創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

captar3 転 後編 

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
―4―

第七格納庫地下。
強化コンクリートで補強され、冷たく油臭い空気が漂うそこは鋼機の地下格納庫になっていた。
そこには久良真由里、シャーリー・時峰の2人だった。
彼女たちの前にはパスを持っているものしか開くことの出来ない大きな扉がある。
この扉の向こうに『雪華』は安置されている。

「司令より許可が降りたようだ、さっさとこの邪魔な扉を開けてくれないか?敵はもうそこまで迫ってきているんだ。」

そうシャーリーに催促するように言ったのは真由里だった。

「わかった。」

そういってシャーリーは扉にある網膜認証装置にパスカードを入れた後、自分の瞳を押し付けた。
機械が動作し、シャーリーの網膜パターンを読み取る。
電子音と共に認証装置のディスプレイにOPENの文字が表示され巨大な扉のロックが外れていき自動で開かれていく。
久良真由里は待ち望んでいた時に、目の前に現れるであろう機体に期待を寄せる。
CMBUの技術の粋を集めてカスタムされた初の対鋼獣を想定された鋼機。
横の糞のような女が言ったようにそれゆえの癖があるだろうが、これでも自分はシャーリー・時峰と比較してもそれを超えた操縦技術を持っていると自負している。
多少のじゃじゃ馬なら乗りこなしてみせるという自信が久良真由里にはあった。
扉が開き、暗い一室にライトが照らされそこに鎮座する機体が光を浴びる。
真由里は目を輝かせてその紫の鋼の巨人を見つめた。
そして、その数十秒後そのまばゆいばかりに光らせていた目は黒く淀んだ。

「これは…どういう事ですの?」

真由里の目の前には確かに雪華がある。CMBUの技術の粋を使って作られた対鋼獣決戦用鋼機。
だが、それを見た真由里の声は失望の色が色濃く現れていた。
信じられないものを見たとでも言わんばかりに…。

「見ての通りだよ。これが雪華という機体だ。」

シャーリーはそう答える。
真由里の反応は当然だ。誰だって実戦で鋼機を動かした事があるなら同じ感想を抱く。
つまりは―――

「CMBUはこんなスクラップで奴らと戦う気でしたの!」

真由里はそうまともな神経の感想を狼狽するように叫ぶ。
スクラップ、これほど正鵠を得た評価もない。
この機体を作った人間は頭のネジが間違いなく飛んでいる。
何故ならば、この機体はまともに動くことを想定して作られた機体ではないからだ。
CMBUの技術の粋そういって最新技術を惜しみなく使われた機体である事は確かであり、その際に注ぎ込めるだけの技術をつぎ込んで作られた機体である。
それが意味する所はまともに動かすどころか、強引に詰め込めるだけ詰め込んでその上でなんとか体裁を保っているというバランスの悪さであった。
真由里は一つだけ勘違いをしていた。この機体はそもそも実戦配備のなかった予定の機体なのだ。
CMBUが実用実験をあまりせずにデータのみを取った後、廃棄にする予定だったものを時峰九条が横から強引にかっさらってきたのだから…。

「だが、それが全てだ。これが雪華なんだ。だから言っただろう久良、雪華はお前の期待するようなものではないと…。」
「でも…。」
「だが、確かに今この事態を解決出来る可能性があるとするならば、こいつだけだ。それもお前ならわかるだろう?」
「あなたが乗ればいいじゃない!私は死ぬ覚悟はあっても犬死にする覚悟なんてないわ!」
「ふざけるなよ久良ァ!」

真由里の襟元を掴みあげるシャーリー。

「さっき切った啖呵はなんだ!私達を生かす為に死んでいったお前の部下たちはなんだ!その為にも戦わなければならないといってお前はあいつらの命を捨てさせたんだよな?なのにお前はここで急に覚悟を失って彼らの死を無駄にしようとしている!その意味、お前は本当にわかっているのか!」
「わかっていますわ?だから何?彼らが死んだから、私も死ねと?そんな無意味な行動になんの意味がありますか?可能性があるのならば、私はこれに乗りましょう。ですがね乗ったら死ぬとわかる機体になんて私は乗る気は無いんですよ!そんなに彼らの死を無駄にしたくないのならばあなたがあのスクラップに乗ればいいじゃない!」
「出来るならやっている!」
「ああ、そうでしたわね、あなた、もう鋼機乗れない無能でしたわね…!トラウマ?笑わせる、ふざけた話も大概にして欲しいですわ。」

黙りこむシャーリー。
鮮明には思い出せないが、体が震え動かなくなり、声も失い、動機が激しくなり意識を失ったその感覚はおぼろげだが覚えている。
死者が自分の元に来るのを見た。自分に恨みを言うのを聞いた。自分の体を強く掴むのを感じた。
今、この雪華を見ているだけでも呼吸が荒くなり、汗が大量に流れ出しているのだ。
シャーリーは自分にもう鋼機を動かす事は出来ない事を再び思い知らされている。
無能、真由里のいうことは何も間違っていない…そうシャーリーは思った。

「まったく、なんですか大体、あなたは…今更、人の死に耐えれなくなって鋼機にのれなくなる?アハハ、そうなるのが遅すぎでしょう。あなたがそんなんだから―――――」

地下に大きな音が響き振動する。
地上で今、何かが起こっている。
そしてその何かは2人には容易に想像が付いた。
『奴』が、あの蠍の姿をした『鋼獣』が来たのだ。今自分たちのいる施設を破壊する為に…。

「くそくそくそくそくそくそくそくそ、なんでなんでこんな事になった。なんでこんな風になった。こんな筈じゃない、こんな筈じゃなかった筈なのに…。」

取り乱す髪をかき乱す真由里。その顔は涙でもうぐしゃぐしゃになっている。
もう逃げられない。敵はすぐそこにいる。
迫り来る死。死神は足音を隠さずにすぐそこに鎌を振るいに来ている。
今地上に出るのは得策ではないだろう。見つかってしまえば生存の可能性は限りなく少なくなるし、破壊行動に巻き込まれて死ぬ可能性まである。
確かに真由里の言っている事は一理ある。
目の前にある機体は言うまでもなく欠陥機だ。鋼機として必要なものを削ぎ落とされてしまっている。
こんなものに乗った所で犬死にするのが普通だろう。
だからこそせめて生きるためにここで隠れる。勝ち目のない戦いなどするべきではない。
そう考える。
だが、だからといって地下でやりすごしほとぼりが冷めるまでここで隠れている事が生きる為の本当に最善だろうか?
この考え方はここにいるシャーリーと真由里の2人しか生存の勘定に入っていない。
地上にいる他の仲間たち、逃げ遅れた人、死んでいった仲間たち、自分たちを信じて命を投げ捨てた仲間たち…それを捨てるという事だ。
ここに隠れ続けるということは、もしかするとどこからともなく増援が現れて自分たちを救ってくれるかもしれない。
もしかすると地下には近づかずここから去ってくれるかもしれない。
そんな確証のない祈りを捧げ、呆然と立ち尽くし迫り来る死が来る可能性に無力に怯える。
死んでいった仲間たち、死んでいく仲間たちから目をそらして、ただ一人生き延びる道を選ぶ。
つまりはそういう事である。
だが、疑問として――――である。








疑問として―











―――――果たしてそれはシャーリー・時峰に容認できる選択なのか?






答えは明白で、単純で、そして簡潔だった。
そう答えは――――――


「私には―――無理だ…。」

そう泣くように呟いてシャーリーは雪華の方へと歩を進める。

「あなた何を――――。」

シャーリーの方を見つめて目を見開き弱々しい声で尋ねる真由里。
彷徨うようにしてシャーリーは雪華へと歩を進めていく、真由里の声も聞こえていないようだ。
繰り返される破壊行動に地下が大きく揺れ、鼓膜を破壊しかねないような破壊音が聞こえる。
手が震える、胸が既に恐怖で締め付けられそうになっている、吐き気を覚える、
目からは涙が流れ始め、幾度も体がそこへ行くのを拒むように硬直する。
だが、乗り越えなければならない。
でなければ自分を生かすために送り出してくれたあの3人に報いる事は出来ない。
自分に求められてるのは彼らの死を無駄にしない為にも、この雪華を駆って戦う事だ。
だから、この体が動かない事、この体がもうボロボロで自分の意思ではどうにも出来ない事なんてどうでもいい。
こんな体でも戦場に立つ事ぐらいは、少しぐらいは時間は稼いで他の人が逃げる時間ぐらいは作れる筈だから…。
胃からなにかせり上がるものを感じ膝をついて嘔吐する。
食べたものが逆流して、口に胃液の味が広がり吐瀉物が床に撒き散らされる。
ひとしきり吐き終わった後、袖でそれを拭って再び震える足に力を入れて歩み出す。
体が鉛のように重く堅い。一歩一歩を踏み出すのに尋常ならざる程の精神力を消耗していく。
雪華のある方から逆風が吹き荒れて、体が後方へと吹き飛ばされそうな錯覚を覚える。
久良真由里が自分の背後で何か言葉を言っているようだ、だがその言葉はもう認識できない。
瞼が重い、すぐにでも瞼を閉じてしまいたくなる衝動にかられる。
なんでだ、なんでこんな無茶をしなきゃいけないんだ?
諦めよう、最初から無理な話だったんだ。ここに閉じこもって隠れて生きるべきなんだ。そう心身共に悲鳴をあげる。
それにシャーリーは弱々しくも抵抗した。
嫌だ。そんなのは嫌だと…。
そうして雪華の元にたどり着く。
そして雪華に触れるその瞬間、それは起こった。
何かが足を掴む感覚。
何かが手を掴む感覚。
何かが頭を掴む感覚。
何かが指を掴む感覚。
何かが肩を掴む感覚。
何かが腰を掴む感覚。
何かが髪を掴む感覚。
何かが鼻を掴む感覚。
何かが口を掴む感覚。
何かが目を掴む感覚。
おぞましくて、重くて、痛くて、痒くて、臭くて、気が狂いそうで心がもうくちゃくちゃになって――――
そして何故さきほどまで体が鉛のように硬く重かったのかを知った。
――――声が聞こえた。
真由里の声はもう聞こえない程消耗しているというのにその声だけは鮮明でそれでいて怨嗟に満ちている。

“隊長、なんで俺たちを見捨てたんですか…”
“隊長、僕ら死なないっていったじゃないですか?”
“隊長、何故あなただけ生きているんですか…”

そう怨嗟を込めて昔幾度も聞きそしてもう聞こえない筈の声が聞こえる。
まともに呼吸は出来ない。
乗り越えなければならない。振り切らなければならない。確かに自分はいろんな犠牲を出してしまった無能な人間だ。
けれど、だからこそ、今、彼らの為にも乗り越えて戦い、彼らの死が無駄ではなかった事を示さなければならない。
彼らを振りきって生きて戦わなければならない。
それが生きたものの義務であり―――――

“そんなのあなたの勝手な理屈じゃないですか…”

囁くように声が言う。
そしてもっと多くの手がシャーリーの全身を掴む。
そしてシャーリーの視界が白く染まり、意識が――――――





白く―





白く―――――





白く――――――――――――









―5―


あ、



小さなオルゴールがなっている。
曲名は覚えていない。数世紀の前の著名な作曲者が作った曲なのだという。
父が10歳の誕生日祝いの時にくれたこのプレゼントのオルゴール。
私は何回もハンドルを回して流れだす音楽を聞いた。
たどたどしく流れる曲はとても優しくて切なくて、それを聞く度に私はなんとも言えない嬉しい気持ちになって心地よかった。
その後、母が腕をふるって作ってくれた鳥料理を食べた。これも今までに食べたどんなものよりおいしくて幸せだった。
それは今も覚えている。
こんな幸せな時がずっと続けばいいのに…そうずっと思っていた。
けれどそんな願いはすぐに無残に打ち捨てられた。
父と母はそれから10日後に死んだ。
家族旅行先のホテルでテロリスト達に銃口を向けられ無抵抗に見せしめで殺されたのだ。
当たり前だと思っていた日常は終わりを迎え、考えた事もなかった死が目の前に歩み寄ってくる。
テロリスト達は肉塊となった父と母を背に天井に向けて笑いながら銃を乱射する。
このままここにいたら殺されてしまう。
私はそう思いはしたものの、父と母を殺された悲しみと恐怖で思考がぐちゃぐちゃになってパニックになっていた。
もう終わりだ。死んでしまう。お父さんとお母さんみたいに死んでしまう。
怖い怖い怖い。
死にたくないよ、死にたくないよ、死にたくないよぉ!
そう叫びたくなるのを必死でこらえた。声を漏らしてしまえばテロリストたちに目を付けられて次の生贄は自分にされてしまうかもしれない。
そう思い恐怖に体を震えさせていた時、一人の老婆が現れた。
老婆は黒いジャケットの下に白いTシャツ、黒いスカートをはいていた。体は服の上から見ても茎のように細く、顔は木の年輪のようにしわが多かった。
どこからどうみてもみずぼらしく、よれた頼りない老人、それが最初の老婆の印象だった。
老婆は枯れ枝のように細い体でテロリスト達の前にたった。
誰もがその時思っただろう、殺されると…。老婆は何かテロリストと話した後、呆れたようにため息を吐いた。
それは死を目の前にした人間のする事では無かった。
大きな音が外でなる。それに一瞬気を取られたテロリスト達と人質達は老婆の姿を見失った。
その一瞬、その間にテロリスト達は次々と手にもった銃を落とし膝をついていく。
私には、いや、たぶんその場にいた誰にも何が起こったのは理解できなかった。
ただ老婆はその中で一人だけ立っていた。

「怪我人はいないかい?」

とあたりを見渡す老婆を見て次第に理解が追いついてく。
この老婆がやったのだと…この場にいる誰よりもか弱そうですぐにでも折れてしまいそうな体をした老婆がやったのだと理解する。
テロリスト達は全て無力化され、私は自分が助かったのだと知った。
思わず我慢していた声が漏れる。視界は涙でぐしゃぐしゃになった。
もう誰もいないのだ。助かったけれどいつも一緒にいてくれた父と母はもう私の近くにはいないのだとそれを理解して泣き叫んだ。
泣き叫ぶ私に老婆は歩み寄って抱きしめる。

「怖かったね。大丈夫かい?お嬢ちゃん。お父さんかお母さんはいるかい?」

そう聞いた。
私は首を振って、父と母が殺されてしまった事を老婆に告げる。
老婆はそれを聞いて私を強く抱きしめた。

「ごめんね、お嬢ちゃん。お婆ちゃん遅くてさ…。」

心底自分の不甲斐なさを呪うように責める口調でいう。
私はそうだと思った。お婆ちゃんがもっと早く来てくれればお父さんとお母さんは死ななかったかもしれない。
そうしたら、明日も明後日もまた明々後日も一緒に幸せな時間を過ごせたかもしれない。
なんで、なんでもっと早く来てくれなかったの?
なんで、なんでもっと早く助けてくれなかったの?
私は老婆に酷い言葉をたくさん投げつけた。それは老婆からしてみれば理不尽この上ない事であったけれど老婆はそれをじっと受け止めて私を抱きしめる。
その時、外で大きな音がなった。
外部で警戒に当っていたテロリストの鋼機がホテルの中の異常に気づいたのだ。
老婆はそれを感じ取って私の頭を撫でて

「本当はもう少し責められてあげたいけど、時間だ…。」

そう告げて、立ち上がる。
その顔には決意の表情があった。
私は老婆が何を考えているのかを察して老婆の裾を掴む。

「ダメだよ、お婆ちゃん次こそ死んじゃうよ…。」

鋼機に挑もうとしているのだろう…。けれどそんなの敵うわけがないと私は思う。
だからこそ、行かせたくはなかった。もう人が死ぬのを見るのは嫌だ。誰かが死ぬのなんてもう見たくない。
けれど老婆そうする私に苦笑して、頭を撫でて言う。

「大丈夫さ、お婆ちゃんはね、無敵なんだ。」

そういって老婆はホテルの外に向かう。
その時、私には戦いに赴く老婆の華奢で今にも朽ちてしまいそうな背がとても雄大に見えた。
そうして人質達の非難を笑い飛ばして、老婆は行く。
戦いはそう長くはかからなかった。老婆は鋼機の攻撃を回避しながらコックピットハッチを強制解放し無力化した。
信じられない光景だった。
まるで映画のヒーローでも見ているかのような出来事。
私もお婆ちゃんのように強ければよかったのに…お婆ちゃんのようになれればお父さんもお母さんも失わないですんだかもしれないのに…。
そういう思いが私の胸を巡った。
強く…強くなりたい。そして――――もう何も失わないようにしたい。
戦いから戻ってきた老婆に私は尋ねた。

「お婆ちゃんはなんでそんなに強いの?」

老婆は笑って答えた。

「それはね、あたしが色々なものを背負っているからさ。」
「背負う?」

意味が理解できずに首をかしげる私の頭を老婆は撫でた。

「お嬢ちゃんの命、ここにいる皆の命、あたしをここまで生かしてくれた人たちの命、そして私をここに送り出してくれた人たちの願い。そんなものが私の背中にある。いいかい、これからお嬢ちゃんも色々辛い目に遭うこともあるだろう…けれどね、お嬢ちゃん。それから目を背けたら駄目だ。それをしっかり背負って、辛くてもその足に力を入れて踏ん張って前に進むんだ。そしたらあたしなんてすぐ超えれるぐらい強くなれるさ。人間は背負いこんだ分だけ強くなれるんだから…。」

老婆はそういってまだ難しいよねと苦笑して去っていく。
それは姿があまりに眩しくて、あまりに高潔で、あまりに優しくて…私はああいう風になりたいと思った。
その姿は私にとって呪いであり、そして憧れになったし、父と母を失って失意の中にあった自分を支える柱になった。
小さなオルゴールがなっている。
その思い出はこの音色と共に今も私の心に刻まれている。


―6―



走馬灯は終わりを告げ、シャーリーの視界はもはや何も写さない。
体が倒れていくのを感じた。
まるで体が空中を浮いているような感覚。
体が少しづつ斜めになり、床が近づいてくる。

(結局、こうなるのか…。)

過去を乗り越えようとして、過去に押しつぶされつつあるのを感じる。
倒れたらもう二度と立てない。
一生このままだと思う。
けれど、私は過去を乗り越える事なんて出来そうにない。
私はここで終わり…。
乗り越える事なんて――――



乗り越える?


ふと浮かぶ疑問。何かがおかしい。
何かが決定的に間違っている。そうシャーリーの中で何かが叫ぶ。
それはなんだったか…そうさっきも聞いた筈だ。
老婆があの日、あの時かけてくれた言葉。
老婆は、時峰九条はあの時、

―――人間は背負いこんだ分だけ強くなれるんだから

そう――――言ったのだ。
それが人の強さになると…強さとはそういうものだと…。
そうだ間違えていた。
シャーリーは後ろを見る。自分と共にいて命を失ってきた死者の群れがそこにいる。
シャーリーの足を掴み、手を掴み、頭を掴み、指を掴み、肩を掴み、腰を掴み、髪を掴み、鼻を掴み、口を掴み、目を掴んで、必死に訴えかけている。

“私達を置いて行かないでくれと”

目に涙を浮かべて、嘆願するように必死に叫んでいる。
ああ、何故これを乗り越えようなどと思ったのか…。
乗り越えるとはつまりは彼らを過去にして、その全てから目を背ける事だ。
それは今まで自分に託された願いと怒りと悲しみの全てを無に返してしまう事だ。
それでは先の久良真由里と何も変わらないではないか…。
自分がしなければならない事は、彼らを乗り越えるのではなく背負う事…そして背負った上で前に歩き出さなければならない。
それこそが――死んでいった彼ら対して出来る唯一の事なのだから!!
倒れかけていた体を前に足を踏み出し力を入れ支える。
全てが崩れていく音。自分の限界。シャーリー・時峰は時峰九条のように強くはない。
何故ならシャーリー・時峰は時峰九条ではないのだから…。
だが、それが一体なんだというのだ?
だからといってそれが諦めていい理由になるのか?
全身に力を入れる。
息は切れ切れになり死者達は重石のように背に覆いかぶさるような感覚。
その重みにすぐに潰されてしまいそうになるのを下唇を噛み締め、踏ん張った。
視界が色を取り戻し始める。
目の前には雪華の紫の機体があった。
体調はまるで改善された感じはなく、むしろ悪くなったように感じる。
だが、シャーリーはそれで構わないと思った。これから先もずっとこんな感覚が自分をつきまとうだろう。だが、それでいい。
シャーリーの耳に死者の声は聞こえなくなった、けれどかわりに視線が監視するように刺さっているのを感じる。
彼らは私が何をするかそれをじっと見ているのだ。
その重責を背にシャーリーは雪華のコックピットブロックに昇り、操縦室に入った。
鋼機の操縦室は狭く閉塞感がある。
雪華は中に入ったシャーリーを認識し網膜チェックの後セキュリティが解除された。
シャーリーは座席に座りゴーグルを付け起動の操作を行う。
エンジンの駆動音と共に機体が少し揺れる。
制御系が動き出しゴーグルディスプレイに明かりがついた。
ディスプレイの中に文字列が走り始めた。
それはまるで無機質なこの機体に命が吹きこまれていくようだった。

―Standard21 Custom plan Legionater

―AMBW connected
-3D thruster connncted
―Demon c.r .sys run
-System all green

起動準備が完了。
レバーを握り、シャーリーはまだそれぐらいの力が自分には残されている事に安堵した。
自分の状態は最悪だが、それでもまだ戦うだけの力は残っている。
ならば、この力使わないわけにはいかない。

「いくぞ、雪華。お前からすれば私は頼りないだろうが、まあ、こんな所で何もせずに朽ち果てるよりはいいだろう?」

そう語りかけるように言った後、シャーリーはコンソールを操作し、起動の操作を行う


-雪華 wake up


そうして、雪華の2つの瞳に光が灯った。


To be continued 結

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー