第十三話 爆進!深海の暴君
侵略地上げ獣『宇宙大帝グソクムシ』登場
侵略地上げ獣『宇宙大帝グソクムシ』登場
ダイガストが宇宙大帝グソクムシの周囲を走ると、その数瞬前の位置を紫の光条が追いかけ、続けて閃光が撃ち据える。閃光が放たれるたび、大気を引き裂く轟音が響き渡り、原野の土や木々を引き裂いて跳ね上げる。
放電のようだが、直前の紫のサーチライトのような光は何だろう。虎二郎は眼下の光景に手出し出来ない事に何ともいえない焦燥を感じつつ、今はコクピットにいない事を意識しないよう、気を取り直す。
何の巡り会わせか、虎二郎はモンタルチーノと対峙していた。遠足参加の親子たちは下山するか、遠巻きにダイガストの行動を見物するか、はたまた率先して空き地の宇宙ヤクザと揉み合いになるかに分かれている。虎二郎は東から優希を託されているので、おいそれと下山組に混じれなかったし、鷹介一人に地上げ獣を任せる気もなかった。どこで通信を入れたものかと思案していると、
「火、ないですかね」
と、ホイホイ現れたのがモンタルチーノ本人だった。先ほどダイガストの登場に驚いて取り落とした葉巻の火が消えてしまい、それをみみっちくも拾い上げて土を払って、さて改めて火をと思ったら、火種を持たせていた若頭が若い衆の加勢に行ってしまった。そこで周囲を見渡して、近くにいた現地人に声をかけた次第だった。
「いや、子供が出来てから、タバコは止めているので…」
虎二郎はモンタルチーノの真意を測りかね、やや上ずった声を出していた。
まさかダイガストのパイロットである事を見越しての接触か。思わず虎二郎は少し離れたところで巨大ロボットと巨大甲虫の取り組みを応援している息子と東の娘に視線を泳がせる。幸い、子供たちの近くに宇宙ヤクザの姿は無い。
では、偶然か。虎二郎の疑りを嘲笑うように、モンタルチーノはさも情けない声で落胆した。
「そやな、子供いたら、こんなもん百害あって一利なしやな」
「…すみません」
「ああ、あんさんが謝る事やあらへんよ。むしろ立派に親やってますやん」
宇宙の悪党だというのに、何だろうこの違和感。虎二郎は微妙な居心地の悪さを感じつつ、この地球人離れした、というより三次元離れした模範的すぎる脂ぎった中年男に質問をしてみる。
「親と言うのなら、この有様にも説明が欲しいのですが。せっかくの遠足が散々だ。怪獣は論外にしても、それよりも、あんな明らかな地球外のゴミを投棄して…廃液が垂れ流しじゃないですか。地下に流れ込んだら、汚染された地下水が山を下って平地の下に広がってしまう。農業用水や飲用水に使ってる人もいるってのに、あんたらは何がしたいんだ?」
「何がしたいと訊かれれば、お仕事がしたいだけやね」
モンタルチーノは悪びれる素振りも無く答えたもので、聞いていた虎二郎は血液が沸点に近づくのを感じた。
「環境を破壊することが仕事だとでも?」
「いやいや、、破壊したいのはあんさん達の常識やね。汚染された水源地なら、いっそ山ごと掘り返しましょ。跡にはどでかい更地が出来るんやで。そこに何こさえよか?マンション、ショッピングモール、それとも宇宙港?」
「馬鹿な!複雑な地下水流動を無視すれば砂漠化が始まるぞ。それに失われる山の生態系や保水機能は?」
「超銀河ゼネコンは惑星レヴェルで耕作地を作るような真似も出来るんやで。治水にゃ心配は要らへんけど、それでも気になる言うなら現地法人と行政に頼み込んで、監視組織でも作りゃあ良え。生態系は、知らん。ここ、金になるような希少生物、おるんか?惑星環境に影響を及ぼす生物がおるん?」
「生態系はそういう問題じゃないでしょう!それに監視組織って、ただでさえ出費を嫌がる企業に加えて、お役所からお金が出てると聞くだけで文句をつけに来る人がいるんだよ、この国には」
「文句をつけに来て、それで適正な運用の監視とか言ってポストを要求してくるんやね、わかります。どこの星にも小ずるい奴がいるもんやね。そういう時こそ、ワシらモンタルチーノ商会やで。超銀河ゼネコンの下請けに現地法人の採用とか、厄介な折衝、プロ市民対策、開発計画まで、任せて!安心!モンタルチーノ商会!宇宙時代のスタンダードやで」
「完全にあんたらに牛耳られてるじゃないかっ!?」
「それじゃ現地にビタ一文も金を落とさん銀河投機家の差配を待ちまっか?それとも管理経済と思想統制の果てに皆で貧しくなって、最小不幸とか開き直る銀河共産主義の国にでも組み込まれるのがお好みで?」
「そりゃ極論に過ぎるだろう!」
「そやね、確かに極論や。でも、それだけに行動につなげるのは速いで。『時は金なり』だっけか?どこの星にも似たような言葉はあるもんやな。わし、そういうの大好き」
蛙の面に何とやら。モンタルチーノの場合は外見も水生生物じみているので、まさに文字通りである。
しかも本来なら技術屋である虎二郎にとって、技術の発展を全面的に肯定するモンタルチーノの姿勢は、ともすれば自分の立場に近いのではないかという錯覚さえ感じてくる。
『あれ?俺の方が間違ってるのか?もっと大々的に銀河列強から技術を導入して、効率を求めたら、みんな幸せになれるんじゃないか?』
それは基礎理論を放棄した地に足が着いていない思考であって、現に困惑する虎二郎は足もとが揺らぐようなイメージを感じていた。
放電のようだが、直前の紫のサーチライトのような光は何だろう。虎二郎は眼下の光景に手出し出来ない事に何ともいえない焦燥を感じつつ、今はコクピットにいない事を意識しないよう、気を取り直す。
何の巡り会わせか、虎二郎はモンタルチーノと対峙していた。遠足参加の親子たちは下山するか、遠巻きにダイガストの行動を見物するか、はたまた率先して空き地の宇宙ヤクザと揉み合いになるかに分かれている。虎二郎は東から優希を託されているので、おいそれと下山組に混じれなかったし、鷹介一人に地上げ獣を任せる気もなかった。どこで通信を入れたものかと思案していると、
「火、ないですかね」
と、ホイホイ現れたのがモンタルチーノ本人だった。先ほどダイガストの登場に驚いて取り落とした葉巻の火が消えてしまい、それをみみっちくも拾い上げて土を払って、さて改めて火をと思ったら、火種を持たせていた若頭が若い衆の加勢に行ってしまった。そこで周囲を見渡して、近くにいた現地人に声をかけた次第だった。
「いや、子供が出来てから、タバコは止めているので…」
虎二郎はモンタルチーノの真意を測りかね、やや上ずった声を出していた。
まさかダイガストのパイロットである事を見越しての接触か。思わず虎二郎は少し離れたところで巨大ロボットと巨大甲虫の取り組みを応援している息子と東の娘に視線を泳がせる。幸い、子供たちの近くに宇宙ヤクザの姿は無い。
では、偶然か。虎二郎の疑りを嘲笑うように、モンタルチーノはさも情けない声で落胆した。
「そやな、子供いたら、こんなもん百害あって一利なしやな」
「…すみません」
「ああ、あんさんが謝る事やあらへんよ。むしろ立派に親やってますやん」
宇宙の悪党だというのに、何だろうこの違和感。虎二郎は微妙な居心地の悪さを感じつつ、この地球人離れした、というより三次元離れした模範的すぎる脂ぎった中年男に質問をしてみる。
「親と言うのなら、この有様にも説明が欲しいのですが。せっかくの遠足が散々だ。怪獣は論外にしても、それよりも、あんな明らかな地球外のゴミを投棄して…廃液が垂れ流しじゃないですか。地下に流れ込んだら、汚染された地下水が山を下って平地の下に広がってしまう。農業用水や飲用水に使ってる人もいるってのに、あんたらは何がしたいんだ?」
「何がしたいと訊かれれば、お仕事がしたいだけやね」
モンタルチーノは悪びれる素振りも無く答えたもので、聞いていた虎二郎は血液が沸点に近づくのを感じた。
「環境を破壊することが仕事だとでも?」
「いやいや、、破壊したいのはあんさん達の常識やね。汚染された水源地なら、いっそ山ごと掘り返しましょ。跡にはどでかい更地が出来るんやで。そこに何こさえよか?マンション、ショッピングモール、それとも宇宙港?」
「馬鹿な!複雑な地下水流動を無視すれば砂漠化が始まるぞ。それに失われる山の生態系や保水機能は?」
「超銀河ゼネコンは惑星レヴェルで耕作地を作るような真似も出来るんやで。治水にゃ心配は要らへんけど、それでも気になる言うなら現地法人と行政に頼み込んで、監視組織でも作りゃあ良え。生態系は、知らん。ここ、金になるような希少生物、おるんか?惑星環境に影響を及ぼす生物がおるん?」
「生態系はそういう問題じゃないでしょう!それに監視組織って、ただでさえ出費を嫌がる企業に加えて、お役所からお金が出てると聞くだけで文句をつけに来る人がいるんだよ、この国には」
「文句をつけに来て、それで適正な運用の監視とか言ってポストを要求してくるんやね、わかります。どこの星にも小ずるい奴がいるもんやね。そういう時こそ、ワシらモンタルチーノ商会やで。超銀河ゼネコンの下請けに現地法人の採用とか、厄介な折衝、プロ市民対策、開発計画まで、任せて!安心!モンタルチーノ商会!宇宙時代のスタンダードやで」
「完全にあんたらに牛耳られてるじゃないかっ!?」
「それじゃ現地にビタ一文も金を落とさん銀河投機家の差配を待ちまっか?それとも管理経済と思想統制の果てに皆で貧しくなって、最小不幸とか開き直る銀河共産主義の国にでも組み込まれるのがお好みで?」
「そりゃ極論に過ぎるだろう!」
「そやね、確かに極論や。でも、それだけに行動につなげるのは速いで。『時は金なり』だっけか?どこの星にも似たような言葉はあるもんやな。わし、そういうの大好き」
蛙の面に何とやら。モンタルチーノの場合は外見も水生生物じみているので、まさに文字通りである。
しかも本来なら技術屋である虎二郎にとって、技術の発展を全面的に肯定するモンタルチーノの姿勢は、ともすれば自分の立場に近いのではないかという錯覚さえ感じてくる。
『あれ?俺の方が間違ってるのか?もっと大々的に銀河列強から技術を導入して、効率を求めたら、みんな幸せになれるんじゃないか?』
それは基礎理論を放棄した地に足が着いていない思考であって、現に困惑する虎二郎は足もとが揺らぐようなイメージを感じていた。
東三佐とモンタルチーノ商会若頭は額も触れ合わん距離で硬直状態に陥っていた。掲げた両手が互いの手の平同士と組み合い、プロレスのような格好で力比べが始まって久しい。ただ、必死の形相の東と比べ、若頭の顔には幾分余裕があった。
「さっきは子分たちが世話になった。だが、こっちにも面子があってな」
そう言って腕の力を強め、東を捻じ伏せにかかる。
東は肩が悲鳴をあげるのに耐え、絞るように抗いの声をあげる。
「知った事か、侵略者どもめ。東北で武器を売りさばいたのもお前らだろう!」
「それこそ知った事か。この辺境惑星に一体どれだけの星間国家と、星間組織が介入していると思っているんだ?」
「無責任なッ!」
「持つかよ!いちいちッ、こんな辺境にッ!」
若頭が圧し掛かるように力を込め、東の腰が砕けかける。東は瞬時その力に抗おうと踏ん張るが、直ぐに逆に力を抜いて自分から後背に倒れ込む。若頭の腹に片足をかけて。
勢い込んだ若頭は自分の力でもって、見事な巴投げを決められていた。半回転して受け身も取れずに背中から落っこちる。背中から肺にかけてが鉛に置き換わったような、嫌な息苦しさに顔をしかめながらも、直ぐに立ち上がってファイティングポーズをとる。
若頭が脇を締めて胸の高さで拳を並べて構えると、東も左半身を前にした左構えの徒手格闘の構えをとっていた。巴投げのダメージより回復する暇を与えず、左の肘から先を最小の動作で突き出す。
若頭がそれを拳で打ち払うと、続けざまに右のフックが音も無く視界の隅から飛んできたので、上半身をかがめて拳の下を潜り抜けながら東へと肉薄した。下がった上体の腹に膝蹴りが突き刺さったのは、この時だった。衝撃に若頭の動きが鈍り、東はコンビネーションのシメに右の肘を容赦なく首裏に突き落とした。
「ぐっ!?」
しかし苦悶の声を上げたのは東の方であった。戦車の装甲に肘をぶつけた時のような、鈍く、重い痛みが右腕の中を駆け巡っていた。
「残念だったな、そこは昔折られてから特殊鋼に変えてあるのさ」
堅気どころか生身じゃなかったわけだが、東がその言葉の具体的な意味を理解するより早く、若頭は彼の背後に回り込んで丸太のような腕でもって裸締めを仕掛けた。東は咄嗟に頸動脈と腕の間に指を挿み入れて失神を回避するが、この状況を打開する妙策がある訳でもない。指ごと首が締めあげられ、失神までの間に痛みが増すだけだった。
「さぁ、向こうもそろそろ終わるんじゃないか?」
若頭の声が息苦しさに朦朧とした東の頭に響く。視界の隅でダイガストが球体になった化け物ダンゴムシの体当たりを受けて派手に転倒するのが見えた。
「さっきは子分たちが世話になった。だが、こっちにも面子があってな」
そう言って腕の力を強め、東を捻じ伏せにかかる。
東は肩が悲鳴をあげるのに耐え、絞るように抗いの声をあげる。
「知った事か、侵略者どもめ。東北で武器を売りさばいたのもお前らだろう!」
「それこそ知った事か。この辺境惑星に一体どれだけの星間国家と、星間組織が介入していると思っているんだ?」
「無責任なッ!」
「持つかよ!いちいちッ、こんな辺境にッ!」
若頭が圧し掛かるように力を込め、東の腰が砕けかける。東は瞬時その力に抗おうと踏ん張るが、直ぐに逆に力を抜いて自分から後背に倒れ込む。若頭の腹に片足をかけて。
勢い込んだ若頭は自分の力でもって、見事な巴投げを決められていた。半回転して受け身も取れずに背中から落っこちる。背中から肺にかけてが鉛に置き換わったような、嫌な息苦しさに顔をしかめながらも、直ぐに立ち上がってファイティングポーズをとる。
若頭が脇を締めて胸の高さで拳を並べて構えると、東も左半身を前にした左構えの徒手格闘の構えをとっていた。巴投げのダメージより回復する暇を与えず、左の肘から先を最小の動作で突き出す。
若頭がそれを拳で打ち払うと、続けざまに右のフックが音も無く視界の隅から飛んできたので、上半身をかがめて拳の下を潜り抜けながら東へと肉薄した。下がった上体の腹に膝蹴りが突き刺さったのは、この時だった。衝撃に若頭の動きが鈍り、東はコンビネーションのシメに右の肘を容赦なく首裏に突き落とした。
「ぐっ!?」
しかし苦悶の声を上げたのは東の方であった。戦車の装甲に肘をぶつけた時のような、鈍く、重い痛みが右腕の中を駆け巡っていた。
「残念だったな、そこは昔折られてから特殊鋼に変えてあるのさ」
堅気どころか生身じゃなかったわけだが、東がその言葉の具体的な意味を理解するより早く、若頭は彼の背後に回り込んで丸太のような腕でもって裸締めを仕掛けた。東は咄嗟に頸動脈と腕の間に指を挿み入れて失神を回避するが、この状況を打開する妙策がある訳でもない。指ごと首が締めあげられ、失神までの間に痛みが増すだけだった。
「さぁ、向こうもそろそろ終わるんじゃないか?」
若頭の声が息苦しさに朦朧とした東の頭に響く。視界の隅でダイガストが球体になった化け物ダンゴムシの体当たりを受けて派手に転倒するのが見えた。
鷹介はダイガストを立ち上がらせると、そこから横跳びで離脱する。直後に紫の光条と放電とが、誰もいなくなった空間を満たした。
足を止めれば放電が襲ってくる。かと言って、機敏で無いところに着け入って背後を取れば、こいつは体を丸めて転がりだそうとする。鷹介としては市街地に出したくないので、機体を壁にして止めざるを得なかった。それが最前から続く対峙の推移である。
ギャラクシー・コーカサス・オオカブトのように始終接戦を強いられる訳ではないが、こっちはこっちで攻め手に欠ける。そこに単独戦闘のせいで標的の解析が進まず、情報不足のままであるという事実が拍車をかけていた。
「んなろっ!」
鷹介は半ば逆切れ気味に宇宙大帝グソクムシに殴打の応酬を浴びせるが、これがまた利いている様子がサッパリ無い。巨大カブトムシと同様に、分厚い甲殻を維持する筋肉が衝撃を緩和しているのだろう。鷹介は知らないが、まして今回は本来なら深海の水圧に耐えている生物であるからして、尚の事頑丈さには定評があった。
再度距離を取りつつ、コンソールパネルの余剰エネルギーのバーにちらりと目を落とすと、意に反して殆ど伸びていない。普段なら虎二郎が微細な出力調整を行って余剰のエネルギーを溜め、グラビティ・スプラッシャーや輝鋼剣といった超兵器を使用するエネルギーを賄う筈が、コンピューター任せの制御ではダイガストを動かすのが手一杯だった。
結局のところ列強――の特異な戦争形態――に伍するというダイガストという触れ込みは、熟練搭乗者無しには考えられないのが現状だった。まして搭乗者も素性を知らない主機である事象転換炉の事まで考慮に入れるなら、工業製品としてのダイガストは甚だ不適格な代物である。
では列強への反撃の一手となるような生産性と簡便性に優れた工業製品とは何なのかと問われると、これはもう大江戸博士や防衛省技術研究本部の人たちに頭を捻って貰う他ない。極論すればダイガストとは『その時』が来るまでの時間を稼ぐ存在であるからして、むしろ今回のような地方自治体を脅かす悪党への掣肘こそ使命であると言える。
詰まる所、風見鷹介は泣こうが喚こうが、雨が降ろうが槍が降ろうが、いずれの組織の急先鋒となって戦って、戦って、戦いぬく、徹頭徹尾素敵な定めにある訳だ。『正義のスーパーロボット』として。
「表面からはダメージが通っていないようだ…それなら」
鷹介は現状の困難さに軽い疲労感を覚えつつ、機を横方向に小さく跳躍させ、巨大甲殻類の側方に再び回り込む。着地と同時に左腰のアンカーを発射すると横方向に弧を描いて飛んで、節くれ立った足の一本に引っ掛けた。その足めがけてダイガストは踏み込んだ速度そのままに拳を叩きつける。
まさに茹で蟹の甲殻を割るような快音をさせ、叩き折れた節足が宙を舞った。
「よし、このまま全ての足を叩き折ってやる」
まるで昭和のヒーローのような事を口走る鷹介だったが、良い事なのか悪い事なのか、残虐シーンの垂れ流しは始まらなかった。巨大甲殻類が速くも体を丸め、足を使わない移動方法を選択したからだ。
さらに球体になった甲殻の間から白色のガスが噴射を始める。ガスに触れた地表は見る間に白く結氷し、土壌中の水分が霜柱に変化して土を盛り上げた。続いて先ほどから発射していた放電と同じ現象を、今度は冷えた外殻に沿って走らせれば、
「くそ、こいつは見ただけで判るぞ…」
鷹介の引きつった頬を冷や汗が伝う。
超低温により電気伝導の効率が撥ね上がった地表と甲殻とに電気がはしり、磁気浮上効果によって甲殻類の巨体が僅かに地表から浮き上がった。そこで回転を始めれば、凄まじいスピードの空回りになる。その様たるや、まるで稲妻をまとった黒い竜巻――縦回転だが――だ。
そして鷹介の悪い予感の通り、黒い竜巻は存分に稼いだ運動エネルギーをそのままに、ダイガストに向かって発射された。
足を止めれば放電が襲ってくる。かと言って、機敏で無いところに着け入って背後を取れば、こいつは体を丸めて転がりだそうとする。鷹介としては市街地に出したくないので、機体を壁にして止めざるを得なかった。それが最前から続く対峙の推移である。
ギャラクシー・コーカサス・オオカブトのように始終接戦を強いられる訳ではないが、こっちはこっちで攻め手に欠ける。そこに単独戦闘のせいで標的の解析が進まず、情報不足のままであるという事実が拍車をかけていた。
「んなろっ!」
鷹介は半ば逆切れ気味に宇宙大帝グソクムシに殴打の応酬を浴びせるが、これがまた利いている様子がサッパリ無い。巨大カブトムシと同様に、分厚い甲殻を維持する筋肉が衝撃を緩和しているのだろう。鷹介は知らないが、まして今回は本来なら深海の水圧に耐えている生物であるからして、尚の事頑丈さには定評があった。
再度距離を取りつつ、コンソールパネルの余剰エネルギーのバーにちらりと目を落とすと、意に反して殆ど伸びていない。普段なら虎二郎が微細な出力調整を行って余剰のエネルギーを溜め、グラビティ・スプラッシャーや輝鋼剣といった超兵器を使用するエネルギーを賄う筈が、コンピューター任せの制御ではダイガストを動かすのが手一杯だった。
結局のところ列強――の特異な戦争形態――に伍するというダイガストという触れ込みは、熟練搭乗者無しには考えられないのが現状だった。まして搭乗者も素性を知らない主機である事象転換炉の事まで考慮に入れるなら、工業製品としてのダイガストは甚だ不適格な代物である。
では列強への反撃の一手となるような生産性と簡便性に優れた工業製品とは何なのかと問われると、これはもう大江戸博士や防衛省技術研究本部の人たちに頭を捻って貰う他ない。極論すればダイガストとは『その時』が来るまでの時間を稼ぐ存在であるからして、むしろ今回のような地方自治体を脅かす悪党への掣肘こそ使命であると言える。
詰まる所、風見鷹介は泣こうが喚こうが、雨が降ろうが槍が降ろうが、いずれの組織の急先鋒となって戦って、戦って、戦いぬく、徹頭徹尾素敵な定めにある訳だ。『正義のスーパーロボット』として。
「表面からはダメージが通っていないようだ…それなら」
鷹介は現状の困難さに軽い疲労感を覚えつつ、機を横方向に小さく跳躍させ、巨大甲殻類の側方に再び回り込む。着地と同時に左腰のアンカーを発射すると横方向に弧を描いて飛んで、節くれ立った足の一本に引っ掛けた。その足めがけてダイガストは踏み込んだ速度そのままに拳を叩きつける。
まさに茹で蟹の甲殻を割るような快音をさせ、叩き折れた節足が宙を舞った。
「よし、このまま全ての足を叩き折ってやる」
まるで昭和のヒーローのような事を口走る鷹介だったが、良い事なのか悪い事なのか、残虐シーンの垂れ流しは始まらなかった。巨大甲殻類が速くも体を丸め、足を使わない移動方法を選択したからだ。
さらに球体になった甲殻の間から白色のガスが噴射を始める。ガスに触れた地表は見る間に白く結氷し、土壌中の水分が霜柱に変化して土を盛り上げた。続いて先ほどから発射していた放電と同じ現象を、今度は冷えた外殻に沿って走らせれば、
「くそ、こいつは見ただけで判るぞ…」
鷹介の引きつった頬を冷や汗が伝う。
超低温により電気伝導の効率が撥ね上がった地表と甲殻とに電気がはしり、磁気浮上効果によって甲殻類の巨体が僅かに地表から浮き上がった。そこで回転を始めれば、凄まじいスピードの空回りになる。その様たるや、まるで稲妻をまとった黒い竜巻――縦回転だが――だ。
そして鷹介の悪い予感の通り、黒い竜巻は存分に稼いだ運動エネルギーをそのままに、ダイガストに向かって発射された。
大質量の金属塊が巨大な衝撃にもんどり打って倒れ込む轟音が山間に響く。甲高い音の後、重い音がまるで雷鳴のように殷々と響いた。
フレームにまで達したかと勘繰る嫌な音に、虎二郎はハッとなる。
続けざまに東優希の悲痛な『おとーさん!』との叫び声が耳に飛び込んできた。見れば東がごつい黒服に裸締めを仕掛けられている。矢継ぎ早に悪化する状況に、今更のようにダイガストの出動は浅慮だったかと後悔の念が過ぎる。
実際のところ土岐虎二郎は、仕事と親の二つの顔を同時にこなさねばならぬ現状に、困惑していた。
鷹介に通信の一つも入れてやりたいし、東の加勢にも行きたい。しかし宇宙ヤクザどもの目もあるし、虎太郎や優希を巻き込むなど持っての外だ。
優先順位の付け方に惑う彼を正気に帰したのは、息子の些か苛立った声だった。
「父さんっ!ダイガストが負けちゃうよ!」
「う!…む…」
更に焦る虎二郎をよそに、モンタルチーノは我が意を得たりとばかりに、虎太郎の言に飛びついた。
「ボン、もうじき決着付きそうやで。いよいよダイガストも終いかも知れんね。そしたら、おっちゃん達がこの山を、でっかいショッピングモールと団地に変えたるさかいな。この辺は宇宙の技術で、見違えるくらいに便利になるでぇ。どや、嬉しいやろ?」
いわゆるドヤ顔で自説を展開するモンタルチーノだったが、対する少年は想定外に残念そうな顔をした。
「この山がなくなったら、カブトムシ捕れなくなっちゃうよ」
「そんなのショッピングモールで買うたら良えねん」
「おじさん、自分の手で捕らなきゃ意味無いんだよ」
息子の何気ない言葉――しかし子供にとっては一大事だろう――は、虎二郎の心を電撃のように走り抜けた。おうた子に教えられる、とは良く言ったものだ。
自分の手で。自分の意思で。自分の力で。もちろん、時には介添えも必要だろう。しかし最後は、或いは最初に決めるべきは自分自身であり、それは父子の間でも、この早すぎる文明同士の邂逅でも、同じ事が言える筈だ。
虎二郎はそれを思い出させてくれた息子の頭に、誇らしげに手を乗せると
「それじゃ、こちらも用が在りますので」
そう言って形ばかりの会釈をして、モンタルチーノに背を向けた。
モンタルチーノも虎太郎の言葉に痛いところがあったのか、苦笑いしながら火の消えた葉巻をスパスパしていた。
「虎太郎、この通信機の使い方は憶えてるな。これでお前が知っている宇宙大帝グソクムシのことを鷹介に教えてやるんだ。俺はひとっ走り、優希ちゃんのお父さんに加勢して来るからな」
虎二郎は土岐家公然の秘密であるところのダイガストの事を息子に託し、その声援を背に受けながら駆け出した。涙目の優希の横を一陣の風となって駆け抜け、その威勢のまま、
「加勢、御無礼!」
黒服の若頭の脇腹に、存分に速度を乗せた爪先でもって蹴り込む。
防備もへったくそも無い所を蹴られた若頭は、衝撃に吹き飛ばされて体をくの字にして悶絶した。開放された東も首筋を摩り摩り、新鮮な空気を呷る様に吸い込んでいる。
それでも先に立ち上がったのは若頭であったのは流石と言うべきか。
「素人が!トンでもないところ蹴りやがって!肋骨が折れて肺にでも刺さったらどうしてくれる!」
「意外に元気だな。しかし、どうもこうも…」
虎二郎も若頭のタフさに呆れつつ、開放された父の姿に泣き笑いを見せる優希にちらりと目をやり、
「知ってるか?対バイオロン法だと子供の夢を奪い、心を傷つけた罪は特に思いらしいぞ?」
「バイオロンに裁判権が無いだろうが、その欠陥法律!そもそも俺は部分的サイボーグで、全身義体じゃ無い!大体、なんで俺がサイボーグな事をお前が知っている!?」
「まぁ、おたく等が出張ってる時点でギャグ回だからな、この話」
「メタるのも大概にしろよ、こん畜生」
メタルと聞けば君の人生は輝いているか、とか思わず口にしたくなった東だったが、止めておくのも大人の分別だ。それに、ほんの寸劇でも、茶番のお陰で体力を回復できた。立ち上がると思いのほか足に力が戻っている。
「感謝します、土岐さん。あとはこちらで」
「いけますか?」
「やれますよ…自衛官ですから」
東は今度はすんなりとその言葉を口に出来ていた。
フレームにまで達したかと勘繰る嫌な音に、虎二郎はハッとなる。
続けざまに東優希の悲痛な『おとーさん!』との叫び声が耳に飛び込んできた。見れば東がごつい黒服に裸締めを仕掛けられている。矢継ぎ早に悪化する状況に、今更のようにダイガストの出動は浅慮だったかと後悔の念が過ぎる。
実際のところ土岐虎二郎は、仕事と親の二つの顔を同時にこなさねばならぬ現状に、困惑していた。
鷹介に通信の一つも入れてやりたいし、東の加勢にも行きたい。しかし宇宙ヤクザどもの目もあるし、虎太郎や優希を巻き込むなど持っての外だ。
優先順位の付け方に惑う彼を正気に帰したのは、息子の些か苛立った声だった。
「父さんっ!ダイガストが負けちゃうよ!」
「う!…む…」
更に焦る虎二郎をよそに、モンタルチーノは我が意を得たりとばかりに、虎太郎の言に飛びついた。
「ボン、もうじき決着付きそうやで。いよいよダイガストも終いかも知れんね。そしたら、おっちゃん達がこの山を、でっかいショッピングモールと団地に変えたるさかいな。この辺は宇宙の技術で、見違えるくらいに便利になるでぇ。どや、嬉しいやろ?」
いわゆるドヤ顔で自説を展開するモンタルチーノだったが、対する少年は想定外に残念そうな顔をした。
「この山がなくなったら、カブトムシ捕れなくなっちゃうよ」
「そんなのショッピングモールで買うたら良えねん」
「おじさん、自分の手で捕らなきゃ意味無いんだよ」
息子の何気ない言葉――しかし子供にとっては一大事だろう――は、虎二郎の心を電撃のように走り抜けた。おうた子に教えられる、とは良く言ったものだ。
自分の手で。自分の意思で。自分の力で。もちろん、時には介添えも必要だろう。しかし最後は、或いは最初に決めるべきは自分自身であり、それは父子の間でも、この早すぎる文明同士の邂逅でも、同じ事が言える筈だ。
虎二郎はそれを思い出させてくれた息子の頭に、誇らしげに手を乗せると
「それじゃ、こちらも用が在りますので」
そう言って形ばかりの会釈をして、モンタルチーノに背を向けた。
モンタルチーノも虎太郎の言葉に痛いところがあったのか、苦笑いしながら火の消えた葉巻をスパスパしていた。
「虎太郎、この通信機の使い方は憶えてるな。これでお前が知っている宇宙大帝グソクムシのことを鷹介に教えてやるんだ。俺はひとっ走り、優希ちゃんのお父さんに加勢して来るからな」
虎二郎は土岐家公然の秘密であるところのダイガストの事を息子に託し、その声援を背に受けながら駆け出した。涙目の優希の横を一陣の風となって駆け抜け、その威勢のまま、
「加勢、御無礼!」
黒服の若頭の脇腹に、存分に速度を乗せた爪先でもって蹴り込む。
防備もへったくそも無い所を蹴られた若頭は、衝撃に吹き飛ばされて体をくの字にして悶絶した。開放された東も首筋を摩り摩り、新鮮な空気を呷る様に吸い込んでいる。
それでも先に立ち上がったのは若頭であったのは流石と言うべきか。
「素人が!トンでもないところ蹴りやがって!肋骨が折れて肺にでも刺さったらどうしてくれる!」
「意外に元気だな。しかし、どうもこうも…」
虎二郎も若頭のタフさに呆れつつ、開放された父の姿に泣き笑いを見せる優希にちらりと目をやり、
「知ってるか?対バイオロン法だと子供の夢を奪い、心を傷つけた罪は特に思いらしいぞ?」
「バイオロンに裁判権が無いだろうが、その欠陥法律!そもそも俺は部分的サイボーグで、全身義体じゃ無い!大体、なんで俺がサイボーグな事をお前が知っている!?」
「まぁ、おたく等が出張ってる時点でギャグ回だからな、この話」
「メタるのも大概にしろよ、こん畜生」
メタルと聞けば君の人生は輝いているか、とか思わず口にしたくなった東だったが、止めておくのも大人の分別だ。それに、ほんの寸劇でも、茶番のお陰で体力を回復できた。立ち上がると思いのほか足に力が戻っている。
「感謝します、土岐さん。あとはこちらで」
「いけますか?」
「やれますよ…自衛官ですから」
東は今度はすんなりとその言葉を口に出来ていた。
「鷹介兄ちゃん!」
ヘッドセットから聞こえてきた虎太郎の声に、鷹介は大そう驚かされた。
「虎太郎君か!?」
「父さんの代わりにボクが教えるね!そいつは宇宙大帝グソクムシ。海洋惑星の海底に住んでる巨大生物だよ。外殻は深海の水圧に耐える強靭な構造を持ってるから、生半可な攻撃は効かないよ。目は深海で餌を探すために蛍光灯のような発光器官を備えていて、フィルターをかけると紫外線照射器官に変わるんだって。それで紫外線の放射によってくうきをいおんかさせて…えーと…」
虎太郎は銀河最強甲虫DVDの受け売りが限界に達し、理解しきれない用語に発言が覚束無くなってきた。鷹介はそれに何とも云えない可笑しさを覚えつつ、
「なるほど、紫外線レーザーによって空気をイオン化させ、減衰の少ない電撃の通り道を作っているってわけだな。解ったよ」
「うん、それ!それと海底のねっすいふんしゅつこー(熱水噴出孔)でも活動できるように体の中に冷却ガスを持ってるんだ。地上に上がると、このガスで土と自分を冷やして、電気の力で浮き上がるんだって。その時に回転すると、摩擦が少ないから何キロ先にも飛んでゆく速度を得られるらしいよ。環境が激変したら、そうやって遠くに移動するんだって」
うん、今しがた食らって確かめた。鷹介の目の前のディスプレイには、機体の異常を告げるレッドアラートが乱舞していた。
熱水噴出孔は地下の鉱物を含む水を噴出すこともあるため、宇宙大帝グソクムシはそのような金属を摂取して強靭な体殻を作るのではなかろうか。そんな仮説に思い至りもしたが、生命の神秘という現実逃避をするのも、この場合は致命に至りそうだったので止める。
それよりも、どうやってこいつを退けるかが問題なのだ。
「虎太郎君、それで宇宙大帝グソクムシの弱点はないのか?スペシウムを叩き込めば倒せる袋みたいな」
「そんなあからさまな弱点があったら真っ先に教えてるよぅ。全身が水圧に耐えるちょーこーみつど(超高密度)の甲殻だから、輝鋼剣みたいなぶんしけつごー(分子結合)ごと斬れる武器は有効だと思うけど…あとは体は頑丈でもあくまで水の中の生き物だから、今みたいに水の上にいると、水中よりは重たく感じてるかも!」
その輝鋼剣が使えないんだがなぁ。鷹介は子供相手に大江戸博士に向けるような文句を言うわけにもゆかず、結局は不確定な予測を元に宇宙大帝グソクムシの側方へとまたぞろ回りこみ、最前と同じように周囲をグルグル回るという形に落ち着いた。
参考までにコクピットシートの前にある複合情報ディスプレイ――前面大型モニターではない――にチラリと目を落とせば、絶望的なまでに余剰エネルギーのバーは上昇していなかった。輝鋼剣はおろか、このままではグラビティ・スプラッシャーも使用できない。
一方で火器管制装置はディスプレイ上に信号を送り、幾つかの項目に点灯させて主人に訴えかけてきている。
30mm Rail Gun : Ready
AAM-4/C : Empty
460mm Cannon : Ready
そういや『ヤマト砲』を照準装置の標定のために持ってきていたっけ。こいつなら、あるいは。微かな期待をこめて目の隅に映る数値を読み上げると、砲弾はあってもそれを飛ばす装薬を僅かばかりしか持ってきていないと判った。
戦艦の主砲弾というのは超重量のため、弾頭と装薬が別個にされているのが常だ。これは機械によるサポートはあっても装填作業自体は人間が行うからであり、人力作業で解決できる量に限りがあるからだ。ダイガストのヤマト砲も同様の――さすがに近代化改修により殆ど自動化されているが――システムを主砲弾ごと流用しているため、使っている道具は同じであった。
なお現代の艦載砲は小型化が進んでおり、弾頭と装薬が一体式になった薬莢式に変わっている。…が、これを弾庫や、主砲の自動装填装置に詰める作業はやはり人力であり、筆者が話した現役自衛官さんによると『最近の若いのはこれが嫌で辞める』との世知辛いお話を聞いた。
まぁともかく、このままでは46センチ砲弾を最大威力で飛ばす事は出来ないわけだ。…戦艦の砲撃が最大威力を発揮するのは、山なりの軌道を描いた砲弾が標的に対して垂直に突き立つ時であり、ダイガストのように水平射撃に用いるのは想定外であるのだが。
『山なり…軌道…待てよ?』
悲観に天を仰ぎかけた鷹介だったが、ふとした閃きが彼の戦意の底割れを踏み止まらせた。即座に上空の大鳳を呼び出し、
「権藤さん!この辺りの空のフライトプランを調べてください!それと最新の気象情報をこっちにも!」
「よしきた!」
権藤は詳細は求めず、直ぐに鷹介の要請に応えるために、大鳳のセントラルコンピューターに記録されている周辺空域の民間機と軍用機のフライトプランに目を通す。それはいち民間機である大鳳には知りえない情報も含まれるのだが、とかく国防に関する仕事にも就くため、国場総理の肝いりでフライトプランや航路に関する裁量と、その判断を下す情報に触れる権限が与えられていた。
その間に鷹介はダイガストを宇宙大帝グソクムシの側面から飛び出させ、正面から顔面に組み付かせる。
「虎太郎君、こいつの紫外線レーザー照射器官ってのは…」
「複眼を覆ってる黒いフィルターだよ!」
「諒解!」
照準レティクルを調整し、前面モニターにでかでかと映るバグ・アイド・モンスター(複眼の化け物)の、黒々とした目に合わせてトリガーボタンを押し込む。
ダイガストの胸部下方面の装甲、左右二箇所が展開して銃口が露になる。冷却用液体水素が周囲を白く染め始めるや、電磁パルスを伴う影がそれを引き裂いた。左右の銃口が交互に二発づつ、青白い閃光をほとばしらせる。その時間は1秒を幾つにも割った、ほんの僅かな時間に過ぎない。
発射された30mmレールガンの弾はあやまたず、宇宙大帝グソクムシの双眸を覆う黒いフィルターを破砕した。仰け反る巨大甲殻類は苦し紛れに紫外線の道を作ろうとするが、フィルターを通さない光は蛍光灯の暖光程度で、昼の太陽の輝きには到底及ばない。そして放電能力の威力が失われたと察するや、直ぐにもう一つの武器である磁気浮上回転攻撃のために体を丸め始める。
あれをまた食らうのは拙い。鷹介は血相変えて、宇宙大帝グソクムシの図太い足の一本をダイガストの脇に手挟み、球体の内側に引き込ませないように踏ん張った。更に外殻と外殻の隙間に照準を合わせ、
「ライアット・クローラーっ!間に合えぇっ!!」
肩部装甲を変形させた射突板を楔代わりに打ち込んだ。金属と金属が軋りあう嫌な音が山間の空気を震わせる。
宇宙大帝グソクムシはダイガストを振りほどこうと身をよじり、手当たり次第に冷却ガスの噴霧と放電を繰り返した。至近距離でせめぎ合う両者の動きは、その一挙手一投足が地を揺らし、次々と立ち上る閃光や掃いた様な白色の結露とあいまって、この世ならざる光景を現出させていた。
だが、擬似的な神話の闘いもその終りが近づく。
鷹介の耳に権藤の自身ありげな声が届いた。
「ダイガスト、こちら大鳳。向こう10分間、この辺のフライトプランは無い。それと気象情報と大鳳からの光学測距データをそっちとリンクさせた」
「諒解、ありがたいです」
大鳳からの光学データは権藤の思い付きだろう。ベテランの機転が有り難かった。
鷹介はコクピットシート前の多目的情報パネルに指先で触れ、精密射撃プログラムを呼び出す。同時にトリガーボタンから両腰のアンカーを発射させると、二本の飛錨は宇宙大帝グソクムシの巨体をぐるりと回ってから、大地に突き立って固定させる。
続けてダイガストの後背部の空間が水面の様に波立ち、圧縮させた場の中に格納されていた巨砲を呼び出した。
しかし砲身長だけで23mを超えるヤマト砲である。今の両者が密着した状況では、どう考えても砲口を標的に向けて発砲するだけのクリアランスが無い。まして片腕は宇宙大帝グソクムシの足を引っ掴んで踏ん張っている有様だ。
では、どうするのか。その解として、鷹介はヤマト砲を地面でなくダイガストと平行に、つまり砲口を天に向けて構えさせた。
右手一本で体に添えるようにして立てた砲が描く砲撃の軌跡は、ダイガストの精密射撃プログラム内で絶えず計算を繰り返され、上空の風量・風向や、大鳳からの観測データも踏まえて、鷹介の目にはディスプレイ上で一本の線となって見えた。
すなわち、発砲地点と着弾地点が殆ど同じ。
「発射!」
砲口が紅蓮の華を咲かせる。それは装薬量の少なさから、いつもより慎ましいものになった。それでも赤熱した砲弾は天を駆け登り、発砲時に生じた運動エネルギーを徐々に位置エネルギーへと変換して、やがて地上を遥かにする高度でそのベクトルを失う。
1.4トンもの鉄塊が空中で静止した様に見えたが、それは直ぐに重力に引かれて下降し、高度という位置エネルギーを今度は下向きのベクトルへと変わった運動エネルギーに変換して、来た時と殆ど変わらない姿勢のまま、スピードだけは幾倍かに増して落下していった。
もちろん、それは途方も無い凶器だった。
鷹介の悪戦苦闘により何とかその場に縫い止められた宙帝王グソクムシの頭上に、一変、俄かに影が差したかと思うや、プラスチックに重量物を落としたような軽い炸裂音がした。あまりの運動エネルギーに、金属を含む分厚い甲殻も抗うべく無く、何とも頼りない音になったのだろう。宇宙帝王グソクムシの背の真ん中あたりに、比較的小さな穴が開いていた。
と、次の瞬間、巨大甲殻類の体内で遅延信管を発動させた46センチ砲弾が炸裂し、背の破孔から炎の柱となって立ち上る。焦熱と衝撃は甲殻内をひたすらに蹂躙し、外殻の繋ぎ目の所々から火の舌が覗いた。
ぽん、と最後に宇宙帝王グソクムシの口から黒煙が吹き出て、それきり、巨大生物の抵抗は無くなった。
外骨格は形こそ変えなかったが、その内側はもはや生物のそれでは無くなっている事だろう。
それでも残る偉容は、帝王と称されるに足るもののように、鷹介には思われるのだった。
ヘッドセットから聞こえてきた虎太郎の声に、鷹介は大そう驚かされた。
「虎太郎君か!?」
「父さんの代わりにボクが教えるね!そいつは宇宙大帝グソクムシ。海洋惑星の海底に住んでる巨大生物だよ。外殻は深海の水圧に耐える強靭な構造を持ってるから、生半可な攻撃は効かないよ。目は深海で餌を探すために蛍光灯のような発光器官を備えていて、フィルターをかけると紫外線照射器官に変わるんだって。それで紫外線の放射によってくうきをいおんかさせて…えーと…」
虎太郎は銀河最強甲虫DVDの受け売りが限界に達し、理解しきれない用語に発言が覚束無くなってきた。鷹介はそれに何とも云えない可笑しさを覚えつつ、
「なるほど、紫外線レーザーによって空気をイオン化させ、減衰の少ない電撃の通り道を作っているってわけだな。解ったよ」
「うん、それ!それと海底のねっすいふんしゅつこー(熱水噴出孔)でも活動できるように体の中に冷却ガスを持ってるんだ。地上に上がると、このガスで土と自分を冷やして、電気の力で浮き上がるんだって。その時に回転すると、摩擦が少ないから何キロ先にも飛んでゆく速度を得られるらしいよ。環境が激変したら、そうやって遠くに移動するんだって」
うん、今しがた食らって確かめた。鷹介の目の前のディスプレイには、機体の異常を告げるレッドアラートが乱舞していた。
熱水噴出孔は地下の鉱物を含む水を噴出すこともあるため、宇宙大帝グソクムシはそのような金属を摂取して強靭な体殻を作るのではなかろうか。そんな仮説に思い至りもしたが、生命の神秘という現実逃避をするのも、この場合は致命に至りそうだったので止める。
それよりも、どうやってこいつを退けるかが問題なのだ。
「虎太郎君、それで宇宙大帝グソクムシの弱点はないのか?スペシウムを叩き込めば倒せる袋みたいな」
「そんなあからさまな弱点があったら真っ先に教えてるよぅ。全身が水圧に耐えるちょーこーみつど(超高密度)の甲殻だから、輝鋼剣みたいなぶんしけつごー(分子結合)ごと斬れる武器は有効だと思うけど…あとは体は頑丈でもあくまで水の中の生き物だから、今みたいに水の上にいると、水中よりは重たく感じてるかも!」
その輝鋼剣が使えないんだがなぁ。鷹介は子供相手に大江戸博士に向けるような文句を言うわけにもゆかず、結局は不確定な予測を元に宇宙大帝グソクムシの側方へとまたぞろ回りこみ、最前と同じように周囲をグルグル回るという形に落ち着いた。
参考までにコクピットシートの前にある複合情報ディスプレイ――前面大型モニターではない――にチラリと目を落とせば、絶望的なまでに余剰エネルギーのバーは上昇していなかった。輝鋼剣はおろか、このままではグラビティ・スプラッシャーも使用できない。
一方で火器管制装置はディスプレイ上に信号を送り、幾つかの項目に点灯させて主人に訴えかけてきている。
30mm Rail Gun : Ready
AAM-4/C : Empty
460mm Cannon : Ready
そういや『ヤマト砲』を照準装置の標定のために持ってきていたっけ。こいつなら、あるいは。微かな期待をこめて目の隅に映る数値を読み上げると、砲弾はあってもそれを飛ばす装薬を僅かばかりしか持ってきていないと判った。
戦艦の主砲弾というのは超重量のため、弾頭と装薬が別個にされているのが常だ。これは機械によるサポートはあっても装填作業自体は人間が行うからであり、人力作業で解決できる量に限りがあるからだ。ダイガストのヤマト砲も同様の――さすがに近代化改修により殆ど自動化されているが――システムを主砲弾ごと流用しているため、使っている道具は同じであった。
なお現代の艦載砲は小型化が進んでおり、弾頭と装薬が一体式になった薬莢式に変わっている。…が、これを弾庫や、主砲の自動装填装置に詰める作業はやはり人力であり、筆者が話した現役自衛官さんによると『最近の若いのはこれが嫌で辞める』との世知辛いお話を聞いた。
まぁともかく、このままでは46センチ砲弾を最大威力で飛ばす事は出来ないわけだ。…戦艦の砲撃が最大威力を発揮するのは、山なりの軌道を描いた砲弾が標的に対して垂直に突き立つ時であり、ダイガストのように水平射撃に用いるのは想定外であるのだが。
『山なり…軌道…待てよ?』
悲観に天を仰ぎかけた鷹介だったが、ふとした閃きが彼の戦意の底割れを踏み止まらせた。即座に上空の大鳳を呼び出し、
「権藤さん!この辺りの空のフライトプランを調べてください!それと最新の気象情報をこっちにも!」
「よしきた!」
権藤は詳細は求めず、直ぐに鷹介の要請に応えるために、大鳳のセントラルコンピューターに記録されている周辺空域の民間機と軍用機のフライトプランに目を通す。それはいち民間機である大鳳には知りえない情報も含まれるのだが、とかく国防に関する仕事にも就くため、国場総理の肝いりでフライトプランや航路に関する裁量と、その判断を下す情報に触れる権限が与えられていた。
その間に鷹介はダイガストを宇宙大帝グソクムシの側面から飛び出させ、正面から顔面に組み付かせる。
「虎太郎君、こいつの紫外線レーザー照射器官ってのは…」
「複眼を覆ってる黒いフィルターだよ!」
「諒解!」
照準レティクルを調整し、前面モニターにでかでかと映るバグ・アイド・モンスター(複眼の化け物)の、黒々とした目に合わせてトリガーボタンを押し込む。
ダイガストの胸部下方面の装甲、左右二箇所が展開して銃口が露になる。冷却用液体水素が周囲を白く染め始めるや、電磁パルスを伴う影がそれを引き裂いた。左右の銃口が交互に二発づつ、青白い閃光をほとばしらせる。その時間は1秒を幾つにも割った、ほんの僅かな時間に過ぎない。
発射された30mmレールガンの弾はあやまたず、宇宙大帝グソクムシの双眸を覆う黒いフィルターを破砕した。仰け反る巨大甲殻類は苦し紛れに紫外線の道を作ろうとするが、フィルターを通さない光は蛍光灯の暖光程度で、昼の太陽の輝きには到底及ばない。そして放電能力の威力が失われたと察するや、直ぐにもう一つの武器である磁気浮上回転攻撃のために体を丸め始める。
あれをまた食らうのは拙い。鷹介は血相変えて、宇宙大帝グソクムシの図太い足の一本をダイガストの脇に手挟み、球体の内側に引き込ませないように踏ん張った。更に外殻と外殻の隙間に照準を合わせ、
「ライアット・クローラーっ!間に合えぇっ!!」
肩部装甲を変形させた射突板を楔代わりに打ち込んだ。金属と金属が軋りあう嫌な音が山間の空気を震わせる。
宇宙大帝グソクムシはダイガストを振りほどこうと身をよじり、手当たり次第に冷却ガスの噴霧と放電を繰り返した。至近距離でせめぎ合う両者の動きは、その一挙手一投足が地を揺らし、次々と立ち上る閃光や掃いた様な白色の結露とあいまって、この世ならざる光景を現出させていた。
だが、擬似的な神話の闘いもその終りが近づく。
鷹介の耳に権藤の自身ありげな声が届いた。
「ダイガスト、こちら大鳳。向こう10分間、この辺のフライトプランは無い。それと気象情報と大鳳からの光学測距データをそっちとリンクさせた」
「諒解、ありがたいです」
大鳳からの光学データは権藤の思い付きだろう。ベテランの機転が有り難かった。
鷹介はコクピットシート前の多目的情報パネルに指先で触れ、精密射撃プログラムを呼び出す。同時にトリガーボタンから両腰のアンカーを発射させると、二本の飛錨は宇宙大帝グソクムシの巨体をぐるりと回ってから、大地に突き立って固定させる。
続けてダイガストの後背部の空間が水面の様に波立ち、圧縮させた場の中に格納されていた巨砲を呼び出した。
しかし砲身長だけで23mを超えるヤマト砲である。今の両者が密着した状況では、どう考えても砲口を標的に向けて発砲するだけのクリアランスが無い。まして片腕は宇宙大帝グソクムシの足を引っ掴んで踏ん張っている有様だ。
では、どうするのか。その解として、鷹介はヤマト砲を地面でなくダイガストと平行に、つまり砲口を天に向けて構えさせた。
右手一本で体に添えるようにして立てた砲が描く砲撃の軌跡は、ダイガストの精密射撃プログラム内で絶えず計算を繰り返され、上空の風量・風向や、大鳳からの観測データも踏まえて、鷹介の目にはディスプレイ上で一本の線となって見えた。
すなわち、発砲地点と着弾地点が殆ど同じ。
「発射!」
砲口が紅蓮の華を咲かせる。それは装薬量の少なさから、いつもより慎ましいものになった。それでも赤熱した砲弾は天を駆け登り、発砲時に生じた運動エネルギーを徐々に位置エネルギーへと変換して、やがて地上を遥かにする高度でそのベクトルを失う。
1.4トンもの鉄塊が空中で静止した様に見えたが、それは直ぐに重力に引かれて下降し、高度という位置エネルギーを今度は下向きのベクトルへと変わった運動エネルギーに変換して、来た時と殆ど変わらない姿勢のまま、スピードだけは幾倍かに増して落下していった。
もちろん、それは途方も無い凶器だった。
鷹介の悪戦苦闘により何とかその場に縫い止められた宙帝王グソクムシの頭上に、一変、俄かに影が差したかと思うや、プラスチックに重量物を落としたような軽い炸裂音がした。あまりの運動エネルギーに、金属を含む分厚い甲殻も抗うべく無く、何とも頼りない音になったのだろう。宇宙帝王グソクムシの背の真ん中あたりに、比較的小さな穴が開いていた。
と、次の瞬間、巨大甲殻類の体内で遅延信管を発動させた46センチ砲弾が炸裂し、背の破孔から炎の柱となって立ち上る。焦熱と衝撃は甲殻内をひたすらに蹂躙し、外殻の繋ぎ目の所々から火の舌が覗いた。
ぽん、と最後に宇宙帝王グソクムシの口から黒煙が吹き出て、それきり、巨大生物の抵抗は無くなった。
外骨格は形こそ変えなかったが、その内側はもはや生物のそれでは無くなっている事だろう。
それでも残る偉容は、帝王と称されるに足るもののように、鷹介には思われるのだった。
「やられてもうたやないかーっ!あー、止めや、止めや!!帰るでー!」
モンタルチーノのやる気のない声が聞こえ、若頭は固めた拳を解いた。対する東は距離を離して構えたまま残心を崩さない。
し切り直しの後、幾度か拳を交えたが、決着は着かなかった。徒手空拳の腕前を機甲科の東に問うても詮無い事であるし、若頭も青森で『現地の若造に負けて』からは、往時の動きを取り戻すためにトレーニングを欠かしていない。それで地上げ獣が先に敗れてしまったのでは立つ瀬が無いのではあるが。
若頭はどちらかと言えば獣性を感じさせる笑みを浮かべると、
「やるもんだ。あんた、もし今の仕事が上手くいってないのなら、うちに来るといい」
「断る」
今の仕事が上手くいっていないのなら。そのくんだりが耳に痛いが、東は毅然と言い放つ。それは織り込み済みなのか、若頭はくるりと背を向けて手を振った。
「直ぐにとは言わない。だが、考えてもみろ。あのロボットがツルギスタンやセランを追っ払っても、銀河列強相手の国際化は止められない。この混沌の中で必要になるのは、金と力だ」
東は反論しなかった。見込みを付ける相手を間違えていると思うが、最後の捨て台詞には一考の余地があった。
水が引くように撤収を始める宇宙ヤクザを睨みつけるのを止め、東は構えを解くと、麓の荒れ野に佇立する巨大ロボットに眼をやる。最初は訳の判らないアマチュアのオモチャだと思っていたが、今やこの国の誰よりも宇宙の傍迷惑な来訪者と矛を交えているのは『彼等』だ。
『彼等』はいつまで、どこまで戦いを続けるのだろう。或いは、どんな形であれ、最後となるその時まで――夢想は唐突に腹に娘がしがみ付いてきた事で終わりとなった。心配をかけてしまったのだろう、頭を撫でてやる。
そういえば逃げた人達はどうしたろうか。先導していた曹長の携帯番号くらい確認しておけば良かったが。だが、こんな所で私闘まがいの事をしていたと、外部の人間に知られれば、それこそ厄介だ。『自衛官、白昼に宇宙ヤクザと乱闘』…明日の朝刊の三面は硬いだろう。
東はそそくさと闘争で乱れた衣服を正すと、早く此処から立ち去ろうと心に決める。
周囲を見渡すと土岐父子の姿も確認できた。さっそく優希が虎太郎に手を振るが、もう一方の手は東が握っており、父の心の平穏は保たれていた。
何やらとんだ遠足になってしまったが、子供達の中には純粋な憧れの目をあのロボットに向け、手に汗を握っているのだろう、小さな拳を作って歓声を上げている者までいた。充分なレクリエーションにはなったのかも知れない。
東は事此処に至り、ダイガストという存在とも向き合わねばならないと認識した。
認めた、と言うには胸の中が整理しきれていないだけだった。
モンタルチーノのやる気のない声が聞こえ、若頭は固めた拳を解いた。対する東は距離を離して構えたまま残心を崩さない。
し切り直しの後、幾度か拳を交えたが、決着は着かなかった。徒手空拳の腕前を機甲科の東に問うても詮無い事であるし、若頭も青森で『現地の若造に負けて』からは、往時の動きを取り戻すためにトレーニングを欠かしていない。それで地上げ獣が先に敗れてしまったのでは立つ瀬が無いのではあるが。
若頭はどちらかと言えば獣性を感じさせる笑みを浮かべると、
「やるもんだ。あんた、もし今の仕事が上手くいってないのなら、うちに来るといい」
「断る」
今の仕事が上手くいっていないのなら。そのくんだりが耳に痛いが、東は毅然と言い放つ。それは織り込み済みなのか、若頭はくるりと背を向けて手を振った。
「直ぐにとは言わない。だが、考えてもみろ。あのロボットがツルギスタンやセランを追っ払っても、銀河列強相手の国際化は止められない。この混沌の中で必要になるのは、金と力だ」
東は反論しなかった。見込みを付ける相手を間違えていると思うが、最後の捨て台詞には一考の余地があった。
水が引くように撤収を始める宇宙ヤクザを睨みつけるのを止め、東は構えを解くと、麓の荒れ野に佇立する巨大ロボットに眼をやる。最初は訳の判らないアマチュアのオモチャだと思っていたが、今やこの国の誰よりも宇宙の傍迷惑な来訪者と矛を交えているのは『彼等』だ。
『彼等』はいつまで、どこまで戦いを続けるのだろう。或いは、どんな形であれ、最後となるその時まで――夢想は唐突に腹に娘がしがみ付いてきた事で終わりとなった。心配をかけてしまったのだろう、頭を撫でてやる。
そういえば逃げた人達はどうしたろうか。先導していた曹長の携帯番号くらい確認しておけば良かったが。だが、こんな所で私闘まがいの事をしていたと、外部の人間に知られれば、それこそ厄介だ。『自衛官、白昼に宇宙ヤクザと乱闘』…明日の朝刊の三面は硬いだろう。
東はそそくさと闘争で乱れた衣服を正すと、早く此処から立ち去ろうと心に決める。
周囲を見渡すと土岐父子の姿も確認できた。さっそく優希が虎太郎に手を振るが、もう一方の手は東が握っており、父の心の平穏は保たれていた。
何やらとんだ遠足になってしまったが、子供達の中には純粋な憧れの目をあのロボットに向け、手に汗を握っているのだろう、小さな拳を作って歓声を上げている者までいた。充分なレクリエーションにはなったのかも知れない。
東は事此処に至り、ダイガストという存在とも向き合わねばならないと認識した。
認めた、と言うには胸の中が整理しきれていないだけだった。
背の低い下生えが風にそよぐ原野に、両刃の剣と方形の先が細まった凧型楯とが、並んで転がっていた。
何処の騎士が使ったものか。すわ、そこは欧州の古戦場であろうかと夢想してみれば、件の剣は切っ先から柄頭までが1000メーターもあり、それを使うとすれば生半な巨人では済まない事になる。というより、そのような巨大生物の生活基盤を支える生態系を考えるのなら、たぶんその星は低重力で全てが巨大というような、相対的な意味ではそのサイズが普通であって巨大とは言い切れない、そんなそもそも論的な問題が発生してしまう。
しかし件の剣については幸いにして、そんな『宇宙ヤバイ』的な話ではなかった。
それらは北海道の原野に降り立った帝政ツルギスタンの航宙船であり、彼等の前線基地であり、挙句に日本国に開かれた大使館であるとの強弁まで聞くに至ると、何か、もっと酷いものに思えてくるのではあるが。
段平の剣のような形の船はツルギスタンが誇る航宙戦闘母艦グロス・ツルギスタン級の一隻、ウンエントリヒであり、楯型の建造物は外征旅団が外地で活動する上での居住・生産・整備等の施設を整えたプラント船だった。
プラント船の機能はツルギスタン本星と変わらない生活を将兵達に保障していると謳われる。これは規律絶対と集団行動が前提である軍人達にとっての事であるので、一般的なツルギスタン市民にも満足のゆくレヴェルかと言えばそうでも無いのだろうが、星を渡る侵略者というものがどういうモノなのか、その一端が知れる。米軍の原子力空母の居住設備をして、小さな町ほどの施設と評する場合があるが、ここまでの規模になると比べるのも馬鹿馬鹿しい。
なお、二つの超巨大船で働いているのは軍及びその関連業者であり、厳密な文官・文民は乗船していなかった。といってもツルギスタンは軍事主導の貴族制であるため、乗り込んでいる上級貴族たちの中に官僚的な意味合いを持った者が含まれているのだが。
そして植民地兵等まで交えて考えると些か複雑になるこの船の身分制度の、その頂点に立つ軍人であり官僚であるのが、ハンス・グラーフ・ルドガーハウゼン大剣卿である。
今、彼はウンエントリヒ内の執務室でモンタルチーノからの『成功報告』を受け、カイゼル髭の下の唇を満足そうに歪めていた。
「よくやってくれた。実に良い仕事だ」
「おかげで虎の子の地上げ獣が一匹、ワヤですわ。機材の損金、請求させて貰いますさかい」
執務机の上に投影された空間ディスプレイのモンタルチーノは、その台詞と裏腹にさして堪えた様子でも無い。必要経費は払われる約束だった。
「これでご依頼通り、大江戸先進科学研究所に列強各国の鉄くずが渡るように手配しましたで。それで大剣卿さんは敵に塩を送るきでっか?」
「塩は重要な物資だが、過ぎれば毒にもなる。卿も、ゆめゆめ忘れぬ事だ」
詮索無用ということか、はたまたモンタルチーノの水ぶくれの体形を指してのことか。宇宙ヤクザはもともと贅肉の中に埋もれがちな首をすくめて見せると、「それでは、またの御贔屓に~」と通信を切った。
それにしても奇妙な遣り取りであった。
モンタルチーノ商会の不法投棄はツルギスタンにより依頼されたものであり、宇宙の粗大ゴミの数々は大江戸先進科学研究所に渡るべくして渡ったものである、と。
ルドガーハウゼンは執務机の上の多機能情報ボード――見た目は下敷き――に投影されたデータに目を落とす。そこにはキリル文字のようにも見えるツルギスタンの言語が羅列されていたが、幾つかの画像データは地球のものであり、絵面とそこに記された各国の文字から読み解くのなら、ロッキード・マーティン、BAEシステムズ、ダッソー、SAAB、スホーイカンパニー、三菱重工、等々と軍事部門を持つ地球の企業が列挙されていた。そして、それらの企業からは矢印が曳かれ、一つのツルギスタンの言語へと結ばれている。
「地球防衛戦線…ようやく尻尾を掴んだ」
その単語を見つめ、ルドガーハウゼンが呟いた。
ダイガストの産みの親、大江戸多聞を追っていたゴシップライターが掴んだ情報だった。地球の各国へと宣戦布告した銀河列強が、各地で少なく無い被害を受けているのも、この存在からリークされたという軍事情報による部分が大きい。
その存在の明確な形を突き止めれば、あるいはダイガストの急所を抑える事が出来るやも知れない。
今回のモンタルチーノへの依頼は、つまりは地球防衛戦線への追跡の一手であった。
大江戸先進科学研究所に回収させるように仕向けた機械部品を解析されれば、近いうちにアメリカやEUと交戦状態にある列強への有効な攻撃手段が発見されるだろう。
それがルドガーハウゼンの予測通りの経路で北米や欧州の戦線に投入されたならば、彼の目論見は達せられるし、そうでなくても粗大ゴミにツルギスタンに拘わるような機材は紛れ込ませていない。どう転んでもツルギスタンの軍勢に向けられる矛が鋭くなる訳ではないのだ。
その結果は近い将来、明らかになるだろう。
「問題はそれよりも…」
ルドガーハウゼンがタッチパネル式である多機能情報ボードの表面に指で触れると、ページをめくったように、表示された情報が全く別のものに変更される。
出てきたのは解像度の低い画像だった。暗色の背景に、勾玉の尖った部分を前にしたかのような、奇妙な物体が映っていた。色は赤みを帯びた金色で、大気圏内で見る旭日の輝きを思わせる。解像度が悪いのはそれがとんでもない遠方を拡大して映したもので、周囲が暗色なのは夜でなく宇宙空間と言うこと。
つまるところ、その物体は地球に接近しつつある彼らの御同類というわけだ。
「銀河帝国近衛艦隊旗艦『旭光』…存外にお早いご到着で」
ルドガーハウゼンがカイゼル髭の下から漏らした言葉には、隠しきれない苛立ちが含まれていた。
何処の騎士が使ったものか。すわ、そこは欧州の古戦場であろうかと夢想してみれば、件の剣は切っ先から柄頭までが1000メーターもあり、それを使うとすれば生半な巨人では済まない事になる。というより、そのような巨大生物の生活基盤を支える生態系を考えるのなら、たぶんその星は低重力で全てが巨大というような、相対的な意味ではそのサイズが普通であって巨大とは言い切れない、そんなそもそも論的な問題が発生してしまう。
しかし件の剣については幸いにして、そんな『宇宙ヤバイ』的な話ではなかった。
それらは北海道の原野に降り立った帝政ツルギスタンの航宙船であり、彼等の前線基地であり、挙句に日本国に開かれた大使館であるとの強弁まで聞くに至ると、何か、もっと酷いものに思えてくるのではあるが。
段平の剣のような形の船はツルギスタンが誇る航宙戦闘母艦グロス・ツルギスタン級の一隻、ウンエントリヒであり、楯型の建造物は外征旅団が外地で活動する上での居住・生産・整備等の施設を整えたプラント船だった。
プラント船の機能はツルギスタン本星と変わらない生活を将兵達に保障していると謳われる。これは規律絶対と集団行動が前提である軍人達にとっての事であるので、一般的なツルギスタン市民にも満足のゆくレヴェルかと言えばそうでも無いのだろうが、星を渡る侵略者というものがどういうモノなのか、その一端が知れる。米軍の原子力空母の居住設備をして、小さな町ほどの施設と評する場合があるが、ここまでの規模になると比べるのも馬鹿馬鹿しい。
なお、二つの超巨大船で働いているのは軍及びその関連業者であり、厳密な文官・文民は乗船していなかった。といってもツルギスタンは軍事主導の貴族制であるため、乗り込んでいる上級貴族たちの中に官僚的な意味合いを持った者が含まれているのだが。
そして植民地兵等まで交えて考えると些か複雑になるこの船の身分制度の、その頂点に立つ軍人であり官僚であるのが、ハンス・グラーフ・ルドガーハウゼン大剣卿である。
今、彼はウンエントリヒ内の執務室でモンタルチーノからの『成功報告』を受け、カイゼル髭の下の唇を満足そうに歪めていた。
「よくやってくれた。実に良い仕事だ」
「おかげで虎の子の地上げ獣が一匹、ワヤですわ。機材の損金、請求させて貰いますさかい」
執務机の上に投影された空間ディスプレイのモンタルチーノは、その台詞と裏腹にさして堪えた様子でも無い。必要経費は払われる約束だった。
「これでご依頼通り、大江戸先進科学研究所に列強各国の鉄くずが渡るように手配しましたで。それで大剣卿さんは敵に塩を送るきでっか?」
「塩は重要な物資だが、過ぎれば毒にもなる。卿も、ゆめゆめ忘れぬ事だ」
詮索無用ということか、はたまたモンタルチーノの水ぶくれの体形を指してのことか。宇宙ヤクザはもともと贅肉の中に埋もれがちな首をすくめて見せると、「それでは、またの御贔屓に~」と通信を切った。
それにしても奇妙な遣り取りであった。
モンタルチーノ商会の不法投棄はツルギスタンにより依頼されたものであり、宇宙の粗大ゴミの数々は大江戸先進科学研究所に渡るべくして渡ったものである、と。
ルドガーハウゼンは執務机の上の多機能情報ボード――見た目は下敷き――に投影されたデータに目を落とす。そこにはキリル文字のようにも見えるツルギスタンの言語が羅列されていたが、幾つかの画像データは地球のものであり、絵面とそこに記された各国の文字から読み解くのなら、ロッキード・マーティン、BAEシステムズ、ダッソー、SAAB、スホーイカンパニー、三菱重工、等々と軍事部門を持つ地球の企業が列挙されていた。そして、それらの企業からは矢印が曳かれ、一つのツルギスタンの言語へと結ばれている。
「地球防衛戦線…ようやく尻尾を掴んだ」
その単語を見つめ、ルドガーハウゼンが呟いた。
ダイガストの産みの親、大江戸多聞を追っていたゴシップライターが掴んだ情報だった。地球の各国へと宣戦布告した銀河列強が、各地で少なく無い被害を受けているのも、この存在からリークされたという軍事情報による部分が大きい。
その存在の明確な形を突き止めれば、あるいはダイガストの急所を抑える事が出来るやも知れない。
今回のモンタルチーノへの依頼は、つまりは地球防衛戦線への追跡の一手であった。
大江戸先進科学研究所に回収させるように仕向けた機械部品を解析されれば、近いうちにアメリカやEUと交戦状態にある列強への有効な攻撃手段が発見されるだろう。
それがルドガーハウゼンの予測通りの経路で北米や欧州の戦線に投入されたならば、彼の目論見は達せられるし、そうでなくても粗大ゴミにツルギスタンに拘わるような機材は紛れ込ませていない。どう転んでもツルギスタンの軍勢に向けられる矛が鋭くなる訳ではないのだ。
その結果は近い将来、明らかになるだろう。
「問題はそれよりも…」
ルドガーハウゼンがタッチパネル式である多機能情報ボードの表面に指で触れると、ページをめくったように、表示された情報が全く別のものに変更される。
出てきたのは解像度の低い画像だった。暗色の背景に、勾玉の尖った部分を前にしたかのような、奇妙な物体が映っていた。色は赤みを帯びた金色で、大気圏内で見る旭日の輝きを思わせる。解像度が悪いのはそれがとんでもない遠方を拡大して映したもので、周囲が暗色なのは夜でなく宇宙空間と言うこと。
つまるところ、その物体は地球に接近しつつある彼らの御同類というわけだ。
「銀河帝国近衛艦隊旗艦『旭光』…存外にお早いご到着で」
ルドガーハウゼンがカイゼル髭の下から漏らした言葉には、隠しきれない苛立ちが含まれていた。
つづく