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「第七話 時間短し練習せよ乙女」 上

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 『Robochemist!』


 第七話「時間短し練習せよ乙女(前)」


 第二地球暦164年 7月24日 正午 晴天
 HRK学園島 



 時の流れは早いもので、あれよあれよという間に夏が訪れ、定期考査や実技等の準備に追われている間にカレンダーが過ぎて行った。
 そしてふと気が付いたら夏休みに突入。そもそも学校のほど近い位置の寮に住んでいる現状では、夏休みに入った実感が湧きにくかった。
 太陽の直射で熱せられて膨張した空気が風となり吹き荒び、島に住まう全てに等しく暑さをお届け。
 さて、そんな中でもセンジュらは練習をしなくてはならないというのは、なんとなく分かるだろうか。夏には大きい大会があり、まずはそこでの勝利をもぎ取らねばならないのだ。
 ところが顧問のセンジュは研究が一段と忙しくなってきており、練習に加わることが出来ないどころか目標機の操縦をしている暇すらないというのだ、どうしていいのか分からない。
 他のチームがそれなりの人数でやっているだけに、センジュチームの人数の少なさには涙が出てくる。センジュが抜けた今、アルメリア、シュレー、アオバ、クーの計四人でやらなくてはならない、その厳しさは想像の遥か上を行く。
 もっと人数を確保しなくてはならないことは分かっているのだが、さほど有名でもないチームに一体全体誰が入ってくれると言うのだろうか。
 勧誘のかいも虚しく誰にも見向きもされないまま夏に突入し、いよいよ人員確保の機会を失った。
 大会は八月半ばに開催されるが、センジュチームは他のチームよりも圧倒的に人手の足りていない不利な状況からの発進を余儀なくされていた。
 せめて後一人、そう思っても現実は非情であり、人が入ってくるわけも無い。宣伝に手を裂ける程余裕があるわけでもない。
 かといって試合で惨敗して笑われるのは絶対にしたくない、ならばどうするかと言ったら、それは当然強化合宿である。
 流石に外殻機を担いで島の外に漕ぎ出すわけにはいかないので、島の中での集中練習を行う。
 幸い、全チームが伸び伸び使えますとは言えないものの、練習場の数はそれなりにある。最悪の場合は迷惑のかからない場所でこっそりと練習をすればいいだけだ。
 合宿と名前を打った強化練習初日、話し合いの結果寮では無く練習場に泊りこむことで追い込みを狙うことが決定。練習場備え付けの観覧席兼個室に布団やらなんやらを運び込み、外殻機を運び入れただけでその日は終わった。
 翌日、さて練習をしようかとアルメリアとシュレーが外殻機を練習場に引っ張り出したところで来訪者があった。若葉色の髪の毛、若葉色の瞳、若葉色のジャージ、委員長だった。
 話を聞いてみたところ、元のチームでお前は使えないと嫌な太鼓判を押され、嫌になって逃げてきたという。本人曰く、逃げたのではない、あの連中に後悔させるためだらしいが、唇を悔しげに噛んだままでは正直説得力も何もあったものでは無かった。
 なにはともあれ、新しい人を迎え入れての練習が始まった。
 外殻機の操縦は基本体力勝負である。操縦時の動作の大半を自らで指示せねばならない上、攻撃に関して機械が補正して良い場所が極端に限られるので、それも自分でやるため、体力がいるのだ。
 特にアノフェレスのように機動戦闘を念頭に設計された機体は操縦者の腕が全てなので、体力が無ければ普通に動かすのならともかく、戦いに耐えられない。
 炎天下、髪の毛の先まで熱が籠るような気温の中、シュレーとアルメリアは円形練習場(外殻機以外のロボットの試運転にも利用される)の外回りをたったかたったか走っていた。
 シューズ踏み地面踏み湧きもしない唾を飲み、乾いた舌を投げ出すかのように口を開け、両手の動きは最小に、しかし出来るだけ足は上げ、呼吸は一定の拍を刻ませるようにして練習場の周囲を駆ける。
 正直なところ面々にメタルナイツではどういった練習が効果的なのかの情報が全くなかったため、全てが手探りだった。

 「はい残り三周! 頑張りなさい!」

 ついさっきチーム入りしたはずの委員長がどこから手に入れたのかメガホン片手に大声を張り上げ、入場口に鎮座する外殻機の足元に体育座りになったクーがパック入りジュースを啜り、その横にアオバが立っている。
 目標機を操縦することになった委員長は運動なんて必要なく、攻撃と防御を担うシュレーとアルメリアが運動するのは必然なのだが、どうにもやりきれない。
 いつものごとくスポーツブラとスパッツの軽装のシュレー。暑さと息の乱れから表情は虚ろで、軽口一つ叩こうともせず黙々と走る。
 一方のアルメリアも胸に後悔と憤りに近い気持ちを抱きながら、シャツと短ズボンだけの格好で両手を振って走る。汗が体をべっとり濡らしていて、シャツが体に張り付いている。
 やもすれば陸上などの部活動にも見えなくもなかったが、たった二人だけの陸上部なんてある訳が無いので、罰か何かとして走らされていると解釈されても不思議ではなかろう。
 どきっ 女だらけの暑苦しい練習合宿!
 そう書くと男性の琴線に触れる何かがあるかもしれないが、その実態は女二人が汗まみれになりながらぜぇぜぇと表情を歪ませて地べたを這いずり回るというもの。
 走っている本人からすれば、汗を流す女性を美しいというのは誇張表現であると断言せざるを得ない。
 もう何周したのかも分からない。二十週くらいは走ったに違いない。
 二人並んで走り続け幾分間、最初のスタート位置を何度か踏んだ末、やっと終わった。汗でぐしゃぐしゃ、もしにおいを嗅ごうものならたちまち鼻腔に届くような。
 常日頃から能天気なシュレーとて体力が無限な訳も無く、また最近鍛え始めたアルメリアだってぐったりであった。彼女らはあくまで学生なわけで本格的な訓練鍛錬を積んだわけではないのだから。
 膝に手を置き肩で息をしていたシュレーは、顔の汗を手でざっと落とすと、傍らのアルメリアに声をかけた。
 アルメリアは顔を上げる元気も無くて、地面の上でよいせよいせと歩く蟻を観察しながら苦しそうに呼吸していた。鼻の頭から汗が垂れ、蟻のすぐ傍の地面の色を変える。

 「私死にそう」
 「………喋る元気がですね、ないんですよ……」
 「うん」
 「はい」
 「寝よう」
 「そうしましょう」

 ばたりと寝転ぶ二人。太陽光で熱せられた地面はほかほかと温かく、染み込んだ汗を蒸発させていくように感じられた。
 試合時にはシャッターを閉じなくてはいけないそうなのだが、ただ単に走るだけならシャッターどころかカーテン一枚だって必要にはならないであろう。
 練習場に喘ぐような呼吸が二人分響く。
 いっそ吐き気すらしそうな運動後の脱力感に寝転ぶ二人に、腕を組んだ委員長が視界内にぬっと顔を覗かせた。逆光で表情はよく見えないが、怒っているようにも見えなくもない。

 「なんでこんなに走り込むんですかぁ……ぶっちゃけ私はそんなに走らなくてもいいじゃないですかぁ……」

 アルメリアは委員長の両房の髪が熱風でさらりと揺れるのを見て、舌を出してやろうと試みたが唾が足りず口蓋に張り付くような口の渇きなので諦めて、顎だけ出す様に喋ってやった。
 猛烈に喉が渇いている。ここまで一気に水分を失うとは予想していなかっただけに、驚きは大きかった。こんなに汗をかいたのは運動会位なものだ。
 そうなると当然ネガティブな考えが思考を支配せんとお立ち台を引っ張り出して演説し始める。
 どうせ射撃戦機だしー。
 なんで新入りにここまでぎゃあぎゃあ走れと急かされなくてはならない。
 いいではないか、どうせお前は弱い、休んでしまえ。誰も責めない。
 それと同時に脳裏によぎったのは二人かがりで自分がボコボコにされてしまったあの初戦。気にするなと言われても、どうしても考えてしまう。こんなことが本当に意味があるのだろうかと。
 シュレーは天才だが、自分はどうなのだろう。いっそのこと他の人を探してきた方がよっぽど試合で勝利を得られるのではないだろうか。そんなことを彼女は思ってしまうのだ。
 メタルナイツなんてどうでもいいじゃないか……そう割り切ればきっと楽なのだろうが、生憎彼女は負けず嫌いだった。しかもその負けず嫌いは冷静さと分析力、そして欲張りな成分を含んでいるため、タチが悪い。
 実力を把握し、疲労を理解し、それでも負けた悔しさが忘れられない、絶対に勝利し見返してやりたい。
 だから、タチが悪い。
 じゃあ先に休んでるんで頑張って下さいと言いかねない勢いだったアルメリアを見た委員長は、唇を尖らせしゃがみ込むとその額をポケットから取り出したハンカチでぐいぐいと拭った。
 驚きに眼を見開くアルメリア。かわそうとして頭を傾ければ、ポニーテールがくしゃりと潰れる。

 「な、何をするんですか?」
 「拭いているんです。頑張った御褒美ですので喜びなさい」

 委員長は何を血迷ったか、せっせせっせとアルメリアの顔を拭き始める。眼鏡を取り、目、鼻、頬、と満遍なく拭っていく。
 アルメリアはどうしていいか分からずに寝転がったまま体を緊張させた。一方シュレーはその様子を感心した面持ちで見つつ、自分は手で汗を拭っていた。
 委員長は何を考えているのか分からない真面目な顔で汗を拭っていく。顔が大まか取れると、今度は首へ、そしてなんと服の中に手を入れんとする。
 妙な声が出た。すかさず委員長の手を摘まみ上げると、胸元押さえて上半身を起こし仰け反る。ちょっと涙が滲んでいた。

 「うにゃあ!? 委員長どこ拭いてるんですっ!!」
 「……御褒美に拭いて差し上げようと――」

 なおも汗を拭こうとじりじり近寄ってくる若葉色に、明るい茶色が指を突き付けん。

 「じゃなくって、どこを!」
 「汗疹になるといけないので首と、胸とを拭こうかと………………違いますからね!? あぁぁぁぁぁまたやってしまった……!」

 そこにきてやっと自分が『胸元に手を入れ汗を拭く』という同性同士でもドがつく変態行為と自覚した委員長は、両手を地面に付き頭を垂れて頭を抱えた。
 確認の為であるが、彼女に同性を愛する趣味など無い。純粋に『汗をかいて大変だろう、怒鳴り散らすばかりでは駄目だ』と考えた結果及んだ行為なのだが、帰結したのがこれなのだから恐ろしい。
 シュレーはごろんと一回転すると太陽の方を見て、また一回転すると両腕の上に顎を乗せるようにして、おもむろにもう一回転するとスポーツブラの上に手を乗せた。そこに追加攻撃だと言わんばかりにウィンク一つ加える金髪シニョン。

 「ねぇー委員長、服脱がせて拭いてよー。汗疹になっちゃうよー」
 「……うぅ、失言なのですから出来る限りスルーして下さいませ」
 「やだーっ」
 「……いいでしょう。拭きますっ、こうなれば全裸にひん剥いてやりますから覚悟なさい!」

 顔を赤に染めた委員長が立ちあがって二人に代わる代わる指を突き付けるが、とうの二人はケロリとして受け付けなかった。シュレーに至ってはその指を捕まえようと手を出したほどだった。避けられた。
 アルメリアは眼鏡を拾い、顔に乗っけて一言。

 「スーパー委員長白熱タイム開催ですね、分かります」
 「私をからかうと本当に全身拭きますよっ!? それこそ腋からじっくりと!」

 わいわいがやがや、委員長をからかう形で盛り上がる馬鹿三人組。
 シュレーがつつき、アルメリアが合いの手を入れ、委員長が噴火する。直射日光厳しい今日この頃、彼女らはいつにもまして姦しい。
 ヒートアップするのもある時間まで。話疲れればその場でぼんやりするようになる。
 そこへ人数分のペットボトルを抱えたクーが颯爽と歩み寄る。パッケージはスポーツ飲料の有名な銘柄で、冷えているらしく大粒の水滴が付着している。そしてその内一本を手に取ると、掲げて見せた。
 気温は高めで日陰に居たとは言え、肌に脂っ気や汗の粒すら見当たらないのは流石クーと言うほかない。惹き込まれそうになる蒼の瞳が三人を順番に見遣った。
 シュレーはそのまま受け取り笑みを浮かべ、アルメリアは会釈をし、委員長はペットボトルを両手にやり胸元を押さえるようにした。
 クーは無表情で拳を握ると、胸元でぐっとさせた。

 「飲んで、練習再開」
 「ありがとう!」
 「ありがとうございます、助かりました」
 「……あ、え、ありがとうございます、クーさん」

 全員分に配り終えたクーは、とことこと練習場の中央に歩いていき、委員長の言葉に振り向くと、人差し指を立ててふわりと振った。その足元に、どこからともなくクロが駆けよった。

 「クーでいい」

 三人はほぼ同時に頭を下げると、その場から立ちあがると外殻機がある方へと横一列に並んで歩き始めた。各々でスポーツドリンクに口をつけて水分を補給する。
 三機の外殻機の元に歩み寄る三人を見たアオバは、手を布で拭きつつ腰を上げた。横には膝をついた体勢でじっとしているアノフェレスの細身がある。
 一番奥にはリモコン式の目標機があり、現在のところこれを委員長が操縦することになっている。
 風が吹き、ペットボトルを渡した場所から動かずに練習場のあちこちに視線をふらつかせていたクーの髪、そして三人、最後にアオバの髪と、順番に撫でて。

 「準備は出来ています、いつでもどうぞ」

 アオバはポケットから外殻機の鍵を取り出すと、投げますよと言った合図を送ってから投げた。三人は順々に受け取ると、飲み物やらを置いて汗を拭いた後に練習をすることにした。
 委員長は乗ると言うかリモートコントロールなので外で練習。二人は機体に乗り込むと、鍵を差し込み機体を起動させた。二機分の稼働音が唸りを上げるや、練習場に鳴り響く。

 『キー確認』

 『主機起動 正常稼働確認』

 『全モーター起動 正常稼働確認』

 『全ローラー起動 正常稼働確認』

 『姿勢制御機構起動 正常稼働確認』

 『総合戦闘管制システム起動 正常稼働確認』

 『 〝プロトファスマ〟 起動します 』

 画面に電子化された視界が広がり、文字が高速でスクロールする。
 アルメリアはその文字をなんとなしに追いかけると、ぱしんと顔を叩き、眼鏡の位置をくいと上げると操縦桿を握って機体の調子を確かめる。各部異常無し。練習はいつでもいけるようだった。
 六脚式外殻機プロトファスマが全ての足を唸らせ立ち上がり、二脚式外殻機アノフェレスが足から順に立ちあがって周囲を見回した。
 最初にプロトファスマが足をがしゃがしゃ言わせながら数歩踏み出し、ローラーで練習場の中央へと向かっていく。後からアノフェレスが従うかと思いきや、散弾銃を地面に降ろし、予備のブレードを取って付いていく。
 流石のクーとて外殻機が動き回る危険地帯でのんびりして居られるわけも無く、クロを抱き抱えるとたたたっと俊敏な動きにてアオバの元に戻って行った。
 アルメリアは、アノフェレスの方に機体を超信地回転の要領で振り向くと、さて一体どんな練習をしようかと考えこもうとしたが、目の前にブレードが差し出されて首を傾げてしまった。
 シュレーは自分の機体に積まれているブレードの他にもう一本持ってきて、それをプロトファスマの方に差し出している。これの意図は明らかであった。
 銃を下ろしそのブレードを一応受け取っておくが、動きのあまり速くもないプロトファスマで十分に活かせるわけないのは明白だったので、カメラアイで怪訝そうに見るだけ。
 ちなみにこれは模擬剣で、斬りつけた個所に塗料が塗られるようになっているため機体が破壊されることはない。
 無線が繋がって、元気そうというよりワクワクしているであろうシュレーの声が入る。駆け回って体力を消耗しているはずの彼女の声はつい今しがた全開になったようであった。底なしとはこのことを言うのだろうか。

 『弾もったいないし、斬り合おう!』
 『射撃戦特化なんですが、分かってて言ってるんですか』
 『うん。女は度胸、なんでも試してみる物だってお母さんが言ってたし!』
 『分かりました。ただし、手加減は無用です。全力で行かないとここに居る意味もありませんからね!』
 『そうこなくっちゃ!』

 アルメリアはブレードをまじまじと見つめ、それから装備している全ての銃器を置きに練習場の端に行くと武装解除し、ブレード一本にてシュレー機に対峙した。
 近接・機動重視の機体相手にどれほど出来るかは分からないが、やってやろうと思う。
 ブレードを正眼に構え、六脚をぐっと落とす。プロトファスマの重厚なカメラアイと、アノフェレスの特異な形状のカメラアイが睨みあった。
 ごくり、唾を呑んだ一瞬、ローラーにより前方へ重心を崩しそのまま跳躍したアノフェレスの単純かつ駿なる一撃が襲いかからん。

 『くぅ……ッ』

 ブレードで弾くなどと言った高等技術は使えず、ただ刃で受け止める。火花と同時に塗料が杉花粉のようにぱっと噴出し、刃と刃がざりりと鳴る。
 反撃。ブレードを返し、強靭な鉄腕により突きを敢行。アノフェレスの頭部狙いの一撃はしかし、ゆらりとかわされる。
 二撃、三撃、アルメリアは己の知る限りの全てを注ぎ込み一気に攻勢に出る。プロトファスマの腕力はアノフェレスの比にならぬほど強く、それ故に一撃は重い。が、全て当たらない。
 シュレーはアノフェレスに防戦を命じているが、その動きは既に素人のそれで無かった。刃捌きこそ素人のそれであるというのに、機体捌きは踊るかのようで。
 火花が七度散った瞬間、アノフェレスのローラーが唸りを上げ、一気に後退した。
 アルメリアはそれに焦り、ローラー全開で距離を詰め、ブレードを叩きこまんと突っ込んだ。

 『やあああああっ!』

 六脚式の大型外殻機が突っ込んできていると言うのに、シュレーは慌てず騒がず己の口元まで垂れてきた汗を赤い舌でちろりと舐め取ると、眼を大きく見開き、白熱するような操縦席内部の空気を肺に押し込んで操縦桿を柔らかく握った。
 羽のように軽く、蚊のように滑らかに、より速く。

 『シュレー!』
 『アル!』

 アノフェレスも突っ込む。カンガルーの足を思わせる構造の脚部から白煙を曳くほど加速し、黒いブレードを水平に垂らすように構え、腰を落とした体勢で突進していく。
 カメラアイの光が残像を残すより速く、風の如く。
 相対距離、零へ――!
 衝突するかと思われたその瞬間は訪れず、プロトファスマの横薙ぎも宙を切った。

 『………奥義、つい最近漫画で読んだカッコイイシーンを再現しました斬りッ!』
 『なに……っ!?』

 シュレーは、脚部ぎりぎりのところで跳躍してその横薙ぎを飛び越え、あろうことかプロトファスマの眼前の空間へと機体を跳ばせたのだ。漫画から吸収した生焼けの思いつきはしかしてここにワザとなった。
 一度ブレードを振ってしまっては、刃を反すのに時間を要する。戻すより早く、アノフェレスのカメラアイが目の前にあった。
 防御態勢取る暇無くプロトファスマの頭部に容赦無い斬撃が加えられ、よろめいたところで猛烈な連撃が吹き荒れた。一部喪失した視界でも分かる、その速度。
 塗料がぱっと弾けた。
 右左突き、蹴りに柄殴りまでを見事に連携しての暴風にたちまち腕が損傷過多の判定を受け動作が止まる。
 これ以上させてなるものかと辛うじて生き残った片腕でブレードを振り回す。ローラー機構を利用して速度を上乗せ、更に強引にねじ込むように突っ込んで重量で押し潰さんとした。
 ブレード勝負なのに突撃、まさにルール違反であるが、もうそんな些細なことはアルメリアの頭脳に無かった。

 『え、ええーいっ、潰れて!』
 『ちょ、それは卑怯ぐはっ』

 ブレードだけと思っていたのだから、体当たりで攻撃という発想は無かった。アノフェレスの機動性を活かしその脇を通り抜けながら斬を与えんとして腰を落としたが、全て後の祭りだった。
 ずどん、ぐしゃん、ぐわん、それらの音に酷似した重々しい衝突音が響いた。
 何かの部品がかたんと倒れた。

 『ぐっ……』

 大重量の蜘蛛に見事に轢かれた蚊は、空中で一回転すると練習場の床に機体表面を擦りつけながら派手に転がった。腕に握られていたはずのブレードがこれまた地面でくるくる回転しながら滑って止まった。
 いくらアノフェレスが軽いからと言っても外殻機であることに変わりは無い。ぶつけにいったプロトファスマの脚部や外部装甲には傷が刻まれ、関節部への負荷で異常が発生した個所まであった。
 一方アノフェレスは車に轢かれたより尚強い衝撃に当てられて立ち上がるどころか動けなくなって各部から朦々と熱気を発するままになっていた。
 というのもシュレーが動けなかったのだ。彼女は無線越しに痛そうな悲鳴を上げたを最後に喋らなくなってしまった。
 流石にやりすぎたなと思ったアルメリアは、アノフェレスの元に寄ると、残っている方の腕で機体をノックしてみた。
 するとアノフェレスの腕がむくりと上がり、腕をへし折らん勢いでぐっと掴んできた。表情の無いはずのアノフェレスの頭部が怒り心頭であるかのように見えた。
 ホッとして額の汗を拭うアルメリアとは対照的に、シュレーは口を膨らませ案外本気で怒っていた。
 が、次の瞬間には二人して怒ることになる。

 『大丈夫……ですよね?』
 『大丈夫じゃないからこうなってるんでしょー! このイカれポニーテールぅ!』
 『イカれ……!? 誰がイカポニーですか、誰がイカですか!』

 カチンときた。暑くて熱くて疲れていたこともあり、カチンときた。

 『アルだよ!』
 『何をぅ!』

 無線越しに口論し始める二人。
 本気で憎いというより、疲れと暑さと運動直後のアドレナリンの悪影響がここにきて沸騰しただけに過ぎないのだが、張本人らは気がつかない。
 練習場の隅でこっそりと機体を操縦していた委員長がその異変に気が付き、無線機を取って口元に宛がうと、片方の手を腰に置いて遠巻きに二機を眺めた。


 『貴方達―――これはあくまで練習であって、本気で潰しあえだなんて誰が言いましたか?』
 『……だって、アルがー……』
 『イカれポニーなんて言われたらそりゃあ……』
 『……いいから落ちつきなさい。練習けしかけておいて自分はやらない私にも非はありますが、外殻機で練習ならぬ喧嘩を始めるのはみっともないからお止めなさい』
 『……うー』
 『……ハイ』

 委員長の冷静な声を聞いて頭が冷えてきた二人は、自分達が外殻機でまさに殴り合いを始めようかという危険な体勢であったことを自覚して、距離をとった。
 ムキになって喧嘩をするようなことは恥ずべき事であるというのを、もちろん二人は知っていた。
 冷却機能の充実を満たせるだけの積載能力があるプロトファスマと違って、アノフェレスの冷却機能は貧弱な為、装甲板から頭部の飾りまで蜃気楼の欠片を朦々と纏っている。
 戦闘の余波で地面や装甲にはピンク色の飛沫が四散していて、思い切りぶつかったアフェレスの装甲に至っては凹んでいる個所もあった。
 委員長はリモコンで目標機を練習場の隅に追いやると、その場で溜息を一つ吐きだし、己の髪の毛をがしがしと掻いた。眼を瞑り腕を組み何事かを考え始めた。
 疲れると苛立つのは人の道理。その状態で戦えば、まぁ当然のことながら白熱する。結果、本格的な殴り合いに発展する。ならばそれを何とかして防がねばならない。どうすればいいのだろうか。
 練習を重ね続けていけば疲れ程度で苛立ったりはしなくなるのだが、生憎委員長も含めて練習の回数が少なかったし、ノウハウもなにもあったものじゃなかった。
 腕を組んで眉に皺を寄せ始めた委員長に、シュレーとアルメリアは機体に乗ったまま何事かと沈黙した。その様子を観察していたアオバがくしゃみをした。

 『――――……いいことを閃きました。聞きなさい』

 やっと眼を開いた委員長は、人差し指を立てつつ二機が向かい合う場所へと歩みながら無線に言った。

 『メタルナイツの練習は、何も乗って戦うだけでは無いと思いまして―――……単純に組み手でもよいのではないかしら』
 『あー……イインチョー、クミテって柔道みたいなやつ?』
 『ええ』

 なるほど確かに単純な戦闘経験を積むのであれば、わざわざ外殻機を引っ張り出すことも無いし、そもそもそういった基礎の部分が無いのであればむしろ生身の方がよいことは間違いなかろう。
 機体に命じて腕の仮想損傷を解除し片腕が動作することを確認したアルメリアは、委員長の方にカメラアイを向け、続いてシュレー機の方に向けた。

 『私は嫌です。もう今日は暑いのイヤです』
 『……そう、嫌と………うーん』

 返事として送信されたアルメリアの声は重く、また嫌そうな雰囲気が混じっていた。
 彼女とて練習したいのはヤマヤマだったのだが、正直機嫌が悪く、練習中に切れてしまいそうな感じがしたので拒否を示したのだった。
 だが根っこが善人なアルメリアは、その発言をしてすぐさま自己嫌悪に陥った。
 ところが委員長はすぐさま無線機にこう言ってみせたのだった。

 『暑くなくて、外殻機に乗らない練習――――水泳、行きましょう。もちろん、私も行きます。そうすれば変な話おあいこでしょう』

 思考錯誤はもう少し続きそうだ。
 大会まで、あと少し。

 「…………整備、大変そう」
 「そうですねぇ」

 ベンチに座った整備担当のアオバとクーが、あちらこちらに損傷を負っている二機を見つめてそんなことを呟いていたとか。


              【終】

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