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ビューティフル・ワールド 第十六話 予感

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irisjoker

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ビューティフル・ワールド

the gun with the knight and the rabbit


「奴が帰ってきたぞ、まどか」


ベッドに座り窓の外、灰色の雲交じりな、濁った青空を見上げているまどかに、玉藻が声を掛ける。
その目にはある種の覚悟を秘められている。傍らに置いた髪留めで、簡易的だが髪型をポニーテールに替える。

昨日の夕方、リヒトからの電話でリヒトの様子がおかしかった事に、まどかは正直気付いてはいた。
只、ルガ―と玉藻が自分を心配させないようにと配慮している事にも気付いており、その優しさが嬉しくもあり、辛くもある。
間接的に二人を心配させている事に対して、まどかは申し訳無さを感じながらも、自分自身に対して情けなさを抱いた。

そして今朝、まどかは考えた末、ルガ―と玉藻に伝えた。私の口から、リヒトさんに何があったかを聞きだします、と。
その決意はやおよろずの若き元締めであり、また、ブラウニング家の将来を担う当主としての、まどかなりの責任ある判断である。
そんなまどかの決意にルガ―と玉藻は最初驚きながらも、真摯な瞳から伝わる真剣な思いを受け取り、ここは口を出さず、まどかに任せてみよう、となった。


「あ、リヒトさん! おかえりなさいですアンドお疲れ様です!」

「おう……ただいま」

リビングに入ると開口一番、リタが何時もの元気一杯な大声で帰ってきたリヒトに声を掛けてきた。続く様に各々に、リヒトに反応するルガ―と隆昭以外の面々。
テーブルには今日の朝食であろう香ばしい匂いを嗅ぐわす、焼き立てのベーコンと目玉焼き、それにパンをのせた皿が人数分置かれていた。無論、リヒトの分も。
ヘ―シェンがいない事に誰か指摘するかと思ったが、昨日今日入ってきた新人のメルフィーとスネイルはともかく、リタもライも遥も、そしてリヒタ―も。
何より一番、そういう部分には気が付くであろう、まどかも玉藻も触れようとはしない。……つまり全員、分かっている、という事だ。その事情を。

「今、ルガ―さんと鈴木さんが皆の分のホットケ―キを作ってますのでそれまで待っていてください。」

奥に座るまどかがリヒトにそう言った。キッチンの方を向くとなるほど、甘ったるい、しかし嫌いじゃないホットケーキの匂いが鼻をくすぐる。
というかあの鈴木た……何とかという青年は料理が出来るのかと、失礼ながらも感心する。そういうイメージでは無かったから。

背を伸ばしながら天井を見上げると、帰るべき場所に帰って来たからか、幾分肩の重みが抜けていく。同時に、手の痛みも和らいでいく。
これほどまでに安心感を覚えるほど、俺の中でのやおよろずの存在は大きかったのか、と今更ながら実感する。
実感すると共に、隣に何故ヘ―シェンがいないかの理由を言いだせない自分の弱さに驚く。こいつらになら何でも気兼ね無く話せる、筈なのに。

怖い、と感じている自分がいる。ヘ―シェンを失った事を、皆に話す事を怖がっている、そんな自分がいる。
何故ヘ―シェンを守れなかった、と言われそうな気がして。そしてそう言われたら、反論できない自分自身が居る事自体に、リヒトは嫌気が差す。
だがその裏で、素直に事の次第を話せないという事は、皆の事を信頼できてない、信じて無いんじゃねえの? という自分が居る。
何で俺、こんなに悩んでんだ? と俯瞰して自嘲している自分もいる。リヒトはどれが自分自身なのかが分からなく、言うなれば、混乱していた。

その時、向かい側に座る三つ編みの少女が、自分を呼んだ。

「師匠」

呼び掛けられ、リヒトは顔を上げる。

心配そうに、しかしあくまでリヒトを気遣う様に優しげな笑みを浮かべた遥が、リヒトを見つめている。
何だろう、凄く久しぶりに会った様な気がする。実際は二日と経っていないが。それにしても遥がこんな表情を見せるのは中々珍しい。
……逆に言えばそれほど心配させてるって事か。リヒトは遥を心配させない様に、なるべく明るい顔になる。

しかしどう見てもリヒトの今の表情は、無理に笑っている様にしか見えない。
遥は頭の中で慎重に言葉を選びながら、リヒトに言う。

「……師匠が無事に戻ってきてくれて、本当に良かったです。色々、あったみたいで」

色々……か。遥が言う通り、昨日は色々あり過ぎた。あり過ぎて散々だ。
どこから説明して良いかが分からない位に。……その色々を、今から説明しなきゃならない。
マシェリ―についてはまだ不明瞭な事が多すぎるから、言わない事にしておく。問題は……。

取りあえず、遥の表情を明るくしてやりたい。
そう思い、リヒトは包帯を巻いた手を上げてひらひらと振ろうと。

「ありがとよ、遥。まぁそう心配すんな。俺なら見てのとおり元」

くっ、と掌を押える。じわりと、包帯の上から朱色の斑点が滲んでいる。無理に動かして傷口が開いたか。

<無理するな。病み上がりだろうが、たくっ……>

リヒトの様子を見かねて、玉藻がそう言った。口調自体は厳しいが、音色はいつもよりも柔らかい。
ヘ―シェンに心配されるとは、明日雪でも降るんじゃないかとリヒトは思う。……逆に言えば、今の自分はそれほど弱弱しく見えている、という事だろう。
怪我自体は大した事は無い。しかし、滲んでいる斑点を見ていると脳裏に嫌がおうにも蘇ってくる。否、蘇って来てしまう。

目の前で力無く機能を停止したヘ―シェンと、ヘ―シェンだけでなく、様々な物を奪っていった、あの男とオートマタの姿が。

<自分の体の事は自分が一番分かっているだろう。心配させるな、馬鹿野郎>
「まさかたまが俺の心配をするとはな……大丈夫か? 風邪でも引いたんじゃ」
<勘違いするな。まどかがお前を心配するからそのついでだ>
「……へいへい」


和やか。和やかで優しく、穏やかな空気を、リヒトはひしひしと感じる。本当に……俺にとってここは、大切な場所なんだな、とリヒトは思う。
そしてさっきまでの、逃げようとしていた自分に対して平手を喰らわす。どこかで、皆を信じ切れずに怯えていた、愚かな自分を。
リヒトは両手を膝の上に置き、目を瞑って一息吐き、ゆっくりと開けると共に言い放った。

「……まず、すまん。ヘ―シェンを……守れなかった事を」


「その前に」

リヒトの話を一旦遮る様に、背後からルガ―が声を掛けてきた。振り向くと、ルガ―の手にはホットケーキが人数分重なっている皿を持っている事に気づく。

「ホットケーキ出来たよ。先ずは朝ご飯を食べて、エネルギーを蓄えよう」
「二皿あるので皆さん、好きなだけ取って食べて下さい。あ、材料を使いきったのでお代わりはごめんなさい」

ルガ―と隆昭がそう言ってテーブルの上に、ホットケ―キの塔を置く。それぞれ自席に座ると、まどかがいただきますの音頭を取り、朝食に入る。
重要な話は飯を食った後……か。まぁ飯を食いながら話す内容じゃないしな。そう思い、リヒトも目の前のご飯に意識を向ける。

……美味い。上手い具合に香ばしく焼かれており、良い塩梅にパリパリとした軽い食感ながらもジューシーさを感じるベーコンに舌を巻く。
目玉焼きはどうだ。とろりとした半熟具合で、口に入れた瞬間に卵の味がぶわりと口の中に広がる。パンもカリッと焼かれていながら食べてみるとふんわりとして柔らかい。
ホットケーキを食べてみると、ふわふわとしているが、その実適度に固くて食べやすく、また甘過ぎない為に味に飽きが来ない。
気付けばリヒトは2枚、3枚とホットケーキを平らげていた。空腹だったからこんなに美味く感じる、訳ではない。

ルガ―の作る飯は上手いのだ。リヒトはそう、再認識する。
朝食を食べ終え、各々が皿をキッチンまで運び、隆昭とルガ―がそれを洗う。ルガ―はともかく隆昭は慣れているのか、皿洗いがとにかく早い。
全ての事を終え、ルガ―が皆の分の珈琲を入れて、リビングまで持ってくる。それぞれの前に珈琲を置いて、ルガ―が自席に座った。


「……皆、揃ってるな」

リヒトがそう言うと、まどかがリヒトの方を見据えて、言い放つ。

「では……お願いします、リヒトさん。昨日、何があったかを教えてください。可能な限り、話せる範囲まで」

手元の珈琲を一口飲み、リヒトは一息吐いた。
まどか、否、やおよろずの面々と、隆昭達三人組の顔を一人一人、確かめ合う様に一瞥すると、話し始める。

「……まずはヘ―シェンの事だが……奪われたんだ。俺の、目の前で」


<やはり……か>

「奪われたって……シロちゃん、盗まれたんですか?」

覚悟はしていた。覚悟はしていたとはいえ、実際にリヒトの口からその言葉を聞くと衝撃という他無い。
惑っている遥のその言葉にリヒトは軽く頷きながら、ルガ―に視線を移し、再び話し始める。

「ルガ―、急に入ってきた依頼があったよな。あの、悪徳金融の」
「ええっと……あぁ、確かスマイル何ちゃらのだよね。クライアントから場所を指定されてた。……まさか」
「そのまさかだ。俺はその依頼で襲われ、ヘ―シェンを奪われた。呆気なくな」

「ちょっと待って。つまりその依頼は、ヘ―ちゃんを盗んだ奴が仕掛けた偽の依頼だって事?」

ライディースのその疑問に、リヒトは厳密には、と付け足して答える。

「依頼自体は本物だった。クライアントは俺とヘ―シェンで救いだした。それで帰ろうとした所を」
「例の強奪犯に襲われ……か。依頼自体は本物だという事は、その強奪犯はスマイルかクライアントを使って、リヒトを誘い込もうとしたって事かな」

ルガ―の言葉に、リヒトはあぁ、と頷き答える。

「奴とスマイルがどんな繋がりか知らんが、奴は恐らくスマイルを使ってクライアントを痛めつけ、クライアントに俺宛への依頼を書かせた。
 そして俺がのこのこと依頼を引き受ける為に現場に来た所を奇襲して、ヘ―シェンを奪うって魂胆だったんじゃないかと思う。……奪われちまったけどな、のこのこと」

そう言ってリヒトは苦笑する。しかしその笑いの端々には、自分自身への怒りが滲んでいる様な気がする。

「それにしてもその強奪犯、よっぽど強いんですね。シロちゃんを奪うなんて」

リタの一言に、軽く首を横に振り、リヒトは言う。

「奴は確かに強かった。だが、俺が負けたのはそれだけじゃない」

「俺はどこかで、自分自身を過大評価していたんだ。どんな依頼だろうと余裕でクリアできる、ヘ―シェンとなら、達成出来るってな
 だが、奴と戦っていて気付かされた。そういう根拠の無い自信は、ただの蛮勇でしかないってな。俺は……そんな蛮勇に、ヘ―シェンを付き合わせちまった」

両手を組み合わせて、リヒトは俯いた。まるで罪を贖う為に祈る、罪人の様に。

「本当に、すまん。俺が成すべき事をしていれば、ヘ―シェンは奪われなかったんだ。俺が……」


「なら今すぐ取り返しましょうよ! シロちゃんを悪い奴らの手から!」
勢い良く立ち上がったリタが、リヒトにそう、声を張り上げる。常に笑顔で良い意味で能天気なリタが、今はハッキリとした怒気を浮かべている。
それ自体珍しい事だが、更に。

「それに悩んでるリヒトさんなんてリヒトさんらしくないですよ! 

 落ち込んでいる暇があるなら、次に何が出来るかをまず考えろ! これ、リヒトさんが教えてくれた事ですよ!」

リヒトの目が覚める。覚めると言っても、眠気に襲われていた訳ではない。

まさかリタから自分がこれから何をすべきかを、教えられるとは思いもしなかった。
迷っていた。混乱していたのだ。長年付き添っていたパートナーを失った事で、人生の指針を。
だが、リタはそんなリヒトに対してヘ―シェンを失ったという傷を舐めずに、逆に塩を塗った。喝という名の塩を。

「……私も、そう思います」

「悩んでいる師匠なんて、師匠らしくないです。師匠は何時も強く、頼れる人になっていてください。私の、目標ですから」


リタに続く様に、遥がそう言った。心の奥底から、願う様に。

「そうだな……悪いな、二人とも。こんな暗いの、俺らしくも無い」

今度は自嘲でも無く、苦笑でも無く、本当の笑顔をリヒトは皆に見せる。あの悪戯っ気のある、ニヒルな笑顔を。
何時ものリヒトが戻ってきた、と遥も、そして皆も胸を撫で下ろす。

ここまでの顛末を、隆昭、メルフィー、スネイルの新人組は口を挟まず、静かに聞いている。
リヒトと長年付き添ってきたやおよろずの面々と違い、こちらは受け入れてもらったとはいえ部外者の身だ。下手に口を挟めない。
それに、まだリヒトにどんな事態が起こっているのかを完全には把握できていない。出来てはいないが、分かっている事はある。
それはやおよろずに良からぬ事態が起きている事。ならば自分達は何をすべきか、三人共口に出さずとも、理解している。


<それで、その強奪犯とオートマタの名は? ……といっても、そういう奴らが名を答えるとは思わんが>

玉藻に言われ、リヒトは率直に答える。

「強奪犯の名はライオネル……ライオネル・オルバ―と言ったな。それとオートマタは神威。機種名までは分からん」
<答えるのか……よほどそいつらは自己顕示力が強いらしいな。それかよほどの馬鹿か……>

「ライオネル……」
<神威……>

遥とリヒタ―が無意識に、リヒトが語った強奪犯と、そのオートマタの名を復唱する。何か感じ取れる物があるのであろうか。

<それでこの後どうするつもりだ、リヒト。朧げでも考えは浮かんでいるんだろう?>

玉藻の質問にリヒトは大きく頷くと、さっきよりも大きく、しっかりとした口調で返答する。

「もう一度ライオネルに接触してみる。それで何が何でもヘ―シェンを奪い返すさ。それか奴がヘ―シェンをどこに隠しているかを聞きだす」
<ほぉ、やけにシンプルだな。まぁそれ以外の方法は無かろうが……。で、ライオネルとやらが何処に居るのかは掴めているのか>

「掴めているというより……奴から、ライオネル側から俺に指定の場所まで来てみろって挑発されてな。俺は明日、その場所に行ってみるつもりだ」


「罠……かな」とルガ―。
<間違いなく罠だな>と玉藻。
「罠だと思う、確実」とライディース。
「むしろ罠じゃなかったらビックリするわね」とスネイル。
「罠に100点掛けます! ライオネルが来ないに更に倍率ドン!」とリタ。

「一斉に喋んなお前ら」

口々にというか、ほぼ同時に同じ類の事を言った面々に、リヒトが反射的に突っ込みを入れる。
しかしそれで大分気分が解れたのか、リヒトは大声で笑った。その笑い声は明るく、遥達もつられて、笑う。

「ま、俺も確実に罠だとは思う。だが、奴に関する手掛かりが何も無い現状、例え罠だとしても何か得たいからな。情報でも何でも、奴に関する事を」

<敢えて虎穴に入る事で虎児を得ようとする訳か。お前らしいよ。だが、本当に大丈夫なのか?>
「うん、ヘーちゃんを奪った手口から考えて相当狡猾そうな罠を仕掛けてきそう。リヒト……」

「大丈夫ですよ、たまちゃん、ルガ―さん」

ここまで、皆の話を聞いていたまどかが、静かに口を開いた。 

「ここはリヒトさんの判断を信じましょう。今までだってそうやって、私達はリヒトさんに助けられてきたじゃないですか」

そしてまどかはリヒトの方を向いて、ポニーテールを解くと、聖母の様なほほ笑みを浮かべてリヒトに、言う。


「必ず、ヘ―シェンさんを救いだして下さい、リヒトさん。それで取り返しましょう。皆が居る、日常を」


オーナー
無垢で純真ながらも、若きブラウニング家の当主として、静謐な姿を見せるまどかを見、リヒトは思う。
まどかはブラウニング家のこれからを担う人間として、日々立ち止まる事無く、成長し続けていると。
きっと将来、やおよろず、いや、ブラウニング家を束ねるにふさわしい、逞しくも気高い女性になっている事だろう。リヒトはまどかの言葉に、力強く頷き、答える。

「あぁ。必ずライオネルの手から、ヘ―シェンを奪い返してみせる。必ず……な」


「あ、あの!」

勢い余って椅子を派手に倒しながら、誰かが立ちあがった。慌てて立ち上がり慌てて椅子を直す。
立ちあがった人物は自分が何で立ち上がったのか、恐らくノリだろうが気恥かしくなり顔を赤くする。
とは言え、自分が立ちあがったのはリヒトに伝えたい事があるから故、その人物はゴクリと息を飲んで呼吸を整えながら、リヒトに言い放つ。

「そのリ、リヒトさん! 俺に、俺に出来る事って何かありますか!」

隆昭はリヒトにそう聞いた。ぶっちゃければ、昨日今日会った人達に今何が起こっているをすぐさま把握は出来ない。まだ親しみ合えるほど仲は縮まっていないし。
しかしリヒト、そしてやおろよずの人達のリアクションから、やおよろずにのっぴきならない事が起こっている事は重々理解出来る。
理解出来るからこそ、隆昭は微々たる事でも良い。何でも良いから力になりたいのだ。リヒトの力に。

それは、落ちてくる前のあの世界での事も関わっている。

あの日、全てを失った日から、隆昭の中で燻っている思いがある。

それはメルフィーと出会ってから、ヴィルティックで戦うまでの、自分の行動や判断が遅かった事、そして何より出来た筈の事が出来ず、誰も救えなかった事に対する自責の念だ。
もしあの時、体が動いていれば家族を救えたかもしれない。もしあの時、自分の判断が早ければ、学校の皆を救えたかもしれない。
もしあの時……少しでも冷静になれていたら、あの女の子は死なずに、済んでいたかもしれない。

そう思うと、隆昭は自分が出来る事を、精一杯実行したいと思う。もう、あんな後悔を抱くのはごめんだ。
少しでも自分が出来る事を出来れば、もしかしたら少しでも、良い方向に結果が向くかもしれない。例えそれが、微々たるものでも。

愚図でも無様でも良い。リヒトさんの為に何か、したい。

「私からもお願い、伊達男さん」

スネイルが隆昭に続いて、リヒトの方を向く。同じくメルフィーも。

「貴方達には危ない所を助けてもらった上、こんな素晴らしい衣住食を恵んで貰ったんですもの。
 だから恩返しって訳じゃないけど、ヘーちゃんの奪還に協力させて欲しいの。私自身が出来る限りの事をね」
「私からもお願いします。皆さんにお世話になった分、力になりたいんです」

「スネイルさん……メルフィー……」

隆昭は二人が続いてくれた事に無性に泣きたくなるが、何で俺が泣く必要があるんだろうと思うと凄くカッコ悪い気がするので堪える。
三人の言葉にリヒトは俯き、じっと聞く。何かを考えているのか、時間がかなり経ち温くなってしまった珈琲を飲み干す。
そして、そうだなぁ……と呟くと、ニヤリと、ヘ―シェンと悪だくみを考えている時の悪戯小僧みたいな笑顔で、隆昭の方を見る。

「じゃあ……毎日朝食を作って貰おうかな。ホットケ―キ美味くて飽きないんだわ」
「えぇ、毎日ですか!?」

本気で驚いている隆昭に、冗談だよ冗談と、リヒトは笑う。帰ってきた時の暗く淀んでいたリヒトは、そこにはもういない。
窓の外の空は曇り空が晴れてきて、気持ちの良い青空が広がっている。雲一つ無い、真っ青な空。
リヒトは穏やかな目で隆昭を見据えながら、言葉を続ける。

「そう気張らなくても良いぜ、隆昭。隆昭は隆昭で精一杯、出来る事をしてくれ。それが隆昭自身のプラスになるからな」

そしてリヒトは隆昭だけでなく、やおろよずの面々全体に目を向けて、言う。

「ありがとな、皆。柄にも無く落ち込んじまったが、もう大丈夫だ。
 で、隆昭だけじゃ無く、皆も皆で今出来る事を精一杯頑張ってくれ。俺もヘ―シェンを取り戻す為に精一杯頑張るからさ」

<全く……直ぐ元気になりおって、現金な奴だ>

と、言う玉藻の声は呆れ混じりながらも、リヒトが立ちあがった事に対して嬉しがっている様に聞こえる。

パチン、とまどかが手を叩いて立ち上がると、よく通る元気な声で、言った。

「では! 難しい話も終わった所で! 今日のお仕事に取り掛かりましょう!」

<そういえばまどか、お前学校は大丈夫なのか>
「がっこう?」

玉藻に言われてまどかは掛けられている壁時計に目を向けた。
時間は8時半をとうに、過ぎており、既に始業時間は過ぎている様だ。つまり。

「……やだっ! 遅刻!」
「おいまどか、慌てるとコケ」

た。慌てて二階に上がって制服に着替える為に走った瞬間、まどかはリヒトの忠告を聞く前に近年のギャグ漫画でも見ないほどベタに転んだ。
すぐさま起き上がり、何時もは見られない俊敏さでまどかは階段を昇っていく。そこにはさっきまでリヒトに堂々とした姿を見せていた若きブラウニング家の当主では無く。
ちょっとドジっ子で可愛らしい、普通の女の子であるまどかに戻っていた。やれやれと、リヒトが小さく首を振る。

「たま、お前わざとまどかに時間教えなかっただろ?」
<失礼な事を言うな。お前の事が気がかりでうっかり時間を忘れていただけだ>
「何か音色が嬉しそうなのは俺の気のせいかな」

そうだ、とリヒトはライディースに声を掛けた。そして伝える。

「ライ、悪いが調べて欲しい事があるんだが、良いか?」
「どんとこいだよ。それで何を調べるの?」
「そうだな……正直望み薄だろうが、ライオネル・オルバ―と、神威、オートマタで調べてくれ。それと……」

言葉を止めたリヒトに、ライディースが首を傾げる。
リヒトは検索ワードを思い出しているのか、口元に手を当ててしばらくすると、ライディースにその検索ワードを伝える。

「……それと、マシェリ―・ステイサムと、エンダ―ズステイだ」
「マシェリ―・ステイサム? 誰だい、それ……後、エンダ―ズステイって確かどっかの会社じゃ……」
「ちょっと色々あってな。とにかく頼むぜ、ライ」

リヒトが出した検索ワードにライディースは若干の疑問を抱きながらも、詮索するのも野暮だなと思い承諾する。

冷静になった所で、リヒトは薄々考える。この一連の事件は、何処かキナ臭い。いや、激しくキナ臭い。

あの男、ライオネル・オルバ―は巷を騒がしている連続オートマタ強奪犯だと、リヒトは確信する。あの神威なるオートマタを使って。
しかし何故、その様な犯罪を犯しているのか、その目的は分からない。

それにライオネルに従っていた神威。あのオートマタは明らかに普通のオートマタとはレベルが違う。
幻術にしろ戦い方にしろ、そして何よりヘ―シェンを機能停止にさせた、あの技。まるでマナを吸い取っていたかのような……あの技は一体何なのだろうか。
人格も能力も、外見も正反対ではあるが神威を思い出すとまるで、リヒタ―と対峙した時の様な何かを感じる。底知れぬ何かを。

そして、何故ライオネルが神威を所持しており、そのライオネルをあの女、マシェリ―が追っているのか。
マシェリ―は自らが所属する企業――――エンダ―ズステイの命で、ライオネルを捕まえたいと言っていた。
妹を誘拐され、神威を強奪されたと。しかしマシェリ―の話を聞く限り、エンダ―ズステイがライオネルを易々と見逃す輩とは思えない。

考えれば考えるほど、この事件には言い知れぬ闇を感じる。それも底無し沼の様な、際限の無い闇を。

いかん。リヒトは両頬を叩いて、自分を奮い起す。
今考えるべき事は、ライオネルからヘ―シェンを取り返す事だ。それ以外の事はこの際彼方へと放っておく。
それに素性がまだ知れない故、あのマシェリ―という女の事もまだ伏せておいた方が良いだろう。
とはいえポケットには、マシェリ―から貰った携帯端末が眠っている。連絡は、来ない。むしろ来ない方が良い。

その時、横で椅子をクルリと回して背中合わせになる様に、ルガ―が椅子に座る。そしてルガ―は、リヒトに語りかける。

「こういうのも、たまには良いんじゃないか、リヒト」

「あぁ、如何に俺がまだまだ未熟なのかが実感できたし、それに……俺にとって、お前らがどれだけ大切なのかを改めて痛感したよ」

「まどかちゃんもリタちゃんも、遥ちゃんも、皆日に日に強くなっているんだ。リヒト、君の背中を見てね」
「そういうの止めろって。調子に乗るだろ、俺が」

笑う、二人の男。

「……僕達は」

「僕達は、皆揃ってのやおよろずだ。いつも皆で壁に当たっては、その壁を乗り越えたり、壊したりしてきた」
「……そうだな」
「だからリヒト。必ず皆で、へーちゃんを取り返そう。必ず、ね」
「……あぁ、勿論だ」


「あのさ、遥ちゃん。ちょっと良い?」

外に出て特訓しようとしていた遥とリヒタ―を、スネイルが引きとめる。振り返る遥とリヒタ―。

「何ですか、スネイルさん?」
「んーっと、悪いんだけど今日、一緒に付き合ってくれないかな? 私も行ってみたいのよ、レイチェルに」

予想だにしない御誘いに、遥は惑う。今日はリヒタ―と一日休んだ分、特訓するつもりであったから。
それに二日連続でレイチェルに行く事もあまりない。とは言え、頼まれたからには断る理由も無い。今日は家事当番でも無いし。

「私は構いませんが、ルガ―さんに断らないと」
「あぁ、彼からはもう了承取ってあるから大丈夫。それと昨日、鈴木君とメルフィーのお守をしてくれてありがとね。
 そのご褒美に好きに遊んでも良いって、ルガ―さん言ってたわよ」

そう言ってスネイルがウインクする。何と言うか、まだどことなく態度が固い隆昭とメルフィーに比べ、スネイルはあまりにもやおよろずに順応し過ぎである。
それにしても好きに遊んでも良い……か。正直、特にレイチェルに行っても別に目的も無い。買い物を任されている訳でもないし。
まぁ折角貰った機会だ。ぶらりと町を歩いて、しっかりリフレッシュしよう。そう思う遥であった。


「タカ坊さんは私達のパセリとして一緒に頑張りますよ!」
「パセリじゃ無くてパシリだよ。いや、というかパシリは止めようよパシリは! 一緒に働く仲間なんだから!」
「ごめんなさい、セロリでした」
「もう突っ込まないよ」

「って訳で隆昭君、君には今日一日、リタちゃんとライ君のヴィルティック修復の手伝いをして貰うわ」
「えっと、スネイルさん俺、そういう技術無いんですけど……」

という訳で、スネイルが出かけるので隆昭が代わりに、二人の修理の手伝いをする事になる。
普通に惑っている隆昭に、スネイルは淡々と話す。

「別にそう難しく考えなくてもいいのよ、隆昭君。別にあなた一人にヴィルティックを直してもらおうって訳じゃないから。
 あの二人の作業がスムーズに進む様に機材を運んだり修理箇所を確認したり、道具に不備がないかを逐一チェックしたり。
 暑いから飲み物を運んできたり軽食を作ったり一時間に一回はマッサージしたり、そういう事をして貰いたいの」
「あぁ、そういう……って、それってパシ」
「それに」

「ヴィルティックの搭乗者は貴方よ。搭乗者には自分が乗っている機体の事をネジ一本まで知りつくさなきゃいけない義務があるの。
 明日は私も手伝うから、二人に一生懸命協力して、ヴィルティックの事を詰め込めるだけ頭の中に詰め込みなさい。それが、今の貴方がやるべき事よ」
「は……はぁ……」

「それじゃあメルフィーちゃん、君には僕の手伝いをしてもらおう」

隆昭がリタとライディ―スの手伝いをする傍ら、メルフィーはルガ―の家事の手伝いをする事になる。
この前の朝食当番の時もそうだったが、メルフィーにエプロンは非常に良く似合う。

「はい! なんかこう……楽しみです」
「楽しみって、普通に炊事洗濯とかだよ」

と苦笑混じりに言うルガ―に、メルフィーは照れを隠す様に俯いて言う。

「その……家事って凄く久しぶりというか、懐かしいんです。だからこう……楽しみだなって思うんです。変、ですかね」
「いやいや、家事が好きって女の子は素敵だと思うよ。よし、なら楽しみながら頑張って貰おうかな」


「っと、悪い、お二人さん」

そんな二人の会話を遮り、リヒトがルガーに呼び掛ける。

「何だい、リヒト?」
「そのー何だ、家事が一段落したらルガ―を貸してもらうぜ、メルフィー」

「久々に手合わせ、頼めねえかな。ルガ―」


「それじゃあ行ってくるね。たまちゃん」
<遅刻は遅刻として諦めろ。あまり急ぎ過ぎて怪我するなよ>
「はい! それじゃあ行ってきます!」

勢い良く飛び出していったまどかを見送り、玉藻は振り返る。
さっきまで湿っていた雰囲気は既になく、何時もの朝のドタバタした風景が広がっている。
能天気な奴らだ、と微笑するが、実際何時もの感じに戻って良かった、と決して口には出さないものの、玉藻はそう思う。
やおおろずに涙は似合わない。どんな苦境でも笑顔で明るい愛すべき馬鹿ども、それでこそやおよろずだ。

<……さて>

リヒトに言われた訳ではないが、玉藻自身もヘ―シェン奪還に一枚噛もうと思う。
……神威、神威か。……はて。

どこかで聞いた様な……。それにリヒトが言っていたエンダ―ズステイ……エンダ―ズステイ? 確かあの企業は……。

「今日もレイチェル、行っていい?」

寝ぼけた眼を億劫そうに開くと、真上で自分を見つめているリシェルの姿が見えた。
ライオネルはめんどくさそうに寝返りを打ち、目を瞑る。今日は客も来ないしオートマタの強奪予定も無い、何もする事がない。
まぁ、明日あの男――――リヒト・エンフィールドと戦う為にたっぷり眠って、生気を養っておこうとは思う。

「別に良いが、夕方には帰ってこいよ」
「うん。暗くなったら帰って来る」

空になったバックをひょいっと持ち出して、リシェルは出掛けようとした、その時。

<主、待ってくれ>

壁際で両腕を組んでいた神威がゆらりと壁際から離れると、リシェルに言った。

<私もレイチェルに行きたいのだが、構わないか?>

驚いた。仕事というか、オートマタの強奪と、敵対勢力でも居ない限り、滅多に外に出ない神威が自ら外に出たいと言ったのだ。

「どういう風の吹きまわしだ? お前が自分から出かけるなんて」

頬杖を付いたライオネルが、可笑しそうにケラケラと笑って神威にそう言う。
ギロリといった感じで神威はライオネルを睨みながら、答える。

<只の興味本位だ。無論、主が嫌ならば止めておくが>

「うん、良いよ。けど、お仕事じゃないから変な事しちゃ駄目だよ」
<御意>



「リヒタ―、どうしたの?」

何故かリヒタ―の動きが止まり、遥が疑問符を浮かべた。

<いえ……気のせいです、マスター。御気になさらず>
「そう? なら良いんだけど」

「遥ちゃーん! 置いてくよ―!」

遠くでスネイルが手を振る。というか案内して欲しいのに何で先に行くのか、遥は少し呆れる。
というかスネイルは案内が必要なタイプじゃない気がするが、まぁどうでもいいか。

「はーい、今行きまーす」


「神威?」

何故か神威の動きが止まり、リシェルが疑問符を浮かべた。

「どうかしたの?」
<……気にしないでくれ。勘違いだ>

リシェルは不思議そうに神威を見つめながらも、それ以上言及せずに神威を球体へと変形させる。

リヒタ―は思う。

不思議だ。先程から


不吉な予感が


神威は思う。

不思議だ。先程から

愉快な予感が










                               収まらない。








                                第 16 話



                                  予感

「っつ!」


「隆昭さん? どうしました?」

「いや……何か一瞬……右腕が動かなくなってさ」

「大丈夫ですか? 何処か怪我とか……」

「大丈夫だよ、ただの気のせいだから」


「……多分」


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