―――1週間前
イーグル鋼機収容施設。
第三試験場。午後6時。
「病み上がりだが、大丈夫か?」
S-21C アインツヴァインカスタムコード『雪華』の操縦室の中でシャーリーに声をかけたのは秋常貞夫だった。
「さてな、自分の体の調子に関しては無頓着らしくてな…よくわからないよ。」
CMBUから対鋼獣戦のデータを取るために作られた試験機である『雪華』、この機体はCMBUが開発した対鋼獣を想定する上で作られた最初の機体であり、現行の鋼機であるS-21アインツヴァインをベースに様々な前衛的な試みがなされている。
その為、通常の鋼機とはあまりに勝手の違いにまともに動かせる操縦者はおらず、実戦配備は不可能とされ、対鋼獣戦を想定した鋼機であるプランS-22に必要なデータを取った後廃棄される予定だった。
それに目をつけたイーグル副司令である時峰九条はイーグル総司令である秋常貞夫に雪華のイーグルへの配備を提言、それを受けて貞夫は雪華の配備をCMBUに申請し受理され配属される事となった。
とはいえ、この雪華。まともに実戦機動できるかも怪しい機体でありまず問題になったのは誰が操縦するかという事である。
そこで白羽の矢が立ったのは時峰九条の養子であり、イーグルα部隊で隊長を務めるシャーリー・時峰だった。
シャーリーはまだ29という兵士としては若年といえる年齢であったが、非常に卓越した鋼機操縦能力と状況判断能力に優れた鋼機操縦者であるだけではなく、片足を失った鋼機で鋼機を3機撃墜したという脅威の戦歴を持つ。
こと鋼機を動かす上でのバランス感覚においては彼女の上をいく操縦者はいないと秋常貞夫は評価し、シャーリーは雪華を預けられる事になった。
そして今、その最初の起動テストが行われようとしている。
「さて、病み上がりのこの体…上手く動いてくれればいいが…。」
そう言って、シャーリーはディールダインエンジンを機動させる。
それと同時に制御系が動き出し、ゴーグルディスプレイに明かりが付く。
―Standard21 Custom plan Legionater
―AMBW unconnected
-3D thruster connncted
―Demon c.r .sys run
-System all green
-雪華 wake up
起動完了の準備を告げる文章と共にゴーグルディスプレイと機体のカメラが繋がり視界に広い森林が映し出される。
第三試験場、ここはイーグルにおける鋼機のテスト機動に使用される施設だ。
電子機器特有のノイズ音が耳に響き、今、自分が鋼機にのっているのだと自覚させる。
少し自分を落ち着けるように息を吐き出した後、シャーリーはレバーを握った。
その時である、何か右足に奇妙な感触をシャーリーは感じたのは―――
(なんだ…これは…。)
最初は痛みかと思った、先の戦いで受けた傷がまだ傷んでいるのではないかと…。
だがそれはすぐに違う感触に代わる。足首を掴まれているような圧迫感。何かが足を引っ張っている。
シャーリーはおかしいと思った。
ここは鋼機の操縦室だ。それは人一人がギリギリ入る事ができる小さな個室であり、自分以外の人間が入れるような場所はない。
けれど何かが右足を掴む。
強くそして決して自分のそれを離すまいとするように…強く…。
“た―い―ちょう―――”
声が聞こえた。
既に自分の防音の為のヘッドフォンが付けられており必要な情報以外は遮音するようになっている。
だから、聞こえるのは機体OSからの報告と司令部から声と外部マイクが捉えた音だけのはずである。
だが、聞こえた声はそのどれとも違う。
そしてそれはシャーリーがよく知っている声であり、そして聞こえる筈のない声だった。
“たい―――ちょう”
声が聞こえた。
それはよく知る声、つい数日前まで自分の部隊に所属し、自分の部下として働き、そして先の作戦で鋼獣に殺された者の声。
「ゲンジなのか…。」
南雲ゲンジの声だった。
そんな筈はないはないと思い首を振るシャーリー。
彼は死んだのだ。間違いなく。
もはや原型をトドメないほど無残になった死体を自分が埋葬した。
だから、死んだ筈なのだ。
“たい――ち―――ょう”
声が聞こえた。
先ほどとは違う声。
けれどそれはシャーリーがよく知っている声であり、そして聞こえる筈のない声。
それと同時に今度は左足を掴まれるような感触。
「違う、お前たちは…お前たちは死んだ筈だ。」
加持蓮の声だった。
分析力に優れ、冷静な判断と支援で2年もの間自分を支え続けた男。先の作戦で鋼獣に殺された者の声。
足首を掴まれる感触は次第に膝へと太腿へと昇ってくる。
“じゃあ、何故隊長は――――生きているんですか?”
そう声達が囁く。
「それは――私が、あの戦いで生き延びたからだ。」
“あれ、じゃあ、なんで――――僕達は死んでいるのかな?”
“だって、ほら、隊長僕らに言ってたじゃないですか、僕らは絶対に死なさせないって…。自分の命に変えても守ってみせるって…。”
“ほら、あれ嘘だったんですか?”
「違う!嘘じゃない、そのつもりだった!そのつもりだったんだ!絶対にお前たちを死なせはしない、そう思って戦ってきた。あの時は奇襲を察知出来ずに…。」
“じゃあ、なんで僕達は死んで、隊長はいきているんですか?”
“だから無理な命令に応えてきたのに、応えてきたのに、応えてきたのに!”
自分を掴む手の握力が強くなるのを感じる。
それは憎悪を込めて、握られているようにシャーリーは感じた。
「それは、それは私の力足らずで…。」
“そうですね、隊長は力足らずで無能でした”
“それを見抜けなった僕達が悪いんです”
「そんな事は…。」
“ところで隊長、なんでまた鋼機に乗ってるんです?”
“またあなたの無能で誰かを死なせる気ですか?”
「ち、違う、私は、私は責務だと思ったから乗ったんだ。お前たちの死を無駄にしない為にも私はお前たちの死が無駄でなかったと証明するに戦い続ける。そうしなければならない、そう思って乗ったんだ。」
“流石隊長、高潔なお人だ”
“けれど、あなたは時峰九条にはなれない”
“あなたは彼女ではないのだから…”
「わかってる…そんなことは…わかってる。」
“とこで隊長後ろから声が聞こえてきませんか?”
「こ、こえ?」
言葉を震わせながらシャーリーは言う。
“なぜ…”
“どうして…”
“なんで――”
声が聞こえた。
いくつもの声が-そのどれにも聞き覚えがあり、そしてそのどれもがもう聞く事が出来ない声が…。
それはシャーリーと共に戦い死んだ者の声だった。
「ちがっ…。」
全身が震えている。震えがとまらない。呼吸が早くなり、動悸が激しくなる。
急に胃から何かがせり上がってくる感覚。
シャーリーはそのまま嘔吐した。
“うそつき―――”
“くちだけ―――”
“あなたのせいだ――――”
「ち、違う、私はそんなつもりじゃ…。」
そう震える声で言うシャーリー。
“隊長、既にお気づきかと思いますがこれは――”
“あなたに従い命を落としてきた者の声だ”
いくつもの手がシャーリーを掴む。強く憎しみを込めて肉を抉るように…。
瞬間、視界が白く反転しシャーリーの意識はそこで途切れた。
雪華のテスト起動はシャーリーの緊急事態を察知した貞夫が直ちに中止を決め救出を敢行する。
シャーリーは救出時に既に気絶しており、操縦室内は吐瀉物まみれで酷い臭いだったという。
そして、操縦室の中にはシャーリー以外に誰もいなかった。
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恐怖とは人が何らかの危機的な状況を直感的に受け取る事である。
動物はこの恐怖を受け取った時、いかにこの恐怖から逃れるかそれにその生命の全てを費やす。
これが動物が与えられた危険感知能力であり、生きるための術である。
だが、人には例外がある。
例えそれがどれほど恐ろしくても、それを真正面から受け止めてその先に進もうとする事がある。
恐怖に立ち向かう事、愚かしくもそれは人間だけが行う事が出来る特権なのだ。
だが、必ずしも人はその恐怖に勝てるとは限らない。
史竹孝三郎『生命のあり方より』
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CR ―Code Revegeon― capter3 刹那を超えて―― 承
―1―
イーグル本部内3階通路。
秋常譲二に別れを告げたシャーリーは呼び止めようとする譲二を背に手を振って部屋から出た。
通路では消えかけた電灯が明滅していて、少し目に痛い。
「まったくな…。」
譲二の信じられないような顔を見てシャーリーはそう呟く。
正直な所を言えばあの雪華の中で何があったのかは、事細かには覚えていない。
何か恐ろしい事があって、それに私が打ちのめされたという実感だけがある。
後に貞夫に操縦室で錯乱していた私の声を聞かされた。それは自分の者とは思えない程弱々しく震えた声で謝罪をし続けていた。それでいて納得のいく事だった。
客観的に自分を見れば、おそらくは自分の生き方の限界が来たのだろう。
仲間は誰も見捨てない、誰も救ってみせる。
彼女の側にそんな事が出来る人間がいて、それに憧れて、それになるためにありとあらゆるものを費やし、そしてそんな者になれずにその者だけが抱える荷物を全て抱えそして押しつぶされてしまった。
「お祖母様、私はあなたに――――」
16年前のあの日、自分を救ってくれた老婆。たった一人でテロリストを鎮圧した彼女。
何故だろう。自分と彼女はどうしてここまで違うのだろう…。
「あら、シャーリー。面談はもう終わったのかしら?まったく、負け犬みたいな顔をしていますわよ。」
そう呼びかける刺のある声の方向にシャーリーは振り向く。
そこにはシャーリーもよく知る女性が立っていた。
「―――久良真由里。」
久良真由里、イーグル鋼機γ部隊隊長であり、シャーリーの同期である。
身長はおおよそ160cm程で、猛禽類を思わせるような鋭い目つき、三つ編みに束ねた黒髪が印象的な女性だった。
均整のとれたといえば聞こえがいいがあまりに整いすぎた顔立ちは暖かさよりも冷たい印象を与えさせた。
真由里は驚いた顔で見つめるシャーリーを鼻で笑う。
「そういえば、お辞めになるんでしたね。鋼機にも乗れないのだから仕方ありませんね。」
「耳が痛いな。まあ、そういう事だ。無責任に聞こえるかもしれないがイーグルの鋼機部隊は君に任せられる事になるだろう。君とは考え方があわなくて衝突することも多かったがこれで終わりという事だ。」
「ええ、わたくしとしましても目の上のたんこぶ、五月蝿い口だけの無能鋼機乗りがいなくなるだけで非常に心にゆとりを持てますわ。」
そうやんわりと侮蔑する真由里。
しかし、シャーリーは今の自分では概ねその通りだと思い納得する。
もう自分は鋼機に乗れないこれを無能と言われてどうして否定することができようか…。
「そういえば真由里、君、明日例の作戦があるんだろう?進捗はどうなんだ?」
「名前で呼ばないでくださる?気色悪い。私を名前で読んでいいのは父と私の愛した彼だけですわ…。」
彼という言葉にシャーリーは少し刺のようなものを感じた。
「日野道貞の件はすまなかった…。」
「別に戦場ですものね、そういう事もありますわ。仕方がない。死地に赴いて死ぬは兵士の誉れでしょう?まあ、どこぞの誰かさんは挙式前の彼を絶対に死なせないなんていう約束もしたらしいですけど…。」
「すまない。」
頭を下げて謝るシャーリーをみて真由里は心底不満そうに眉をひそめる。
「ふん、あなた…ほんとうにつまらない人間ですわね。一体何度同じ事を繰り返す気ですか?わたくしはあなたを許さないし、それと同時戦場がどういうものかをその時に知りました。結果、今のわたくしがあります。ええ、シャーリー・時峰あなたのお陰です。しかし、そんな無気力な目をしているのならば、さっさとそのまま痩せさらばえて死んではどうです?あなたにきっと相応しくてよ。」
「―――――。」
押し黙るシャーリー。
「進捗…でしたわね、まあ、あなたもまだ一応イーグルの人間で同じ隊長職にいるのだから教えておきましょうか…明日午前3時、AMB装備したγ部隊は万全の準備をもって作戦に望みます。わたくしは作戦は必ず成功させてみせますわ、この作戦遂行率100%を誇る久良真由里がね。」
そう自信たっぷりに告げる真由里。
実際のところ、久良真由里は一つの問題点を除けば洞察力に優れ、高い指揮力を有し高い作戦遂行率を誇る優秀な隊長である。
しかし彼女には一つ問題があり、それがイーグル内部で彼女に対するマイナスの声が上がる原因でもある。
それは―――――
「――――――お前は、また部下を殺すのか?」
彼女が戦陣にたつと必ず死者が身内から出るという事である。彼女の指揮、彼女の考えの全ては作戦の成功に費やされる。
結果、その為に行われる犠牲を問わない。必要な犠牲とあれば、すぐに仲間を作戦成功という名目のための生贄に捧げる。
これは犠牲を費やさなくても成功する望みが高い作戦であっても、よりその成功する望みが高いのならばすぐに犠牲を用いるという事でもある。
そういった人道に背く側面もある彼女の考え方はイーグル内外から批判の声もあがっていた。
「聞き捨てなりませんわね?彼らは勝手に死んでるだけですよ?わたくしは一度も死ねとは命じていません。最初にそう計画を立てています。ただ必ず毎回誰かがミスをして、結果一人死人が出ているそれだけの事です。」
そう笑う真由里。
「そうか…。今回は誰も死なない事を祈っているよ。」
「さーて、どうでしょうね。あ、そうださっさと雪華もわたしにくださいね、無能さん。」
そういって真由里は嘲笑して去っていく。
シャーリーはその背を見送る。
これでいいと思った、彼女ならば上手くやるだろう。
やり方に関し、シャーリーと真由里は相容れない所はあるものの彼女のような人間が時には必要になる時がある。
けれど―――それだけでは割り切れないものがある。
「私は…なんで…こんなに弱いのだろうな。」
遠い憧れがこの胸にある。遠い夢がこの胸にある。
けれどそれはもう掴む事は出来ない。それを得る為の翼をもがれてしまったのだから…。
力なく壁よりかかるシャーリーの頬に一筋の水滴が流れた…。
―2―
「こちらγ1より各位へ、配置につけたものから報告を…。」
明朝午前3時。
第三区画第六区山岳地帯。森林が生い茂り、鳥達が枝にとまっている。
そこ何かが横切り、枝を折り鳥は慌てて空を飛んだ。
何もいない筈の空間が歪み一瞬だけ青い鋼の装甲を映すがまた周りの風景に溶け込む。
光学迷彩を用いて潜伏していた鋼機S-21アインツヴァインである。
鋼機達は静かにホフクしながら、手に持ったライフルを構えている。
その銃口の先にいるのは異形だ。
全長およそ12m程あるのではないかと思われる巨大な鋼の蠍。鋼獣とよばれ、人類を虐殺を繰り返す尖兵がそこにいた。
この鋼獣が見つかったのはおおよそ3日前である。
山腹地帯で骨を休めるようにして待機していた鋼獣を衛生が発見した。
即座にイーグルはブラックファントムとの協力関係を結んだ事で得られた鋼獣のデータベースと照合。結果、かの鋼獣は剛蠍(ごうさ)という呼称である事が判明した。
その名の通り蠍(さそり)に似たようなフォルムを持つ鋼獣であり、特徴的なのは三股に別れた槍、トライデントを思わせる巨大な尾とカマキリを思わせる巨大な鎌のような腕である。
その能力、その力も事細かくかかれており対策を立てやすかったという点CMBUから送られたAMB兵器つまるところの対鋼獣兵器の実装が行われたという点、この2つから今回の作戦が実行される事になった。
作戦の目的、それは鋼獣の捕獲である。
γ1、つまるところの隊長機である鋼機『S-21アインツヴァイン』に乗り込んだ久良真由里は全員からの配置完了の報告を受けた。
「γ4、ネットの充電状況は?」
「あと10分といった所でしょうか…やっこさんに気付かれないかとひやひやものです。」
「気づかれないよう。奴ら鋼獣は索敵能力に関しては大したものをもっていませんわ。馬鹿な真似をしなければ、見つかる事はないでしょう。」
「了解しました。」
そう応答を返した後、真由里は再び静かに他の鋼機の配置状況を確認しながら敵を観察する。
剛蠍は首を小さくきょろきょろとしながら周りを見渡していた。
「さて、時間の問題ですわね…。」
充電の完了、それをもって作戦が開始される。
それまでは静かに待機し時を待つ。
剛蠍は静かに当たりを見渡している。敵がいるかどうかの警戒をしているのだろうか?
剛蠍は8つの足を動かし、周りの木々と倒し始めた。
(戯れている?)
真由里のアインツヴァインの無貌の先で力を誇示するようにしてその両腕にある巨大な鎌を振り回し木々を切断していく。
鋼獣には人が乗っていると推測されているが、これでは中身も動物とそう変わりないな等という感想を真由里は抱いた。
(しかし、まあ、都合がいいわ)
そう真由里は思う。
真由里の乗るアインツヴァインが映し出すものが剛蠍から違う場所に変わる。
ポイントA3、剛蠍が今いる場所からほんの10m離れた場所でそこには部下の一人が配置についている。
剛蠍の索敵能力がいかに低かろうともう見つかるまで秒読みといったところだろうか…。
真由里はそれを見て唇の端を釣り上げ静かに笑みをうかべた。
―3―
γ部隊γ5、三之秀次は嵌められたと思った。
おかしいとは思ったのだ。
作戦の内容が知らされたのがほんの5時間前で、隊長である久良真由里は時間がもう残されていない事を自分に告げて有無を言わせず作戦内容を記した書類を渡した。
その時の慌ただしさから疑問には思わなかったがよくよく考えてみれば自分以外の隊員は1000m以上離れて待機していたというのに自分だけ鋼獣から100m近くの位置に配置されていた。
その時は鋼獣がどこにいるのかはまだ不確定だとされていたので気づけなかったが、実際に配置についてみてわかる。
これは意図的に自分があの鋼獣見つかるように仕組まれた配置だ。
「くそ、くそくそくそ、次の生贄は俺って事かあの狂人め!」
秀次はそう焦りながら言う。
俺が何をした。先日、隊長の戦術に苦言を呈したからか?そんなくだらない事が原因なのか?
既に敵は目前まで迫ってきている。
すぐに通信をONにして無駄だと知りながらもすがるようにして秀次は隊長への通信回線をつないだ。
「γ5からγ1へ、当機は作戦行動開始時間前に当機は敵と接敵する可能性高し、指示を乞う。」
スピーカーから聞こえるくすくすという女性の笑い声。
まるで秀次が言った事それ自体が面白いとでも思ったかのように…。
「γ1からγ5へ、そのまま待機しなさい。大丈夫やり過ごせるから…。」
そう優しく囁くように真由里は言う。
「無茶だ!いくら奴らの目が悪いといったってこの距離ではばれる。」
「あら、そうなの?それは知らなかったわ…でも待機よ、大丈夫だから…。」
「あんたは俺に死ねと言っているのか?」
「まあ、そうなる可能性もあるでしょうね。その時はわたくしが責任をもってこの作戦を完遂させるわ、遺族にもこう伝えとくわよ、γ5三之秀次は勇敢に戦って死んだって…でも待機よ。ネットの充電が終わるまで、今私達の存在を奴らに知られてはいけない。」
「そんな、ふざけた回答が!」
機体の目の前まで剛蠍が迫ってきているのだ。
このままではただ無抵抗に殺されてしまう。
「くそ、くそくそ、やるしかないのか…。」
待っている人がいるのだ。自分の帰りを待っている人間が!
だからまだ、こんな所で死ぬわけがいかない。
アインツヴァインを待機モードから戦闘機動モードへ移行。
ディールダインエンジンが大きな音をあげて稼働しはじめて、光学迷彩が解除される。
剛蠍は自分の目の前にいる自分を感知し、認識、その鎌をこちらに向けて振り下ろす。
それを秀次の乗るアインツヴァインは後ろに飛ぶ事で回避した。
「γ5命令を破ったわね?」
「そんな命令聞いてたら俺が死んでしまう!」
「そう、でも私達は誰もあなたを助けないわ、あなたを助けにいって作戦が失敗に終わるこれが今考えられる最悪のケース。だから助けには入れない。」
「最初から助ける気などないくせにこの気狂いめ!」
秀次はそう叫ぶ。
「隊長に酷い言い草ね。まあ、聞かなかった事にしてあげるわ。それぐらい切羽詰まっているんでしょうから…γ5、あと8分、一人で耐えてみせなさい?そうしたら充電が終わるから助けに入ってあげるわ…。」
「そんな事、出来るわけが…。」
「あら、確かα部隊の秋常譲二だったかしら、あの子鋼獣と15分以上戦闘して死ななかったらしいわよ。だからね、出来る出来るあなたならきっと出来る。だから応援してるわよ。」
「クソ!クソ!クソ!」
秀次は涙を流しながら操縦桿のトリガーを握った。眼前に映るのは巨大な体躯の蠍の鋼獣。8分間一人で戦って生き残るそれしか生きて帰る道はない。
発砲。
秀次のアインツヴァインの持つアサルトライフルから弾が矢継ぎ早と発射される。
それらは全て鋼獣に命中するがダメージを与えた形跡が見られない。
「クソ、ズルだろそれ、ふざけんなよ!」
攻撃に構わず再び鎌を振り下ろす剛蠍の攻撃を秀次はアインツヴァインを横転させる事で辛くも回避させながら狼狽した。
ナノイーター装甲。
1月前に解析された鋼獣を覆う装甲であり、その全てが極小のナノマシンで構成されている。
この装甲の特徴は自身に撃たれた弾丸をナノマシンが装甲の形状を変化させる事で衝撃を吸収し、その後分解して、自身の装甲へと還元する事であり、文字通り攻撃を食らう装甲である。
鋼獣はこれによってほとんどの物理的干渉を無力化する事が出来る。
鋼獣が鋼機に大きな優位性をつけているのはこの装甲が大きな理由となる。
だからこそ、今、秀次が行っている攻撃は全て文字通り『食われる』。
自身が受けている弾丸の雨を何事もなかったかのように突き進み迫る剛蠍。
そして交差するようにして両腕の鎌が振り下ろされる。
(―――――避けきれない。)
そう判断した秀次は、即座に左腕を盾にして後方に下がる。
振り下ろされた鎌を左腕を輪切りに切断し、機体の胸元にその切っ先をつけるがすんでのところで回避した。
秀次は即座に左腕部へのディールダイン供給を中断する。
(ちくしょう…。)
鋼機の装甲を紙を切るように容易く切断するという事実に秀次は驚愕する。
鋼機のバイブレーションナイフではこう簡単にいかない。一体どんなメカニズムがあの鎌にあるというのだろうか…。
(けど…。)
秀次に光明が差す。
見たところこの鋼獣の武装は鎌と尾の2つだけのようで、遠距離攻撃の武装が積まれていない。
つまり、一定以上の距離をとって回避に専念していれば8分を超えるチャンスはあるという事だ。
そう思い後ろに跳ねながら右手に持つライフルで迎撃。そして接近された所での鎌の攻撃を幾度も回避する。
ナノイーターがあるとはいえ、攻撃を無力化している内は大きな動きが鋼獣が取れないという欠点が既に研究で明らかになっている。
残り4分。
(いける…。)
秀次は確信を持つ、100m以上の距離を保った立ち回り、コレに徹している限りこの鋼獣の攻撃には当たらない。
そうして少しの攻防の後、剛蠍は自身の鎌が当たらない事を認識したのか、攻撃の手を止めた。
それと同時に尾を大きく立てる。
(来るか…)
その様に秀次は小さく息を吸った。
蠍の最大の武器である尾の三又に別れた針。
鋼獣の巨大さも相まってそれはもはや槍のそれだった。
おそらくは剛蠍の切り札なのだろう。
だが、槍であるならば点の攻撃…軌道にさえ注意すれば回避は難しくない。
そう思い秀次は尾を注視する。
重要なのは集中力、軌道を見切り、素早く機体に回避行動を取らせる事…。
双方の少しの沈黙、そして先に火蓋を切ったのは剛蠍だった。
放たれる尾、その槍のような針の先端が秀次の機体に向けて放たれる。
そして、秀次はそれを見切り横転して回避した。
―3―
「あーあれ駄目ですわね。」
γ5の戦闘の様子を見ていた久良真由里は自身の三つ編みをいじりながら、そう告げる。
見通しが甘い、見切りが甘い。敵の尾は三又に分かれている。
そこから考えられる可能性に思考がいっていない。だから横転などという愚を取る。
つまり結末はその時点で見えていた。
「まあ、敵の機体性能のチェックも終わりましたし、御役目ご苦労でしたわね、γ5。」
そういって真由里は小さな笑みを浮かべた。
―4―
(何が起こった…。)
操縦席で血を吐きながら考える。
確かに回避した、確かに回避した筈なのだ。
機体の肩を敵の尾がかすっていったのは確認したし、鎌の射程距離外にも逃げ込んだ筈だった。
しかし何故か自分の機体の胴に穴が空き、自分の体の一部を持って行ってしまった。
(何故…。)
既に致命傷。その中で、疑問が秀次の中に巡る。
この現状に理解がおいつかない。なんでこんな事になってしまったのだ。
視界が赤く染まり、もうほとんど用をなしていない。
ゴーグルは外の風景をジャミ線を流しながら映し出す。
うっすらと見えるのは自分の機体に突き刺さった尾。
確かに回避した筈なのに!!
その時ふと違和感に気づく…その違和感の正体に気づいた時、秀次は血を吐き出しながら乾いた笑いにならない笑い声をあげた。
(それ、ないだろ…3つに分かれてるなんて…さ。)
色を失っていく視界の中で剛蠍の尾が三叉に分かれている事を認識する。
そう、剛蠍の尾は3つに別れたのだ。
1つは回避したが、もう1つは回避出来ずにあたったそれだけの事だった。
薄れゆく意識の中で最後に脳裏に描かれるのは1つだけ…。
彼女の―――――
後編に続く