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シンブレイカー 第十一話

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匿名ユーザー

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 その日の朝は夜中に少しだけ降った雨の痕跡も見えず、いつものように気持ちのいい青空が広がっていて、
街の人々はその下で皆思い思いに午前の時間を過ごしていた。
 6月も上旬になるとだんだんと薄着の人が街に溢れてくる。気温と湿度は日増しに上がっていて、
大学の売店からはアイスクリームが売り切れた。
 大学では迫りくる定期試験に向けて学生たちが情報を集めようと東奔西走。
自然と街から学生たちの姿は減り、女木戸市の昼はいつもより静かだった。


 人が居ないほうが都合がいい――私は天照研究所の片隅でそう思った。
 静かな街なかとは対照的に、研究所内は朝から騒がしかった。研究員たちは皆廊下を走りまわり、
どこどこの数値が異常だとか、なになにの薬品の化合が遅れているだとか、
そんな連絡を怒声とも似付かないような大声で交わしている。
 私も力になりたいと思い、何か手伝えることはないかとノートパソコンを叩く因幡命に訊いたが、
彼女はひどく不機嫌な顔で「邪魔にならないとこでゲームでもしてろ」とだけ返してきた。
 仕方なくラウンジで紅茶片手に友達とメールをするしかないのだが、やはり落ち着かない。
皆ががんばっているのに私だけ何もできないなんて。
 そのとき、ラウンジの目の前を八意が通り過ぎる。私は反射的に声をかけていた。
「む、何か用か」
 八意は足を止めて応えてくれた。私はずっと気にかかっていた疑問を口にする。
「シンブレイカーも無いのに、いったいどうやって『×』を撃退するんですか」
「そのことか」
 八意は眼鏡の位置をなおす。
「説明は長くなるから、実際に見たまえ。ドームにくればすぐわかる」



 ドームの中には昨日見たときと同じように大型の奇怪な機械がずらりと並んでいて、
その間を研究員たちが駆け回っている。この中でも様々な専門用語を織り交ぜた報告が飛び交っていた。
 八意は私を引き連れてドームの中央へと向かう。その間にも研究員たちの報告に様々な対応指示を
出している姿を見て、私は彼の細い背中が不思議と広く思えた。
「今回はこれを使う」
 八意が足を止め、目の前に横たわるものを示した。私はそれを覗き込み、ぎょっとする。
「これ……!」
「そうだ、『カオスマン』だ」
 ドームの中央に横たわっていたのは、例の仮面の忍者――カオスマンだった。
彼の体にはまるで手術中の患者のように無数の針やケーブルが突き立てられていて、
それらは全て周囲の機械群につながっている。いや、カオスマンが繋げられているのではなく、
最初からここにある機械はすべて彼の体に収束するように配置されていたのだ。
「今回はこれをシンブレイカーの代用とする」
「そ、そんなことして大丈夫なんですか?」
「ぎりぎり死にはしないだろう」
 彼はこともなげに言い放ったが、それはつまり死にはしないが、
瀕死になる可能性はあるということだ。私は非難の目を彼に向けた。気づいた八意は肩をすくめる。
「これ以外に方法が無いのだからしかたない」
「でも……!」
「彼は魔学のトラブルによって生まれる被害を最小限にするためにその身を捧げた男だ。こうなるのは本望だよ」
 ここでうだうだ問答を続けるのは良くない。そう判断して押し黙りつつも、
納得しきれない私は横たわるカオスマンを見下ろした。彼の素顔は仮面に隠されて見ることはできない。
いったい彼はその下でどんな表情をしているのだろうか。
「じゃあ……せめて、彼の名前を教えてください」
 私はそう言った。犠牲になってくれる人がいるならば、その人に誠実でなければならないはずだ。
「本当の名前を……『カオスマン』ではない、本当の、彼自身の名前……」
「すまないが、それはできない」
 八意はすっぱりと言った。
「なぜですか」
「『名は体を表す』との言葉があるように、名前は重要だ、とくに魔術の世界ではな。
彼は『カオス』の名を冠することで、巧妙精緻で厳格な理論の下で生まれた『×』らを倒す力を得ている。
 彼を『カオスマン』以外の名で呼ぶことは、彼から戦う力を奪うことなのだよ」
「そんな……じゃあ……」
 じゃあ私は、犠牲になる人の名前も知ることができないのか。
 愕然とする私の肩に手を置く八意。
 彼はそれ以上何も言わず、また、私も何もできなかった。




 ――女木戸市南方、三州川。
 ほとりに花畑が広がり、生き物も多く生息するこの川は、古く清らかな流れをたたえている。
 そこでひとりの中年の男性が釣りをしていた。毛針のついた釣り竿を大きく振るい、
岸辺の砂利に置いたクーラーボックスの上に腰掛けている。
 そうして数分経った。
 温かい日差しと静かな川の流れについうつらうつらとしていた彼は、
不意に頬を撫でた生ぬるい風に顔をあげ、そして硬直した。
 川の彼岸に、彼と向かい合うように黒い身体の巨人が鎮座していたのだ。
 午前10時のことだった。



「第4の『×』が出現しました!」
 誰かが叫び、研究所内に警報が鳴り響く。緊張が走った。
 予め決めていたのかそうでないのか判らないが、その警報を合図に一部の人間たちがあの指令室に集合する。
私もそのうちの1人で、部屋になだれ込むと同時に、空中に浮かぶモニター代わりの水晶玉を見上げた。
 そこに映っていたのは川のほとりに静かに正座する巨大な黒い人影だった。体型は男性で、
ひどく痩せっぽちに見えたが、油断しちゃいけない、と私は自らを戒めた。
「出現位置報告をお願いします」
 聞き覚えのある声がしたので階段状の部屋の上方を見上げると、
いつもなら天照が座っているはずの席に高天原が座っていた。それを見てあらためて天照がいないという事実を思い出すが、
湧き上がる情動は理性で抑えつける。
「出現位置は研究所より南南西方向、三州川です」
 報告の声があがる。ずいぶん遠いな、と私は思った。
「移動の兆候はありますか?」
「現在は観測されてません」
「遠距離攻撃タイプかもしれません、研究所の対精神バリアの出力を上げてください。
市民の保護班はもう出てますか?」
「もうすぐ展開完了だよ」
 答えたのは因幡だった。彼女は高天原の右後方に座り、手もとのデバイスを指で叩き続けている。
「ありがとうございます。カオスマンのセットアップはどうなっていますか、技術班?」
「現在で94%だ。完了まであと20分弱はかかるだろう。『×』の出現が予想より早すぎた。
 おまけに、バリアの出力を上げるならばエネルギー不足でますます作業効率は落ちるぞ」
 スピーカー越しにドームの八意がそう答えた。
「申し訳ありませんが、なるべくがんばっていただきたいです」
「善処しよう」
 と、八意がにやりとしたときだった。
「『×』、行動開始!」
 報告の声が上がり、室内の全員が水晶を注視した。
 『×』は座すことをやめ、ゆっくりと立ち上がった。その姿はボロ布をまとったミイラのようで、
とても貧弱そうだ。
(いったい今度の『×』はどんな処刑方法なんだ?)
 そんな私の疑問の答えはすぐに与えられた。
 その痩せっぽちな男は突然大きく腕を振り上げると、手に持った小さな何かを投げたのだ。
「カメラ追ってください」
 すかさず高天原が指示を出す。水晶の像は投げられた何かの姿を追う。
 大きな放物線を描き、研究所の数十メートル手前に着弾したそれは、
しかし一見しただけではよくわからないものだった。
「これは……?」
 それはただの黒い塊だった。表面は硬質そうで、見た目は石炭によく似ている。
道路に落下したその黒い塊は地中に消え、あとには着弾の跡すら残らなかった。
(いったいなんだろう)
 私がそう思った直後、研究員が報告してくる。
「第二撃、きます!」
 カメラがまた『×』の姿に戻る。やつはまた先ほどと同じものを投げつけた。
それは初撃より研究所に近い位置に着弾した。
 それを見た高天原はハッと気づき、叫んだ。
「この『×』は『石打ち』です!
 解析班は射線を予測し、保護班はその範囲に展開してください」
 彼が言った『石打ち』という処刑方法は、縛りあげた罪人に大勢の人間が石を投げつけ、じわじわとなぶり殺しに
するというもので、中世ヨーロッパで魔女狩りや邪教徒狩りにさかんに用いられた方法だ(私は授業で習っていた)。
 あらためて敵を観察すると、なるほど相手は処刑人にはとても見えない一般人だ。石の狙いが悪いのもそのせいだろう。
「第三撃、きます!」
 また報告がされた。
 『×』の手から放たれた石はひときわ大きなアーチを描く。私は嫌な予感がし、しかもそれは的中した。
 突然!研究所が丸ごと揺さぶられるような衝撃があった。
「え……地震!?」
 思わずよろけた私はそばの机にかじりつく。高天原がすかさず返答する。
「『×』の攻撃が直撃したようです……衝撃は対精神バリアの影響です」
「バリアに穴が開きました!」
 焦りが見える研究員の声。
「速やかに修復してください」
「それが……カオスマンの作業のためにエネルギーが不足しており、
完全な修復は予想される次の攻撃に間に合いません。良くて8割程度です」
「カオスマンの作業はどうなっていますか」
「現在95%、完成までにはあと15分強」
「急いでください」
「次撃、きます!」
 直後、足下から突き上げられるような強い衝撃が再び研究所を襲った!
 その衝撃はさっきのものよりも強く、立っている人間は皆よろけ、座っている人間も思わず机に手をつくほどで、
いくつかの実験器具が床に落ちて甲高い音とともにバラバラになった。
「バリア修復間に合いません! 損壊率5割突破、次々撃で確実に破られます!」
 切羽詰ったような声。高天原はけわしい表情だが、落ち着いていようとつとめているのが容易に判った。
「……カオスマンの作業を一時中断し、全てのエネルギーをバリア修復にまわしてください」
「高天原、それはダメだ」
 八意が即座に否定した。
「そんなことをしたら数工程前からまた作業をやり直さなければなくなり、永遠に終わらなくなってしまうぞ」
「なんとかできませんか」
「難しいな」
「ならばせめて――」と高天原が言いかけたとき、また大きな声の報告がされる。
「第5撃放たれました、直撃します!」
 またすさまじい衝撃が研究所を揺さぶった!
 天井から埃が落ち、各魔学機械の画面が干渉を受けて乱れる。とうとう自力で立てる者は部屋にはいなくなり、
ほぼ全ての人が床に這った。
 その中でも高天原だけは素早く立ち上がり、八意への切れた言葉をつなげる。
「――ならばせめて、数秒だけバリアを全解除し、そのエネルギーを――」
 彼のその言葉が私の耳に入った瞬間だった。
 いまだに床に這いつくばっていた私の頭の中で、何かが弾ける感覚があった。
その感覚は私の頭にある考えを浮かばせ、そして全身のあらゆる筋肉、神経をその考えを実行させるために駆り立てた。
私はバネじかけの人形のように立ち上がって、そして部屋の出口に向かって床を蹴った。
 部屋の扉を半ばぶち破るように開けて長い廊下を全力疾走する。ポケットの中で振動があった。
気づいた高天原が電話をかけてきたのだ。私は足を止めずにそれをとる。
「お戻りください!」
「私が時間を稼ぐから、その間に作業を!」
「どうやって!」
「『×』の目的は私なんでしょ!」
 そう叫んで私は電話の送受話感度を最大まで上げた。ポケットに入れたままでも会話できるようにするためだ。
私は玄関から飛び出す。
 息つくこともせずに私は叫んだ。
「こーーいッ!!」
 直後、研究所の彼方から爆音が響く。これはエンジン音だ。しかも下腹にくるこの音は、
大排気量タイプのもの――遠方に無人のオートバイが怒れる野牛のような迫力で私に向かって突っ込んでくるのが見えた。
「次撃、きます! バリアは持ちません!」
 スマートフォンから聞こえた報告に私は空を睨む。
爽やかな青空を背景にして不気味な黒い塊がジャイロ回転しつつこちらに落下してきていた。
 まだハーレーとの距離は遠い。私ははっとした。
このままではバイクに乗るより先に『×』の攻撃のほうが先に私に到達してしまう!
 私はまた空を見た。視線を外したのはほんの一瞬のはずなのに、黒い塊は視界を覆うほどに迫っていた。
私はしまった、と思った。逃げるには遅すぎる。
 直後、激しい衝撃が私を下から突き上げた。私はやっとこの衝撃の正体を理解した。
あの黒い塊が天照研究所の敷地内上の空間に触れた直後、接触面に想像を絶する静電気と光が発生していた。
その極小規模の嵐こそが研究所を襲う衝撃の正体であり、バリアの効果だったのだ。
 黒い塊はバリアにふれ、一部が分解・消滅していたが大部分は残っていた。バリアは抵抗の意思を見せたが、
そのすぐあとに破られる。
 私の目の前に黒い塊が迫る――!
「ガオオオオオオオオッ!!」
 しかしその直前にハーレーが間にあってくれた。私はぎりぎりのタイミングで飛び乗り、
『×』の攻撃から逃れる。バリアで黒い塊の落下が数秒止まらなかったら間違いなくやられていた。
私の全身から冷や汗が吹き出た。
 黒い塊は地面に着弾するとそのまま吸い込まれるように地中に消える。私はひと呼吸だけ置いてハンドルを握り直した。
「ありがと……来てくれて」
 私は微笑み、片手でバイクのガソリンタンクの表面を優しく撫でた。ハーレーは嬉しそうに身を震わせた。
 それからグリップをひねる。排気管からガスが噴き出して、後輪が数秒空転し、摩擦熱でタイヤのゴムが融けるとともに
白い煙が舞い上がる。
 私は叫んだ。
「行こう!」
 それを合図にハーレーは発進し、研究所の正門を文字通り飛び越えた。
 着地し、道路を疾走していると、スマートフォンから高天原の声がした。
「わかりました、志野さん。あなたを信じます」
 彼は言う。
「あと3分だけ時間を稼いでください。それで勝ちです」
「了解!」
「次弾放たれました! 志野さんを狙っています!」
 その言葉に空を見やる。またあの例の塊がやってきていた。しかし私は不思議と不安を覚えず、
むしろこのハーレーに乗っている間は絶対に安全だという奇妙な確信さえ抱いていた。
「お願いね」
 私はハーレーにささやいた。ハーレーはライトをチカチカさせた。
 目の前に迫る黒い塊。バイクは走るコースをわずかに変え、以前パトカーにやったときと同じように、
近くに停車していた自動車を踏み台にして大きくジャンプ! 縦に一回転しつつそれを飛び越えた。
(イカしてる!)私は歓声をあげた。
 ハーレーは着地すると大きく方向を変えた。私は標識から少しでも人けの無い場所――女木戸ヶ丘に向かっているのだな
と理解した。
 『×』の攻撃は次から次へと放たれる。それらは女木戸市の建物をすり抜けて私を襲うが、オートバイはそれ以上の
速度で走り続け、かすりもさせない。
 それでも『×』自体の精神干渉には頭の中がかき乱されてときどき視界が混乱した。
普段はシンブレイカーの中でスーツを着ていたために免れていた攻撃はこのようなものだったのかと、
まとまらない思考でなんとか私は考える。
 オートバイは裏路地を走り、ビル壁をジャンプし、屋上から隣の建物に飛び移り、
ときおりフェイントを交えながら女木戸ヶ丘に向かって疾走する。
 交通渋滞をすり抜け、並んで歩く歩行者たちの間を紙一重で抜けて、とうとうハーレーは緑が繁茂する草原へ出た。
いまだ先日の戦いの痕が残る中心部へ到達すると、ハーレーは息をつくように停止した。
 私は痛くなるほどに握りしめていたグリップから手を離し、呼吸を整えるとともにぶらぶらと両手を振りつつ、
スマートフォンに話しかけた。
「ねぇ、まだ?」
 すると高天原が明るい調子で返事をした。
「もう大丈夫です! 作業完了です」
「じゃあカオスマンが来るまでここで待つべき?」
「いえ、その必要は――」
「次撃、きます!」
 その言葉に反応して空を見る。彼方に小さな黒点があった。私はすかさずハンドルを握りなおし、
グリップをひねる。しかし――
(なっ!?)
 いきなり後輪が横滑りし、私は転倒こそしなかったがバランスを崩した。何があったのかと後ろを振り向くと、
どういうわけか地面がぬかるんでいた。
(夜に降った雨のせいだ!)
 直感的に理解し、慌てて体勢を立て直しながら、私は空を確認した。
 遅かった。
 黒い塊はもはや眼前にあって、とても逃げられる距離じゃない。
 息が詰まった。
 終わった。
 私はまた――

 そのときだった。

 再び私の前に見えない壁が出現し、黒い塊を防いだのだ!
 続いてそのバリアの放つスパークの嵐の中に、光に包まれたシルエットが浮かぶ。
 長いマフラーを上方にたなびかせ、腕を力強く組み、大きく足を広げた姿勢を崩さず、
下からせり上がるように姿を現したそれは、まぎれもない――
「――カオスマンなの!? そんな、研究所からどうやって」
「ワープです!」
 電話越しの高天原が答えた。
「志野さんとカオスマンの間に、もはや距離など関係ないのです!」
「なんか嫌だそれ!」
「天照研究所魔学作業班管轄 魔学搭載型保安対応用改造人間! カオスマン・改! そしてこれが」
 そうして姿を完全に出現させたカオスマンは背中の刀を抜き、黒い塊を一刀両断する。
「カオスマンのブレイクモードです!」
 高天原のそのセリフの直後、カオスマンは大地を蹴り、女木戸ヶ丘の遥か上空まで飛び上がる。
彼が全身から放つ赤い光は真昼であるにも関わらず、星のように輝いていた。
 その光は突然、巨大な火の玉に変化する。
「命をかけて飛び出して! これが魔学忍法――」
 火の玉はさらに巨大化し、一対の巨大な翼となり、また長い首と尾羽根を形作った。
「『フェニックス』だ!」
 翼を広げた炎の不死鳥は一度大きく羽ばたくとともに威嚇するような鳴き声を街に轟かせる。
フェニックスは滑空し、街の南方へ突撃していった。


 研究所の指令室では全ての人間が水晶に映る『×』のビジョンを注視している。
 『×』は腕をだらりと下げ、足下から何かを拾うような仕草とともに、
手の平の内側に例の黒い塊を生成しているところだった。
 うつむいていた『×』は遠方から轟いた甲高く威厳のある咆哮に反応して視線を上げる。
 女木戸の街を飛び越えて迫りつつあるのは、広げた翼の内に街がすっぽり収まりそうなほどの体躯を持つ火の鳥だった。
 『×』は逃げようだとかそんな反応を示す間もなく、
ものすごい勢いで突撃する不死鳥に腹を貫かれるとともに、その全身を浄化の炎に包まれる。
 『×』はそれからほんの数秒後、跡形もなく消滅した。


「カオスマンは、どうした……」
 司令室で高天原が静かに、そばの研究員に問う。
「多分、融けて無くなってしまったのではないかと……」
 だがその予測は直後の声で否定される。
「カオスマン確認、『×』の反応は消失!」
「そうですか……皆さん、お疲れ様です」
 彼は立ち上がった。
「第4の『×』、滅却完了!」
 彼が高らかに宣言すると、研究所内は歓喜の声に包まれた。
 高天原は満面の笑みでカオスマン回収の指示を出し、それから席をはずしてひとりひとり、
今回のこの戦いに尽力した人間たちに握手と感謝の言葉を述べてまわる。
 因幡は彼と握手しつつ、口端をつり上げて言った。
「これで当面の危機はのりこえた?」
「ええ、本当に。ありがとうございます」
「『計画』の達成まであとどれくらい?」
「ちょうど折り返し地点のはずですよ。次もお願いいたしますね」
 にっこりとする高天原。
 因幡は手を離し、他の人のところへ急ぐ彼の背中を眺めつつ、
未だ全貌がつかめない敵の正体に少し苛立ちを覚えていた。


 ……女木戸ヶ丘の中心で、私はハーレーにまたがり、スマートフォンを通じて伝わる研究所の歓声を聞いていた。
 カオスマンの活躍を目の前で目撃した私の胸にはあるひとつの疑問があった。
それは今朝から頭のどこかに引っかかっていたもので、
いま彼の戦いを見てはっきりとかたちになったものでもあった。
 私はその想いを、誰にも聞こえないように、小さく口にした。

「……シンブレイカー、いらなくない……?」

 だってそうだろう。カオスマンがブレイクモードを使えるのならば、
ますますシンブレイカーのメリットは無くなる。
 100歩譲ってシンブレイカーが要るとしても、朝のドームでの八意が言ったようにカオスマンが
『トラブル処理係』であるならば、シンブレイカーに乗るべきは彼であるはずなんだ。
私以外でもシンブレイカーを動かせることは天照さんのときに証明されている。
 技術的な問題なのかもしれないけれど、魔学の性質からいっても、
私のような外部の一般人をシンブレイカーに乗せるのは本当に最後の最後の手段のはずであるのだ。
 待てよ?
「……もしかしたら、シンブレイカーを動かせるのは、私と天照さんだけなのかも」
 カオスマンや他の人間には、どう調整しようがシンブレイカーが動かせないのだとしたら……?
 天照さんと私とシンブレイカーを繋ぐ線がどこかにあるのかもしれない。
 なんにせよ、わからないことが多すぎる。


 私は思考を中断し、長く息を吐く。南から爽やかなそよ風が吹いた。
私は顔にかかる髪を指で整えつつ、バイクのガソリンタンクを撫でた。
 ハーレーがどこか心配そうに身を震わせた。

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