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「第七話 時間短し練習せよ乙女」 下

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 『Robochemist!』


 第七話「時間短し練習せよ乙女(後)」


 朝は弱いのに、なにをするんだとアルメリアは思わざるをえなかった。
 その日、目を覚ますといきなり写真を撮られた。楽しそうな顔をしたシュレーが枕元で待機してカメラを構えていたのだ。布団にもぐりこむ前にとられてしまった。髪も結わいて無かった。
 なんでそんなに写真が撮りたいんだと尋ねれば、その瞬間を記録できるのが楽しいとやや大真面目な顔で言ったかと思えば、二言目には相手が慌てふためくのもまた楽しいなどと抜かしたので折檻せんとしたが逃げられた。
 体を丸めて寝るクーと、すやすや安らかに眠る委員長もレンズに収められたとか。アオバは別の場所で寝ていたので被害を受けなかったらしい。

 ブランから貰った試合のデータは、三人に良好な影響を及ぼした。
 実機がしのぎを削り合う激しい映像から、戦術指南までが詳しく纏められており、拾っただけの映像や自分で見ただけ考えただけのとは比べ物にならない情報量だった。
 それをふまえさっそく練習に入って数日、予期せぬ出来事が起こった。それは試合の申し込みだった。
 さほど有名でもない彼女らに試合の申し込みがあるなどとは驚天動地であったが、逆に、あまり有名ではないチームと戦うことで戦力の分析をさせないという狙いがあるのかもしれなかった。
 といっても相手も学園が発行する新聞のトップを飾るような有名なチームではなかったのだが、勝負を申し込まれて断るにもいかず、一行はのることにした。
 その日は雨が降っていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 存分に熱を喰らったアスファルトの地面に生温い雨粒群が線として落ちれば、黒い顆粒の間を埋めるよう染み込んで色をつける。時が経てば色合いはマーブルへ、そして水に染まる。
 バケツに水を溜めて上空でひっくり返したかのような強烈な雨脚が、視界を曇らせ、円形の競技場にパンなら一日で腐敗させるであろう濃厚な湿気をもたらす。
 競技場の隅で立ちあがったのは、二機の外殻機であった。
 一機は二脚式。頭から突き出た飾りといい、丸みを帯びつつ出っ張った肩、刺々しく突き出た両膝、そして細く華奢だというのに流線形を描き出す体躯といい、どこか有機的で昆虫を思わせる形状だった。安定化を図ろうと言うのか腰に部品がぶら下がっている。
 そしてもう一機は六脚式。見て分かる重装甲機で、関節覆いや避弾経始を考慮された上半身等、防御を考慮されているのが見て取れる。両手、肩、腰に機関砲があり、射撃戦闘が前提になっているようだった。
 それに対峙するのは、アルメリアらにとって今までお目にかかったことがないタイプの機体だった。
 正々堂々、武器を下段に構えて試合の開始を待っている一機と、これまた隠れるでもなく直立する一機。
 正面右、日本刀という型の武器を帯刀した二脚式機体。東洋の鎧がそのまま外殻機になったかのようで、遠くから見る限り資料にある姿そのまま。鬼のような頭部の面具に、三日月を思わせる飾り。腕に複数の放熱装置があり、不気味さを助長する。
 もう一機は西洋の騎士といった面持ちで、磨き上げられた機体表面が美しい四脚式機体だった。頭部は騎士鎧にありがちな格子状、プレートアーマーに、なにか禍々しさすら漂わせる大きさの突撃槍と頑丈そうな盾。
 いずれの二機にも遠距離用、というより火器の類が見当たらず、外見とイコールで結べるほど愚直なまでの接近戦用機体だった。
 もしも遠距離からチクチク削られたらどうするのだろうと思考する三人をよそに、無線がきた。まだ試合の準備も整っていないのにである。
 相手はクーだった。

 『なんか、普通の試合じゃなくて一対一の果たし合いがしたいって』

 アルメリアとシュレーは承諾したが、委員長は臍を曲げたのは言うまでも無い。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 第一戦目。
 シュレー=エイプリルが戦うのは西洋の騎士風貌の機体とだった。名前は豪華絢爛、いかにもといった風な『ヴァルハラ』。
 性能は未知数。突撃槍による攻撃、いわゆるランスチャージをしかけてくることは容易に想像がついたが、弱点や機体の機動性はまったくもって計れない。
 人一人が入っただけで精一杯な操縦席の中で、スポーツブラにスパッツ姿のシュレーは心が高揚するのを肌で感じていた。何もしなくても熱いというのに外の湿気が入り込んで肌はべとべとだったが、気にもならない。
 操縦画面の端に、自機の簡易図が浮かんでいる。

 『がんばってください。負けたら承知しませんから』
 『もし負けようものなら、笑ってあげます』
 『シュレーなら勝てるはず』

 そんな励ましを受けて望む試合。
 シュレー個人としては勝ちたいよりもむしろ楽しみたいという気持ちの方が強かったが、近頃負け続けなこともあって、勝ちたいと思った。
 機体の機能は良好と機器が教えてくれる。主機出力と安定機構共に正常値。関節部モーターが多少疲弊しているものの、その程度は想定範囲内である。
 主兵装の散弾銃を片手に、ブレードを意識しつつ競技場の中央へとローラーでするする進んでいく。すると、相手も同じようにローラーをつかい足を動かさず前進した。
 雨脚がますます酷くなってきた。競技場の地面にぶつかるや弾け砕け散り細やかな水粒子に姿を変えて靄と化す。
 メタルナイツという競技では無く、正真正銘の一騎打ち。
 小細工も戦略も無い、あるのは力と力のぶつかり合い。
 十m。人間同士の戦いであるならば遠過ぎる距離、外殻機同士の戦いなら近過ぎる距離で二機は静止すると、カメラアイで睨みあう。もし銃口を向ければ、もし槍の切っ先を向ければ、雨音の均衡は崩れてしまうようであった。
 騎士風貌の機体、ヴァルハラが龍の紋章の刻まれた盾を震わせ、突撃槍を戦旗かくや天に掲げた。無線。

 『オレの名前はアルベルト。そちらは?』

 無線越しの声は、くぐもっていたが力強く闘志に溢れたものだった。顔を合わせたことも写真を見たこともないが、シュレーの脳内でアルベルトが拳闘士のような闘志溢れる人間に固定された。
 シュレーは名乗りを上げると同時に散弾銃を掲げた。アノフェレスの細腕が滑らかに天を指す。

 『シュレー!』
 『多くは語る必要はない。いざ尋常に、勝負!』
 『おー!』

 二機が、砂山に作った道に水が流れる程度の緩さで距離をとる。しかして背中を向けず、警戒と戦闘意欲の糸は張ったままだ。
 雨がますます強くなってきたようで、視界にかかる靄の量は増すばかり。視界は熱源センサーなどではなく、通常のカメラと同じ機能しか許可されていないメタルナイツでは、視界の悪さはそのまま操縦者の操縦難易度に直結してくる。
 通常の試合であれば、開始の合図があるのだが、一対一の戦いとなるとそのようなものはない。アニメなどの作品であれば、意味も無く誰かが唾を呑みそれが合図になるが、それすらないのだ。
 二機は睨みあったまま微動だにせず、天から注ぐ雨に打たれるがままになっている。
 放熱に生みだされる大気の揺らぎすら、雨粒が奪い去る。

 『先手必勝!』

 先に動いたのは、アルベルト搭乗機『ヴァルハラ』だった。
 盾を構えたかと思いきや、その盾の細部が稼働して防御領域を広げ、頭部を丁度覆い隠した。脚部、発煙。ランスが微弱に切っ先を上げ、機体がやや腰を落として突進を開始した。
 その鉄体たるや、さながら敵陣を打ち崩す突撃兵。
 金属の四脚に支えられた巨体が、蚊を一撃で刺し穿たんと疾風が如く突貫する。
 競技場に火花が散った。

 『じゃあ後手でも必勝!』

 お前その言葉の意味を辞書で調べてこいよな一言を嬉々と叫んだシュレーという能天気は、一見して考えなしな突撃を敢行した。
 いくら外殻機が競技用で出力や武装の制限がなされ事故の無いようにと配慮がなされているといっても、五mもある鉄の塊分の重量と、乗用車も真っ青な速度を乗せた槍の一撃を食らえば機体が半壊するのはたやすく分かるはずなのだが、恐れた様子がない。
 むしろ、突っ込んでナンボだろうとでも言わんばかりにアノフェレスをローラーが地面の水を蒸発させてしまう勢いで運動させて突っ込む。正気の沙汰ではない。
 そう、正気とは思えない。果たしてそうだろうか。それは本当に何も考えてないからの行動なのだろうか。
 違う、いわば、考えてないが故の考え方からきていただけだ。
 アノフェレスが散弾銃をおもむろに撃ち放ったが、ヴァルハラの盾を射抜くに至らずピンクを咲かした。だが、それで十分だった。盾が散弾銃の一撃で破壊判定を出されなかったという事実があればいいのだ。
 必要なのは、相手の弱点をつけるだけの腕と―――……度胸。
 距離、至近。安全策のとられた観客席で悲鳴とも怒号ともつかぬ声が上がる。
 ヴァルハラの全てを乗せたランスチャージがアノフェレスの心臓目がけて突き出されん。内部機構が作動し、青白い電流を槍先へ奔らせ。

 『せいやあああああッ!!』
 『うわっ』

 脚部モーターが唸りを上げる。
 アノフェレス(羽斑蚊)の名に恥じぬ、幽鬼が如くの揺らぎが電流孕んだ一撃を躱す。直線的な攻撃には横方向への回避が最も有効なのは当然だった。
 槍を持った右腕の方、つまり正面方向左へ背を反らして辛うじての回避を行えば、ブレードの腹で肩を斬りつけた。すれ違いざまの一撃が装甲にピンクの線条を描いた。

 『小癪な……!』
 『へっへーん、誰が真正面から戦いますかよーっと!』

 四脚を即座に反転させてなんとか向き直ろうとするヴァルハラに、散弾が殺到する。
 突撃力に関しては確かに凄まじいものがあるかもしれない。盾を使えば銃撃に耐えつつ接近することも十分に可能であろう。だが、それ故に機体の小回りは利かないという欠点があった。
 強引に上半身を捻り、盾を向け直して防御をとったアルベルト。
 時間など与えてなるものか。シュレーは散弾銃をこれでもかと撃ちまくりながらブレードを斜め下へ構え、右足を前に、屈んだ姿勢で距離を詰めんとした。
 盾こそ分厚くても本体の装甲が大したことのないヴァルハラにとって、散弾とて馬鹿にならない破壊力を持っているのは言うまでも無かった。盾で防ぎきれなかった分がピンクの飛沫となり機体を染めた。
 至近距離となれば得意のランスチャージが決められず、苦戦を強いられる。というのは素人目の浅はかさで、ランス先端部の亀裂にも似た機構を解析したのなら、唸り声を上げるであろう。
 ランスの中に仕込まれているのは俗に言うパイルバンカーというもので、刺突と同時に先端が高速度で装甲を抉り、更には電流により内部を蹂躙する、つまりランスチャージが決まらなくとも突ければそれなりの損傷を期待できるのである。
 当然、外殻機を刺し穿てる威力のパイルバンカーとそのほか諸々を詰め込めば、盾と合わせてのっぴきならない重量になるのは当たり前だったが、それすら突撃の際に利用してしまおうというのがヴァルハラであった。
 盾で体を隠しての、上半身捻り込みと腕の突き出し、更にローラーダッシュを加えた突きの一撃がアノフェレスの頭へ繰り出された。

 『沈め!』

 シュレーは咄嗟の判断でペダルを蹴っ飛ばした。Gで体中の血管が皮膚の一歩手前にまで持っていかれる感覚を覚えた。汗が皮膚を離れ、機器に降りかかった。

 『くぅ、危ないっ』

 青きモノアイが淡き残像を長きに作る。
 蚊の姿がブレた。
 転倒寸前まで機体を斜め前へ倒し、勢い全てを速度へ変換する余りに無茶苦茶な急加速により、アノフェレスはからくも突きをかいくぐり競技場の隅へと一目散に駆けていた。
 迸る電流はそのままに、ヴァルハラが肢体を捻り、地面をローラーで食いしばり後を追う。
 バイクがアノフェレスならば、車はヴァルハラだ。加速で見るなら前者が勝り、最高速で見るなら後者が勝っている。
 アノフェレスの散弾銃が、今にも壊れてしまいそうなほどに乱射される。オート式特有の連射速度だが、いずれにしても盾に弾かれて有効打になりえない。
 ヴァルハラの名を冠された騎士が蚊に追いすがると己の武器を腰だめに構えた。
 目の前には競技場の壁。逃げ場は右か左か。

 『往生するがいい―――……!』

 ところがここに、第三の選択肢を選ぶ女が居た。
 壁に飛びつくやローラーを限界まで回転させて跳躍、くるり一回転した後に背後をとってみせるという、『シュレちゃん走法』。同じ相手であれば同じ手は通用しないが、今回はそれに該当しなかった。
 ブレードを振りかぶる、上空の一機。熱煙を吐く散弾銃の銃身が雨を気体に変えた。

 『貰ったぁ!!』

 予想外の事にまばたき一つ分の隙がアルベルトに生まれた。
 空中すら戦場とするのは、身軽な二脚式だからこそ。

 『チッ………だが、この程度!』

 緩慢ながらもランスを一薙ぎに続き、ステップを踏み込み地面に落下すると同時に突き崩さんと身構えん。
 しかし、黒い剣身が槍の表層を撫で打ち、更には絡みつくよう執拗な蠢きで『道を切り拓く』。槍がどけば、地面が空ろ。着地した蚊の眼球が俄かに燐光を増した。
 あまりに距離が近過ぎ、ランスの一撃を振るうことができない。近接武器は相対距離が一定範囲内でなければ有効攻撃を発揮できないのである。それは盾も同じこと。鉄の手が盾の端を押さえ、離そうとしない。
 散弾銃の銃口がヴァルハラの頭部へ押し当てられる。零距離、もう外さない。
 だがしかし相手も伊達に練習を重ねてきたわけでもなく、この状況に遭遇すれば、散弾銃とブレードによるラッシュで一気にカタをつけてしまわんとしていると気がつける。
 相互の脚部の最下層が白煙に包まれるや、瞬く間に砂埃を立ち上げ、雨を蒸発させ、白き幕で包みこんだ。白の中で銃声が響き、マズルフラッシュが狂い咲き、電子の奔流が地を伝い去る。
 それは壮絶な合戦だった。
 撃ち、斬り付けんとするシュレーと、させるかともがき、隙あらば突き倒してランスで穿とうとするアルベルト。お互いが全能力を出し合い、腹どころか内臓まで窺うような読みあい。
 銃火が咲く、鉄騎士の頭の横で咲く。
 電流纏いし槍が振られ盾による体当たりが発動する、蚊に受け流され消失す。
 完全に縺れ合った戦い。機体の発熱が放射し、蜃気楼を構築する。薬莢が飛び、鉄の破片が雨に濡れた地面に転げ落ちる。幾数の打ち合いの果て、二機は頭と頭をぶつけあった。
 見れば、ピンク色のペイント弾の一発がめり込み破壊判定を受け光を灯さなくなったヴァルハラのカメラアイと、飾りが戦ううちに欠落して痛々しい傷跡になったアノフェレスが拝めるか。
 その他にも所々にピンクの飛沫が振りかかり、戦闘の余波で装甲が剥がれてしまっているのも見て分かる。模擬戦とは思えぬ激戦であった。
 シュレーは、アノフェレスの操縦席という名前の蒸し風呂にて汗で溺れそうになっていた。
 毛穴という毛穴から汗が染み出し、頭から、額から、首から、脇から汗が流れ、スポーツブラとスパッツは塩味という有様。全力を振り絞ったせいか息が乱れ、アドレナリンで脳細胞が過熱していた。
 対するアルベルトもクーラーを全開にしているのに汗が流れ、操縦桿が水気で滑る程。
 雨脚がやや弱含みしたとはいえ、機体から発せられる熱であっという間に蒸発して霧になる。無論いつまでも熱い訳では無く冷却装置により冷やされるが。
 シュレーは水分不足で粘つく唾を無理に呑み、無線機に語りかけた。

 『――――はぁっ、ぁぁ、もう疲れた、終わりにしたいなぁ、ねぇ、アルなんとかさんも、そう思わない? ふぅっ……』
 『アルなんとかという、……名前では、断じて無い……ふ、これで、試合を続けてもいいが、個人的には引き分けでも良いと思っている、が』
 『……ふー、ぅー………アルなんとかさんって、もっと堅いかと思ってたのにあっさり認めるんだね』
 『ここで勝敗をつけるのが惜しい。オレは本当の試合でやりあいたいのだ』
 『いいよ、その時はノしてあげる!』
 『その意気だ』

 そうして二機は離れると、しばしの間お互いの雄姿を観賞した後、離れ、競技場の隅へと戻って行った。
 次はアルメリアの番だった。
 単なる観客としての心を切り替え、クーとアオバと委員長の激励を受けつつシュレー機とすれ違う形で競技場に入る。背後でシャッターが閉じる。眼を開け、視界に映る敵を正面に捉え、機体で歩む。
 鎧武者を近未来風にアレンジしたと言おうか、その機体は仁王立ちで待っていた。
 無線の接続要請が入り、それをアルメリアは受諾した。ノイズの後に声が入る。つい操縦桿へ触れさせた指に力が入る。

 『私の名前はケイ。何、戦う前の挨拶……それ以上の情報は必要ないだろう』

 男なのか女なのかいまいちはっきりしない声が無線から鼓膜で伝わり、目立つ外見と装備の機体に乗っているにしては落ちついていると勝手な事を思う。
 アルメリアは息を吸い込むと、首を回し関節を鳴らし眼鏡を鼻の上に乗せ、顔を上げて無線に応える。

 『私の名前はアルメリア。始めましょう、あとは戦いで語ります』

 それを聞くや、武士甲冑が長大な日本刀を引き抜き、切っ先を向けた。しかも一本だけでなく、もう一本、双子のように似通ったそれを、つまり計二本を両手に握ったのだ。
 二刀流の外殻機をアルメリアは今まで見たことがなかっただけに、衝撃した。
 ケイが笑い、言う。

 『……言ってくれる』

 一拍。

『童子切――――……参る』

 双方のカメラアイが輝いた。
 昆虫と武士の勝負、ここに開幕。
 プロトファスマの全砲門が童子切に向く。障害物遮蔽物共に無しなら、あとは撃つだけに攻撃手段は無い。元よりそのように設計されている以上、突き付きられる札の枚数は限られているのだから。
 天下五剣に数えられるという童子切の名を持つ武士甲冑も攻撃手段が限られている。遠距離装備が無い以上、接近戦をするしかないのだ。
 射撃。銃声。
 六丁の機関砲が織り成す弾幕に、童子切は回避に専念するしかなくなった。無骨な外見に似合わぬ蝶のように踊り、時に回転し、ひらりひらりと躱す。それでも一発二発と装甲にピンクが付着していく。
 このまま回避し続けてもいずれは破壊判定を受けて負けるのは明白。覆すには、攻撃するしか手がない。攻撃は最大の防御なり。昔の人はいい言葉を開発していた。
 アルメリアは射撃を一時中断すると、じりじり距離を取ろうとして数歩下がった。いつでも動けるようにと琴線を張るのは忘れない。
 ケイは、機体に命じ二本の刀を軽く振り回すと、だらりと下げた。刃先は外側に、あたかも円のように。雲がかかり日光が顔を覗かせていないにも関わらず、金属的反射が起こった。

 『いくぞ………出力は控えめかつ模造刀とはいえ、腕の一本二本は覚悟しろ』
 『丁重にお断りします』

 二機の戦闘速度が爆発的に上昇した。
 ケイが命じれば、ローラーが限界試験と勘違いしているとしか思えぬ回転数を叩きだし、日本刀を構えた甲冑が猛烈な速度にて接近を試みる。
 それを迎え撃つは銃弾の群れ。先程のようにバラ撒くのではなく、足元を集中的に狙うことにより、文字通りアシを潰し戦いを制そうとする。観客には機体が硝煙を着るように見えるか。
 ところが、童子切はそれを躱すでもなく『真正面から受けた』。ペイント弾が装甲に命中し、たちまち各部が破壊・損傷判定を受けて動作しなくなっても、姿勢を低くして突き進む。

 『馬鹿正直に突っ込んでくる、正気の沙汰とは思えません……が、これでおしまいです!』

 ならば、後退して射撃を継続すればよい。
 プロトファスマの前脚が地面を噛み、ドミノ倒しのように後脚まで順番に動き、ローラーにより後退を開始した。引き撃ち。近接武器しかない童子切にはまさにうってつけの戦法。

 『いい戦法だが、崩せないこともない』

 すると童子切は片方の日本刀を、何の構えも予備動作も無しに投擲した。腕部装甲の一部が滑り、蒸気を吹いた。
 その速度たるや並みなものではなく、致命傷を負いかねないとということを悟り、射線を真正面へ向けると日本刀を撃ち落とす。弾丸の群れに晒された日本刀は宙で回転して地面に落ちた。
 が、その間に右腕の日本刀を上段に構えた童子切が接近していた。
 銃器を向けて迎撃せんとするが、体を正面では無く斜めに向け、渦潮に引きずり込まれる木の葉のように距離を詰める挙動をとる童子切を捕らえることは出来なかった。
 しかも、背後には既に競技場の壁があった。いつまでも後退し続けられるわけもなかったのだ。
 一番動作の早い腕二本に握られた機関砲の射線を咄嗟に向けた刹那、刀の一閃が暴風した。手持ちの機関砲二丁がはじけ飛んだ。

 『武器がっ……』
 『さぁ、避けてみせろ』

 瞬間、童子切は両手で日本刀を握りしめた。腕の装甲が大きく動けば、内部が剥き出しになりそこから蒸気と熱気が噴出し、空間を白くした。
 アルメリアの背にゾクリと悪寒が走った。ペダルを蹴っ飛ばし、両腕で胴体を庇いながら、太刀筋を見分けんと目を凝らし、真横へ機体を滑らせた。
 轟風が駆けた。
 専用の排熱装置から吹き出る熱が人体を発火させるなら十分であろう高温を噴き、強力な内部機構が刃渡り数m以上の日本刀を、振りかぶりを最小限に、しかもレイピアのような扱いを許す。
 本来なら日本刀とは日本刀なりの使い方があり、無理矢理振り回すようなやり方はやってはいけないであろう。
 だが、それはあくまで人間の剣術だからなのだ。剣身の重量を無視できる馬力と、工作機械並みの動きができるのであれば、全力で振った直後、反対方向に全力の一撃を当てることも可能なのである。
 刀による猛攻、踏み込み、射角を正面にしかとれないプロトファスマは迎撃したくてもできず、一方的に攻撃を食らう他に無かった。
 このままではジリ貧だ。
 アルメリアは、薄気味悪い速度で己のすぐ傍で唸りを上げる斬撃を尻目に、額から伝い唇を濡らす汗を舌で舐め取って、決断した。
 プロトファスマが踏みとどまる。
 童子切が刀を振って、プロトファスマの左腕にピンク色の塗料を刻むついでに装甲の一部を斬り飛ばす。直後に刀が腕力で空中静止。剣身が慣性の法則に従い揺れるもコンマ数秒、腕部放熱装置が蒸気を吹く。
 ――そこだ。
 アルメリアは、無事な方の腕を動かし拳を握り、体当たりを敢行した。

 『やああっ!!』
 『……ぐっ!?』

 刀で刺し貫き戦いを勝利で飾ろうと、腕を引いたのが運の尽き。
 六脚式外殻機の重量と速度を乗せた体当たりが、二脚式外殻機を強襲した。無論、ただ当てられるだけのケイではなく、衝撃で機体が宙に浮き、着地直後に蹈鞴を踏んでしまったが、転倒はしなかった。
 ケイは確かに機体が軋む音を聞いた。
 プロトファスマの残った銃、すなわち肩と腰の機関砲全てがアルメリアの照準通り、童子切を被弾域の中央に定めた。弾丸が拡散しようとも、どこかしらに当たる個所がある。
 六丁あるべきはずの銃が四丁しかなくとも、この際関係無かった。例え一丁しか無くとも、彼女は引き金を引いたであろう。
 童子切を弾幕が飲み込んだ。
 勝負アリ。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 勝負の結果は、シュレーVSアルベルトが引き分け。アルメリアVSケイはアルメリアの勝利。引き分けを0として、後戦を1とすれば、アルメリアらの勝ちだった。
 その夜、一行は雨が止んだこともあって、競技場の端でバーベキューをしていた。

 「私達はビール。お前さんたちはオレンジジュースだ」

 センジュはそのように宣言すると、片手で缶を握ったままプルタブをこじ開けてみせ、一口飲んだ。外見は子供であったが、飲み方は様になっていた。
 雨上がりの湿気が酷く感じられたが、肉を焼く火に由来する熱のお陰で不快ではなかった。

 「えーっ!? ここは一口飲んでみるかーとか進める場じゃないんですかキョージュ!」

 オレンジジュースがなみなみ注がれたコップを後生大事そうに握って、すぐ傍で燃え盛る火に焼かれてジュウジュウ音を立てる串肉を見つめていたシュレーが、そんなことを口にした。
 法律では未成年者の飲酒は禁止となっているものの、地域によって法律にも誤差がある。が、HRK学園がある島ではシュレーらが酒を呑んでいいわけではないのだ。
 腐っても教育者であるセンジュはそれを許してはいけないのは当然のことだった。
 ちなみにセンジュがここにいるのは、いつの間にか競技場に入り込んで試合の行く末を見ていて、食事はどうしようかと離している最中に荷物担いでやってきたからである。
 荷物とはバーベキューセットだった。
 仕事、研究が一段落したからここにきたというセンジュの顔は、どことなく晴れやかだったが、白衣や髪の毛の乱れは酷かった。
 ずっと外殻機の修理と整備をしていたアオバとクーの顔も大概だった。更に言えばアオバは途中で抜け出してセンジュの仕事もやっていたのだから、体力があるとしか言いようが無かろう。
 センジュはビールを呷ると、缶を揺らし、腕を組むようにした。

 「阿呆め、大人になってから呑め」

 残り二人も口を開いた。

 「そうですよ、いくらなんでもそれは許可できません」
 「……飲酒は大人になってから」

 悠々と缶を傾けるはアオバとクー。皆大人なため、飲酒しても咎められることはない。
 酒の強さは、緊急用の化学プラントを体内に内蔵しているセンジュは考えないとして、アオバはそれなりだが、クーはさほど強くないようである。
 証拠として、缶の中身を一気に呑むようなことは決してせず、ちびちびと口をつけるだけ。なのにもう頬が赤らんでいて、夏の暑さで汗ばんだ首元が色気を醸し出していたが、哀しいかな、この場で気にする人物があまり居なかった。

 「皆さん、お肉焼けましたから召しあがって下さいなー」

 試合に参加できなかったことを負い目に感じているのだろうか、委員長はバーベキューの調理係を買って出て、せっせせっせと野菜や肉を焼いていた。
 彼女が操縦するのが目標機であり、おおざっぱな表現をすると大きいラジコンで、武器も積んでいないので戦い様がなく、先の試合では用無しだった。
 メタルナイツではない、単純に戦うだけの競技もあるそうだが、肝心の外殻機が調達できない現在、無いものねだりをしても仕方が無かろう。
 夜の帳の直下、バーベキューセットの中で燃える火が串に通された野菜と肉を炙り、微かなる火の粉と、白い煙を上に昇らせる。朱の光に当てられ、一同の顔の陰影が強く出ている。
 香ばしいにおいが一同の食欲を誘う。
 人数分の串が焼けたので、皆一斉に手を伸ばした。

 「あ、頂きます」
 「では僕も頂きます」
 「いっただっきまーす!」
 「貰おう」
 「頂きます……あつっ」

 いきなりかぶりついて舌をやけどしかけたのはクーであり、他の人は冷まそうとふーふー息を吹きかけていた。
 アルメリアは、やっぱり猫舌なおってないんだなぁと感慨深げに頷くと、アツアツの肉をほうばるのだった。


         【終】

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