南太平洋上。
日差しは強く、吹き付ける風は熱気を孕んでいる。
私は、此処に来るべきじゃなかったんだ!――御前静(おんまえしずか)は目の前に聳え立つ
真新しい隊舎を見上げ、官品の大きなOD色の衣嚢を足元に置いた。
自分が酷く場違いな気がして、まだ十六歳の内向的な少女は途方に暮れてしまった。身を包む
少女工科学校の暗緑色の制服はこの南洋には似つかわしくない。青空と白い雲、潮風は東京湾に
面した武山駐屯地を彷彿とさせ、何処か懐かしくも思えるが此処はもう日本ではない。此処は様々な
国から集まった外国人ばかりで、この制服がかなり浮いてしまっている。本来ならばJDFの制服を
日本にいる間に支給される筈だったのだが、何故か届かず、結局この制服で此処までやって来た。
だが何時までも逡巡している訳にもいかず、静は意を決すると衣嚢を手に隊舎の扉を潜った。
隊舎に入った瞬間、静は驚いた。あまりにも清潔だったのだ。リノリウムの床はまるで磨き
上げられた鏡面の様で、少女工科学校では毎週末にポリッシャーをかけるのだがここまで綺麗に
なる事は無かった。隅々まで掃除が行き届いているようで文字通り塵一つ落ちていない。隊舎内に
漂う空気は肌寒いくらいにひんやりと冷たく、何故か新車の臭いと消毒臭の混ざった臭いがした。
綺麗過ぎる隊舎の床を歩くのは少し気が引けたが、静は示された教場を目指して足を踏み出した。
その一歩が静寂な隊舎内に予想以上に響いて驚いた。静は足音を抑えようと思い、そろりと歩いた。
隊舎内を進む間に、静は拭い去り難い違和感が胸中に芽生えるのを抑えられなかった。確かにこの
隊舎は清潔だ。しかしそれはあまりにも不自然過ぎた。大勢の人間が生活している場所なのに
生活感が全く感じられなかったのだ。まるで人形が住んでいるかのように。
やがて静の率直な感想は遠からず当たった。静が歩いていると部屋の一つから突然何かがぬっと現れ、
咄嗟の出来事だったので反応できずにそのままぶつかってしまった。その衝撃で静は思わず尻餅をついた。
日差しは強く、吹き付ける風は熱気を孕んでいる。
私は、此処に来るべきじゃなかったんだ!――御前静(おんまえしずか)は目の前に聳え立つ
真新しい隊舎を見上げ、官品の大きなOD色の衣嚢を足元に置いた。
自分が酷く場違いな気がして、まだ十六歳の内向的な少女は途方に暮れてしまった。身を包む
少女工科学校の暗緑色の制服はこの南洋には似つかわしくない。青空と白い雲、潮風は東京湾に
面した武山駐屯地を彷彿とさせ、何処か懐かしくも思えるが此処はもう日本ではない。此処は様々な
国から集まった外国人ばかりで、この制服がかなり浮いてしまっている。本来ならばJDFの制服を
日本にいる間に支給される筈だったのだが、何故か届かず、結局この制服で此処までやって来た。
だが何時までも逡巡している訳にもいかず、静は意を決すると衣嚢を手に隊舎の扉を潜った。
隊舎に入った瞬間、静は驚いた。あまりにも清潔だったのだ。リノリウムの床はまるで磨き
上げられた鏡面の様で、少女工科学校では毎週末にポリッシャーをかけるのだがここまで綺麗に
なる事は無かった。隅々まで掃除が行き届いているようで文字通り塵一つ落ちていない。隊舎内に
漂う空気は肌寒いくらいにひんやりと冷たく、何故か新車の臭いと消毒臭の混ざった臭いがした。
綺麗過ぎる隊舎の床を歩くのは少し気が引けたが、静は示された教場を目指して足を踏み出した。
その一歩が静寂な隊舎内に予想以上に響いて驚いた。静は足音を抑えようと思い、そろりと歩いた。
隊舎内を進む間に、静は拭い去り難い違和感が胸中に芽生えるのを抑えられなかった。確かにこの
隊舎は清潔だ。しかしそれはあまりにも不自然過ぎた。大勢の人間が生活している場所なのに
生活感が全く感じられなかったのだ。まるで人形が住んでいるかのように。
やがて静の率直な感想は遠からず当たった。静が歩いていると部屋の一つから突然何かがぬっと現れ、
咄嗟の出来事だったので反応できずにそのままぶつかってしまった。その衝撃で静は思わず尻餅をついた。
「いったぁ~…」
思い切りぶつけた鼻を押さえて静はその場に蹲った。ぶつかった何かは鉄の様に固かったのだ。
<大丈夫か?>
頭上から誰かが心配そうな声を掛けてきた。ぶつかった何かはどうやら人の様だが、妙に
声がくぐもっている様な気がした。
「へ、平気でふ…」
赤くなった鼻を押さえながら涙目で静は顔を上げた。その瞬間、痛みなど忘れてしまった。
静がぶつかった相手は、人間ではなかった。正確に言えば人間ではあるがおよそ人間らしさが
これっぽっちも見当たらない無い存在だった。有機物と無機物の割合に換算すると、
ほぼ無機物と言っても差し支えがない。
<平気と言ってる割にはかなり痛がってるじゃないか。手を貸そう>
差し出された手は平均的な成人男性を遥かに凌ぐ大きさだった。しかし問題なのは手の大きさではない。
ゴムの様な感を持つ、艶消しの黒の人工皮膚に覆われていたのだ。爪の代わりに指先上部には
金属のカバーが嵌められている。手の甲には工業製品によくある、ロット番号が刻印されていた。
人間らしくないのはなにも手だけではない。その人工的な手の持ち主の顔には耳も鼻も口も無かった。
人間の頭骨を模して造られた鈍い金属色の特殊複合装甲製頭骨ユニットはのっぺりとしており、
人間らしさは欠片も見当たらない。尤も、のっぺらぼうとの相違点は、人間で言えば目がある場所に
複眼(デュアルアイ)式の複合光学センサー、メンテナンス用パネルの僅かな凹凸、外部情報端末などの
周辺機器に対応した細かな出入力端子の接続口が其処彼処にあるぐらいだが。
思い切りぶつけた鼻を押さえて静はその場に蹲った。ぶつかった何かは鉄の様に固かったのだ。
<大丈夫か?>
頭上から誰かが心配そうな声を掛けてきた。ぶつかった何かはどうやら人の様だが、妙に
声がくぐもっている様な気がした。
「へ、平気でふ…」
赤くなった鼻を押さえながら涙目で静は顔を上げた。その瞬間、痛みなど忘れてしまった。
静がぶつかった相手は、人間ではなかった。正確に言えば人間ではあるがおよそ人間らしさが
これっぽっちも見当たらない無い存在だった。有機物と無機物の割合に換算すると、
ほぼ無機物と言っても差し支えがない。
<平気と言ってる割にはかなり痛がってるじゃないか。手を貸そう>
差し出された手は平均的な成人男性を遥かに凌ぐ大きさだった。しかし問題なのは手の大きさではない。
ゴムの様な感を持つ、艶消しの黒の人工皮膚に覆われていたのだ。爪の代わりに指先上部には
金属のカバーが嵌められている。手の甲には工業製品によくある、ロット番号が刻印されていた。
人間らしくないのはなにも手だけではない。その人工的な手の持ち主の顔には耳も鼻も口も無かった。
人間の頭骨を模して造られた鈍い金属色の特殊複合装甲製頭骨ユニットはのっぺりとしており、
人間らしさは欠片も見当たらない。尤も、のっぺらぼうとの相違点は、人間で言えば目がある場所に
複眼(デュアルアイ)式の複合光学センサー、メンテナンス用パネルの僅かな凹凸、外部情報端末などの
周辺機器に対応した細かな出入力端子の接続口が其処彼処にあるぐらいだが。
「あ、あの、えと…」
静はどうすればいいのか分からなかった。初めてなのだ。全加工人(フルプラセス)と呼ばれる
全身サイボーグを間近に見るのが。しかも生身の人間では有り得ないような重装備姿だ。
分厚い金属製装甲プロテクターの上から武器と弾薬を可能な限り収納したタクティカルベストや
大容量のポーチが幾つも付いたベルトを身に付け、とても人間には扱えそうにない大きな小銃と
狙撃銃をスリングベルトでそれぞれを身体の前後に吊り下げていた。右の太股に装着している
レッグホルスターに収まった大口径拳銃は、一発で象をも撃ち殺せそうなほど巨大だ。
静はそれなりに鍛えていたが、その鉄塊の如き代物は到底ではないが生身には扱えないだろう。
しかし何時までも尻餅をついたまましどろもどろとしている訳にもいかず、静は恐る恐る
差し出された手を掴んだ。フルプラセスの掌は見た目よりもザラザラとしていて、冷たかった。
滑り止めの特殊加工が施されているのだろう。そして予想以上に強い力で引っ張り上げられた。
全く静の体重など意に介していない様子だ。
<なんだ。お嬢さん、フルプラセスを見るのは初めてという顔をしているな>
その重装備のフルプラセスは静を引っ張り上げると、2m以上もある長身を折って彼女の顔を
覗き込みながら言った。ずいと間近に迫った無機質な顔に静は思わずたじろいだ。
<ハハハハ。なにも取って喰おうなんてしないさ。何故なら、俺達には口が無いからな。なぁみんな!>
そうだそうだ、といつの間にかそのフルプラセスによく似た重装備姿のフルプラセスが
何人か集まっていた。皆、一様に見上げるほどの長身と鈍い金属色の頭部を持っていた。
彼らが身じろぎする度に、全身に身に付けた武器弾薬がガチャガチャと音を立てた。車両に
搭載する重機関銃や多連装ロケットランチャー、重対戦車誘導弾、大口径無反動砲などを
背負った彼らは、たった数人で軍隊を相手にでもしようというのだろうか。
静はどうすればいいのか分からなかった。初めてなのだ。全加工人(フルプラセス)と呼ばれる
全身サイボーグを間近に見るのが。しかも生身の人間では有り得ないような重装備姿だ。
分厚い金属製装甲プロテクターの上から武器と弾薬を可能な限り収納したタクティカルベストや
大容量のポーチが幾つも付いたベルトを身に付け、とても人間には扱えそうにない大きな小銃と
狙撃銃をスリングベルトでそれぞれを身体の前後に吊り下げていた。右の太股に装着している
レッグホルスターに収まった大口径拳銃は、一発で象をも撃ち殺せそうなほど巨大だ。
静はそれなりに鍛えていたが、その鉄塊の如き代物は到底ではないが生身には扱えないだろう。
しかし何時までも尻餅をついたまましどろもどろとしている訳にもいかず、静は恐る恐る
差し出された手を掴んだ。フルプラセスの掌は見た目よりもザラザラとしていて、冷たかった。
滑り止めの特殊加工が施されているのだろう。そして予想以上に強い力で引っ張り上げられた。
全く静の体重など意に介していない様子だ。
<なんだ。お嬢さん、フルプラセスを見るのは初めてという顔をしているな>
その重装備のフルプラセスは静を引っ張り上げると、2m以上もある長身を折って彼女の顔を
覗き込みながら言った。ずいと間近に迫った無機質な顔に静は思わずたじろいだ。
<ハハハハ。なにも取って喰おうなんてしないさ。何故なら、俺達には口が無いからな。なぁみんな!>
そうだそうだ、といつの間にかそのフルプラセスによく似た重装備姿のフルプラセスが
何人か集まっていた。皆、一様に見上げるほどの長身と鈍い金属色の頭部を持っていた。
彼らが身じろぎする度に、全身に身に付けた武器弾薬がガチャガチャと音を立てた。車両に
搭載する重機関銃や多連装ロケットランチャー、重対戦車誘導弾、大口径無反動砲などを
背負った彼らは、たった数人で軍隊を相手にでもしようというのだろうか。
静は肉食獣の群れに囲まれた小動物の様に縮こまってしまった。全くの初対面の彼らは、
とても気さくな感じでいい人そうなのだが、如何せんフルプラセスは得体が知れなくて不気味なのだ。
それに何故か彼らからは新車の匂いと消毒臭が混ざった微妙な臭いがして、胸がムカムカする。
とても気さくな感じでいい人そうなのだが、如何せんフルプラセスは得体が知れなくて不気味なのだ。
それに何故か彼らからは新車の匂いと消毒臭が混ざった微妙な臭いがして、胸がムカムカする。
<ところで、お嬢さんは見る限り此処の者じゃなさそうだな>
静とぶつかったフルプラセスが、彼女がJDFとは違う制服を着ているのに気が付いた。
「私は日本の少女工科学校から出向して此処に来ました」
<少女工科学校?>
「えーと、日本国防軍の中にある女子校みたいなものです」
<軍幼年学校みたいなものか…ふむ、データベースを検索してみたが、お嬢さんの階級章はSGT(三等軍曹)か。
若いのにここいらの連中と変わらないとは凄いな>
少女工科学校は四年制の日本国防軍直轄の教育機関であり、各職種に必要とされる特殊技能を
身につけた生徒は卒業と同時に三等陸曹に任命され、部隊の中核として重要な戦力になる事を期待される。
静は卒業と同時にJDFへの出向を命じられ、今は日本を遠く離れて南洋上にいた。
<それで出向という事は、お嬢さんは新設される例の部隊に配属されるという訳だな。よし分かった。
お前らは先に訓練場へ行け。俺はお嬢さんをそこへ案内する>
そのフルプラセスが静の返事を待たずに彼女の荷物を手に取ると、先に立ってずんずんと歩き出した。
静は、武器弾薬を満載した大きな背中が遠ざかるのを、一瞬きょとんとした表情で見送ってしまったが、
我に返ると慌てて追い掛けた。
「そんな悪いですよ!初対面なのにそこまでしてくれなくても…」
本心ではこのフルプラセスからさっさと離れたかったがその願いは叶いそうに無い。彼に悪気はないの
だろうが、フルプラセスはどうにも苦手だった。独特の臭いがなんとも好きになれそうにない。
<そんな事ぐらい気にするなよ>
追い付いてもフルプラセスの歩幅は静よりもずっと大きく、彼がゆっくり歩いているつもりでも
静は早歩きでなければとついていけなかった。階段に差し掛かるとそれは顕著に現れた。
<そういえば名前を聞いていなかったな>
階段を五段飛ばしでひょいひょいと上がる途中、フルプラセスがそう尋ねた。
「御前静です…階級は、三曹、です……」
体力には自信があった静だが、疲れを知らないフルプラセスのペースには流石に付いていけなかった。
息も絶え絶えにそう応えるのが精一杯だった。
<ギャレンタイン・ハーディライクだ。年齢は四捨五入すると四十だ。階級はMCPO(最先任上級兵曹長。マスターチーフとも)。
皆からはハーディと呼ばれているが好きに呼んでくれて構わない>
やがて目的の階に到着したギャレンタインは大股で先に進んでしまった。静は置いてかれまいと
健気な仔犬の様に息を切らせて後を追う。
<この教場がそうだな。取り敢えず中に入って中隊長が来るまで待っていろ。何人か先に着隊しているらしいから、
今のうちに打ち解けるのもいいかもな>
「わ、分かりました…」
息を切らせながら静は簡単に身形を整え、呼吸を落ち着かせた。
<それじゃあ、入るか>
静の準備が整ったのを確認してからギャレンタインは教場の扉を開け、長身を少し屈めて中に入った。
静も彼の後に続いた。
静とぶつかったフルプラセスが、彼女がJDFとは違う制服を着ているのに気が付いた。
「私は日本の少女工科学校から出向して此処に来ました」
<少女工科学校?>
「えーと、日本国防軍の中にある女子校みたいなものです」
<軍幼年学校みたいなものか…ふむ、データベースを検索してみたが、お嬢さんの階級章はSGT(三等軍曹)か。
若いのにここいらの連中と変わらないとは凄いな>
少女工科学校は四年制の日本国防軍直轄の教育機関であり、各職種に必要とされる特殊技能を
身につけた生徒は卒業と同時に三等陸曹に任命され、部隊の中核として重要な戦力になる事を期待される。
静は卒業と同時にJDFへの出向を命じられ、今は日本を遠く離れて南洋上にいた。
<それで出向という事は、お嬢さんは新設される例の部隊に配属されるという訳だな。よし分かった。
お前らは先に訓練場へ行け。俺はお嬢さんをそこへ案内する>
そのフルプラセスが静の返事を待たずに彼女の荷物を手に取ると、先に立ってずんずんと歩き出した。
静は、武器弾薬を満載した大きな背中が遠ざかるのを、一瞬きょとんとした表情で見送ってしまったが、
我に返ると慌てて追い掛けた。
「そんな悪いですよ!初対面なのにそこまでしてくれなくても…」
本心ではこのフルプラセスからさっさと離れたかったがその願いは叶いそうに無い。彼に悪気はないの
だろうが、フルプラセスはどうにも苦手だった。独特の臭いがなんとも好きになれそうにない。
<そんな事ぐらい気にするなよ>
追い付いてもフルプラセスの歩幅は静よりもずっと大きく、彼がゆっくり歩いているつもりでも
静は早歩きでなければとついていけなかった。階段に差し掛かるとそれは顕著に現れた。
<そういえば名前を聞いていなかったな>
階段を五段飛ばしでひょいひょいと上がる途中、フルプラセスがそう尋ねた。
「御前静です…階級は、三曹、です……」
体力には自信があった静だが、疲れを知らないフルプラセスのペースには流石に付いていけなかった。
息も絶え絶えにそう応えるのが精一杯だった。
<ギャレンタイン・ハーディライクだ。年齢は四捨五入すると四十だ。階級はMCPO(最先任上級兵曹長。マスターチーフとも)。
皆からはハーディと呼ばれているが好きに呼んでくれて構わない>
やがて目的の階に到着したギャレンタインは大股で先に進んでしまった。静は置いてかれまいと
健気な仔犬の様に息を切らせて後を追う。
<この教場がそうだな。取り敢えず中に入って中隊長が来るまで待っていろ。何人か先に着隊しているらしいから、
今のうちに打ち解けるのもいいかもな>
「わ、分かりました…」
息を切らせながら静は簡単に身形を整え、呼吸を落ち着かせた。
<それじゃあ、入るか>
静の準備が整ったのを確認してからギャレンタインは教場の扉を開け、長身を少し屈めて中に入った。
静も彼の後に続いた。
教場に入った瞬間、複数の視線を感じた。幾つかは自分ではなく、ギャレンタインに向けられた
ものだったが直ぐにこちらに変わった。好奇心、或いはただ何の感情も無く投げ掛けられる
それらに静は少し身を強張らせた。
同年代の少女が数人、思い思いの席についている。自分と同じ日本人は一人もいない。
<お、あの娘の隣が空いてるな。よしあそこにしよう>
しかし緊張する静とは関係無しにギャレンタインは勝手に席を決めていた。幾らでも座る席はあるのに
わざと先に着隊した少女の隣を選ぶ辺りが確信犯としか言いようが無い。静は抗議しようとしたが無駄と
判断し、さっさと諦めた。
<それじゃー皆、仲良くしろよ。これから同じ釜の飯を食う仲間になるんだから。お嬢さんらの中隊長はもう
そろそろ来るからそれまで友好でも深めておくように>
先に着隊していた少女の隣の席に静の荷物を置くと、ギャレンタインはさっさと出て行った。一同は
少しの間、呆気に取られていたがやがて各々の行動に耽りだした。
読書に勤しむ者、爪の手入れをする者、惰眠を貪る者、窓の外をぼんやりと眺める者、軍事雑誌を
スクラップする者、何故かメイドを横に侍らせている者、そして隣の席に座る少女は、
人懐っこそうにニコニコとこちらを見ていた。
ものだったが直ぐにこちらに変わった。好奇心、或いはただ何の感情も無く投げ掛けられる
それらに静は少し身を強張らせた。
同年代の少女が数人、思い思いの席についている。自分と同じ日本人は一人もいない。
<お、あの娘の隣が空いてるな。よしあそこにしよう>
しかし緊張する静とは関係無しにギャレンタインは勝手に席を決めていた。幾らでも座る席はあるのに
わざと先に着隊した少女の隣を選ぶ辺りが確信犯としか言いようが無い。静は抗議しようとしたが無駄と
判断し、さっさと諦めた。
<それじゃー皆、仲良くしろよ。これから同じ釜の飯を食う仲間になるんだから。お嬢さんらの中隊長はもう
そろそろ来るからそれまで友好でも深めておくように>
先に着隊していた少女の隣の席に静の荷物を置くと、ギャレンタインはさっさと出て行った。一同は
少しの間、呆気に取られていたがやがて各々の行動に耽りだした。
読書に勤しむ者、爪の手入れをする者、惰眠を貪る者、窓の外をぼんやりと眺める者、軍事雑誌を
スクラップする者、何故かメイドを横に侍らせている者、そして隣の席に座る少女は、
人懐っこそうにニコニコとこちらを見ていた。
癖のない真っ直ぐな金髪を高い位置で束ねてポニーテールにしているのが特徴的な少女だ。
背格好は静と同じぐらいだろうか。彼女は、静と同様にJDFの制服を着てはいなかった。
身を包むアメリカ陸軍の制服の胸の辺りがとても窮屈そうだ。豊かな乳房が今にもはち切れん
ばかりに衣服を盛り上げている。
「こ、こんにちは」
ギャレンタインの計らいで先に着隊していたこのアメリカ人少女の隣の席に座る事になった静は、
取り敢えず英語で話し掛けた。良い関係は挨拶から始まるが、静の笑顔は少しぎこちない。
「コンニチワねー。ミーはクリスチーナ・ビュイックといいまーす。出身はUSA。クリスって呼んで欲しいねー」
妙な訛りの英語を話すアメリカ人少女――クリスは接し易そうな少女のようで、静は安堵した。
出だしは上々といったところだろうか。
「私は御前静。出身は日本よ。よろしくね、クリス」
静も簡単に自己紹介し、握手を求めて手を差し出した。するとクリスは快く握手を返すどころか、
差し出された静の手を両手で包む様にして丁寧に握り返すと、妙に熱っぽい眼差しで静を見詰めた。
それは憧れのスターを目の前にした熱心なファンの様だ。静は少し、身を引いた。
「オーゥ、ミーは日本人大好きねー。特に日本の女の子の綺麗な黒髪が大好きでーす。静の黒髪、とてもとても
綺麗ねー。感動したねー。静はまるでお人形さんの様に可愛いねー。これが萌えっていうやつねー」
静は熱っぽく語るクリスから何か危険な匂いを鋭敏に感じ取ったが、根は悪い子ではなさそうだ。
少し変わっているが上手くやっていけそうな気がする。それに自慢の黒髪を褒めてくれたのは嬉しい。
「なんだかよく解らないけど、そんなに褒められると照れちゃうな」
「何も照れる事はないねー。充分に誇れる事ねー。でも謙遜は日本人の美徳ねー。ますますミーは静が
好きになったねー…ところで」
そこで漸くクリスは今まで握っていた静の手を離した。
背格好は静と同じぐらいだろうか。彼女は、静と同様にJDFの制服を着てはいなかった。
身を包むアメリカ陸軍の制服の胸の辺りがとても窮屈そうだ。豊かな乳房が今にもはち切れん
ばかりに衣服を盛り上げている。
「こ、こんにちは」
ギャレンタインの計らいで先に着隊していたこのアメリカ人少女の隣の席に座る事になった静は、
取り敢えず英語で話し掛けた。良い関係は挨拶から始まるが、静の笑顔は少しぎこちない。
「コンニチワねー。ミーはクリスチーナ・ビュイックといいまーす。出身はUSA。クリスって呼んで欲しいねー」
妙な訛りの英語を話すアメリカ人少女――クリスは接し易そうな少女のようで、静は安堵した。
出だしは上々といったところだろうか。
「私は御前静。出身は日本よ。よろしくね、クリス」
静も簡単に自己紹介し、握手を求めて手を差し出した。するとクリスは快く握手を返すどころか、
差し出された静の手を両手で包む様にして丁寧に握り返すと、妙に熱っぽい眼差しで静を見詰めた。
それは憧れのスターを目の前にした熱心なファンの様だ。静は少し、身を引いた。
「オーゥ、ミーは日本人大好きねー。特に日本の女の子の綺麗な黒髪が大好きでーす。静の黒髪、とてもとても
綺麗ねー。感動したねー。静はまるでお人形さんの様に可愛いねー。これが萌えっていうやつねー」
静は熱っぽく語るクリスから何か危険な匂いを鋭敏に感じ取ったが、根は悪い子ではなさそうだ。
少し変わっているが上手くやっていけそうな気がする。それに自慢の黒髪を褒めてくれたのは嬉しい。
「なんだかよく解らないけど、そんなに褒められると照れちゃうな」
「何も照れる事はないねー。充分に誇れる事ねー。でも謙遜は日本人の美徳ねー。ますますミーは静が
好きになったねー…ところで」
そこで漸くクリスは今まで握っていた静の手を離した。
「静はどうしてJDFのユニフォームを着てないねー?」
「日本にいる間に届く筈だったけど、何かの手違いで届かなくてね。仕方なくこの制服で来たって訳。
そういうクリスは?」
「ミーはサイズが合わなかったねー。胸が窮屈でとてもじゃないけど着れなかったねー」
そう言ってクリスは困った顔をして、制服にぎゅうぎゅうと収まっている、たっぷりと量感溢れる
巨乳を手で持ち上げて見せた。静はクリスの迫力のバストを前にして、成る程、と納得した。
「そう。それは大変そうね」
「大変ねー。これだけ大きいと合う下着がなかなか無いから殆どオーダーメイドねー。他にも良い事なんて
全く無いねー…はぁ、とてもブルーな気分ねー。この胸はミーのコンプレックスねー」
深く溜息をつくクリスは、自身の胸に相当な悩みを抱いている様子だ。静も人並み以上のものを
持ってはいるがクリスほどではないので、彼女にしか解らない悩みが数多くあるのだろう。
確かに、クリスほど胸が大きいと第五匍匐前進の時に邪魔になりそうねと静は思った。
そうやって二人は暫くの間、他愛もない話を続けていたが、程なくして教場の扉が何の前触れもなく開いた。
教場に入ってきたのは、またもやフルプラセスだった。2mを優に越える長身と鈍色の金属に
覆われた頭部は既に見飽きている。しかしそのフルプラセスは先程のギャレンタインとは違い、
顔のほぼ中央部に単眼(モノアイ)式の複合光学センサーを持ち、JDFの将校用の制服を着ていた。
戦闘を目的として設計された無骨な義躰である筈なのに、そのフルプラセスは見事なまでに制服を
着こなしていた。ギャレンタインが重装備を身に付けていたから分からなかったが、彼らの
義躰はすらりと等身が高くて、まるでモデルの様だったのだ。
その将校用の制服を着こなすフルプラセスは教壇に立つと、教場の一同を機械の目で見回した。
一同の間に思わず緊張が張り詰める。
「日本にいる間に届く筈だったけど、何かの手違いで届かなくてね。仕方なくこの制服で来たって訳。
そういうクリスは?」
「ミーはサイズが合わなかったねー。胸が窮屈でとてもじゃないけど着れなかったねー」
そう言ってクリスは困った顔をして、制服にぎゅうぎゅうと収まっている、たっぷりと量感溢れる
巨乳を手で持ち上げて見せた。静はクリスの迫力のバストを前にして、成る程、と納得した。
「そう。それは大変そうね」
「大変ねー。これだけ大きいと合う下着がなかなか無いから殆どオーダーメイドねー。他にも良い事なんて
全く無いねー…はぁ、とてもブルーな気分ねー。この胸はミーのコンプレックスねー」
深く溜息をつくクリスは、自身の胸に相当な悩みを抱いている様子だ。静も人並み以上のものを
持ってはいるがクリスほどではないので、彼女にしか解らない悩みが数多くあるのだろう。
確かに、クリスほど胸が大きいと第五匍匐前進の時に邪魔になりそうねと静は思った。
そうやって二人は暫くの間、他愛もない話を続けていたが、程なくして教場の扉が何の前触れもなく開いた。
教場に入ってきたのは、またもやフルプラセスだった。2mを優に越える長身と鈍色の金属に
覆われた頭部は既に見飽きている。しかしそのフルプラセスは先程のギャレンタインとは違い、
顔のほぼ中央部に単眼(モノアイ)式の複合光学センサーを持ち、JDFの将校用の制服を着ていた。
戦闘を目的として設計された無骨な義躰である筈なのに、そのフルプラセスは見事なまでに制服を
着こなしていた。ギャレンタインが重装備を身に付けていたから分からなかったが、彼らの
義躰はすらりと等身が高くて、まるでモデルの様だったのだ。
その将校用の制服を着こなすフルプラセスは教壇に立つと、教場の一同を機械の目で見回した。
一同の間に思わず緊張が張り詰める。
<そんなに緊張しなくていい。皆、楽にしてくれ>
その声は先程のギャレンタインと同じ無機質な合成音声である筈なのに、不思議と磨き抜かれた
教養と知性を窺わせる響きがあった。
<私はアイザック・C・ハインライン。階級は大尉だ>
通常、中隊規模の部隊指揮官は大尉が担う。という事は彼が自分達の上官なのだろうか。
<事前に言っておくが、私は君達の直接の指揮官ではない。私は第一軌道降下猟兵師団で
小隊長を務めている。君達の直接の指揮官は別にいるが、部隊を運用する上で君達は私の
指揮下に入るだけだ。この問題はややこしいのでそれついては後で説明しよう。それでは君達の
直接の指揮官を紹介しよう。稲村大尉、入ってきたまえ>
アイザックが促すと、若い日本人女性の将校が教場に入ってきた。年齢は二十代前半と
いったところだろう。亜麻色の長い髪を背中でゆったりとした三つ編みに纏めたその穏やかそうな
女性は、軍人というよりも小学校の新任教師にしか見えなかった。
女性はアイザックの隣に立つと軽く会釈をした。彼と比べると大人と子供ほどの差がある。
「私が皆さんの中隊指揮官となる稲村明菜です。私が皆さんに求めるのはこの三つだけ」
明菜はチョークを手に取ると黒板に向き直り、三つの言葉を大きく書き出していった。その姿が
本物の教師の様でまるで違和感が無かった。
「強く、優しく、忖度せよ。強くなければ余裕は生まれず、人に優しく接する事は出来ない。
人に優しい人は強い人です。でもただ優しいだけでは駄目。相手の心中を推し量れる思慮深さが
なければ本当の意味での優しさが伴わない。私は、皆さんに真に優しい人になって貰いたいのです」
目を輝かせながら語る明菜の姿は、まさに熱意溢れる新任教師そのものだった。静は、やはり明菜は
軍人よりも教師になるべきだと思った。
「さて、こうして皆さんは無事に着隊した訳ですが、実はまだ揃っていません。あとは御前さんと
同じ日本から一人来る予定です。取り敢えず、今いる人達だけで自己紹介してみましょうか。
それでは御前さんから順に行ってください」
人前で話すのはあまり得意ではないが、指名されたからにはやるしかない。静は席を立つと
その場で全員に向かって一礼した。その表情は硬い。
その声は先程のギャレンタインと同じ無機質な合成音声である筈なのに、不思議と磨き抜かれた
教養と知性を窺わせる響きがあった。
<私はアイザック・C・ハインライン。階級は大尉だ>
通常、中隊規模の部隊指揮官は大尉が担う。という事は彼が自分達の上官なのだろうか。
<事前に言っておくが、私は君達の直接の指揮官ではない。私は第一軌道降下猟兵師団で
小隊長を務めている。君達の直接の指揮官は別にいるが、部隊を運用する上で君達は私の
指揮下に入るだけだ。この問題はややこしいのでそれついては後で説明しよう。それでは君達の
直接の指揮官を紹介しよう。稲村大尉、入ってきたまえ>
アイザックが促すと、若い日本人女性の将校が教場に入ってきた。年齢は二十代前半と
いったところだろう。亜麻色の長い髪を背中でゆったりとした三つ編みに纏めたその穏やかそうな
女性は、軍人というよりも小学校の新任教師にしか見えなかった。
女性はアイザックの隣に立つと軽く会釈をした。彼と比べると大人と子供ほどの差がある。
「私が皆さんの中隊指揮官となる稲村明菜です。私が皆さんに求めるのはこの三つだけ」
明菜はチョークを手に取ると黒板に向き直り、三つの言葉を大きく書き出していった。その姿が
本物の教師の様でまるで違和感が無かった。
「強く、優しく、忖度せよ。強くなければ余裕は生まれず、人に優しく接する事は出来ない。
人に優しい人は強い人です。でもただ優しいだけでは駄目。相手の心中を推し量れる思慮深さが
なければ本当の意味での優しさが伴わない。私は、皆さんに真に優しい人になって貰いたいのです」
目を輝かせながら語る明菜の姿は、まさに熱意溢れる新任教師そのものだった。静は、やはり明菜は
軍人よりも教師になるべきだと思った。
「さて、こうして皆さんは無事に着隊した訳ですが、実はまだ揃っていません。あとは御前さんと
同じ日本から一人来る予定です。取り敢えず、今いる人達だけで自己紹介してみましょうか。
それでは御前さんから順に行ってください」
人前で話すのはあまり得意ではないが、指名されたからにはやるしかない。静は席を立つと
その場で全員に向かって一礼した。その表情は硬い。
「御前静です。出身は中隊長と同じ日本で、少女工科学校から出向してきました。趣味は駆け足と銃剣道で、
特技はkm4分半のペースで20km走る事です。至らぬところもあるかもしれませんが、よろしくお願いします」
ぺこりと一礼して席に着く。愛想がなさすぎたかな、と席に着いてから静は己の無愛想さを恥じた。
「次はミーの番ねー。ミーはクリスチーナ・ビュイックといいまーす。クリスって呼んで欲しいねー。
出身はUSAでーす。好きなものはピザとコークでーす。皆、ミーと仲良くして欲しいねー。
ミーも皆と仲良くしたいでーす」
立ち上がって自己紹介をするクリスは相変わらずニコニコとしている。自分にもあれぐらい
愛想があればいいのに、と静は少し彼女を羨ましく思った。
クリスの次に席を立ったのは、読書に勤しんでいた少女だ。少し短めの栗毛をカチューシャで纏め、
大きく開いた額と縁無しのスマートなデザインの眼鏡が理知的な印象を与えた。しかしレンズ越しの
目付きは若干鋭く、少し近寄り難い雰囲気があった。
「エマ・ワトソンです。出身はイングランド。趣味は読書とパソコンです。特技、というよりも
取得しているMOS(Military Occupational Speciality:軍事特技区分)は電子戦に関する事柄です。
電子機器と電子情報の取り扱いを得意としているので、その分野で部隊の役に立てればと思っています」
エマは見事なクイーンズイングリッシュで自己紹介を早々に終えると、席に着くなり読書を再開した。
静はちらり、と教壇の明菜を見遣った。彼女は少し困った様な顔をしていた。
エマの次に立ち上がったのは、静よりも幾らか背の高い少女だ。JDFの制服を着崩し、ボリュームの
ある胸元を大胆に露出している。エキゾチックな琥珀色の肌にアップに纏めた銀髪がよく映えていた。
すらりと長い手足に高い腰はモデルにしか見えない。
「カミッラ・アドリアーノ。出身はイタリア。趣味は女の子と遊ぶ事。私、そういう性癖なのよ。
特技は…そうねぇ、女の子のスリーサイズを言い当てる事ぐらいかしら。よろしくね」
カミッラの濡れた様に艶のある声は、思わず同性をも魅了する魔力を秘めていた。静はまさか
同じ部隊にガチの人がいるとは思わなかったが、別段驚いてもいない。少女工科学校在校時、普通に
同性同士で付き合っている女の子達が身の回りにおり、静自身も同級生や後輩からラブレターを
貰ったり、告白されたりといった経験は何度もある。静は、女の子が女の子を好きになる事が
特に異常だと感じた事はない。人が人を好きになるのは何も恥じる事ではないのだから。
カミッラの次は、いまだ惰眠を貪り続ける少女だ。しかし彼女は自分の番が回ってきたというのに、
いやそれ以前に他の人の自己紹介すら聞いていなさそうだった。気持ち良さそうにすやすやと
穏やかな寝息を立てている。
「えーと…エリザベータ・ディアギネフさん?次は貴女の番なのだけれど……起きてくれないかなぁ?」
明菜は困った顔で、お願いする様に言った。が、彼女が起きる気配は全くない。
特技はkm4分半のペースで20km走る事です。至らぬところもあるかもしれませんが、よろしくお願いします」
ぺこりと一礼して席に着く。愛想がなさすぎたかな、と席に着いてから静は己の無愛想さを恥じた。
「次はミーの番ねー。ミーはクリスチーナ・ビュイックといいまーす。クリスって呼んで欲しいねー。
出身はUSAでーす。好きなものはピザとコークでーす。皆、ミーと仲良くして欲しいねー。
ミーも皆と仲良くしたいでーす」
立ち上がって自己紹介をするクリスは相変わらずニコニコとしている。自分にもあれぐらい
愛想があればいいのに、と静は少し彼女を羨ましく思った。
クリスの次に席を立ったのは、読書に勤しんでいた少女だ。少し短めの栗毛をカチューシャで纏め、
大きく開いた額と縁無しのスマートなデザインの眼鏡が理知的な印象を与えた。しかしレンズ越しの
目付きは若干鋭く、少し近寄り難い雰囲気があった。
「エマ・ワトソンです。出身はイングランド。趣味は読書とパソコンです。特技、というよりも
取得しているMOS(Military Occupational Speciality:軍事特技区分)は電子戦に関する事柄です。
電子機器と電子情報の取り扱いを得意としているので、その分野で部隊の役に立てればと思っています」
エマは見事なクイーンズイングリッシュで自己紹介を早々に終えると、席に着くなり読書を再開した。
静はちらり、と教壇の明菜を見遣った。彼女は少し困った様な顔をしていた。
エマの次に立ち上がったのは、静よりも幾らか背の高い少女だ。JDFの制服を着崩し、ボリュームの
ある胸元を大胆に露出している。エキゾチックな琥珀色の肌にアップに纏めた銀髪がよく映えていた。
すらりと長い手足に高い腰はモデルにしか見えない。
「カミッラ・アドリアーノ。出身はイタリア。趣味は女の子と遊ぶ事。私、そういう性癖なのよ。
特技は…そうねぇ、女の子のスリーサイズを言い当てる事ぐらいかしら。よろしくね」
カミッラの濡れた様に艶のある声は、思わず同性をも魅了する魔力を秘めていた。静はまさか
同じ部隊にガチの人がいるとは思わなかったが、別段驚いてもいない。少女工科学校在校時、普通に
同性同士で付き合っている女の子達が身の回りにおり、静自身も同級生や後輩からラブレターを
貰ったり、告白されたりといった経験は何度もある。静は、女の子が女の子を好きになる事が
特に異常だと感じた事はない。人が人を好きになるのは何も恥じる事ではないのだから。
カミッラの次は、いまだ惰眠を貪り続ける少女だ。しかし彼女は自分の番が回ってきたというのに、
いやそれ以前に他の人の自己紹介すら聞いていなさそうだった。気持ち良さそうにすやすやと
穏やかな寝息を立てている。
「えーと…エリザベータ・ディアギネフさん?次は貴女の番なのだけれど……起きてくれないかなぁ?」
明菜は困った顔で、お願いする様に言った。が、彼女が起きる気配は全くない。
するとエリザベータから幾らか離れた席に座っていた少女が立ち上がった。
「大尉。リザはモスクワから到着したばかりです。私が代わりに自己紹介します」
そう名乗り出た少女の声は抑揚のない特徴的な響きがあった。背中の中ほどまで伸びる、
光沢のあるプラチナブロンドは本物だ。切れ長の深いエメラルドグリーンの瞳は狩人の如く鋭い。
女性的な丸みを帯びてはいるが、若干痩せぎすの上背のある身体は長い手足と相まって少年の様だった。
「私の名前はヴィエナ・ヴィルヘルミナ・ヘルミネン。出身はフィンランドのラウトゥヤルヴィ。
趣味と特技はケワタガモ猟だ。話す事はそれぐらいだな」
味気ない自己紹介だったが、それ以上に纏っている雰囲気がまるで狼の様に気高い獣を
彷彿とさせ、エマとは違う意味で近寄り難い印象を受けた。
「次!次は私ですか!?」
ヴィエナが席に着く前に元気良く立ち上がったのが、軍事雑誌をスクラップしていた、
軽い癖のある赤毛の少女だ。自己紹介がしたくて堪らなかったという意気込みが小柄な身体から
発散されている。くりっとした鳶色の瞳とまだあどけなさを残す顔立ちが愛らしく、先程の
ヴィエナを気高い狼に例えるならこの少女はまるで元気いっぱいの仔犬だった。
「レオパルディネ・ビンデバルト・カリウス三等軍曹であります!出身はドイツ連邦共和国
ニーダーザクセン州ムンスター!幼い頃から地元の戦車博物館で戦車に慣れ親しんでいたので、
兵科は機甲を希望し、この度ムンスター女子機甲学校から出向して参りました!尊敬する人物は
オットー・カリウスです!何代離れているかはよく分かりませんけど、私のおじいちゃんだそうです!
趣味は主に軍事雑誌をスクラップする事です!愛読書は独訳版月刊グランドパワーと
PANZERです!好きな戦車はティーガーⅠ前期生産型とⅣ号F2型、60口径5cm砲搭載のⅢ号J型です!
夢はボービントン戦車博物館に現存する唯一の稼動可能なティーガーⅠを操縦する事です!
特技は装軌車両と装輪車輪の運転です!元気しか取り柄がありませんけどよろしくお願いします!」
元気いっぱいに自己紹介を終えたレオパルディネは気が済んだのか、満足そうな表情で座った。
彼女がどれほど戦車が好きであるのかが充分に伝わってきたが、確かこの部隊は戦車を装備する
部隊ではなかった気がする。レオパルディネはそれを知っているのだろうか。
「大尉。リザはモスクワから到着したばかりです。私が代わりに自己紹介します」
そう名乗り出た少女の声は抑揚のない特徴的な響きがあった。背中の中ほどまで伸びる、
光沢のあるプラチナブロンドは本物だ。切れ長の深いエメラルドグリーンの瞳は狩人の如く鋭い。
女性的な丸みを帯びてはいるが、若干痩せぎすの上背のある身体は長い手足と相まって少年の様だった。
「私の名前はヴィエナ・ヴィルヘルミナ・ヘルミネン。出身はフィンランドのラウトゥヤルヴィ。
趣味と特技はケワタガモ猟だ。話す事はそれぐらいだな」
味気ない自己紹介だったが、それ以上に纏っている雰囲気がまるで狼の様に気高い獣を
彷彿とさせ、エマとは違う意味で近寄り難い印象を受けた。
「次!次は私ですか!?」
ヴィエナが席に着く前に元気良く立ち上がったのが、軍事雑誌をスクラップしていた、
軽い癖のある赤毛の少女だ。自己紹介がしたくて堪らなかったという意気込みが小柄な身体から
発散されている。くりっとした鳶色の瞳とまだあどけなさを残す顔立ちが愛らしく、先程の
ヴィエナを気高い狼に例えるならこの少女はまるで元気いっぱいの仔犬だった。
「レオパルディネ・ビンデバルト・カリウス三等軍曹であります!出身はドイツ連邦共和国
ニーダーザクセン州ムンスター!幼い頃から地元の戦車博物館で戦車に慣れ親しんでいたので、
兵科は機甲を希望し、この度ムンスター女子機甲学校から出向して参りました!尊敬する人物は
オットー・カリウスです!何代離れているかはよく分かりませんけど、私のおじいちゃんだそうです!
趣味は主に軍事雑誌をスクラップする事です!愛読書は独訳版月刊グランドパワーと
PANZERです!好きな戦車はティーガーⅠ前期生産型とⅣ号F2型、60口径5cm砲搭載のⅢ号J型です!
夢はボービントン戦車博物館に現存する唯一の稼動可能なティーガーⅠを操縦する事です!
特技は装軌車両と装輪車輪の運転です!元気しか取り柄がありませんけどよろしくお願いします!」
元気いっぱいに自己紹介を終えたレオパルディネは気が済んだのか、満足そうな表情で座った。
彼女がどれほど戦車が好きであるのかが充分に伝わってきたが、確かこの部隊は戦車を装備する
部隊ではなかった気がする。レオパルディネはそれを知っているのだろうか。
最後は、何故かメイドを横に侍らせている少女だ。軽めの縦ロールにした長く明るい金髪が
気品ある美貌によく似合っていた。ほどよく肉付きの良い姿態を包むJDFの制服は一目で
特注の私物だと分かる。素材からして支給される官品のそれとは全く違う最高級の代物だろう。
少女は立ち上がると、一同に向かって恭しく一礼した。その動作の一つ一つに、生まれ育った
環境と血筋から来る天稟の高貴さが備わっていた。
「イブリーヌ・ドゥ・ラ・ファージュと申します。出身はフランスです。ちなみにこちらは
メイドのR・セリアといいまして、私の〝私物〟ですが何か雑事があれば遠慮なくお申しつけ下さい。
この子が皆様のお役に立てば良いのですけれど…」
ぺこりと一礼するR・セリアは全く人間と見分けがつかないほど精巧に作られていた。
頭には丁寧なフリルの装飾が施されたヘッドドレスを付け、肩の辺りで切り揃えたブルネットの髪は
瑞々しく艶やかだ。黄金比に基づいて設計された容貌は人間が理想とする美しさだが、逆にそれが
何処か人造的でさえあった。そして人間と簡単に見分けがつかない彼女をアンドロイドとする
決定的な違いは、角度によって輝きの変わる銀色の瞳だった。人間にそのような瞳の色はない。
高貴なヴィスクドールの様に美しい少女メイドがまさかアンドロイドとは思わなかったが、
それ以前に私物としてアンドロイドを持ち込む人がいるとは思わなかった。イブリーヌは
物腰柔らかく上品な立ち居振る舞いからして資産家か何かの御令嬢なのだろう。しかしその
感覚は世間一般とは大きくずれているとしか言い様がない。規格化し平均化されるのを
余儀なくされる軍隊という組織で、よくこれでやってこれたなというのが静の率直な感想だった。
気品ある美貌によく似合っていた。ほどよく肉付きの良い姿態を包むJDFの制服は一目で
特注の私物だと分かる。素材からして支給される官品のそれとは全く違う最高級の代物だろう。
少女は立ち上がると、一同に向かって恭しく一礼した。その動作の一つ一つに、生まれ育った
環境と血筋から来る天稟の高貴さが備わっていた。
「イブリーヌ・ドゥ・ラ・ファージュと申します。出身はフランスです。ちなみにこちらは
メイドのR・セリアといいまして、私の〝私物〟ですが何か雑事があれば遠慮なくお申しつけ下さい。
この子が皆様のお役に立てば良いのですけれど…」
ぺこりと一礼するR・セリアは全く人間と見分けがつかないほど精巧に作られていた。
頭には丁寧なフリルの装飾が施されたヘッドドレスを付け、肩の辺りで切り揃えたブルネットの髪は
瑞々しく艶やかだ。黄金比に基づいて設計された容貌は人間が理想とする美しさだが、逆にそれが
何処か人造的でさえあった。そして人間と簡単に見分けがつかない彼女をアンドロイドとする
決定的な違いは、角度によって輝きの変わる銀色の瞳だった。人間にそのような瞳の色はない。
高貴なヴィスクドールの様に美しい少女メイドがまさかアンドロイドとは思わなかったが、
それ以前に私物としてアンドロイドを持ち込む人がいるとは思わなかった。イブリーヌは
物腰柔らかく上品な立ち居振る舞いからして資産家か何かの御令嬢なのだろう。しかしその
感覚は世間一般とは大きくずれているとしか言い様がない。規格化し平均化されるのを
余儀なくされる軍隊という組織で、よくこれでやってこれたなというのが静の率直な感想だった。
「えーと…まぁ、皆さんの自己紹介は終わりましたね。これから寝食を共にし、いずれは」
苛酷な戦場へと赴く事になる仲間として絆を深めて欲しいと思います」
書類である程度どのような人物なのかは知っていたと思うが、いざ本人達を目の前にすると
あまりにも個性的過ぎてなんと言っていいのか分からないというのが明菜の本音なのだろう。
<さて、自己紹介も済んだという事なので、私から簡単に君達が所属する部隊の特性について説明しよう>
今まで黙っていたアイザックが無い口を開いた。微動だにせず佇む彼はまるで彫像の
様だったので、明菜を含む一同はすっかり彼の存在を忘れていた。
<しかしその前に、我々JDFという軍事組織がどのようなものであるかについて簡単におさらい
したいと思う。JDFの正式名称はJoint Defense Forces…統合防衛軍だ。JDFは国境を越えて編成された
軍事組織であり、人類が一丸となって立ち向かわなければならない敵に打ち勝つ為に設立された。
その立ち向かわなければならない敵がこれだ>
アイザックは手に持っていたリモコンを操作して教場のカーテンを閉めて暗くすると、
天井からぶら下がるプロジェクターを起動させた。プロジェクターから立体映像が投影される。
映っていたのは、昆虫によく似た巨大生物だった。大きさは民家ほどもある。多数の脚を持ち、
全身がぬめりを帯びた分厚い外骨格に覆われており、頭部と思しき部分は無数の複眼を備えていた。
<Beginning of Unknown Gigantices…起源不明巨大生物群。通称BUGと呼称されるこれらは
数十年前に人類の前に現れ、依然として人類に対して敵対行動を取り続けている。これらの
お陰で月の月面都市建設計画と、火星のテラフォーミング化が著しく遅れているのは知っての通りだ。
おまけに人類の約半分はこれらに喰われてしまった。無傷で残っているのはヨーロッパ主要部分と
北米、中央を除く東西ロシア、オーストラリア、南アフリカ周辺、イスラエルと幾つかの中東、
そして中国沿岸部と台湾、朝鮮半島、日本ぐらいだな。それ以外はほぼ絶望的な状況下にある>
映像が切り替わり、地球の全体図が青色で投影され、アイザックがざっと列挙した地域以外は
赤く塗り潰されてしまった。赤に侵されていない部分は半分程度しかない。
苛酷な戦場へと赴く事になる仲間として絆を深めて欲しいと思います」
書類である程度どのような人物なのかは知っていたと思うが、いざ本人達を目の前にすると
あまりにも個性的過ぎてなんと言っていいのか分からないというのが明菜の本音なのだろう。
<さて、自己紹介も済んだという事なので、私から簡単に君達が所属する部隊の特性について説明しよう>
今まで黙っていたアイザックが無い口を開いた。微動だにせず佇む彼はまるで彫像の
様だったので、明菜を含む一同はすっかり彼の存在を忘れていた。
<しかしその前に、我々JDFという軍事組織がどのようなものであるかについて簡単におさらい
したいと思う。JDFの正式名称はJoint Defense Forces…統合防衛軍だ。JDFは国境を越えて編成された
軍事組織であり、人類が一丸となって立ち向かわなければならない敵に打ち勝つ為に設立された。
その立ち向かわなければならない敵がこれだ>
アイザックは手に持っていたリモコンを操作して教場のカーテンを閉めて暗くすると、
天井からぶら下がるプロジェクターを起動させた。プロジェクターから立体映像が投影される。
映っていたのは、昆虫によく似た巨大生物だった。大きさは民家ほどもある。多数の脚を持ち、
全身がぬめりを帯びた分厚い外骨格に覆われており、頭部と思しき部分は無数の複眼を備えていた。
<Beginning of Unknown Gigantices…起源不明巨大生物群。通称BUGと呼称されるこれらは
数十年前に人類の前に現れ、依然として人類に対して敵対行動を取り続けている。これらの
お陰で月の月面都市建設計画と、火星のテラフォーミング化が著しく遅れているのは知っての通りだ。
おまけに人類の約半分はこれらに喰われてしまった。無傷で残っているのはヨーロッパ主要部分と
北米、中央を除く東西ロシア、オーストラリア、南アフリカ周辺、イスラエルと幾つかの中東、
そして中国沿岸部と台湾、朝鮮半島、日本ぐらいだな。それ以外はほぼ絶望的な状況下にある>
映像が切り替わり、地球の全体図が青色で投影され、アイザックがざっと列挙した地域以外は
赤く塗り潰されてしまった。赤に侵されていない部分は半分程度しかない。
<だが絶望的ではあるが悲観的になるほどでもないというのもまた事実だ。JDFが二週間前に実施した
低軌道からの強襲降下作戦により、バルト海沿岸部にあったBUGの根源地(ネスト)の殲滅に
成功している。人類はまた一つ故郷を取り戻した>
赤かったバルト海沿岸部が青く塗り潰された。
<そしてJDFが実施する作戦の中で最も重用なのが軌道降下だ。軌道上からの降下は戦力を地球上の
何処へでも短時間で展開可能であり、これは奇襲ばかりか効果的な機動防御作戦も可能だ。
そして君達が今いる、この洋上に建設された超弩級浮体式構造物(ギガフロート)の
軌道エレベーター群基地が、JDFが環太平洋地域での作戦を遂行する拠点『ユグドラシルⅠ』だ>
教場の閉じていたカーテンが開き、天を貫いて聳え立つ途方もなく巨大な軌道エレベーター群が
窓の外に望めた。軌道エレベーター群は直径が十m以上に達する強化カーボンナノチューブと
ダイヤモンド複合材から成る特殊ケーブル百数本から成り立ち、一つのケーブルには大型旅客機を
格納可能なほどのクルーザーが宇宙と地球を行き来している。
<ユグドラシルⅠは軌道エレベーター群基地の中でも最大だ。この基地は元々はテラフォーミング化が
進んだ火星への移住者とその家財を運び上げるのを主な目的として建造されたのだが、
BUGの出現により計画は思うように進まず、先ずはBUGという問題を取り除く必要性から
現在ではJDF軌道降下打撃部隊の基地として使われている。おさらいが随分と長くなってしまった。
いよいよ本題に入ろう。さて、察しが良い者は、君達の部隊もまた軌道降下打撃部隊の
一部として組み込まれるのに気が付いているだろう。実際、君達には軌道から降下してもらう>
再び教場が暗くなり、立体映像が投影される。映像にはロボット型兵器と、重装備のフルプラセスが
映っていた。
<一般的な軌道降下部隊は、OrbitBorne Troops(軌道降下猟兵)…通称OBTと呼称される
特殊な機械化部隊と、Special Mechanized Infntry(特殊機械化歩兵)…通称SMIと呼称される
歩兵部隊によって編成される。作戦によってはこれに戦車などの重戦闘車輌が加わる事もあるが、
軌道降下は性質的には空挺降下の延長線上にあるので重装備がない。尤も、その必要性が無いと
言った方が正しいかな>
アイザックはレーザーポインターをポケットから取り出し、投影されているロボット型兵器を示した。
<これがOBTが装備する特殊兵器AAFだ。詳細は機密なので詳しくは言えないが、この兵器のお陰で
我々はBUGに対して一定の戦果を挙げる事が出来る。そしてこちらがSMIだ>
重装備のフルプラセスにポインターが移動する。
<SMI…その名の通り、全身を機械化した歩兵だ。何人かはこの隊舎でSMI隊員に会ったと思う。
彼らは生身の歩兵と違い、高性能の義躰により圧倒的な戦闘能力を備える以外にも様々な利点がある。
この利点により、動力付き外骨格(パワードスーツ)を装備する装甲歩兵よりも彼らが軌道降下に
多用される。それは何故だと思う?では、これについて答えられる者はいるかな?
何でもいい。言ってみたまえ>
低軌道からの強襲降下作戦により、バルト海沿岸部にあったBUGの根源地(ネスト)の殲滅に
成功している。人類はまた一つ故郷を取り戻した>
赤かったバルト海沿岸部が青く塗り潰された。
<そしてJDFが実施する作戦の中で最も重用なのが軌道降下だ。軌道上からの降下は戦力を地球上の
何処へでも短時間で展開可能であり、これは奇襲ばかりか効果的な機動防御作戦も可能だ。
そして君達が今いる、この洋上に建設された超弩級浮体式構造物(ギガフロート)の
軌道エレベーター群基地が、JDFが環太平洋地域での作戦を遂行する拠点『ユグドラシルⅠ』だ>
教場の閉じていたカーテンが開き、天を貫いて聳え立つ途方もなく巨大な軌道エレベーター群が
窓の外に望めた。軌道エレベーター群は直径が十m以上に達する強化カーボンナノチューブと
ダイヤモンド複合材から成る特殊ケーブル百数本から成り立ち、一つのケーブルには大型旅客機を
格納可能なほどのクルーザーが宇宙と地球を行き来している。
<ユグドラシルⅠは軌道エレベーター群基地の中でも最大だ。この基地は元々はテラフォーミング化が
進んだ火星への移住者とその家財を運び上げるのを主な目的として建造されたのだが、
BUGの出現により計画は思うように進まず、先ずはBUGという問題を取り除く必要性から
現在ではJDF軌道降下打撃部隊の基地として使われている。おさらいが随分と長くなってしまった。
いよいよ本題に入ろう。さて、察しが良い者は、君達の部隊もまた軌道降下打撃部隊の
一部として組み込まれるのに気が付いているだろう。実際、君達には軌道から降下してもらう>
再び教場が暗くなり、立体映像が投影される。映像にはロボット型兵器と、重装備のフルプラセスが
映っていた。
<一般的な軌道降下部隊は、OrbitBorne Troops(軌道降下猟兵)…通称OBTと呼称される
特殊な機械化部隊と、Special Mechanized Infntry(特殊機械化歩兵)…通称SMIと呼称される
歩兵部隊によって編成される。作戦によってはこれに戦車などの重戦闘車輌が加わる事もあるが、
軌道降下は性質的には空挺降下の延長線上にあるので重装備がない。尤も、その必要性が無いと
言った方が正しいかな>
アイザックはレーザーポインターをポケットから取り出し、投影されているロボット型兵器を示した。
<これがOBTが装備する特殊兵器AAFだ。詳細は機密なので詳しくは言えないが、この兵器のお陰で
我々はBUGに対して一定の戦果を挙げる事が出来る。そしてこちらがSMIだ>
重装備のフルプラセスにポインターが移動する。
<SMI…その名の通り、全身を機械化した歩兵だ。何人かはこの隊舎でSMI隊員に会ったと思う。
彼らは生身の歩兵と違い、高性能の義躰により圧倒的な戦闘能力を備える以外にも様々な利点がある。
この利点により、動力付き外骨格(パワードスーツ)を装備する装甲歩兵よりも彼らが軌道降下に
多用される。それは何故だと思う?では、これについて答えられる者はいるかな?
何でもいい。言ってみたまえ>
誰も手を挙げない中、一人だけしか挙手しなかった。エマは眼鏡の位置を直すと立ち上がった。
<君の所見でも構わないよ、ワトソン君>
「…SMIの兵士は生身の兵士以上に兵站が少なくて済みます。彼らには飲食物の必要もなければ
排泄の必要もありません。義躰を動かす人工血液とバッテリー、生体脳を維持する高濃度ブドウ糖溶液、
そして武器弾薬があれば戦闘を継続可能です。これは補給の難しい降下作戦では重大な利点です」
<君の発想は素晴らしいがその根拠は?>
「先程、御前さんを引率してきたSMI隊員の装備が、個人が携行するには異常過ぎるほどの重装備でした。
強襲作戦は比較的短時間での決着を想定して立案されます。長引けばそれだけ奇襲効果が薄れ、
敵に立ち直らせる時間を与えてしまい、結果としてこちらが不利になってしまいます。
先程の隊員は明らかに携行弾薬が多過ぎる。これは補給が困難な状況に陥った場合に備えてなのでしょう。
他にも、彼が装着していた胸部プロテクターは特異な形状をしていました。恐らくあの部分に
予備の人工血液とバッテリーが収納されているのでしょう。これも長期間の作戦行動を見越した
装備だと思われます。以上が、私の所見の根拠です」
すらすらと所見を言い終えたエマは無表情のまま席に着いた。
<素晴らしい。ほぼ正解だ。では君に質問しよう。OBTとSMI。この両者は今まで非常に
素晴らしい連携で数多くの作戦を成功させてきた。しかし最近になって一つの問題が浮上してきた。
それは何だと思う?>
「……スケールの違いですか?」
<いい線をいっている。そうだ、スケールの違いだ。OBTのAAFは機動力と火力を備えた歩く
戦闘ヘリとして扱われている。実際、彼らには限定的だが飛行能力もある。
そこで奪取した拠点を占領し維持するには普通の歩兵が必要だ。そこでSMIの出番という訳だ。
しかし両者は共同して作戦に投入されるが、スケールの違いにより微妙な齟齬が発生している。
SMIがいくら生身の歩兵以上とはいえ、所詮は軽火器で武装した歩兵でしかない。彼らを直接支援する
親密な兵器が別に必要なんだ>
「それをAAFでは代替出来ないのですか?」
<ある程度は可能だ。しかし、より彼らに近い等身大の支援兵器の存在が今は求められている。
それがこれだ>
<君の所見でも構わないよ、ワトソン君>
「…SMIの兵士は生身の兵士以上に兵站が少なくて済みます。彼らには飲食物の必要もなければ
排泄の必要もありません。義躰を動かす人工血液とバッテリー、生体脳を維持する高濃度ブドウ糖溶液、
そして武器弾薬があれば戦闘を継続可能です。これは補給の難しい降下作戦では重大な利点です」
<君の発想は素晴らしいがその根拠は?>
「先程、御前さんを引率してきたSMI隊員の装備が、個人が携行するには異常過ぎるほどの重装備でした。
強襲作戦は比較的短時間での決着を想定して立案されます。長引けばそれだけ奇襲効果が薄れ、
敵に立ち直らせる時間を与えてしまい、結果としてこちらが不利になってしまいます。
先程の隊員は明らかに携行弾薬が多過ぎる。これは補給が困難な状況に陥った場合に備えてなのでしょう。
他にも、彼が装着していた胸部プロテクターは特異な形状をしていました。恐らくあの部分に
予備の人工血液とバッテリーが収納されているのでしょう。これも長期間の作戦行動を見越した
装備だと思われます。以上が、私の所見の根拠です」
すらすらと所見を言い終えたエマは無表情のまま席に着いた。
<素晴らしい。ほぼ正解だ。では君に質問しよう。OBTとSMI。この両者は今まで非常に
素晴らしい連携で数多くの作戦を成功させてきた。しかし最近になって一つの問題が浮上してきた。
それは何だと思う?>
「……スケールの違いですか?」
<いい線をいっている。そうだ、スケールの違いだ。OBTのAAFは機動力と火力を備えた歩く
戦闘ヘリとして扱われている。実際、彼らには限定的だが飛行能力もある。
そこで奪取した拠点を占領し維持するには普通の歩兵が必要だ。そこでSMIの出番という訳だ。
しかし両者は共同して作戦に投入されるが、スケールの違いにより微妙な齟齬が発生している。
SMIがいくら生身の歩兵以上とはいえ、所詮は軽火器で武装した歩兵でしかない。彼らを直接支援する
親密な兵器が別に必要なんだ>
「それをAAFでは代替出来ないのですか?」
<ある程度は可能だ。しかし、より彼らに近い等身大の支援兵器の存在が今は求められている。
それがこれだ>
AAFとSMIに続き、新たな画像が投影される。それは履帯(キャタピラ)や車輪ではなく、
多数の脚を備えた歪つな戦闘車輌だった。
それを一言で形容するなら鋼鉄の蜘蛛だった。頭部に相当する部分には複数の複合光学センサーを
備え、顎部からは大口径自動擲弾銃(グレネードマシンガン)の銃身が突き出ている。
避弾経始効果を狙った、角張った装甲を組み合わせた鋭角的なデザインの胴体下部からは
簡易な作業を行う為の作業腕が二本伸び、それぞれには重機関銃が搭載されているのだろう。
給弾用のリンクレスフィードが胴体下部に接続されていた。胴体上部にはペリスコープを
装備したスライド式ハッチのキューポラと重機関銃がマウントされている。両側面からは
それぞれ三本の移動脚が生え、接地部分の装甲カバーの下には地上滑走用のホイールが見える。
腹部に相当する部分には主兵装が搭載されており、無人砲塔に大口径機関砲と重対戦車誘導弾が
装備されていた。
<Arthropod Tank…多脚戦車だ。君達にはこれに乗ってSMIを支援してもらう>
多数の脚を備えた歪つな戦闘車輌だった。
それを一言で形容するなら鋼鉄の蜘蛛だった。頭部に相当する部分には複数の複合光学センサーを
備え、顎部からは大口径自動擲弾銃(グレネードマシンガン)の銃身が突き出ている。
避弾経始効果を狙った、角張った装甲を組み合わせた鋭角的なデザインの胴体下部からは
簡易な作業を行う為の作業腕が二本伸び、それぞれには重機関銃が搭載されているのだろう。
給弾用のリンクレスフィードが胴体下部に接続されていた。胴体上部にはペリスコープを
装備したスライド式ハッチのキューポラと重機関銃がマウントされている。両側面からは
それぞれ三本の移動脚が生え、接地部分の装甲カバーの下には地上滑走用のホイールが見える。
腹部に相当する部分には主兵装が搭載されており、無人砲塔に大口径機関砲と重対戦車誘導弾が
装備されていた。
<Arthropod Tank…多脚戦車だ。君達にはこれに乗ってSMIを支援してもらう>
↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます)
| + | ... |