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ビューティフル・ワールド 第二十二話 鬼

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匿名ユーザー

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暗く淀んだ空から容赦なく降り続いている、冷たく打ち付ける雨に身体を濡らしながらも少女は躊躇する事無く歩き続ける。


今にも折れてしまいそうな、華奢で生白い両足が、一歩、一歩と踏み出す度に跳ね返る泥水に塗れて汚れる。にも関わらず、少女は歩みを止めない。
彼女と再会した時には―――――――――久しぶりに一条遥と再会した時には綺麗に着飾られていた洋服も、既に泥塗れだ。
全身を自らの手で汚しているかのように、少女――――――――リシェル・クレサンジュは路地裏を一心不乱に歩き続ける。

路地裏はまだ昼間だというのに、どんよりとした薄暗さに満ちており先が見えない。リシェルは自分が闇の中に飲まれていく様な錯覚を覚える。
さっきまで一条遥と共に謳歌していた、明るく賑わう表通りと相反する様に僅かな光すらも届かない暗き路地裏。
レイチェルの暗部と言えるかもしれないその場所は負の空気に溢れており、ジメジメとした湿気と、言い知れない息苦しさを感じさせる。

路面には大量の水溜りが広がっており、奥に進めば進むほど、異様な圧迫感が迫ってくる。
リシェルは近くの壁に手を付きながら、確実に一歩ずつ踏み出していく。しかしこの路地裏、全く人のいる気配を感じない。
左右には老朽化している建物が軒を連ねてリシェルを冷徹に見下ろしている。崩れかかっているガレキや擦り切れたポスター、伸び放題のツタが痛々しい。
かつては様々な目的を持った人間達で賑わっていたのだろうが、今や人っ子一人、何処かへと消えてしまった様だ。

寒さからか、それとも疲れからか。呼吸が若干荒くなりながらも、リシェルは歩く。

ふと、無意識に頭の中で反芻する、記憶。まるで灯火の様な、温かく楽しい記憶が、甦ってくる。

全ては数日前だった。リシェルにとってその出会いは、ある種運命の出会いであった。
自分と同じくらい小さな背丈ながらも、自分とは全く違う人生を辿っている少女に出会った。実年齢に比べ外見のせいで、大分幼く見えるその少女の名は、一条遥。
リシェルを見据えている、一条遥の大きな両目は、希望に満ちていた。その目は、太陽の下で健やかに育ち続ける、向日葵の様な明るさに溢れていた。

前方を軽く睨みつけて、リシェルは壁から手を離す。そろそろ終わりが見えてきたかもしれない。
我ながら粗末に程がある、変装代わりの頭部に被った麦わら帽子を目元が隠れる位深く被り直す。
この先に何があるかは分からない。表通りに出るかもしれないし、行き止まりかもしれない。リシェルとしては……まぁ、まだ結論は出すべきじゃない。

足音を隠しながらも、背後から複数の人影が迫っている事にリシェルは元々感づいている。勘付きながらも敢えて、自らを袋小路へと追い込んでいる。
逃げるのであればこんな真似をする必要は無く、人混みに紛れて行方をくらませば良い。何故、リシェルがこうして自らを不利な状況へと追い込んでいるのか。
答えは単純で、リシェルに逃げる考えは無い為である。いつ頃からか、彼女の思考は逃走から戦闘へとシフトしている。

どっちにしろ警察に追われている身、例え強引な手を使ってでも、ここで出来る限りの障害は排除しておくべきだと、リシェルは考える。

左右を見下ろしている建物が途切れ、とうとう路地裏の奥へと、リシェルは辿りつく。
路地裏の行く先は、行き止まりである。移住区として使われていたのだろうか? 正面、右左と巨大なアパートらしき建物がリシェルを阻んでいる。
当然、この建物も人の気配はまるでなく、大量に割られた窓ガラス、錆に侵され放題で茶色く染まっている壁面、剥き出しの鉄骨と人が住む以前にそもそも開発段階で放棄された様に思える。
何となく幽霊でも住み着いている様に思えるが、今の所存在を感じられるのはネズミだとかの小さな動物達程度だ。次第に雨が強まってきて、雨音が反響しては空に消える。

麦わら帽子を投げ捨てて、リシェルは足を止めて振り返る。振り返り、右手に力強く握っているパートナー、神威――――――――が変形している杖を口元へと寄せる。

と、闇の中からうっすらと、何者かが姿を現し始める。その何者かは一人、二人、三人と増え出しては、リシェルを取り囲む様に増えていく。
何者かの姿は、リシェルの命を背後から狙ってきたあの男と同じ姿――――――――顔をすっぽりと隠す様に頭部、否、全身を漆黒のローブで包んでおり得体が知れない。
あの男と同じ、と寧ろ……あの男と同類の存在だと、リシェルの中で漠然と浮かんでいた疑問が確信へと変わる。

あの男の凶行は、決して偶然ではない。最初から計画されていたのだ。

この集団に、あの男はきっとそそのかされたのだろう。私を殺す方法があると。

一つの疑問が解けた所で、また別の疑問がリシェルの中で沸き立つ。ならばこの集団は、何の目的で私を狙っているんだろうか? という疑問が。
至極簡単に考えれば、ライオネルの指示の下、リシェルが神威を使い、奪ってきたオートマタの神子達が復讐の為に徒党を組んできたのかもしれない。
寧ろそう考える方が自然である。いつ復讐されるかも分かんねえからいつも気を引き締めておけ、とライオネルに常々言われてはいたが……。

完全に不意を突かれた。一条遥と一緒に過ごしていた時のリシェルは、完全に気が抜けていた。油断しきっていた。

一条遥と過ごしている時間は今までに無い位幸福感があった。成す事やる事、全てが楽しかった。
あの時だけは、リシェルは一人の少女として生きる事が出来た。忌まわしい過去も、罪深き今も忘れる事が出来た。

そんな瞬間をこの集団は奪い去った。そう考えると、リシェルの中で例えようの無い感情が一寸顔を出す。

雨は豪雨へと変わり始め、鉄骨を打ち立てる雨の音がさながら機関銃の銃撃音の様だ。
リシェルの髪の毛は大量の水を帯びており、撥ねに撥ねた泥水は肌も洋服も、リシェルの全身を無残な姿へと塗りつぶす。
目の奥が猛烈に痒く、リシェルは目を擦りたい衝動に駆られるが、こんな状態で目を擦ると自ら目を潰す様な行為なので止めておく。

それにしても不思議だと、リシェルは思う。これは雨だ。顔を雨水が走っているだけだと、自分自身に言い聞かせているのに。

両目から雨水が流れて、留まる様子が無い。何度も腕で目元を拭っても、両目から雨水が止まらない。
視界がぼんやりと曇っていく。これから場合によって活発に動く必要もあるのに、これでは……いけない。
いけないというのに。こんな、事では。

「その涙は我々への同情か? それとも挑発のつもりか?」

ずいっと、ローブ集団の長らしき人物が、リシェルの真正面へと踏み出してくる。
踏み出しながら頭部を隠しているローブを両手でがっしりと掴むと、ゆっくりと上げ始めた。

ローブを顔から上げて、その人物はリシェルへと自らの顔を露出させる。
男性。それも、一言で表すのならば強面の男性で、顔に走っている幾つもの傷痕と逞しく整った眉、鋭い目付きには、幾つもの死闘を繰り広げてきたような凄身を感じられる。
正に戦士、それも熟練の戦士と呼ぶのに適したような顔付きである。本来ならば。しかしその目に、戦士らしい魂は感じられない。


49 名前:TロG ◆n41r8f8dTs [sage] 投稿日:2012/09/23(日) 20:55:33.76 ID:0xmmycEd [4/14]
光の宿っていない虚ろな目で、何かを見ている様で何も見ていない、空っぽな瞳。だが、その両目は確かに、リシェルの事を映しこんでいる。

「他人の幸福を根こそぎ奪っておいて、自分は涙を流す余裕があるとは羨ましいぞ。我々の涙はとうに枯れ果ててしまった」

そう言いながら、男性は何故かローブを跳ね上げて、鍛えに鍛え上げられた筋肉質な右腕をリシェルに見せ付ける。
その右腕、否、右手首には何の装飾もなされていない、質素なリストバンドが巻かれている。
リストバンドは質素ではあるが、何か宝石でも嵌めていたのか、真ん中の部分に球形のくぼみが作られている。

「覚えているか」

神威を構えつつ睨んでいるリシェルに、男性は声を震わせながら、言った。


「貴様にオートマタを強奪された、カルマスという哀れな男の事を」

                              ――――――――

時間を数十分前に戻そう。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


人混みの中を謝りつつも必死に掻き分けながら、一条遥はリヒターと共に、行方を眩ましたリシェルを探し続けている。

人にぶつからない様回避しつつ、遥はレイチェルの街を駆け抜ける。
とにかくリシェルらしき人物がいないかを逐一目を凝らして探し続けるが、こんな地道すぎる草の根運動的な探し方ですんなり見つかるとは思えない。
思えないものの、あんな別れ方をしてそのままさよならするなんてまっぴらごめんだと、遥は心の底から思う。

別れ自体が嫌なんじゃない。人には色々事情があるし、一期一会って事だがあるし。
だが、しっかりとした事情も分からず有耶無耶のまま別れる事だけは嫌だと、遥は思う。

リシェルの外見自体は非常に特徴的だ。特に琥珀色の瞳なんてまず、忘れる筈が無いし見間違える事も無い。
だがしかし、それっぽい髪の色をした人も、ましてや琥珀色の目を持つ人にすらも見掛けない。一体、リシェルはどこに行ったのだろうか。
神頼み的な感覚で、遥はリヒターを口元へと寄せて、尋ねる。

「リヒター、神威の気配……感じる?」

僅か少しでも、少しの可能性でも良い。リシェルが携帯しているであろうオートマタ――――――――神威の気配をリヒターに探って貰う。
遥は未だに、リシェルが神威の神子であると、連続オートマタ強奪事件の犯人であるという事が信じられない。
いや、まだそうだとハッキリした訳じゃない。全てはまず、リシェルを見つけて掴まえる事だ。それで全ての真実がはっきりする。

同じオートマタ同士なら少しでも波長というか、そういうのを感じられるのではないかという、浅はかな期待を遥はリヒターに寄せる。
しかしそんな雲を掴む様な期待でさえ、今の遥には重要である。ほんの少し、本当にほんの少しでも構わない。

リシェルの気配を、存在を察知する事ができれば、それで。

<……マスター、申し訳ございません。逆に気配が遠のいています>
「離れちゃってるんだ……ありがとう、リヒター。大丈夫だよ」

リヒターに優しく微笑み返しながら、遥は前を見据えてとにかく走る。

数分前の出来事が仄かに、遥の頭の中で巻き戻される。
あの出来事も、遥の必死な探索に拍車を掛けている。


                              ――――――――

遥がリシェル探索をし始める一分ほど前に時間が戻す。


遥は俄かに信じられない。信じられないが、確かにその人物は、遥の前にいる。

リシェルと全く同じ髪の色にして、どことなくリシェルと似ている顔立ち。目の色が違うのは不思議だが、それは重要な事じゃない。
リシェルに比べて大分目鼻立ちとスタイルが大人びているが、それでもしっかりとリシェルと姉妹だと分かる雰囲気。
その女性、マシェリー・ステイサムは遥に深く頭を下げる。そしてゆっくりと頭を上げると、凛としている。

「私の名はレイン。レイン・クレサンジュ。仕事でマシェリー・ステイサムという名を使っているから、普段はそちらの名で呼んでほしい。
 ……いきなりこんな事を頼むのも失礼千万とは思うが」

そうして、両目に指を当てて、何かを取り出す。恐らくコンタクトレンズか―――――――と。

マシェリー、否、レインはリシェルと同じ琥珀色の両目で、遥を見据える。見据えながら、切実さをひしひしと感じる声で、言った。

「私とスネイルと一緒に、私の姉を……探してほしい」
 
遥は瞬時に思い出す。さっきまでリシェルが、遥と食事を楽しみながら切々と語っていた、自らの過去を。

リシェルは語った。自分には、事情があって離れ離れになってしまった妹がいると。その妹の名前はレイン。レイン・クレサンジュと。
もう出会う事が無いかもしれない、けれどいつかもう一度レインに会ってみたい。それで抱きしめたいと、リシェルは言った。
そんなレインが、妹は今、遥に言った。私の姉を、探してほしいと。

こんな酷な偶然があるのだろうか。離れ離れになった姉妹が、こんな場所で出会ったのに、再びすれ違うだなんて。
だとしたら、何故リシェルはようやく出会う事が出来た妹から逃げ出したのか。今まで会いたくて仕方が無い相手だった筈なのに。

いや―――――――レインだけでなく、どうして……私からも、逃げ出したのか。

遥には何もかもが分からなくなってきた。リシェルが何を思い、何を考え、姿を消したのか。何一つ、分からない。

聞きだしたい。例えエゴだろうと、リシェルに取って触れてはならない領域かもしれなくても、遥はどうしても、リシェルから聞きだしたくて仕方が無い。
寧ろ、聞かねばならないと、思う。どうして、リシェルが全てから背を向けたのか、そして逃げ出したのかを。
この事がハッキリしない限り、遥は安心して眠れない気すらしてくるから困る。

「遥ちゃん、色んな事が一気に起きすぎて頭の中大混乱だろうけど、協力してあげてくれないかな。本当に必死なんだ、この子」

ある種、一番先に突っ込みたいが突っ込んじゃいけない気がする、レインの横に立つスネイルが遥にウインクしつつそう言う。
態度自体はやおよろずにいる時の様に飄々としているが、遥には分かる。スネイルの声にふざけた様子は無く、心から頼んでいる様に聞こえる。
付き合っている期間自体は長くない所か二日三日程度だが、遥はこういう局面でスネイルがふざけた事をする様な人間では無いと信じている。

それに真剣な、切実な面持ちで遥の答えを待っているレイン。

遥は迷う事無く、即座に答えを出す。迷っている暇なんて、時間なんて一秒も、ない。

「分かりました。協力します。早くリシェルさんを見つけて、きちんと話を聞かないといけないですね」

遥の返答に、レインは心からホッとしたのか、良かった……と小声で呟き胸を撫で下ろす。
そんなマシェリーを、スネイルはニヤニヤとしながらいつもの茶化す様な声で弄る。

「良かったわねマシェリー。遥ちゃんが良い子で」

スネイルの言葉をそれとなくスルーし、レインは咳払いをすると通常時の冷静な顔付きへと切り替わる。
そして再び、今度は軽く遥に頭を下げる。顔を上げ、遥からじっと目を逸らさず、良く通る声で感謝する。

「協力してくれて、本当に有難う。心から礼を言うよ」

レインの感謝に対して、遥は軽く頭を横に振る。振って、答える。

「まだ感謝される様な事はしてないです。感謝なら、リシェルさんを見つけられた時にでも」

そうして、遥はレインとスネイルに、自分自身に言い聞かせるように力強く引き締まった声で、言う。

「一刻でも早く、リシェルさんを探し出しましょう。それで……真意を、聞きだしましょう」



レインとスネイルは深く頷き返す。自らの正体を隠すコンタクトレンズを、レインは入れ直す。

物言わぬその瞳には、確かな決意が籠っている。必ず、姉を探してみせるという。


                              ――――――――

回想終わり。

遥は気合いを入れる様に両頬を両手で軽く叩く。さっきにも増して足を早めて、少しでも怪しい人物がいないか目を凝らす。
今頃、自分とはまた違う手段でスネイルとレインはリシェルの探索に走っている。

二手に分かれた理由は、三人と一機で纏まって探すよりも互いに違った方向で探した方が恐らく見つけやすいというスネイルの提案だ。
もしも目出度くリシェルを見つける事が出来たらすぐさま連絡してほしいとも、スネイルは言っていた。
しかし遥の手には通信機も無ければそれに準ずる機械もない。ならばどうスネイルに連絡を入れるのかというと。


                              ――――――――

「あ、そうそう。遥ちゃん。ちょっとストップ」

話が纏まった為、今すぐにでも走りだそうとした遥をスネイルは引き留める。
急に呼びとめられて若干驚きながらも、遥は回れ右をしてスネイルの方へと向く。

遥を引き留めたスネイルは、何故か両耳を掌で軽く二回叩く。
すると両耳を覆い隠す様に突如として、大きなヘッドホンが手品の如く現れた。
言うまでもなく、このヘッドホンはスネイルがいた世界における通信機で、やおよろずがスネイルらを助けた際、夕食の席で遥はこのギミックを見ている筈なのだが。

「うわわっ!」

物凄く分かりやすいリアクションで驚嘆している遥に、スネイルは楽しそうに笑う。
一方、横に立っているレインは初めて見る筈だがそれほど驚かず、表情を変えないまま軽く瞳孔を広げている。
遥よりもレインの方がリアクションが薄いという妙な現象に苦笑しつつ、スネイルは説明する。

「その驚きっぷりナイスよ、遥ちゃん。これが通信機だってのは前説明した……多分説明したとは思うけど、これの凄い所はね。
 直接言葉を交わさずとも、脳波を受信して頭の中で喋れるって部分なの。何か私に対して頭の中だけで呟いてみて。遥ちゃん」

のうは……? 訳の分からない未来の技術に呆気に取られながらも、遥は半信半疑で頭の中だけで言葉を呟いてみる。
スネイルは遥からメッセージを受け取る為に目を瞑って集中する。受信したのか、ゆっくりと目を開けて、言った。

「……私は永遠の十七歳よ」
「流石にそれは無いだろ」

真顔で突っ込むレインを完全にスルーして、スネイルは遥に言う。

「何となく分かったかしら」
「はい! ホントに通じてビックリしました」
「ねー。科学の進歩って凄いわよね。後、私は永遠の十七歳だから」
「二回りくらい鯖読んでるだろ、いい加減にしろ」

真顔で突っ込み続けるレインに吹き出しそうになりながらも、遥は思う。科学の進歩って凄い。
そうして遥は、傍らでじっと指示を待っているリヒターに目を向ける。もしかしたら、この先リヒターには迷惑を掛けるかもしれない。
痛い思いをさせてしまうかもしれない。だから先に……と。

<マスター>

遥が何か言おうとした手前、リヒターの方から話しかけてきた。

「リヒター……」
<私は>

<私は、何があろうとマスターの命に従います。マスターの身を守る事が、私の使命です>

「……リヒター」

遥は目を閉じる。閉じて、リヒターを抱き締める。

心の中で大きく引っかかって取れない、わだかまり。疑念、不安。
どうしても、リシェルが神威の神子である事を、強奪事件の犯人だと信じたくはない自分がいる。
信じたい。人を疑うなんて事はしたくない。遥の知ってるリシェルは、読者好きで素直な、少し不思議な少女だ。とても悪事に手を染める人間には思えない。

だが、遥はハッキリと聞いていた。リシェルが持っているオートマタの名を、神威と言ったのを。
そしてリシェルを付け狙い命を狙ってきた男の存在。どう足掻いても、現実は非常にして残酷だ。

認めたくない事実が遥の前に憚る。だが、ここで目を背けて逃げだせばそこで全て終わりだ。
遥は思う。ここでもし背を向けて逃げ出したら、きっと一生後悔し続けると思う。
絶対にリシェルを見つけ出さなきゃいけない。見つけ出して、聞きださなければならない。

真実を掴まねばならない。事実という真っ暗闇の中にある、真実の光を。


「行こう、リヒター」


遥は走りだす。この先に何があろうと、その光を掴むまで決して、足は止めない。



「行っちゃったわねー」

すぐに小さくなってしまった遥の背中を眺めながら、スネイルはレイン、いや、マシェリーに目を向ける。

「さて、私達はどこから探しましょうか」

「その前にスネイル、少し良いか? ホテルに戻りたいんだが」

マシェリーの言葉にスネイルはまっ、と頬を染める。

「こんな時にホテルだなんて貴方……」
「何を想像してるかは知らんが張り倒すぞ。……緊急時に頼りになる道具を取りに行きたいんだ」


                              ――――――――

一体どれくらい走りまわったのだろうか。未だに手掛かりすらも掴めないまま、虚しく時間だけが過ぎていく。
流石に数十分以上も走り続けていると足がくたびれてくる。情けないと思いつつ、遥は早足で探索を続ける。


『どう、遥ちゃん? そっちは手掛かり掴めた?』

通信機越しにスネイルが話しかけてくる。遥は悔しげに返答する。

『いえ……まだ何も掴めてないです。ごめんなさい』

遥の返答に、スネイルは慰める様な優しい口調で答える。

『そっか……寧ろ謝るのはこっちよ、遥ちゃん。私達の方もまだ何も掴めてないの、ごめんなさい』
『いえいえ。もっと頑張って探してみます』
『うん。早く見つけてあげないとね。レインの為にも』

通信を切り、遥は一呼吸付くと再び走りだす。
とにかくリシェルらしき人物がいないか、見逃さない様に群衆に目を向ける。

しかしどれだけ注意深く観察しても、リシェルらしき人物は見掛けない。自分と同じぐらいの背丈の少女は何度も見るのだが。
どの少女も、瞳の色が琥珀色ではないし髪の色も違う。髪の毛はともかく、琥珀色の瞳は誤魔化そうとして誤魔化せる物ではない。

もしかしたら、今のリシェルは全く違う格好へと変装して潜んでいるのかもしれない。寧ろ、その可能性が高い。
それならそれで難度がグンと上がってしまう。あの特徴的な髪の毛を隠されたら、あの目を隠されてしまったらどうしようもない。

しかし、遥の辞書に諦めるという文字は無い。例えどんな小さな手掛かりでも構わない。
リシェルに辿りつく事が出来るので、あれば。

と、走りだした手前、軽くではあるが前方を歩いてきた人と肩が当たってしまった。
少し急ぎ過ぎてしまった様だ。遥はすぐに振り返って、肩をぶつけてしまったその人へと謝る。

「ごめんなさい!」
「あ、いえいえ。こちらこそ」

温和な表情を浮かべているその人物、というか少女の髪の毛は、空を連想させる様に蒼く、綺麗な紅色の大きな瞳が印象に残る。それに遥より比べて幾分背が高い。
リシェルほどではないにしろ特徴的な少女だ。遥は何となくどこかでこの少女に出会った様な気がするが、他人の空似であろう。
いけない、ここでぼんやりとしている訳にはいかない。気付けば空から一適、ニ滴と冷たい物が落ちてきて、やがてぽつぽつと降り注いでくる。

雨だ。ただでさえ状況が進んでいないのに雨まで降らすとは。遥は神に対して文句を言ってやりたい気分になる。

「それじゃあ……」
「あ、ちょっと良いですか?」

先を行こうとした瞬間、少女から呼び止められる。
人に尋ねられるのをそそくさと無視するのは遥の性格に反する。しかし余裕は無い。なるたけその問いを素早く応えようと思いながら、遥は答える。

「はい?」
「その……私の麦わら帽子を拾った人、見掛けませんでしたか? その人、何を勘違いしたのか被ったままどっか行っちゃって……」

麦わら帽子……? と遥が首を傾げていると、少女はその麦わら帽子の特徴を詳しく話し出す。
しかし遥の記憶の中に、少女が語る麦わら帽子を被っている人物は浮かんでこない。
本当に申し訳ないと思いつつ、遥はその場を後にしようとする。


「見てないですね……ごめんなさい」
「そうですか……結構外見に特徴的な人だったんで、もしかしたら見掛けたかなぁと思ったんですけど」
「どんな人なんですか?」

一刻も早く行かねばならないと思いつつ、ついつい遥は質問してしまう。

少女は、答える。

「こう、髪が白色で目の色が……なんていうんだろう」


「琥珀色、っていうのかな? そういう珍しい色の目の人だったんですけど」

―――――――遥は少女の言葉に、ポカンと口を開ける。

まさか、こんな偶然があるのだろうか。遥は神を称えたい気分になる。
しかし決して状況が好転した訳ではない。リシェルはまだレイチェルにいるとはいえ、麦わら帽子を被って変装している事が分かっただけだ。
だがそれだけが分かっただけでも良い。後はリシェルが何処に行ったのかさえ、分かれば。

「……その人、どこに行ったか分かりますか?」

興奮を抑えつつ、遥がそう聞くと少女は前を指差して答える。さっと遥は身体を翻して、少女の指先へと視線を向ける。

「何か急いでたみたいでそのまままっすぐ……追いかけようとしたんですけど、人が一杯いる中でもう追えなくなっちゃって……」
「そうですか……」

遥は少女に向き直る。向きなおって、言う。

「私、もしかしたらその人の事知ってるかもしれないです」
「本当ですか?」

軽く驚いてる少女に、遥は深く頷く。頷いて、言う。

「もし見掛けたら、というかその人を見つけたら取り返しますよ。麦わら帽子」
「あ、麦わら帽子の事ならもう良いんです。かなり使い込んでてボロボロだったし。ただ、気になる事があって……」
「気になる事?」

「その人……何か凄い思い詰めた顔してたから、どうしたのかなって……」



                              ――――――――

少女と別れた後、遥は教えて貰った通りまっすぐ正面へとリシェル探索を続ける。
少女が言った、思い詰めた顔という単語が頭を離れない。リシェル……不吉な事に巻き込まれていなければいいのだが……。

最初は小雨だった雨は次第に強さを増していき、やがてバケツを引っ繰り返したかのような暴力的な雨へと変わる。
しかし雨程度で意欲が削がれる様な遥ではない。水溜りを撥ねながら、遥は探す。探し続ける。

と、その時だ。

<マスター>

今まで黙って遥を見守っているリヒターが、口を開く。
急いでいる足を止めて、遥はリヒターに顔を向ける。


「どうしたの、リヒター?」
<……やっと、感じ取れたかもしれません。神威の存在を>
「……ホント?」

リヒターは遥を導く様に自ら動きだすと、どこかを指を指す代わりに、先端をその場所へと向ける。
遥はそのまま導かれる様に、リヒターが向いた場所へと身体を向ける。向けて――――――――遥は息を、漏らす。

リヒターが差した方向は、人の気配がまるでしない、薄暗い路地裏だ。
レイチェルの街はそこそこ熟知している遥でさえ、普段は通り過ぎてまず目に映らない路地裏。
こんな路地裏にリシェルが? と一寸思うが、リヒターは言う。

<この先から、神威の気配を感じます。それも、非常に強く>
「今神威がどんな状態なのか分かる? その……オートマタに変形してたりする?」
<マスター、申し訳無いのですがそこまでは分かりかねます。しかし神威は確実に、この奥にいます。きっと、彼女も>

容赦無く遥を打ち付ける豪雨の弾丸。服も髪もずぶ濡れになっているが、遥にその事を気にする様子は無い。
雨が降っている事すらも忘れるほど、遥の中でリシェルの事が一杯になっている。
確証は無い。確実にリシェルと神威がこの先にいるという裏付けは無い。だが、遥は進む。突き進む事にする。

何故なら、リヒターが見つけたというのだから。長く窮地を共にしたパートナーの言葉以上に、信じられる物は無い。

雨のせいもあり、路地裏は非常に空気が悪く、遥は激しく咳き込む。
咳き込みながらも、着実に進んでいく。それにしても何だろうか、この四方八方から迫ってくる、圧力の様な物は。
まるで、遥がこれ以上進む事を阻んでいるかのようだ。しかし遥は止まらない。リシェルと出会う為に、足を止める訳にはいかない。

にしても息苦しい。こんな場所で倒れでもしたら、二度と表に戻れない気がする。
息苦しいのに、両足は自然に一歩二歩と前へ前へと突き進んでいく。この先に、リシェルがいる。
そう思うと、遥の両足は無意識にでも進んでいく。今ならば、どんな障害が待ち受けていようと乗り越え、飛び越えられそうだ。

豪雨は変わらず、遥を打ちのめし続ける。こりゃ帰ったら確実に風邪引きさんだ。

ふっと、そんな軽い事が頭を過ぎった、時。


「……行き止まり?」

気付けば、路地の終わりまで辿りついていた様だ。辿りついた様だが、昼間だというのにやけに視界が暗く、前が良く見えない。

取り合えず、遥を待ち構えていたかの様に廃墟となっている建物が並んでいる事だけは分かる。その下に、誰か……。

一先ずスネイルに連絡を入れよう。そう思い、遥はスネイルへと思念を送る。
『スネイルさん、スネイルさん』
『遥ちゃん、どうしたの?』
『……リシェルさんに会えたかもしれません』
『ホント!? ちょっと待って、今場所を調べるから』

スネイルへと連絡を入れた時、ぐにゃりと、遥は何かを踏んだ。
雨でぬかんだ地面とは違う感触。固くは無いが柔らかく、それでいてぎっしりと詰まっている……。
瞬間、空に轟音を鳴り響かせながら鋭い雷が走る。雷は一瞬だけ路地を照らし、遥が踏みつけている何かを照らしだした。

……手? ……手?

落雷が照らし出したそれに、遥の思考回路は停止しそうになる。どうにか口元を押さえて、出てきそうになった物を抑える。
何で、何で人の手が地面に転がって……ここで、ここで一体何が? 乱れに乱れている思考回路を無理矢理落ち着かせて、遥は真正面へと顔を、上げる。

顔を上げた遥を迎えたのは――――――――。





                          パラべラム
                            ×
                       ヴィルティック・シャッフル
 






再び鳴り響く轟音、後、雷鳴。

雷鳴が一寸だけ照らし出したそれは―――――――ゆらりとして佇み、傍らに刀を持つ、人の形をした、ロボットの姿。

正確には、オートマタの姿だ。


そんなオートマタの近くで、片手にナイフを持つ少女は、遥に気付く。


「どうして……」

『遥ちゃん、リシェルさんに会えたの? 遥ちゃん』



スネイルの呼びかけが頭に入ってこない。

今の遥は呆然とも、唖然ともいえる表情を浮かべている。何にせよ、抱いている感情は一つ。



「どうしてこんな所にいるの……一条さん!」


今のリシェルは呆然とも、唖然ともいえる表情を浮かべている。何にせよ、抱いている感情は一つ。




                                
                             beautiful world

                         the gun with the knight and the rabbit
                           




あまりにも、酷な再会を果たしてしまう二人の少女の間で、神威がツインアイを発光させる。その様はまるで。





                                第22話


                                 「鬼」






の様だった。



『遥ちゃん、返事をして、遥ちゃん!』


次回23話 「衝突」

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