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シンブレイカー 第十六話

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 私は倒れていた。
 私は倒れている私を見ていた。
 私は仰向けに倒れていた。
 私はそれを見下ろしていた。
 私は何の感情も無く天井を仰いでいた。
 私は相反する2つの激情とともに見下ろしていた。
 私は私と目が合う。
 私は私の瞳の中に私を見た。
 私は私がどんな表情であったか初めて気づいた。
 私は泣いていた。
 私は笑っていた。
 私は悲しんでいた。
 私は歓喜していた。
 私は手を伸ばす。
 私は手をとる。
 私は私と重なる。
 私と私の感覚は統合され、ひとつになる。
 私は私を得た。
 そのとき、私は私を見つめるたしかな視線の存在を感じた。


 ――目が覚めた。
 ベッドから身体を起こし、ぐるりと周囲を見渡す。自宅ではなかった。
家具の少ないシンプルな部屋にベッドが一台置かれていて、私はその上で眠っていたようだった。
 それからここはどこだろうかとはっきりしない頭で考えて、天照研究所の一室であることを思い出す。
 私はのそのそとベッドから這い出して、洗面所で顔を洗い、とりあえずスマートフォンの画面を見た。
 高天原から着信が入っていた。リダイヤルすると、彼はすぐに出る。
「おはようございます、志野さん。よく眠れましたか?」
 私は適当に返事をした。なんだか悪夢を見たような気がするが、
返事をしたときにはもう内容は忘れてしまっていた。
「朝早くから申し訳ありませんが、今後の方針についてざっくりとお伝えいたします」
 私は椅子に腰かける。
「まず第一に、志野さん、あなたはこれから一週間以内――つまり次の『×』がやって来る前に――
全ての真実を知り、そのうえで貴女がどうするか、決断しなければなりません。
これはフリーメイソン側のできる最大の譲歩で、これが為されなければ、貴女は……その……」
「殺される」
「……はい……」
 つとめて平静であろうとしている高天原の表情が目に浮かぶ。きっとこの譲歩を引き出すために
彼らも少なくない代償を支払ったのだろう。そう考えると感謝の念が私の胸に満ちた。
「それでも、その真実を頼人さんたちの口から言うことはできないんですね」
「申し訳ありません……やはりこればかりは所長の許可が無いと……」
「頼人さんは今『所長代理』なんですよね? できないんですか?」
「それは……」
 高天原は一瞬口ごもり、それから「規則によりできかねます」とだけ答える。私は「ふぅん」とだけ返した。
「ですがすでに所長の肉体の治療は完了しましたので、あとは魂と精神を肉体に戻すだけです。
それですぐに意識が戻ってくれれば、また所長を説得できます。」
「そうなんですか、意識が戻るのはいつごろになりそうですか?」
「そうですね……魂からコピーした記憶のバックアップを再構成された脳に書き込む作業がかなりかかりますから……
一週間はかかりますね」
「そんなにですか……」
 私は落胆した。
「所長は肉体的には本当に死亡寸前でした。魂と精神をサルベージできたのは本当に幸運なのです、
それをまた新品に近い肉体に戻すのですから、それくらいはやはりかかってしまいます」
「でも私やカオスマンのときは――そうだ彼は、耕平はどうなったの?」
 私は前回の『×』との戦いで空中高くに弾き飛ばされたカオスマンこと天照耕平がどうなってしまったのか
を知らなかった。その前に極度の疲労が私を襲ったために私はつい眠りに引きずりこまれてしまったのだった。
「カオスマンは……その、申し上げにくいのですが……」
 嫌な予感がした。
「またしばらく入院することになりそうです」
 それ以上は訊かなかった。上空数千メートルから落下した人体の様子を思い浮かべ、
私は嫌な気分になる。
「でも、生きてはいるんですね?」
「彼の魂は他の場所にありますから」
「……それは天照耕平の魂が別の場所にあるってこと? 」
「はい」
「じゃあ、カオスマンの肉体に入っていた魂は? 魂が無いと人は自発的な行動がとれないんでしょ?」
「カオスマンは自ら行動したりしませんよ。必ず誰かの命令が無ければ動けません。
彼の魂は別の場所にあるのです。彼には精神に由来する知性がありますが、それも戦闘のみを思考する
擬似的なものです。彼の体の中は空っぽなんですよ」
「へぇ………」
 言いながら、私は高天原のその説明に何か違和感を覚えていた。
 なんだろう、何かが食い違っているような……。
「とにかく、またすぐにカオスマン――いえ、天照耕平は元気になります」
「なんだか、変な感じ」
 私は素直に言葉を口にした。
「いくら死んでも魂さえ無事なら復活って……まるでテレビゲームみたい。リアリティが無い……」
「ですが現実です」
 彼は言った。
「生き物は死んだら復活できない。この世はそういうルールなんです」
「うん……わかってる」
 あらためて説明されるまでもない、自明の理だ。しかし魔学の万能さをこれでもかと
見せつけられるうちに、人の生死すらどうにかできるのではないか、
という錯覚すらしてしまいそうになる。
「話を戻しましょう」
 高天原の事務的な言葉は限りなく現実的だった。
「とにかく、おねがいします。この一週間で……」
「じゃあ、せめてヒントくれません?」
 私はそう言った。
「ヒントですか……」
「たとえば、どこへ行け、とか、誰かと話せ、とか」
「ゲームじゃないんですから、そんなにはっきりとは言えませんが……」
 高天原は考えこんでいるようだった。私は少し無茶ぶりだったかな、と思う。
「……そうですね。では、ひと言だけ」
「はい」
「知っていることと知らないこと、その区別をしっかりつけることが、何ごとも上達の近道ですよ」


 彼の言葉はどういう意味だったのだろう。歩いて家路についていた私はそんなことばかりを考えていた。
 朝早くの女木戸市には職場へ向かうサラリーマンや学生たちが溢れ、先を急いでいる。
もはやシンブレイカー――いや、シンブレイバー――と『×』との戦いはこの街の日常となってしまった。
道路に刻まれた巨人の足あとの工事現場を見物する人々も最初期は何人もいたが、
今となっては外の町からわざわざやってきた団体だけだ。
 なんとなく取り出したスマートフォンのニュースの通知にはシンブレイバーの写真が掲載されていた。
そこには『×』の姿は映っていない。しかし本文を読みすすめると、住民からのインタビューから、
どうやらカメラに映らない怪物がいるらしい、というところまではマスコミも感づいているようだった。
 もし『×』の存在も露見したらどうなるのだろう。ぼんやりとそんなことを考える。
 街を歩いていると、取材をするテレビカメラとリポーターの姿が通りのそこかしこに見えた。
歩きながらそのうちのひとつに目をやると、男性のリポーターは通行人の女性に向けてなにやらしゃべっているようだった。
 ふと、なんだかその女性に見覚えがあるような気がして私は足を止めた。
道行く人々の流れを透かして目を凝らすと、私は「あっ」と小さく声をあげた。
 インタビューを受けている女性は岡本由依だった。
彼女はレースついたのワイシャツに爽やかな青のロングスカートとカーディガンといういでたちで、
笑顔で受け答えをしている。
 私はリポーターを撮影しているカメラマンの背後にまわり、由依に向けて軽く手を振った。
すると彼女もこちらに気づいたようだった。
「ではもうひとつお聞きしたいのですが」
 リポーターの質問が私の耳にも届いた。
「あなたは『魔学』というものをご存知ですか?」
 ギョッとした。
(今、あの人なんて言った?)
 私は立ちすくみ、リポーターをカメラマンの肩越しに凝視する。
「はい、最近話題ですよね」
 岡本が笑顔で答える。
「この街にある天照研究所が研究しているらしいですよ」
「原理がわからないものを使うのは不安ではありませんか?」
「そうですか? 便利だからいいかなって思うんですけど」
「この街に現れるあの巨人も魔学と関係あると思いますか? 」
「多分関係あるんじゃないですかね? 」
「では最後に、あなたはこれからも魔学を使い続けたいと思いますか?」
「もちろんです、こんな便利なもの、一度知ったらもう戻れませんよ!」
「ありがとうございました。」
 インタビューは終わった。
 岡本とリポーターは丁寧におじぎしあい、離れる。岡本は私にかけよってきた。
「ねぇ、見た? テレビにインタビューされちゃった!」
 顔を輝かせてそう言う岡本。私はしかしそんなことはどうでもよかった。
「ねぇ、今のインタビューでさ」
 まだ興奮が冷めやらない様子の岡本に私は訊く。
「魔学について話してたけど」
「うん?」
「魔学って……そんな有名なの? 」
「え?」
 彼女はきょとんとした。
「有名っていうか、最近話題、みたいな?」 
「話題?」
「だってそうでしょ? っていうか、志野も持ってるでしょ? 魔学スマホ」
 私は頷いて、ポケットからスマートフォンを取り出した。岡本はそれを指差す。
「それ、すごく便利じゃない? 」
「たしかに便利だけど……」
「今すごいんだよ、ネットで評判がすごくって、テレビも沢山来てる。
あの巨人もだんだん広まってるし……っていうか、なんで志野知らないの? 」
「あー……なんでだろう、ね」
 私は困って笑顔を作った。そういえば最近『×』やそれをめぐる謎で頭がいっぱいで、
すっかりインターネットやテレビから離れてしまっていた。
 たしかに魔学は凄まじい技術だ。しかしその使用には少なからずリスクがあり、
そのために一般への普及は禁止していると高天原は言っていた。
 だが、この現状は……
(……誰かが魔学を広めている? )
 そう考えると、あの外国人――マイケルが、私の殺害などという恐ろしい手段すら用いて
『×』の到来を防ごうとした理由がわかるかもしれない。
魔学の存在が一般にばれ、広まるきっかけとなった出来事といえば、
それはシンブレイカーと『×』の戦い以外にありえない。
フリーメイソンは何十年も魔学が広まるのを避けていたのだ。そのためならば何でもするだろう。
 そこで私は思い出した。
「由依の使ってる魔学機械って……」
「ん? これだよ」
 そうして彼女が示したのは、彼女のスマートフォンに付いている小さな銀色の機械だった。
「それって、天照病院で貰ったんだよね」
「そうだけど、それがどうかしたの? 」
 不思議そうな顔をする岡本。
 私はじっと彼女の持つ機械を見つめ、あるひとつの可能性について考えていた。



「――で、私を疑っている、と」
 天照病院の地下、天照恵と天照耕平が収められたカプセルのある部屋で、
因幡命は何かの資料をタブレット端末で参照しつつ言った。
 私は彼女の座る椅子から少し離れて立っていて、その横顔を見つめている。
彼女の視線はずっと資料に注がれていた。どうやら私のことは意識の外にあるようだった。私は不快に感じた。
「天照病院で魔学機械が配られていたのなら……当然、あなたも知っているはずです」
「そうだね、たしかに知っていたよ」
 因幡は眉間にしわを寄せている。
「でもじゃあ真っ先に疑うべきは理事長である天照――じゃなくて、高天原の方じゃない? 」
 私は答える。
「これから訊くつもりです」
「そう」
 因幡は端末を机の上に置き、椅子を回転させてこちらを向く。
「じゃあ、逆に訊くけれど」
 彼女はこちらの目を見返してきた。ブラウンの大きめな瞳には力があり、
私は呑まれそうになるのをこらえる。
「なんで私たちが魔学機械を配っていたんだと思う? 」
「話をそらさないでください、私が訊いているんです」
「訊いているのはこっちだよ」
 緊張感のある沈黙だった。私は目をそらさずに考えて、答えを声に出す。
「『『×』から一般の人を守るため』……?」
 すると、因幡は満足そうに「うん」と頷いた。
 私は第3の『×』の襲来時、大学の学生を守ったバリアのことを思い出していた。
「それ以上でも以下でもない、ただの善意だよ。『我に罪なし 汝に罪なし』……」
「それ、その言葉」
 私は思わず声をあげた。
 因幡は怪訝そうにこちらを見る。
「それ、いったいなんです?
 『我に罪なし 汝に罪なし』って。シンブレイバーを動かすときにも言いましたけど」
「潔白を証明する言葉だよ。 
 『我に罪なし』も『汝に罪なし』も、心の底から叫べる人はそう居ない。
 叫べるのはその言葉の通り、誰も罪を犯していないと確信している人だけなんだ。
 どんな人間でも自分の心に平然と背くことはできない……」
 因幡はそう言って静かに目をふせ、物憂げな表情を見せる。
しかしそれも一瞬のことで、すぐにまたぱっちりと目を開いた。
「話を戻そう」
 因幡は両の手のひらを合わせ、くっついた人差し指の先を鼻の頭に持ってくる姿勢になった。
「たしかに私たちは魔学機械を広めた。それは天照研究所の方針と矛盾するように見えるが、
実はそうではない。
 なぜならば目的は一般人の保護であり、すべてが終わったあとはそれら魔学機械を回収する算段も立てていた」
「もしかして」
 私は察した。
「今のこの状態は、天照研究所にも予想外の出来事なんですか? 」
「その通り」
 因幡は頷く。
「魔学機械自体ではなく、その情報をリークしている人物がどこかにいる」
「機械を貰った一般人からじゃ? その人がネットに書き込んだり……」
「フリーメイソンがどのように魔学に関する情報を管理していると?
 彼らはGoogleに多額の寄付をしているんだよ。それに、そういう発想をユーザーがする確率を限りなく
低くするくらい、魔学にとっては朝飯前。
 君も最初は天照耕平のことを思い出せなかった」
「え……まさか、それって! 」
 私は頭の側面に手をやる。
 あるひとつの恐ろしい仮説が頭の中にひらめいていた。
「まさか私が彼のことを思い出せなかったのは――」
 すると因幡は慌てて手を振る。
「違う違う! 私たちは何もしていない! 」
「でも今の口ぶりからすると、魔学に関係あるんですよね? 」
「うっ……」
 因幡はたじろいだ。どうやらさっきの言葉は失言だったらしい。
 そしてさらにひとつ、私には引っかかる部分があった。
「『私たちは何もしていない』ってことは、私の記憶に何かをした人がいるんですね? 」
 因幡は一瞬顔をそむけたが、すぐにまたこちらを見た。
彼女は自身の失言を悔いるように長く息を吐くと、頷いた。
「もしかして、それが、この一連の事件……
『×』の襲来や、シンブレイカーや、この街での戦いの、元凶なんですか」
 私がそう訊くと、彼女はまた頷いた。
「そうだよ……正解だ」
「そんな! 」
 私は声を上げた。
 『×』の襲来に原因があったのなら……!
「……それって、私……?」
 因幡は無言だった。
 私はかつて『×』が一度だけ発した言葉を思い出していた。
(『つぐなえ』と。あのとき……たしかに火あぶりの『×』はそう言っていた)
 今まで私はその言葉をさして気にしてはいなかった。
それは私が私自身に償うような罪など何もないと確信していたためだったが、
魔学によって記憶が操作されている可能性がある以上、そうとも言い切れなくなってしまう。
 だが、やはりおかしいのだ。
「私の記憶をいじったのは誰なんですか」
 私は因幡を睨んで訊いた。彼女は口を閉ざしていた。これ以上は語る気がないということだろう。
私はつめよった。
「天照研究所の人間以外で魔学に通じている人がいるんですか」
 因幡の言葉が事実であるなら、天照研究所の関係者以外に魔学を扱える人間がいることになる。
しかしそうだとすると天照研究所が頑なに真実をひた隠しにしようとする理由がわからない。
記憶をいじったのが彼らでないなら、隠す理由も無いはずだ。
 それとも――
「――それとも私の記憶には、天照研究所にとっても不都合な真実があるんですか」
 因幡は答えない。ただ複雑な感情がこもった瞳でこちらをじっと見上げている。
私は苦々しく感じながらその目を見下ろし、やがて顔を背けた。
「答えてくれないんですね」
 胸に小さな痛みがあった。
 因幡は目を伏せる。
「君が私たちを疑うのも無理は無い……むしろ当然だね」
 ぽつりと彼女は言った。
「しかしこれだけは伝えておくよ」
 キッと彼女はこちらを見る。私は見つめ返した。
「たしかに君の推理通り『×』の襲来の原因は君の記憶の中、君の過去の中にある。
よく思い返して見るといい……だけどそれでも――」
 因幡の声がかすかに震えていることに気づいて私はハッとした。
彼女の瞳は潤んでいた。両手の指は自分の衣服をかたく握りしめて白くなっている。
「それでも君には罪は無いんだ!! 」
 彼女の叫びは部屋中に反響し、かき消えた。
 その言葉は主張のようにも、懇願のようにも、謝罪のようにも聞こえた。
 私は突然のことにすっかり困惑してしまい、しばらく呆然と彼女を見下ろすしかできなかった。
 やがて因幡は涙を拭うと私の横を早足で抜けて部屋を出ていく。
 ひとり残された私は乱暴に閉められたドアの音を聞き、それからぐるりと部屋を見渡す。
 カプセルの中の天照恵は眠ったまま目覚める様子は無かった。

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