創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki
Episode 13-A:Si Vis Pacem, Para Bellum――汝、平和を欲さば、戦への備えをせよ。 前篇
最終更新:
ParaBellum
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たまと別れてから野良の襲撃にこそ遭遇しなかったものの、戦闘に巻き込まれていたせいで車体が少なからずダメージを受けていたようで、途中で停止して点検と修理をする事になった。
おかげでリタとライ、スティーヴは大忙しだが、他のメンバーは客車の中で暇を潰すはめになる。
修理は思ったよりも長引いてしまい、気付けば東の空から太陽がひょっこり顔を出している時間になっていた。
早く寝た遥とまどかが起きたのと入れ代わるように、リタとライが夢の世界へ。リヒトとルガーは夜遅くまで起きていたらしく、未だ睡眠中だ。
「出発進行」
どこか疲れを感じさせるスティーヴの合図と同時に、再び列車が走り出す。目的地は、もう目と鼻の先だった。
「遠くで見ても凄かったけど、近くで見るともっと凄い……」
立ち込める朝靄と乱立する針葉樹の中をどこまでも伸びている巨大な塔を列車の窓から見上げて、遥が感嘆の溜息をつく。
「なごみちゃんの本体がなければ観光名所になる予定だったんですよ」
すぐ隣で同じように軌道エレベーターを見上げながら、まどか。つい先程までひどく寝ぼけていたが、どうやら正気に戻ったようだ。相手をするには手を焼かせられた。
「まどかちゃんは来た事あるの?」
窓を開ける。凜とした空気が入り込んできて、さらなる意識の覚醒を促した。
「はい、父に連れられて何度か……たまちゃんも一緒に」
一般人はこんな場所に来る事はないと思うが、まどかはブラウニング領の領主の娘で神子だから不思議ではない……と、思うが、いや、そんな事よりも、
「たまちゃん、大丈夫かな」
「たまちゃんなら絶対大丈夫ですよ。今頃こっちに向かってると思います」
平然と言ってのけるあたり、おそらく本気になったたまちゃんの実力は相当のものなのだろう。極東を揺るがせた大妖狐なだけはある。
――――でも、普段の様子を見るとなぁ……。
とてもではないが、大物の雰囲気は感じない。それに意外と抜けてるとこあるし。
「あ、そうだ。もう一回呼び出せばいいんじゃない? そうすればすぐに――――」
「私もまだ未熟なので、そういう事はできないんですよ」
あはは、と恥ずかしそうに頬を赤らめながら笑う。
「そうなの?」
「はい。そういうのってマナの通り道をしっかり覚えてないと駄目なんですよ、迷子になっちゃうので」
地下や上空、世界中に蜘蛛の巣のように張り巡らされたマナの通り道を把握していないと、転送に失敗して行方不明になってしまう事があるそうだ。
そして通り道の把握は神子のマナのコントロール力に依存するらしく、まどかはそれがまだ未熟だという事らしい。
「例えばガレージなんかの、“いつもそこにある”場所から今いる場所までの道を把握したり、それで来た道を辿ったりするなら簡単なんです。あと、私の場合は自由に転送できるのは半径一キロが限界ですね」
「なるほど」
半径一キロでも、転送自体が出来ない遥には十分凄いと思うのだが。
「師匠はどれくらい出来るんだろう」
「リヒトさんは……どうでしょう。私なんかよりもずっと遠くまで飛ばせると思います」
「へぇ」と相槌を打つ。やっぱり何だかんだでリヒトは凄い人のようだ、まどかが言うのだから間違いない。
「私も、できるようになるかな?」
雲ひとつないコバルトブルーの空を見上げながら、遥がぼそりと呟いた。
「ちゃんと神子になれればできますよ、だって“遥”さんなんですから。きっと私よりもずっと遠くに飛ばせます」
そう言って柔らかい笑顔を浮かべるまどか。
「じゃあ私の妹はもっと遠くに飛ばせそうな名前だね、だって彼方だもん」
太陽の昇る方角――――東の空へと首を廻らせた。八時間程ある時差からして、向こうはもうとっくにお昼時だろう。
ここまで考えて、そういえばまだ故郷に手紙を出していない事を思い出す。最後に送ったのは二ヶ月前だから、そろそろ連絡のひとつでも入れておかないといらぬ心配をかけさせてしまうだろう。
「ふふっ。そうですね、彼方さんには一度お会いしたいです。極東にも行ってみたいなぁ……」
「じゃあさ、暇ができたらみんなで行こ?」
隣のまどかに、甘えるようにもたれかかる。まどかの身体からは、甘い匂いとぬくもりが感じられた。なんだか少しだけ、お母さんのようなイメージ。
「はい、行きましょう、みんなで」
遥の頭を撫でながら、まどかがにこりと微笑んだ。
「でも、不思議だなー」
「何がですか?」
「なんかまどかちゃんって、師匠よりも師匠らしいというか、先生みたいっていうか、お母さんみたいっていうか……」
それを聞いたまどかが、また恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「私がお母さんだなんて、そんな」
まどか自信は遥の事をそう思っていたので、遥の言葉は予想外のものだった
「優しいところとか、お母さんみたいだと思うの」
カーブにさしかかったのか、列車が二回、大きく揺れた。そのせいで、今度は逆にまどかが遥にもたれかかる形になってしまう。
「そうかもしれませんけど……でも、たまにでいいので、私にも甘えさせてくださいね?」
少女が照れ隠しに、ふふっと笑った。
「もちろん。だって私、お姉さんだもんね」
同じく照れ隠しに笑いながら、後から「……一応」と慌てて付け足した。
目的地は、もうすぐそこだ。
揺れる列車から、空を見上げる。流れていく景色の中で、空だけは何ひとつとして変わる事はなかった。
おかげでリタとライ、スティーヴは大忙しだが、他のメンバーは客車の中で暇を潰すはめになる。
修理は思ったよりも長引いてしまい、気付けば東の空から太陽がひょっこり顔を出している時間になっていた。
早く寝た遥とまどかが起きたのと入れ代わるように、リタとライが夢の世界へ。リヒトとルガーは夜遅くまで起きていたらしく、未だ睡眠中だ。
「出発進行」
どこか疲れを感じさせるスティーヴの合図と同時に、再び列車が走り出す。目的地は、もう目と鼻の先だった。
「遠くで見ても凄かったけど、近くで見るともっと凄い……」
立ち込める朝靄と乱立する針葉樹の中をどこまでも伸びている巨大な塔を列車の窓から見上げて、遥が感嘆の溜息をつく。
「なごみちゃんの本体がなければ観光名所になる予定だったんですよ」
すぐ隣で同じように軌道エレベーターを見上げながら、まどか。つい先程までひどく寝ぼけていたが、どうやら正気に戻ったようだ。相手をするには手を焼かせられた。
「まどかちゃんは来た事あるの?」
窓を開ける。凜とした空気が入り込んできて、さらなる意識の覚醒を促した。
「はい、父に連れられて何度か……たまちゃんも一緒に」
一般人はこんな場所に来る事はないと思うが、まどかはブラウニング領の領主の娘で神子だから不思議ではない……と、思うが、いや、そんな事よりも、
「たまちゃん、大丈夫かな」
「たまちゃんなら絶対大丈夫ですよ。今頃こっちに向かってると思います」
平然と言ってのけるあたり、おそらく本気になったたまちゃんの実力は相当のものなのだろう。極東を揺るがせた大妖狐なだけはある。
――――でも、普段の様子を見るとなぁ……。
とてもではないが、大物の雰囲気は感じない。それに意外と抜けてるとこあるし。
「あ、そうだ。もう一回呼び出せばいいんじゃない? そうすればすぐに――――」
「私もまだ未熟なので、そういう事はできないんですよ」
あはは、と恥ずかしそうに頬を赤らめながら笑う。
「そうなの?」
「はい。そういうのってマナの通り道をしっかり覚えてないと駄目なんですよ、迷子になっちゃうので」
地下や上空、世界中に蜘蛛の巣のように張り巡らされたマナの通り道を把握していないと、転送に失敗して行方不明になってしまう事があるそうだ。
そして通り道の把握は神子のマナのコントロール力に依存するらしく、まどかはそれがまだ未熟だという事らしい。
「例えばガレージなんかの、“いつもそこにある”場所から今いる場所までの道を把握したり、それで来た道を辿ったりするなら簡単なんです。あと、私の場合は自由に転送できるのは半径一キロが限界ですね」
「なるほど」
半径一キロでも、転送自体が出来ない遥には十分凄いと思うのだが。
「師匠はどれくらい出来るんだろう」
「リヒトさんは……どうでしょう。私なんかよりもずっと遠くまで飛ばせると思います」
「へぇ」と相槌を打つ。やっぱり何だかんだでリヒトは凄い人のようだ、まどかが言うのだから間違いない。
「私も、できるようになるかな?」
雲ひとつないコバルトブルーの空を見上げながら、遥がぼそりと呟いた。
「ちゃんと神子になれればできますよ、だって“遥”さんなんですから。きっと私よりもずっと遠くに飛ばせます」
そう言って柔らかい笑顔を浮かべるまどか。
「じゃあ私の妹はもっと遠くに飛ばせそうな名前だね、だって彼方だもん」
太陽の昇る方角――――東の空へと首を廻らせた。八時間程ある時差からして、向こうはもうとっくにお昼時だろう。
ここまで考えて、そういえばまだ故郷に手紙を出していない事を思い出す。最後に送ったのは二ヶ月前だから、そろそろ連絡のひとつでも入れておかないといらぬ心配をかけさせてしまうだろう。
「ふふっ。そうですね、彼方さんには一度お会いしたいです。極東にも行ってみたいなぁ……」
「じゃあさ、暇ができたらみんなで行こ?」
隣のまどかに、甘えるようにもたれかかる。まどかの身体からは、甘い匂いとぬくもりが感じられた。なんだか少しだけ、お母さんのようなイメージ。
「はい、行きましょう、みんなで」
遥の頭を撫でながら、まどかがにこりと微笑んだ。
「でも、不思議だなー」
「何がですか?」
「なんかまどかちゃんって、師匠よりも師匠らしいというか、先生みたいっていうか、お母さんみたいっていうか……」
それを聞いたまどかが、また恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「私がお母さんだなんて、そんな」
まどか自信は遥の事をそう思っていたので、遥の言葉は予想外のものだった
「優しいところとか、お母さんみたいだと思うの」
カーブにさしかかったのか、列車が二回、大きく揺れた。そのせいで、今度は逆にまどかが遥にもたれかかる形になってしまう。
「そうかもしれませんけど……でも、たまにでいいので、私にも甘えさせてくださいね?」
少女が照れ隠しに、ふふっと笑った。
「もちろん。だって私、お姉さんだもんね」
同じく照れ隠しに笑いながら、後から「……一応」と慌てて付け足した。
目的地は、もうすぐそこだ。
揺れる列車から、空を見上げる。流れていく景色の中で、空だけは何ひとつとして変わる事はなかった。
♪ ♪ ♪
それからすぐに、列車は目的地に無事到着した。何もない、誰もいない無人駅だ。退廃的な雰囲気を感じるこの場所は、どことなく哀愁を感じさせる。
「御乗車誠にありがとうございました、ブラウニング・バビロン、ブラウニング・バビロンです……って、あれ」
お決まりの文句を言いながら客車に入ってきたスティーヴが目を丸くした。何故ならば、
「みんな寝てるよ……」
あれだけの連戦だったのだから無理もないが、気持ち良さそうな寝顔を見ていると、なんだかこちらまで眠気を誘われてしまう。特に女性陣の可憐な寝顔は、いつもジジィやオッサンのきったない寝顔ばかり見ているスティーヴにとってはとりわけ新鮮で――――
「って、何考えてるんだ俺は」
どうしよう、とりあえずクルップにも手伝ってもらってみんなを起こそうか。
「クルップさーん! みんな寝てるんですけど、どうしましょう!」
そしてしばらくして返ってきたのがこれである。
「いいのー、儂もまどかちゃん達と添い寝たいのー」
若干……いやかなり殺意が湧いたが、ここはグッとこらえる。そんな事よりもやおよろずの面々を起こさなければ。
と、いうわけで。
「ま、まどかさーん。朝ですよー」
へにょっとした顔で幸せそうに眠っているまどかの肩を恐る恐る揺らしてみる。
「んぅー……」
起きている時は美しかったが、寝ている時は、
「かわいい……」
スティーヴがそう呟いたのと同時に、まどかがむくりと身を起こした。
「ふぁ、すちーふさん……」
まだ寝ぼけているのか、半開きの目をぱちぱちしばたたかせている。
「ひっ!?」
基本的に異性との交流がないスティーヴは、情けない声を上げて尻餅をついた。一方のまどかは寝ぼけ眼のままスティーヴへと迫っていく。
「く、来るな! 来るなぁぁぁぁー!」
スティーヴの制止も虚しく、まどかは彼に馬乗りになった。豊満なバストが、その、なんというか、身体に当たって――――
「みみー、ふかふかー」
「アッ――――!」
「御乗車誠にありがとうございました、ブラウニング・バビロン、ブラウニング・バビロンです……って、あれ」
お決まりの文句を言いながら客車に入ってきたスティーヴが目を丸くした。何故ならば、
「みんな寝てるよ……」
あれだけの連戦だったのだから無理もないが、気持ち良さそうな寝顔を見ていると、なんだかこちらまで眠気を誘われてしまう。特に女性陣の可憐な寝顔は、いつもジジィやオッサンのきったない寝顔ばかり見ているスティーヴにとってはとりわけ新鮮で――――
「って、何考えてるんだ俺は」
どうしよう、とりあえずクルップにも手伝ってもらってみんなを起こそうか。
「クルップさーん! みんな寝てるんですけど、どうしましょう!」
そしてしばらくして返ってきたのがこれである。
「いいのー、儂もまどかちゃん達と添い寝たいのー」
若干……いやかなり殺意が湧いたが、ここはグッとこらえる。そんな事よりもやおよろずの面々を起こさなければ。
と、いうわけで。
「ま、まどかさーん。朝ですよー」
へにょっとした顔で幸せそうに眠っているまどかの肩を恐る恐る揺らしてみる。
「んぅー……」
起きている時は美しかったが、寝ている時は、
「かわいい……」
スティーヴがそう呟いたのと同時に、まどかがむくりと身を起こした。
「ふぁ、すちーふさん……」
まだ寝ぼけているのか、半開きの目をぱちぱちしばたたかせている。
「ひっ!?」
基本的に異性との交流がないスティーヴは、情けない声を上げて尻餅をついた。一方のまどかは寝ぼけ眼のままスティーヴへと迫っていく。
「く、来るな! 来るなぁぁぁぁー!」
スティーヴの制止も虚しく、まどかは彼に馬乗りになった。豊満なバストが、その、なんというか、身体に当たって――――
「みみー、ふかふかー」
「アッ――――!」
♪ ♪ ♪
「ふぁ……っ」
あくびをしながら座席から身を起こすと、肩に掛かる三つ編みが流れるようにするりと落ちた。
頬をぱしんと叩いて眠気を吹き飛ばす。
どうやら二度寝をしてしまったようだ。というわけで、まずは状況確認。揺れを感じないという事は列車が停止しているという事だ、おそらく目的地に着いたのだろう。皆既に起きているようだが、まどかとスティーヴが互いに目を合わせようとしないのは何故だろう。
「あ、遥さん起きましたね!」
リタの声で遥が起きた事に皆気付き、口々に朝の挨拶をした。
「あ、うん、おはよう。ごめんね、二度寝しちゃった」
「だ、大丈夫ですよ、私も、二度寝、しちゃいましたし……」
そう言うまどかがなんだかぎこちないのは……なるほど、読めた。寝ぼけていたせいでスティーヴと何か、こう、アレな事があったのだろう。とりあえず触れるのはよしておこう。
「やあ弟子よ、今ちょうど朝食を食べてたとこだ」
そう言いながらウインナーをボリボリ食べるリヒト。それを見ていると、なんだかこちらまでお腹が減ってくるようで――――
ぐぅ。
「あ」
腹が、鳴った。
「あっはっはっはっは! おう、食べろ食べろ!」
あくびをしながら座席から身を起こすと、肩に掛かる三つ編みが流れるようにするりと落ちた。
頬をぱしんと叩いて眠気を吹き飛ばす。
どうやら二度寝をしてしまったようだ。というわけで、まずは状況確認。揺れを感じないという事は列車が停止しているという事だ、おそらく目的地に着いたのだろう。皆既に起きているようだが、まどかとスティーヴが互いに目を合わせようとしないのは何故だろう。
「あ、遥さん起きましたね!」
リタの声で遥が起きた事に皆気付き、口々に朝の挨拶をした。
「あ、うん、おはよう。ごめんね、二度寝しちゃった」
「だ、大丈夫ですよ、私も、二度寝、しちゃいましたし……」
そう言うまどかがなんだかぎこちないのは……なるほど、読めた。寝ぼけていたせいでスティーヴと何か、こう、アレな事があったのだろう。とりあえず触れるのはよしておこう。
「やあ弟子よ、今ちょうど朝食を食べてたとこだ」
そう言いながらウインナーをボリボリ食べるリヒト。それを見ていると、なんだかこちらまでお腹が減ってくるようで――――
ぐぅ。
「あ」
腹が、鳴った。
「あっはっはっはっは! おう、食べろ食べろ!」
♪ ♪ ♪
食後三○分以内の運動は身体に悪いと言われている。せっかく胃に集まった血液が体中を循環してしまうからだ――――とまあ、そんな事は置いといて、現在車庫に列車を入れて仮眠をとっているクルップ達と別れて、駅から軌道エレベーターまでの道のりを移動中だ。
ちなみに食事終了から三○分も経っていない、若干健康が心配である。
「贅沢言うなら、食後三○分は横になりたいんだけどねぇ」
しかもこの道のりが、なかなかどうして険しいのだ。階段は多いし、道は複雑だし、藻でも生えているのかけっこう滑るし……。実はライもここへ来るのは初めてだったりする。
「ライ、食べてすぐに寝ると牛になっちゃうよ」
からからと笑いながら遥がからかう。だからこうやって言い返してやった。
「牛になれば胸も大きくなるよね」
途端に無言になって、自身の胸を寄せて上げ始める遥。やっぱり気にしていたようだ。……言い過ぎただろうか。
「あ、ごめ――――」
「でも胸だけ大きくなってもねぇ」
ライの謝罪を遮って、遥があははと苦笑した。さらにそれを遮るように、
「おう弟子よ! 今いい事言った! ロリ巨乳など言語道断! やはり幼女はナイチチであるべきだ!」
「捻りますよ? 師匠」
先刻とは打って変わって暗いく低い声の遥。うん、今のは確実にリヒトが悪い。
――――さて、鳥の囀りとリタの調子外れなハミングをBGMに、やおよろず一行は進んでいく。そして、残る階段はひとつだけ、というところで、
<お待ちなさい! あなたたち、このブラウニング・バビロンに何の用ですか!>
階段の上からぬっと現れたのは、長槍を持った藍青色の小型オートマタだった。見た事のないタイプだが、旧型か新型か、はたまたワンオフか。
<貴様、何者だ……!>
「リヒター、すぐに噛み付いちゃだめでしょ」
リヒターが遥を庇うように前方に踊り出ようとして止められる。
<……イエス・マイマスター>
まるで犬のようだ。
「あなたは?」
遥が問うと、オートマタは武器を下ろさず、凜とした女性の声でこう言った。
<私はサリサ・サリッサ。この地の守護と、なごみ様の世話係を……って、後ろにいるのは、もしかして……リヒトさん?>
「おう。久々だな、サリー」
リヒト達の姿を確認した瞬間、刺々しかったサリサの声が途端に柔和になった。なごみ様の世話係と言っていたし、どうやら野良ではないようだ。
<もう! 連絡も寄越さないから、倒産でもしたのかと勘違いしてしまったじゃないですか!>
「ごめんね、サリサちゃん。最近忙しかったんだ」
ルガーが白い歯を見せながら、爽やかな笑顔で謝罪の言葉を述べた。ルガーとサリサ、並び立つと身長は同じくらいだ。これはルガーが大きいのかサリサが小さいのか、あるいはその両方だろうか。
「その割に収入はありませんけどね!」
リタの補足にオーナーのまどかが、あははと乾いた苦笑い。
<そうだったんですか……。あ、この方達は?>
自身の全高の二倍はあろう長さの長槍を折りたたみ、背部のウェポンラックに固定する。
「はい、この眼鏡の方はライディース・グリセンティさん。彼とは何度か電子メールのやりとりをした事があると思います」
まどかがひとりひとりを手で差しながら説明する。
「で、三つ編みの彼女は先日新しく入社した一条 遥さん。そして遥さんが持っているのが、彼女のオートマタのリヒター・ペネトレイターさんです」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
<よろしくお願いします>
ライがキザったらしく中指と人差し指を伸ばし、遥が礼儀正しくお辞儀をした。
<ライディース様、遥様、リヒター様ですね。こちらこそよろしくお願いします>
対するサリサも丁寧に返礼。
<ところで、玉藻様がいらっしゃらないようですが……>
「ああ、それについては長くなるのですが……」
<あ、すみません、お疲れですよね。中へどうぞ、なごみ様も喜びます>
そう言って、サリサがぶ厚い金属製の扉をがらりと開けた。
ちなみに食事終了から三○分も経っていない、若干健康が心配である。
「贅沢言うなら、食後三○分は横になりたいんだけどねぇ」
しかもこの道のりが、なかなかどうして険しいのだ。階段は多いし、道は複雑だし、藻でも生えているのかけっこう滑るし……。実はライもここへ来るのは初めてだったりする。
「ライ、食べてすぐに寝ると牛になっちゃうよ」
からからと笑いながら遥がからかう。だからこうやって言い返してやった。
「牛になれば胸も大きくなるよね」
途端に無言になって、自身の胸を寄せて上げ始める遥。やっぱり気にしていたようだ。……言い過ぎただろうか。
「あ、ごめ――――」
「でも胸だけ大きくなってもねぇ」
ライの謝罪を遮って、遥があははと苦笑した。さらにそれを遮るように、
「おう弟子よ! 今いい事言った! ロリ巨乳など言語道断! やはり幼女はナイチチであるべきだ!」
「捻りますよ? 師匠」
先刻とは打って変わって暗いく低い声の遥。うん、今のは確実にリヒトが悪い。
――――さて、鳥の囀りとリタの調子外れなハミングをBGMに、やおよろず一行は進んでいく。そして、残る階段はひとつだけ、というところで、
<お待ちなさい! あなたたち、このブラウニング・バビロンに何の用ですか!>
階段の上からぬっと現れたのは、長槍を持った藍青色の小型オートマタだった。見た事のないタイプだが、旧型か新型か、はたまたワンオフか。
<貴様、何者だ……!>
「リヒター、すぐに噛み付いちゃだめでしょ」
リヒターが遥を庇うように前方に踊り出ようとして止められる。
<……イエス・マイマスター>
まるで犬のようだ。
「あなたは?」
遥が問うと、オートマタは武器を下ろさず、凜とした女性の声でこう言った。
<私はサリサ・サリッサ。この地の守護と、なごみ様の世話係を……って、後ろにいるのは、もしかして……リヒトさん?>
「おう。久々だな、サリー」
リヒト達の姿を確認した瞬間、刺々しかったサリサの声が途端に柔和になった。なごみ様の世話係と言っていたし、どうやら野良ではないようだ。
<もう! 連絡も寄越さないから、倒産でもしたのかと勘違いしてしまったじゃないですか!>
「ごめんね、サリサちゃん。最近忙しかったんだ」
ルガーが白い歯を見せながら、爽やかな笑顔で謝罪の言葉を述べた。ルガーとサリサ、並び立つと身長は同じくらいだ。これはルガーが大きいのかサリサが小さいのか、あるいはその両方だろうか。
「その割に収入はありませんけどね!」
リタの補足にオーナーのまどかが、あははと乾いた苦笑い。
<そうだったんですか……。あ、この方達は?>
自身の全高の二倍はあろう長さの長槍を折りたたみ、背部のウェポンラックに固定する。
「はい、この眼鏡の方はライディース・グリセンティさん。彼とは何度か電子メールのやりとりをした事があると思います」
まどかがひとりひとりを手で差しながら説明する。
「で、三つ編みの彼女は先日新しく入社した一条 遥さん。そして遥さんが持っているのが、彼女のオートマタのリヒター・ペネトレイターさんです」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
<よろしくお願いします>
ライがキザったらしく中指と人差し指を伸ばし、遥が礼儀正しくお辞儀をした。
<ライディース様、遥様、リヒター様ですね。こちらこそよろしくお願いします>
対するサリサも丁寧に返礼。
<ところで、玉藻様がいらっしゃらないようですが……>
「ああ、それについては長くなるのですが……」
<あ、すみません、お疲れですよね。中へどうぞ、なごみ様も喜びます>
そう言って、サリサがぶ厚い金属製の扉をがらりと開けた。
♪ ♪ ♪
幾重にも仕掛けられた厳重なロックをサリサに案内されるままに通過していったやおよろず一行の前に現れたのは、“No.75753”と書かれたプレートが掛けてある一枚のドアだった。
木製の、どこにでもありそうなありふれたデザインのそれは、周囲の無機質な灰色の風景の中ではひどく浮いていて。
<なごみ様、お客様です>
サリサがドアを二回ノックする。すると、
「ここはトイレではないぞ」
ドア越しなのでくぐもっていて、些か聞き取り辛いが――――ムスっとした少女の声が聞こえてきた。
<も、申し訳ございません>
「荒れてんなー、なごみ」
人事のように、リヒト。ちなみに荒れている原因は、
<リヒト様達が構ってくださらないから拗ねてるんです>
ほかならぬリヒト自身だったりする。
気を取り直して三回ノック。確かこれなら大丈夫だったはずだ、と若干不安になりつつ返事を待つ、サリサ・サリッサ。そして、しばらくして、
「入ってこい」
扉が、ひとりでに開かれた。
「よく来たの、お客人」
中で待っていたのは、銀色の髪の小柄な少女だった。肌はまるで陶磁器のように白く、銀色の癖っ毛と相俟って、ファーストインプレッションはまるで人形のよう。
「何の用じゃ、下らない用事だったらすぐにでも締め出すぞ」
長い犬歯を剥き出しにして、大きな革張りの椅子に座った少女がやおよろず一行を威嚇した。しかしその刃物ような表情は、次の瞬間鞘に収まる事となる。
「よっ。久しぶりだな、なごみ」
「リヒト! リヒトではないか!」
<なごみ様、すっかり上機嫌ですね!>
リヒト以外のやおよろず一行は、この光景にデジャヴを感じてこう思う。この上司にしてあの部下あり、というところだろうか、と。皆の心がひとつになった、記念すべき瞬間であった。
「む? ところで見覚えのない顔がちらほらあるが、こやつらは何じゃ? たまもおらんようじゃが」
ひとしきりリヒトにベタベタしてから、ようやく後ろの遥達に気付く少女。
今更ですか――――皆の心が再びひとつになった、記念すべき瞬間であった。
まどかがここに来るまでに至ったいきさつを事細かに説明した。情報の閲覧制限の解除ができなくなった事や、遥の賢者の石の事、ペネトレイターフレームの事や、機械人形殺しの事を。
そして、しばらくして――――
「なるほどのぅ。まあ、つまるところが」
「パスワードを受け付けなかったのは、機械がイカれていたからだ、と」
あちゃー、と頭を抱えるライディース。
「かっかっか、問題の答えや探し物は、存外くだらぬところにあるもんじゃて」
破顔一笑。どこからか取り出していた『日進月歩』と書かれた扇子を広げ、パタパタと扇ぐ。
「それよりも、じゃ」
パタン、扇子を閉じて、ぽいと投げる。投げられた扇子は粒子になってどこかへ消えた。
「まだ自己紹介がまだじゃったの。わちはアーネンエルベ No.75753、この辺り一帯の管理をしとる。なご なごみ、なごみ、なごさん、好きな名前で呼ぶがよい」
片手で頬杖をつきながらにやっと笑う。
「はい、なごみさん」
「なんじゃ、エリクシルのチビっ子」
見た目は自分とどっこいどっこいではないか――――内心そう思いつつも、口に出したい衝動はぐっと堪えて、遥が質問。
「なごみさんは機械じゃないんですか?」
「機械じゃよ?」
即答。
「この身体はナノマシン……極小の機械の集合体なんじゃよ。つまるところが、限りなく人に近い外見の機械人形じゃな。その証拠になるかどうかはわからんが……ホレ」
なごみの小さな身体がモーフィング変形していく。あまりに動作が自然過ぎて、気持ち悪いとは感じなかった。
ややあって、目の前に長身のグラマーな銀髪美女が降り立つ。
「こんな風に姿形を変える事もできる。ちなみに本体はちゃんと別の場所にあるから、たとえこの身体が塵芥になろうとも、わちは大丈夫じゃ」
「わぁ、すごいなぁ……!」
新たな未知と遭遇し、遥が感嘆の溜息を吐きながら呟いた。
「じゃろ? なかなか可愛い奴じゃなおぬし。……さて、ぬしが宿してとると言われておる賢者の石についてじゃが――――」
遥がこくりと喉を鳴らした。
「いや、ぬしが宿しておる、というより、ぬし自身が賢者の石だと言ったほうが適当かもしれんの」
それを聞いた場の全員が目を丸くした。
「つまり遥さんは石だったんですね!」
<はぁ、ゴーレム遥ですか>
「そうなんですか?」
「マジかよ、確認のためにちょっと触らせアッ――――!」
「いや、まどかちゃん、本気にしないで……。どういう事なんですか?」
セクハラを試みたリヒトの腕を捩曲げつつ、いつもの調子で遥が尋ねた。
「賢者の石とは可能性の塊じゃ、ある意味生きとし生けるもの全てが賢者の石だという解釈の仕方もあるが――――まあそれは別の話として」
なごみが一度咳ばらいをすると、一瞬で着ていた服が白衣に変わり、フレームレスの伊達眼鏡が掛かる。そして手には指し棒のマスターハンド君。
「きょ、巨乳女医だ!」
<目の色変えちゃって、破廉恥ですねライディースさん>
「マナは生命の力、万物の源、機械人形のエネルギーでもある。そして星はそれを無限に生み出す事ができるんじゃ。賢者の石も同じ能力を持っとる。言うなればひとつの星そのものじゃな、賢者の石は」
「……はぁ」
気のない返事。正直に言うと、何を言っているのかわからない。
「むぅ、理解できとらんと見える。そうじゃな、簡単に言うと、賢者の石を手にした者は神にも悪魔にもなれると」
「つまり遥さんはスーパーロボットだったんですね!」
<はぁ、マジンガー遥ですか。武器はおっぱいミサイルと>
「それどっちかというとアフロダイとかその辺だよね」
<本当ですか、マスター>
「マジかよ、確認のためにちょっと触らせアッ――――!」
「いや、リヒター、本気にしないで……。それが私が賢者の石になった原因とか、わかりませんか?」
セクハラを試みたリヒトの腕を捩曲げつつ(以下略)。
「それは――――」
「それは?」
「――――わからん」
静寂が辺りを占領した。ゴウンゴウンという何かの機械の作動音だけがいつまでも、いつまでも響き続けた。
「いや待てぬしら、ここはコケるところじゃろう――――まあよい。次に、そこの」
続いてなごみは、手の平の中に出現させた扇子で、リヒターの宿る宝玉を差した。
<はい、何でしょう、なご なごみ>
「ぬし、リヒター・ペネトレイターといったの。ペネトレイターという機械人形は、残念ながらアーネンエルベのデータベースには登録されとらん、“機械人形殺し”も同じくの>
<そうですか……>
唯一のアテが外れてしまったせいで、リヒターが意気消沈する。
「まあ待つがよい、面白い情報ならあったぞ、一条 遥、リヒター・ペネトレイター」
指を弾くと、なごみの眼前にスクリーンが現れ、文字を出力した。メガネのブリッジを上げながらそれを一読する。
「どうやら過去にも何度か賢者の石を持つ者が現れたらしいんじゃ。そしてその傍らには必ず一機の機械人形がおったらしい。おそらく、それがかつてのぬしじゃろう」
「じゃが」と、スクリーンを閉じた。
「その機械人形は、まるで彫刻のように美しかったそうじゃ……機械人形には見えん程、の。というか、解像度は低いが画像がある。ホレ」
再度指パッチン。ほとんどモザイク同然の画像が大きく表示された。
そこに写っていたのは、リヒターのようでリヒターではない、異形のオートマタだった。翼にも見える十二のプレートを辺りに滞空させ、自身も空中で制止している。
「似ているけど、所々違いますね。確かに機械人形のようには見えません」
「待って、これ――――」
遥が何かを言おうとした時、警報が鳴り響いてそれを打ち消した。
<なごみ様! レオーネタイプの機械人形が外で暴れています!>
レオーネタイプ――――戦闘特化型の大型オートマタで、その太い四肢から繰り出される怪力と、その名の通り獅子のような髦が特徴だ。戦闘特化型と言われるだけあって、その戦闘力はオートマタの中でもトップクラスであり、性格も好戦的な者が多い。
「酔っ払いか、困ったもんじゃ。追い払え、サリサ」
<イエス・マイマスター。しかし私単機では返り討ちにあう可能性が高いです>
「じゃあ、俺が手伝ってやるよ、久々に暴れたいからな」
リヒトがナノマシンで構成された杖、ヘーシェンを伸ばす。
<では、ちゃちゃっとやってやりましょう>
たまは列車から落とされ、リヒターの身体はやおよろずの倉庫の中だ。どちらも呼び出す事ができない今、オートマタ戦えるのはリヒトしかいない。
「おまえらはそのまま続けてろ――――すぐに戻ってきてやるよ」
木製の、どこにでもありそうなありふれたデザインのそれは、周囲の無機質な灰色の風景の中ではひどく浮いていて。
<なごみ様、お客様です>
サリサがドアを二回ノックする。すると、
「ここはトイレではないぞ」
ドア越しなのでくぐもっていて、些か聞き取り辛いが――――ムスっとした少女の声が聞こえてきた。
<も、申し訳ございません>
「荒れてんなー、なごみ」
人事のように、リヒト。ちなみに荒れている原因は、
<リヒト様達が構ってくださらないから拗ねてるんです>
ほかならぬリヒト自身だったりする。
気を取り直して三回ノック。確かこれなら大丈夫だったはずだ、と若干不安になりつつ返事を待つ、サリサ・サリッサ。そして、しばらくして、
「入ってこい」
扉が、ひとりでに開かれた。
「よく来たの、お客人」
中で待っていたのは、銀色の髪の小柄な少女だった。肌はまるで陶磁器のように白く、銀色の癖っ毛と相俟って、ファーストインプレッションはまるで人形のよう。
「何の用じゃ、下らない用事だったらすぐにでも締め出すぞ」
長い犬歯を剥き出しにして、大きな革張りの椅子に座った少女がやおよろず一行を威嚇した。しかしその刃物ような表情は、次の瞬間鞘に収まる事となる。
「よっ。久しぶりだな、なごみ」
「リヒト! リヒトではないか!」
<なごみ様、すっかり上機嫌ですね!>
リヒト以外のやおよろず一行は、この光景にデジャヴを感じてこう思う。この上司にしてあの部下あり、というところだろうか、と。皆の心がひとつになった、記念すべき瞬間であった。
「む? ところで見覚えのない顔がちらほらあるが、こやつらは何じゃ? たまもおらんようじゃが」
ひとしきりリヒトにベタベタしてから、ようやく後ろの遥達に気付く少女。
今更ですか――――皆の心が再びひとつになった、記念すべき瞬間であった。
まどかがここに来るまでに至ったいきさつを事細かに説明した。情報の閲覧制限の解除ができなくなった事や、遥の賢者の石の事、ペネトレイターフレームの事や、機械人形殺しの事を。
そして、しばらくして――――
「なるほどのぅ。まあ、つまるところが」
「パスワードを受け付けなかったのは、機械がイカれていたからだ、と」
あちゃー、と頭を抱えるライディース。
「かっかっか、問題の答えや探し物は、存外くだらぬところにあるもんじゃて」
破顔一笑。どこからか取り出していた『日進月歩』と書かれた扇子を広げ、パタパタと扇ぐ。
「それよりも、じゃ」
パタン、扇子を閉じて、ぽいと投げる。投げられた扇子は粒子になってどこかへ消えた。
「まだ自己紹介がまだじゃったの。わちはアーネンエルベ No.75753、この辺り一帯の管理をしとる。なご なごみ、なごみ、なごさん、好きな名前で呼ぶがよい」
片手で頬杖をつきながらにやっと笑う。
「はい、なごみさん」
「なんじゃ、エリクシルのチビっ子」
見た目は自分とどっこいどっこいではないか――――内心そう思いつつも、口に出したい衝動はぐっと堪えて、遥が質問。
「なごみさんは機械じゃないんですか?」
「機械じゃよ?」
即答。
「この身体はナノマシン……極小の機械の集合体なんじゃよ。つまるところが、限りなく人に近い外見の機械人形じゃな。その証拠になるかどうかはわからんが……ホレ」
なごみの小さな身体がモーフィング変形していく。あまりに動作が自然過ぎて、気持ち悪いとは感じなかった。
ややあって、目の前に長身のグラマーな銀髪美女が降り立つ。
「こんな風に姿形を変える事もできる。ちなみに本体はちゃんと別の場所にあるから、たとえこの身体が塵芥になろうとも、わちは大丈夫じゃ」
「わぁ、すごいなぁ……!」
新たな未知と遭遇し、遥が感嘆の溜息を吐きながら呟いた。
「じゃろ? なかなか可愛い奴じゃなおぬし。……さて、ぬしが宿してとると言われておる賢者の石についてじゃが――――」
遥がこくりと喉を鳴らした。
「いや、ぬしが宿しておる、というより、ぬし自身が賢者の石だと言ったほうが適当かもしれんの」
それを聞いた場の全員が目を丸くした。
「つまり遥さんは石だったんですね!」
<はぁ、ゴーレム遥ですか>
「そうなんですか?」
「マジかよ、確認のためにちょっと触らせアッ――――!」
「いや、まどかちゃん、本気にしないで……。どういう事なんですか?」
セクハラを試みたリヒトの腕を捩曲げつつ、いつもの調子で遥が尋ねた。
「賢者の石とは可能性の塊じゃ、ある意味生きとし生けるもの全てが賢者の石だという解釈の仕方もあるが――――まあそれは別の話として」
なごみが一度咳ばらいをすると、一瞬で着ていた服が白衣に変わり、フレームレスの伊達眼鏡が掛かる。そして手には指し棒のマスターハンド君。
「きょ、巨乳女医だ!」
<目の色変えちゃって、破廉恥ですねライディースさん>
「マナは生命の力、万物の源、機械人形のエネルギーでもある。そして星はそれを無限に生み出す事ができるんじゃ。賢者の石も同じ能力を持っとる。言うなればひとつの星そのものじゃな、賢者の石は」
「……はぁ」
気のない返事。正直に言うと、何を言っているのかわからない。
「むぅ、理解できとらんと見える。そうじゃな、簡単に言うと、賢者の石を手にした者は神にも悪魔にもなれると」
「つまり遥さんはスーパーロボットだったんですね!」
<はぁ、マジンガー遥ですか。武器はおっぱいミサイルと>
「それどっちかというとアフロダイとかその辺だよね」
<本当ですか、マスター>
「マジかよ、確認のためにちょっと触らせアッ――――!」
「いや、リヒター、本気にしないで……。それが私が賢者の石になった原因とか、わかりませんか?」
セクハラを試みたリヒトの腕を捩曲げつつ(以下略)。
「それは――――」
「それは?」
「――――わからん」
静寂が辺りを占領した。ゴウンゴウンという何かの機械の作動音だけがいつまでも、いつまでも響き続けた。
「いや待てぬしら、ここはコケるところじゃろう――――まあよい。次に、そこの」
続いてなごみは、手の平の中に出現させた扇子で、リヒターの宿る宝玉を差した。
<はい、何でしょう、なご なごみ>
「ぬし、リヒター・ペネトレイターといったの。ペネトレイターという機械人形は、残念ながらアーネンエルベのデータベースには登録されとらん、“機械人形殺し”も同じくの>
<そうですか……>
唯一のアテが外れてしまったせいで、リヒターが意気消沈する。
「まあ待つがよい、面白い情報ならあったぞ、一条 遥、リヒター・ペネトレイター」
指を弾くと、なごみの眼前にスクリーンが現れ、文字を出力した。メガネのブリッジを上げながらそれを一読する。
「どうやら過去にも何度か賢者の石を持つ者が現れたらしいんじゃ。そしてその傍らには必ず一機の機械人形がおったらしい。おそらく、それがかつてのぬしじゃろう」
「じゃが」と、スクリーンを閉じた。
「その機械人形は、まるで彫刻のように美しかったそうじゃ……機械人形には見えん程、の。というか、解像度は低いが画像がある。ホレ」
再度指パッチン。ほとんどモザイク同然の画像が大きく表示された。
そこに写っていたのは、リヒターのようでリヒターではない、異形のオートマタだった。翼にも見える十二のプレートを辺りに滞空させ、自身も空中で制止している。
「似ているけど、所々違いますね。確かに機械人形のようには見えません」
「待って、これ――――」
遥が何かを言おうとした時、警報が鳴り響いてそれを打ち消した。
<なごみ様! レオーネタイプの機械人形が外で暴れています!>
レオーネタイプ――――戦闘特化型の大型オートマタで、その太い四肢から繰り出される怪力と、その名の通り獅子のような髦が特徴だ。戦闘特化型と言われるだけあって、その戦闘力はオートマタの中でもトップクラスであり、性格も好戦的な者が多い。
「酔っ払いか、困ったもんじゃ。追い払え、サリサ」
<イエス・マイマスター。しかし私単機では返り討ちにあう可能性が高いです>
「じゃあ、俺が手伝ってやるよ、久々に暴れたいからな」
リヒトがナノマシンで構成された杖、ヘーシェンを伸ばす。
<では、ちゃちゃっとやってやりましょう>
たまは列車から落とされ、リヒターの身体はやおよろずの倉庫の中だ。どちらも呼び出す事ができない今、オートマタ戦えるのはリヒトしかいない。
「おまえらはそのまま続けてろ――――すぐに戻ってきてやるよ」
♪ ♪ ♪
後篇にーつづく。
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