「8号機から転送されたデータ……中々興味深いな。」
何処とも知れない薄暗い執務室。
そこにいたのは大きな机の前で高級そうな椅子に深々と座り、目の前の端末に表示される情報を幾度も幾度も見直すガタイのいい男と、
その正面で姿勢正しく直立する座った男とは対照的に線の細い男。
これだけで互いの立場の違いが分かるというもの。
座った男は腕組みをし、だが……とその後に付けるとそのまま腕組みをし、目を閉じて考え込む。立った男はどうしようかと少し考え
「イグザゼンと遭遇した作業用機械からも微量ですが同じ事象励起反応とは……これはイグザゼンが見つかった事自体よりよほど意味があることでは?ひょっとすると我等の悲願も――」
「そこまでだ。だが、意味がある事には間違いない。故に今はまだ泳がせる。そして時が来れば彼らの出番だ。」
細い男の言葉を遮る座った男。
有無を言わさない迫力に立った男は思わず気圧されるが、男の言葉に続けるように言葉を紡ぐ。
「シュバイゼン、ですか……「守護」のオーバードフェノメオン如きに「破壊」のロストフェノメオンを止める事が出来るでしょうか……?」
「止められねば我等が動くまで。最も、今はまだ時期ではないとは思っているがな。」
「そうならない事を願っております。」
「うむ……ああ、そうだ。話は変わるがお前にひとつ言う事がある。」
今まで冷徹だった座った男の声色にほんの少し暖色が混じる。
逆に言いようの無い嫌な予感に襲われる立った男。恐る恐るその内容について尋ねた。
「……と、申しますと?」
「ビュトス嬢が遊びに行った。いつも通り監視と後始末はそちらに一任する。」
それだけ聞くと元々色白だった立った男の顔色が見る見るうちに青くなっていく。
予感的中な上、それが意味する事を誰よりも深く理解している為に。
「え゙?え゙え゙!?ど、どうして止めて下さらなかったのですかアレーティア様!!」
「所詮は遊びだ。壊しはせんだろう。それぐらいの分別は彼女も持っていると私は考えている。」
「ですが……」
「それに互いにとってもいい経験になるだろう。私の判断に何か異論はあるか、ヌース?」
「い、いえ……」
あっても言えない雰囲気。怖い上司を持つと苦労する。
「では以上だ。彼女はもう向かっているだろう。面倒が増える前にお前も行ったほうが後々楽だぞ?」
「了解、です。では、失礼します……」
心なしか楽しげな座った男ことアレーティア。
それと対照的に足取りも重く、とぼとぼと部屋を後にする立った男ことヌース。
誰もいなくなった部屋の中で、アレーティアは椅子に深くもたれかかり、誰に言う事も無く呟いた。
「……さて、ビュトスよ。どう楽しませてくれるかな?」
eXar-Xen――セカイの果てより来るモノ―― Act.3
……思い返してみると昨日は中々凄まじい一日だった。
ワケの分からないバリードに謎のヒーロー、そして帰ってみると、ウェルからあの子がいなくなってまた現れたとかよく分からない話を聞かされたりなんかしたり。
そういやあの子の名前まだ聞いてないよなぁ……聞ける雰囲気じゃないのはそうなんだけど。
ちなみにあんな事もあったし念の為テツワンオーはバールに詳しく点検してもらう事にした。
バリードに襲われた事も勿論言ったが特に怒られはしなかった。むしろ他のスカベンジャーを助けた事で褒められたりなんかしたり。
まぁ気を抜いたところを襲われたのには注意されたけどな。
それはともかく、テツワンオーの点検は一品物ゆえ手間がかかる為お客さんの依頼品が一通り終わってからとの事。
ただそれもまだだというので今日一日は多分スカベンジャー業は休業と相成るだろう。
いくら俺が元気でも、相棒がどうなのか分からないならどうしようもないからな。
帰ってくる分にはちゃんと動いていたが、見えないところでガタが来てないとも言い切れない。
「うーん……」
でもって今は工場も昼下がりの仕事が一段楽した時。その暇を使って俺はベルにとある依頼をした。
「……で、何か分かりそうか?」
分かりそうじゃないから唸っているんだろうけど……
「いや、全然。びっくりするぐらい分かんないわ。」
あ。やっぱり。
ちなみに何をしてもらっていたかというと、一応戦利品として(俺が倒したわけじゃないけど)、
持って帰ってきた昨日のバリードの頭部――コアとでもいうか。それの構造の分析をベルにしてもらおうという話だったのだが――
「バリードのパーツはかなりの数見てきたけど、こんな種類の物は初めてね……規格はまるで見た事ないものな上、
パーツに刻印されてる字も何処の言葉なんだか……更に3分の2ぐらいやたら鋭利な刃物でど真ん中をぶっ刺されたみたいで
修復出来ない位破損してるし、内部機構もさっぱりだから正直何がなんだか……」
「ふーん……」
作業台の上で外装を取り払われた1.5m大の球体と睨めっこするベル。目には保護用のゴーグルを着用し、作業用の手袋をはめた手には
様々な工具を入れ替わり立ち代り持ち変えながら作業をしている。
そう言えば作業をしているベルを間近で見るのって久しぶりだなぁ……なんて考えていると
「あー、駄目!やっぱ全っ然分かんない!一体何なのよこれ!」
もはやお手上げといった感じで両手を挙げてパイプ椅子にもたれかかるベル。
「……なんかやたらめんどくさい事を押し付けちまったみたいだな。悪い。」
「いやいや、こんな事言ってるけどあたしもあたしなりに楽しませてもらってるよ。こんな珍しいモノまたいつお目にかかれるか分かったもんじゃないからね。」
ゴーグルを汗ばんだ額に上げ、心の底から楽しげにニマっと笑うベル。実にベルらしい。いい笑顔である。
「……ねぇ、ディー?」
「んだよ。」
「多分直せないと思うけど、これバラしちゃってもいい?」
さっきの笑顔にプラス目の奥に星が見える。綺羅綺羅と。うん、綺麗。すっごく綺麗。気持ち悪いぐらい綺麗。
胸の前で手を組んでその表情のまま祈るようにこちらを見てくるベルさんじゅうななさい。多分承諾するまでやってくれそうだから俺が折れるのも早かった。
「……好きにしろ。」
「やたー!」
――との事で、アレは完全にベルのおもちゃと相成りましたとさ。ちゃんちゃん。
「はぁ……」
せっかくのバリードがどうやっても収入にはなりえないスクラップと化すのは残念だが、まぁ仕方無い。ずっとあの目で見られるよりかはよっぽどマシだ。
そういやあのバリード、コア以外は何処にでもあるジャンクの寄せ集めだったな。一体どうやってあの図体を動かしてたんだか……期待は出来そうに無いが、解明出来るかはベルの頑張り次第、か。
――なんて考えている内に手早く綺麗に解体されていく玉っころ。パーツひとつひとつに価値が無いなら見た目は珍しいから物好きな収集家には売れるかなと踏んでたんだけどな……
こうもバラされるとその価値すらまるで無くなるという。
「~♪」
ま、ベルは楽しげに鼻歌歌っているし、まぁいいや。
「あーちょっと!お願いがあるんだけど!」
邪魔しちゃ悪いかなと席を立とうとすると背後から呼び止めるベルの声。
「?」
「……さっきからずっと見てたらこれに刻印されてる文字、どっかで見た事がある気がしてきたのよ。」
振り返った俺にそんな事を言いつつ投げ渡したのは、そのバリードの一部だったらしい薄くて手の平サイズの長方形をしたパーツ。
金色の塗装に見た事もない文字らしきモノが刻印されている。俺がそれをまじまじと見つめているとベルは作業を一旦中断し、言葉を続ける。
「多分探検屋の蔵書だったと思う。どうせ今日テツワンオー動かせなくて暇でしょ?ひょっとしたらこれについて理解する有力な手がかりになるかもしれないし、
もしよかったら探し出して来てちょうだいな。」
お願い、と顔の前で片手を合わせるベル。
確かに今日は何も出来ず暇だ。それに何か手がかりになるのなら断る理由も無い。
「わかった。じゃあこのパーツと、お前のキャリアー借りていくぞ。」
「うん……あ、そうそう街に行くなら丁度いいわね。これもついでに買ってきてちょーだい。」
と、更に手渡された一枚の紙……って、これって
「今度の買出しの分じゃねぇか!しかも次ってお前の番じゃ……」
「ついでついで♪別にいいでしょ?」
あれはあれ、これはこれと言いたいのは山々だが、紙に書いてある分なら確かに「ついで」で行ける範囲なのには違いないし
……この貸しは今度の当番の時、前の分でピーマンだけにした上に、その量を2倍にするぐらいで勘弁してやろう。
「わーったよ。行ってやるよ、たくっ。」
「あ・り・が・と☆」
そして飛んで来る投げキッス。やめれ、気持ち悪い。
「じゃ、行ってくる。」
「いってらしゃーい!」
後を告げる俺に手を振って見送るベル。
もうその視線はバラしかけていた謎のバリードに向けられていたが。
・
・
・
・
・
そんなこんなで出かける事になったディーと同時刻。場所はリングダム家母屋2階。元ディーの部屋、現少女の部屋。
といってもディーの部屋だった時と内装はまるで変わらず、相も変わらず少女はベッドの上で半身を起こし、ベランダの向こうの空を見上げていた。
「………………」
正直、私も驚いた。
こんな見ず知らずの……それこそ何故置いてくれているのか分からないような輩を探しす為に家族総出のみならず
周辺の住民まで巻き込んで探し回ったというのだから。
「………………」
ただこんな私が原因で無意味に心配させるのもどうかとは思うし、何より一宿一飯の恩義もある。今後はよく考えて行動したほうがいいかも知れんな。
遠く、空を見つめる。
セカイの揺らぎはあの後何も吐き出す事は無く、ただ不気味にその口を開けていた。
周囲には「歩兵」――「シュバイドソルジャー」とシュバイゼンが配置されて警備に当たり、その自然消滅を待っている様子。
「………………」
今まであれほど追い掛け回されてきた機体達が窓の向こうでこちらにも気づかず、ふわふわ間抜けに飛んでいるというのは不思議な感覚だが、中々に悪くない。
今度見つかったら皮肉混じりこの事について言ってやろうか?なんて思うが、今後一切見つからないのが理想なのはむべなるかな。
ただ理想というのは所詮理想。
遅かれ早かれ彼らとの対峙は避けて通れないだろう。そうなった時、あのシュバイゼンにどう対応すればいいか……今はまだ答えが掴めていないのが現状だ。
「ごめんなさーい……」
イグザゼンその物の顕現化(マテリアライズ)さえ完全に出来れば……などとは思うが、所詮はこれも叶わぬ話。ただの理想だ。
故に今揃う物だけで、なんとか対抗する術を編み出さねばならない。簡単には言えるがそう易々と出来るならこんな苦労はしていない。
「あのー……」
それにあの重装甲だ。ダガーやブレイドでは歯が立たないだろう。
だが今無理なく使えるのはこの2つのみ。イグザゼンの力などほんの少しも発揮できていない。
「ここ、お水置いときますね。」
ソートアーマーの極超音速の機動にも、奴は易々と付けてくる。
むしろ小回りはともかく機動性ならあちらの方が上だろう。上空で補足されればこちらに逃げ場は無い。
「……失礼しましたー」
なら低空で――などと考えるがそれもどうか。
周囲には極力被害は及ばないようにしたい。これが出来るのは山間部等の人里離れた場所のみか?
「……?」
――なんて考えている内に誰かがこの部屋に入って、出て行ったような気がする。
その証拠にベッドの隣の机の上に、先ほどまで無かった盆に載った水差しとひっくり返して置かれたガラスのコップが。
……あまりの影の薄さに気付かない所だった。確かウェルと言ったか。
「…………………」
長い間ずっと逃げ回っていたお陰かどうも人間的な感覚まで大分鈍っているようだ。
何か悪い事をしたような気がするので、今度会った時には礼のひとつでも言ってみる事にする……何故かまた騒がれそうな気もするが。
折角なので水差しからコップに水を入れ、口を付けた。
どうも酷く喉が渇いていたらしい。自覚は無かったがちょうど嬉しい差し入れだったようだ……もっとも、その気になれば
不眠不休に加え一切の補給無しでもなんとかなるよう私は設計されているが。
「…………………」
そもそも誰かが間近くにいて気付かないとはいくらなんでも腑抜けすぎだろう。
彼がもし奴らの尖兵だったらどうなっていた事か……いや、尖兵如きに遅れを取る私――イグザゼンではないのだが。
だがそれでも出来る限りリスクは減らしておきたい。不必要に力を振りかざしてそれで問題を解決するのは真っ当な方法ではないからだ。
……いつでも気は引き締めておこう。それで万事解決だ。幸い、それが出来る思考と能力は持っているのだから。
「しかし……」
腰から下を覆う茶色の毛布を見る。部屋自体はかなり古いものであるが、これは割りと新しい様子。
あまり高価な物でもないようだが清潔で、白いシーツも合わせてよく交換されている事が分かり、部屋の主が綺麗好きな事が伺える。
「――――――」
……こんなにも落ち着いて物事を考える余裕が出来たのはいつ振りだろうか?
思えばあの誓いを胸に秘めてから、昼も夜も闇雲に常に逃げ続け、辿り着いたセカイの果てで
お節介好きな家族が住む家に上がり込んで、監視もかねてだがこうやってのんびりと空を見ている……奇妙な話だが、悪くはない。この家の者には申し訳ないが。
「――暖かい、な。」
そしてこれが長くはない、極々限られた時間での出来事だと言う事も理解している。
だからこそ、だからこそ、このひと時を大事にしよう。両手で持ったコップの底に僅かに残った水を上から見つめつつ、そう思った私だったが――
――でも、あなたは冷たいね?
そんな私に頭から冷や水を叩きかけるように不意に、何処からとも無く聞こえた声。
どの方向からも……それこそセカイ外の方向からでさえ一律にその波長を感じ、先のバリードのように自身の位置を特定させてはくれない。
(……何者だ。)
その声の主に向けて短く、明確な敵意を込めた一言。
こんな芸当が出来る者はそうそういない。恐らく私と同類か、それに近い者であるのは間違いないだろう。
――ふふ。それが知りたけりゃ、1時間後ぐらいにそこから見える街まで下りて来るといいわ。ま、べっつに来なくても構わないけどね~!その場合は、一人で遊んじゃうし♪
からかう様に嗤いながら告げる若い女の声。
だが言動から酷く不穏なモノも感じる。少なくとも放っておいていいものではないだろう。
(いいだろう。私に直々に犯罪予告とはいい度胸だ。その小生意気な妄言、二度と吐けないようにしてくれる。)
――へぇ~、楽しみねぇ?じゃ、待ってるからね~あっははははははは…………
食えぬ言動に嘲笑だけを残し消えていく何者か。
「………………」
どうもシュバイゼンや私や励起獣以外にも、セカイの規格にあぶれたモノがこの街にはいるらしい。理由はどうであれ、ならば正すまで。それが私の使命なのだから。
「イグザゼン、ソートアーマー。」
風に乗りて、銀の機影が鉛色をした蒸気の丘の空を舞う。
その鋭き瞳は蒼く、その拳は硬く握られ、その内に宿る心は気高く、強く――そして儚く。
何処とも知れない薄暗い執務室。
そこにいたのは大きな机の前で高級そうな椅子に深々と座り、目の前の端末に表示される情報を幾度も幾度も見直すガタイのいい男と、
その正面で姿勢正しく直立する座った男とは対照的に線の細い男。
これだけで互いの立場の違いが分かるというもの。
座った男は腕組みをし、だが……とその後に付けるとそのまま腕組みをし、目を閉じて考え込む。立った男はどうしようかと少し考え
「イグザゼンと遭遇した作業用機械からも微量ですが同じ事象励起反応とは……これはイグザゼンが見つかった事自体よりよほど意味があることでは?ひょっとすると我等の悲願も――」
「そこまでだ。だが、意味がある事には間違いない。故に今はまだ泳がせる。そして時が来れば彼らの出番だ。」
細い男の言葉を遮る座った男。
有無を言わさない迫力に立った男は思わず気圧されるが、男の言葉に続けるように言葉を紡ぐ。
「シュバイゼン、ですか……「守護」のオーバードフェノメオン如きに「破壊」のロストフェノメオンを止める事が出来るでしょうか……?」
「止められねば我等が動くまで。最も、今はまだ時期ではないとは思っているがな。」
「そうならない事を願っております。」
「うむ……ああ、そうだ。話は変わるがお前にひとつ言う事がある。」
今まで冷徹だった座った男の声色にほんの少し暖色が混じる。
逆に言いようの無い嫌な予感に襲われる立った男。恐る恐るその内容について尋ねた。
「……と、申しますと?」
「ビュトス嬢が遊びに行った。いつも通り監視と後始末はそちらに一任する。」
それだけ聞くと元々色白だった立った男の顔色が見る見るうちに青くなっていく。
予感的中な上、それが意味する事を誰よりも深く理解している為に。
「え゙?え゙え゙!?ど、どうして止めて下さらなかったのですかアレーティア様!!」
「所詮は遊びだ。壊しはせんだろう。それぐらいの分別は彼女も持っていると私は考えている。」
「ですが……」
「それに互いにとってもいい経験になるだろう。私の判断に何か異論はあるか、ヌース?」
「い、いえ……」
あっても言えない雰囲気。怖い上司を持つと苦労する。
「では以上だ。彼女はもう向かっているだろう。面倒が増える前にお前も行ったほうが後々楽だぞ?」
「了解、です。では、失礼します……」
心なしか楽しげな座った男ことアレーティア。
それと対照的に足取りも重く、とぼとぼと部屋を後にする立った男ことヌース。
誰もいなくなった部屋の中で、アレーティアは椅子に深くもたれかかり、誰に言う事も無く呟いた。
「……さて、ビュトスよ。どう楽しませてくれるかな?」
eXar-Xen――セカイの果てより来るモノ―― Act.3
……思い返してみると昨日は中々凄まじい一日だった。
ワケの分からないバリードに謎のヒーロー、そして帰ってみると、ウェルからあの子がいなくなってまた現れたとかよく分からない話を聞かされたりなんかしたり。
そういやあの子の名前まだ聞いてないよなぁ……聞ける雰囲気じゃないのはそうなんだけど。
ちなみにあんな事もあったし念の為テツワンオーはバールに詳しく点検してもらう事にした。
バリードに襲われた事も勿論言ったが特に怒られはしなかった。むしろ他のスカベンジャーを助けた事で褒められたりなんかしたり。
まぁ気を抜いたところを襲われたのには注意されたけどな。
それはともかく、テツワンオーの点検は一品物ゆえ手間がかかる為お客さんの依頼品が一通り終わってからとの事。
ただそれもまだだというので今日一日は多分スカベンジャー業は休業と相成るだろう。
いくら俺が元気でも、相棒がどうなのか分からないならどうしようもないからな。
帰ってくる分にはちゃんと動いていたが、見えないところでガタが来てないとも言い切れない。
「うーん……」
でもって今は工場も昼下がりの仕事が一段楽した時。その暇を使って俺はベルにとある依頼をした。
「……で、何か分かりそうか?」
分かりそうじゃないから唸っているんだろうけど……
「いや、全然。びっくりするぐらい分かんないわ。」
あ。やっぱり。
ちなみに何をしてもらっていたかというと、一応戦利品として(俺が倒したわけじゃないけど)、
持って帰ってきた昨日のバリードの頭部――コアとでもいうか。それの構造の分析をベルにしてもらおうという話だったのだが――
「バリードのパーツはかなりの数見てきたけど、こんな種類の物は初めてね……規格はまるで見た事ないものな上、
パーツに刻印されてる字も何処の言葉なんだか……更に3分の2ぐらいやたら鋭利な刃物でど真ん中をぶっ刺されたみたいで
修復出来ない位破損してるし、内部機構もさっぱりだから正直何がなんだか……」
「ふーん……」
作業台の上で外装を取り払われた1.5m大の球体と睨めっこするベル。目には保護用のゴーグルを着用し、作業用の手袋をはめた手には
様々な工具を入れ替わり立ち代り持ち変えながら作業をしている。
そう言えば作業をしているベルを間近で見るのって久しぶりだなぁ……なんて考えていると
「あー、駄目!やっぱ全っ然分かんない!一体何なのよこれ!」
もはやお手上げといった感じで両手を挙げてパイプ椅子にもたれかかるベル。
「……なんかやたらめんどくさい事を押し付けちまったみたいだな。悪い。」
「いやいや、こんな事言ってるけどあたしもあたしなりに楽しませてもらってるよ。こんな珍しいモノまたいつお目にかかれるか分かったもんじゃないからね。」
ゴーグルを汗ばんだ額に上げ、心の底から楽しげにニマっと笑うベル。実にベルらしい。いい笑顔である。
「……ねぇ、ディー?」
「んだよ。」
「多分直せないと思うけど、これバラしちゃってもいい?」
さっきの笑顔にプラス目の奥に星が見える。綺羅綺羅と。うん、綺麗。すっごく綺麗。気持ち悪いぐらい綺麗。
胸の前で手を組んでその表情のまま祈るようにこちらを見てくるベルさんじゅうななさい。多分承諾するまでやってくれそうだから俺が折れるのも早かった。
「……好きにしろ。」
「やたー!」
――との事で、アレは完全にベルのおもちゃと相成りましたとさ。ちゃんちゃん。
「はぁ……」
せっかくのバリードがどうやっても収入にはなりえないスクラップと化すのは残念だが、まぁ仕方無い。ずっとあの目で見られるよりかはよっぽどマシだ。
そういやあのバリード、コア以外は何処にでもあるジャンクの寄せ集めだったな。一体どうやってあの図体を動かしてたんだか……期待は出来そうに無いが、解明出来るかはベルの頑張り次第、か。
――なんて考えている内に手早く綺麗に解体されていく玉っころ。パーツひとつひとつに価値が無いなら見た目は珍しいから物好きな収集家には売れるかなと踏んでたんだけどな……
こうもバラされるとその価値すらまるで無くなるという。
「~♪」
ま、ベルは楽しげに鼻歌歌っているし、まぁいいや。
「あーちょっと!お願いがあるんだけど!」
邪魔しちゃ悪いかなと席を立とうとすると背後から呼び止めるベルの声。
「?」
「……さっきからずっと見てたらこれに刻印されてる文字、どっかで見た事がある気がしてきたのよ。」
振り返った俺にそんな事を言いつつ投げ渡したのは、そのバリードの一部だったらしい薄くて手の平サイズの長方形をしたパーツ。
金色の塗装に見た事もない文字らしきモノが刻印されている。俺がそれをまじまじと見つめているとベルは作業を一旦中断し、言葉を続ける。
「多分探検屋の蔵書だったと思う。どうせ今日テツワンオー動かせなくて暇でしょ?ひょっとしたらこれについて理解する有力な手がかりになるかもしれないし、
もしよかったら探し出して来てちょうだいな。」
お願い、と顔の前で片手を合わせるベル。
確かに今日は何も出来ず暇だ。それに何か手がかりになるのなら断る理由も無い。
「わかった。じゃあこのパーツと、お前のキャリアー借りていくぞ。」
「うん……あ、そうそう街に行くなら丁度いいわね。これもついでに買ってきてちょーだい。」
と、更に手渡された一枚の紙……って、これって
「今度の買出しの分じゃねぇか!しかも次ってお前の番じゃ……」
「ついでついで♪別にいいでしょ?」
あれはあれ、これはこれと言いたいのは山々だが、紙に書いてある分なら確かに「ついで」で行ける範囲なのには違いないし
……この貸しは今度の当番の時、前の分でピーマンだけにした上に、その量を2倍にするぐらいで勘弁してやろう。
「わーったよ。行ってやるよ、たくっ。」
「あ・り・が・と☆」
そして飛んで来る投げキッス。やめれ、気持ち悪い。
「じゃ、行ってくる。」
「いってらしゃーい!」
後を告げる俺に手を振って見送るベル。
もうその視線はバラしかけていた謎のバリードに向けられていたが。
・
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そんなこんなで出かける事になったディーと同時刻。場所はリングダム家母屋2階。元ディーの部屋、現少女の部屋。
といってもディーの部屋だった時と内装はまるで変わらず、相も変わらず少女はベッドの上で半身を起こし、ベランダの向こうの空を見上げていた。
「………………」
正直、私も驚いた。
こんな見ず知らずの……それこそ何故置いてくれているのか分からないような輩を探しす為に家族総出のみならず
周辺の住民まで巻き込んで探し回ったというのだから。
「………………」
ただこんな私が原因で無意味に心配させるのもどうかとは思うし、何より一宿一飯の恩義もある。今後はよく考えて行動したほうがいいかも知れんな。
遠く、空を見つめる。
セカイの揺らぎはあの後何も吐き出す事は無く、ただ不気味にその口を開けていた。
周囲には「歩兵」――「シュバイドソルジャー」とシュバイゼンが配置されて警備に当たり、その自然消滅を待っている様子。
「………………」
今まであれほど追い掛け回されてきた機体達が窓の向こうでこちらにも気づかず、ふわふわ間抜けに飛んでいるというのは不思議な感覚だが、中々に悪くない。
今度見つかったら皮肉混じりこの事について言ってやろうか?なんて思うが、今後一切見つからないのが理想なのはむべなるかな。
ただ理想というのは所詮理想。
遅かれ早かれ彼らとの対峙は避けて通れないだろう。そうなった時、あのシュバイゼンにどう対応すればいいか……今はまだ答えが掴めていないのが現状だ。
「ごめんなさーい……」
イグザゼンその物の顕現化(マテリアライズ)さえ完全に出来れば……などとは思うが、所詮はこれも叶わぬ話。ただの理想だ。
故に今揃う物だけで、なんとか対抗する術を編み出さねばならない。簡単には言えるがそう易々と出来るならこんな苦労はしていない。
「あのー……」
それにあの重装甲だ。ダガーやブレイドでは歯が立たないだろう。
だが今無理なく使えるのはこの2つのみ。イグザゼンの力などほんの少しも発揮できていない。
「ここ、お水置いときますね。」
ソートアーマーの極超音速の機動にも、奴は易々と付けてくる。
むしろ小回りはともかく機動性ならあちらの方が上だろう。上空で補足されればこちらに逃げ場は無い。
「……失礼しましたー」
なら低空で――などと考えるがそれもどうか。
周囲には極力被害は及ばないようにしたい。これが出来るのは山間部等の人里離れた場所のみか?
「……?」
――なんて考えている内に誰かがこの部屋に入って、出て行ったような気がする。
その証拠にベッドの隣の机の上に、先ほどまで無かった盆に載った水差しとひっくり返して置かれたガラスのコップが。
……あまりの影の薄さに気付かない所だった。確かウェルと言ったか。
「…………………」
長い間ずっと逃げ回っていたお陰かどうも人間的な感覚まで大分鈍っているようだ。
何か悪い事をしたような気がするので、今度会った時には礼のひとつでも言ってみる事にする……何故かまた騒がれそうな気もするが。
折角なので水差しからコップに水を入れ、口を付けた。
どうも酷く喉が渇いていたらしい。自覚は無かったがちょうど嬉しい差し入れだったようだ……もっとも、その気になれば
不眠不休に加え一切の補給無しでもなんとかなるよう私は設計されているが。
「…………………」
そもそも誰かが間近くにいて気付かないとはいくらなんでも腑抜けすぎだろう。
彼がもし奴らの尖兵だったらどうなっていた事か……いや、尖兵如きに遅れを取る私――イグザゼンではないのだが。
だがそれでも出来る限りリスクは減らしておきたい。不必要に力を振りかざしてそれで問題を解決するのは真っ当な方法ではないからだ。
……いつでも気は引き締めておこう。それで万事解決だ。幸い、それが出来る思考と能力は持っているのだから。
「しかし……」
腰から下を覆う茶色の毛布を見る。部屋自体はかなり古いものであるが、これは割りと新しい様子。
あまり高価な物でもないようだが清潔で、白いシーツも合わせてよく交換されている事が分かり、部屋の主が綺麗好きな事が伺える。
「――――――」
……こんなにも落ち着いて物事を考える余裕が出来たのはいつ振りだろうか?
思えばあの誓いを胸に秘めてから、昼も夜も闇雲に常に逃げ続け、辿り着いたセカイの果てで
お節介好きな家族が住む家に上がり込んで、監視もかねてだがこうやってのんびりと空を見ている……奇妙な話だが、悪くはない。この家の者には申し訳ないが。
「――暖かい、な。」
そしてこれが長くはない、極々限られた時間での出来事だと言う事も理解している。
だからこそ、だからこそ、このひと時を大事にしよう。両手で持ったコップの底に僅かに残った水を上から見つめつつ、そう思った私だったが――
――でも、あなたは冷たいね?
そんな私に頭から冷や水を叩きかけるように不意に、何処からとも無く聞こえた声。
どの方向からも……それこそセカイ外の方向からでさえ一律にその波長を感じ、先のバリードのように自身の位置を特定させてはくれない。
(……何者だ。)
その声の主に向けて短く、明確な敵意を込めた一言。
こんな芸当が出来る者はそうそういない。恐らく私と同類か、それに近い者であるのは間違いないだろう。
――ふふ。それが知りたけりゃ、1時間後ぐらいにそこから見える街まで下りて来るといいわ。ま、べっつに来なくても構わないけどね~!その場合は、一人で遊んじゃうし♪
からかう様に嗤いながら告げる若い女の声。
だが言動から酷く不穏なモノも感じる。少なくとも放っておいていいものではないだろう。
(いいだろう。私に直々に犯罪予告とはいい度胸だ。その小生意気な妄言、二度と吐けないようにしてくれる。)
――へぇ~、楽しみねぇ?じゃ、待ってるからね~あっははははははは…………
食えぬ言動に嘲笑だけを残し消えていく何者か。
「………………」
どうもシュバイゼンや私や励起獣以外にも、セカイの規格にあぶれたモノがこの街にはいるらしい。理由はどうであれ、ならば正すまで。それが私の使命なのだから。
「イグザゼン、ソートアーマー。」
風に乗りて、銀の機影が鉛色をした蒸気の丘の空を舞う。
その鋭き瞳は蒼く、その拳は硬く握られ、その内に宿る心は気高く、強く――そして儚く。