創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

ビューティフル・ワールド 第二十話 嘘

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匿名ユーザー

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燦々と眩く輝く太陽に照らされて、殺意を秘めた銀色の刃に一筋の光が宿る。男はその刃を、目の前の少女へと静かに向ける。

刃の矛先には、肩まで伸びた白髪を凛とさせて佇んでいる、細身の少女。油断し切っているのか、刃にも男にも、殺意にすら気づく様子が無い。

特徴的な三つ編みを揺らして、遥は―――――――白髪の少女の名を、叫ぶ。今振り絞れる最大限の声量で、叫ぶ。

周囲の人々が遥の叫び声に何事かと、足を止める。まるで遥と少女の間だけ、時が止まっているかのようだ。

遥の必死な形相と絶叫に、ようやく白髪の少女は自らに降りかかんとする意変に感じ、振り向く。



が、既に時は遅く、男が振るう刃は少女の腹部へと―――――――――。




                          パラべラム×ヴィルティック・シャッフル



                             
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。僅かな休み時間ながらも、肩の力の抜けた生徒達が各々雑談や次の授業に備えて移動し出す。

その中でまどか・ブラウニングは一人、窓の外を眺めながら溜息を吐いた。別段、憂鬱な訳ではない。
かといって、機嫌を損ねる様な出来事に出くわした訳でもない。ただ、何となくスッキリしない気分に見舞われている。

窓の外から見ている空は、晴れているのか曇っているのか何とも言えない中途半端な模様だ。
さっきまでは快晴だったのだが、灰色の雲が少しづつ増えてきて青空を染めている。夕方頃には一面灰色になりそうである。
そんな空模様と今の心情がそれとなく重なっている様に思えて、まどかは再び小さく、溜息を吐く。

何故だか胸騒ぎがする。何をどう不安で心配なのかは説明出来ない。具体的に言葉に出来ないが……妙に心が落ち着かない。
やおよろずの面々が何か不吉な事に巻き込まれてないかと一寸考えたが、あの人達がそう簡単には落ち込んだりへこたれたりはしないだろうと考え直す。
何かあるとしたらルガーさんが料理に失敗したとか、リタさんが箪笥に小指をぶつけたとかその程度だろうな、とも思う。

ヘ―ちゃんが居ないのは些か気掛かりではあるし、早く解決すべき問題だとは認識している。
が、それと学生としての生活は切り離して考えなければ。学校にいる以上、今は勉強とか部活に専念しよう。
意識を切り替えて、まどかは元気良く椅子から立ち上がる。

「まどかー、次の授業行くよー」

丁度良いタイミングで級友が次の授業への移動教室に声を掛けてきた。明るい声でまどかは返事する。

「うん!」

歩き出す前にちらりと、窓の外の空に目を向ける。
さっきよりも灰色が青色を浸食している様に思える。雨が降ったらどうしよう。
今日傘持ってきてないな、と別の心配事が浮かんでくる。もしも振ってきたらルガーさんに連絡しなきゃ。


やおよろずの皆に何事もありませんように。まどかは小さく、胸の中でそう思う。


                              ――――――――

昼食を終え、焼きそば屋を後にしたスネイルとステイサムは、適当にレイチェルの街をぶらぶらと散策する事にする。
様々な色調に彩られた、瓦礫作りの芸術的な建物や路面。色々な食材や雑貨を並べて軒を連ねている屋台に目を奪われる。
心地の良い陽気の良さと、人々の活気に満ちた明るい雰囲気は只歩いているだけでも気分転換になる。

それにしても、白いワイシャツを着ているステイサムと、木原町子としての変装とはいえ、学生服を着てソフトクリームを舐めているスネイルのツーショットは何処か奇妙だ。
ワイシャツを着た女性と学生服の少女という組み合わせが奇妙なのか、それともただ単にこの二人の雰囲気が奇妙なのかは分からない。
通り過ぎていく通行人の何人かは、二人の方を一瞬振り向いたり二度見したりする。それほどどこか、この二人が珍しく思えるのだろう。

「貴方の恰好が怪しまれてるんじゃないの?」

じろじろと人から見られている事に気付いているスネイルが、ステイサムに皮肉っぽく笑ってそう言った。
しかしステイサムは涼しげな表情のまま、サラリと皮肉りかえす。

「君のその若造りが怪しいんじゃないかな。私なら思わず凝視してしまうね」
「そ、そうかしら? 私なりに完璧に変装してるんだけどねぇ。哀しいわ」

初めて出会ってそれほど時間が経ってはいないものの、スネイルは常に飄々としてクールなステイサムに翻弄されっぱなしである。
思えばこのマシェリー・ステイサムという女性、激しく好奇心をくすぐってくれる。不思議なというか、不思議な部分しかない。
少年が手放してしまい、普通なら取れない高さまで飛んでいった風船を軽々と取り戻す跳躍力も不思議だ。
一体どれだけ食べ物を放りこめるか分からない、ブラックホールな胃袋と食欲も不思議だ。とても可憐な外見からはイメージできない、滅茶苦茶な事ばかりしている。

一見人間離れしている様でいて、スネイルは焼きそば屋でステイサムの恐らく素の部分、人間らしい部分もしっかりと見出している。
それは人ならば誰もが持つ過去、だ。ステイサムがスネイルに語った自らの過去は、中々に衝撃的なものだった。
両親をテロリストの所業で失い、ただ一人、血の繋がった姉と共に得体の知れない輩に囚われたという、過去。
そして何よりもスネイルを驚かせたのは、その姉と離れ離れになってしまったという事だ。その時のステイサムの辛さ、悲しみは想像するに耐えない。

それでもステイサムは追い続けている。離れ離れになったとしても、姉は必ず生きていると信じて。

「スネイル? どうした?」

気付けばスネイルは歩いている足を止めて、ステイサムの事をじっと見つめていた。こんなにも気丈そうに見える子が、そんな決意を秘めて生きている。
そう思うと、スネイルの好奇心は今まで以上に沸き立つ。これほど興味をそそられる人に出会ったのも久々な気がする。もう少し、もう少しだけで良い。
もう少しだけ、ステイサムの事が知りたい。いや、出来ればステイサムというよりも―――――――――レイン・クレサンジュの事を。


レイン・クレサンジュ。その名は、ステイサムが語った、本当の名前だ。
事情は聞かなかったが、ステイサムは名を変えて行動している。本名はレインと言って、姉だけにしか呼ばせないらしい。
もしかしたら今日でもう二度と会う事は無いかもしれない。だからこそ、スネイルは知りたい。レイン・クレサンジュの事を。
ステイサムと名を変えている事の意味もひっくるめて、レインの事を、知りたい。

「ううん、何でもない」

にこやかに笑って答えるスネイルに、小さく首を傾げてステイサムは言う。

「そうか? 私の顔に何か付いてるなら正直に言ってくれ。モヤモヤするんだ」
「付いてるけど言ーわない」

散々皮肉られた事への仕返しとばかりにスネイルはプイっと身体を正面に向けると、再び歩き出そうとする。

「スネイル、段差があるぞ」
「へっ?」

目前に深い段差がある事に気付けず、スネイルは足を踏み外して転びそうになった、その時。
ステイサムは咄嗟にスネイルの右腕を掴むと、ぐるりとスネイルを回転させて自らの胸元へと抱き寄せた。
右手からこぼれたソフトクリームが無残にも地面に落下する。その際、ステイサムのワイシャツにベちゃりと音を立ててソフトクリームの一部がくっ付いてしまった。

「あっ、ごめんなさ……」

自分の不注意で迷惑を掛けてしまい、スネイルは詫びようと顔を上げた。
スネイルの心は不覚にも、ドキッとする。ステイサムの顔付きは見ようによっては中性的な為、美青年に見えたからだ。
しかし体付きは紛れもなく女性の……身体だ。年甲斐も無くはしゃいだ挙句、ステイサムを男と見間違えるとかどんだけ……とスネイルは自分自身にがっかりする。

抱き締められながら、スネイルはこうも思う。隙が無い。あくまでぼんやりとした感触なのだが、それでもスネイルにはハッキリと分かる。

ステイサムには、隙が見いだせない。例えこんな状態でも、一切油断している様子もなければ、気が緩んでいる様子もない。
どこから何をされようが、冷静に対処出来る。そんな凄味をひしひし感じる。一体……どれだけの経験を積めば、こんな雰囲気を出せるのか。
我に返って、スネイルはステイサムの胸元から一歩二歩と下がる。こうしていると、ステイサムは美人で凛々しいながらも、どこにでもいそうな普通の女性なのだが。

「ありがとね、ステイサム。ホントにごめんなさい」
「全く……良い年してはしゃぐのはどうかと思うぞ。見ろ、私のワイシャツが……」

抱き寄せた際に汚されてしまったワイシャツを見下ろしながら、呆れ返った表情でステイサムが汚れた部分を摘まみ上げる。
今回の件に関しては、阿呆みたいに浮かれてしまった自分が悪い。冷静に我に返る程、スネイルは死にたくなってくる。あぁ、本当に年甲斐も無い。
流石に今回ばかりは皮肉るのも冗談を言う訳にもいかないので、スネイルはきちんと三度、謝罪する。

「弁解はしないわ……申し訳無い。えっと、ハンカチで取れるかしら?」
「無理だな。こうもべっとりだと。全く、君ももう若くないのだからお淑やかにしないと貰い手が居なくなるぞ」

前言撤回。スネイルははち切れそうな血管を無理矢理抑えながら、苦し紛れの笑顔で尋ねる。


「ワイシャツの件は謝る。謝るけど、どうして毎度一言多い訳?」
「すまん。けどどうも君をいじめるのは楽しくてね」

ニヤニヤと笑いながら、ステイサムはズボンのポケットから取り出したハンカチでなるたけ汚れを取ろうとする。
しかし汚れは中々頑固なのか、大まかな部分は取れてもべっとりとくっ付いている部分は取れそうに無い。
唯一の救いは色がワイシャツもソフトクリームも白同士なので派手には目立たない事くらいだ。
スネイルはクリーニング代なり出そうかと思った矢先に、ある店を見つける。

「……ねぇ、ステイサム」
「ん?」

スネイルはその店を指差して、ステイサムに提案する。

「私がお金出すから新しい服、買わない?」


                              ――――――――

遥と一緒に過ごせる事がよほど嬉しいのか、鼻歌を歌いながら前を歩くリシェルに遥は目を向ける。
最初は心臓が止まるかと思う位驚いたのだが、こうしていると只の杞憂だったなと、胸を撫で下ろしている。

リヒトが話したあの一件―――――――連続オートマタ強奪事件の犯人にして、ヘ―シェンを奪ったオートマタ。そのオートマタの名を、リヒトは神威と言った。
そしてリシェルは、自らが所有しているオートマタの名前を神威と言った。最初は聞き間違いかと思った。絶対に、聞き間違いだと。
まさかリシェルが、オートマタの連続強奪犯な訳が無いと、頭と心が全否定する。とてもそんな悪事に手を染める様な子には思えない。

思えないというか、正直な事を言えば思いたくない、そう思える程、遥から見たリシェルは、普通の女の子でしかない。
ちょっとだけ変な事を言えば、何を考えているかいまいち分からない。分からないけれど、読書家で、穏やかで、それでいてしっかりしてる。
それが遥から見た、リシェルの印象だ。こんな子が、あんな酷い事件を起こしているなんて、ましてヘ―シェンを奪う様な悪人とは思いたくない。

こういう事例があるかは知らないが、多分件の事件のオートマタの名前と、リシェルの所有するオートマタの名前がたまたま同じなだけだろう。そうだと、思う。
考えを纏め直して、遥はリシェルに目を向ける。よほど遥と再開できたのが嬉しいのか、リシェルは終始ニコニコと笑みを浮かべている。

そういえば……と遥はさっき、リシェルが語っていた事を思い返す。リシェルは言った。
離れ離れになった妹が居る、と。小さい頃に色々あって、しばらくどころか長い年月、会えていないのだとか。
リシェルはいつか、その妹……そうだ、レイン、レインに会いたいと漏らしていた。

レインの事を話している時のリシェルの顔は、とても悲しそうだった。それでいて、諦めている様にも思えた

リシェルは遥にこんな事を聞いてきた。もしもレインと再び出会えたら、何をすれば良いのかな? と。
遥は答えた。ただ何も言わずに抱き締めると。他の人ならもっと上手い言葉が浮かんでくるかもしれない。ちゃんとした答えが他にあるのかもしれない。
けれど遥はそれが一番、良い方法であると確信している。百の言葉を投げ掛けるよりも、体同士で真っ直ぐに向き合った方が、きっとどんな思いが伝わると思うから。

いつか必ず、リシェルとレインが出会える事を、遥は心から望んでいる。願っている。

「あ、そうだそうだ」

リシェルがふと、足を止めて遥に振り返る。同時に遥もその場に止まる。
屈託の無い、満面の笑顔を振りまきながらリシェルは聞いてきた。

「一条さん、私の貸したあの本、読んでくれた?」

リシェルの口から出たその質問に、遥は内心しまったという気持ちと、申し訳無いという気持ちが混ざり合う。
初めてリシェルと出会った際に、遥はリシェルから美しい世界というタイトルの本を借りていたのだ。
が、いつものやおよろずメンバーの他に予期せぬ客人が増えたお陰で家事やら買い物やらが嵩み。
それと、ヘ―シェンが奪われた事とか色々と気になる事、やらねばならない事が多いせいで中々暇な時間が無く、一ページすらも読めていない。
ここは誤魔化した所でどうにもならない。本当に申し訳無いとは思いつつも、正直な事を、遥は打ち明けようとした。

が、遥の両目はある何かを捉えた。その何かが気掛かりで、リシェルに返答する事を忘れる。

遠からずも近からずの距離から、リシェルの背後へと何者かが早足で向かってくる。顔を隠す為か、すっぽりと真っ黒なローブに全身を包んでいる。
男なのか女なのかも、ましてや顔すらも分からない。周りの人達は特に気にも留めてはいないが、遥にははっきりと違和感を感じる人物だ。
一切迷う事無く、徐々にスピードを速めてその人物はリシェルの背後へと詰め寄ってくる。

「一条さん?」

返事もしないで、口をポカンと開いている遥に、リシェルは不思議そうに首を傾げて声を掛ける。
どうやら後ろから誰かが近づいている事に全く気付いていないようだ。遥と居る事がよほど楽しいのか、油断しきっている。
いけない、直感で遥は何者かが危険な存在だと感じ取る。もしも何が危うい物を取り出したら――――――――と。

何者かはローブの中に隠れている右腕を軽く振り払う。その右腕の袖よりわずかに露出している、研ぎ澄まされた銀色の刃。
それは紛れもなくナイフの刃だと、遥は確信する。固定している為か、ナイフが何者かの腕から落ちる様子は無い。
そのまま刃を露出させた腕を、リシェルの腹部へと向けながら近距離まで近寄る。

「リシェルさん!」

遥は反射的に叫んだ。駆け寄ろうとするが前を度々人が横切る為、中々リシェルの元へと近づけない。
突然叫び声を上げた遥に周囲の人々が驚嘆や怪訝の視線を投げ掛ける。視線に構わず、遥は走る。
荒いでいる遥の様子に、ようやくリシェルは這い寄る異常に気づいた。気付いた、が。

何者かは既に、避ける事も、防ぐ事も出来ない距離まで来ていた。忍ばせていたナイフの刃を、リシェルの腹部に向かって突き刺さんとしている。
その瞬間を遥は只、見ている事しか出来ない。近くに投げるのに適したサイズの石か何かがあれば、何者かへと当てる事が出来そうだ。
しかし足元には小石すらも落ちていない。武器と言えば杖へと変形しているリヒターが居るが、最早リシェルと何者かの距離が近すぎてどうしようも出来ない。

せいぜい出来る事は―――――――強引にでもリシェルを今の地点から引き離す事だけだ。間に合うか間に合わないかじゃない、間に――――――――合わせる!

あまりにも、行動が遅すぎたのか。いや、まだ手はある筈だ。遥は最後まで諦めない。絶対に諦めない。
やけに目の前がスローモーションに見える。この時になってようやく、目の前を横切る人が居なくなる。
このままでは、リシェルは刺される。走っても、もう間に合う距離も、時間も無い。それでも一心不乱に、遥は駆ける。

刃が届くまで、残り数ミリ。

遥が間に合うかどうかは、神すらも知らない。


                              ――――――――

「なぁ……何か凄く恥ずかしいんだが……」

試着室のカーテンから顔だけを出して、ステイサムが気恥ずかしそうに頬を染めてスネイルにボソボソとそう言った。
両手を腰に当てて楽しそうにニヤつきながら、スネイルは言い返す。



「大丈夫だって! 貴方に絶対似合う服を選んであげたから」
「そうかな……けどなぁ、私はこういう服はあまり着た事が無いんだ……」


数十分前、服を汚してしまったお詫びとして、スネイルはステイサムの服を新調する事になった。費用は無論、スネイル持ちだ。
ステイサムは服を選ぶのは得意ではないという事で、全てスネイルに一任する事にした。
任されたという事で、スネイルはノリノリで服を選ぶ。一応おふざけではなく、ちゃんとした物を選ぶつもりだ。

その様子を凄く不安げに眺めているステイサムを尻目に、三十分ほどでスネイルはステイサムの新たな服装を選び抜いた。

その服装のチョイスを見たステイサムは最初、こんなのは私には似合わないと一蹴した。
だが、絶対に似会う! 似会うから! とスネイルの凄まじく熱の籠った三十分にも及ぶ説得に根負けしてしまい、渋々着る事になった。
現在、試着室でようやくその着替えが終わった所だ。が、ステイサムはその新調した服装を見せる事をとにかく恥ずかしがっている。

ようやく優位な(一応こちらが悪いのだが)立場になれた事と、何故だか猛烈に恥ずかしがっているステイサムにスネイルの口から笑いがこぼれて止まらない。
それにしても、スネイルにとって意外だったのは、ステイサムがここまで着替えを他人に見せる事を気恥ずかしく思う事だ。
失礼ではあるが何となく、他人に対して変わった自分を見せる事に対して無頓着というか拘らない性格だと思っていた。

ま、そんな事はどうでもいい。今は私が選んだ服が似合ってるかどうかだ。スネイルはカーテンへと手を伸ばす。

「それじゃあ早速、おニューな洋服に着替えた姿を見せて貰いましょうか」
「待て! ……自分で開く。笑うなよ」
「大丈夫。笑うなんて事しないわよ」
「じゃ、じゃあ……」

スネイルに豪快にカーテンを開かれるのを恐れてか、ステイサムは恐る恐る、自分の手でカーテンを開く。

「……やっぱり似合わないよな?」

モジモジとしながらも、ステイサムは上目遣いにスネイルにそう聞いた。

スネイルのチョイスだが、上半身は新しく真っ白なワイシャツに、良いアクセントになっている事とステイサムの希望によりネクタイを締めさせている。
その下にはズボンではなく、ジーンズ仕立てのショートパンツ。それに何故かニーソックスと、元の服装よりも大分露出度が上がっている。
それと、体全体を隠せる、淡い黒色のロングコート。このコートがスネイルにとって一番拘った所らしい。何をどう拘ったかは分からないが。

しばらく呆然と、スネイルはステイサムを見つめる。ここまで似会うとは選んだ本人が思いもしなかった。

「凄く似会ってるわよ。……悔しい位」
「嘘つくな。ホントはあんまり似合ってないから笑いを堪えてるんだろ? 良いぞ、笑っても」
「それなら正直に爆笑してやるわよ。マジで悔しい位似会ってるから言葉が出てこないのよ」

スネイルがそう褒めると、ステイサムは髪の毛を照れ臭そうに掻きながら、ボソリと呟いた。

「そうか……それなら良いんだ」
スーツやワイシャツの時は何となく分かりにくかったが、スネイルが用意した服装になるとステイサムのプロポーションが優れている事が分かる。
嫉妬でも何でも無く、スネイルは本心から今のステイサムが可愛いと思える。出会った時とまるで雰囲気が違う。
こうしているとモデルやらアイドルやらでも出来そうだ。顔立ちも悪くない所か整っているし。

けれど一つ、引っかかる事もある。何故、ステイサムはここまで服を着替える事に抵抗があるのだろうか。
いや……服を着替える事というより、人に違う自分を見られる事に抵抗がある、と言えば良いのだろうか?
綻びが見えない雰囲気にしろ、こうして抵抗する姿にしろ、ステイサムは一体どんな生き方をしてきたのだろうか……。

「これで満足しただろ? じゃあワイシャツだけ買って貰うから」

一転、冷め切った口調でそう言いながらステイサムはショートパンツを脱ごうとする。
その瞬間、スネイルは非常に素早い動作で脱ごうとした手をワシづかむと、威圧感たっぷりに言った。

「駄 目。これからずっとその服を着ててね」
「い や だ」
きっぱりズバッと、スネイルの提案をステイサムは突っぱねる。

「えー何でよ。すっごくすっごく可愛いから着替えちゃ駄目だって。それに私がお金を払うんだから良いじゃない」
「こんなバカみたいに露出度が高い服は私の趣味じゃない。どうせ買うなら着るなら君が着れば良いじゃないか」

スネイルとしては、絶対にこのままでいてほしい。本心からそう思う。真剣と書いてマジにそう思う。
しかしステイサムはよっぽど我慢していたのか、そそくさとショートパンツを脱ごうとしている。
これではまずいと、スネイルはステイサムを説得に掛かる。しかしどう説得すればステイサムは思い止まってくれるのか……。

「何でも好きな物奢るわよ、何でも、ね」

今正に脱がんとしていたステイサムの動きが止まる。まさかこんな単純な手で引っ掛かるのだろうか。
いや、まさかねと思いながらも、スネイルはもう少し押してみる。食べ物で釣られる程ステイサムは単純ではないだろう。

「何でも奢ってあげる。焼きそばもアイスも付けちゃうわよ」

ステイサムの動きが石像の如く停止する。ステイサムの中で何らかのせめぎ合いか、天使と悪魔が争っているのか。
後何か、何か駄目押しする物があれば。数秒間考えた末に、スネイルは言った。
これで説得が成功したら嬉しい。けど流石にこれは無いだろう……。

「そうね……焼きそばを幾らでも奢ってあげるって条件でどうかしら?」


                              ――――――――

今日はなんと幸運なのだろうと、男はローブの奥深くに隠した顔をニタリと笑って歪ませた。
普段からこの町は人が多いのだが、今日は何故だか一段と人が多い。例え一人や二人妙な格好の存在が居ても、気にされる事が無い。
太陽が派手に照りつているせいで気温が高い日に、こんな真っ黒な布を被っている事に男自身、違和感を感じてはいる。
しかし顔を隠すにはこれ以上の細工は不要だ。マスクや包帯で顔を隠せばそれこそ目立ってしまう。

行き交う人はたまに一瞥してくるものの、特に気にする様子は無い。それで良い。

男は懐から一枚の写真を取り出した。盗撮でかつ遠方から撮られている写真の為、不鮮明でぼんやりとしている。その写真には、一人の少女が映っている。
そこに映っている少女の横顔はぼやけてはいるが、はっきりと特徴は分かるので問題無い。白い髪に、琥珀色の目。これだけで充分だ。
男にとってその写真の中の少女は、忘れようとしても忘れられない因縁と、恨み辛みを抱えた相手である。


数ヶ月前――――――――男は仕事を終えて家路を歩いていると、写真の中の白髪の少女と、片腕の無い長身の男に突然道を阻まれた。
長身の男は、男に向かってお前のオートマタを貰うと告げてきた。深夜でかつ、仕事疲れでイラついていた男は言われるがままに勝負を承諾。
ストレスを発散するついでに、金銭でも頂こうと考えていた。しかし、事はそう上手く運ぶ筈もなく。
結果は惨敗。恐らくマスターであろう、白髪の少女が繰り出してきたオートマタに、男のオートマタは成す術無く倒され、そして奪われた。
仕事道具であるオートマタを失い食い扶持を失くした男の生活は困窮し、プライドも、精神も、全てを奪われたと言っても過言では無かった。



新たな仕事にも就けず、茫然自失としていた男の前に、カルマスと名乗る人物が現れた。
カルマスは男と同じく、長身男と白髪少女に、正確にはその白髪少女のオートマタに全てを奪われたという。
カルマスはその二人に自分と同じく、何もかも奪われた者達同士で手を組み、復讐を企てていると言った。

最初、男はそんなカルマスに不信感を持っていた。何故なら警察でさえ、白髪少女と長身男の素性を調べられないのだ。
なのに素人がどうやってその素性を調べられるのかと。当然と言えば当然の疑問に、カルマスは答えた。
別にチームを組む訳ではない。しかしもしも長身男か白髪少女らしき人間が見つかったら報告してほしい。全力で協力すると言った。
そうして、カルマスは同士が撮ったという二人の特徴を示した写真と、いつでも連絡できる様にと通信機器を渡して姿を消した。それからは行方知れず。別に知りたくもないが。

てっきりチームでも組んで一斉捜査的に探すのかと思っていたのだが、まさかの草の根運動的なカルマスの行動に男は些かガックリときた。
ガックリとしたが、復讐したいという感情は同じな為、取りあえずカルマスに同調する事にした。


それから男は何日にも、何カ月にも渡ってレイチェルを始めとした二人の出没地点を探る事にした。
しかし長身男も、白髪少女すら見かけない。その間にも次々とオートマタが強奪された事件を聞く度、男の怒りは募っていくばかりだ。
だが怒りを募らした所で見つかる訳が無い。次第に、怒りよりも諦めが、そして虚無感が襲ってきた。
もう良い。もしも今日、見つからなかったらスッパリと諦めて……それからどうする? そんな絶望的な心境でレイチェルを徘徊していた、時。

いたのだ。忘れもしない―――――――白い髪の、少女が。

                              ――――――――

「全く……君という人間はどこまで我儘なんだ」
「焼きそばに易々と釣られた人には言われたくないわね……」

ぶつぶつと文句を垂れながらも、ステイサムはスネイルが選んだ服を着続ける事にした。最初に着ていた服は手提げの紙袋に入れてある。
本気で食べ物で釣られると思わなかったが、結果的にそのまま着てくれる事になったのでスネイル的には万々歳だ。
代わりに焼きそばを奢るという約束をしてしまったのは、少々不味かったかもしれない。
何故ならこの服の代金で、ルガーから受け取ったお金がだいぶ減ってしまった。多分、三皿位で底を尽く。


どうやって誤魔化そう……。我ながら後先考え無さ過ぎる行動に呆れ果てる。しかし反省はしても後悔はしない
まぁ先の事が分からない事が人生じゃない? なら分からないは分からないなりに楽しまないとね。というのがスネイルの矜持だ。 
そろそろステイサムと話し込んだ例の焼きそば屋が見えてきた。

「それじゃあまずは前菜として、アイスを奢って貰うぞ、スネイル」
「普通逆だよね、それ」

何だかんだ嬉しそうな声でステイサムがそう言った。一寸。
ステイサムが立ち止まる。その事に気付かず、スネイルは先を歩く。
しばらく歩いていると、よこにステイサムが居ない事に気付いて振り向く。

「ステイサム? どうしたの?」

何で急にステイサムの動きが止まったのか分からず疑問符を浮かべるスネイル。
するとステイサムはつかつかとスネイルへと近寄ると、持っている紙袋をスネイルの胸元へと掲げた。
何が何だか分からず、ポカンとしているスネイルにステイサムは一言。

「先に焼きそば屋で待っていてくれ」

一言、そう言い残して紙袋を手放した。

「え?」

落ちてくる紙袋をスネイルが両腕で掴んだのを見、ステイサムは踵を返した。
そのまま、早足でスタスタとステイサムは何処かへと早足で歩きだした。気付けば雑踏の中へと紛れている。

「ちょ、ちょっとステイサム! 待って!」

慌ててスネイルはステイサムを追う。それにしても歩くのが早い。異常に早い。
スネイルの目には最早ステイサムの頭部しか見えない。朝食の時間のせいか、人が異様にごった返している為必死に追いかけないと見失ってしまう。
どうにか見失わない様に、スネイルは人の波という波を掻き分けながら歩行速度を速めていく。

どれだけ歩いただろうか、そろそろ息が上がってきた頃、ようやくステイサムの全身が見えた。

次の瞬間。

「リシェルさん!」

聞き覚えのある声が、スネイルの耳に響いた。そう、共に買い物に来ている遥の声だ。
それにしても何で一条さんの声が? それにリシェルって……。ステイサムの行動と良い、全く事態が飲み込めない。
上手く事態が飲み込めないが、とにかく良くない事態が起きている事だけは分かる。


「……しょうがないわね」

紙袋を左手に持ち替えて、スネイルは素早い動作でスカート内のガーターベルトに仕込んだカードを抜き出す。
そうしてカードを口元に近づけて、小声でそっと唱えた。

「トランス・インポート」

そうしてカードを静かに振り下ろす。するとそのカードは、掌の中で瞬く間に全く別の形状へと一瞬で変化した。
その形状とは、銃身から持ち手まで直線的でエッジの効いている恐らく……拳銃だろうか。スネイルの手のサイズには少々大きい。
周りに悟られぬよう、瞬時に拳銃をガーターベルトに仕舞いスネイルは先へと急ぐ。ステイサムと、遥の元へと。

いつになったら、私は平穏な日常が送れるのかしら。


そう心で、毒づくながら。


                              ――――――――


その少女は誰かと会話している。こちらへと歩いてくる。

男は写真を取り出して、本当に本人なのかを確かめる。透き通るような白髪、琥珀色の瞳。
間違いない。写真そのままの横顔だ。全てを奪い去った存在と再び巡り合えるとは夢にも思わなかった。
男は震える手をどうにか抑えて、通信機器を取り出すと、通じるかは分からないが、復讐を企てている同士へと連絡を入れる。

「……あの女がいた。レイチェルの中央広場だ。早く来てくれ」

返答は無い。まぁ、構わない。距離はまだ遠いが、確実にこちらへと歩いてくる。鼓動がこれ以上無いほど早まっている。
目を良く凝らして見ると、白髪少女には連れがいる。同じ歳だろうか……? 外見的には多分同い年の髪を三つ編みに結いだ少女だ。
いかん、連れが居るとは思わなかった……。男にとってその事は想定外であり、また焦りを誘発させる。
どうにかあの連れを抑え込める方法が無いかと頭を捻るが、白髪少女との距離が縮まっていく度にそういった考えが失せていく。

もしこの瞬間を逃せば、また途方も無い捜索と言い様の無い虚無感に苛まれる事になる。
ならば多少のリスクを払ってでも、確実に白髪少女をここで抑え込んでやる。男はひたすら意気込む。
写真を仕舞い、代わりに口元を防ぐ為の布を取り出す。男の考える方法はこうだ。

白髪少女とその連れが通り過ぎる。その時、白髪少女へと声を掛ける。
具合が悪いと言って路地裏なりに誘い込んで口元をこの布で覆い……男は右腕に目をやる。
この袖の裏に仕込んであるナイフで抵抗すると刺すと脅しながら、奥へと連れこむ。

例えナイフを突き付けても、このローブの中では他人からは何をしているかは凝視でもしないと見えない筈だ。
怖いのは白髪少女ではない。白髪少女が繰り出す、あの赤いオートマタだ。奴さえ無ければ何を恐れる必要もない。
どうせガキだ。オートマタが無けりゃ何も出来ない。そろそろ接触する一歩手前。
これ以上無く鼓動が早まり、心臓発作にでもなりそうだ。復讐が成せると思うと、男の中の何かが、弾けた。


仕込みナイフを伸縮させる。ギラギラと禍々しい光を放つ刃を見ていると、男の中で―――――――何かが、壊れる。

まどろっこしい事をせず、これで刺せば良いんじゃないか? 二度と、立ち上がれない位の傷を付けて。

その時だ、白髪少女が連れの前を歩くと、男に背中を向けた。連れに何かしら話しかけている様だ。

よほど連れとの時間が楽しいのか? この俺の人生を壊しておいて……! 白髪少女の背中はとても無防備だ。隙しか無い。
その背中を見、男の中で様々な思いが去来する。オートマタで人生を積み上げてきた男の理性が決壊する。
奪われたオートマタ、奪われた生きがい、奪われたプライド、奪われた―――――――己の、人生。

最早、男の頭は冷静にはなれなかった。感情が理性を、超えてしまった。

お前さえ、お前さえいなければ……お前が俺の全てを!

連れが白髪少女の名を叫ぶ。白髪少女が男に気付き振り向くが、男は構わず右腕のナイフを、白髪少女の腹部へと―――――――。




                              ――――――――


何が起きたのか、男には理解が出来なかった。

激痛を超えて、意識が瞬間的に遠のいた、が、すぐに現実へと引き戻される。
背中から脊髄に掛けて、形容できない痛みが広がる。両足ががくがくと震えて、冷や汗が止まらない。
鉄の塊が身体を突き抜けたかと錯覚するほどの激痛。男の背を、正確に言えば男の脊髄にその激痛が走る。

暗転しそうな意識の中で、絶えそうな息をどうにか保ちながら男は眼球を後方へと動かす。

「き、さまは……」
「名乗る名は無い。落ちろ」

中指を少しだけ突きださせた鉄拳を、ステイサムは男の背中に、正確に言うならば脊髄へと衝撃が伝わる様に捻じ込む。
足音どころか存在すら忍ばせて男の背後に立ったステイサムは、僅かな衝撃音だけを発して、男の凶行を制してみせた。
言うなれば経絡秘孔へとピンポイント攻撃で一時的に呼吸を止め、尚且つ意識を落としたという訳である。全力ではなく軽くなので、殺した訳ではない。
ただし、男が今後まともに二足で歩けるかまでの保証はないが。

ステイサムは男が意識を失ったことを確認すると、倒れる間際に身体を支えて、ゆっくりと地面に仰向けに寝かせる。
男は白目を向いており、再び起き上がるどころか、目覚める様子も無い。右腕に仕込んでいたナイフがカランと乾いた音を立てて、滑り落ちた。
一体全体何の騒ぎかと、ステイサムと男の周りを立ち止まった野次馬が囲んでいる。

「子供を狙って楽しいのか……ゲスが」

失神している男を心から憎悪と蔑みの入り混じった目で見下ろしながら、ステイサムは立ち上がると見物している野次馬に言う。

「誰でもいい、警察なり呼んでくれ。危険物の所持と、少女への暴行未遂でな」


「ごめんね、ちょっとどいて……」
人の波をよっこらせと掻き分け、スネイルはステイサムへと声を掛ける。

「ステイサム!」

スネイルの声に、ステイサムは顔を向けて手を上げた。
そんなステイサムに、スネイルはワザと大袈裟な溜息を吐きながら歩み寄る。

「何かするんだったら何かするでちゃんと説明しなさいよ。ビックリさせないでよもう」
「すまん。今度から気を付ける」
「なるべく今度が無いように祈るわ……それでどういう事?」

どうやら良く分からない内に揉め事はステイサムの手で収拾した、という事で良いようだ。
私の出番は無いな。そう思ってホッとしつつ、スカートを軽く叩く。忍んでいた拳銃がカードへと戻る。

「妙な男が少女にナイフを突き刺そうとしててな。寸前で止めたんだ」
「なにそれこわい。って事は、この伸びてるのは貴方の言う妙な男って訳ね。んで……」

目の前に顔を向ける。やっぱり遥が居た。遥と……遥ともう一人……見覚えの無い顔だ。
綺麗に透き通った、神秘的な白い髪と、琥珀色……の、目。

待って、琥珀色?

スネイルは軽く驚く。遥の胸元に抱きかかえられている少女の目は―――――――ステイサムと同じ、琥珀色であった。

「ステイサム、あの子……」




                              ――――――――


ほんの一瞬の出来事だった。目の前で起こった事態に、遥は目を丸くする。

どうすれば良いのか迷った末に、リシェルを男の傍から引き離そうと決意し駆け出した瞬間。
男の動きが突然鈍ったのだ。先程まで迷い事無く、リシェルを刺し殺さんとしていたのに。
男の右腕、否、身体全体が大きく前方に反ると、そのまま糸が切れた操り人形の如く、ふらふらと力無く倒れ掛ける。

呆然と見ている場合ではない。遥はよろよろと後ずさって倒れそうになるリシェルを抱き抱える。
勢い余って強く尻餅を付いてしまった。尻に強い痛みが走り泣きそうになる。が、どうにか堪える。リシェルを助ける事が出来て良かった。本当に……良かった。
前に向き直すと、多分男を食いとめた……長いコートを着た女性が、スマートな動きで男を地面へと仰向けに寝かせた。
後であの人に感謝しなければ……その前にと、遥はリシェルの安否を気遣う。

「大丈夫? リシェルさん」

遥に呼び掛けられて、リシェルは顔を向ける。命が狙われた事が相当ショックだったのだろう、その表情は不安と恐怖に満ちている。
リシェルは何も言えず、ただ体を小刻みに震わしている。ごく当たり前の反応だと、遥は思う。突然命を狙われたら、誰だってこうなる。
とにかく遥は力強く、リシェルを抱き締める。早く不安を取り除いてあげたい。

「大丈夫……大丈夫だよ、リシェルさん。もう安全だから」

遥の介抱に心が落ち着いてきたのか、次第にリシェルの震えが収まってくる。その事に遥はほんの少し安心する。

「……一条さん……私……私……」

リシェルはそうして、遥に抱き付いた。同性同士なのに、何故だか遥は妙にドキドキして仕方が無い。
しばらく何も言わずに、遥はリシェルを抱き締め続ける。どれだけ時間が経っただろうか、ようやくリシェルが震えなくなった。

少しだけ体を離して、遥はリシェルに向き合う。向き合って、聞く。

「……落ち着いた?」

遥の質問に、リシェルはこくん、と頷いた。頷いて、答える。

「うん。ありがとう……一条さん」
「そっか、良かった。……ごめんね、リシェルさん。私……リシェルさんをあいつから助けられなかった。ただ、見てる事しか出来なかった」

遥がそう言うと、リシェルは首を横を振り、やんわりと否定する。

「そんな事……無いよ。一条さんは私を助けてくれた。あの時一条さんが呼び掛けてくれてたのに、気付かなかった私が悪いんだし……本当にありがとう、一条さん」
「ううん。私はリシェルさんを引き離す事しか出来なかったから。あの人があいつを倒してくれたんだよ」

そうして、遥は命の恩人に目を向けて、リシェルに伝える。

「あのコートを着た女の人が、一瞬であいつを倒しちゃったんだよ。凄かったなぁ。何が起きたか全然分からなかったよ」
「あの……人?」

遥の視線の先にリシェルは目を向ける。一体どんな人が――――――――。



                              ――――――――


ステイサムは命を助けた少女の姿に、ただ、驚く。


自らの人生を懸けてまでも出会いたかった人に、出会えた。まさか、こんな場所で出会えるとは夢にも思わなかった。


リシェルは命を助けてくれた女性の姿に、ただ、驚く。


例え瞳の色が違っていても、大分顔付きも体付きも成長していても、忘れる筈の無い人に、出会えた。




                              ――――――――

「お姉……ちゃん?」



「レイン……なの?」




「どうして、ここに?」




                              beautiful world

                           the gun with the knight and the rabbit


                                 第20話
          
                                  嘘

                               
                              次回 第21話  雨に続く


 

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