アンドロイドは電気羊の夢を見るかもしれないが、全加工人―フルプラセス―に関して言及すれば、フルプラセスである俺の
経験からすると答えはNoと言わざるを得ない。
文字通り全身を加工されたサイボーグであるフルプラセスは、その唯一の生身である生体脳も機械の身体に適合させる為に
幾らか加工を施さなければならない。
フルプラセスの生体脳―わざわざ人間の脳をこう呼ぶのは、人工培養して加工された脳を用いたアンドロイドが存在する為だ。
それらと区別する為に、ちゃんと生身の人間から生まれたという意味で生体と呼称する―はその機能のほぼすべてを加工される。
脳は三層の構造に分けられる。前脳は基本的な思考を、中脳は多種多様な反射を、後脳は生命維持を司っている。戦闘に特化
するようにモディファイされたフルプラセスの前脳は戦闘を効率良く展開できるように思考に指向性を持たされ、ナノマシンと
生体機械部品より改造された中脳と神経系は驚くべき反射速度で行動を実行し、強化された内臓―といってもフルプラセスには
人間のような内臓はない。人工筋肉というモーターを効率良く稼働させる為の循環器系統に相当する人工培養部品や生体機械部
品が詰まっている―は後脳ではなく、増設されたブレインプロセッサーが制御している。そして最も重要なのが、生体脳で発生
するあらゆる微弱な電気活動をデジタル化する機能だ。
生体脳をデジタル化するというのは、昔のテレビ放送がアナログからデジタルに移行したのに喩えられる。アナログと同じ電
波帯域でデジタルは映像をより高明細に、より受信可能なチャンネル数を増やす事を可能とした。つまりはそれと同様の事だ。
生体脳で発生するシナプスを介したニューロン間の微弱な電気活動を明確なデジタル信号に変換し、機械とのインターフェース
を確立する事でフルプラセスは義躰を自分の身体のように動かす事が出来る。そればかりか、機械と神経を接続すれば、思い描
くだけでそれらを自在に操作する事も可能となる。この便利な技術は未加工人―クルード―も度々利用している。例えば、戦闘
機や戦車などの兵器を、両手両足での操作はもとより、そこへ神経接続での思考による操作を加えてより自由度の高い操縦を可
能としている。そしてその技術は民間にも広く取り入れられている。軍事技術が民間にフィードバックされるのは珍しくないし、
その逆も珍しくはない。マン―マシン・インターフェースの基幹技術は、元々は民間技術だ。仮想現実(バーチャルリアリティ)
をより直接的に体験する為に考案されたこの発明品は主に成人向けとなっており、要すればバーチャルセックスの為のものだ。
尤も、俺達には無縁の技術だが。生体脳をより戦闘的に加工する段階で、俺達からは生物が備える基本的欲求の大部分が不要な
ものとして削除される。当たり前と言えば当たり前だ。。そんな事が必要のない身体なのに、そんな必要のない煩悩を残してお
いたら解消する事の出来ないストレスが溜まる一方だ。セックスがしたくてたまらない思春期の男の子よりも酷い有様になって
しまう。それでは一端の大人として格好がつかないし、〝何も付いていない〟自分の股間を初めて見た時に受けるショックが途
轍もないものとなるだろう。そういった予防の意味でも、欲望の抑制というのは非常に重要なのだ。
さて、軍のパイロットやオペレーターは別として、バーチャルゲームやバーチャルセックスをやりたいあまりに生体脳を加工
するのは、俺から言わせればそれは馬鹿げた発想だ。脳を加工した時点でクルードも俺達の様に自前の部分が殆どないフルプラ
セスと大差がなくなる。生体脳を弄るとはそういう事なのだ。己の魂を加工するに等しい行為だ。それはもはや人体改造マニア
と何ら変わらない。自分自身を痛めつけて喜ぶ変態どもと同じだ。
程度にもよるが、加工された生体脳からは人間的な曖昧さが排除され、全てが明瞭に区分されるようになる。0か1かといった
具合に。内分泌系は全て数式で記述されるようになり、それにより脳から遊びがなくなってしまう。加工した部分に比例して、
何処か人工的にならざるを得ない。それは日常生活の中では気付かないほんの些細なものだが、フルプラセスにとってはそれが
非常に重要なのだ。
自前の部分が少ない故か、フルプラセスは自分を形作る目に見えないモノにこだわる。それは生身の頃の癖や趣味だったり、
思い出だったりする。自分はこういう人間なんだ、というのを主張せずにはいられない。 フルプラセス、取り分けてSMIに我の
強い人間が多いのはその為だ。常に自分はこういう人間なんだと周囲に誇示し続けないと、本当に自分という存在が信じられな
くて不安で仕方がない。SMIは強迫観念に囚われた精神病患者を集めた部隊と言っても過言ではない。俺も含めて、この部隊の
連中は何かしらの心の病気を抱えている。それも当然だ。人間の魂は、鉄と油の身体を前提に設計されてはいない。こんな藁人
形よりも酷い代物に押し込められた魂が、一体如何して正気でいられると保障できる。何かしらの歪みが生じるのは必然だろう。
ブレコンビーコンズから眺める心震える鮮やかな朝けも、ハープの深く清らかに透き通った音色も、仄かに香るラベンダーの
リネン水でプレスした清潔なシーツも、ブッシュミルズの職人が手掛けたアイリッシュウィスキーのまろやかな味わいも、夏の
干し草の上で眠る心地良さも、全てもう二度と楽しむ事は出来ない。仮に生体と変わらぬ義躰に換装したとしても、脳が受容す
るのは極めて人間の身体感覚に似せたセンサーを介したデジタル信号に過ぎない。もう二度と自分の手で触れる事も出来ないし、
見る事も出来ないし、嗅ぐ事も聴く事も味わう事も無い。俺達は戦場に行ったジョニーよりも酷い有様なのだ。ジョニーには触
覚があったが、もはや脳だけの存在となった俺達は、このフランケンシュタインも裸足で逃げ出すほどの怪物的な義躰の補助な
しでは生きてはいけない。脳はそれ単体では生きてはいけないのは言うまでも無いが、外部からの刺激なしでも生きていけない
のも言うまでもない事だ。脳神経学では使われない神経細胞が死滅するのは周知の事実だ。故に常に感覚器官を通じて刺激を与
え続けねば脳は死ぬ。だから俺達の生体脳は常に複雑な電気信号のプールの中に浸かっている。でなければ自分自身が生きてい
るのか死んでいるのかさえ分からない。要は、感覚という仕切りがあってこそ初めて外界を知覚する自身の存在を認識し、それ
はやがて自身の内界を知覚できるのだ。そうしなければ永遠に脳に宿る自身は無知覚の世界を彷徨うだけだ。
ついでに一言添えるとフルプラセスの意識にはオンとオフしかない。0か1かといった具合に。クルードの様に寝ぼけたり、
酔っ払う事がなくなる。そもそも戦闘用義躰にそんな機能は必要ないから当然といえば当然だが。むしろそんな機能を付加する
事に対してどんな利点があるのだろう。
ところで、フルプラセスには起きてるか、寝てるかの二つしかない。そして俺達が起きてる時は大量の武器弾薬を虫けらども
にぶち込んで死と破壊を撒き散らしている場合が多い。 もしくはくだらない話をしているか、趣味に熱中している。フルプラセ
スはクルードよりも人間的な生活を送る上でやらなければならない事―食事や排泄など、その他の様々な雑多な事―が少ないので、
その分の時間を好きなように使えるのだ。 つまりは俺達には暇な時間が多いという訳だ。
さて、フルプラセスがどれほど非人間的且つ機械的な存在なのかという事は俺の拙い説明でも幾らか分かってくれたと思う。
俺自身、その血も涙もないフルプラセスだから、クルードだった頃に比べると人間的な曖昧さがなくなってしまって幾らか機械
的な生き方を窮屈に思っている。
しかし、フルプラセスはその生体脳の構造上、夢を見るなどという曖昧な状態に陥る事がない筈なのに、今の俺は夢を見ていた。
俺がまだクルードだった頃、まだ妻と娘が俺にいた頃の夢を、俺は確かに見ていた。
そして俺は二人に向かって手を伸ばして喘いだ。夢の中でもいいから、またあの頃に戻りたくて。
経験からすると答えはNoと言わざるを得ない。
文字通り全身を加工されたサイボーグであるフルプラセスは、その唯一の生身である生体脳も機械の身体に適合させる為に
幾らか加工を施さなければならない。
フルプラセスの生体脳―わざわざ人間の脳をこう呼ぶのは、人工培養して加工された脳を用いたアンドロイドが存在する為だ。
それらと区別する為に、ちゃんと生身の人間から生まれたという意味で生体と呼称する―はその機能のほぼすべてを加工される。
脳は三層の構造に分けられる。前脳は基本的な思考を、中脳は多種多様な反射を、後脳は生命維持を司っている。戦闘に特化
するようにモディファイされたフルプラセスの前脳は戦闘を効率良く展開できるように思考に指向性を持たされ、ナノマシンと
生体機械部品より改造された中脳と神経系は驚くべき反射速度で行動を実行し、強化された内臓―といってもフルプラセスには
人間のような内臓はない。人工筋肉というモーターを効率良く稼働させる為の循環器系統に相当する人工培養部品や生体機械部
品が詰まっている―は後脳ではなく、増設されたブレインプロセッサーが制御している。そして最も重要なのが、生体脳で発生
するあらゆる微弱な電気活動をデジタル化する機能だ。
生体脳をデジタル化するというのは、昔のテレビ放送がアナログからデジタルに移行したのに喩えられる。アナログと同じ電
波帯域でデジタルは映像をより高明細に、より受信可能なチャンネル数を増やす事を可能とした。つまりはそれと同様の事だ。
生体脳で発生するシナプスを介したニューロン間の微弱な電気活動を明確なデジタル信号に変換し、機械とのインターフェース
を確立する事でフルプラセスは義躰を自分の身体のように動かす事が出来る。そればかりか、機械と神経を接続すれば、思い描
くだけでそれらを自在に操作する事も可能となる。この便利な技術は未加工人―クルード―も度々利用している。例えば、戦闘
機や戦車などの兵器を、両手両足での操作はもとより、そこへ神経接続での思考による操作を加えてより自由度の高い操縦を可
能としている。そしてその技術は民間にも広く取り入れられている。軍事技術が民間にフィードバックされるのは珍しくないし、
その逆も珍しくはない。マン―マシン・インターフェースの基幹技術は、元々は民間技術だ。仮想現実(バーチャルリアリティ)
をより直接的に体験する為に考案されたこの発明品は主に成人向けとなっており、要すればバーチャルセックスの為のものだ。
尤も、俺達には無縁の技術だが。生体脳をより戦闘的に加工する段階で、俺達からは生物が備える基本的欲求の大部分が不要な
ものとして削除される。当たり前と言えば当たり前だ。。そんな事が必要のない身体なのに、そんな必要のない煩悩を残してお
いたら解消する事の出来ないストレスが溜まる一方だ。セックスがしたくてたまらない思春期の男の子よりも酷い有様になって
しまう。それでは一端の大人として格好がつかないし、〝何も付いていない〟自分の股間を初めて見た時に受けるショックが途
轍もないものとなるだろう。そういった予防の意味でも、欲望の抑制というのは非常に重要なのだ。
さて、軍のパイロットやオペレーターは別として、バーチャルゲームやバーチャルセックスをやりたいあまりに生体脳を加工
するのは、俺から言わせればそれは馬鹿げた発想だ。脳を加工した時点でクルードも俺達の様に自前の部分が殆どないフルプラ
セスと大差がなくなる。生体脳を弄るとはそういう事なのだ。己の魂を加工するに等しい行為だ。それはもはや人体改造マニア
と何ら変わらない。自分自身を痛めつけて喜ぶ変態どもと同じだ。
程度にもよるが、加工された生体脳からは人間的な曖昧さが排除され、全てが明瞭に区分されるようになる。0か1かといった
具合に。内分泌系は全て数式で記述されるようになり、それにより脳から遊びがなくなってしまう。加工した部分に比例して、
何処か人工的にならざるを得ない。それは日常生活の中では気付かないほんの些細なものだが、フルプラセスにとってはそれが
非常に重要なのだ。
自前の部分が少ない故か、フルプラセスは自分を形作る目に見えないモノにこだわる。それは生身の頃の癖や趣味だったり、
思い出だったりする。自分はこういう人間なんだ、というのを主張せずにはいられない。 フルプラセス、取り分けてSMIに我の
強い人間が多いのはその為だ。常に自分はこういう人間なんだと周囲に誇示し続けないと、本当に自分という存在が信じられな
くて不安で仕方がない。SMIは強迫観念に囚われた精神病患者を集めた部隊と言っても過言ではない。俺も含めて、この部隊の
連中は何かしらの心の病気を抱えている。それも当然だ。人間の魂は、鉄と油の身体を前提に設計されてはいない。こんな藁人
形よりも酷い代物に押し込められた魂が、一体如何して正気でいられると保障できる。何かしらの歪みが生じるのは必然だろう。
ブレコンビーコンズから眺める心震える鮮やかな朝けも、ハープの深く清らかに透き通った音色も、仄かに香るラベンダーの
リネン水でプレスした清潔なシーツも、ブッシュミルズの職人が手掛けたアイリッシュウィスキーのまろやかな味わいも、夏の
干し草の上で眠る心地良さも、全てもう二度と楽しむ事は出来ない。仮に生体と変わらぬ義躰に換装したとしても、脳が受容す
るのは極めて人間の身体感覚に似せたセンサーを介したデジタル信号に過ぎない。もう二度と自分の手で触れる事も出来ないし、
見る事も出来ないし、嗅ぐ事も聴く事も味わう事も無い。俺達は戦場に行ったジョニーよりも酷い有様なのだ。ジョニーには触
覚があったが、もはや脳だけの存在となった俺達は、このフランケンシュタインも裸足で逃げ出すほどの怪物的な義躰の補助な
しでは生きてはいけない。脳はそれ単体では生きてはいけないのは言うまでも無いが、外部からの刺激なしでも生きていけない
のも言うまでもない事だ。脳神経学では使われない神経細胞が死滅するのは周知の事実だ。故に常に感覚器官を通じて刺激を与
え続けねば脳は死ぬ。だから俺達の生体脳は常に複雑な電気信号のプールの中に浸かっている。でなければ自分自身が生きてい
るのか死んでいるのかさえ分からない。要は、感覚という仕切りがあってこそ初めて外界を知覚する自身の存在を認識し、それ
はやがて自身の内界を知覚できるのだ。そうしなければ永遠に脳に宿る自身は無知覚の世界を彷徨うだけだ。
ついでに一言添えるとフルプラセスの意識にはオンとオフしかない。0か1かといった具合に。クルードの様に寝ぼけたり、
酔っ払う事がなくなる。そもそも戦闘用義躰にそんな機能は必要ないから当然といえば当然だが。むしろそんな機能を付加する
事に対してどんな利点があるのだろう。
ところで、フルプラセスには起きてるか、寝てるかの二つしかない。そして俺達が起きてる時は大量の武器弾薬を虫けらども
にぶち込んで死と破壊を撒き散らしている場合が多い。 もしくはくだらない話をしているか、趣味に熱中している。フルプラセ
スはクルードよりも人間的な生活を送る上でやらなければならない事―食事や排泄など、その他の様々な雑多な事―が少ないので、
その分の時間を好きなように使えるのだ。 つまりは俺達には暇な時間が多いという訳だ。
さて、フルプラセスがどれほど非人間的且つ機械的な存在なのかという事は俺の拙い説明でも幾らか分かってくれたと思う。
俺自身、その血も涙もないフルプラセスだから、クルードだった頃に比べると人間的な曖昧さがなくなってしまって幾らか機械
的な生き方を窮屈に思っている。
しかし、フルプラセスはその生体脳の構造上、夢を見るなどという曖昧な状態に陥る事がない筈なのに、今の俺は夢を見ていた。
俺がまだクルードだった頃、まだ妻と娘が俺にいた頃の夢を、俺は確かに見ていた。
そして俺は二人に向かって手を伸ばして喘いだ。夢の中でもいいから、またあの頃に戻りたくて。
―『案山子のパラドクス』―
20XX年2月3日 01:15
ギャレンタイン・〝チーフ〟・ハーディライク曹長
第22SMI連隊
チェチェン・グロズヌイ郊外
20XX年2月3日 01:15
ギャレンタイン・〝チーフ〟・ハーディライク曹長
第22SMI連隊
チェチェン・グロズヌイ郊外
急に意識のスイッチが入り、ギャレンタインは虚無の中から覚醒した。同時に、再起動した義躰のステータスウィンドウが幾
重にも視界上に展開されていく。クルードならば、起きぬけに難解な数学問題を解けと言われても脳が上手く働かないだろうが、
意識にオンとオフの二つしかないフルプラセスの生体脳の寝覚めは、まさにスイッチによる切り替えの如くはっきりとしている。
人間は、徐々に五感が覚醒していく中で己を取り巻く環境をゆっくりと認識してから目覚める。五感から得られる情報は膨大で、
寝ぼけている脳ではそれらを上手く処理できない。それで目覚めてから暫くして寝違えていたり、寝相が悪くて布団を何処かに
やっていたり、寝小便をしてしまった事に気付く。フルプラセスの場合、意識のグレーゾーンがないので、意識が覚醒した瞬間
から物事を正確に認識する事が可能だが、それは奇妙な感覚だった。様々な感覚器官から得られる情報を、覚醒した瞬間に当た
り前のように受け入れて処理するというのは、戦闘時に脳に引き起こされる遅延感覚にも似ていた。
ギャレンタインは義躰のステータスウィンドに表示された情報から、自身の義躰に異常が無い事を確認すると瞬きをするよう
な感覚でウィンドウを閉じ、何気なく黒鉄色の人工皮膚に覆われた死人の様な手を、機械の瞳でじっと見詰めた。
金属骨格に人工筋肉を縫い付け、人工皮膚で覆ったそれは冷たい化学物質の青い血液が流れており、固く筋張っていた。爪の
代わりに指先の上半分を覆う鈍色の金属カバーには機械油と硝煙がこびりついている。掌は指紋の代わりに襞状の強化ゴムの滑
り止め加工が施され、手の甲には管理用のバーコードとシリアルナンバーが刻印されていた。それを見る度に、彼は自分の身体
が自分の物ではないという事実を突き付けられているような気がしてうんざりした。己の魂すらも既に自分の手から離れている
というのに、これ以上残酷な現実を自分達にに突き付けてどうしようというのだろうか。
しかしその手には、もう少しで何かを掴めそうだった奇妙な感触が残っていたが、それは時折生体脳に生じる生身の頃の感覚
だろうとギャレンタインは思い、直ぐに記憶の片隅に押しやった。
一つ、問題が発生していた。義躰のシステム自体に問題は無かったが、今に至るまで全てのシステムがオフラインになっていた。
つまりギャレンタインは気絶していたのだ。
気絶していた原因は分からない。ギャレンタインの義躰はJDFの特殊作戦モデルだ。低軌道からの降下の衝撃程度でシステムが
ダウンするとは思えない。フナサカⅦ型は戦車に踏まれてもびくともしない耐久性能を誇っている。落下傘は指定された高度で
開傘し、減速スタビライザーも正常に作動していた。しかしその衝撃はやはり凄まじく、生身なら重傷を負ってもなんら不思議
ではないが、特殊装甲と厳重な衝撃緩衝機構によって保護された頭部は20mm機関砲弾の直撃に耐えられるように設計されていた。
今、ギャレンタインは棺桶の中に居た。正確に言えば、低軌道上のRLVから地上に直接降下する際に使用する個人用降下ポッドの
中だが、地球に向かって8Km/secで突入するとなるとそれは最早お誂え向きの棺桶といっても差し支えは無い。但し、既に地上に
降下した今となっては棺桶とも呼べぬ代物だ。大気との激しい摩擦熱でポッド表面の耐熱素材の大部分が剥がれ落ち、崩れ掛けた
卵といった様相を呈していた。
ギャレンタインは生体脳を介して乗降ハッチを操作したが、ハッチは圧搾空気の排出される音と共に少しだけ開いてそれ以上動く
事は無かった。 恐らく、ポッド全体の構造材が歪んでいるか融解しているのだろう。仕方が無いので、ギャレンタインはハッチを
無理やりこじ開けた。フルプラセスの強化された筋力ならば造作も無かった。鈍い音を立ててハッチの開閉機構が捩じ切れる。
完全に開放されたハッチから覗くのは白い満月と煌びやかな星屑を鏤めた夜空だった。高地特有の透き通るような冷気によって
頭部を覆う装甲が急速に冷まされるが、その中に収納されている生体脳は常に最適な温度と状態に保たれている。頭上を覆う背の
高い木々の梢にぽっかりと開いた穴から月と星明りが注いでいた。それは降下の際にポッドが穿ったものだった。
仰向けで潜り込んでいた降下ポッドから起き上がり、周囲を警戒する。電子化された視覚は既に低光量/赤外線モードに自動的に
切り替えられていた。ギャレンタインの義躰には、一昔前の攻撃ヘリと同等の索敵能力が備わっている。全天候の索敵能力は環境に
左右されずにそのスペックを最大限に発揮可能だ。
視界とミリ波レーダーに敵影が無い事を確認すると、ギャレンタインは携行火器を降下ポッド内部の収納スペースから取り出して
背負い、手には軽機関銃ほどもある〝小銃〟を油断無く構えたままポッドの外に足を踏み出した。
SMIで制式採用されている小銃は、ドイツの兵器メーカーH&K社がSMI専用に製作した代物だ。.338口径(8.6mm×70)HKM64小銃は、
かなり大型のブルパップ式で特別仕様の強装弾を使用する為、非常に頑丈に作られていて故障は滅多にせず、どんなに劣悪な環境下
でも確実に作動するのが隊員から好まれていた。 引き金を引いた時に弾が出るというのは実に単純な事柄だが、銃に命を預けなけ
ればならない兵士にとってはそれが最も重要なのだ。泥濘の中を匍匐で這い進んだ時、携行している火器の銃身も薬室も全てが泥に
浸かれば、引き金を引いても撃発されるとは限らない。勿論、頑丈に作られている分重量があるが、フルプラセスには大した問題で
は無い。小銃の各部位に設置されたピカティニー・レールには様々なオプションを装着可能で、ギャレンタインはエイムポイント
社製ドットサイトをレシーバー上に、 不可視/可視光線に切替可能なシュアファイヤー製フラッシュライトとレーザーエイミング
モジュールをハンドガード側面に、同社製サウンドサプレッサーを銃口に、銃身の下に50mm擲弾発射器を装備していた。
小銃の他にもギャレンタインは右大腿部のレッグホルスターにフルプラセス仕様の大型自動拳銃を携行していた。 アメリカの老
舗銃器メーカーのコルト社が製作した.50口径M2046A2自動拳銃は、一見するとコルトガバメントそのものだが、使用する.50口径弾
(12.7mm×40)に合わせてかなり各部が大型化し頑丈に設計されており、 十五発の弾薬を装填可能なダブルカラム式の弾倉を収納
するグリップはフルプラセスの大きな手でなければ握れないほど太い。例によって銃身の下に刻まれたピカティニー・レールには
フラッシュライトとレーザーエイミングモジュールが一体化したアクセサリーが装着されていた。
小銃と拳銃の他には、半自動式の狙撃銃も携行していた。 チェイタックアソシエーツ社製の.408口径M400狙撃銃は、削り出し加
工で製作された.408口径弾(10.5mm×77)を使用し、2500ヤードという長距離に於いても優れた命中精度を誇る。大口径狙撃銃であ
るので重量は小銃よりも嵩む。銃口には同社製の長大なサウンドサプレッサーが装着されており、ほぼ無音だ。戦場では残弾が一発
だけという状況がよくある。その一発で頑丈な外殻を備えるBUGを確実に仕留められれば、これ以上は望む必要はない。
携行する火器の中で最も破壊力に優れているのが、中型から大型BUG用の四連装半誘導多目的ロケット弾ポッドだ。攻撃ヘリに搭載
される70mmロケット弾の全長を切り詰めた半誘導式ロケット弾をコンテナ型発射器に四発装填し、使用時にはコンテナケースの後部を
引き出して簡易照準器で狙いを定めて発射する。任務に応じて様々な弾頭を選べるので汎用性が高く、今回は対人小型BUGの掃討用に
榴弾を三発、中型・大型BUG用に対戦車榴弾を一発装填していた。ポッドは後腰に括り付けて携行する。
携行する手榴弾は通常のものではなく、EFP(Explosively Formed Penetrator:爆発成形侵徹体)手榴弾と障害除去用燃料気化手榴弾だ。
前者は爆発と同時に広範囲に爆発成形侵徹体(爆発の衝撃波で金属が弾丸形状に成形され、秒速2km~3kmで発射され装甲を貫通する)をばら撒く。
後者は大きさが1000mlのペットボトルほどもあり、名称に燃料気化とあるが使用されるのはサーモバリック爆薬でこれは固体の化合物を
気化させる事で粉塵と強燃ガスの複合爆鳴気を作り出し、強力な爆発を発生させる。 それらに加えて、黄燐手榴弾も幾つか携行していた。
黄燐は激しく燃え、撤退するのに好都合な煙幕を発生させる。
ギャレンタインは周辺を警戒しながら身を隠せそうな場所を探した。今いる場所は鬱蒼とした奥深い森の中だが、身長230cmの重装備の
フルプラセスが潜り込めるような場所はあまりなさそうだ。暫く歩くと苔が分厚く繁茂した大きな岩がごろごろと転がっている涸れ谷に
出たので、四隅を岩に囲まれた身を隠すのに適した窪地に陣取り、頭を少し出して周辺を隈なくミリ波レーダーで走査した。
敵影はおろか、一緒に降下した筈の分隊の面々の識別信号すら反応しなかった。そんな筈はないとギャレンタインは何度も走査したが、
やはり電子化された視界の片隅に表示されているレーダー画面には何も映っていない。自分に搭載されているレーダーが故障しているのではと
自身の義躰に自己診断プログラムを走らせたが意味はなかった。義躰は何処も故障していなかった。全て正常だ。
ギャレンタインは動悸が早まるような錯覚に陥った。勿論、義躰は完全にコントロールされているから、クルードのようにアドレナリンが
過剰分泌されて恐怖に備えようとする生理反応などある筈がない。義躰は常に万全の状態にある。しかし、それに搭載される精神までもが
義躰のように機械的という訳ではない。幾ら加工されているとはいえ、フルプラセスの精神構造が常人と懸け離れている訳ではなく、
何度も死線を潜り抜けてきたギャレンタインと謂えども想定外の事態に直面すれば恐怖を感じる。
糞。作戦が計画通りにいくなんてのは稀だ。むしろ上手くいかないのが当たり前なんだ。
ギャレンタインは過去の失敗を振り返り、焦る気持ちを落ち着けた。こういう場面で冷静な判断が下せなくなれば終わりだ。作戦は失敗し、
自分も死ぬ。それを回避する為には何よりもまずは冷静でなければならない。
暫くして落ち着いた所で、丁度良く通信が入った。作戦司令部からだ。ギャレンタインは落ち着きを取り戻した状態で通信に出た。
重にも視界上に展開されていく。クルードならば、起きぬけに難解な数学問題を解けと言われても脳が上手く働かないだろうが、
意識にオンとオフの二つしかないフルプラセスの生体脳の寝覚めは、まさにスイッチによる切り替えの如くはっきりとしている。
人間は、徐々に五感が覚醒していく中で己を取り巻く環境をゆっくりと認識してから目覚める。五感から得られる情報は膨大で、
寝ぼけている脳ではそれらを上手く処理できない。それで目覚めてから暫くして寝違えていたり、寝相が悪くて布団を何処かに
やっていたり、寝小便をしてしまった事に気付く。フルプラセスの場合、意識のグレーゾーンがないので、意識が覚醒した瞬間
から物事を正確に認識する事が可能だが、それは奇妙な感覚だった。様々な感覚器官から得られる情報を、覚醒した瞬間に当た
り前のように受け入れて処理するというのは、戦闘時に脳に引き起こされる遅延感覚にも似ていた。
ギャレンタインは義躰のステータスウィンドに表示された情報から、自身の義躰に異常が無い事を確認すると瞬きをするよう
な感覚でウィンドウを閉じ、何気なく黒鉄色の人工皮膚に覆われた死人の様な手を、機械の瞳でじっと見詰めた。
金属骨格に人工筋肉を縫い付け、人工皮膚で覆ったそれは冷たい化学物質の青い血液が流れており、固く筋張っていた。爪の
代わりに指先の上半分を覆う鈍色の金属カバーには機械油と硝煙がこびりついている。掌は指紋の代わりに襞状の強化ゴムの滑
り止め加工が施され、手の甲には管理用のバーコードとシリアルナンバーが刻印されていた。それを見る度に、彼は自分の身体
が自分の物ではないという事実を突き付けられているような気がしてうんざりした。己の魂すらも既に自分の手から離れている
というのに、これ以上残酷な現実を自分達にに突き付けてどうしようというのだろうか。
しかしその手には、もう少しで何かを掴めそうだった奇妙な感触が残っていたが、それは時折生体脳に生じる生身の頃の感覚
だろうとギャレンタインは思い、直ぐに記憶の片隅に押しやった。
一つ、問題が発生していた。義躰のシステム自体に問題は無かったが、今に至るまで全てのシステムがオフラインになっていた。
つまりギャレンタインは気絶していたのだ。
気絶していた原因は分からない。ギャレンタインの義躰はJDFの特殊作戦モデルだ。低軌道からの降下の衝撃程度でシステムが
ダウンするとは思えない。フナサカⅦ型は戦車に踏まれてもびくともしない耐久性能を誇っている。落下傘は指定された高度で
開傘し、減速スタビライザーも正常に作動していた。しかしその衝撃はやはり凄まじく、生身なら重傷を負ってもなんら不思議
ではないが、特殊装甲と厳重な衝撃緩衝機構によって保護された頭部は20mm機関砲弾の直撃に耐えられるように設計されていた。
今、ギャレンタインは棺桶の中に居た。正確に言えば、低軌道上のRLVから地上に直接降下する際に使用する個人用降下ポッドの
中だが、地球に向かって8Km/secで突入するとなるとそれは最早お誂え向きの棺桶といっても差し支えは無い。但し、既に地上に
降下した今となっては棺桶とも呼べぬ代物だ。大気との激しい摩擦熱でポッド表面の耐熱素材の大部分が剥がれ落ち、崩れ掛けた
卵といった様相を呈していた。
ギャレンタインは生体脳を介して乗降ハッチを操作したが、ハッチは圧搾空気の排出される音と共に少しだけ開いてそれ以上動く
事は無かった。 恐らく、ポッド全体の構造材が歪んでいるか融解しているのだろう。仕方が無いので、ギャレンタインはハッチを
無理やりこじ開けた。フルプラセスの強化された筋力ならば造作も無かった。鈍い音を立ててハッチの開閉機構が捩じ切れる。
完全に開放されたハッチから覗くのは白い満月と煌びやかな星屑を鏤めた夜空だった。高地特有の透き通るような冷気によって
頭部を覆う装甲が急速に冷まされるが、その中に収納されている生体脳は常に最適な温度と状態に保たれている。頭上を覆う背の
高い木々の梢にぽっかりと開いた穴から月と星明りが注いでいた。それは降下の際にポッドが穿ったものだった。
仰向けで潜り込んでいた降下ポッドから起き上がり、周囲を警戒する。電子化された視覚は既に低光量/赤外線モードに自動的に
切り替えられていた。ギャレンタインの義躰には、一昔前の攻撃ヘリと同等の索敵能力が備わっている。全天候の索敵能力は環境に
左右されずにそのスペックを最大限に発揮可能だ。
視界とミリ波レーダーに敵影が無い事を確認すると、ギャレンタインは携行火器を降下ポッド内部の収納スペースから取り出して
背負い、手には軽機関銃ほどもある〝小銃〟を油断無く構えたままポッドの外に足を踏み出した。
SMIで制式採用されている小銃は、ドイツの兵器メーカーH&K社がSMI専用に製作した代物だ。.338口径(8.6mm×70)HKM64小銃は、
かなり大型のブルパップ式で特別仕様の強装弾を使用する為、非常に頑丈に作られていて故障は滅多にせず、どんなに劣悪な環境下
でも確実に作動するのが隊員から好まれていた。 引き金を引いた時に弾が出るというのは実に単純な事柄だが、銃に命を預けなけ
ればならない兵士にとってはそれが最も重要なのだ。泥濘の中を匍匐で這い進んだ時、携行している火器の銃身も薬室も全てが泥に
浸かれば、引き金を引いても撃発されるとは限らない。勿論、頑丈に作られている分重量があるが、フルプラセスには大した問題で
は無い。小銃の各部位に設置されたピカティニー・レールには様々なオプションを装着可能で、ギャレンタインはエイムポイント
社製ドットサイトをレシーバー上に、 不可視/可視光線に切替可能なシュアファイヤー製フラッシュライトとレーザーエイミング
モジュールをハンドガード側面に、同社製サウンドサプレッサーを銃口に、銃身の下に50mm擲弾発射器を装備していた。
小銃の他にもギャレンタインは右大腿部のレッグホルスターにフルプラセス仕様の大型自動拳銃を携行していた。 アメリカの老
舗銃器メーカーのコルト社が製作した.50口径M2046A2自動拳銃は、一見するとコルトガバメントそのものだが、使用する.50口径弾
(12.7mm×40)に合わせてかなり各部が大型化し頑丈に設計されており、 十五発の弾薬を装填可能なダブルカラム式の弾倉を収納
するグリップはフルプラセスの大きな手でなければ握れないほど太い。例によって銃身の下に刻まれたピカティニー・レールには
フラッシュライトとレーザーエイミングモジュールが一体化したアクセサリーが装着されていた。
小銃と拳銃の他には、半自動式の狙撃銃も携行していた。 チェイタックアソシエーツ社製の.408口径M400狙撃銃は、削り出し加
工で製作された.408口径弾(10.5mm×77)を使用し、2500ヤードという長距離に於いても優れた命中精度を誇る。大口径狙撃銃であ
るので重量は小銃よりも嵩む。銃口には同社製の長大なサウンドサプレッサーが装着されており、ほぼ無音だ。戦場では残弾が一発
だけという状況がよくある。その一発で頑丈な外殻を備えるBUGを確実に仕留められれば、これ以上は望む必要はない。
携行する火器の中で最も破壊力に優れているのが、中型から大型BUG用の四連装半誘導多目的ロケット弾ポッドだ。攻撃ヘリに搭載
される70mmロケット弾の全長を切り詰めた半誘導式ロケット弾をコンテナ型発射器に四発装填し、使用時にはコンテナケースの後部を
引き出して簡易照準器で狙いを定めて発射する。任務に応じて様々な弾頭を選べるので汎用性が高く、今回は対人小型BUGの掃討用に
榴弾を三発、中型・大型BUG用に対戦車榴弾を一発装填していた。ポッドは後腰に括り付けて携行する。
携行する手榴弾は通常のものではなく、EFP(Explosively Formed Penetrator:爆発成形侵徹体)手榴弾と障害除去用燃料気化手榴弾だ。
前者は爆発と同時に広範囲に爆発成形侵徹体(爆発の衝撃波で金属が弾丸形状に成形され、秒速2km~3kmで発射され装甲を貫通する)をばら撒く。
後者は大きさが1000mlのペットボトルほどもあり、名称に燃料気化とあるが使用されるのはサーモバリック爆薬でこれは固体の化合物を
気化させる事で粉塵と強燃ガスの複合爆鳴気を作り出し、強力な爆発を発生させる。 それらに加えて、黄燐手榴弾も幾つか携行していた。
黄燐は激しく燃え、撤退するのに好都合な煙幕を発生させる。
ギャレンタインは周辺を警戒しながら身を隠せそうな場所を探した。今いる場所は鬱蒼とした奥深い森の中だが、身長230cmの重装備の
フルプラセスが潜り込めるような場所はあまりなさそうだ。暫く歩くと苔が分厚く繁茂した大きな岩がごろごろと転がっている涸れ谷に
出たので、四隅を岩に囲まれた身を隠すのに適した窪地に陣取り、頭を少し出して周辺を隈なくミリ波レーダーで走査した。
敵影はおろか、一緒に降下した筈の分隊の面々の識別信号すら反応しなかった。そんな筈はないとギャレンタインは何度も走査したが、
やはり電子化された視界の片隅に表示されているレーダー画面には何も映っていない。自分に搭載されているレーダーが故障しているのではと
自身の義躰に自己診断プログラムを走らせたが意味はなかった。義躰は何処も故障していなかった。全て正常だ。
ギャレンタインは動悸が早まるような錯覚に陥った。勿論、義躰は完全にコントロールされているから、クルードのようにアドレナリンが
過剰分泌されて恐怖に備えようとする生理反応などある筈がない。義躰は常に万全の状態にある。しかし、それに搭載される精神までもが
義躰のように機械的という訳ではない。幾ら加工されているとはいえ、フルプラセスの精神構造が常人と懸け離れている訳ではなく、
何度も死線を潜り抜けてきたギャレンタインと謂えども想定外の事態に直面すれば恐怖を感じる。
糞。作戦が計画通りにいくなんてのは稀だ。むしろ上手くいかないのが当たり前なんだ。
ギャレンタインは過去の失敗を振り返り、焦る気持ちを落ち着けた。こういう場面で冷静な判断が下せなくなれば終わりだ。作戦は失敗し、
自分も死ぬ。それを回避する為には何よりもまずは冷静でなければならない。
暫くして落ち着いた所で、丁度良く通信が入った。作戦司令部からだ。ギャレンタインは落ち着きを取り戻した状態で通信に出た。
『ギャレンタイン! 生きていたのか!』
脳内に直接響くその声は感極まっていた。まるでクリスマスと新年が一緒に来たかのように。
ギャレンタインも頭の中で独白するようにしてその声に応答した。フルプラセスは言葉を発する事なく意志の疎通が可能だ。
ギャレンタインも頭の中で独白するようにしてその声に応答した。フルプラセスは言葉を発する事なく意志の疎通が可能だ。
<俺はちゃんと生きています。尤も、元から死んでいるようなものですが>
『今までどうしていたんだ? 戦術ビーコンは全く反応しなかったぞ』
<システムが全てオフラインになっていました。今は全てのシステムがオンラインになっていますが、恐らく、それが原因でしょう。
ところで今はどんな状況なんですか? 他の連中が何処にも見当たらない。まさか降下に失敗したんですか?>
ところで今はどんな状況なんですか? 他の連中が何処にも見当たらない。まさか降下に失敗したんですか?>
『残念ながら君の想像通りだ。RLVが降下地点を間違えた。君とドク以外は別の地域に降下してしまった。
彼らは君らのいるグロズヌイからかなり離れた味方占領地域にいる。
BUGの巣の奥深くに降下しなかっただけ幸いだ。既に回収部隊が空路から向かっている』
彼らは君らのいるグロズヌイからかなり離れた味方占領地域にいる。
BUGの巣の奥深くに降下しなかっただけ幸いだ。既に回収部隊が空路から向かっている』
<つまり俺とドクだけが人類とBUGとの境界線上にいる訳ですね? ドクは今何処に? 俺のレーダーには何の反応もありません>
『ドクは最低限の動力だけを残して巧妙に隠れているよ。君が無事ならばまだ作戦成功の望みはある。
ドクには先程作戦の中止を言い渡したところだが、君がいるのならば可能かもしれない。取り敢えず彼と合流してくれ』
ドクには先程作戦の中止を言い渡したところだが、君がいるのならば可能かもしれない。取り敢えず彼と合流してくれ』
<了解。しかし出来ればこのまま帰りたいのですがね…>
通信を切るとギャレンタインは頭の中で現状を整理しようと試みたが、悪い考えしか浮かばなかった。現在、この付近に
いるのは自分を含めた二名だけだ。生身の兵士ならば兎も角、完全武装の熟練したSMI隊員ならば何とか出来るかもしれないが、
やはり戦力不足なのは否めない。既に此処はBUGの占領支配地域なのだ。いずれBUGの斥侯が降下ポッドの残骸を発見するだろう。
そうなれば周辺一体のBUGが総動員で侵入者を狩ろうと血眼になって探すに違いない。
取り敢えず降下に成功したハンス・〝ドクトル〟・シュミッドと合流しなければならない。先ずはそれからだ。ギャレンタインは
高速バースト通信でシュミッドを呼び出した。やや間があってからシュミッドが呼び出しに応じた。
いるのは自分を含めた二名だけだ。生身の兵士ならば兎も角、完全武装の熟練したSMI隊員ならば何とか出来るかもしれないが、
やはり戦力不足なのは否めない。既に此処はBUGの占領支配地域なのだ。いずれBUGの斥侯が降下ポッドの残骸を発見するだろう。
そうなれば周辺一体のBUGが総動員で侵入者を狩ろうと血眼になって探すに違いない。
取り敢えず降下に成功したハンス・〝ドクトル〟・シュミッドと合流しなければならない。先ずはそれからだ。ギャレンタインは
高速バースト通信でシュミッドを呼び出した。やや間があってからシュミッドが呼び出しに応じた。
<ドク。無事か?>
『貴方こそ無事でしたか! 私はてっきり、降下に失敗したとばかり思っていました!』
<原因はわからんが、一時的にシステムがオフラインになっていた。それで戦術ビーコンが上手く作動しなかったんだ。
ところで今何処にいる? こちらのレーダーでは位置を確認できないぞ>
ところで今何処にいる? こちらのレーダーでは位置を確認できないぞ>
『私は最低限の機能を残して義躰を低稼動状態に保って隠蔽しています。戦術ビーコンも切ってあるので分からなくて当然でしょう。
私一人だけではこの作戦は無理だと、 先程、スターリング中佐に作戦の中止を言い渡され、新たな脱出経路を模索している間は
待機を命じられていたのですが』
私一人だけではこの作戦は無理だと、 先程、スターリング中佐に作戦の中止を言い渡され、新たな脱出経路を模索している間は
待機を命じられていたのですが』
<残念だがドク、作戦は継続される。いや、継続しよう。俺達はこういう時の為に高い給料を貰っているんだ。それが公務員の在るべき姿だ>
ギャレンタインは自らに言い聞かせるように言った。彼自身とてたった二人だけではあまりにも無謀なのは承知していた。
だがクルードだった頃にこなしてきた任務の中にはもっと無謀で危険なのが幾つもあったし、それに今の自分は生身より遥かに
頑強な義躰と強力な火力を持っている。簡単な事だ。さっと行ってさっと済ませればいい。たったそれだけの事だ。
だがクルードだった頃にこなしてきた任務の中にはもっと無謀で危険なのが幾つもあったし、それに今の自分は生身より遥かに
頑強な義躰と強力な火力を持っている。簡単な事だ。さっと行ってさっと済ませればいい。たったそれだけの事だ。
<ドク、戦術ビーコンをオンラインにしてくれ。位置を確認したい>
『分かりました。ちょっと待って下さい』
程なくしてレーダー画面に味方を示す青い光点が表示された。意外な事に、両者の距離はそれほど離れていなかった。距離にしてほんの数十mだ。
シュミッドもこの涸れ谷の岩場に潜んでいるらしい。
シュミッドもこの涸れ谷の岩場に潜んでいるらしい。
<ドク、こっちに来てくれるか?>
『直ぐに向かいます。六時の方角から進入するので、撃たないでくださいよ』
そこで通信は一度切れたが、暫くすると微かな物音と共に重装備のフルプラセスが小銃をローレディ―身体をやや前傾にして
銃口を下に構え、不意に現れた目標に対して素早い射撃が行える姿勢―に構えて窪地の縁に現れた。ギャレンタインは他の隊員
を見る度に、鏡に写った化け物じみた自分の姿を見ているようだった。
ギャレンタインとシュミッドは、ぴったりと肌に張り付くように伸縮性のある防弾繊維製のつなぎ型のアサルトスーツを着て、
靴底に鋼板を仕込んだタクティカルブーツを履いていた。装備は全てタクティカルベストに収納してある。背面には個人用携帯
無線機を入れるモジュラー式のポーチと手榴弾ラック、大型ユーティリティポーチが取り付けてある。シュミッドはベルゲンを
背負っていたので、干渉しないように予め背面のポーチ類は取り外してあった。ベスト下部には装備を括り付けたベルトを通す
為のループが設けてあり、マガジンポーチやユーティリティポーチ、レッグホルスター、レッグポーチ、バットパック等を装着
したベルトを連結してあった。ギャレンタインは.408口径弾を二十発装填した狙撃銃用の弾倉を大量に詰め込んだバンダリア
(襷状の弾薬入れ)を襷掛けにして携行していた。 ファスナーとファスティックでベストとベルトは固定され、レッグホルスターと
レッグポーチも同様に左右それぞれの大腿部に固定されていた。
装具の下には特殊複合装甲製のプロテクターを装着している。装着者の動作を妨げないようにエルゴノミクス(人間工学)に
基づいてデザインされたスマートな鎧は、少し重量があるが高い防御力を備えている。最も装甲の厚い胴体部は大口径機関砲弾の
直撃に堪える抗弾性があるが、たとえ貫通しなかったとしても常人ならばその衝撃で即死するほどで、義躰だからこその高度な
防弾装備であった。SMIが使用するプロテクターは単に防御力を高めるだけではなく、小型燃料電池と人工血液パックをも内蔵
しており、作戦行動時間を延長させる為の機能も備わっている。それらは胴体部の背面に内蔵されており、外から見ると少し膨
らんでいるのが分かる。義躰の背中にはそれらとの接続ポートが設けられているので、ダイバーが用いるウェットスーツのような
アサルトスーツの背面は、肩甲骨あたりがそっくり露出するようになっていた。
義躰の頭部はそれ自体が頑強な特殊複合装甲に包まれているが、更に防御力を高める為に索敵・通信機能強化モジュールを
組み込んである分厚い防弾シールド付きのヘルメットを被っていた。しかし防弾シールドは鬱陶しいので、大抵の隊員は取り
外していた。
銃口を下に構え、不意に現れた目標に対して素早い射撃が行える姿勢―に構えて窪地の縁に現れた。ギャレンタインは他の隊員
を見る度に、鏡に写った化け物じみた自分の姿を見ているようだった。
ギャレンタインとシュミッドは、ぴったりと肌に張り付くように伸縮性のある防弾繊維製のつなぎ型のアサルトスーツを着て、
靴底に鋼板を仕込んだタクティカルブーツを履いていた。装備は全てタクティカルベストに収納してある。背面には個人用携帯
無線機を入れるモジュラー式のポーチと手榴弾ラック、大型ユーティリティポーチが取り付けてある。シュミッドはベルゲンを
背負っていたので、干渉しないように予め背面のポーチ類は取り外してあった。ベスト下部には装備を括り付けたベルトを通す
為のループが設けてあり、マガジンポーチやユーティリティポーチ、レッグホルスター、レッグポーチ、バットパック等を装着
したベルトを連結してあった。ギャレンタインは.408口径弾を二十発装填した狙撃銃用の弾倉を大量に詰め込んだバンダリア
(襷状の弾薬入れ)を襷掛けにして携行していた。 ファスナーとファスティックでベストとベルトは固定され、レッグホルスターと
レッグポーチも同様に左右それぞれの大腿部に固定されていた。
装具の下には特殊複合装甲製のプロテクターを装着している。装着者の動作を妨げないようにエルゴノミクス(人間工学)に
基づいてデザインされたスマートな鎧は、少し重量があるが高い防御力を備えている。最も装甲の厚い胴体部は大口径機関砲弾の
直撃に堪える抗弾性があるが、たとえ貫通しなかったとしても常人ならばその衝撃で即死するほどで、義躰だからこその高度な
防弾装備であった。SMIが使用するプロテクターは単に防御力を高めるだけではなく、小型燃料電池と人工血液パックをも内蔵
しており、作戦行動時間を延長させる為の機能も備わっている。それらは胴体部の背面に内蔵されており、外から見ると少し膨
らんでいるのが分かる。義躰の背中にはそれらとの接続ポートが設けられているので、ダイバーが用いるウェットスーツのような
アサルトスーツの背面は、肩甲骨あたりがそっくり露出するようになっていた。
義躰の頭部はそれ自体が頑強な特殊複合装甲に包まれているが、更に防御力を高める為に索敵・通信機能強化モジュールを
組み込んである分厚い防弾シールド付きのヘルメットを被っていた。しかし防弾シールドは鬱陶しいので、大抵の隊員は取り
外していた。
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