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ビューティフル・ワールド 第二十一,五話 拳

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匿名ユーザー

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ルガーの両頬を涼しげな風がくすぐる。青々として元気に伸びている草花が、そんな風に煽られてざわざわと、小波の様に揺れては返す。

一通りの家事をメルフィーとの共同作業で済ませて、皆との朝食を終えたルガーは、リヒトからの誘いで武術の訓練へと出向く。
傭兵として活躍していた頃はほぼ毎日、ルガーはリヒトと訓練として拳を交わしていた。だが、やおよろずという住処に落ち着いてからは殆ど訓練を行わなくなっていた。
その理由としては、リヒトは常にヘ―シェンとのコンビで悪漢なりと戦っている為、そういった訓練をする時間が無くなっていった、というのが一つ。
もう一つは、ルガーはルガーで、やおよろずの大黒柱として家事やら何やらで忙しくなってきた為だ。互いに会話をする時間はあっても、体同士で会話する時間は無いといった所だ。

それがどういう訳か、今朝、リヒトから偉く久々に手合わせを願ってきた。

ルガーにとってリヒトからそんな風に誘われたのは、もう思い出せないくらい昔の様に思える。
一寸、断ろうと頭の片隅で思った。家事に生活のウェイトを置いている故に、体が鈍っている気がして仕方ない。

普段からトレーニングやランニングを欠かしてはいないから、筋肉自体に緩みや鈍りは無いとは胸を張って言える。
しかし、武術となると別だ。もう傭兵だった頃の様に、自ら拳を振るって戦う事が殆ど無くなった。家事に専念し初めてから何年経ったのか、自分でも分からない。
まぁそれでも、一度修得した戦い方や反射神経、身のこなしは忘れていない。と、思いたい。果たして現役で戦っているリヒトに、どの程度抗えるのか。

やおよろずから数分ほど歩いた場所に、その野原はある。
その野原は普段、リヒトや遥が朝方やってきては、日々の鍛練を積んでいる野原だ。爽やかに薫る草の匂いが心地良く、思わず背伸びしたくなる。
健康的に繁っている、健やかな緑色の草花が鮮やかに揺れる様は、まるで波の穏やかな海面の様だ。その水面の中央に、立っているリヒト。

「待ちくたびれたぜ、ルガー」

体を大きく伸ばしてストレッチをしているリヒトが、ルガーを見つけて声を掛けてきた。練習用である木製のロッドは、地面に置いている。

リヒトの上半身は余計な物を付けずに、身軽に動き回る為に朱色のタンクトップだけを着用している。
どうやらのっけから、ルガーと戦う気満々な様だ。今正にルガーが来るのを待ち兼ねていたのか、悪戯っぽい笑みを口元にニヤニヤと浮かべている。
君がその気ならと、ルガーも着ている服を一枚、その場に脱ぎ捨てる。鍛えに鍛えた、自慢の鋼の肉体がうっすらと浮かぶ、白いワイシャツが姿を表す。

リヒトがロッドを所有している様に、ルガーの手元にも得物が握られている。それは、木刀だ。

ルガーの包容力を具現化した様な大きな掌には昔、リヒトと手合わせする際に振るっていた木刀が握られている。
逞しい巨木から削り取った木片を元に、ルガー自身の手で作りだした木刀は、一般に出回っている木刀よりも一回りも二回りも太く長い、正にルガー専用の木刀である。
先端から刀身、果ては持ち手にまでビッシリと、浅い物から深い物までリヒトと組みあった証である傷が織り込まれている。
それと同時に、いかにルガーが修羅場を潜ってきたのかを表す証明でもある。しかし、やおよろずに腰を落ち着けてからしばらく、これを握る事が無くなっていた。

久々に握る。割とすんなりと、当時の感触が掌に滲んでくる。一人きりにして悪かったね、相棒。

「しっかしマジで久しぶりだな。正直鈍ってると思うか? 勘とか色々」

リヒトの質問に、ルガーは手元の木刀へと目を向ける。目を向けて、軽く力を入れながら、答える。

「実際にやってみたら、すぐに答えが出るかもね」

返答しながら、ルガーは木刀を両手で握り、両腕をゆっくりと伸ばす。伸ばして徐々に半身を捻りながら、右足を後ろへと下げる。
下げると同時に、腕を顔の辺りにまで上げて、丁度鼻の位置で止める。木刀の先端は真っ直ぐに、リヒトの方向へと向けられている。
この行動に、リヒトはニヤけている口元を閉じると、微かに微笑みながら傍らのロッドを足で蹴り上げた。宙へと回転しながら昇る、ロッド。

「そうだな」

空中からくるくると回りながら落ちてくるロッドを、リヒトは右腕を掲げると華麗に右手で掴んだ。

さて、ルガーが決めているこの構えは、かつてルガーが古今東西、様々な武術を学んでいく中で会得した戦闘に於ける構えである。
極東―――――――ここよりも遥か遠い地に存在する国で、古来より伝わる武術の一つ、KENDOU。
KENDOU、両手でしっかりと剣を保持する事で、いつ如何なる場合でも決してバランスを崩す事無く、敵に安定して切り込める格闘術だ。

そんなKENDOUにルガーは惚れこんだのだ。
正々堂々と、己の力と剣を最大限に信じて戦うKENDOUは、ルガーの性格にも合っていた。

敵の意表を突き、先を読ませないトリッキーな戦い方を割と好むが故、ロッドを使うリヒトにとって一見、ルガーのこの戦い方は翻弄しやすい様に思える。

だが意外や意外、リヒトはルガーとこうした得物を使っての戦いでは幾度となく苦戦していた。
というのも、ルガーはその類い稀なる筋力の強さと共に、非常に重心が粘り強い為、滅多にバランスが崩れないのだ。
その為、リヒトの記憶の中では最終的に、得物を投げ捨てて拳と拳の殴り合いになっていた気がする。そうした結果、勝敗が付かずに大体引き分けで終わっていた。

いや、リヒトの勝率は決して悪くは無い。が、それに負けない位、ルガーに負けていた気がする。
その時の敗因は大体、ルガーに関節技を決められた為だ。一度、ルガーが関節技を決め始めるとすぐに負けてしまう。

殴り合いや得物を使った勝負で勝てても、関節技となるとリヒトはどうにもルガーに敵わなかった覚えがある。
鉄腕という表現が似合う、ルガーの鍛え抜かれた両腕に首だとか関節を絞められてしまうと、流石のリヒトでさえ抜けだすのは容易ではない。
いや、もしも首絞めでもされたら一分も持たずに落ちる自信がある。というか実際何度も落とされたか分からない。

殴り合い蹴り合いは歓迎するのだが、一瞬でも隙を突かれてどこか一部分でもキメられたらまずい。非常にまずい。
さて……どうするかな。ルガーは木刀をリヒトへと突き付けたまま、不動の体勢を取る。
恐らく、こちらが攻めてくるのを待っているのだろう。素直に攻め込むのわるくは無いが……ここは、ルガーから来るのを、待つ。

リヒトは右手に掴んでいるロッドを左手に移す。移して一瞬でくるりと逆手に持ち替える。持ち替えて、ルガーとは反対に左足を少しだけ、後ろに下げる。
ルガーがどんな手を使って攻めてくるかは分からない。だが、一先ずどんな攻撃だろうと必ず防ごうと考える。
最初さえ、最初の攻撃さえしっかりと防げれば、すぐさま次の攻撃に繋げる事が出来る。打撃でも打ち合いでも何でも来いだ。

互いに構えが決まった。後はどちらかが戦いの火蓋を切り落とすだけだ。が、その前にリヒトはルガーに呼び掛ける。

「ルガー、ちょっと良いか?」

すっかり戦闘モードに入っており、真剣な面持ちになっているルガーがリヒトからの呼び掛けにん? とすぐに柔和な表情に戻る。

「何だい? リヒト」

どうにも、気恥ずかしい。気恥ずかしいし、キャラに合わない。合わないが、リヒトはどうしてもルガーに伝えたい事がある

「その、何だ……。こういう事を言うのは正直照れ臭いんだが……ありがとよ」

リヒトの口から出てきた感謝の言葉に、ルガーは何故感謝されているのか分からずキョトンとした反応を見せる。
頭の中で今から数日前の事を出来る限り思い返してみる。しかし、特にリヒトに対して感謝される様な事はしていない様な。
ルガーの反応に、リヒトは口に出すのがやはり恥ずかしいのか、若干小さな声で言う。

「いや、さ、俺……この前ヘ―シェンを奪われた時に、滅茶苦茶沈んだ感じで帰って来ただろ? あの時さ」

普段は口に出さない台詞を話している為か、身体がどうもムズムズしながらも、リヒトはルガーに伝える。
その声に、曇りも後ろめたさも無い。ただ、柄にもない事をしている為だろうか声の端々に若干感照れ臭そうな物を感じるが。
ルガーはそんなリヒトの言葉をニコニコとした表情で聞いている。いつものダンディズム溢れるスマイルで、聞き入れる。

「あの時、正直俺はお前らに責められても仕方が無いと思ってた。ライオネルにボロ負けした上に、ヘ―シェンも奪われちまって。
 どれだけ責められようが、俺はそれを受け入れるつもりだったんだよ。でも、お前らは俺を責める所か、温かく迎えてくれた。それに、一緒にヘ―シェンを奪い返そうと躍起になってくれた」

そう語る、リヒトの目は優しい。心から、ルガーに、否、やおよろずへと感謝している、そんな目だ。

「嬉しかったんだ。それが嬉しかったし、心から俺はお前らに支えられてるって事に改めて気付かされた。
 それに、帰れる場所もあるって事にもな。一人で戦ってる訳じゃないんだよな。俺も、ヘ―シェンも」

ルガーは微笑む。リヒトはルガーの頬笑みに、はにかむ様な笑顔で返す。そして真面目な顔になり、言う。

「ルガー。多分、多分だが俺はこれから、ヘ―シェンをライオネルから奪い返すだけじゃなく、もっと大きな事に首突っ込むかも知れん。その時には」

ルガーは大きく頷いた。頷いて、答える。

「その時は勿論、全力で支えるよ。力になる。何故なら僕達は」
「やおよろずだから、だろ?」

リヒトはそう返して、笑った。子供の様な悪戯っぽい、悪巧みを企んでいる時のニヤリ笑いだ。
ヘ―シェンとの夫婦漫才を繰り広げる時の、あの笑いを浮かべている。そんなに時間が経っていないのに、こんな風に笑うのは偉く久しい気がする。
次にこの笑顔を浮かべる時は、ヘ―シェンをライオネルから奪い返した時だ。リヒトは心の中で、そう強く、誓う。

「あー……マジで照れ臭いじゃねえかよ。これじゃあ今から殴り合うってのに、何かやりにくいなっちまっただろうが」

激しく髪の毛を手で掻きながら、リヒトは今一度ロッドを強く握り直して、ルガーを迎え入れる為に本腰を入れる。

伝えたい事は余す事無く伝えた。
ここからは本気の勝負だ。あくまで武術訓練ではあるが、ルガーも表情を引き締めて構え直す。
半端な気持ちでは無く、本気で相手を打ちのめす覚悟で、戦う。それが相手に対する最大の例にして、マナーだからだ。

「どっちが勝っても恨みっこなしだぜ。ルガー」
「分かってるよ」

ルガーは木刀をリヒトに向ける。リヒトはロッドを構えたまま、迎え入れる準備をする。

ジリジリとして息が詰まりそうな緊張感が、場を支配する。先程まで吹いていた風が急に止んで、静寂がピンと張り詰める。
二人とも、自ら動こうとしない。時間が止まったかのような錯覚を覚える程の、静寂。一体どちらが先に仕掛けるのか――――――――。
何十秒、いや、何分経ったか、永遠にさえ感じる静寂を打ち破ったのは、ルガーの方だ。

地面を勢い良く蹴り上げて、後ろへと下げていた右足を一気に踏み込む。踏み込みながら、リヒトの頭部に向かって両腕を突き伸ばして木刀を当てようとしてくる。
一見、鎧の様な筋肉のイメージからルガーの動きは遅い様に思えるが、とんでもない。ルガーの動きは、早い。
猛牛の如き勢いで、木刀を突き出してくるルガーの動きは突風の様だ。後数センチで、頭部へと先が触れようとした、一寸。

リヒトはその突きを、左足を前面へと踏み出しながらロッドで力一杯に弾いた。重圧な衝撃音が宙に響く。ルガーの腕がその反動で大きく跳ね上がって、木刀が上を向いた。


木刀を持っている為に両腕が塞がれている、ルガー。その隙をリヒトは逃がさない。
ロッドを逆手から普段の持ち方へと変える。変えて、ルガーの胴体へとそのまま当てようと腕を振るう。
だが、その攻撃が届く事は無い。ルガーは右半身を捻りながら右足を振り上げて、ロッドを膝で防ぐ。痛みで足を下ろしそうになるが、どうにか耐える。
が、これこそがリヒトの狙いである。待ってましたとばかりに、リヒトはロッドを手放した。

ロッドを手放すが早く、腰を出来る限り深く降ろす。そうして、ボクサーの様な体勢へとリヒトは切り変わる。
拳をグッと力を込めて固くしながら、ルガーの懐へと瞬時に潜り込む。後は一気にこの拳を腹部目掛けて―――――――打ちこむ!
考えるよりも早く、リヒトの握り拳はルガーの腹部を直撃する。これで勝負が決まった、かの様に思えた。

確かな感触が、リヒトの拳を伝う。
しっかりと振り抜いたし、ある程度ではあるが力を込めた。だが、ルガーは実に涼しい顔をしている。
軽く殴る気は毛頭無い。のだが、ルガーはまるでリヒトの打撃に対して、蚊にでも刺された様な顔をしている。

「……堅いな」

ポツリと、リヒトは何とも言えない苦笑いを浮かべて呟いた。
ちなみに今のリヒトの攻撃は、そこら辺のチンピラを軽く気絶ないし失神させる程度の威力である。
だがルガーの鉄の腹筋には、その程度の攻撃など意に介さない。それどころか、悠々と攻撃を受け止めてさえいる。伊達にリヒトらと傭兵稼業をしていた訳ではない。

惑いを隠せないリヒトに、ルガーはニコニコしながら、言った。

「鍛えてるからね」

次の瞬間、ルガーは全力でリヒト目掛けて木刀を振り抜く。その刹那、リヒトは派手に後方へとバックステップで回避する。
僅か数ミリを通過する、木刀。風を切り裂きながら振り抜かれる木刀は、まるで極太の鞭を振るう様なビュン、という音を出して空気を振るわせる。
あぶねえ、アレに当たったらどうなってたんだと、ひんやりとしながらもリヒトはロッドを地面から拾い上げて、両手に持ち替える。

両手に持ち替えて、積極的にルガーを攻める事にする。リヒトはルガー目掛けてロッドを、急所となりうる場所へと素早く突きまくる。

胴体手足、膝肘頭部、とにかくリヒトは左手を輪にしてロッドを通し、片方の右手を使い怒涛の速さで、ルガーの急所という急所を突かんとする。
しかし、ルガーは分身でも浮き出るのではないかと思える程に非常に俊敏な動作で、それらの攻撃を紙一重で避け続ける。
意外にも自分の身体が鈍っていない事にルガー自身驚く。やはり一度覚えた事は、そうそう忘れる物ではないのかもしれない。
まだまだ僕も動けるんだなと、我ながら感心しながらも――――――――どこか、ルガーは違和感を抱く。自分自身にではない。

違和感の正体は、リヒトにある。どことなく、リヒトの動きに迷いがある気がする。
無論、攻撃は激しく繰り出してくるし、動きもキビキビとしている。だが、何だろう。このどことなくモヤモヤした感じは。
そんな違和感を覚えつつも、ルガーは一転、こちらから仕掛ける事にする。

「次は僕から行くよ」

軽口を挟みながら、ルガーは木刀を強く握りしめて右腕の筋肉を盛り上がらせる。
そして胸元へとロッドが突き出された瞬間、右腕を振り上げて、ロッドを撥ね退けた。さっきとは逆に、リヒトの両腕が上がって胴体に隙が出来る。

遊んでいる左手を握り、身体ごと踏み込みながらリヒトの頭へと正拳突きを与えんとする。
しかし、触れるか触れないかの絶妙な距離で、リヒトはルガーの正拳を首を傾ける事で避ける。本当にスレスレの距離だ。
避けながらリヒトはロッドを、ルガーへと振り下ろそうとする。だが、しかし。

「甘いよ、リヒト」

目にも止まらぬ速さで、ルガーは木刀を逆手に持ち替える。持ち替えると同時に、リヒトの膝へと力強く振り下ろす。
乾いた音がして、その音はやがて痛みへと変わる。

「ちぃ!」


反射的な激痛に、リヒトは思わずロッドを手放してしまった。

しまったと気付いた時には、木刀を地に置き、拳を固めたルガーが既に間合いに入っていた。
リヒトは両腕を揃えて防ごうとする。が、間髪入れずにルガーの拳が右手左手右手左手と連続で腹へと叩き込まれる。
鉄の塊が剛速球でぶつかってきた様な、重く鈍い痛みにリヒトは嗚咽を漏らす。
リヒトにとってルガーのその拳は、ライオネル以前の、今までの悪人達から受けてきた攻撃の何千倍も痛く感じる。

痛さのあまりに後ずさりしそうになる両足を踏ん張る。踏ん張って、堪える。堪えて、リヒトは敢えて―――――――笑う。

「全然鈍ってねえじゃねえか……この野郎」

リヒトは休む事無く繰り出されるルガーの拳を掴んだ。掴みながら、グッと押し出して勢いを食い止める。
右手を抑えられたが、まだ左手がある。臆せず次の攻撃を加えようとするルガー。だが、僅か一秒の差でリヒトの方が早かった。
右足を鋭くしならせて、リヒトはルガーの太腿へと打撃をぶち込む。今まで足に対する攻撃を考えていなかったルガーは、予想してなかった方向からの攻撃に軽く顔を歪ませた。

「今度は俺から……行くぜ!」

瞬間、リヒトはルガーの両手を思いっきり撥ね退けて距離を取る。跳ね除けて拳を握り、先程のボクサースタイルとなって、とにかく前へ、前へと。
一心不乱に、ルガーへとパンチを繰り出す。左右に身体を小刻みに揺らしながら、両手をリズミカルに繰り出す。
リヒトの攻撃を、ルガーは同じく両手で必死に捌く。威力はそれほどでは無いものの、とにかく速い。捌くので精一杯で、こちらから攻撃するタイミングが掴めない。

それに、いつ本気の打撃が来るのかも分からない。故に、ルガーはリヒトの攻撃を凌ぐ事に集中している。


―――――――ルガーと手合わせをしている中で、否、今朝一人でロッドの練習をしている時からずっと、リヒトは考えている。
何故、あの時ライオネルに勝てなかったのかと。どうして、ヘ―シェンを救う事が出来なかったのかと。

精神的な要因を言えば、あの時リヒトの心は乱されていたのだ。今考えれば、ヘ―シェンを捕える為に敢えてライオネルは手を抜いていた。
だが、その事にリヒトは気付けなかった。何故、ライオネルはまともに戦おうとしないのか。その事が引っ掛かって注意力が欠けていた。
奴の本当の目的に気付けず、まんま奴の思惑に嵌められてしまった。その結果が、ヘ―シェンの強奪だ。

最早過ぎた事を悔やんでも、時間は戻りはしない。リヒトは自らを戒める。
目の前の事にばかり捕われるな。大局を見据えろと。敵が何を考えて、どんな目標を達成しようとしているのか。そこまでも含めて、戦わねばならないと。

肉体的な要因はどうだ。思い返せば、奴の攻撃は本気ではないにせよ、俊敏にして強烈だった。
左腕が無いというハンデをまるで感じさせない程、猛烈な攻撃だった。右腕だけでなく、体全体をバネの様に使って意識を右腕に向かせようとしていた。

……そうか、考えてみれば、奴に取って左腕、いや、左側はそのまま死角になる。だからあれほどまでに、右腕を駆使して戦っていたのだ。
ライオネルは自らその死角を行動でカバーしていた。もしかしたら、本気で戦えなかったのはそういった事情があるのかもしれない。
あくまで勘ではあるが、奴は本気で戦うのであれば左腕に義手を付ける気がする。あくまで可能性の話ではあるが。

……こんなに単純というか、そんな簡単な事にさえ、あの時のリヒトは気付けなかった。まともに戦わないライオネルへの疑心で頭が支配されていた。

ライオネルの言葉が、頭の中に響く。

『ぬるま湯に浸かって牙が抜けたお前と、殺る気にはならないってな』

あの言葉の意味が、何となく分かってしまう。嫌でも分かってしまった、気がする。
あの言葉をライオネルがどんな意図で言ったか知りたいとは思わない。しかし間違いなく、あの時の俺は、牙が抜けていたとリヒトは思う。
長い戦いの中で、どこか慢心していた自分が居る。常に悪人達に対して優位に立っていた故に、牙を研ぐ事を怠けていた。
そして、ライオネルという難敵に牙を折られた。プライドという、牙を。ヘ―シェンという、獲物を捕える為の鋭い牙ごと。


だが、幾ら悔やんでも時間は戻りはしない。真実は変わらない。大切なパートナーを奪われたという現実は変わらない。

ならば今、すべき事は何なのか。もう既に答えは出ている。


「……リヒト?」

ふと、リヒトの両手が止まっている事に、ルガーは気付く。右腕が伸ばされたまま、ピタリと止まっている。
何か考え事でもしているのか、拳をルガーに当てたまま、リヒトは深く俯いている。
リヒトはしばらく俯き黙していたが―――――――やがてゆっくりと、顔をあげた。その顔は実に清々としており、曇りなく晴れている。

ルガーはリヒトのそんな顔付きを見、何かを感じたのか温かな笑顔を浮かべて、聞いた。

「探してた答え、見つかったのかい?」

リヒトは答える。一字一句噛みしめる様な声で、答える。

「あぁ。やっと出せた。馬鹿みたいに時間掛かっちまったがな」

「……それなら」

リヒトの右手から手を離す。ルガーの姿が目の前から消える。

「こっちだよ」

瞬間的に、ルガーはリヒトの背後へと回り込む。全く気配を察知できなかった。
リヒトに反応する間も与えずに、ルガーは即座に両腕をリヒトの首元へと回す。渾身の力を込めて、固定する。
しまったとリヒトが感じる前に、ルガーはリヒトの首を絞め始める。急激な勢いで呼吸が苦しくなってくる。

「その答えを教えてくれ、リヒト」

ルガーの声が耳に響く。一瞬意識が落ちそうになるが、唇を噛む事でどうにか意識を保つ。

何百回もリヒトの首を絞めてきた事もあり、ルガーは容赦なく正確に、リヒトを落とそうとしてくる。
しかし体は正直であり、視界が半分白い世界に陥っている。こんな体たらくでは、さっきまでの意気込みが無碍になってしまう。
リヒトは落ちそうな意識の中で、必死に考える。目の前の事に、首を絞められているという現実に心を奪われるな。
の状況から脱するには、どうすればいいのか。どんな行動が、的確なのか。考えろ、無様に足掻いてでも、考えろ。

「リヒト、 無理  なら タップして くれ。本気で   落とすよ」

何だか、意識だけでは無く耳までが遠くなってきた。僅かに途切れ途切れ聞こえてくる、ルガーの声。
さて、本格的に余裕が無くなって来た。リヒトは最早形振り構ってはいられない。多分後2、3秒で落ちる。

にしてもここまでルガーの首絞めが強烈な物だったのかとリヒトはぼんやり思う。
昔の俺は良くこれに耐えられたなと。毎度毎度落とされては元気に回復していたとは思えない。
どうにか打開策を見出せな、い、と。が、もう……足は、まだ動く。

……足? そうか、足はまだ、動く。まだ、全てが終わった訳じゃ、ない。

――――――――許せ、ルガー。

「いっ……せーの!」

喉の奥から絞り出す、苦しげな叫び。そんな叫びを上げながら、リヒトは左足を腰元にまでぶらりと振り上げた。
そして振り上げた左足の踵をルガーの足に、正確には弁慶の泣き所に勢い良くぶつけた。今度は確実に攻撃を与えたという感触が、ある。

「ぐっ!」


流石のルガーでも泣き所への打撃は堪えた様だ。ほんの一瞬、本当にほんの一瞬、ルガーの力が緩まった。
一瞬のタイミングをリヒトは逃さない。肘をルガーの腹部へと叩きこむ。あまり注目されないが、肘は決して馬鹿に出来ない威力を持っている。
あくまで戦う人間の力量に依るが、通常の拳や足を使った攻撃以上に、一点集中的な打撃力では優っている。

足から腹へと続けざまに浴びせられた攻撃に、今まで全く揺らぐ事の無かった、ルガーのバランス感覚が大きく崩れる。
後方へとふらふらとよろめいて、リヒトから両腕を離してしまう。リヒトはすぐさま距離を取る為に前へと受け身をする。
受け身から起き上がると同時に、手放して地に落ちているロッドを拾い上げて、振り向く。振り向いたが早く、ルガーへと走る。

「ルガー!」

リヒトの叫びに、ルガーは歯を食い縛りながらも、置いていた木刀を拾って両手に持つ。
ロッドを構えながら走ってくる、リヒト。木刀を両手持ちして、迎え打つ、ルガー。

「リヒト!」

込める事が出来る全ての力を込めて、リヒトは飛び上がる。狙いは言うまでも無い。
重力に身を任せて落下しながら、リヒトはルガーへとロッドを全力で、振り下ろした。
両腕の筋肉を盛り上がらせ、尚且つ両足にも、否、全身の筋肉という筋肉を鼓舞させて、ルガーは木刀を構える。

凄まじい音を空に響かせながら、ロッドと木刀が激突する。
己の男としての全てをこの一瞬に、賭ける。この魂同士の鍔迫り合いを邪魔するモノは、いない。

訓練という言葉の響きに反する、熾烈な戦いであるのに―――――――リヒトも、そしてルガーも、口元に実に楽しそうな笑みを浮かべている。
恐らくこの二人の間にしか分からない、熱い何かが今、ぶつかりあっているのだろう。
しかし二人の思いとは裏腹に、得物には少しづつ亀裂が入り始めている。だが、二人ともその事に気付かず、思いと力をぶつけ続ける。

やがてその亀裂は大きく広がり初めて―――――――次の瞬間。

ロッドも、そして木刀も、ほぼ同時に折れた。空中に舞う、互いの相棒。
ギザギザとした乱雑な切断面から、いかに双方与えられたダメージが大きかったかを物語っている様に思える。

互いに得物を失ったリヒトとルガー。しかしそこに驚きも悲しみも無い。代わりにあるのは、笑顔。

互いの右手を握り拳にして、迷う事無く二人は大きく一歩を踏み込んだ。

踏み込んで、互いの頬に向かって拳を―――――――ぶつける。

ルガーの拳はリヒトの頬を殴り抜け、リヒトの拳は、ルガーの頬を殴り抜けた。
綺麗に互いの頬を直撃したその痛みは、グラグラと脳を揺らす。最早、戦闘続行が不可能な程のダメージである、のに。
それでも二人の顔は笑っている。笑いながら揺ら揺らと、後ろに千鳥足で下がる。下がって豪快に、仰向けになってぶっ倒れる。

まるでベッドみたいに、草花が柔らかい。手足を大の字に広げて、リヒトは乱れている呼吸を整える。
頬がジンジンと鈍く晴れていてクソ痛い。クソ痛いってのに、今のリヒトの心は充実感に満ちている。
口から自然に笑い声が零れてくる、笑い声。何と言えば良いのか、今この状況を表現するには、笑うしか無い。ひたすらリヒトは、笑う。
つられる様に、ルガーも笑いだす。二人の男の野太い笑い声が、空で響きあう。

しばらく笑い続けて、リヒトはのそっと起き上がった。頬を掌で擦りながら、同じく起き上がってきたルガーに話しかける。

「……ほんっとにいてえぞ。少しは手加減しろよ」
「手加減できる器用さは無いんだ、ごめんよ」

ルガーもルガーでそれなりに痛かったのだろう、頬を掌で撫でている。

「にしても全く鈍ってねえな。充分現役で戦えるんじゃねえか、ルガー」

リヒトの言葉に対して、ルガーは答える。

「僕自身驚いてるよ。やっぱり、一度修得した技は身体が忘れないんだね」

そうして、ルガーは空を仰ぐ。仰いでリヒトに、そして自分自身に聞かせる様に、言う。

「だけど、やっぱり僕は家事に専念するよ。そっちの方が僕には性に合うんだ」
「そうだな」

ニカッと白い歯を全開にして、リヒトは茶目っ気たっぷりに、言った。

「何たって世界で一番エプロンが似合う男だから、お前は」
「それって褒め言葉かい?」
「さぁな?」

そうして、リヒトとルガーは空を見上げる。もうこれ以上言葉を組み交わさずとも、お互いに伝えたい事は通じている。
ルガーの中で燻っていた違和感は、もう消えている。それで良い。それで良いんだよ、リヒト。

「そういや木刀折っちまって悪いな」
「良いんだよ。寧ろ、リヒトが木刀を振るう最後の相手で良かった。多分ね」

ふと、空から冷たい物が落ちてくる。
どうやら雨が降り出してきている様だ。この調子だと小雨から、いつ本降りになってくるか分からない。

「何か降ってきそうだね。中に入ろうか」

そうして立ち上がった時、リヒトが聞いてきた。

「なぁ、ルガー」
「ん?」


「その……レインボウズって傭兵団の事、知ってるか?」





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22話「鬼」に続く

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