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ビューティフル・ワールド ヴィルティックプラクティス

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ヴィルティックシャッフル×パラべラム!




一人では充分な程に広いコックピットが、やけに窮屈に感じる。ひしひしとした切迫感が肌に突き刺さる。




額から滝の様に流れる冷や汗を掌で振り払って、青年――――――――鈴木隆昭は、ヴィルティックの操縦桿となる二つの蒼白い半球体に両手を触れる。
半球体は隆昭の思考を読みとったかの如く、蒼く眩く発光する。すると球体より一瞬蒼色の光が放たれ、複雑に絡みあっているコントロールパネルのラインを這う。
ヴィルティックは隆昭の思考を反映して、項垂れていた頭部をゆっくりと見上げる。頭部が上を向くと同時に、隆昭の周辺のモニターが上下して空の様子を映し出す。


膠着状態を揶揄する様な薄暗い暗雲が立ち込めており、そこに青い空は見えない。まるでこの勝負の勝敗を表している様で、隆昭は複雑な心境になる。
ネガティブな心境に浸っている場合ではない。隆昭は一呼吸して心身を無理矢理にでも落ち着かせて、自分が置かれている状況を冷静に省みる。
モニターの下部には現在の状況を知る事が出来るホログラムのアイコンが軒を連ねている。
使用可能なカード数とカード名、機体の損壊状況、簡易的なマップ、その中で隆昭が注目しているアイコンは只一つだ。


それは、ヴィルティックが携帯している武器である、ヴィルティックライフルの残弾数を示すシンプルな長方形のゲージだ。
そのゲージは充分に弾が充填されている場合、中に十五本のバーが点滅する。点滅するのだが、今点滅しているバーは一本だけ。
これはつまり、ライフルが残り一発しか撃てないという事を表している。後一発撃ち込めば、ライフルは空となり武器として使う事が出来ない無用の長物と化す。


残り一発、この現実が隆昭の肩に重く圧し掛かる。しかしどう足掻いても、ライフルの弾を増やす事は出来ない。出来る事は二つに一つ、撃つか撃たないかだけだ。
何か大きな戦争でもあったのか、大きくひしゃげている鉄筋や全壊している大量の窓硝子、崩落したコンクリートの山々等といった傷跡が痛ましい高層ビル群。
そんなビル群を背に、ヴィルティックの姿を隆昭はまだ見ぬ敵から隠す。不幸中の幸いか、まだ敵はこちらの存在に気が付いていない。
しかし向こうが気が付いていないというのは逆に、こちらも敵がどこに居るのか分からないという事だ。


ここでこうして臆病に、ライフルの残弾数に神経を張り詰めた所で何ら事態が好転しない。虚しく時間だけが過ぎていくのみ。
しかしだ、こんな状況下に陥るまでに自分自身、やれるだけの知恵を絞り、戦い尽くした。だがこの体たらくだ。もうとっくに勝負はついているのかもしれない。
隆昭はまだ使用していないカードが何かを確認する。一先ず使える武器はこの一発だけのライフルと、近接武器であるヴィルティックソード。それと―――――――。


隆昭は息を漏らす。そうだ、まだ全ての希望が潰えた訳ではない。只戦う事に夢中で、使っていなかったカードがある。
そのカードは非常にリスキーではあるが、戦況を覆せる可能性があるカードだ。本当に使い所を間違えなければ、の話だが。
いづれ使おう使おうと考えている内に、気付けばここまで追い詰められてしまった。自らの優柔不断さを隆昭は恥じる。恥じりながらもある種、これが最後のチャンスだと自覚する。
球体からパネルに、隆昭は考えを纏めるとヴィルティックに新たなる指示を与える。


ヴィルティックはやけに重々しい動作で、地に付いていた片膝を上げる。戦闘でダメージが蓄積されている為か、膝の駆動部から火花が散っており、呻き声の様な鈍い機械音がギチギチと鳴る。
この行動で恐らく雌雄が決する。ビルから一歩、一歩と足元を確かめる様にヴィルティックがのっそりとビルから歩きながら姿を現す。
シャープな外見に似つかわしくない、泥臭い動き方だ。それほど隆昭もヴィルティックもこの戦いで激しく消耗している事が分かる。


本来ならば精悍さに満ちた白く艶やかな機体色は、今まで受けてきた損傷により各部が黒く焼け焦げており、黒と茶と灰という何とも言えぬ色に変色している。
火花が散っているのは膝だけではない。右腕や胴体からも散っている。また背部のスラスター部の片方も損壊しており、内部機械を露わにしている
今のヴィルティックは満足に戦えるどころか少しでも被害が生じればすぐさま墜ちてしまいそうだ。
だが、隆昭に臆する様子は無い。目を瞑り、敵が現われるまでに神経を一点集中させる。気に迷いが生じれば、その時点で全てが終わる。


閉じている目をゆっくりと開いた、その時。


『敵機確認』


無機質なCASの声が耳元に響く。隆昭はようやく姿を現した敵に目を向け、見据える。
空を閉ざしている暗雲が、敵の登場を演出するかのように僅かに隙間を開け始める。その隙間から地を照らす、濁った白色の太陽。
太陽を背にヴィルティックを、ひいては隆昭を見下ろしている漆黒の機体――――――――のパイロットが、隆昭に通信を入れる。


≪やっと出てきましたね、隆昭さん。待ちくたびれましたよ≫


モニター上に表示される、NO IMAGEと表示されているウインドウ。そのウインドウから聞こえてくるのは、隆昭の大切なパートナーであるメルフィー・ストレインの声だ。
だが、メルフィーの声はいつもと違う。普段隆昭と接する時の、優しく素直な少女の声ではない


今のメルフィーの声は、冷酷なまでに敵を落とさんとする、冷やりとした感情を感じさせない声だ。
何故、メルフィーがこうして隆昭を攻撃せんとしているのか、そしてなぜ隆昭がメルフィーと敵対しているのか、今はまだ分からない。
一つだけ分かる事は、今この二人は敵同士だという事だけだ。ヴィルティックはライフルを持つ腕を敵機に、さすればメルフィーへと向ける。


モニター内で回転している、大まかに敵機を捕捉する赤色のロックオンサイトと、精密射撃を行う為の緑色ロックオンサイトを隆昭はメルフィーに定める。
対するメルフィーは搭乗している機体が持つ武器――――――――奇妙な事に、ヴィルティックライフルと酷似した、いや寧ろコピーしたとしか思えない武器を隆昭に突き付ける。
その武器は機体の色と同じくグリップから銃身から何まで黒く、色が違う事以外はまるで完成度の高い模造品の様だ。


≪これ以上の抵抗は認めません≫


メルフィーの声に一切の妥協も感じられない。本気でヴィルティックを倒し、さすれば隆昭を仕留めようとしている
隆昭は返答しない。返答せず黙したまま、二つのロックオンサイトが定まるのを待つ。しかし中々一つに重ならない。
赤色のロックオンサイトはメルフィーを、敵機を捉え続けて動かないが、絶対的に狙いを付ける緑色のロックオンサイトが微妙に揺れ続ける。


隆昭の心にまだ、迷いが生じているのだろうか。それとも集中力が途切れているのか。
反応を見せない隆昭に業を煮やしたように、メルフィーが二言を発する。その声は少しだけ優しさというか温かさが滲む。


≪……武器を捨てて投降して下さい。そうすれば、これ以上の戦闘は行いません≫


隆昭はメルフィーの言葉を黙ったまま聞き入れる。押し潰されそうな沈黙が両者の間に流れる。
互いに武器を構えたまま動こうとしない。お互い、相手の反応を伺っている様だ。と、その時だ。


「……優しいな、メルフィーは」


黙を守っていた隆昭が、メルフィーの提案を軽く笑った。笑って、言う。


「やっぱり優しいよ、メルフィーは。だけど悪いな。無様だろうが何だろうが、俺は最後まで諦めたくないんだ。俺が諦め悪いのはメルフィー、君自身が一番知ってる筈だろ?」


隆昭の言葉に、メルフィーは反応を示さない。……が、やがてウインドウから安心したようにふふっと、メルフィーの笑う声が聞こえてきた。
隆昭の言葉がメルフィーの心に響いた様に思える。だが、武器を下ろす様子も無ければ、隆昭から狙いを外す様子すらも無い。
背部、脚部、その他全てのスラスターを上向きに可動させて、突撃体勢を取る。メルフィーはそうして、隆昭に声を掛ける。


≪そうでしたね。なら―――――――せめて一思いに終わらせます≫


次の瞬間、瞬く間にスラスターから大量の粒子を放出させて、空を切り裂きながら敵機が急降下してくる。武器の砲口は一切ブレる事無く、ヴィルティックに定められている。
朧げに見えていた敵機の形が明確になってきた。ようやっと、揺れ続けていた緑色のロックオンサイトが赤色のロックオンサイトと重なって一つになる。
隆昭はタイミングを頭の中で合わせる。十、八、六、四―――――――零。半球体を握る掌に、無意識に力が宿る。


「行け!」


隆昭の叫びに呼応する様にヴィルティックが引き金を弾いた瞬間、ライフルの砲口より蒼く澄みきったビームが敵機に向かって真っすぐに放たれる。
タイミングを見計ったのか、敵機のライフルからも同時にビームが放たれる。禍々しい深紅色の、凄まじい威力を感じさせる極太のビームが渦巻きながらヴィルティックに伸びる。
スピードも大きさも、恐らく威力さえも比べ物にならない強力なそれは、無情にも隆昭が撃ち放ったビームを易々と飲み込んでいく。


≪……さようなら。ごめんなさい、隆昭さん≫



隆昭の耳に残響音の如く、メルフィーの声が響いた。視界が眩く、白く―――――――――。












                        beautiful world  番外編
 






                         ヴィルティック;PRACTICE



 前編




事の顛末は今から二、三十分前に遡る。




隆昭はリタとライディース、以下ライと共にヴィルティックの修復作業に精を出している。あくまで作業はリタとライで隆昭は荷物運びとかではあるが。
メルフィーはルガーの家事手伝いという事で掃除洗濯花壇の手入れから書壇の整理整頓まで多岐に渡る家事をこなしている。玉藻は窓際で日向ぼっこしている。
時刻は正午。各々の仕事が一段落したので、ルガーは面々を食卓へと招いて昼食を振舞う事にする。
ルガーが腕によりをかけて用意した昼食は目にも味にも美味しい。隆昭はとにかく夢中で、山盛りに盛られている鳥の唐揚げやらポテトサラダを小皿に移しては次々と頬張る。


「隆昭君、そう急がなくてもご飯は逃げないよ。ゆっくり味わってほしいな」


上品に全員分の紅茶をじっくりと注ぎながら、優しい目をしたルガーが苦笑しつつ、隆昭に声を掛ける。
隆昭は口の中一杯に頬張っていたおかずをゴクリと飲み込む。一寸喉が通らなくなり、急いで近くの水を飲んで咳き込む。


「す、すみませんつい……凄く美味しくて……」


物凄く恥ずかしい気分になって、隆昭は何とも言えない心境になる。だが美味いのだ。
ルガーの作るご飯は理屈抜きに、美味い。適度な温度で揚げられ皮はパリっと、中はしっとりと仕上がっている唐揚げも、じゃがいもの風味を凝縮させた自家製ポテトサラダも。
久々に身体を動かしたからか異様に腹が空いている事も、隆昭の食欲に拍車を掛けている。箸が止まらない。
とはいえ、保護者的な目線で諫めてくれたルガーとニコニコとしているメルフィーを見、ガッつくのがあまりにみっともないのでゆっくり落ち着いて食べる事にする


「そーですよ、タカ坊さん。ご飯はじっくりゆっく~りと嗜む物ですよ!」


と言いながら、リタが目にも止まらぬ速さで唐揚げを箸で掴んでは、数十個ほど自らの小皿へとのせていく。
あっという間に唐揚げの皿が空になってしまった。隆昭は口をあんぐりと開けながら、リタに顔を向けて、突っ込む


「ちょ……ちょっとリ、リタさん。何食わぬ顔でトンデモない事しないで下さいませんか?」
「はっ!? 何故私のお皿にこんなに一杯唐揚げが!? これは間違いなく天狗の仕業ですね!」
「いやちょっと待って下さい。明らかに自分で取りましたよね」
「天狗め、何と恐ろしい事を……こんなに唐揚げを乗せて私を太らせる気ですね! ならばその挑戦受けましょう!」
「人の話を聞いて下さい!」


リタと隆昭のしょうもない漫才を横目に、ライはポテトサラダと切り分けられたスモークサーモンを小皿に取ろうとする。


「君達、食事の時はもう少し落ち着こうよ。こういう時位、紳士淑女として……」
「あぁ! ライさんの所にも天狗が! 危ない!」


流れるような美しい動作で、一瞬の風と共にリタのフォークがライが食べようとしていたポテトサラダとスモークサーモン全てを掻っ攫う。
あっという間におかずが無くなった事に、ライの動きが固まる。からくり人形の様な不器用な動作でカタカタと、ライの頭もリタの方を向く。
隆昭とライの視線に挟まれているのに全く気にする事無く、小皿の上に乗り切れない程のおかずをパクパクと元気よく口に運ぶ、リタ。


「ふぅ……これで天狗の魔の手からご飯を守れました。後は私がコレを全て食べて天狗を倒すだけです」
「天狗ってどこに居るのかなぁ? えぇ、リタちゃん……」
「皆の心の中にですよ」
「少し分けて下さい」
「あ、あそこに天狗が飛んでる」
「せめて唐揚げ位は返して下さいよ。いや、天狗じゃなくて貴方に言ってるんですリタさん」


隆昭とリタとライの昼食を巡る非常に下らない諍いを、ルガーは穏やかな目で眺める。眺めながら目線を他の二人にも向ける。


メルフィーは三人の諍いとも漫才とも言える掛け合いを、目を細めて楽しそうに眺めている。口元が微笑んでいるのを見ると、心から安らいでいる様に思える。


ふと、ルガーはメルフィーが自分から率先して家事を手伝いたいと言ってきた事を思い出す。
これだけ大所帯だ。大量の洗濯物を選択しては外に干したり、広い家の中をくまなく掃除するのは決して楽な仕事ではない。
しかしそういった仕事をメルフィーは何ら不満を漏らす事も、疲れを表す事も無くテキパキと手伝ってくれる。
彼女がどんな過去を秘めて、そしてどんな生き方をしてきたのかは分からない。だが、ルガーはそんなメルフィーを見、思う。


もし時間が限られているとしても、いづれ別れる時が必ず来るとしても、現状が彼女にとって幸せであるのなら。
少しでも、その幸せを味あわせてあげようと。彼女がここに自分が居ても良いんだと、そう思える様に。
何故ならメルフィーも、勿論隆昭もスネイルもオーナーが認めたやおよろずの一員だから。この三人は別世界からの来訪者ではなく、既に仲間なのだから。


次にルガーが視線を向けるのはリヒトだ。いつものリヒトならば、恐らくリタと混じってライと隆昭にちょっかいを出すのだろうが。
リヒトは黙々とおかずを口に運んでは、何度か噛み砕いて飲み込む。顔立ちに暗さは無いものの、何か考え込んでいる様に見える。


あの出来事―――――――リヒトが語った、ライオネルによるヘ―シェンの強奪事件はルガーにとっても些かショッキングであった。
あくまで、顔には出さないものの、心から驚愕というか、驚いたのは久々だった気がする。こう言ったら不謹慎ではあるが、自分達があの事件に巻き込まれるとは思いもしなかった。
よもや、あの連続オートマタ強奪事件に巻き込まれるだなんて。それもよりにもよって、リヒトに。


ヘ―シェンを奪われただけでなく色々な要因があっての事だろう、やおよろずから帰って来た時のリヒトはとにかく暗かった。
あんな風に沈んでいるリヒトを見るのは、ルガーにとって偉く久しぶりであった。


いつ如何なる時でも、リヒトは絶対に物事に対してネガティブになったり、まして暗くなる事なんて無かった。
だがあの時、ライオネルにヘ―シェンを奪われた事を語っていた時のリヒトからは負のオーラが纏わりついていた。
あんな風に負に囚われていたリヒトを見たのはとても遠い、遥か昔だった気がする。思い出せない位、遥か遠い昔だった気が。


そう言えば朝方、リヒトは家事が一段落付いたら自分と手合わせしたいと言っていた気がする。
が、悪い、ルガー。一人で少し考えたい事があるんだ。と言って木製の練習用ロッドを持ち練習に出かけてしまった。
昼食が出来ると同時にリヒトが練習から帰って来た。考えが纏まったのか、その顔はすっきりとしていたのだが……やっぱりまだ纏まっていないのかな? と淡々と食事を取っているリヒトを見ていてルガーは思い直す。


やっぱり、ヘ―シェンがいないとやる気が出ないのだろうか。
しかし思い返してみればリヒトもヘ―シェンも、いつも悪口を言い合ってはいるが互いパートナーとしてこれ以上無い程互いを信頼し切っていた。
そんな相手がいなくなれば、例えリヒトであろうと内心相当な痛手を負っている事は想像するに容易い。
リヒトという男は心も体も鉄の様に強靭で頑丈な、強い男だ。だがそれ以上に、仲間を大切に思い、その為になら身を投げ打つ事が出来る男でもある。



リヒトの強さの裏には、そんな優しさと共に弱さが潜んでいる事は、長年付き添ってきたルガーがある種一番分かっているつもりだ。


「ごちそうさん。美味かった」


米粒一つ残さず、食事を綺麗に終えたリヒトが、空になった食器を持って立ち上がる。


「あ、片づけなら私がやりますから置いといて下さい」


メルフィーの言葉を、リヒトは微笑して答える。険の取れている穏やかな笑みだ。


「自分で食ったもんくらい自分で片すさ」


食器を台所に置いて、リヒトは食卓を後にしようと踵を返して歩き出す。
と、立ち去る前に背中を向けたまま、メルフィーに伝える。


「あ、皿洗うのは頼む。悪いな」
「任せて下さい!」


元気良く答えるメルフィーに、リヒトは人差し指と中指を揃えてシュッと額の近くで振る。恐らく、リヒトなりの宜しく頼んだというジェスチャーだろう。
そのジェスチャーを、隆昭がかっけえ……とぼんやりと憧れていると、リヒトはルガーに背を向けたまま、声を掛けてきた。


「ルガー、近くの野原で待ってる。腕は鈍ってないよな?」


リヒトの言葉に、ルガーは胸を軽く叩いて、力強く答える。


「腕が鳴るよ。期待して待っててくれ」
「ガッカリさせんじゃねえぞ」


そうして、リヒトとルガーは同時に笑う。ますますかっけえ……と憧れる隆昭。漢の世界である。






昼食という憩いの一時を終えた面々は、それぞれの行動へと移る。
昼食前に大体の家事をし終えた為、ルガーはリヒトとの手合わせの為に野原へと出かけていった。リタとライはヴィルティックの修復作業に戻る為ガレージに。
さて、隆昭とメルフィーはというと、リビングにて互いに正面から向き合っている。こうして、メルフィーの顔を正面に見るのは久しぶりな気がする。


隆昭自身は修復作業に向かうつもりだったが、メルフィーに用事があると誘われたのだ。
リタはそっちを優先して良いと言ってくれたため、こうして今隆昭はリビングでメルフィーと向き合っているという訳だ。
一体どんな用事なのだろうかと、隆昭は少しばかりワクワクしていた。どんな用事で俺を引きとめるのか……と。


「はい、隆昭さん」


笑顔を浮かべてメルフィーが隆昭に何かを差し出す。その何かとは、流線形の近未来的なデザインに銀色の塗装が眩い、VIRTUALという英字が刻まれたヘルメットだ。


そのヘルメットを見た途端、隆昭の顔付きが露骨に曇る。というのも、このヘルメットに隆昭は一種のトラウマを刻みこまれているからだ。
このヘルメット、正確な名称は疑似戦闘体感機という物で、被るだけで限りなく現実世界に近い仮想空間で、アストライル・ギアを使った戦闘訓練が出来るとてつもない機械だ。
宇宙空間から市街、砂漠から果ては雪国に至るまで、あらゆるシチュエーションを選ぶ事が出来、また機体や戦闘時に使うカードまでも選ぶ事が出来る。
再現面でも抜かりが無く、戦闘時の重力からダメージによる僅かな揺れから撃破時の衝撃まで再現している為、仮想とはいえ精神的にそれ相応のダメージを負う故生半可な覚悟で挑める物ではない。


この疑似戦闘体感機でかつて、隆昭はスネイルと戦って本気で追い詰められた。それも、仮想という枠を超えて命の危険を感じる程度に。
あの時は仮想空間から目覚めてから半日ほど、頭痛で身体が思うように動かなかった。それほどまでに強烈な体験だった。
スネイルはというと、いつも通りどころか異様に元気で、隆昭は正直スネイルは超人鉄人を通り越して化け物だと思っている。絶対に口には出さないが。


そんなこんなで、隆昭はメルフィーが差し出す疑似戦闘体感機に対して若干の拒否反応を示している。いや、実際は思いっきり拒否したいのだが。
取りあえず、ここは控えめにメルフィーの反応を伺いつつけん制してみる。


「え……あ……その、これってメルフィーが自分でやりたい事なのかな?」
「いえ、マチコさんから頼まれたんです。家事が落ち着いたら、隆昭さんを鍛えてあげてって」
「そうなんだ……マジで? マジでスネイルさんが?」
「大マジです。隆昭さん、どうしたんですか? 顔色悪いですよ?」


察して欲しい。察して欲しいのだが、隆昭はどうしてもきっぱり断る気になれない。
メルフィー自身はあくまで真面目に体感機を付けてほしいのだろうが、やっぱり気が進まない。
あの時の電流だとか殴られた時の感触だとか重力で身体が捻れる感覚だとかは、疑似とは思えない位現実感に満ちていた。
あんなのを再び体験するならジェットコースターを連続で乗り続けた方がマシだとさえ思える。思えるのだが……。


「……もしかして隆昭さん、これやるの、嫌なんですか?」
「そう! あ、いや……」


まさかズバリと、メルフィーに本心を貫かれるとは思いもしなかった。だがこうなると話は早い。
隆昭は包み隠する事無く本心を伝えようとした、が。


「駄目ですよ、隆昭さん。これはとっても大切な訓練なんですから、サボったりしたら」


そうして、メルフィーは朗らかな笑みを浮かべたまま、隆昭に体感機を渡そうとする。否、正直押しつけてくる。
これほどまでに隆昭はメルフィーを怖いと思った事は無い。いつもならこの笑顔に癒されているのだが今日は心が痛んで仕方が無い。
まぁ、たった一回戦ってみただけでトラウマになるというのも些か情けない話ではある。
だが、あれはゲームセンターとかの体感ゲーム等とは訳が違う。だからこその訓練なのかもしれないが……。
無駄な抵抗とは薄々感じつつも、隆昭はどうしても拒否する。



「こう、ほら、もっと何か別の事しないか? 折角二人きりになれたんだし」
「二人きりになれたからこそですよ。早く付けて下さい」
「そうだ、ちょっと今後について話し合わないか? 未来に行ってから」
「未来に行ってからは戦うだけです。だから……」


真剣な表情と眼差しで、メルフィーが体感機を隆昭に差し出す。


「だから、少しでも鍛練を積む必要があるんです。お願いです、隆昭さん。……お願いします」


こんな目で頼まれて嫌ですと断るのはろくでなしのする事だ。だがどうしても隆昭は踏み切れない。確実に酔うというか、またトラウマになりそうな気がしてならない。
しかし考えてみよう。メルフィーとは一緒に戦った事はあれど、一対一で戦ってみるのは初めての体験となる。
可憐な外見からは想像つかないが、メルフィーは数多の戦線を駆け抜けた実力者だ。自分とは経歴も培ってきた技量も段違いだろう。


経験も実力もまだまだ不足している隆昭にとって、これ程鍛練を積むのに最適な相手はいないのではなかろうか。
実際振り返ってみると、隆昭が戦ってきた相手はオルトロックとスネイル位しかいない。戦いの内容は置いておくと言え、これではあまりにも経験値が足りていない。
正直な事を言えば怖いし疲れるし、何より敗北した時の精神的ダメージが計り知れない。しかし、こうしてうだうだとしている時間はあまりにも無駄過ぎる。


戦おう。例えまともな勝負にならないとしても、メルフィーから学べるだけ学ぼう。戦う知恵を。


隆昭はスパッと気持ちを切り替えて、メルフィーが差し出している体感機を受け取る。
体感機を受け取る隆昭に、メルフィーは安堵した様に真剣な面持ちから柔らかな笑みへと表情を変える。
あぁ、やっぱり笑ってるメルフィーは良いなと思いながら、隆昭は声を掛ける。


「あのさ、メルフィー」
「何ですか?」


隆昭が体感機を受け取ると同時に素早い動作で、メルフィーは自らの体感機を頭に被った。
まだどこか後ろ髪を引かれている隆昭に比べて、メルフィーの方はやる気満々な様だ


「いや……何でもない」


そう答えて、隆昭は恐る恐る体感機を頭に被る。体感機は自動的に、隆昭の頭のサイズに合わせて調整される。
何でメルフィーはこんなやる気なのだろうかと若干不思議に思いながらも、起動状態にする為に両手を体感機の側面に当てる。
すると透明なバイザーが上部からスマートに下りてきて、隆昭の顔全体を覆う。バイザーが透明な状態から、待機状態である黒色へと変わる。


今の隆昭の視界は真っ暗闇だ。ただ、メルフィーの声だけが聞こえてくる。
「あぁ。そうだ、メルフィー」
「……まだ何か?」


ただの訓練も何となく味気ない気がするので、隆昭はメルフィーにちょっとカマを掛けてみる。


「一つ、賭けをしないか?」


メルフィーは何も言わず、隆昭の話を聞く様だ。


「この勝負で負けた方は、勝った方の言う事を一つだけ、何でも聞くってのはどうかな」


隆昭の無謀とも言える申し出に、メルフィーからの返答は無い。
が、数十秒後位か、メルフィーは至極冷静でかつ、訝しげな口調で答えてきた。


「隆昭さん、本気で……言ってます?」
「本気も本気さ。こういうのがあると何か普通に戦うより燃えるだろ?」


メルフィーは軽く溜息を吐くと、呆れ返っている様な平坦な声で言った。


「それは私に少しでも勝てると考えての発言ですか?」
「やってみなくちゃ分からないじゃないか」
「隆昭さん……コレは真面目な訓練なんですよ。そんな賭け事してる余裕なんか……」
「頼む! どうしても賭けてみたいんだよ!」


別に下心とかそういうのがある訳ではない。しかし、どうせ戦うのならこういった遊びがある方が楽しいと隆昭は思う。
果たしてご褒美になるか罰ゲームになるかは分からないが、多分メルフィーならそれほどキツいお願いはしてこない気がする。あくまで気がする、だが。


「全くもう……」


と、呆れつつも、メルフィーはふふっと小さく笑った。その事に隆昭は心の中でガッツポーズをする。


「本当に何でも言う事聞くんですね。約束ですよ」
「あぁ!」
「どうなっても知りませんからね。繋ぎます」


そうして、隆昭とメルフィーは同時に同じ言葉を発した。


「コンタクトリンク」
≪コンタクトリンク≫


言葉が重なり合った瞬間、暗闇に囚われていた隆昭の視界の中で、蒼色に発光しながらグルグルと渦を巻く線が現われる。
その線は瞬時に分裂すると、隆昭の目下で直線、曲線、記号と複雑な形状に変形していき、やがて一つの形状に――――――――コントロールパネルへと姿を変える。
コントロールパネルの左右に位置する円形の図形から、二つの半球体が浮き出てきた。隆昭はその半球体、いわゆるヴィルティックの操縦桿へと触れる。


隆昭が半球体に触れた途端、隆昭の前面に巨大なモニターが現れる。モニターの端々には、ヴィルティックの状態を示す様々なアイコンが配置されている。
まだ何処で戦うのかが決められていないのだろう。モニターからは無機質極まりない、幾層もの電子パネルで成形された壁面しか見えない。
スネイルと戦った時を思い出す。確か、戦う場所が決められるとこの目の前の壁面が開いて一気に景色が変わる。
あの時は本当に驚いた。視界が明るくなると、目の前が見渡す限りの大海原だったからだ。科学の進歩は凄いと小学生みたいな感想だが実感してしまった。


≪隆昭さん、聞こえていますか?≫


ふと、モニター内に英語でNO IMAGEと表示されている小さなウインドウが浮かんできた。そのウインドウから聞こえてくるのは、紛れも無くメルフィーの声だ。
スネイルの時もこうして声だけで通信を入れていた。相手の姿が見えると気が散ってしまう為、なのかは分からないが実際相手の姿を見ながらでは戦いづらい気がする。
隆昭は自分自身の姿に目をやる。やはり、スネイルと戦った時と同じくパイロットスーツだ。多分、メルフィーもパイロットスーツを着用している、というかされているであろう。
久々にあのコスチュームを見てみたかった、という雑念を隆昭は首を振ってかき消す。かき消して、真面目な声で答える。


「聞こえてる。そっちも俺の声は聞こえてるのかな?」


≪それは良かった。私の方からも隆昭さんの声はしっかりと聞こえてますよ。それじゃあ、色々と説明しますから聞き逃さないで下さいね≫
「分かった」


隆昭が返事すると、メルフィーは早口ではあるが一字一句聞き取りやすく、良く通る声で説明し始める


≪今回の戦闘で隆昭さんに用意した機体はヴィルティックの第二段階、つまりウイングの補助が無くても常時飛行可能なヴィルティックにしてあります。
 CASはアルフレッドではなく、一般的に使用されている標準的なCASなので、必要最低限なサポートしか出来ません。ここまで、良いですか?≫


隆昭は相槌を打つ。流石に、CASの声をメルフィーに設定したいとは言えない。それが出来れば少しでも勝率が上がる気がするのだが。


≪ここからが本題なんですが……隆昭さんにはこの戦闘で基礎的な能力、つまり武器の扱い方から機体の動かし方、回避運動といった基本的な事を学んで頂きます。
 ですので、武器のカードを多めに、効果のカードを少なめにしました。細かい事は自分でチェックしておいてください。効果のカードは本当に少ないので、無駄撃ちしない様に≫


メルフィーの説明を聞き、隆昭はモニターの隅々に纏まっているアイコンの中から、カード一覧をモニターへと引き出してみる。
確かにメルフィーが言う様に、特殊な効果を持つカードが少ない。自らの機体を強化する青い縁のカードが一枚、敵機を撹乱や黄色い縁のカードが三枚の計四枚しかない。
それに対して武器を示す赤い縁のカードが六枚もある。それも、接近戦に使える物から近距離から遠距離まで幅広く扱える物まで揃っている。
カード一覧を隅に追いやる。これらの武器と効果のカードを上手く使わなければ勝利は掴めない……か。一層、隆昭の身に気合いが入る。


「了解した。それで、メルフィー。これから何処で戦うんだ?」
≪もうすぐ分かりますよ。あ、後、隆昭さん。今から言う事はとても大事な事なので、聞き逃さないで下さい≫


それほどの事なのかと、隆昭はじっと耳を凝らして神経を集中させる。メルフィーの言葉を一言も聞き逃さない様に構える。


≪今回に限ってエクステッド・ヴァーストの仕様は禁じます。もし武器やカードを全て消費しても、切り札は使う事ができません。お忘れなく。……本当に忘れないで下さいね?≫


メルフィーの口から出たその情報に、隆昭は驚愕せざるおえない。正直、聞かなかった事にしたい。
いやまさか、まさか、あのヴァーストが使えない条件で戦う事になるとは思いもよらなかった。つまりだ、追い詰められても形勢を逆転出来る可能性がグンと減ったという事だ。
ソレほどまでにエクステッド・ヴァーストは、緊急時に於いて非常に重宝する武器であり切り札である。


冷静に考えたらこれは訓練なのだから、本来切り札と呼ばれる物は封印しておいた方が良い気がしないでも無い。
だが、隆昭はどうにも不安が拭えない。スネイルやオルトロックと戦った時の、あの不安が頭を過ぎる


それは、本気で追い詰められた時にエクステッドが使えないという事がそのまま、敗北に繋がってしまうのではないかという不安だ。
オルトロックと戦った時も、そしてスネイルと戦った時も、どちらも痛み分けというか相打ちとはいえ、最終的にエクステッドでどうにか出来た。
情けない話だが、エクステッド・ヴァーストが使えないとなると普通に負けてしまいそうな気がしてならない。無論、完全にエクステッドに頼り切っていた訳では勿論ないが。
メルフィーの実力がいかほどなのかは分からないが、少なくともすんなりと勝てる相手ではない事だけは分かる。それだけは確実に、分かる。


≪伝えたい事は全て伝えました。何か質問はありますか?≫


隆昭は悩む。数分程じっくりと悩んで、下らないというか情けないと自嘲しながらも、言う。


「メルフィー、さっき負けた方が勝った方の事を何でも聞くっていう賭けは撤回し」


≪通信を切ります≫


ウインドウが消える。隆昭は只、絶望感に苛まれる。


さっきからメルフィーの声がワクワクと弾んでいる様に聞こえて仕方が無い。本気でメルフィーは俺を倒す気でいるのだろうか。いや、まさかな……。


杞憂であって欲しいと心から願いながら、隆昭はようやく覚悟を決める。精神を統一する為に目を閉じる。閉じてありとあらゆる雑念や邪念を打ち消す。
隆昭の意思に同調する様に、半球体が神秘的な青色の光を放ち始め―――――――次の瞬間、半球体から這っているコントロールパネルとラインと共に、パイロットスーツが発光する。
薄暗かったコクピット内がその光に照らされた瞬間、急激に明るさを取り戻す。その明るさに隆昭は目が眩みそうになりながらもしっかりと両目を開け続ける。


声に出さずとも、自動的にヴィルティックを自由自在に動かす為のシステム、グレイルシステムが起動する。
脳内にグレイルシステムより送られてくる情報の波が、洪水のごとく押し寄せてくる。その苛烈さに隆昭は歯軋りするものの、どうにか耐える。耐えきる。
情報の洪水が次第に収まっていく。すると、前面のモニターに映し出されている電子パネルの壁面が少しづつ、重圧な音を立てながら分離していく。


『全方位モニター展開』


いかにもコンピューターといった趣の、ボソボソとした平坦で抑揚の無い男の声、CASのナビゲートだ。
CASならCASで男ならアルフレッドの声が良かったなと、隆昭は哀愁に浸る。しかしそれはもう、叶わない願いだ。
彼は自分に力と未来と娘を託して、この世界から去っていったのだから。……自然に、隆昭の身に力が入る。


CASのナビゲートと同時に、前面にしか見えなかったモニターが全方位へと切り替わる。
周辺上下一帯、360度ぐるりと外の様子が見える。まるで自分が空を飛んでいる様に思えて、初めての経験ではないのに隆昭の肝が軽く冷える。
しかし仮想空間とはいえ、今目の前に見えている光景は現実の物としか思えない。さて、ここはどこかと……。


全方位モニターに映しだされている光景は―――――――荒れ果てた高層ビルや道路が大量にひしめき合っている、世紀末という言葉がピッタリと当てはまりそうな大型都市、だ。
豪快に崩壊していて、瓦礫の山と化している高層ビルや、地面に突き刺さっているコンクリートの塊や折れまがった信号機、派手に分断されている道路等、戦争にでも巻き込まれたとしか思えない。
それに、人の気配がまるでしない。例えが悪いが、この街は死んでいる。人が居ないのでは無く、人も建物も皆、死んでいる様に思える。


≪今回の戦闘は市街戦を想定しています。民間人等の設定はしていませんので、思う存分戦う事が出来ます≫


ウインドウが再び出てきて、メルフィーが通信を入れてきた。色んな意味で複雑な心境に陥りながらも、隆昭はメルフィーに質問する。


「メルフィー、ここを選んだのは……君自身かい?」


隆昭の質問に、メルフィーは明るい声で答える。只、その声は若干、曇っている様に聞こえる。


≪私はあくまで機体の設定とカードの設定をしただけです。何処で戦うかまではスネイルさんがランダムに設定してるから、私は弄れないんですよ。
 本音を言うとあんまり気持ちのいい場所じゃないですけど……四の五の言ってたら訓練になりませんからね≫


「そうか……そうだな」


そうして、隆昭は徐々に、現在の状況を理解し始める。


一先ず空の様子を伺ってみる。空は今にも雨を降らしそうな、モヤモヤとした濃い灰色の雲に覆われている。曇ってはいるが、深い暗雲自体は見られない。
雲の中に身を隠す事は出来ない気がする。それに、たとて太陽が出てきたとしてもすぐに隠されてしまいそうでもある。


ならば下はと言うと、身を隠したり障害物として攻撃を遮断出来そうな建物がいくつか見受けられる。
しかしメインは恐らく空中戦になりそうだから、アレらを使う機会は無いかもしれない。が、一応記憶に留めておく。
地上で戦う事は多分無い。無い、筈。背中のスラスターでも潰されない限り。


そう言えば……ウインドウから通信を受けてはいるが、いざ戦う筈のの敵機、もといメルフィーが乗っている機体の姿が見えない。
ヴィルティックの頭部を動かしてくまなく周囲を探してみるが、それらしい機体の姿がどこにもない。一体どこにいるのか―――――――と。
その時だった。背後から鋭く突き刺すような気配を察知して、隆昭は後ろを振り返る。


『高エネルギー反応確認』


CASがナビゲーションすると同時に、緊急回避を推奨するアラームが、コックピット内にけたたましく鳴り響く。
隆昭はそのエネルギー反応が恐らくビーム兵器による物だと考え、ヴィルティックを一先ず防御させる事にする。
前を向いてCASに向かい、ひいてはグレイルへと自らの思考を投影させる。


「シャッフル! プレイスフィールド」
『トランスインポート プレイスフィールド』


隆昭の声に応じて、赤い縁のカードの一つ、ヒロイックなデザインの盾が描かれたカードがモニターの中央へと吸い込まれる様に移動すると、細やかな光の粒子となって四散する。
カードが消失した瞬間、ヴィルティックの右腕に鋭角的なフォルムの巨大な盾―――――――その名もプレイスフィールドが即座に転送される。
プレイスフィールドを左腕で抑え込んで全身を守る体勢を取りながら、隆昭はヴィルティックを振り向かせた。


次の瞬間、鮮烈な深紅色のビーム――――――――凝縮されたエネルギーの渦が、プレイスフィールドに襲いかかる。その威力は凄まじく、ヴィルティックは一寸仰け反りそうになる。


あまりの威力に機体が激しく揺れて、思わず隆昭は掌を半球体から放しそうになるが、どうにか堪える。堪えながら、前を睨みつける。
何十秒間もの間、渦は回転しながらプレイスフィールドを攻め続ける。ようやく終息し始めた頃には、驚くべき事にプレイスフィールドの表面部が完全に溶解し、幾層もの防護壁が焼け焦げている。
後もう一枚、防護壁が焼け焦げていたら恐らくヴィルティックは墜ちていた。これだけの威力が出せる武器と言えば……おそらく、ヴィルティックライフルのバーストモード、くらいだ。


いきなり盾を失うという状況に、隆昭は如何ともし難い感情を抱えながらもまだ余裕を持った口調でメルフィーに言う。


「いきなり攻撃してくるのはあまりにも酷いんじゃないか? それもバーストモード並に強烈なのを」


≪これから戦う時にわざわざ撃ちますよと親切に言う人が何処に居るんですか≫



そうして、雲の隙間からゆっくりと焦らす様に、何かが降下してくる。


間違いなく、メルフィーが搭乗している機体にして―――――――これから壮絶な戦いを繰り広げるであろう、敵機だ。


一体どんな姿をしているのかと―――――――思った矢先に、隆昭はゴクリと、息を飲んだ。




その機体は、外見や武器、ヴィルティックライフルがヴィルティックに良く似ている。否、寧ろ形状自体はヴィルティックその物と言っていい。
違うのは機体の色、だけだ。ヴィルティックの機体色である純白と正反対の漆黒。そして、漆黒を際立たせる鮮明な黄色のライン。
明らかに強敵である事を誇示するかのようなその姿に、隆昭はポツリと一言、漏らした。


「黒い……ヴィルティック……」




呆然としている隆昭を尻目に、メルフィーが大きく元気に明るい声で、呼び掛けてきた。




≪では改めて、訓練開始です。隆昭さん!≫


初っ端から武器の一つであるプレイス・フォールドを失うという不測の事態に、隆昭は内心動揺している。
こんな筈では無かった。無かったのだ。プレイス・フィールドはこんな場面で使う予定ではなかった。これでは盾で防ぎながら銃を撃つという戦法が出来ない。

それ以上に隆昭にとって最も不測であったのは、メルフィーが戦闘を開始した早々、非常に熾烈な攻撃を仕掛けてきた事であった。
一体どんな武器を使ったのかはまだ分からないが、あの攻撃はヴィルティックライフルのバーストモードにも匹敵する程の攻撃であった事だけは理解している。
ヴィルティックが持ちうる武装の中でも恐らく最も攻撃力が高いのは、そのバーストモードによる砲撃だ。つまりメルフィーの乗る機体には、それと同等かそれ以上の武装を有している、という事だ。

ここまで悪い事ばかりを取り上げてきたが、隆昭にとってマイナスな事ばかりでは無い。
メルフィーから繰り出された攻撃を咄嗟に防ぐために、プレイス・フィールドを使う事を思い付けた自分に若干、隆昭は驚いている。
かつて、スネイルとこうして仮想空間で戦い、鍛えられた事は決して無駄ではなかったという事だ。あの時の経験がここに来て少しでも活かされている。
昔の自分ならばこうした行動一つ一つにさえ迷い、躊躇していたと思う。まぁ、戦いに対する知恵も覚悟も何一つ備わっていなかったからではあるが。

自画自賛している余裕は無い。次にどのような行動を取るべきかを考えなければならない。
隆昭は視線をモニターの下方へと動かす。ホログラムとして表示されている、カード一覧のアイコンに目を凝らす。

メルフィーが最初に説明したが、今回の戦闘では機体の強化等といった特殊な効果を持つカードが少なく、代わりに武器として扱えるカードが多い。
効果系のカードは全部で四枚しかない為、使うタイミングをしっかりと見極める必要がある。無駄打ちだけは避けなければならない。
どこでどう使うか……この四枚の使い方次第で、確実に勝利を此方に引き込める気がする。隆昭は気合いを入れ直す。

さて、要となる武器の方はどうだ。本格的に戦闘、というか訓練に入る前に軽く一瞥してみたが、充分恵まれたラインナップだとは思う。
主武装となるヴィルティックライフルとヴィルティックソード、近接戦闘に於ける切り札となりうる強力な武装、ヴィルティックランサーとグレイブナックル。
そしてなにより……非常に自由度の高い、こちらの思うがままに操れる遠隔操作兵器、フェアリー・テイルがある。
こいつを上手く操る事が出来れば、多分メルフィーの隙をすぐにでも突き、こちらが有利に立てる。あわよくば、勝利を掴める。

と、隆昭が思考を巡らせているとウインドウから再びメルフィーの声が聞こえてきた。

≪まぁ、いきなり戦うのもちょっとアレですね……。んと、ビックリしましたか? 私が急に撃ってきて≫

どことなく、メルフィーの声が軽い様に感じる。軽いというと変な表現だが、妙に楽しんでいる様に聞こえて仕方が無い。
隆昭は額をじんわりと濡らしている冷や汗を掌で軽く振り払い、必死さを感じさせない様、自分自身では余裕たっぷりな声で返答する。

「あ、あ、あぁん? ぜ、全然大丈夫だよ?」


声が上ずった。自分でも初めて聞く様な高い声で上ずった。ププッと、メルフィーが小さく笑った声が聞こえてくる。笑うというより、吹き出すというか。

ハッキリと言おう。本気で肝が冷えた。何か股間の辺りが湿っていそうな気がするが気のせいという事にしておく。気のせいだ。
しかし考えてみてほしい。誰だっていきなり目の前に極太の禍々しいエネルギーの塊が突っ込んできたらビビるだろ? と、隆昭は誰ともなしに心の中で反論する。

それにしても恐ろしい威力だ。ヴィルティックの頭部を若干俯かせて、モニターに映り込むプレイス・フィールドの惨状を見、隆昭は再度思う。
ちょっとやそっとの攻撃等では掠り傷も付かない、強固な表面部を幾層にも渡って貫通し、焼け焦がしている穴。その中からはチリチリとショートしている内部機械が顔を覗かせている。
凄く惜しい気分ではあるが、もうこれでは盾としては使えない。かといって打突兵器として使えるかというのも疑問だ。そうした数秒の思慮の元、隆昭はプレイス・フィールドを捨てる事にする。
左手で表面部の縁を掴んで、右腕からプレイス・フィールドをもぎ取って、地上へと投げ捨てる。これで一つ、武器を失った。

ぼんやりとはしていられない。次の武器を召喚せねば。
そう思いながら、隆昭はカード一覧へと目を向ける。……そう言えば、メルフィーの乗っている黒いヴィルティック……あぁ、そうだ。
まだ大事な事を聞いていなかった。隆昭は先程から頭に浮かんでいた疑問をメルフィーに聞いてみる事にする。

「それでメルフィー、その黒い……ヴィルティックに良く似てる奴って何なんだ?」
≪あぁ、これですか?≫

隆昭はカード一覧から正面に目を移す。かなり離れた距離から此方をじっと窺っている、メルフィーの搭乗機。やはり、ヴィルティックに酷似している。
いや、じっくりと目を凝らして観察すればするほど、そのままヴィルティックが巨大な鏡の前に立っているとしか思えない。色が違うだけで姿形はヴィルティックその物だ。

しかし機体色が変わるだけで、まるでイメージが変わっている。
ヴィルティックがヴィルティックたり得ると言える、純白の装甲は寸分の隙も無い漆黒となっている。それだけではない。
純白さを際立たせる、美麗な蒼色のエネルギーラインは、漆黒を強調する様な鮮明な黄色のラインへと変わっている。
色が様変わりしただけで、まるで悪役か何かが乗る機体の様に思えて隆昭の心中はいささか複雑ではある。やはりヴィルティックには、白しか似合わないと個人的に思う。

≪これはどっちが敵でどっちが味方か分かりやすくする為にヴィルティックの色を変えただけの機体なんですよ。
 だから特に名前は無いんです。ちなみに武器も隆昭さんの乗ってるヴィルティックと同じです。で、名前が無いと何となく呼びにくいんで……≫

そこまで言い切り、メルフィーは数秒ほど沈黙する。と、やがて良いアイディアが浮かんだのか、とても明るく弾んだ声で、言った。

≪そうですね……ブラックヴィルティック、略してBVはどうでしょうか!≫

隆昭はどう反応して良いか、戸惑う。口に出すとすればお、おう……というしかない。
だがそんな反応をしたらメルフィーを傷つけてしまう気がして言えない。にしても何でも完璧な様に見えて、まさかこんな部分でメルフィーの弱点を知る事になるとは思わなかった。
いや、弱点と言ったら失礼ではあるが。しかしこのネーミングセンス、一体誰に似たのだろうか。まさか未来の俺か、俺なのか。

「……いいんじゃないかな?」
≪やっぱり隆昭さんもそう思いますか! ありがとうございます!≫
「うん、良いと思う。覚えやすいし」

本当に楽しそうな様子で、BVと命名したメルフィーに、隆昭は何処か恐怖を感じている。何だか、メルフィーの見てはいけない部分を見てしまっている様で。
だがあまりにもブラックヴィルティックってそのまんま過ぎやしないか……? と隆昭はついつい突っ込みそうになる。
もし突っ込むというか口に出したが最後、無言であの攻撃を、というかバーストモードでライフルをぶち込まれそうなのでゴクンと喉元に出かかったそれを飲みこむ。

っていかんいかん。さっきから気が緩みっぱなしじゃないか、俺。

余計な事を考えるな。今は目の前の事に集中しろ、隆昭。眉間に指先を当てて目を閉じ、ほぐす。
ほぐして、ゆっくりと両目を開けつつ目の前の敵に――――――――BVに意識を集中させて、見据える。


倒すべき目標を見据えながら、隆昭は操縦桿である半球体に神経を集中させる。
半球体からグレイルシステムへと指示を送り、新たなる武器の名を凛とした声で、唱える。

「シャッフル、ヴィルティックライフル」
『トランスインポート ヴィルティックライフル』

CASがナビゲーションを行うと、ヴィルティックが自動的に右手を大きく広げる。すると右手の掌に、隆昭の意思を反映した、新たな武器が瞬時に転送される。
今、隆昭によって召喚された武器の名はヴィルティックライフル。以下ライフルと記する。
兵器らしい武骨さに満ちた、角ばったシャープな銃身と、近未来的なフォルムが勇ましいヴィルティックの為に開発された専用のライフルだ。

ヴィルティックの主武装として重宝されており、遠・中・近距離全てのレンジで扱う事が出来る汎用性の高さが特徴である。装填されている弾丸数はおよそ十五。
デフォルトのままでも威力は高いが、そのうち三発を消費する変わりに、通常時の何倍も威力を増したビームを撃てるバーストモードへの切り替え能力を要している。

バーストモードの威力は先程、隆昭が投げ捨てたプレイス・フィールドへのダメージの深刻さが物語っている。
ヴィルティックの装甲の強度を遥かに凌ぐ、プレイス・フィールドの表面部に易々と穴を開けるのだ。もしもヴィルティックに命中すればそれこそ一巻の終わりだ。
通常時であるなら、一発二発、もしかしたら三発程度ならヴィルティックの装甲でも耐えられるかもしれない。が、バーストモードで撃たれた場合、耐える事はまず不可能である。

だからこそ、プレイス・フィールドという盾を失ったのが隆昭にとって痛い。尋常じゃなく、痛い。
もしも再び、メルフィーがバーストモードを撃ってこようものなら凌ぎきる自信が正直無い。
威力も速度も、ましてや距離も、全てが通常時とは段違いなのだ。あんなのがまたも撃たれたらと思うと……いや、一度だけ防ぐ方法も無い事は無いが。
だが、その方法は最後の最後、本気で窮地になった時に使いたい。おいそれと手軽に使える様なカードではない。あれは。

……いつまで思慮を巡らせているのだろうか、俺は。隆昭は一旦それらの考えを打ち切る。ただ机上の空論を繰り広げているだけでメルフィーに勝てれば苦労はしない。
とにかく今すべき事は積極的に攻撃を仕掛けて少しでも優位に立つこと。それだけだ。そうして隆昭は正面へと、BVを再び見据える。

しかし武装がライフルだけでは若干心許ない。
ここはそうだな……。遠距離に於けるサポートをしてくれる武器が欲しい。そう考え、隆昭がその武器の名を唱えようとした、瞬間。
メルフィーが幾分トーンを落とした、さっきまでとは打って変わって冷淡な口調で、言った。

≪質問は終わりましたね。それでは参ります≫

ウインドウが閉じる。今まで悠然と飛行していたBVが背面の腰部に備われているハードポイントを引きだすと、機体色と同じく漆黒のライフルをそれに挟む。
挟むと同時に、ヴィルティックに対して戦闘を仕掛けるか為か両腕を交差させる。

「ちっ!」

またしても先手を取られた事に、隆昭は歯軋りする。歯軋りした所で、BVの動きが止まる訳では無い。

BVが交差させた両腕を力強く解いて両手を広げる。するとBVの各部装甲、両腕や両足、背部から飛行する為に粒子を放出している背面スラスターにうっすらと何かの影が宿る。
その影は次第に形を帯びてくると、やがて明確な形状へと変化した。その形状はまるで。格調高い西洋の鎧を彷彿とさせる。BVを守護する様に現れる、鎧。
各装甲の形状に合わせた、多種多様なデザインのその鎧は、備われている小型スラスタ―を起動させて次々とBVから分離していく。

分離したそれら鎧は、BVを護る様に浮遊している。が、次の瞬間。


分離したそれ――――――――フェアリー・テイルは、ヴィルティックの周囲、上下左右を縦横無尽に飛び回る。
高速で飛び回りながら距離を詰めてくるフェアリー・テイルに、隆昭はヴィルティックを即座に後方へと宙返りさせる。
そうして距離を大きく離し、ライフルを両手持ちさせてしっかりと体勢を整える。無論、フェアリー・テイルを撃ち落とす為にだ。

フェアリー・テイル。以下テイルと記する。既に説明したが、この武器は搭乗者の意思と思考を反映して、自在に攻撃を行える武器だ。
搭乗者次第で自由に動かせるので、援護攻撃させるのも良し、敵を攪乱させる為に動き回らせながら戦わせても良し、あるいは装甲に装着させる事で防御にも転用出来る。
メルフィーがどういった考えを張り巡らせているかは分からないが、少なくとも攻撃の意思がある事だけは分かる。

目が回りそうになるほど、目まぐるしく動き回っているテイルの動きを隆昭は見極めようとする。
しかしこちらをかく乱させようとでもしているのか、中々攻撃を仕掛けてこない。それが逆に怖い。
もしかしたらこちらの出方を伺っているのかもしれない。何にせよ、警戒しておくに越した事は無い。


隆昭がメルフィーの出方を見計らっている中、コクピットの中でメルフィーは目を閉じている。
闘う事を放棄している訳でも無ければ勿論寝ている訳でも無い。テイルに意識を集中させる為だ。

どうすればヴィルティックを一撃で落とせるかを考える。いや、一撃で落とせなくてもいい。
一気に形勢を逆転出来る隙さえ見いだせれば。……それなら全てを飛ばさなくてもいいなと、メルフィーは思う。要は隆昭の油断を誘えればいい。
それなら……と僅か数秒で一連のプランを組み立てる。隆昭を、ヴィルティックを確実に仕留める事が出来るプランを。

……決まった。これで抜かりは無い。

メルフィーは閉じている両目をゆっくりと開く。開きながら、指示を待っているテイルへと思念を送る。

≪戻ってきて、フェアリー・テイル≫

メルフィーの思念を感じ取り、二機のテイルがBVの元へと急旋回すると、瞬時に舞い戻る。
背面のスラスター部にその二機が装着されたのを確認すると、メルフィーは残りのテイルに向かって、言い放つ。

「後は……攻撃に移行」


主からの指示を受けて、ようやくテイルは別の動きを見せ始める。
中々反撃に移れないヴィルティックを嘲笑う様に飛び回っているテイルの一機が、ヴィルティックの背後で静止する。
そして砲口を淡く発光させて、今正に背中から撃たんとした―――――――――次の瞬間。

「やられるかよ!」

砲口よりビームが放たれるよりも早く、隆昭はヴィルティックを振り向かせると同時にライフルを撃ち込み、テイルを撃墜する。
爆発に巻き込まれぬ様、急速に旋回して次なる標的を仕留めるべく、行動に移る。

隆昭は気付く。テイルの動きは小回りが効く故に人間の目では認識し切れない程に速い。
速いが一瞬だけ、時間にして一秒か二秒程度ではあるが、動きは止まる瞬間がある。その瞬間とは、砲口をこちらに向ける為に静止する瞬間だ。
その時だけは、敵を捉える為にほぼ一瞬ではあるがテイルの動きが止まる。ならばわざわざ動いている時に撃つ必要は無い。

止まる瞬間を見逃さなければいい。それだけだ。

「二つ!」

流れる様な動作で、隆昭は二機目のテイルを撃ち抜いた。

「三つ!」

ライフルを上向かせて、上空から狙っていた三機目のテイルも撃ち落とす。
見える。テイルの動きがしっかりと見える。スネイルと戦った時よりもずっと、落ち着いて対処できる。
挟み撃ちにしようと、テイルが前後に並んで仕掛けてくる。ならばと隆昭は、ヴィルティックを急上昇させる。
撃つべき対象を失ったテイルは、互いに互いを撃ち抜き、虚しく爆発する。

「四つ! 五つ!」

上昇し回避した所で、待ちかまえていた二機のテイルを間髪入れず、撃墜する。

敵の動きが、敵の姿が見える。隆昭の中で、何かが覚醒していた。本人も上手く言い知れない、何かが。


身軽な動作で次々とテイルを撃墜していくヴィルティックを、メルフィーは手を出さずにじっと眺めている。
正直な話、ここまで隆昭が動けるとは思わなかった。失礼だとは思うが、もっと慌てたりするのではないかと、メルフィーは思っていた。
マチコさんの話だと、隆昭さんは遠隔兵器に慌てるだけで上手く対処出来なかったという。本当に上手く対処できないのか。これから先、そんな事では本当に困る。
今の隆昭がどれだけテイルに抵抗できるか、メルフィーは見定めるつもりで射出した。もしも全く対処できなかったらそれはそれで……だったのだが。

今のヴィルティックを操りながらテイルを的確に撃ち落とし続ける隆昭を見ていると、思う。
それはとんだ誤解だったと。私が思っているよりもずっと、隆昭さんは成長してる。ずっとずっと強く、成長していると。

あの時の――――――――オルトロックとの戦いで、何も分からず何も出来ずに只、傷つき、泣き叫んでいた隆昭さんはもういない。
今の隆昭さんは、例え遅い歩みであろうと、未来を守る為に進化し続けてる。前を見続けている。真摯に、まっすぐに。それなら……それなら、私は。

私は少しでも、隆昭さんにとって心強い味方になろう。隆昭さんがこの先、未来を切り開いていく為に。
それが私の成すべき事、成さねばならない事だ。だから見ててね、お父さん。お母さん。必ず未来を取り戻すから。

隆昭さんと、一緒に。

メルフィーは心の中で密かにそう、誓った。


「これで、最後!」

かなり時間と労力を削ったが、どうにか二発消費して全てのテイルを落とした。しかし十五発中の七発も消費したのは少しばかり無駄が過ぎた気がする。
ヴィルティックソードかヴィルティックランサーを召喚して、難易度は高くなるが接近して斬りおとす方法を取ればこれほど弾を消費する事も無かっただろう。
今更悔やんでも仕方が無いのだが。それにしても気になるのが、BVの背部スラスタ―に装着されている二機のテイルだ。

何故メルフィーが全てのテイルを射出せずに、あの二機だけを戻したのか。
防御用にしては心細いし、アレでは攻撃を行うのに決定打にはならない。なら、何故……?
腑に落ちない事が多々あるが、そんな事よりも優先すべき事がある。一先ず今やらねばならない事は、一つだ。隆昭は武器の名を声高らかに、叫ぶ。

「シャッフル! フェアリー・テイル!」
『トランスインポート・フェアリー・テイル』

隆昭はヴィルティックの全身の装甲にテイルを装着させる。
間髪入れずに、全ての装甲からテイルを分離させる。送るべき指示はただ一つだ。防御でもかく乱させる訳でも無い。

一瞬、こんな事をしていいのだろうかと恥ずかしさが頭を過ぎる。
過ぎるが、多分メルフィーは通信を入れていないから見ても聞いてもいないだろうと思う。
なら大丈夫……大丈夫だよな? と自問自答しつつ、隆昭は自らのテイルへと命じる。BVへとビシッと人差し指を指しながら、良く通る声でズバッと、言った。

「奴を全力で倒せ! フェアリー・テイル!」

隆昭の叫びに呼応するようにテイルが一斉に、BVへと突撃していく。


テイルが群を成して急接近しているにも関わらず、メルフィーは一切表情を変えない。
表情も変えず、それでいて大きく感情を揺らぐ事も無く、至極冷静な顔でモニターの下部に並んでいるカードの中から一枚、選定する。
選定して、半球体を握る掌にグッと力を込める。込めながら、そのカードの名前をCASへと、伝える。

「シャッフル――――――――アクセル」
『トランスインポート・アクセル』


首筋にゾクリと、肌寒い物を感じる。隆昭は場の空気が変わるのを肌で実感する。BVから発せられる雰囲気が、今までとはまるで違っている。
恐らくここからが本番の戦いになるだろうなと、隆昭はそれとなく思う。今までは恐らくメルフィーにとっては、ウォーミングアップだ。

BVの黄色いラインが、瞬く間に別の色へと変化していく。鮮烈な黄色は、美しく鮮やかな深紅へと変化する。
黒と赤の入り混じっているBVの姿は、まるで自らの存在を危険だと誇示しているかの様だ。
この変化は……と隆昭はハッとする。そうだ、これはアクセルだと。もしかしたら、状況が悪くなるかもしれないという危惧が過ぎる。

今、メルフィーがBVに使用したカードの名はアクセルという。三十秒間という短い制限時間の中で、機体の機動性を格段に底上げするカードだ。
このカードは緊急時に於いて、戦線から一気に離脱したい時や、一撃で勝負を決める為に奇襲を掛けたい時に適している。
使い方次第では、絶望的な戦況を覆せるほどの能力を持つカードだ。だが、隆昭はメルフィーがここでアクセルを使うとは思わなかった。
メルフィーの性格的には、まだここでは温存する物かと。しかし何にせよ、BVは既にアクセル使用を示す変化を遂げている。

―――――――――忽然とBVが姿を消す。無論、実際に消えた訳では勿論無い。

限りなく最高速のスピードで、メルフィーはBVを急降下させながら、隆昭が放ったテイルを自らの元へと引きつけている。
案の定というか、隆昭はテイルに細かい動きを指示せずに、只単にBVを落とす事だけを指示している様だ。
肩、否、全身に激しく襲い掛かってくる重力。久々の感覚に、軽く頭がくらくらしつつも、メルフィーは口元に笑みを浮かべる。

少しだけ感心したが、やっぱり隆昭さんはまだまだ甘い。まだ、隆昭さんに教える事が残っていて良かったと、変に安心する。


隆昭はテイルの動向をぼんやりと眺めている訳でも無い。
ヴィルティックにライフルを両手持ちさせ、尚かつ肩にしっかりと担いで固定しながら、BVを狙い撃つ為にロックオンサイトを展開させる。
モニター上に二つの大きな円形がグルグルと回りながら、BVをその間に捉えようとする。

赤い円形は大まかに敵機を捕えるメインサイト。これで移動する敵機の姿を捕える事が出来る。テイルを撃墜する際には、このサイトを使った。
そのメインサイトよりも一回り小さい緑の円形はサブサイト。こちらはより精密に、敵機を狙い撃つ時に使う。このサブサイトを小さくすればするほど、細かい狙撃が行える。

それら二つのロックオンサイトを、隆昭はBVへと重ねて狙撃しようとする。しかしアクセルを発動しているBVの動きは尋常では無い。
ヴィルティックよりも機動性に富んだフェアリー・テイルすらも追いつけない程に、BVは最高速で空を駆ける。
何度もサイトに捕えようと試みる。一発、二発、三発目と撃ってみるが、掠りもしない。全て虚しく、地上のビル群を削っていくだけだ。

テイルを引き付け続けながら、メルフィーは歯を食い縛ってBVを急旋回させると、ライフルをハードポイントから引き出して、バーストモードへと切り替える。

アクセルが残り十秒で時間切れになる。焦る素振りも見せず、メルフィーはBVにライフルの引き金を引かせる。
砲口より放たれた、凄まじいエネルギーが凝縮されたビームを、ライフルの銃身を持ちBVは回転しながら周りを囲むテイルへと薙ぎ払う。
回避する間もなく、放出されているビームに飲み込まれていくテイル。砲口より放たれているビームは、巨大な剣の様に見える。

隆昭は間抜けにもその光景を見ているしか無い。
迂闊に突っ込めばテイルと運命を共にする事になる。ライフルを撃とうにも、あのビームに相殺されてしまう。
本当に馬鹿だな……俺。隆昭のテンションは気障っぽくフェアリー・テイルを射出した時よりも激しく下がっている。


だが戦意までが下がった訳では無い。アクセル使用後には動きが鈍る。例えメルフィーだろうと、その隙が僅か一瞬でも生じる筈だ。
ライフルによる射撃は容易に避けられる気がするので、ここは接近戦で勝負を付ける。例え失敗しても、確実に傷を残せればそれでいい。
ハードポイントを引きだして、ライフルを挟みこみながら隆昭は次の武器を召喚せんとカード一覧に目を向ける。

決まった。前に向き直し、CASへとその武器の名前を伝える。

「シャッフル、ヴィルティックランサー」
『トランスインポート・ヴィルティックランサー』

瞬時にヴィルティックの右手に召喚される、全長がヴィルティックの背丈ほどに巨大な槍。如何なる障害すらも斬り捨てんと、鋭利な刃が静謐な光を宿らせる。
この槍こと、ヴィルティックランサーは、近接戦闘に於いてリーチの長さ、攻撃力、攻撃範囲等といった点から非常に強力な武器と言える。
難点はその大きさ故に取り回しが悪い事と、振り幅が大きくなる為隙が出来やすい事か。この二つは搭乗者の力量でいくらかカバーは出来るが。

ランサーを器用に掌で一回転させて、隆昭はアクセルの時間切れから回復しているのか、空中に佇んでいるBVに身構える。
一撃で致命傷を与える為、右腕を大きく突き出して先端を向ける。背部のスラスターから光の粒子を爆発的に放出しながら、隆昭はヴィルティックをBVへと突貫させる。
狙った通りに、BVは隙が生じている為か、全速力でヴィルティックが突撃してきているにもかかわらず動く様子が無い。戦況を変えるのはやはり、今しか無い。

右腕を限界まで伸ばせるまで伸ばして、隆昭はただBVへと一心不乱に飛び込んでいく。
これで全部終わるとまでは考えてない。だが、確実にこれで状況は変わる、筈だ。

一寸、メルフィーの横顔が過ぎる。迷いが生まれそうになったが、これは訓練でも勝負には変わりない。

「済まない……メルフィー!」

隆昭はそう呟きながらも、ヴィルティックを前進させる。

後、数十メートルとランサーの先端BVのコクピットに触れようとした、その瞬間。

突如として、薄いオレンジ色の不気味な物体が、BVをすっぽりと包みこむ様に現れた。半透明でかつ、卵の様に細長いその物体は、ランサーの先端がBVに迫るのを阻む。
どれだけ全力で粒子を放ってヴィルティックが速度を増そうとしても、フィールドは一切ランサーを通そうとはしない。
物体の中に守られて、BVは悠然と佇んでいる。どれだけ火花を散らして押し込もうとしても、ランサーは通らない。一切、通る気配が無い。

「……カウンターか」

隆昭は軽く舌打ちをする。失念していた。考えてみれば、BVもヴィルティックと同じカードを持っている事をすっかり忘れていた。

このカウンターというカードは一度だけという条件で、相手のいかなる攻撃も完全に阻むという効果を持つ。阻み、尚且つ相手へと反撃する機会を与えてくれるというカードだ。
その効果は遠距離から攻撃でも、近距離からの攻撃でも等しく発動する為、ヴィルティックがいかに知恵を絞ろうとランサーの攻撃は通らない。
隆昭は今更ながら理解する。メルフィーは隆昭がアクセルが終わった後の隙を突いて何かしら攻撃してくる事を予測していた。だからこそ、前もってカウンターを仕掛けていたのだと。

距離を取らねば反撃されてしまう。そう思いながら隆昭はヴィルティックを後方へと回避させようとした、が。

ゆらりと、隆昭の視界が揺らぐ。コクピットが激しく揺れており、機体のバランスが崩れる。
思わず両手が球体から離れて、一時的に操縦不能になる。何が起きたか分からない。
分からないが、何かしらの攻撃を受けた事だけは、分かる。どうやら事態は好転する所か、むしろ悪化している様だ。


カウンターが解除され、機体が露わになる手前、メルフィーは引く事無く逆に、BVをヴィルティックに至近距離ギリギリにまで近づける。
近づけて勢い良く右足を、ヴィルティックの腹部に向かって蹴り上げる。とても決定打にはならない程度の攻撃。
せいぜいダメージと言えば、コクピットを揺らしてパイロットである隆昭を混乱させるくらいだろう。それで十分。
目論見どおりにヴィルティックは体勢を崩して、右手からランサーが離れて、落下していく。

ハードポイントを引き出してライフルを挟み、メルフィーは次に使うカードの名を唱える。この間、僅か五秒。

「シャッフル、コントロール」
『トランスインポート・コントロール』

急降下しながら、落下していくランサーの柄をBVは左手で鷲掴みにした。危ない、あと少しで取りこぼす所だった。
鷲掴みにすると、本来ヴィルティックの所持する武器であるヴィルティックランサーは現時点で、BVの武器へと切り替わる。

このカード、コントロールは、敵機より奪った武器をハッキングして、自らの武器にする事が出来るカードだ。
遠目から見ると武器の形状に全く変化は見えないが、武器の認証コードはヴィルティックからBVへと切り替わっている。
もしヴィルティックがこれを奪い返しても、認証コードがBVにある為扱う事は出来ない。ある意味恐ろしいカードである。

続けて、メルフィーは武器を召喚する。その武器の名は―――――――――。

「シャッフル、ヴィルティックランサー」
『トランスインポート・ヴィルティックランサー』

左手には、ヴィルティックより奪ったランサー、左手には自ら召喚したヴィルティックランサーを、BVは大仰に構える。
上昇しながら、目標であるヴィルティックを見据える。勝負が付きそうなのはヴィルティックではなく、BVの様だ。


隆昭は冷や汗が止まらない。汗が滝の様に流れて止まらない。

武器を堂々と奪われた上に、最悪の状況に勝負が傾いてしまった。
まさかランサーを二丁も持たれるとは思わなかった。その上、こちらはフェアリー・テイルもプレイス・フィールドを失ってしまった為、防御も出来ない。
ライフルを引き出そうにも、まともに狙って撃てる気がしない。こんなに早く窮地も窮地、大ピンチに陥るとは。

とはいえまだ、まだ特殊効果のカードは何も使ってない。アクセルもカウンターもコントロールも、それに――――――――ミラージュもだ。

ミラージュを使用すれば一先ず、この窮地を脱する事は出来る。アクセルを使う手もある。
しかし、それら効果系のカードをおいそれと使用して良いのかと、もう一人の自分が制する。
それらを使えば労せずに状況を変える事は出来るが、本当にそれでいいのだろうか。貴重な手札を、窮地からただ脱する為だけに使っても。

――――――――違う。今使うべきカードは、効果系のカードではない。隆昭の中でようやく、答えが出る。

もたもたと考えている内に、モニターにはランサーを交差させて振り下ろさんとしているBVが寸前にまで迫っている。
これ以上余計な事を考えるな、今はこの攻撃を……凌ぐ! 刹那、隆昭は成すべき決断を、召喚すべき武器の名を、叫ぶ。
ランサーが振り下ろされるまで後、三秒。

「シャッフル! グレイブ……ナックル!」
『トランスインポート・グレイブナックル』


これで全てを終いにせんと、無慈悲にもBVは両手に握るランサーをヴィルティックへと振り下ろす。
が、次の瞬間。ヴィルティックの両手を覆う様に転送される――――――――打撃兵器。
かつて、オルトロックとの死闘で最終的に使われたその武器は、ボクシンググローブを彷彿とさせる形状をしている。

名はグレイブナックル。リーチはほぼ至近距離に限られる上に、形状の都合上殴り合いを余儀なくされる、非常にリスキーな武器である。
しかし一撃の衝撃、上手く攻撃を叩き込めた際のダメージは、ランサーに匹敵する。だが、それもあくまで相手の懐に入れたらの話だ。
最早ランサーの刃はヴィルティックを斬りつけるに十分な距離に入っている。一方、ヴィルティックはBVに殴りかかるにはあまりに距離が近すぎる。
隆昭はグレイブナックルで果たして何をするつもりなのか、と。

ヴィルティックは両腕を曲げると精一杯に掲げる。掲げてナックルの甲の部分をランサーの刃へと、向けた。

次の瞬間、ランサーがナックルの甲へと刃を深々と斬り込んだ。流石接近戦での切り札となる武器なだけあり、ランサーは簡単にナックルを両断する。
隆昭はナックルを投げ捨てる。投げ捨てながら両足のフレキシブルスラスターと背部スラスターの出力を上げれるだけ上げる。
後方へとヴィルティックを豪快に宙返りさせながら、ハードポイントに収納しているライフルを抜き出して、体勢を整えると共に正面のBVへと突き付けた。

モニター内のロックオンサイトは、メインサイトもサブサイトもブレる事無く、正確に真正面のBVを捉えている。

ライフルをバーストモードに切り替えて、隆昭はライフルの引き金に掛けられたヴィルティックの指先を、弾かせる。

この至近距離だ。例えメルフィーだろうと、この距離からのバーストモードは流石に防げないし、容易に回避も出来ない筈だ。
隆昭はそう確信した上で、ナックルを犠牲にしてでもこの戦法を取る事にした。奇跡的な事に、ロックオンサイトの狙いも完璧に決まっている。
今度こそ勝負が決まる、筈だ。ライフルの方向が空気を震わして、吠える。バーストモードによる砲撃は、BVを貫いた。

筈、だった。
貫いたのはBV、の形を模した、粒子の作り出す偽物だった。
それと共に蒸発していく、二つのランサー。ビームが収束していくと、そこにBVの姿は無い。

「ミラージュか……」

隆昭はその有り様を見、悔しそうに呟いた。またも勝機をみすみすと逃してしまった。

今、BVが繰り出したのはミラージュという効果系のカードである。
ミラージュは一度だけ、非常に精巧な自機のデコイ、つまり偽物を作り出すカードだ。カウンターの回避版といった感じで、如何なる攻撃もその偽物とすり替わる事で回避できる。
アクセルと並んで状況とタイミングによっては、切り札となりうる強力な手札ではある。ミラージュを使用したBVを見て隆昭は、思う。
メルフィーは自分よりもずっと上手く、的確な判断で効果的なカードを使用していると。アクセルもカウンターもコントロールも、それにミラージュも。

自分はどうだろうか。特殊効果系のカードは四枚、しっかりと残っている。しかし別に、これらを温存しようと考えていた訳ではない。

使う機会を伺っている内に、手持ちの武器でどうにかBVの攻撃を凌ぐ事が出来ただけだ。これは……成長していると言えるのだろうか?
自画自賛するつもりは更々無い。だが、さっきのランサーによる攻撃をナックルで防ぐ判断は良く思いついたなと我ながら思う。
昔の自分なら、即座にミラージュかアクセルを使っていた気がする。それでいてライフルで反撃するまで考えが及ばない気もする。

もし、そういう効果系のカードを使うという判断を下していても、間違ってはいないかもしれない。
だが、ミラージュ発動させた所でBVは容赦なくランサーを突き刺してきたかもしれない。アクセルを使おうとした瞬間に、斬り落とされたかもしれない。
咄嗟にナックルを召喚して防ぐという判断を行えたからこそ、逃がしてしまったとはいえ後方へと回避しつつライフルを撃てた気がする。

そこまで考えて、隆昭はふっと我に返る。しまった、こんな物思いに耽けている場合では無い。
バーストモードを回避したBVの姿が見えない。くまなくヴィルティックの頭部を動かして周囲を注意深く観察するが、どこにもいない。
どこだ、何処に居るんだ、メルフィー。隆昭は若干焦りを浮かべながら、BVの行方を探る。


その時だ、ヴィルティックの背後に、何かが忍び寄る。


――――――――背中を走る、冷やりとして薄ら寒い感覚。隆昭が勘づくと同時に、CASがナビゲーションを行う。

『エネルギー反応確認』

隆昭は瞬時にヴィルティックを振り返させる。振り返させながらライフルを撃たんと構える。
冷やりとした感覚の正体は、こちらへと砲口を向けて静止している二機のフェアリー・テイルだ。恐らく、メルフィーが下げさせて背部に装着させた、あのニ機だろう。
このまま撃ち落とそうと隆昭は思うが、数秒ほど思考を巡らせる。考えてみれば、ここは撃ち落とすよりも有効な手段がある。

判断したが速く、隆昭はその判断をグレイルとCASへと下す。

「シャッフルコンボ、カウンター・コントロール」
『トランスインポート・カウンターとコントロールを同時に発動』

隆昭が唱えたシャッフルコンボというのは、別のカードを二枚同時に発動、及び召喚する事が出来るシステムだ。
このシャッフルコンボのメリットは一重に、搭乗者の使い方によって戦法が幾らでも広がる事だ。
効果系のカードと武器のカードを一緒に使う事で攻勢に移れたり、または効果系のカードを組み合わせて効果を増幅させたりと、無限の可能性がある。
しかしそういったメリットの半面、何にせよカードを二枚失う事になる為、しっかりと使い所を見極めなければ只単に無駄撃ちとなってしまう。

前面をカウンターが覆い、テイルから放たれるビームを一切通す事無く、完璧に遮断する。
次にコントロールの効果により、テイルに仕込まれているBVの認証コードが、ヴィルティックがランサーを奪われた時の様に数秒間のハッキングでヴィルティックの武器へと切り替わる。
カウンターがゆっくりと消失していく。ヴィルティックの背部スラスタ―に、奪ったテイルが装着される。
色が違っているだけで、やはりフェアリー・テイルには変わりない。すんなりとテイルが適合出来た事に、隆昭はホッとと小さく息を漏らす。

思わぬ武器を手に入れた事で、ほんの少しではあるが隆昭は再び勝機を見出せている。
だが、肝心のBVの姿がまだ何処にも見えない。その事が気掛かりで安心できない。

「本当に何処行ったんだ、メルフィー……ん?」

ふと、BVでもテイルでも無い、全く別の何かがこちらに飛んでくるのが見える。隆昭はそれが一体何なのか、じっと目を細めて見極める。
……盾、だ。よくよく見てみると、それはプレイス・フィールドである事が分かる。
プレイス・フィールドがこちらへと飛んでくる。というよりも、放り投げられている。

何でこんな不思議な事をしているんだろう? メルフィーは。
隆昭はどうにも理解が追いつかない。武器として使うなら使うで、先端を突いてくるとかそういう戦い方をした方が良い気が……。
あのメルフィーが武器を無駄に扱うなんて事はまず考えられない。なら何故、プレイスを投げているのか。

プレイスの表面部が次第に迫ってくる。太陽が影になっているせいで、プレイスの後ろが見えない。
後ろが見えない……見えない? 隆昭はおぼろげに、メルフィーが何を考えているかが掴めてきた。
違う。メルフィーはプレイスを無駄に使う気は無い。それに、テイルを今更射出したのも、決して隙を狙う為じゃない。

テイルを射出したのは、プレイスを投げる瞬間を狙われない様。そしてプレイスを投げた理由は、視界を隠す為だ。
何故、視界を隠しているのか。簡単だ。 

本命の攻撃を食らわせる為だ。なら、その本命の攻撃は?

答えはすぐに出た。BVはライフルをバーストモードで撃ち込んできた。プレイスを跡形も無く蒸発させながら、禍々しい色彩の紅いビームが全速力で突っ込んでくる。

気付くのがあまりにも遅すぎた。気付いた所で後数秒でビームがヴィルティックを直撃する。
どうする? どうすればいい? 回避するにももう間に合わない。だが防ごうにも初っ端でこちらのプレイスフィールドを失ってしまった。
撃ち返そうにも、もう距離が無い。短すぎる。ライフルごと焼き焦げるのが落ちだ。カウンターも下らない事で使ってしまった。

ならどうすればいい? どうすればいいんだ? 初っ端の時以上に隆昭は動揺し、慌てる。

もう考えている余裕なんて無い。隆昭は脊髄反射的に、CASに叫んだ。

「シャ……シャッフル! ミラージュ!」
『トランスインポート・ミラージュ』

隆昭はヴィルティックを左方へと翻らせる。僅か数ミリ、装甲をジリジリと焦がしながらミラージュを焼き払う、バーストモードのビーム。
もし一瞬でも動きが遅かったらと思うと、鳥肌が収まらない。一瞬でも反応が鈍っていたら、今頃自分はヴィルティックごと、塵に還っていた。
心臓がバクバクと音を立てており、鼓動が激しく波打つ。危うく心臓発作を起こしかけた。それほどまでに今の攻撃には恐怖を感じた。

それにしても、メルフィーもエゲツない手をよく思い付く物だ。盾で視界を眩ませてライフルを叩きこんでくるとは。
油断していたら確実に落とされていた。というか何度油断しているんだ。油断しすぎだろう俺と、隆昭は猛省する。
気合いを入れ直す為、隆昭は両手で両頬を叩く。そうして顔を上げた、その時。

モニター一杯に、BVの姿が映り込んだ。カメラアイが隆昭を獲物を食らう前の肉食獣の如く、睨みつけている。

隆昭の息が、止まる。空気が凍るとは、この事を言うのだろうか。

隆昭が抵抗する間も無く、凄まじい衝撃によってコクピットが激しく揺れる。背中をシートに強く打ちつけて、隆昭は軽く嗚咽を漏らす。
休む間もなく第二波の衝撃が襲いかかる。目の前のモニターが大きく凸型にへこみ、隆昭は目下のコントロールパネルに頭を突っ伏した。
両手が、動かない。両手というより、体が動かない。どうにか顔を上げて、状況を確認しようとする、が。

数十秒前、グレイブナックルを装着したBVはヴィルティックの懐へと一気に距離を詰めた。
そして胴体部を二度殴り付けると、トドメとばかりに真正面から正拳突きを叩き込む。恐らくこれで、コクピットには相当なダメージが入った。
度重なる攻撃の嵐に、隆昭はどうする事も出来ない。ヴィルティックはそのまま、飛ぶ事もままならず地上へと落下していく。

朦朧とする意識の中で、隆昭はまだ、抵抗する事を諦めない。ロックオンサイトを引きだして、ライフルをBVへと突き付ける。
メインサイトとサブサイトは、こちらを見下ろしているBVをしっかりと捉えている。確実に当たる事が分かる。いや、当たれ、当たってくれ!
もう迷う余裕も理由もない。隆昭はヴィルティックに引き金を、引かせた。

限りなく正確に、ライフルは目標を狙い撃つ。だが、その結果は至極残念な物だった。

非常に簡単な動作で、BVは隆昭が死に物狂いで行った射撃をひらりと回避する。回避しながら急降下して、ヴィルティックに接近する。
そして両足を揃えながら接近すると、右足を勢い良く伸ばして、ヴィルティックの胴体に駄目押しとばかりに飛び蹴りを食らわせる。

そのまま蹴りをぶち込んだまま、BVはヴィルティックを地上へと叩き落とした。



ダメージがあまりにも深く、隆昭の目の前でモニターが消えていく、死んでいく。

やがて目の前が、真っ暗になる。最早、何も見えない。ただ聞こえているのは、何かが崩れてくる音だけだ。

恐らく、ビルか何かにヴィルティックが追突しているからだろう。多分聞こえてくる音は、ビルが崩落している音だ。



死んだのかな、俺……。


隆昭は額に手を当てる。仮想空間の筈だが、頭が痛くて仕方がない。
当てた手を見てみると、血が滲んでいる。ここまで再現しなくて、というか痛みなんて再現しなくて良いだろと、隆昭は心の底から思う。

死んでいたモニターが、次第に光を取り戻していく。しかし前面の大型モニターは豪快にへこんだままだ。


回復し出したモニターが最初に映しだしたのは―――――――――こちらを見下ろしている、BVの姿だった。

しばらく見なかった、NO IMAGEのウインドウが現われる。そこから聞こえてきたのは勿論、メルフィーの声だ。
メルフィーは、言った。






≪隆昭さん、投降して下さい≫


≪私はこれ以上、隆昭さんを傷つけたく……ありません≫
               



隆昭は思う。今更過ぎるだろ、おい。

今の状況を表現するにはどんな言葉が似合うのだろうか。四面楚歌? 満身創痍? 万事休す? どれもピッタリ合いそうだ。
朦朧として、プツンと途絶えそうな意識を必死で保って、隆昭は下らない事を考える。下らない事を考えないと死んでしまいそうだ。

肉体的にも精神的にも痛烈過ぎるBVの飛び蹴りをモロに受けたヴィルティックは、蹴り続けられたまま、廃墟と化した高層ビルへと落下した。
隆昭がコクピット内で意識が霞んでおり、ぼんやりとしているのと同調する様に、ヴィルティックは豪快に崩落しているビルを背にぐったりと座っている。

ヴィルティックの両肩に絶え間無く、雨の様に大小様々なコンクリートの破片が落ちてくる。
落下した際に完全に死んだかと思われた全方位モニターは、どうにか息を吹き返す。しかし完璧に息を吹き返した訳ではない。
どうにか前面のモニターは見えるものの、四つ、五つ程のモニターが真っ暗なままだ。これでは左上や下からの攻撃に対処できない。
それに、前面のモニターはBVの攻撃により内部に向かって大きく凹まされており、正直見にくくて仕方が無い。今にもぶつかってきそうな錯覚すら覚える。

隆昭には仮想空間という実感が沸かない。本当に死ぬんじゃないかという不安が頭を過ぎる。
呼吸が落ち着かず、軽い過呼吸になる。さっきから、頭にずきずきとした痛みが疼いて仕方が無い。

呼吸が荒いでいると、心も精神も落ち着けない。隆昭は恐怖心をどうにか抑えつけながら、睨みつける様に目の前を見据える。
ヴィルティックへとゆっくり、浮遊しながら近づいてくるBVの姿が映る。隆昭は内心平静を装い自らを叱咤する。しかし、体は正直だ。
半球体に触れている両手は、軽い震えが止まらない。心の内ではBVと、いや、メルフィーとこれ以上戦いたくないと、怖がっている自分が居る。
こんな感覚になったのは久々だ。思い出したくもないが――――――――オルトロックと対峙していた時を思い出してしまう。あの時の、身震いする感覚を。

≪隆昭さん、聞こえて……ますか?≫

ウインドウが展開した。見たくも無いNO IMAGEの画面から、メルフィーが呼び掛けてくる。
しっかりと隆昭の耳にはメルフィーの声が聞こえている。ついでに言えば、さっきメルフィーが言った言葉も覚えている。

その言葉とは、投降という二文字だ。要するに、戦う事を放棄して白旗を上げろという事である。

恐らく、メルフィーは本心から投降を呼びかけているのだろうと、隆昭は薄々思う。
共に過ごしている時間は決して長くないものの、隆昭は隆昭なりに、メルフィーの性格がどんな物なのかを理解しているつもりだ。
投降を呼びかけている時のメルフィーの声からは、勝機を感じて上から物を申す様な余裕さも、早く戦闘を終わらせる為に事務的に事を済まそうとする様子も無い。

何となく、メルフィーの声は若干泣きそうになっている。多分これ以上、戦闘を行う事に対して乗り気では無いのだろうなと、隆昭はぼんやりと思う。
あれだけの攻撃に、ヴィルティックをこんな状態にしておいて、正直説得力が欠けると言えば欠けるが。
何と返事すればいいのだろうかと少しばかり反応に困りつつ、隆昭は至極普通な返答を行う。

「……聞こえてる。ちゃんと聞こえてる」

≪隆昭さん!? 良かった、返事が無いからどうしたのかなと……。あの……大丈夫、ですか?≫

一体何が良かったなのか、隆昭は苦笑する。苦笑いするしかない。
あんな事をされて大丈夫なら俺はどれだけタフなんだと、隆昭は自らの惨状をメルフィーにどうしても見せたい。
見せたい衝動に駆られるが、きっとあっちのウインドウもNO IMAGEだろうなと考えて諦める。諦めながら、若干不満げな口調で返答する。

「それなりに……流石にヴィルティックはボロボロだけどな」

正直な所、戦闘を続行出来るかと言えば無理と言えば無理、出来ない事は無いが、少しでも無理をすれば自滅しそうな程のダメージをヴィルティックは負っている。
ここまで受け続けた損傷が積み重なり、ある種、数分前に受けた飛び蹴りがある種の決定打になった。
あの追い打ちが、あまりにも猛烈過ぎた。各部のダメージが如何ほどなのかと、隆昭は面倒臭いと思いつつも各部のダメージチェックを行う。


隆昭がグレイルにヴィルティックの損傷具合を見たいと、指示を伝達させる。
すると操縦桿である半球体と半球体の間、パネル部分にホログラムとして、ヴィルティックを模した半透明の物体が浮き出てくる。
その物体はパイロットに機体のダメージ具合を分かりやすく教えてくれるホログラムモデルだ。脚部や胴体などに損傷率と簡単な説明が付けられている。

脚と腕の損傷率はそれぞれ五〇%以上。駆動部、動かす部分自体には大きな異常は無い。しかし決して軽視出来ない傷跡が何層にも出来ている。
ついでに激しく動き過ぎている為か、消耗率も五〇%以上。何にせよ、無茶な事はさせない方がよさそうだ。
この消耗率というのは緊急回避等で機体に、ヴィルティックに強引だったり無理な動きをさせた場合に発生する物で、これが増えれば増えるほど、ヴィルティックの動きが鈍くなる。

胴体の損傷率は七〇%以上。ここまで高い理由は一重に、飛び蹴りを食らった際に凹まされたコクピット部分が原因である。
正直どうして戦闘が行えるか隆昭自身不思議だ。今のヴィルティックの胴体は、大きく凹んでいて尚且つ耐久性が格段に落ちている。
あの攻撃を受けた際に隆昭は押し潰されるのではないかと思ったが、意外にもヴィルティックはこちらの想像以上に頑丈な様だ。それでもボロボロではあるが。

奇跡的に頭部の損傷率は三〇%程度。ただし、頭部や全身に備われているカメラはそれ相応に傷を付けられている為、一部モニターが映らないという最悪の事態になっている。
ここまでで全体的な損傷率を考えると七十ないし六十%以上。我ながらこんな状態で良くまだ生きていられるなと、隆昭は思う。

さて、問題は背面である。背面には飛行する為に必要不可欠である大型のスラスターが、左右に分かれて二基、備わっている。
この内の一基でも、使用不可となる程のダメージを受けている場合、ヴィルティックは空を飛べなくなる。空中戦が主であるヴィルティックにとってそれはある種の死刑宣告だ。
指先で弾く様に、隆昭はホログラムモデルを回転させる。くるりとホログラムモデルは後ろを向いて、隆昭に背面を見せる。

予想通り。こういう時の悪い予感というのは必ず的中する。

右側の大型スラスターの損傷率が九十五%以上。この数字が意味するのは、外装のみならず内部機械まで完全に損壊しており、形状すらも保てない状態になっている事を意味する。
左側のスラスターは七十%以上。こちらはこちらで形状は保っていても、粒子の展開及び放出する事も満足に出来ない事が分かる。つまり飛ぶ以前に浮く事すらも出来ない。
今のヴィルティックはハッキリと言えば、飛行どころか軽くジャンプしたりする事さえも不可である。それほどまでに、大型スラスターはヴィルティックにとって要なのだ。

空を飛べない事が分かった所で、今のヴィルティックがどれだけ機動性を確保できているのかを整理しよう。
まずは基本的な移動を行う為の、脚部に内蔵されているスラスターと、機体を制動・制御する為に使う各部小型スラスタ―。
それと、脚部の太腿部分に備われている、ヴィルティックを自在に前進、後退、旋回させる事が出来るフレキシブルスラスター。
これくらいか。これらを場面場面でしっかりと駆使すれば、ヴィルティックはそれなりに回避と攻撃を行う事が出来るだろう。
 
例え背面の大型スラスター以外のスラスターが使用できたとしても。
BVが自由に飛行出来、制空権を確保しているのに比べて、ヴィルティックが出来る事といえばせいぜい地上を動き回る事程度だ。
上空から一方的に狙い撃ちでもされたら、こちらが成す術は無い。何故ならライフルの弾数は残り……一、だからだ。
今使用可能のカードがどれだけあるのかと、隆昭は一覧へと目を向ける。目を背けたくなる現実を、嫌でも突き付けられる。

使用出来るカードは武器だとどう使えば良いのか分からない、近接武器のヴィルティックソードの一つだけ。それと、騙し討ちするにも粗末すぎるフェアリー・テイル二機だけ。
ならば特殊効果系のカードは何があるだろうか? 三十秒だけ機動力を上昇させるアクセルの一つだけ。互いにカードは一つしか無い。
本当に馬鹿だと、隆昭は自分が情けなくてしょうがない。この短時間で、強力な武器も効果系のカードも失ってしまった。
その挙句がこの体たらくだ。残された武器は弾数一発だけのライフルに、BVに近づけなきゃ何の意味も無いソード、そして使い所が分からないテイルとアクセルだけだ。

隆昭にはやる気も戦術も、僅か一%の勝機すらも浮かんでこない。元から勝てる勝負では無かったとさえ思えてくる。


今までの自分の戦いを省みる。オルトロックに勝てたのも、それにスネイルと引き分けに持ち込めたのも、省みればエクステッド・ヴァーストを土壇場で使う事が出来たからだ。
あの規格外の力を緊急時に開放する事で、隆昭はギリギリの窮地から形勢を逆転出来た。死の縁から脱する事が出来たのだ。だが、今はどうだろう?
自然に、隆昭の視線は普段のヴィルティックであれば存在する筈の、エクステッド・ヴァーストが封じられている腕へと漂う。

その力が秘められている筈の腕は、ただの無機質な鉄の腕でしか無い。何の力も無い、普通の腕だ。
あれほどメルフィーに今回エクステッド・ヴァーストは使えないと言われていたのに、心の奥底であの力を使いたい、窮地を脱出したいと懇願する自分が居る。
しかしどれだけ願っても、現実は何も変わりはしない。ヴィルティックは翼をもがれ、力を失った。それが、現実だ。

分からない。一体何をどうすればこの危機を脱する事が出来るのか、隆昭にはまるで解らない。
頭を抱えて目を瞑ればこの現実から逃げる事自体は出来るだろう。只、逃げた所で何も変わりはしないが。

≪そうですか……ごめんなさい、ちょっとやりすぎましたね≫

本当に……本当に今更過ぎるよと、隆昭は言いそうになるのを堪える。流石に今の台詞を口に出したら、男としてあまりにも情けなさすぎる。

≪……隆昭さん、もう一度言います。投降して下さい≫

隆昭を気遣う様な、穏やかな声でメルフィーが再び投降を呼びかけてきた。
メルフィーには戦うまでも無く、既に結果が目に見えているんだろうなと隆昭は思う。こっちは空を飛べない上に武器も効果系のカードも使い果たした。
それにヴィルティックのダメージも全体的に酷いと満身創痍でどうしようも無い。精々BVの攻撃から逃げ回るのが関の山だ。

一方、BVは大したダメージは愚か消耗している様子さえも無い。恐らくライフルの弾数も充分だし、何より飛行可能という、最大のアドバンテージがある。
これでは、どちらが優位なのか考えるまでも無い。戦う必要性も感じない。

だが、このままでいいのか? このまま、白旗を振っても良いのか?

――――――――諦めかけていた隆昭を、もう一人の隆昭が睨む。鋭い眼光を光らせて、虚ろな目をしている隆昭の襟首を掴む。掴んで、言う。

お前はこれで良いのか? 本当に、お前はこのまま負けて良いのか? と。

悔しい。悔しいし、情けないし、何よりも申し訳無い。自分に―――――――未来と力と、メルフィーを託してくれた未来の自分に、申し訳が立たない。

もう一人の隆昭が、襟首から手を離す。そうして、じっと両目を見据えながら、言う。

なら、お前はどうするべきだ? お前が未来の自分から授かった事は、一体何だ?

「……違う」

≪隆昭さんは、隆昭さんは充分戦えてたと思います。ランサーをナックルで防いだり、咄嗟にプレイスで砲撃を防いだり。凄いなと思いました≫

隆昭にメルフィーの声は、聞こえていない。代わりに聞こえているのは、自分を叱責する自分の、声。

ならば何だ? 

「俺は……俺はまだ……」

≪でも、まだ甘いです。まだ、今の隆昭さんに学ぶべき事も沢山あります。だけど今日は、これ位で良いですよ。充分です≫

「俺はまだ……」

もう一人の隆昭はそれ以上、何も言わない。言わないが、隆昭の事を見つめている。
深く俯き、暗い陰に沈んでいた顔が自然に、上がる。隆昭の顔付きが俄かに、変わる。その目には確かな光が宿っている。

≪今日の隆昭さんの戦い方は称賛に値します。ですが、これ以上の戦闘は互いに無意味です≫

「……メルフィー」

小さな、しかししっかりとした口調で、隆昭がメルフィーに呼び掛ける。だが、メルフィーは隆昭を投降させる事に夢中で聞こえていない様だ。

≪時には……時には、引く事も大事なんです。ですから隆昭さん、悔しい気持ちは分かりますが……今は引くべき時だと私は思います≫

「メルフィー」

≪一応これで、最後の呼び掛けになります。投降してくださ≫

隆昭はハッキリとした声で、言った。

「ごめん、メルフィー。俺まだ、負けたくないみたいだ」



隆昭がそう言った瞬間、メルフィーは背後に鋭く刺す様な敵意を察知する。

察知すると同時に、BVを瞬時に振り向かせる。敵意の正体は、空中で静止してBVを撃ち抜かんと、砲口を淡く光らせてビームを発射しようとする二機のフェアリー・テイルだ。
メルフィーは軽く舌を打つと、BVの手首をガッチリとロックしているグレイブナックルを解除し、即座にBVの両手にグレイブナックルを掴ませる。
そうして間を置く事無く素早い動作で、メルフィーはテイルに向かってBVにナックルを放り投げさせた。

非常に綺麗な流線形を描きながら、ナックルはテイルへと直撃する。
短いショートを起こしてバチバチと派手な火花を散らしながら、テイルはナックルを巻き込んで爆発した。
まるで花火の様な爆風を眺めていると、背後で何かが大きな音を立てながら派手に崩れていく。ハッとして、メルフィーはBVをヴィルティックが座っている高層ビルへと振り向かせる。

だが、そこにはヴィルティックの姿はもう、無い。そこには相当派手に暴れられたのか、最早原型すら残らず崩壊している高層ビル、だった何かの瓦礫の山があった。
テイルに気を逸らしていたあの一瞬で、どうやらヴィルティックに、隆昭に逃げられた事にメルフィーは気付く。
あのテイルは恐らく、数分前にバーストモードを使った射撃をする際に囮として使っていた物を、カウンターとコントロールを使って奪った物なんだろうなと、それとなく想像する。

簡単な話、勝負に勝つのなら飛び蹴りで落下させてそのままライフルを撃てばそれで済む話だった。
だが、メルフィーはどうしても隆昭に投降して欲しかった。例え仮想訓練とはいえ、隆昭をこれ以上傷つけるのは心が痛むから。
しかし、その判断はやはり甘かった。隆昭自身はまだ、戦う気だ。きっと。

……投降を持ち掛けるなんて甘くなっちゃったな、私。
メルフィーはBVを上空へと急上昇させながら、姿を眩ましたヴィルティックを探しつつ、心の中で反省する。

メルフィー自身、隆昭が不服に思う事も、気にいらないと思うだろうなと、薄々感じている。
感じているが、何故だろう。どうしても、隆昭をあれ以上攻撃する事に抵抗感を感じている自分が居る。
隆昭自身は真剣に勝負に臨んでいる事は承知している。承知しているし、元々こちらから持ちかけた勝負だ。
それなのにこちらの都合で終わらせようなんて、勝手極まりない事も承知してる。だがそれでも。

それでも、メルフィーはこれ以上、隆昭と戦いたくないなと思ってしまう。
それならば今すぐ自分からこの仮想空間を、ヴァーチャルシステム切ればいいのだろう。

しかし困った事にこのヴァーチャルシステム、片方が勝負に決着が付く前に、強制的に打ち切る事が出来ないのだ。
片方が相手に対して自ら完全に敗北を認めて投降するか、こちらが完全に相手を戦闘続行不可能なまでに叩きのめすか。どちらかでないと、終わらせる事が出来ないという。
これが元々ヴァーチャルシステムにある欠陥なのか、それともスネイルが面白半分に取り付けたかまでは分からない。メルフィーは後者だと断定している。

だからこそメルフィーは自分の感情とはまた別に、ヴァーチャルシステムを停止させる為に隆昭に投降して欲しいのだ。
欲しいのだが、隆昭の答えはさっきのテイルによる攻撃、そして件の負けたくない発言である。

隆昭はまだ、戦う気だ。あんな絶望的な状況で、一度でもミスを犯せば確実に撃墜されるという状況でも、諦めない様だ。

……それならしょうがないか。メルフィーはBVに収納しているライフルを、腰部のハードポイントから引き出させる。
引き出させ、全身のスラスターからあらん限りの粒子を放出させて出力を全開にし、ヴィルティックを捜索する。

もう一度、本当に次で最後の投降を呼びかけてみよう。もしもそれに隆昭さんが応じなければ……それは、その時だ。
もしも隆昭を見つけた所で、隆昭が投降を拒んだ場合、痛い思いをさせてしまう事になる。だがそうしなければこの勝負は終わらない。正直このシステムは欠陥だと思う。
早く見つけ出さないと……。とにかくBVの頭部を忙しなく動かして、メルフィーはヴィルティックを捜索する。

そして思う。まだ投降させようと考えてるなんて、やっぱり甘く……ううん、凄く甘くなったな、私……。


数分前。新たなる覚悟を決めた隆昭は、一先ず今まですっとぼけていたテイルをBVへと差し向けた。

チャンスはほぼ一寸。隆昭はヴィルティックに新たな指示を出す。持っているライフルをグリップから銃身へと持ち替えさせると、ヴィルティックを無理矢理にでも起き上がらせる。
そして一心不乱に、背後のビルをライフルで殴り付ける。ライフルを振った途端、ビルはいとも簡単に崩落していく。その時に巻き起こる硝煙で、多少の目くらましにはなるだろう。
まだBVはこちらに振り向かない。脚部左右のフレキシブルスラスターを全開にして、隆昭はヴィルティックをその場から一気に離脱させる。

相当消耗が激しい為だろう、ヴィルティックの駆動部はガタガタとまるで錆び付いた歯車の様な痛々しい音を出している。しかし躊躇はしていられない。
スラスターを巧みに動かしながら、隆昭はヴィルティックを高層ビルの間から間へと滑り込むように移動させる。後ろを見ると、BVの姿は無い。
どうやらそれなりに距離は取れた様だ。しかしホッとしていられる余裕などない。

適当な高層ビルへと滑り込んで、取りあえずBVから姿を隠す事にする。まさか本当に、この地形を有効活用する事になるとは思わなかった。
かなりの距離を滑走した為、早々と見つかる事は無いだろう。まぁ、BVは飛行しながらこちらを探していると考えると遅かれ早かれ見つかるのは時間の問題だが。
しかし見つかるまでの時間を使い、次の行動をどうするかを程度の事は出来る。だが、考えるといっても取るべき行動は二つに一つ。

必死に抗って、少しでもBVに傷跡を付けて負けるか、抗う事もせず何もせずに白旗を振って負けるか。

どっちにしろ、隆昭はメルフィーに負けるとは思う。負ける事だけは分かっている。
しかし負けると分かっていても、何もせず何も出来ずに呆然と白旗を上げて負ける事だけはしたくないと隆昭は思う。自分自身、ちっちゃいプライドだとは思うが。
一度位BVに、いや、メルフィーを驚かせる事をしたい。こちとら一方的にやられっぱなしのままだ。このままでは、色んな意味でやり切れない。

だが……今ヴィルティックに残されている手札は何だ? 冷静に考えてみよう。

ライフルは一発撃つので精一杯だ。とてもBVに対して致命傷を与える事など出来ない。ソードはそれこそ超近距離で無いと、振る事さえ出来やしない。
それにメルフィーの性格からして、わざわざBVを地上に降ろす事はまずしないだろう。いや、絶対にしないと思える。
ぶっちゃけこの勝負、メルフィーがヴィルティックを発見次第、ライフルをバーストモードで狙撃したらすぐさま終わってしまう。寧ろ、メルフィーがそうしないのが不思議でさえある。

隆昭はメルフィーはどうしても俺に痛い思いをさせたくないが故に、俺自身の口から負けを認めさせたいのだろうと思う。
……実の所、俺をチクチクと甚振るのを楽しんでるじゃないかと邪知してしまいそうになる。

いかん、いかんいかん。メルフィーに限ってそんな筈が無い。そんな筈が無いと心から思いたい。実際の所、メルフィー自身にしか分からないが。
というか何をしているんだ俺は……こんな事をうだうだ考えても埒が明かないと、隆昭は自らを叱責させる。
真面目な話、どうBVに反撃出来るのか、隆昭はどうにも思い付かない。


ライフルは使えない、ソードは振れない、テイルは多分落とされた、それに効果系はアクセルだけ。三十秒間機動性を上げてどうするのかと。
どれだけ逃げ切ろうにも、BVを空を余裕で飛んでいる。どれだけ逃げた所で何の意味も無い。機体が止まった所をそのまま撃たれて塵に還らされゲームオーバーだ。

隆昭の両手は無意識に頭を抱えている。もう、投降した方が互いに幸福で納得がいく結末かもしれない。
だがその判断は間違っていると、隆昭はキッパリと言える。毒にも薬にもならない、自分にもメルフィーにも、何のプラスにならない結末になると。
一度でも良い、一度でも、BVに決定打を与えられる方法が……。

……ふと、隆昭はどうでも良い事を思う。カード内のソードの形状が、気になる。
そういえばこのソード、ランサーよりもリーチが短い分、取り回しに優れている。相手の出方によっては、柄を短く持ってナイフの様に使う事も可能だ。

ナイフの様に扱う事も……ナイフ? 隆昭は整理する。今、逆転の糸口となる重要な事が頭に浮かんできた様な気がする。
効果系はアクセルがある、武器はナイフの様に使えるソード、そしてライフルは一発のみ。ライフル……そういえばメルフィーがここに至るまで、ライフルをどう使ってきただろうか。
最初の一撃、フェアリー・テイルをアクセルで焼き払った時、そしてプレイス・フィールドとテイルを囮にして狙撃してきた時。これらには一つの共通点がある。
バーストモードだ。メルフィーはここぞという時にだけ、ライフルをバーストモードにして撃ちこんできた。ぞっとする位、戦い方にまるで無駄が無い。

だが、その無駄の無さを上手く突ければ……。ぼんやりとしていた考えが、確固とした形となる。

イケる……イケるかもしれない。隆昭の中で深く立ち込めていた絶望という暗雲に、一筋の光が入り込んだ。
限りなくか細く、今すぐにでも消えそうな一筋の光だが、決して途絶えている訳ではない。こちらが暗雲を必死になって掻き分けさえすればもしかしたら。
もしかしたら光を浴びれるかもしれない。勝利という名の、光を。隆昭は何度もその考えを、プランを頭の中でシュミレーションする。
何度も何度も繰り返して、繰り返して、そして固める。


これで良い……。これで良い、筈だ。後は……メルフィーがこちらのプラン通りに動いてくれるか、だけだ。



BVを飛び回らせながらメルフィーはヴィルティックを捜索し続ける。ヴィルティックが隠れていそうなスポットはくまなく探した。
ビルとビルが連なっている所も、朽ち果てた巨大な建造物も、車どころか人間すら歩いていない高速道路も、探せる部分は大体。何度か旋回しながら、余す事無く。
しかしどれだけ探し続けていても、それらしい影すら見受けられない。一体隆昭は何処まで逃げているのだろうか。正直辟易してきた。

時間自体は腐るほどあるが、メルフィー自身は早く決着を付けたいと思っている。精神的にイライラが募ってきてしまう。
素直に隆昭さんが負けを認めてくれれば、こんな事もしなくて良いのだが。あの人の負けず嫌いというか変なプライドの高さは好きになれない。
無意識に、メルフィーの口から大きな溜息が零れる。普段はこんな事、微塵も思ったりしないのだが

だが考えてみれば、ヴィルティックはここに至る時点で、大体の武器は消費した筈だ。
残るのは確か所持しているライフルと……ソードか。そう言えばソードは一度も出してない気がする。
しかし今更ソード一本で隆昭はどうするつもりなのか。ついでに効果系のカードもアクセルしか残ってないと思う。たった三十秒、機動力が増す程度のアクセルで一体どうするのか。
精々一気に加速して逃げるのがではなかろうか。どれだけ逃げようとした所で、ライフルを持つこちらからは只の動く的になるだけなのに。

本当に隆昭さんはどうやって抗うつもりなのだろう。メルフィーは隆昭の考えが分からず、困惑し始めている。

と、その時だ。

『敵機確認』

CASがナビゲーションを行う。メルフィーはモニター下部へと視線を移す。そこには、ビルの背後で静かに忍んでいるヴィルティック。ようやく、見えた。

「……居た」



一人では充分な程に広いコックピットが、やけに窮屈に感じる。ひしひしとした切迫感が肌に突き刺さる。

額から滝の様に流れる冷や汗を掌で振り払って、隆昭は今一度、ヴィルティックの操縦桿となる二つの蒼白い半球体に両手を触れる。
半球体は隆昭の思考を読みとったかの如く、蒼く眩く発光する。すると球体より一瞬蒼色の光が放たれ、複雑に絡みあっているコントロールパネルのラインを這う。
ヴィルティックは隆昭の思考を反映して、項垂れていた頭部をゆっくりと見上げる。頭部が上を向くと同時に、隆昭の周辺のモニターが上下して空の様子を映し出す。

膠着状態を揶揄する様な薄暗い暗雲が立ち込めており、そこに青い空は見えない。まるでこの勝負の勝敗を表している様で、隆昭は複雑な心境になる。
ネガティブな心境に浸っている場合ではない。隆昭は一呼吸して精神を落ち着かせる。自分が置かれている状況を冷静に省みる。
モニターの下部には現在の状況を知る事が出来るホログラムのアイコンが軒を連ねている。
使用可能なカード数とカード名、機体の損壊状況、簡易的なマップ、その中で隆昭が注目しているアイコンは只一つだ。

それは、ヴィルティックが携帯している武器である、ヴィルティックライフルの残弾数を示すシンプルな長方形のゲージだ。
そのゲージは充分に弾が充填されている場合、中に十五本のバーが点滅する。点滅するのだが、今点滅しているバーは一本だけ。
これはつまり、ライフルが残り一発しか撃てないという事を表している。後一発撃ち込めば、ライフルは空となり武器として使う事が出来ない無用の長物と化す。

残り一発、この現実が隆昭の肩に重く圧し掛かる。しかしどう足掻いても、ライフルの弾を増やす事は出来ない。出来る事は二つに一つ、撃つか撃たないかだけだ。
大きくひしゃげている鉄筋や全壊している大量の窓硝子、崩落したコンクリートの山々等といった傷跡が痛ましい高層ビル群。
そんなビル群を背に、ヴィルティックの姿を隆昭はまだ見ぬBVから隠す。不幸中の幸いか、まだBVは、メルフィーはこちらの存在に気が付いていない。
しかし向こうが気が付いていないというのは逆に、こちらもBVがどこに居るのか分からないという事だ。

ここでこうして臆病に、ライフルの残弾数に神経を張り詰めた所で何ら事態が好転しない。虚しく時間だけが過ぎていくのみ。
しかしだ、こんな状況下に陥るまでに自分自身、やれるだけの知恵を絞り、戦い尽くした。だがこの体たらくだ。もうとっくに勝負はついているのかもしれない。
隆昭はまだ使用していないカードが何かを確認する。一先ず使える武器はこの一発だけのライフルと、近接武器であるヴィルティックソード。それと―――――――。


さっきまで荒いでいた呼吸はすっかり収まっている。やるべき事が分かると、次第に心が穏やかに、落ち着きを取り戻してくる。
そうだ、まだ全ての希望が潰えた訳ではない。ここぞという時に使おう使おうと考えながら、結局使っていなかったカードがある。

そのカード――――――――アクセルは非常にリスキーではあるが、戦況を覆せる可能性があるカードだ。本当に使い所を間違えなければ、の話だが。
いづれ使おう使おうと考えている内に、気付けばここまで追い詰められてしまった。自らの優柔不断さを隆昭は恥じる。恥じりながらもある種、これが最後のチャンスだと自覚する。
球体からパネルに、隆昭は考えを纏めるとヴィルティックに新たなる指示を与える。

ヴィルティックはやけに重々しい動作で、地に付いていた片膝を上げる。戦闘でダメージが蓄積されている為か、膝の駆動部から火花が散っており、呻き声の様な鈍い機械音がギチギチと鳴る。
この行動で恐らく雌雄が決する。ビルから一歩、一歩と足元を確かめる様にヴィルティックがのっそりとビルから歩きながら姿を現す。
シャープな外見に似つかわしくない、泥臭い動き方だ。それほど隆昭もヴィルティックもこの戦いで激しく消耗している事が分かる。


本来ならば精悍さに満ちた白く艶やかな機体色は、今まで受けてきた損傷により各部が黒く焼け焦げており、黒と茶と灰という何とも言えぬ色に変色している。
火花が散っているのは膝だけではない。右腕や胴体からも散っている。また背部のスラスター部の片方も損壊しており、内部機械を露わにしている
今のヴィルティックは満足に戦えるどころか少しでも被害が生じればすぐさま墜ちてしまいそうだ。
だが、隆昭に臆する様子は無い。目を瞑り、敵が現われるまでに神経を限りなく研ぎ澄ませて、集中する。気に迷いが生じれば、その時点で全てが終わる。

勝負は恐らく一瞬で決まる。ほぼ三十秒ないし、十秒で決まる。

閉じている目をゆっくりと開き、覚悟を完了させた、その時。


『敵機確認』


無機質なCASの声が耳元に響く。隆昭はようやく姿を現したBVに目を向け、見据える。
空を暗く深く、閉ざしている暗雲が、BVの登場を演出するかのように僅かに隙間を開け始める。その隙間から地を照らす、濁った白色の太陽。
太陽を背にヴィルティックを、ひいては隆昭を見下ろしている漆黒の機体――――――――倒すべき敵、ブラック・ヴィルティックが、姿を表す。

やっとヴィルティックを見つけ出せたメルフィーが、隆昭に通信を入れる。


≪やっと出てきましたね、隆昭さん。待ちくたびれましたよ≫

隆昭自身が疲れている為にそう聞こえるのか、それともメルフィーが無意識にそんな口調になっているのか。
今のメルフィーの声は、冷酷なまでにヴィルティックをを落とさんとする、冷やりとした感情を感じさせない、平坦な声になっている。
多分、隆昭が次の行動で勝負が決まると思っている様に、メルフィーも次の行動で雌雄を決する気だろう。

隆昭はモニター内に今まで表示させていなかった、メインサイトとサブサイトを展開して、BVに定める。
対するメルフィーは先程、ハードポイントから引き出したライフルを両手持ちすると、ヴィルティックへと突き付ける。
そしてバーストモードへと切り替えると、一呼吸置いて、隆昭に最後の投降を呼びかけた。

≪隆昭さん、これが最後のチャンスです。投降して下さい。これ以上の抵抗は認めません≫


メルフィーの声には、もう一切の妥協も感じられない。もし少しでも隆昭が抵抗する素振りを見せれば、本気でヴィルティックを倒し、さすれば隆昭を仕留めようとしている
隆昭は返答しない。返答せず黙したまま、二つのロックオンサイトが定まるのを待つ。しかし中々一つに重ならない。
メインサイトはBVを、敵機を捉え続けて動かないが、絶対的に狙いをサブサイトが微妙に揺れ続ける。

隆昭の心にまだ、迷いが生じているのだろうか。それとも集中力が途切れてしまっているのか。
反応を見せない隆昭に業を煮やしたように、メルフィーが二言を発する。その声は少しだけ優しさというか温かさが滲む。


≪……お願いします、隆昭さん。武器を捨てて投降して下さい。そうすれば、これ以上の戦闘は行いません≫


隆昭はメルフィーの言葉を黙ったまま聞く。押し潰されそうな沈黙が両者の間に流れる。
互いに武器を構えたまま動こうとしない。お互い、相手の反応を伺っている様だ。
隆昭が沈黙し続ける事に業を煮やしたメルフィーは何か言おうとした、その時。

「……優しいな、メルフィーは」

沈黙を守っていた隆昭が口を開いた。そして若干の笑みを含みながら、言った。


「やっぱり優しいよ、メルフィーは。だけど悪いな。無様だろうが何だろうが、俺は最後まで諦めたくないんだ。
 男にはどうしても、負けると分かっていても戦わなきゃならない場面があるんだよ。俺が諦め悪いのはメルフィー、君自身が一番知ってる筈だろ?」


隆昭の言葉に、メルフィーは反応を示さない。……が、やがてウインドウからふふっと小さく、メルフィーの笑う声が聞こえてきた。
メルフィーの心に隆昭の言葉が響いた様に思える。だが、武器を下ろす様子も無ければ、ヴィルティックから狙いを外す様子すらも無い。
背部、脚部、その他全てのスラスターを上向きに可動させて、突撃体勢を取る。メルフィーはそうして、隆昭に声を掛ける。


≪そうでしたね。なら―――――――せめて一思いに終わらせます≫




次の瞬間、瞬く間にスラスターから大量の粒子を爆発的に放出させて、空を切り裂きながらBVが急降下してくる。武器の砲口は一切ブレる事無く、ヴィルティックに定められている。
朧げに見えていたBVの形が明確になってきた。ようやっと、揺れ続けていたサブサイトがメンサイトと重なって一つになる。
隆昭はタイミングを頭の中で合わせる。十、八、六、四―――――――零。半球体を握る掌に、無意識に力が宿る。


「行け!」


隆昭の叫びに呼応する様にヴィルティックが引き金を弾いた瞬間、ライフルの砲口より蒼く澄みきったビームが敵機に向かって真っすぐに放たれる。
タイミングを見計ったのか、BVのライフルからも同時にビームが放たれる。禍々しい深紅色の、凄まじい威力を感じさせる極太のビームが渦巻きながらヴィルティックに伸びる。
スピードも大きさも、恐らく威力さえも比べ物にならない強力なそれは、無情にも隆昭が撃ち放ったビームを易々と飲み込んでいく。


≪……さようなら。ごめんなさい、隆昭さん≫


隆昭の耳に残響音の如く、メルフィーの声が響いた。視界が眩く、白く―――――――――。




――――――――賭けに、勝った! 

思い描いたプラン通りにメルフィーが動いた事に、隆昭は内心拳を握ってガッツポーズを取る。
目の前のモニターを真っ赤に淡く染め上げていくバーストモードのビーム。だが、隆昭に怯えは無い。
それどころか、こちらを跡形もなく消し去ろうとしている禍々しいビームの渦がやけに遅く、ゆっくりと迫っている様に見える事に安心感すらある。

人間は不思議なモノで、死の淵に立たされている時や、自我を失う程の極限状態に陥ると、周りの景色がスローモーションに見えるらしい。
今、隆昭の目はその現象が起きているのかもしれない。数えるまでの秒数も無く、隆昭はヴィルティックとともに消え去る――――――――寸前。

ヴィルティックに、今まで共に戦ってくれたヴィルティックライフルを投げ捨てさせる。
共に戦ってくれ、傷ついてくれた事に心から感謝したいが、ゆっくりと感謝している時間も余裕も無い。
すまない、ライフル。ありがとな。そう心に思いながら、隆昭はCASへと、そしてグレイルシステムへと叫ぶ。

逆転の切り札となる、効果系最後のカード、アクセルの名を。

「トランスインポート、アクセル!」
『トランスインポート・アクセル』

隆昭の叫びに応える様に、ヴィルティックを美しく彩っている蒼く聡明なラインが瞬く間に、鮮やかな深紅のラインへと移り変っていく。
脚部、小型、フレキシブル、全てのスラスターというスラスターを前方へと向けて、隆昭はヴィルティックを最高速度でその場から後退させる。
BVのライフルより放たれた、凄まじいエネルギーの凝縮体は渦を巻きながら、ヴィルティックの残像を道路ごと巻き込んで消し去る。


「……嘘」

コクピット内で、メルフィーは軽く驚嘆する。確かにヴィルティックを、正確に狙い撃ちした筈、なのに。
そこには、どこまでも落ちていきそうなほど、ぽっかりと空いた巨大な空洞が道路に出来ているだけだ。
ヴィルティックの姿が、無い。一体どこに消えたのか――――――――居た。


残り二十秒。上手く回避出来た事に隆昭は安堵しつつ、ヴィルティックの体勢を取り直す。
討った筈の標的がそこにおらず、驚嘆して動きを止めているBVの方向、真正面へと向き直す。


「本っ当に往生際の悪い人……!」
粘りに粘る隆昭に、メルフィーは普段の淑やかさも忘れてつい、苦虫を潰す様な声でそう呟いた。
残り十五秒。仕留め切れなかった標的を今度こそ倒す為、メルフィーはBVを、ヴィルティック目掛けて高速で滑走させる。
無駄に接近する必要は無い。ヴィルティックから数十メートルの距離で急停止して、ライフルから片手を離す。そしてヴィルティックへと勢い良く砲口を突き付ける。

メルフィーはヴィルティックがアクセルの状態である事に気付いている。さっきまで蒼かったラインが全て、深紅に変わっている。
気付いているが、だからどうしたのだろうと反応を示さない。もう隆昭さんに出来る事は何一つないのだからと。
ならばせめて、痛みを感じる間もなく終わらせてあげよう。それが隆昭に出来るせめてもの礼儀だ。
メインサイト・サブサイト、そして集中力をヴィルティックのコックピットへと集中させる。振りぼれるだけの出力で、ヴィルティックを一瞬で消し飛ばす為に。

残り十秒。隆昭は最後の武器を召喚する。正真正銘最後の武器、ヴィルティックソードを。

「トランスインポート、ヴィルティックソード!」
『トランスインポート・ヴィルティックソード』

瞬時にヴィルティックの右手にヴィルティックソードが転送される。隆昭はソードが召喚されたのを目視する。
そして今まで、BVへと向いていた二つのロックオンサイトを、何故か全く別の方向へと移動させた。

その方向とは、BVが構えているライフルの砲口だ。的自体はBVよりもずっと小さく狙いを定めるのは至難の技ではある。
しかしBVが静止してヴィルティックをじっと狙っている為か、思ったよりもしっかりと、狙いを定める事が出来る。
隆昭は器用にソードを掌で一回転させると、柄の部分では無く刃の部分をヴィルティックに持たせた。そしてグレイルへと、全神経を集中させる。


「これで正真正銘……終わりです! 隆昭さん!」

残り五秒。メルフィーは自分でも驚くくらい高いテンションで叫びながら、BVの指先を弾かせた。
ライフルの方向が発光し、ビームがヴィルティックへと―――――――――。


残り三秒。隆昭はメインサイトとサブサイト、どちらも完璧に固定されて狙いがライフルの砲口へと一点集中した、瞬間。

最後の指示を、ヴィルティックへと下した。

「投げろ! ヴィルティック!」

喉を枯らす程の、隆昭の心の奥底からの叫びに応える様に、ヴィルティックはツインアイを蒼く光らせた。

全力でヴィルティックはヴィルティックソードを、ライフルの砲口に向かって綺麗なフォームで真っ直ぐに投げた。
一切ブレる事無く真っ直ぐに、ヴィルティックより放たれたソードは砲口へと吸い込まれる様に飛んでいく。
今正にビームが砲口より放出されようとした、瞬間。

ヴィルティックソードがライフルへと突き刺さった。

突如として邪魔が入った事により、解放される筈のエネルギーは堰き止められた故に行き場を無くし――――――――やがて、逆流した。
BVのライフルを持つ右腕全体が一瞬、破裂寸前の風船の如く凄まじい膨張を起こした。
次の瞬間、鼓膜が破裂したかと錯覚するほどの爆発音が鳴り響き、眩すぎる爆発と共にBVはライフルごと、片腕を失う。メルフィーが短く悲鳴を上げたのが遠く聞こえる。

爆発の威力は半端では無くBVは腕だけでなく背面の右方、大型スラスターの装甲が剥ぎ取られ、内部までにダメージが及ぶ。
スラスターを失った事で盛大にバランスを崩したBVは、その場に力無く落下する。落下時の衝撃で、周囲一帯を巻き込む程の硝煙が舞いあがる。
その硝煙やら、爆発時の噴煙やらでヴィルティックのモニターが灰色一色で何も見えない。しかし隆昭は確信する。

BVに一矢報う事が出来たと。にしても、こちらの想像以上にダメージを与えている気がするが……。

プランが功を奏した所で、隆昭はようやくホッと、胸を撫で下ろした。まぁ、まだ心から落ち付ける余裕は無いのだが。
それにしても我ながら馬鹿で無茶な事を考えたなと、隆昭は思う。
バーストモードを撃ち込まれる寸前にソードを持ち替え、ナイフの様に投げる事でライフルへと突き刺し自爆させるだなんて。あまりにも無謀過ぎる。

もし少しでも、僅か一秒でも行動に淀みがあったら、間違いなくヴィルティックごと自分は塵に還っていた。完膚なきまでに敗北していた。
アクセルでバーストモードを緊急回避も無茶と言えば偉い無茶だったが、やはり最も無茶な行動はソードを使ったナイフ投げだ。
隆昭の人生の中で、ナイフ投げをした経験は無い。中二の頃に試みようと思ったが、何となく気恥ずかしくてやめたというどうでも良い過去はあるが。
しかし想像力をフルに働かせてナイフ投げを考えに考えた結果、ヴィルティックは非常に理想的なフォームでソードを投げてくれた。

それがここまで上手くいくとは、隆昭自身思いもよらなかった。せいぜい、ライフルに蓋をして使えなくする程度だろうと思っていたが、アレ程とは。
結果はBVをライフルどころか右腕その物を無効化させてしまった。このプランが成功した事に歓喜しながらも、隆昭は改めてバーストモードの恐ろしさを実感する。
もしあんな威力の武器が直撃したかと思うと、情けないながらも軽く手が震える。自分自身が扱っている武器というのにトラウマになりそうだ。

……どうにかこの場は凌ぎきれたが、これで正真正銘、全ての武器を失ってしまった。武器も効果系のカードも、全て。
手札も失い、そして手の内も使い切った。今持ちうるのは、このヴィルティックだけだ。だが……隆昭は再び各部の損傷率を見る為に、ホログラムモデルを起こす。

……やっぱり無茶、し過ぎたな。


その時、視界の邪魔をする硝煙を振り払い、散らしていきながら起き上がったBVが姿を表した。
その姿は片腕を失い、様々な部分に深い傷が走っており、実に痛々しい。至る所から火花が散っているのもまた、痛々しさに拍車を駆けている。

しかし決してBVは、メルフィーは戦意を失っている訳ではない。
左手に、漆黒の刃をギラリと黒光りさせるヴィルティックソードが握られている。恐らくメルフィー側にとって、このソードが最後の武器であろう。
BVは姿勢を前傾させて左腕を大きく背後へと伸ばす。そしてソードを構えながらBVはヴィルティックを、見据える。

メルフィーは限りなく状況が不利であるというのに、妙に心が躍っている。不思議なくらい、高揚感が満ちる。
ここまで、ここまで隆昭が戦えるとは思いもしなかった。ソードを投げてライフルを制するだなんて考えもしなかった。
決して、隆昭の事を見くびっていた訳ではない。寧ろ、それなりに警戒していた。だがどう考えても、勝機は此方にあるとメルフィーは思っていたのだ。
武器も状況も、確実に此方が勝利すると。しかしそれは甘い算段だった。隆昭はメルフィーの一歩手前を走っていた。
完全に、してやられた。メルフィーは隆昭に心の中で拍手を送っている。

少しでも大きな傷でもBVに付けてくれたら及第点かな? と、メルフィーは考えていたが、今日の隆昭の戦いぶりは及第点以上だ。
色々な面から隆昭がどれだけ成長し、そして覚悟を決めていたのかが分かった。その事がメルフィーにとってこの上なく、嬉しい。

しかし、それと勝負の勝敗は話は別だ。

メルフィーは隆昭を称賛すると同時に、隆昭に本気で勝ちたいと心の底から思う。
今まで必死に投降を願ってきたが、それは隆昭に対して偉く失礼な行為であったと猛省する。
隆昭が何が何でも勝とうとしているのに。その気持ちを私は踏みにじっていた。無碍にしていた。こんな事じゃ、いけない。

背後に伸ばしていた左腕を、前へと突きだす。突き出してソードを構えながら、BVはスラスターよりありったけの粒子を放出させる。



隆昭はヴィルティックを、ソードをこちらに突き出して攻撃の機会を伺っているBVへと見据えさせる。
見据え、半球体に乗せている掌に込められるだけの力を、込める。心は波紋の無い静かな水面の如く、穏やかに落ち着いている。
BVと同じ様に、ヴィルティックに前傾姿勢を取らせて、スラスターから放出出来る粒子を全力で、ありったけ放出させる。


互いに見据え合い、倒すべき強敵へと対峙するヴィルティックとBV。

先に踏み出した方が――――――――ほぼ同時に、ヴィルティックとBVは互いに右足を大きく踏み出した。

BVは左腕を豪快に振り上げると、ソードをヴィルティックへと振り下ろそうとしている。
その攻撃を回避せんと、隆昭はヴィルティックは出来る限り、BVの懐へと近づけさせる。

メルフィーには隆昭の考えがそれとなく理解出来る。恐らく、直接コクピットを殴り付けるつもりだろうと。
かなりエゲつない戦法ではあるものの、例えナックルが無くとも、コクピット部分への直接攻撃は貫手にする事で行う事が出来る。
コクピットは一見頑丈な様でいて、ヴィルティックの重量自体を上乗せした単純な物理攻撃に耐えられるほど堅くは無い。

そうは……させない! メルフィーはBVに左足をしならせる様に動かせて、ヴィルティックの腹部へと中段蹴りを身舞う。
予想だにしない衝撃を食らい、ヴィルティックはバランスを崩すと後方によろりと尻餅を付いた。
その隙を、メルフィーは見逃さない。天高くソードを掲げて、メルフィーは、叫んだ。

「この勝負、私の勝ちです! 隆昭さん!」

体勢を大きく崩したヴィルティックの前へと立ち、BVはそのままソードをヴィルティックへと振り下ろした。これで勝負に決着が―――――――。

が、ヴィルティックは瞬時に右腕を振り上げると悠然と、BVが振り下ろしたソードの刃を右手で掴み、阻む。
BVが、メルフィーがどれだけBVに力を込めさせてソードを振り下ろさせようとしても、ヴィルティックは決して屈する事無く、ソードを阻み続ける。
やがてヴィルティックは静かに、左手をソードに添える。そのまま添えた手を開くと、ソードを両手で鷲掴みにする。

メルフィーは只、その様子を見つめている。思う。やっぱり……やっぱり、私の負けみたいだ。今回の、勝負は。

残念な気持ちはある。最後の最後に勝ち星を勝ち取りたかった気持ちはある。でも、もう。
しかし悔しいという気持ち以上に、メルフィーは嬉しかった。嬉しかったし、ここまで隆昭と戦えた事が、素直に楽しかったと堂々と言える。
だからもう、負けても悔いは無い。隆昭の成長をこの手で実感する――――――――以上の収穫を得られたのだから。

とうとうBVが、正確にはBVのヴィルティックソードが根負けする。
次第にソードに大きなヒビが入り始め――――――――ヴィルティックが一気に力を込めた瞬間、ソードは派手に上下に割れて粉砕した。

地に落ちたソードの先端を、ヴィルティックは持ち上げて逆手持ちする。そして起き上がり、力尽きて片膝をついているBVへと歩き出す。

メルフィーは目を閉じる。閉じて敗北を、受け入れる。


隆昭さん、色々と痛い思いをさせて、本当にごめんなさい。貴方の――――――――勝ちです。



……あれ? メルフィーは敗北を受け入れ、じっと閉じていた目を恐る恐る開く。……おかしい。

この後、痛みを感じる間もなくヴィルティックがBVのコクピットにソードを突き刺して、ヴァーチャルシステムは強制終了する筈……なのだが。
いつまで経っても、ヴァーチャルシステムは解除されない。目を開けてみるとそこに映るのは、何も変わっていない、コクピット内のままだ。
モニターに目をやると、ソードを持ったまま、直立して動かないヴィルティックが見える。

何故ヴィルティックに動きが無いのか、メルフィーは首を傾げる。と、その時だ。

ヴィルティック側から、隆昭の方から通信が入ってきた。メルフィー側のモニターに、お馴染みNO IMAGEと書かれたウインドウが開く。
状況が上手く飲み込めず、メルフィーは軽く困惑していると、隆昭の声が聞こえてきた。

≪メルフィー……聞こえるか?≫

「隆昭……さん?」

≪君の……勝ちだ≫

隆昭がそう伝えてきた瞬間、ヴィルティックはぐらりと、根尽きた様に後ろ向きに倒れた。
僅かに光っていたヴィルティックのツインアイが段々薄暗くなっていくと、数秒も経たずに真っ暗になる。

「隆昭さん!」

隆昭に只ならぬ様子を感じ、メルフィーはBVのコクピットを展開させて外に出る。
スロープを地上へと伸ばし、それを伝って下へと降りる。一心不乱に、ヴィルティックのコクピットへと駆け出す。
まるで軽いクレーターの如く、ヴィルティックのコクピットは大きく凹んでいる。どれだけ激しい戦いであったかを無言で証明しているかの様だ。
必死に苦労しながらmどうにかメルフィーはヴィルティックによじ登ると、コクピットを激しく叩く。叩いて呼び掛ける。

「隆昭さん! 大丈夫ですか!? 隆昭さん!」

しかし幾らメルフィーが声を張り上げて呼び掛けて、力を入れて叩いても、隆昭からの応答が無い。一体何があったのか……。
どうする事も出来ず、メルフィーはつい泣きそうになる。まさか仮想空間なのに……まさか……。

「隆昭さん! 返事して下さい、隆昭……さん」

メルフィーの目から涙が流れそうになった、瞬間。ようやくコクピットが僅かに開いた。
ぜえぜえと息を荒げながら、隆昭がヴィルティックのコクピットを自らの手で苦労しながら押し上げる。

「いっせぇの……せっ!」

そうして、隆昭は間の抜けた掛け声を上げながら凹んでいるせいで出にくくなっていたコクピットを押し上げると、ヴィルティックから抜け出す。
そして涙ぐんでいるメルフィーを不思議そうに眺めながら、ごろりと寝そべった。
濡れている目元を指で拭いながら、メルフィーは寝そべって苦笑している隆昭に声を、掛ける。

「隆昭さん……その……」
「ごめんよ、メルフィー。何かコクピットが出にくくなっちゃってさ。心配した?」

あっけらかんとした様子の隆昭に、メルフィーは顔を赤くして、怒る。

「心配したって……当り前じゃないですか! 大丈夫なら大丈夫で返事して下さいよ! 全くもう……」
「ごめんごめん。でもありがとな。心配してくれて」

顔を赤くして泣き出しそうなメルフィーに隆昭は謝りつつも可愛いなと思う。
そうして両腕を頭の後ろに回して枕の様にしながら、隆昭はしみじみとした口調で言った。

「やっぱメルフィーは強いよ。俺、まだまだ勝てないわ」
「……いえ、隆昭さんの勝ちですよ。だってソードを折ってBVを倒そうとしてたじゃないですか」
「あぁ、その事なんだけど」

起き上がって、ヴィルティックの装甲に触れながら隆昭は語る。

「ヴィルティックの奴、アクセルを使った後、駆動部とかが限界まで擦り切れちゃったみたいでさ。
 ソードを防いだ瞬間にガタが来て、もうまともに立ち上がる事も出来ないんだよ。だからもう、メルフィーの煮るやり焼くなり好きにしてくれ」

そうして隆昭は仰向けに寝転がると、再び両腕を頭の後ろに回して枕にする。ずっと暗く閉じていた空に、やっと太陽の光が差してきた。
温かな太陽の光はヴィルティックを、隆昭とメルフィーを労う様に照らしている。その温かな陽だまりの中で、隆昭は目を閉じる。
猛烈な眠気に襲われている。凄く凄く、疲れた。もう何でも……良い。メルフィーの好きにしてくれて、構わない。


「改めて言うよ。メルフィー、君の勝ちだ。参りました」

隆昭がそう言うが、メルフィーは何も答えない。
答えないが、何故か隆昭の傍に、頭の方に歩み寄ると、両足を揃えて座った。

そして隆昭の顔を覗きこみながら、照れているのか少しだけ視線を背けながら、言った。

「隆昭さん、その……私の両膝、枕にして下さい。それだと寝心地、悪いですから」

眠りに落ちかけていた隆昭の両目が見開く。見開いて、隆昭は瞬時に起き上がると形容しづらい助平な顔付きになって振り向いた、次の瞬間。


ブチっ、と何かが、血管の様な物が切れた音が、した。


隆昭の意識はそのまま、ブラックアウトする


「隆昭さん!? 隆昭さん、鼻血が、鼻血が!」


「た……隆昭さん! しっかりして下さい、隆昭さん!」




――――――――瞳の奥でぼんやりと、水面に浮かぶ満月の様に光が揺れている。何の光だろうと思ったが、恐らく蛍光灯の、光。

「……ん」

隆昭はゆっくりと閉じている目を、開く。起きたての両目に蛍光灯は些か眩しい。
最初は目を細めたが、頭が冴えてくると目も開いてくる。その目が最初に映しだしたのは、心配そうに見つめているメルフィーだ。

「あ、起きましたか?」

隆昭が目覚めた事に安堵した様に、柔らかな笑顔を浮かべているメルフィーが隆昭を見下ろしている。
次第に隆昭は状況を理解し始める。取りあえずヴァーチャルシステムから解放されて、現実に戻ってこれた様だ。
にしても、何て寝心地が良いんだろう。一体どんな頭が枕に……流石にこのボケは馬鹿馬鹿し過ぎるな。流石にもう鼻血は出さない。
それにしてもメルフィーの膝は何と寝心地が良いのだろう。隆昭は何だか一生、この膝枕で寝られる気さえする。

「メルフィー、俺……」

隆昭が説明を求めると、メルフィーを少し困った様に微笑みながら説明する。

「ビックリしましたよ、隆昭さん。私が膝を枕にしていいって言った途端に凄い勢いで鼻血出して倒れちゃったんですから。
 それでリヒトさんとの手合わせが終わって帰ってきたルガーさんが、隆昭さんを二階の寝室に運んでくれたんです。後で、ルガーさんに感謝して下さいね」

そうかと、隆昭は気付く。そう言えば寝所にしているソファーに寝かされている。後でルガーさんに礼を言いに言わなければ。

そっと鼻の辺りに触れる。鼻の左右に鼻血を止める為だろう、ティッシュが丸められて詰められている。
そうか、あの時……と隆昭は思い出す。あの時、メルフィーに膝枕を誘われた。
その瞬間、鼻の血管がぶち切れて、そのまま気絶してしまった。我ながら物凄く、恥ずかしい。しかし仕方ないじゃないか。
今まで生きてきた中で、女の子に膝枕をして貰える機会なんて全く無かったのだから。ある種当然の反応じゃないかと、隆昭は自分で自分を擁護する。情けないにも程がある。

「何か偉く疲れててな、あの時の俺……。ごめんな、メルフィー。変に驚かせて」
「いえいえ。寧ろ、私の方こそごめんなさい。色々と酷い事を」

メルフィーが謝るのを、隆昭は軽く頭を横に振って否定する。

「メルフィーが謝る事なんて何も無いさ。ちゃんとした勝負の末に俺は負けたんだ。やっぱりまだまだ未熟だよ、俺」

俯いて反省する隆昭の頬に、メルフィーが触れる。柔らかくて小さい、それでいて温かな掌。
掌から隆昭の体温を感じながら、メルフィーは隆昭に言う。しっかりと、言葉が届くように。

「まだこれからですよ、隆昭さん。これからもっと勉強して、訓練して、じっくりと成長していけばいいんです」

そうして、メルフィーは隆昭に微笑み掛ける。

「私が傍にいて、支えますから。隆昭さんの事。だから……だからこれからも、私と一緒に居て下さい。隆昭さん」

隆昭は深く頷く。頷いて、答える。

「凄く頼もしいよ。これからも宜しくな。メルフィー」

答えて、隆昭は目を閉じる。もう少しだけ、メルフィーに膝を貸して貰って眠る事にする。
まだちょっと、寝足りないみたいだ。メルフィーは隆昭の髪を撫でる。
熾烈な戦いを終えた後の、幸福な一時を二人は過ごす。その瞬間だけは誰にも、邪魔はされない。



「そう言えばメルフィー、君は俺にどんな事をしてほしいんだい?」
「え?」
「ほら、最初戦う前に賭けたじゃないか。負けた方が勝った方の言う事を一つ、何でも聞くって」
「……もう言いましたよ」

隆昭は疑問符を浮かべる。もう言った……もう言ったって?
一体いつメルフィーはその命令を言ったのだろうか。隆昭は起きてから今までメルフィーが何を言ったか頭をフル回転させて思い出す。
しかしいつ、メルフィーがその言葉を言ったのかが分からない。

「ホントに?」
「ホントに言いました。確かに言いました」
「ごめん、もう一回言ってくれないか。絶対に聞き逃さないから」
「……秘密です」

そうしてメルフィーは強引に隆昭の頭を膝からどかして、ソファーから立ち上がる。

「ルガーさん達にお茶を入れてきます。後で降りてきて下さい」

「メルフィー、頼む。教えてくれ。君は一体なんて言ったんだ」

隆昭の言葉を華麗にスルーして、メルフィーは一階のリビングへと向かう。
隆昭に意地悪してしまったが、特に悪い気分にはならない。寧ろ、隆昭にはもっと悩んで貰いたいとさえ思う。



―――――――隆昭さんが私を護ってくれた様に、私も、隆昭さんを護ります。



いつか一緒に、幸福な未来を、掴むまで。その未来が訪れた時に、私が隆昭さんの隣に、居れますように。



「まぁ……いっか」


ソファーに体を預けて、隆昭は一先ず、戦闘を終えた事に安心してまったりとする。

まったりとしながら、メルフィーが隆昭さんが勝った場合、私に何をしてほしかったんですか? と聞いてこなくて良かったと心から思う。


冗談とはいえ、裸エプロンで手料理をあーんとしてほしいなんて言ったら、今度こそメルフィーに殺される気がしたから。






未来の俺、いえ、お父さん。ごめんなさい。本当にごめんなさい。




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