた。
「ちょっと、嫌な空気ですね」
「そうだね」
生返事を返した東は、次の下士官の言葉にドキリとする。
「ざっと見たところ、三佐が最上級です」
「機甲科だけどね」
「いざ悶着が起これば兵科の違いなんて些細な問題になりますよ。どうにもあの連中、堅気の雰囲気じゃありません」
「根拠は?」
東も同じような印象を持っていたが、何となくで将校の権限を振るうわけにはゆかない。それは曹長もわかっていたようで、
「地元の土建屋連中には見えません。ガタイの良すぎるのが柵の向こうで作業してますが、中東人とも南米人とも違います。アングロサクソンにしては肌が浅黒すぎる。それに、むこうに積み上がっている機械類はちょっと見たことがないですね。少なくとも車両や重機の部品じゃあないですよ」
じゃあ何処の誰で何の機械なのかとの疑問が湧くが、最近じゃあそういう輩は違法の星間商人とかいう一昔前なら正気を疑われるオチがつく。
そやつ等の跋扈のせいでひと月前にエライ目にあった事だし、東の口ぶりは必然、真剣みを帯びてくる。
「戦車の機関にも見えないしな…わかった、では曹長、この遠足に同伴している『知り合い』の数はわかるか?」
ああ畜生、有給取ったってのに、何でこんな事口走っているんだ、俺は。
ふと気づいて、内心で自己嫌悪が渦を巻く東をよそに、そっちも子持ちであろうに曹長は嬉しげに答える。
「知ってる限りで5名です」
「手分けして避難路の確保と誘導の準備をたのむ。参加者の安全が第一だ」
「避難路の確保と誘導を行います。タイミングはどうしますか」
「各自の判断で」
「承りました」
「よろしく頼む」
会釈のような脱帽時敬礼を交わすと、曹長は人ごみの中を器用に縫って消えた。実際の流れは向こうで考えてくれるだろう。それくらいの機転が利かねば最上級の下士官なんぞ就けはしない。要は先刻の会話は東の責任で曹長にフリーハンドを与えた訳だ。
あれ、気が早かったか?今のは最善の選択だったか?今更のように自分の行動に疑問が湧いてくるが、たぶん幾ら考えてもベストの答えは出ない。
「おとーさん!」
背後から娘の声がした。振り返ると追いついた優希が不思議そうな顔をしている。
「お弁当、食べれないの?」
「そうだね」純真な目がつらく、東は困ったような笑みをつくる。「また来よう」
「でも、おとーさん、また仕事でしょ。いつ帰ってこれるの?」
「ちょっと判らないな…でも、次に帰ってきたら山でも海でも、遊園地でも、優希の行きたいところに連れて行ってあげるよ」
遊園地との言葉に優希の目が輝く。東は今日ほど娘との約束が重いと感じた事はなかった。
一種異様な父娘のやり取りに虎二郎は首を傾げる思いだったのだが、北海道からの引っ越しと、なかなか家に帰れない公務員というキーワードから、東の職務に思い当ってハッとなる。
「なぁ虎太朗、優希ちゃんのお父さんの仕事って、もしかして…」
「自衛隊で戦車に乗ってるって言ってた」
「そうか」
ダイガストと戦車では安全性に天と地の開きがあるだろうが、それでも同じ舞台に立つ子を持つ身として、虎二郎は身につまされる思いだった。そう思うと東親子の姿は荘厳なものに見えてくる。しかし、この光景をいつまでも続けさせてはならないし、いくつもの家庭に広げさせてもいけない。
それに眼前のゴミの山。弱者の無知につけ込み、未来に渡る負債を押し付ける強者の傲慢。それって先進国がやって来た事じゃないの、とか思わない事も無いが、この際こっちが被害者なので知らんぷりを決め込んでおく。
まして鷹介の青森での悶着からモンタルチーノ商会の事を周知されている大江戸先進科学研究所のスタッフであれば、この光景が意味することは分かっていた。
どうせ銀河列強の活動で生じた雑多なゴミをまとめて引き受け、人知れず山中に遺棄するハラだろう。銀河帝国文明圏にとって地球は辺境の最外殻のひとつだ。より外延へと調査を進めるための中継基地に使うもよし、銀河連邦警察の目の届かぬ辺境を危険な産業廃棄物の処分場にするのもよし。彼らにとって地球の商業的価値など、その程度だった。そこに暮らす人々が顧みられる事はない。
「宇宙ヤクザめ、俺の第二の故郷を薄汚い欲望で汚させはせんぞ」
「ぶえっくしょいっ!」
誰かが噂をしているのか、モンタルチーノは盛大なくしゃみを吐いた。
「こりゃあ、どこかで女子高生が噂してるんやな」
とか下世話な軽口をたたいてみるが、どうせ恨み言の類だと内心では分かっている。なんてったって悪党だから、恨みを買った記憶には事欠かない。
モンタルチーノもできれば自分と関わりのある人間とは全てwin‐winの関係――越後屋、そちも悪よのぅ、ではあるが――でありたいと思ってはいるが、そうなるために強引な地ならしが必要な場合も多々ある。それが文字通りの意味であったりするあたりが、正に悪党の面目躍如であるのだが。
今も教師にPTAに公務員がこぞって説明を求めていたが、いちいち取りあうつもりもない。場を占拠しているのはこちらであり、主導権をくれてやるつもりも無いのだから、立場の違いは明らかだ。
「それじゃそろそろ、お暇願おか」
モンタルチーノの命令一下、ガタイの良い作業員たち…つまるところ宇宙ヤクザの構成員達が、横にズラリと並んで父兄の列を押し戻し始める。
父が突き飛ばされ、母が追い散らされ、子供の泣き声が混じる。誰かが拙いと思った時には混沌の火蓋が切って落とされていた。突き飛ばされた父親たちが立ち上がりざまに宇宙ヤクザに掴み掛り、あるいは胴にタックルをする。暴力の応酬に前列から雪崩を切ったような壊乱がおこり、後続の父兄と子供を物理的に巻き込んで無秩序な流れが起こり始めていた。
先刻の曹長が人の雪崩から抜け出て、秩序立った列を作るように避難誘導を始める。幾人かの年嵩の教師も声を張り上げて誘導を行っていた。しかし絶対的な流れは壊乱に変わりない。
最前列の取っ組み合いも見る間に苛烈なものになっていた。参加者は昭和の香りのする喧嘩っ早い土建屋の方々は言うに及ばず、先ほど抗議の声を上げていた非番の警官や消防士も交じっており、荒事慣れしている者が多かった。しかもここまでのハイキングコースで体も温まっており、適当な見回りをしていた宇宙ヤクザの面々と違っていきなりフルスロットルだ。
形勢不利と見たヤクザ者が武器を使ったのは、自然の流れであった。
リレーバトンほどの白い発信器の先端からプラズマの刃が発生する。金属加工用のプラズマ溶断機を違法改造したもので、彼らはDOS(ダイナミック・オプティカル・ソー)と呼んでいる。ちなみにプラズマの刃渡りが長いのは、もちろん長DOSである。いずれにせよ出力は最低にまで絞るが、アーク光への暴露時間が長ければ結構な火傷を負うし、目によろしくない不可視光線の類も出ていた。で、それを両手で握って腰だめに構える。術理もへったくそもない、体ごとぶつかる事が前提の荒くれ殺法だ。
いかん。東は光の刃を確認するや、優希を虎二郎に預けると駆け出していた。手には熱い茶の入ったステンレスボトル。横合いから駆け込みながら、そいつで宇宙ヤクザの向う脛を引っ叩く。
響き渡る金属音が二度、三度。東は一撃くれたやつには目もくれず、次々とDOSを抜いた者に襲い掛かる。攻撃を察知して避けるやつには、続けざまに顎なり鼻っ柱なりにステンレスボトルの角が飛んできた。
血の気の多い父親たちは奇襲で生じた綻びから木柵に取りつくと、怒りのままに引っこ抜こうと手をかける。それで何が好転する訳でもないのだが、動き始めてしまった暴力はきっかけが無ければ中々止まれない。
それはモンタルチーノこそ理解していた。不甲斐ない一家の荒くれたちの根性は後で叩き直すとして、携帯電話型の通信機を懐から取り出すと、何やら言葉少なに指示を飛ばす。
通信を切り、葉巻に持ちかえて隅を口で噛み切る。口腔から鼻へと甘い香りが抜けて、イライラを瞬時忘れさせた。
若頭がモンタルチーノの葉巻に火をつけた時、それは唐突に始まった。
山が激しく揺れ、木々が倒れる。間欠泉のように土が空高く吹き上がり、その中に巨大な影が立ち上がる。影の巨大さに地震では起こらなかった悲鳴がたちまち巻き起こった。
現れたのは全長40メーターに達するダンゴムシのような生物だった。しかし地球では石の下などに生息する種より足が太く、甲殻の最後尾部分はエビの尻尾のように左右に広がっている。節の端々には棘のような突起が目立ち、全体の印象を凶悪にしていた。
「宇宙大帝グソクムシ!!」
虎太朗が例によって銀河最強甲虫DVDの映像から、その名前を思い出して指差した。
「海洋惑星の暴君!凄い!大きい!」
巨大甲虫に目をキラキラさせる虎太朗に優希の方はドン引きである。女心が分かるにはマダマダと、息子の行動に虎二郎は淡い笑みを浮かべ、それから二人の肩に手を添えて空の一点に目を向けた。
「さぁ、こっちも準備が整ったみたいだ」
ジェットエンジンの轟音と共に何かが近づいていた。
ほどなく空の青にスコップの先のようなシルエットが浮かび上がり、それがどんどん高度を下げてくる。
子供たちは知っていた。大江戸先進科学研究所の大型輸送機。それが運んでくるものを。
「ダイガストだー!!」
幾人かのソプラノが唱和し、悲鳴と怒号の喧騒の中に確かに響き渡った。大人たちも足を止め、手を止めて、子供たちの声の示す先を見上げる。
確かに鋼鉄の巨翼に吊り下げられた機械人形の雄姿があった。
歓声が上がる。ついでに宇宙ヤクザ達の動揺も。
「なんつー御都合主義や…」
モンタルチーノのタラコ唇から葉巻が転げ落ちた。
誰かが噂をしているのか、モンタルチーノは盛大なくしゃみを吐いた。
「こりゃあ、どこかで女子高生が噂してるんやな」
とか下世話な軽口をたたいてみるが、どうせ恨み言の類だと内心では分かっている。なんてったって悪党だから、恨みを買った記憶には事欠かない。
モンタルチーノもできれば自分と関わりのある人間とは全てwin‐winの関係――越後屋、そちも悪よのぅ、ではあるが――でありたいと思ってはいるが、そうなるために強引な地ならしが必要な場合も多々ある。それが文字通りの意味であったりするあたりが、正に悪党の面目躍如であるのだが。
今も教師にPTAに公務員がこぞって説明を求めていたが、いちいち取りあうつもりもない。場を占拠しているのはこちらであり、主導権をくれてやるつもりも無いのだから、立場の違いは明らかだ。
「それじゃそろそろ、お暇願おか」
モンタルチーノの命令一下、ガタイの良い作業員たち…つまるところ宇宙ヤクザの構成員達が、横にズラリと並んで父兄の列を押し戻し始める。
父が突き飛ばされ、母が追い散らされ、子供の泣き声が混じる。誰かが拙いと思った時には混沌の火蓋が切って落とされていた。突き飛ばされた父親たちが立ち上がりざまに宇宙ヤクザに掴み掛り、あるいは胴にタックルをする。暴力の応酬に前列から雪崩を切ったような壊乱がおこり、後続の父兄と子供を物理的に巻き込んで無秩序な流れが起こり始めていた。
先刻の曹長が人の雪崩から抜け出て、秩序立った列を作るように避難誘導を始める。幾人かの年嵩の教師も声を張り上げて誘導を行っていた。しかし絶対的な流れは壊乱に変わりない。
最前列の取っ組み合いも見る間に苛烈なものになっていた。参加者は昭和の香りのする喧嘩っ早い土建屋の方々は言うに及ばず、先ほど抗議の声を上げていた非番の警官や消防士も交じっており、荒事慣れしている者が多かった。しかもここまでのハイキングコースで体も温まっており、適当な見回りをしていた宇宙ヤクザの面々と違っていきなりフルスロットルだ。
形勢不利と見たヤクザ者が武器を使ったのは、自然の流れであった。
リレーバトンほどの白い発信器の先端からプラズマの刃が発生する。金属加工用のプラズマ溶断機を違法改造したもので、彼らはDOS(ダイナミック・オプティカル・ソー)と呼んでいる。ちなみにプラズマの刃渡りが長いのは、もちろん長DOSである。いずれにせよ出力は最低にまで絞るが、アーク光への暴露時間が長ければ結構な火傷を負うし、目によろしくない不可視光線の類も出ていた。で、それを両手で握って腰だめに構える。術理もへったくそもない、体ごとぶつかる事が前提の荒くれ殺法だ。
いかん。東は光の刃を確認するや、優希を虎二郎に預けると駆け出していた。手には熱い茶の入ったステンレスボトル。横合いから駆け込みながら、そいつで宇宙ヤクザの向う脛を引っ叩く。
響き渡る金属音が二度、三度。東は一撃くれたやつには目もくれず、次々とDOSを抜いた者に襲い掛かる。攻撃を察知して避けるやつには、続けざまに顎なり鼻っ柱なりにステンレスボトルの角が飛んできた。
血の気の多い父親たちは奇襲で生じた綻びから木柵に取りつくと、怒りのままに引っこ抜こうと手をかける。それで何が好転する訳でもないのだが、動き始めてしまった暴力はきっかけが無ければ中々止まれない。
それはモンタルチーノこそ理解していた。不甲斐ない一家の荒くれたちの根性は後で叩き直すとして、携帯電話型の通信機を懐から取り出すと、何やら言葉少なに指示を飛ばす。
通信を切り、葉巻に持ちかえて隅を口で噛み切る。口腔から鼻へと甘い香りが抜けて、イライラを瞬時忘れさせた。
若頭がモンタルチーノの葉巻に火をつけた時、それは唐突に始まった。
山が激しく揺れ、木々が倒れる。間欠泉のように土が空高く吹き上がり、その中に巨大な影が立ち上がる。影の巨大さに地震では起こらなかった悲鳴がたちまち巻き起こった。
現れたのは全長40メーターに達するダンゴムシのような生物だった。しかし地球では石の下などに生息する種より足が太く、甲殻の最後尾部分はエビの尻尾のように左右に広がっている。節の端々には棘のような突起が目立ち、全体の印象を凶悪にしていた。
「宇宙大帝グソクムシ!!」
虎太朗が例によって銀河最強甲虫DVDの映像から、その名前を思い出して指差した。
「海洋惑星の暴君!凄い!大きい!」
巨大甲虫に目をキラキラさせる虎太朗に優希の方はドン引きである。女心が分かるにはマダマダと、息子の行動に虎二郎は淡い笑みを浮かべ、それから二人の肩に手を添えて空の一点に目を向けた。
「さぁ、こっちも準備が整ったみたいだ」
ジェットエンジンの轟音と共に何かが近づいていた。
ほどなく空の青にスコップの先のようなシルエットが浮かび上がり、それがどんどん高度を下げてくる。
子供たちは知っていた。大江戸先進科学研究所の大型輸送機。それが運んでくるものを。
「ダイガストだー!!」
幾人かのソプラノが唱和し、悲鳴と怒号の喧騒の中に確かに響き渡った。大人たちも足を止め、手を止めて、子供たちの声の示す先を見上げる。
確かに鋼鉄の巨翼に吊り下げられた機械人形の雄姿があった。
歓声が上がる。ついでに宇宙ヤクザ達の動揺も。
「なんつー御都合主義や…」
モンタルチーノのタラコ唇から葉巻が転げ落ちた。
時系列は僅かに戻る。
整備を終えたダイガストは自衛隊の富士演習場で火砲の試射を行った。これまでの如何にも日本的な何となくの協力体制が実を結んでの、これまた何となくの使用許可だった。そして、つつがなくテスト工程を終え、大鳳に吊り下げられての帰途のこと。
「…それで、同期のやつらは速成でパイロットになるそうで」
鷹介はダイガストのコクピットから大鳳の機長に、愚痴のような、整理しきれないモノをうち明けていた。数日前に再会した柘植隼人から聞かされた件だった。
「末期の予科練みたいなもんか…まぁ、皆、何がしかの覚悟があって続ける事を選んだんだろ」
会話の相手である権藤機長はそろそろ頭に白いものが混じり出した中年男だが、鷹介と同じように元々は航空学生出身者であり、脂っ気の抜け始めた顔貌には任務と訓練とで自分を律し続けた凄味が滲み出ている。現役時代は輸送機のパイロットではあったが、イラクでの空輸任務もこなした実際の戦地を知る貴重な人物だった。
そんなベテランが退職して大江戸研に席を置いていると云うのも、あの博士や人の悪い総理の暗躍があったのではないかと思われる。
権藤機長は計器類を確認しながら会話を続ける。大鳳は大型機ではあるが、人手不足のために副機長の席は常に空いていた。
「戦争資源ってやつは、人間の調達が一番難しいんだ。それなのに教育用の機体まで持ち出すって事は、後のパイロット育成計画にまで影響が出るって意味だぜ。それも次があれば、って話だが…」
権藤にはどこか自棄な言動があった。若い鷹介はそれこそがベテランの醸す空気だと思っている。
「大体、お前の同期だって直ぐに実戦配備ってわけでも無いだろ。小松や築城のパイロットと入れ替えるのが先じゃないのか?まぁ北海道、青森と盗られて、そっちからの引き上げ組の受け入れで、方々の基地もてんやわんやらしいが」
それは企業にも言える事で、ツルギスタンやセランの統制下でどのように振る舞うかで、経団連の混乱が続いている。なお、ツルギスタンは占領地への製造業者の帰還に優遇措置を発表しているが、それは取りも直さずメイド・イン・ツルギスタンを名乗る事であり、日本にとっては利敵行為と成り得る。
外資系企業の中には早くも占領地で別法人を作ろうという動きが出始めており、各国の経済関連の役人の頭を抱えさせていた。銀河列強ではその流れを歓迎し、新たな胴元となってマネーゲームの参加者を募っている節もある。世界経済の停滞で息も絶え絶えだったファンドがこれに触発され、目を血走らせて次なる賭場への種銭のために新興国への投資を引き揚げさせると、それがまた新たな要素となって世界経済を混迷させる。
一方、先進主要国では戦備のために雇用が生まれ、徐々に経済が上向き始めているが、それを支えているのは金にモノを言わせての資源争奪戦であり、資源産出国――大抵は後進国――への拙速すぎる金の流れは現地での格差を拡大させ、末端の人々の目に見えぬ不満もまた膨れてゆく。
自由主義経済の構造の行き詰まりに端を発する混乱によって遅滞していた地球の歴史の歯車は、銀河列強の介入によって再び回り始めるが、歯車に点されるのは潤滑油で無く混乱であり、いやな軋み音を響かせていた。
ダイガストもそういった流れの最先端に存在するものであるが、運用に関わる鷹介や権藤がその事を認識するのも無理な話であった。彼らの居場所はコクピットであり、そして彼らが信頼する機械たちが予定外の通信を受けたのは、そんな時だ。
「こちら土岐です。権藤さん、今どの辺ですか!?」
「はいよ、こちら権藤。現在は静岡上空3000フィート。どうした?そっちは有給じゃないのか」
「その有給中に宇宙ヤクザと鉢合わせしたんです。遠足のコースで不法投棄の真っ最中。ダイガストをこっちに回せませんか?」
「俺の方は構わんが…」権藤は操縦桿を握りながら器用に首をかしげる。「大江戸博士は何て?無許可じゃ動かせんぞ」
「列強の鉄くずを分捕るチャンスですと言ったら、二つ返事でOKが」
「ひと様のゴミを掻っ攫うのが国防の重責かい…」
皮肉をこぼしながらも権藤は大鳳のスロットルをしぼると、大型機を最小の旋回半径で見事に回頭させ、虎二郎の通信機めざして高度を下げていった。
一方で蚊帳の外だった鷹介は『主人公(笑)』というフレーズを感じずにはおれなかった。だから山肌に巨大な甲殻類を視認した時には、ようやくの出番にちょっとの興奮を憶えたものだった。
逆に心配したのは権藤だ。
「地上げ獣とやらかい…風見、山肌のハイキングコースには土岐さん達がいるからな、近づくなよ。火砲にも頼るな。ツルギスタンとの戦闘じゃ無ぇんだ、戦域外への柵越えを防いでくれるバリアなんざ無いぞ」
「つまり巨大カブトムシの時と概ね一緒。頼れるのは自分の拳一つ、と」
「あとは知恵と勇気だ。高度よろし、投下するぞ!」
「ロック解除確認。行ってきます!」
大鳳の腹の下に無理やりな風情で抱えられていたダイガストが、重力と慣性に従って降下を開始する。速度エネルギーも位置エネルギーも十分にあるため投弾にも等しい有様だが、権藤も手慣れたもので、ダイガストは地上げ獣の目の前に弾着する見事な放物線を描いていた。
着陸地点が近づくと、腰裏のスラスターが噴射を開始して慣性に抗い始める。着火した気化燃料とともに空間中の微量の重力子にもはたらき 掛け、見た目以上の制動効果が生まれていた。それでも相殺し切れない慣性がダイガストの着陸と共に盛大な土煙となって巻きあがり、その重量感を居合わせた人々に伝えてくる。
光の国の巨人か、自我を持った勇気あるロボットか。ダイガストがファイティングポーズを取るや、子供たちから割れんばかりの歓声が巻き起こった。
こりゃ、無様な戦いは出来ないな。鷹介は思わぬ見学者達の視線を感じながらダイガストのコンディションを確認する。
斜面で足を取られて滑落しないよう足回りは敏感に。子供たちの只中に飛び込まないよう行動禁止区域を策定。虎二郎がいないため出力調整は自動で。ダイガストの制御プログラムは日々、情報の蓄積と共に最適化を繰り返してきたので、東北でギャラクシー・コーカサス・オオカブトと戦った時のようなギリギリの制御を強いられはしないが、さりとて全力全開で機体を振り回せるわけでもない。
注意点ばかりだが、ともかく、ここから引き離そう。鷹介は行動指針を決し、ダンゴムシとウチワエビの不義の子のような巨大甲殻類の側面に回り込むと、両手でもって押し込んだ。いつぞやの巨大カブトムシと同じく、全高はダイガストの胸くらいまでだ。やってやれないサイズではない、はず。
しかし巨大甲殻類も節くれ立った太い脚でふんばって微動だにしない。
それならばと拳を固めて引き絞り、殴りつける様子を見せるや、今度は甲殻類がごろりと体を丸め、ダンゴムシよろしく球形になって転がり出した。動かない物と思っていたせいで、ダイガストは盛大な空振りをうつ。
コミカル回じゃ無いんだぞ。鷹介の脳裏に泣き止まない怪獣に肩をすくめた光の国の巨人の姿が思い起こされる。だがダイガストに怪獣墓場まで飛んで行く機能はない。気を取り直し、腰のアンカーを一つ発射して球状になった甲殻類に巻きつける。そこで軽く横に振って球体にベクトルを与えてやれば、アンカーが解けて外れた後も、山の斜面を転がり落ちてゆく寸法だ。
巨大甲殻類はうまい具合に丘陵を転げ降り、麓の原野で球体を解くや、地に足を突き立てて踏みとどまった。
高い所から見渡すと麓では至る所で赤色灯を点けた車両が走り回り、引っ切り無しに巨大生物の出現と避難を訴える防災無線が鳴り響いている。
これはツルギスタンやセランの軍勢から遠く離れた内地での椿事だ。あり得ない事態に誰しもが浮足立っている事だろう。何より最初に巻き込まれた小学生たちが哀れだ。
「まったく…こういった手合いの、人の迷惑を顧みたい事と言ったら!」
モンタルチーノのふてぶてしい面を思い出し、ふつふつと湧き上がる憤りと共に鷹介はフットペダルを踏む。ダイガストが斜面を下って巨大甲殻類に追撃をかけようとした、まさにその時。
「!」
鷹介の視界が突然、紫の光に照らされたかと思うと、驚きよりも早く閃光がモニターを充たした。
衝撃がコクピットを揺さぶり、機体の表面温度が跳ね上がった事をコンソールパネルと警報とが伝えてきた。被弾個所である腹部の積層熱制御フィルムが次々と蒸発する事によって、機体が受けた熱エネルギーは即座に大気に発散されていたが、それは使い捨ての防御装置を失った事を意味した。
鷹介はすぐさま、ダイガストをその場から離れさせる。役目を終えた熱制御フィルムの薄片が風に舞った。
常ならば虎二郎なり大江戸博士なりが事態の解析を始めてくれるのだが、今日の彼は一人きりだ。
やけにコクピットが広いな。鷹介を得体の知れない不安感が包んでいた。
整備を終えたダイガストは自衛隊の富士演習場で火砲の試射を行った。これまでの如何にも日本的な何となくの協力体制が実を結んでの、これまた何となくの使用許可だった。そして、つつがなくテスト工程を終え、大鳳に吊り下げられての帰途のこと。
「…それで、同期のやつらは速成でパイロットになるそうで」
鷹介はダイガストのコクピットから大鳳の機長に、愚痴のような、整理しきれないモノをうち明けていた。数日前に再会した柘植隼人から聞かされた件だった。
「末期の予科練みたいなもんか…まぁ、皆、何がしかの覚悟があって続ける事を選んだんだろ」
会話の相手である権藤機長はそろそろ頭に白いものが混じり出した中年男だが、鷹介と同じように元々は航空学生出身者であり、脂っ気の抜け始めた顔貌には任務と訓練とで自分を律し続けた凄味が滲み出ている。現役時代は輸送機のパイロットではあったが、イラクでの空輸任務もこなした実際の戦地を知る貴重な人物だった。
そんなベテランが退職して大江戸研に席を置いていると云うのも、あの博士や人の悪い総理の暗躍があったのではないかと思われる。
権藤機長は計器類を確認しながら会話を続ける。大鳳は大型機ではあるが、人手不足のために副機長の席は常に空いていた。
「戦争資源ってやつは、人間の調達が一番難しいんだ。それなのに教育用の機体まで持ち出すって事は、後のパイロット育成計画にまで影響が出るって意味だぜ。それも次があれば、って話だが…」
権藤にはどこか自棄な言動があった。若い鷹介はそれこそがベテランの醸す空気だと思っている。
「大体、お前の同期だって直ぐに実戦配備ってわけでも無いだろ。小松や築城のパイロットと入れ替えるのが先じゃないのか?まぁ北海道、青森と盗られて、そっちからの引き上げ組の受け入れで、方々の基地もてんやわんやらしいが」
それは企業にも言える事で、ツルギスタンやセランの統制下でどのように振る舞うかで、経団連の混乱が続いている。なお、ツルギスタンは占領地への製造業者の帰還に優遇措置を発表しているが、それは取りも直さずメイド・イン・ツルギスタンを名乗る事であり、日本にとっては利敵行為と成り得る。
外資系企業の中には早くも占領地で別法人を作ろうという動きが出始めており、各国の経済関連の役人の頭を抱えさせていた。銀河列強ではその流れを歓迎し、新たな胴元となってマネーゲームの参加者を募っている節もある。世界経済の停滞で息も絶え絶えだったファンドがこれに触発され、目を血走らせて次なる賭場への種銭のために新興国への投資を引き揚げさせると、それがまた新たな要素となって世界経済を混迷させる。
一方、先進主要国では戦備のために雇用が生まれ、徐々に経済が上向き始めているが、それを支えているのは金にモノを言わせての資源争奪戦であり、資源産出国――大抵は後進国――への拙速すぎる金の流れは現地での格差を拡大させ、末端の人々の目に見えぬ不満もまた膨れてゆく。
自由主義経済の構造の行き詰まりに端を発する混乱によって遅滞していた地球の歴史の歯車は、銀河列強の介入によって再び回り始めるが、歯車に点されるのは潤滑油で無く混乱であり、いやな軋み音を響かせていた。
ダイガストもそういった流れの最先端に存在するものであるが、運用に関わる鷹介や権藤がその事を認識するのも無理な話であった。彼らの居場所はコクピットであり、そして彼らが信頼する機械たちが予定外の通信を受けたのは、そんな時だ。
「こちら土岐です。権藤さん、今どの辺ですか!?」
「はいよ、こちら権藤。現在は静岡上空3000フィート。どうした?そっちは有給じゃないのか」
「その有給中に宇宙ヤクザと鉢合わせしたんです。遠足のコースで不法投棄の真っ最中。ダイガストをこっちに回せませんか?」
「俺の方は構わんが…」権藤は操縦桿を握りながら器用に首をかしげる。「大江戸博士は何て?無許可じゃ動かせんぞ」
「列強の鉄くずを分捕るチャンスですと言ったら、二つ返事でOKが」
「ひと様のゴミを掻っ攫うのが国防の重責かい…」
皮肉をこぼしながらも権藤は大鳳のスロットルをしぼると、大型機を最小の旋回半径で見事に回頭させ、虎二郎の通信機めざして高度を下げていった。
一方で蚊帳の外だった鷹介は『主人公(笑)』というフレーズを感じずにはおれなかった。だから山肌に巨大な甲殻類を視認した時には、ようやくの出番にちょっとの興奮を憶えたものだった。
逆に心配したのは権藤だ。
「地上げ獣とやらかい…風見、山肌のハイキングコースには土岐さん達がいるからな、近づくなよ。火砲にも頼るな。ツルギスタンとの戦闘じゃ無ぇんだ、戦域外への柵越えを防いでくれるバリアなんざ無いぞ」
「つまり巨大カブトムシの時と概ね一緒。頼れるのは自分の拳一つ、と」
「あとは知恵と勇気だ。高度よろし、投下するぞ!」
「ロック解除確認。行ってきます!」
大鳳の腹の下に無理やりな風情で抱えられていたダイガストが、重力と慣性に従って降下を開始する。速度エネルギーも位置エネルギーも十分にあるため投弾にも等しい有様だが、権藤も手慣れたもので、ダイガストは地上げ獣の目の前に弾着する見事な放物線を描いていた。
着陸地点が近づくと、腰裏のスラスターが噴射を開始して慣性に抗い始める。着火した気化燃料とともに空間中の微量の重力子にもはたらき 掛け、見た目以上の制動効果が生まれていた。それでも相殺し切れない慣性がダイガストの着陸と共に盛大な土煙となって巻きあがり、その重量感を居合わせた人々に伝えてくる。
光の国の巨人か、自我を持った勇気あるロボットか。ダイガストがファイティングポーズを取るや、子供たちから割れんばかりの歓声が巻き起こった。
こりゃ、無様な戦いは出来ないな。鷹介は思わぬ見学者達の視線を感じながらダイガストのコンディションを確認する。
斜面で足を取られて滑落しないよう足回りは敏感に。子供たちの只中に飛び込まないよう行動禁止区域を策定。虎二郎がいないため出力調整は自動で。ダイガストの制御プログラムは日々、情報の蓄積と共に最適化を繰り返してきたので、東北でギャラクシー・コーカサス・オオカブトと戦った時のようなギリギリの制御を強いられはしないが、さりとて全力全開で機体を振り回せるわけでもない。
注意点ばかりだが、ともかく、ここから引き離そう。鷹介は行動指針を決し、ダンゴムシとウチワエビの不義の子のような巨大甲殻類の側面に回り込むと、両手でもって押し込んだ。いつぞやの巨大カブトムシと同じく、全高はダイガストの胸くらいまでだ。やってやれないサイズではない、はず。
しかし巨大甲殻類も節くれ立った太い脚でふんばって微動だにしない。
それならばと拳を固めて引き絞り、殴りつける様子を見せるや、今度は甲殻類がごろりと体を丸め、ダンゴムシよろしく球形になって転がり出した。動かない物と思っていたせいで、ダイガストは盛大な空振りをうつ。
コミカル回じゃ無いんだぞ。鷹介の脳裏に泣き止まない怪獣に肩をすくめた光の国の巨人の姿が思い起こされる。だがダイガストに怪獣墓場まで飛んで行く機能はない。気を取り直し、腰のアンカーを一つ発射して球状になった甲殻類に巻きつける。そこで軽く横に振って球体にベクトルを与えてやれば、アンカーが解けて外れた後も、山の斜面を転がり落ちてゆく寸法だ。
巨大甲殻類はうまい具合に丘陵を転げ降り、麓の原野で球体を解くや、地に足を突き立てて踏みとどまった。
高い所から見渡すと麓では至る所で赤色灯を点けた車両が走り回り、引っ切り無しに巨大生物の出現と避難を訴える防災無線が鳴り響いている。
これはツルギスタンやセランの軍勢から遠く離れた内地での椿事だ。あり得ない事態に誰しもが浮足立っている事だろう。何より最初に巻き込まれた小学生たちが哀れだ。
「まったく…こういった手合いの、人の迷惑を顧みたい事と言ったら!」
モンタルチーノのふてぶてしい面を思い出し、ふつふつと湧き上がる憤りと共に鷹介はフットペダルを踏む。ダイガストが斜面を下って巨大甲殻類に追撃をかけようとした、まさにその時。
「!」
鷹介の視界が突然、紫の光に照らされたかと思うと、驚きよりも早く閃光がモニターを充たした。
衝撃がコクピットを揺さぶり、機体の表面温度が跳ね上がった事をコンソールパネルと警報とが伝えてきた。被弾個所である腹部の積層熱制御フィルムが次々と蒸発する事によって、機体が受けた熱エネルギーは即座に大気に発散されていたが、それは使い捨ての防御装置を失った事を意味した。
鷹介はすぐさま、ダイガストをその場から離れさせる。役目を終えた熱制御フィルムの薄片が風に舞った。
常ならば虎二郎なり大江戸博士なりが事態の解析を始めてくれるのだが、今日の彼は一人きりだ。
やけにコクピットが広いな。鷹介を得体の知れない不安感が包んでいた。
十三話に続く