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Episode 11:いざ、神の門へ~さあ、狩りの時間だ~

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 がたんごとん、がたんごとん。

 列車に揺られて丸一日、灰色の森のアスファルトの木々を越えて。

 ブラウニングのはずれのはずれ、緑の海の向こうの向こう。大地に刺さった杭が見える。天を貫くバベルが見える。

 その塔、またの名を“軌道エレベーター”と言った。


パラベラム!
Episode 11:いざ、神の門へ~さあ、狩りの時間だ~


 その前日、レイチェルの駅の改札にて。
「おいおいあんた達、あんな所に本当に行くのかい?」
 人間の身体と顔に犬のような耳と尻尾の半獣人、若い車掌が怪訝顔で赤髪の男に尋ねた。始発前の、靄のかかった早朝の駅は閑散としていて、あまり張り上げてもいないのに声がよく響く。
「おう。何かヤバい事でもあるのか?」
 まるで友人の家に行くかのような気軽さで、半獣人の車掌の質問に男が答えた。
「知らないのかい? 最近野良が大量発生してるんだよ。しかもデカブツまで現れるって話だし……そのせいで誰も近付こうなんてしないんだよ」
 身長の低い車掌は男を見上げながら答えた。なるほどな、と男が呟く。
「だから、命が惜しけりゃやめといたほうがいい。ほら、小さい娘だっているじゃないか」
 車掌が改札の向こうを見る。そこでは三つ編みの少女、肩に狐を乗せた少女、プラチナブロンドの少女、そしてマッチョと眼鏡のチャラ男が談笑していた。
「ピクニックだか何だか知らないけど――――」
 苦言を提した若い車掌の頭を、うっそうと焦げ茶色の毛が茂った大きな手が制帽の上から撫でた。
「スティーヴ、こいつらにそんな心配は無用じゃて」
 そこにいたのは、亜人だった。犬の――――セント・バーナードの獣人。半獣人ではない、獣人だ。なので、顔は、犬そのもの。
「でも、クルップさん」
 レオポルド・クルップ。この列車の運転士であり、御歳八十にして未だ現役バリバリの大ベテラン。その仕事ぶりは年齢を感じさせない程素早く、また丁寧で、現在は後進の育成にも力を入れているという。
「よう、じいさん。まだ生きてるみたいで安心したぜ」
「ちょっと、あんたなぁ」
 赤毛の男の馴れ馴れしい態度を若い車掌、もといスティーヴが注意しようとするが、クルップが片手でそれを制する。
「スティーヴ、お前さんが儂の事を大好きなのはよーくわかった。儂もおまえさんが大好きじゃ、顔も女の子みたいでかわいいしのぅ」
「いえ違いますけど。あとさらっと人が気にしてる事に触れないでください」
 スルー。
「じゃが、こやつと儂はただならぬ関係でのぅ」
「俺はうら若き美少女にしか興味はねーよ」
 またもやスルー。
「その昔、もうそれはそれは激しくグ……パァー!」
 捏造に塗れた昔話に耐え兼ねた男が、ダグラスを思いっきりぶっ飛ばした。くるくると空を舞い、地面に叩き付けられる御老体。
「ちょっ、あんたクルップさんに何てことするんだ!」
「そうじゃそうじゃ、年寄りになんと酷い仕打ちを!」
「クルップさんはなんで生きてるんですか!」
「酷いのぅ」
 ジジィしょんぼり。
「相変わらず無駄にタフな上に気持ち悪いな、この老害めが」
 しょんぼりジジィを冷めた目で見つめながら、赤髪の男が吐き捨てた。それを聞いているのか否か、むくりと起き上がりながらジジィが言う。
「そんな事よりさっさと本題に入ろうかのぅ」
 えらく腹立たしいジジィである。
「じゃあさっさと本題に入らせてもらうぞ」
「いやその前にあんたらが何者なのか教えてくれよ」
 そしてえらく空気の読めない部下である。こんなのが車掌でここの鉄道会社は大丈夫なのかといらぬ心配をしつつも、いつも通りの悪戯っぽい、不敵な笑みを浮かべながら男は言う。いや、
「俺は“小さな存在を愛する者”そう――――」
「“壊し屋リヒト”と愉快な仲間達じゃよ」
 言おうとしたところで、後から割り込んできたクルップの声に掻き消された。赤髪のリヒト、これでは話が進まない、といらつきつつも拳をおさめる。
 もしこのままなあなあになってなごみに会えずにアクセス制限が解除出来なければ、あんな画像やこんな動画なんかのけしからんブツが見れな――――じゃなかった、データ収集が非常に面倒くさくなる。よろしくない、それはとてもよろしくない。
 それに変態は変態であると同時に紳士なのだ、ここは穏便にいくべきだろう。後でボコせば問題ない。
「こ、壊し屋!? 生身で機械人形を倒せるっていう、あの!?」
 スティーヴが数歩、後ずさった。“壊し屋リヒト”といえば、亜人以上の身体能力でもって生身で数多の機械人形を葬り、いくつもの部隊を壊滅に追いやった事で割と名の知れた男だ。戦闘終了時にその身体はオイルと還り血で真っ赤に染ま――――
「いちいちウルサイねチミは」
「そうじゃ、あの契約したオートマタに茶々を入れられてなかなかカッコつかない事で有名な“壊し屋リヒト”じゃ」
「いちいちウルサイね、このジジィは」
 毒づく。このじいさまといるといつもこうだ、ペースが乱れてかなわん。
「おい、また話題が逸れたじゃねーか。本題入るぞ本題」
 とっとと切り上げてしまおう。
「おう、なんじゃい」
「単刀直入に言うぞ。ジジィ、バベル行きの列車の運転手をやってほしい」
 “バベル”
 その名を聞いた途端、レオポルドのつぶらな瞳がくわっ、と見開かれた。その光景は、まるで神でも降りてきたかのようだ。そのおりジジィがぽんと手を打って。
「その話、乗ったぞい!」
「さっすがジジィ! 話がわかるぅ!」
 若い車掌の顔が青ざめるのが、はっきりと伺えた。
「ちょっと、お上に無断で勝手に決めないでくださいよクルップさん! 仕事はどうするんですか!?」
 上司の暴走にこの上なく慌てる小さな車掌(女顔)。
「儂がいなくても、代わりはいるもの」
「そりゃいますけど!」
 スティーヴの考えてないツッコミで、ジジィ再びしょんぼり。
「もう儂、仕事辞めて隠居する……」
 ジジィ、超しょんぼり。
 そんなジジィの肩をリヒトの手が優しく叩いた。
「……じいさんよ、どうせ引退するなら、最期は派手に決めようぜ!」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて親指を立てる。そんな顔を見て、悲しみのズンドコにあったジジィの顔が喜びに塗り替えられていく。
「そうじゃな! 最期くらいド派手に決めてやるぞい!」
 毛むくじゃらの手を高々と掲げて、ジジィ、獣の如く吠える。いや見た目は獣そのものなのだが。
「待ってくださいよ! 何乗せられてるんですかクルップさん! 勢いだけで決めたら後悔しますよ!?」
 必死で上司の暴走を止めようとするスティーヴだが、肝心のクルップは話を聞いていない。
 どうしようどうしようどうしよう。このまま話が進んで、無断で列車を発車したりしたら解雇だとかそういうチャチなレベルじゃ済まなくなるっていうかいくらそれなりに敬愛する上司だとしても巻き添えで職を失うのはゴメンだし――――
 なんて悶々と考えていると、改札の向こうから、黒髪を揺らしながら長身の女性が歩み寄ってきた。
「騒がしいみたいですけど……どうしたんです? ひょっとして、部下が何か失礼な事を働きましたでしょうか……」
 口ぶりからして、リヒトの上司なのだろう、とスティーヴは判断する。
 それにしても、
「綺麗だ……」
「はい?」
 きょとんとする黒髪美女。東洋系の顔つきは凛々しいが、彼女自信が纏った雰囲気は柔らかく、優しげで。
「ああ、いえ、その……。突然バベルまで列車を出してくれ、と言われましても、こちらにも予定というものがありまして……」
 見た目からして、だが――――年上が相手だからか、美人を前にしたからか、緊張して口調がしどろもどろになる。スティーヴ・ダグラス(19)は結構ウブだった。ふわふわの栗毛を指でねじねじ。
「あの、それなら許可はいただいたはずですけど……」
「そうなんですか? 連絡は来ていませんが……おかしいな」
「なにぶん手続きが急過ぎたので、もしかすると連絡が行き渡っていなかったのかもしれませんね……」
 上からの命令が伝わり切らずにどこかで止まってしまっているのだろうか。
 二人して腕を組み、顎に手を当てて考え込む。そのおり、ジジィが、
「おお……おお! そういえばそんな連絡が来とったような気がするわい」
 手を打ちながらそう言った。
「アンタの仕業か――――っ!!」
「うほほほほほ! 儂ももう歳じゃのぅ!」
 ただでさえ裂けた口吻がさらに引き裂けんばかりに口を開け、腹を抱えて笑い転げる老犬。
「うほほ、ほーっほっほっほ! うひー!」
 クスリでもキメているかのような勢いで爆笑するジジィを見、この場にいた彼以外の全員の思考が一致した。
 ――――何がそんなに面白いんだ……。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! あひゃふっ」
 あまりにも五月蝿いうえに話が進まないので、リヒトが手刀をジジィの後頭部をぶっ叩くと、ジジィ、昏倒。
「あぁっ、リヒトさん!?」
「うわぁぁぁ!? クルップさんが壊し屋に殺られたぁぁぁ!!」
 突然過ぎる出来事に慌てふためくまどかとスティーヴ。対するリヒトはしばし黙考してから、
「いや、寿命だ」
 あたかも何事も無かったように言う。言い訳にしてはあまりにも見苦しい。
 そのおり、だ。
「何かさっきから騒がしいけど、何かあっ……って、あら?」
 改札の向こうから、小さな小さな少女がひとり、こちらにてとてとやってきた。
 柔らかそうな鳶色の髪を二つに編んで顔の両脇に垂らした彼女は、倒れたクルップとリヒトの手刀を交互に見比べて、
「あ?」
「人質とってトレインジャックたぁ、こンのド外道がぁぁぁぁ――――っ!」
 たたたたたた……たんっ!
 助走もそこそこにアスファルトの床を蹴り、小さな身体が宙を舞った。そしてそのまま、吸い込まれるように赤髪の男の胸板を打ち抜く。
「ごぶぅぁっ!」
 フライング・ドロップ・キック、決まった。すぐさま後方に一回転して受け身を取る。自身を一発の砲弾とする事すら可能なその脚力は、まさに人間バズーカと呼ぶに相応しい。
 一方、ドロップキックをまともに喰らったリヒトは、
「御臨終です」
 いつの間にやらそこにいたプラチナブロンドの少女が脈を計って、沈鬱そうな面持ちでそれっぽく告げる。
「あぁっ! リヒトさん!?」
「うわぁぁぁ!? 壊し屋が三つ編みの女の子に殺られたぁぁぁ!!」


 ♪  ♪  ♪


 それから、しばらくして。
<……起きる様子がありませんね>
「起きませんね!」
 二人の顔を覗き込みながら、リタとリヒター。ちなみにリヒターは今回たまの玉(駄洒落にあらず)を借りている。ボディはガレージでお留守番だ。
「ど、どうしよう……死んでないよね?」
 遥、ちょっと狼狽。勘違いでリヒトに危害を加えるのはこれで二度目だ。いくらリヒトが救いようのない変態だったとしても、流石に心が痛む。
 それにリヒトはオートマタを生身で破壊できる男なのだ。もしも怒られて鉄拳制裁なんてなったら……うん、死ぬ。多分死ぬ。絶対死ぬ。
<このバカがそう簡単に死ぬわけないだろう>
<老が……老人に危害を加えるようなロリコンには折檻が必要なので問題ありません、むしろもっとやれ>
「それにしても、リヒトさんを一撃でKOするなんて……遥ちゃん、見かけによらず恐ろしい子だね」
 吐き捨てるたま、煽るシロ、うろたえるライ。
「ここに放置するのもなんだから、とりあえずどこかに寝かそうか」
 筋肉ダルマことルガー・ベルグマンの提案の通り、意識を失った五月蝿い二人は付近にあった東屋のベンチに寝かしておくとして、まずは、
「とりあえず、出発の準備はしておきましょう」
 手の平をぺちんと合わせながらまどかが言うと、皆それに頷いた。


 ♪  ♪  ♪


 さて、何故彼ら“やおよろず”の面々がバベルを目指すのか、それは大体一週間前。恒例のドッキリが終わった翌日まで遡る。
「春になったらバベルへ行こう!」
 突然、唐突に、突如として、その予定は舞い込んだのであった。……いや。割り込んだ、と表現すべきか。
「突然どうしたんだい? バベルに行こうだなんて」
 リヒトの突拍子もない提案に、食事中のルガーも怪訝顔。眉目秀麗、どちらかというと二枚目な顔が無言で告げる。ついに気が狂ったか、前からだけど、と。
「挨拶だよ、ア・イ・サ・ツ」
 と言って立ち上がり、手元にあったデフォルメされた牛が描かれたマグカップの中の牛乳をグイッと一気飲みして、
「……なんだこれ、甘ったるいにも程があるぞ」
「リヒトさん……! 今その牛乳を飲みましたね! グイっと一気飲みしましたね!」
 リタ・ベレッタが、厨房へと続く漢と書かれたのれんの影からスッと音もなく現れた。
「ああ、練乳たっぷりのヤツをグイっとな! ヘドが出るくらい甘ったるかったぞッ!」
「おのれ泥棒め、許さんっ!」
 懐からいつも持ち歩いている神器がひとつ、聖剣モンキーレンチをずらりと引き抜いて、のしのしと、ゆっくりリヒトとの距離を詰める。
 歩み寄る、歩み寄る。蒼い瞳に光が走る。
 そして、
「あの世で私に詫び続けろエンフィールド――――ッ!!」
 ハイ・ジャンプ!
 ……といってもそれはあくまで本人にとってであり、他人からしてみればそこまで高い跳躍ではないのだが。
「ンフフハハハハハ! だぁが断る!」
 後ろに下がり、兜割りを回避。無駄のない、最小限の動きでだ。
 じりじりと距離を調整しつつ睨み合う。勝負は多分一瞬だ、多分一瞬で決まる。
 サン、ニ、イチ――――今だ!
「リタァァァァァァァァ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
 モンキーレンチを横に薙ぐが、それは難無く受け止められてしまう。身長差40センチ以上の二人の取っ組み合い、開始。
「おまえが牛乳を! 牛乳を飲み干した!」
 流石にこの体格差では力負けは必至なので、腕を弾いて再び後退。なんかもう勝負は一瞬でも何でもないが、そんな事はどうでもいい。
「こらリタちゃん。洗い物任せたのに、サボっちゃ――――」
「遥、駄目だ、来るな!」
「あ」
 ダイニングがあまりにも騒がしいので様子を伺いに来た遥に、勢い余ってリタの手からすっぽ抜けたレンチが襲い掛かった。回転しながら迫る棒状の鉄塊を前にしても彼女は動じる事はない。
 手を開き、レンチの軌道上にかざす。回転に合わせて、レンチと手の平が垂直になるタイミングを見計らって――――
「おおっ」
 それはまるで吸い込まれるように、遥の手の平に収まった。
「『おおっ』じゃないでしょ『おおっ』じゃ! ちょっとこっちに来なさい!」
 リタの手を握り、無理矢理のれんの向こうに引きずっていく。遥の馬鹿力に一応一般ピーポーのリタが逆らえる由もなく、
「は、遥さん、暴力反対です!」
 少女の声がだんだんフェードアウトしていって、やがて部屋の奥に消えた。
「ウヒョー、怖い怖い」
「まるでお母さんみたいだね」
 リヒトとルガーが顔を合わせて苦笑する。
「……とりあえず脇に逸れるちゃった話を戻そうか。挨拶って、なごみちゃんにかい?」
 「おう」とリヒトが頷いた。
「珍しいね、わざわざ挨拶しに行こうだなんて」
 なご なごみ――――No.75753を含めた管理者の本体は各地に点在する遺跡“神の門<バビロン>”にある施設――――たとえば要塞だとか、都市だとか――――内に設置されている。このブラウニングの場合は宇宙へ続く長大な塔、軌道エレベーターだ。
「まあ、久々にあいつの顔も見たいしな」
「またまた。そんな事言うとシロちゃんが拗ねちゃうよ」
「まあそれも悪くねーな」
 賑やかな朝の一幕。ブラウニングは今日も平和だ。匂いを嗅いでからコーヒーを一口飲んで、余韻に浸る。喉の奥へと流れてゆく熱い液体によって、次第次第に意識が覚醒してゆく。うむ、今朝もコーヒーが旨い。
 ――――と、そういえば。
「バビロンに行くならオーナーの許可が必要だけど……って、あれ?」
 いない。どうやらコーヒーを味わっている間に行ってしまったようだ。相変わらず素晴らしい行動力。
「フフッ、なるほど。善は急げ、か」
 もう一口コーヒーを味わってから苦笑する。
 ああ、ブラウニングは今日も平和だ――――少なくとも、今のところは。


 ♪  ♪  ♪


 朝の陽射しを浴びながら、庭の芝生にごろりと寝転ぶ白いワンピース。吹く風はまだ冷たいけれど、陽光はまぶしく、暖かい。
 ――――今日は休日だし、家事の当番もない。ゆっくり休む事にしよう。なんて事を考えながら、まどか・ブラウニングは寝返りをうつ。
<なんだまどか、こんなところにいたのか>
 寝息をたてるかたてないかというところで、耳元に駆け寄ってきた手の平サイズの九尾の狐に声を掛けられ目を覚ます。
「はい、ぽかぽかしていて気持ちいいので」
<あまり長くいると風邪をひくぞ>
「そうですか、じゃあ――――こうすれば、大丈夫ですよね?」
 黒髪の少女はおもむろに起き上がると、狐をそっと抱き寄せた。限りなく本物に近い擬体は、ほんのりと熱を帯びていて。
<お、おい、まどか!>
 突然の出来事にたまが狼狽する。自分からするのはいいが、されるのは苦手なのだ。
「何か問題でも?」
<あ……いや、ない、です。はい>
 たまが恥ずかしそうにぼそぼそと返答し、まどかの胸に顔を埋める。九本の尻尾が嬉しそうに揺れた。――――こんなところまで本物の身体そっくりだ。
「それにしても、遥さん達が来てから、たまちゃん変わりましたよね」
 身体よりも大きなふさふさの尻尾を撫でる。
<……具体的に、どこが?>
「そうですね……前よりも外に出るようになった」
 なんと。まったく意識していなかったが、言われてみれば確かにそうだ。部屋から出る回数は増えたし、他人と会話する機会も増えた。
<……ふむ、つまり脱・引きこもりというわけだな>
「じゃあ、お赤飯炊かなきゃいけませんね」
 冗談言って、にこりと笑う。……いや、まどかなら本気でやる可能性も否めない。
<言っておくが、本来赤飯というのは吉事ではなく凶事に食べるものだからな>
「あらまあ。そういえばそうでしたね。でも今は違いますし、そもそも歴史書にも曖昧模糊とした説明しか載っていない時代の事なんて関係ありません」
 何故か「えへん」と胸を張る。
<まあ、神子なら知っていても不思議ではないがな>
「むっ。たまちゃん揚げ足取りばかりでずるいです」
 えへんの次はぷくっとむくれるまどか。やはり拗ねる少女はいい、非常にいい、とてもいい。抱きしめたい。だからいじめたくもなるというものだ。
<かわいい子ほどいじめたくなるだろう?>
「そんなのわかりません!」
 ぷいっ、ついにそっぽを向いてしまう。たまらんなぁ、ああたまらんなぁ、たまらんなぁ。
「あー、お姫様にお稲荷様? キャッキャウフフしてるとこ悪いんだけど」
<なっ……リヒト、いつの間に!?>
 声を掛けられて初めて気付く、背後にリヒトがいた事に。
「フッ、錆びたものだな……白面金毛の九尾の妖狐も」
 中指を眉間に当てて、嘲笑。シロといい目の前のロリコン変態野郎といい、主従揃って人を煽るのが得意な奴だ。
 遥とリヒターもけっこう似ているところがあるが――――『子は親に似る』だとか『ペットは飼い主に似る』という事をよく聞くが、それと同じようなものだろうか。
 ……いや、待てよ。だとしたら私は、誰に似たんだろう?
 ――――まあいい。そんなのは今は関係のない事だ。考えたって何も出てきやしない、長く生きすぎたのだ。
<で、ロリコン紳士様が何の用だ?>
「いや、実はおまえに用はない」
<シバくぞ貴様>
「じゃあ、私ですか?」
 まどか、今にもリヒトに飛び掛からんとする小さな獣をすんでのところで押さえ込む。
「Exactly(そのとおりでございます)」
「何でしょう」
「ブラウニング・バビロン行きの列車を手配してもらえるよう、親父さんに掛け合ってほしいんだ」
「何故ですか?」
「新入りが入ったなら挨拶に行かないとなごみが拗ねるだろ? それに、あいつなら賢者の石の事やリヒターの正体について何か知ってるかもしれない」
 確かに古の時代からこの辺り一帯を管理している彼女――――正確には管理者やオートマタには性別という概念はないはずなのだが、たまやシロ、リヒター、なご なごみにも明らかにそういったものは存在しているのでいいとしよう――――なら、知っていても不思議ではない。
 まどか「ふむ、ふむ」といくらか頷いて、
「わかりました、お父様に掛け合ってみますね」
「サンキューオーナー!」
「いえいえ。でも、いくら年下でも上司に物を頼む時はそれ相応の態度を取りましょうね?」
 手の平を合わせ、眩しいくらいの微笑み浮かべてやんわりと注意する。
「はい、ありがとうございます、オーナー」
「よろしい……って、あら」
 その注意を聞くか聞かないか……怪しいところでリヒトが丁寧に頭を下げるなり、踵を返して脱兎の如く走り去る。
<おい、あんな態度をさせておいていいのか、まどか>
「はい。仏の顔も三度まで、あと二回同じミスをしたら減給するまでです……なんちゃって」
 悪戯っぽく、ぺろりと舌を出す。なんだかまどかがリヒト達の影響を少なからず受けているような気がしてならないたまであった。


 ♪  ♪  ♪


 ――――それから数日が経過して。
 いつものようにまどかが学校から帰ってくると、甘い香りと一緒にエプロン姿の三つ編み少女がお出迎え。
「おかえり、まどかちゃん」
 防寒用の黒タイツがセクシーだが、フード付きの黒い服に黒タイツ、全身黒づくめなのは趣味なのだろうか、あるいは何か考えあっての事なのだろうか。
 そしてルガーとお揃いの猫さんエプロンと、手に麺棒……絶対口に出しては言えないが、なんだか母親の手伝いをしている娘みたい。
「はい、ただいま帰りました」
 靴を脱いできちんと揃え、玄関に上がる。そろそろ父から返事が来ていてもいい頃だが……。
「あの、遥さん。私宛にお手紙とか、来てませんでした?」
「え? ……ああ、そうそう。今朝ご実家のほうからお手紙来てたよ」
 うん、予想通りだ、やっぱり来てた。
「ちょっと待っててね」
 まどかから向かって右手側の扉――――ちなみに左手側には各々の私室と客間がある、二階へ続く階段がある――――を開けて、事務所へとぺたぺた走っていった。そしてがさごそと紙を掻き分ける音。どうやらしばらく時間が掛かりそうだ。
 手持ち無沙汰なのでどうしようかと考えていると、
<お帰りなさいませ、まどか・ブラウニング>
 見覚えのある宝玉が、ふよふよとこっちに飛んできた。
「ただいま、リヒターさん」
 元々たまが使っていたものだが、現在は機体以外に宿る場所のないリヒターに貸し与えている。たまもよく外に出るようになったし、動き易い九尻の擬体のほうがいいだろうという判断だ。……壊した時が怖いが。
「あーっ、あったあった!」
 嬉しい叫び声と一緒に、遥がてとてと戻ってきた。手には小さな封筒。
「はい、これ。ごめんね、待たせちゃって」
 それをまどかにそっと手渡す。
「いえ、ありがとうございます。ところで、今日のごはんはなんですか? なんだか甘い匂いがしますけど」
 くんくんと匂いを嗅ぐ。バニラエッセンスの匂いだ。
「夕飯はまだ考え中。今はクッキー焼いてたの」
「まあ、クッキー!」
 まどかが手をぱちんと合わせる。嬉しくなるとついそうしてしまう、一種の癖だ。
「ふっふっふ、まあ楽しみに待っていなさい」
 得意気な顔をして、遥がキッチンの方へスキップして行った。
「……さて、と」
 改めて手に持った封筒に視線を落とすと、封をしてあるところに「親」の文字。
<まどか・ブラウニング、これは何ですか?>
「これは『親展』の略で『名宛人以外はこの封筒を開けちゃいけません』っていうサインなんですよ。極東の言葉です」
 ここブラウニング自体、元々極東からの移民者が集まって出来た場所なので、こういうのは不自然な光景ではない。
<そうなんですか。説明ありがとうございます、まどか・ブラウニング>
「どういたしまして」
 そういえば、自分は本の中でしか極東を知らない。自分の先祖の生まれ故郷だというのに。
 ――――いつか行ってみたいなぁ、極東。
 極東から飛び出す前の遥も、似たような気持ちだったんだろうか……いや、そんな事より今は手紙を読む事のほうが先だ。
 破かないように、慎重に糊付けされた封を剥がし、中から折り畳まれた羊皮紙を取り出した。


 ♪  ♪  ♪


 ――――そして、今に至る。
 掛かった費用は出世払いという事なので、言い出しっぺのリヒトにはこれまで以上に頑張ってもらうとしよう。
 ……と、それよりも。
「……まだ起きませんか?」
<ええ、二人共グッスリですよ>
 あれから大体三十分が経過したが、未だ二人は起きない。もう出発の準備は整っているのだが、肝心の運転手がいなければ意味がないではないか。
<水ぶっかけたら起きるだろう>
 相変わらずたまは強引だが、確かにもうそれしかあるま
「ん、むぅ……」
 あ、クルップさん起きた。
「なん……おお、かわいい嬢ちゃん! そうか、ここは天国か!」
 どうやら寝ボケているようだ。
「クルップさーん、まだここは現世ですよー」
 ゆさゆさ。
「うむ、知っとるぞい」
<また寝るか、貴様?>
 たまがキレるのも無理はないと思う。それくらい憎たらしいおじいさんだ。ルガー・ベルグマンといい、フランキ・ロバートソンといい、リヒトの知り合いは皆……何というか、少年ハートを忘れない人ばかりなんだろう。
 ……類は友を呼ぶ、というやつだろうか。それとも男性というのは皆そうなのだろうか。
「も、もう大丈夫じゃ」
 たまの殺気に圧されたか、クルップがふざけるのを、やめた。さて、あとはリヒトだが……今は時間が惜しいので、クルップに頼んで列車に担ぎ込んでもらう。
「……師匠、まだ起きないの?」
「大丈夫、リヒトは殺して死ぬようなタマじゃないから」
 心配そうな面持ちの遥をルガーが諭す。
「お客様、出発してもよろしいでしょうか」
 スティーヴの問い掛けに、まどかが無言で頷いた。それからすぐに列車が加速を始める。
「こういうのってなんだかドキドキしますね!」
「そう?」
 流れていく窓の外の景色を眺めながら無邪気に言うリタと、冷めた返答をするライ。かわいい顔してるだろ、十八なんだぜ、これ……。
「走り始めが一番いいんだよね!」
 片や遥はノリノリのようだ、さすが旅人だけあって、こういう事は楽しめる人らしい。
 わいのわいの。
 しばらくするとなんやかんやで盛り上がり始めるやおよろずメンバーズ。弁当を食べたり、トランプをしたり。ちなみにリヒトはまだ起きない、というかいびきを立てて爆睡している。
 そして、四半日が過ぎた頃。
「ああっ、そこで2を出すなんて!」
 ライがトランプを放り投げる。持ち札は10・K・J。
「読みが甘かったね、ライ」
 ルガーが手札を見せびらかす。カードはそれぞれ8と6。
「じゃあシャッフルよろしく、大貧民のライディースくん」
 一行は大富豪の真っ最中であった。
「まどかさん、まだ着かないんですかー」
 疲れてきたのか、まどかにもたれ掛かりながら、甘えるようにリタが聞いた。
「はい、あと四半日は――――」
「た、大変だ!」
 扉が荒々しく開け放たれると、息を切らしながらスティーヴが駆け込んできた。
「何かあったんですか?」
「野良、野良だよ、野良が出たんだ! こっちに向かって来てる!」
 そう叫ぶスティーヴは顔面蒼白。無理もなかろう、野良のオートマタが列車を襲撃する事など極稀だ。
<型と数は?>
「ふ、フリューゲルタイプ、数は十!」
 フリューゲルタイプ……飛行型のオートマタだ。装甲は薄いが、機動性は高い。しかし燃費が悪く、自己再生の遅さも相俟って、野性のフリューゲルタイプの個体数は多くない。
<ほう、キナ臭いな。だが……高く売れるか>
 九尾の狐が口の端を引き攣らせた。
「出世払いをする必要はなさそうですね」
<全弾バラ撒いても釣りが来るぞ>
 その主も、同様に。
「リヒター、私達も――――」
<忘れたか、遥。リヒターの身体はガレージだ。神子になってないから、物体の転送はできないだろう?>
 物体の転送は、対象をマナに分解して地脈を通して移動、再構築というプロセスで行われる。一番目と最後はマナが扱えれば不可能ではないが、二番目――――地脈の使用は、正式な神子にしか許可されていないのだ。
「ぐ……」
 遥が悔しそうな表情で引き下がる。
<まあ、おまえはそこで大富豪の続きでもしていろ。すぐに片付けてやる>
 そう言ったたまの瞳は、まさに肉食獣のそれであった。
「大丈夫ですよ、遥さん、リヒターさん。たまちゃんは強いですから。……スティーヴさん、このままではどうせ追い付かれるので、クルップさんに列車を止めるよう言ってきてください」
「わ、わかりました!」
 スティーヴが駆け出すと同時に、まどかが懐からヘアゴムを取り出して髪を結う。
 本気のサインだ。
 扉の前に立ち、列車が停止するのを待つ。
 やがて、甲高い音と共に列車が速度を緩めていき、止まる。
 立て掛けてあった杖を手に持ち、まどかが扉を開けた。
 ――――さあ、狩りの時間だ。


 ――――次回に続くぞオラァァァァァ!


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