彼は唐突に目を覚ました。
覚醒と同時に身を起こし、姿勢を低く、ほぼ条件反射のごとく戦闘の構えを取る。
周囲を窺うも、一面の暗がり。遠目どころか足元を見るのがやっとである。
人の気配を感じる。それも、一人や二人ではない。多くの人間が、自分を取り囲むように存在している。
思わず息を呑む。その際、喉をつたう感覚に違和感を覚えた。
首元を探ると、指先に硬質な物体が触れる。そこには、身に覚えのない首輪があった。
一層の猜疑心が生まれる。闇の中から聞こえる息遣いや、小さな話し声が、いやに不気味さを帯びていた。
それでも、人影がこちらに敵意を向けている様子はない。
意を決し、一歩、また一歩、彼は人影へとにじり寄る。
人影へ呼びかけようと口を開いた瞬間、眼窩に光が差し込んだ。
少々目が眩んだが、別段、視界に支障はない。
見ると、人影はこぞって、光の元へと顔を向けている。彼もまたその視線を追った。
やや低めの舞台があり、その上に、一人の男が後光を受けるように立っている。
男はおもむろに咳払いをし、気だるそうに片手を腰に宛てると、声を上げた。
「ようこそ、選ばれた者たち――」
重く、威圧感のある声だった。
無駄なく整えられた銀の髪。年齢相応を感じさせない精悍な顔立ち。
そしてそこに在るだけで、畏れすら抱かせる気迫を漂わせる男。
彼は、あの男を知っていた。
彼の戦う理由――戦乱の世を生み出した真の黒幕にして、彼のすべてを狂わせた張本人――
「――ヴォルマルフッ!!」
彼――
ラムザ=ベオルブは叫んだ。
壇上の
ヴォルマルフはラムザを見下ろし、僅かに失笑を漏らす。
「ふむ、貴様は……異端者ラムザか。
なるほどたしかに、諸君はこの“ゲーム”の参加者に選出されるだけの実力をもった者たちというわけだ」
ヴォルマルフは舞台を少しばかり歩きまわり、参加者と称した群衆を見渡す。
その視線が、群衆のなにを見透かそうというのか。それは解らない。
ただ、彼が発した“ゲーム”という語。それを皮切りに、群衆は色めきたった。
不平の声を上げる者。隣り近所と不安そうに会話を交わす者。みなそれぞれに、冷静さを失っていく。
その喧騒を掻き分け、ラムザは啖呵を切った。
「ここはどこだ! おまえは一体、何を企んでいるッ!!」
「そうそういきり立つな。それを今から話そうとしているものを」
ラムザの神経を逆撫でるように、ヴォルマルフは溜息を吐いた。
ラムザは訝しむ。ヴォルマルフが自らの意図を吐露しようとは、どういう風の吹き回しか。
そんな些細な疑問も、彼の次なる一言の前に、完全に意味を失うこととなる。
「聞け……これから諸君には、殺し合いをしてもらう」
どよめきの只中に、水を打ったような静寂が広がる。場の空気は、完全に凍りついた。
「
ルールは簡単だ。ゲームは会場へ入り次第、開始される。
他の参加者をすべて排除し、最後まで生存を果たした者を“優勝者”とする」
群衆の沈黙などに構うこともなく、彼は“バトル・ロワイアル”なるゲームの規定を述べてゆく。
こことは別の“会場”のこと。会場からの脱出がまず不可能であるということ。
首輪に遠隔起爆装置が施されていること。それは彼の一存で、随時発動可能であるということ。
ラムザは再度首輪に手を延ばし、それを静かに撫でる。先刻よりはるかに強い違和感がそこにあった。
他にもヴォルマルフは、詳細なルールをつらつらと述べてゆく。
抑揚もなく、ただ事務的に淡々と言葉を重ねるさまは、その内容と相俟って、言い知れぬ狂気を感じさせる。
「……ハッ! ついに気を違えたか、ヴォルマルフッ!!
おまえたちが為したかったのは、こんな大儀も道理もない殺戮だったとでもいうのか?」
堪えかねたラムザは、いよいよヴォルマルフへ食って掛かる。
「さあ、どうかな。少なくとも私は、おまえたちの死に様などに関心はない。
この催しの真意など与り知るところでもなければ、それを暴くつもりもありはしないさ。
私が知り得るのは、この場に集められた人間を殺し合わせることを望む者が存在するということ。
そしてその者が“ディエルゴ”と名乗っているということ。ただそれだけだ」
「……なんですって!?」
白い帽子の女性が、一層の驚愕を露にする。
「そんな……嘘です。ディエルゴは、私たちの手で、たしかに……!」
女はヴォルマルフに反意を示す。
その語勢からは、彼の発言を取り消さんとする意思が色濃く滲んでいる。
ヴォルマルフは苦々しげに女を一瞥した。
「話は聞くことだ。言っただろう、そう名乗る者が存在することのみ関知していると」
女の顔面が見る間に青褪めていく。
『殺し合いをしろ』と言われた瞬間と同じくらいに、甚く動揺しているようだ。
ディエルゴとは、何者なのか。いかなる脅威を秘めているというのか。
そしてなにより、何のためにこの馬鹿げた催しを望むのであろう。
その不可解な存在に、底知れぬ不安がラムザの脳裏にも巣食った。
「くく……クックック……」
吐き気のするほど緊迫した空気の立ち込める場内一帯に、少年のせせら笑いが響き渡る。
「クク……ハァーッハッハッハッハ!!!」
ついには高らかな笑い声を上げ、半裸にマフラーの少年がずかずかと舞台のそばへ躍り出る。
「黙って聞いておれば、人間ごときが図に乗りおって。
この暴挙、俺様が魔王
ラハールと知ってのものか……?」
腕組みをし、これでもかと顔を顰め、男を威圧するように言い放つ少年。
ラハールと名乗った少年は、怒り心頭といった様子でさらにヴォルマルフへ歩み寄る。
「高貴なる存在である悪魔が、脆弱でチンケな人間なぞの言いなりになるワケがなかろう。
まして“魔王”に指図しようなど、言語道断! 度重なる非礼の数々……死んで侘 び ゅ ! ! 」
長台詞を言い切らんとしたそのとき、強烈な打撃音と共にラハールの身体が吹き飛んだ。
きりもみ回転しながら宙を舞い、頭から壁に激突。そのままピクリとも動かなくなった。
「まったくだ……まったくもって、許しがたい……」
少年を軽く蹴散らし、割り込むように現れたのは、城壁ほどの背丈があろうかという巨体をもつ男。
群衆はみな等しく彼を見上げ、等しく恐れ慄いた。
鬼の形相で立ちはだかる大男。場内一杯に地響きを轟かせ、ヴォルマルフへ歩み寄る。とはいえ、ただの一歩ではあるが。
「この超魔王バールをコケにした代償……相当に高くつくぞ?」
巨大な拳を震わせ、舞台上のヴォルマルフを眼光鋭く見下ろすバール。
しかしヴォルマルフは、意に介した素振りも見せず言い放つ。
「主催および進行役への実力行使は、一切を認めない。下がりたまえ」
いよいよ、バールの眼に殺意が宿る。握り拳を天井近くまで高々と掲げ、怒号を発した。
「忌々しい人の子め……粉微塵に砕け散るがいい!!」
そして次の瞬間、その超重量の腕をヴォルマルフ目掛け振り下ろす。
ヴォルマルフは迫り来る鉄拳を見遣り、冷厳な口調で宣告した。
「……違反行為だ。罰を受けてもらう――
―――― ボ ン ッ ――――
何が起こったのか誰にもわからなかった。ただ、凄まじい音響に、群衆はとかく耳を塞ぐ。
加速しながら降下を続けていた腕が、僅かに軌道を変える。拳は標的を逸れ、何もない舞台へ深々と突き刺さった。
続いて肘、肩、胸と順々に、その巨体が床へ沈んでゆく。最後にドン、と重い音が響いた。
背筋に悪寒が走る。生暖かい何かが、ラムザの顔面で弾け、頬を伝った。
謎の液体はなおも降り注ぎ、続いて、異臭が場内に立ち込め始める。
「い……いやあああぁぁああぁあぁぁぁ!!!」
最後尾の女性が悲鳴を上げる。群衆が競うように振り返る中、ラムザもまた素早く後方を見遣る。
思わず愕然とした。そこには、自分の身長を上回る、白目を剥いた巨大な生首が転げていたのだ。
「なに……? あのバールを、一瞬で……だと!?」
いつの間にか再生したラハールも、その光景を目を丸くして見詰めている。
つられて絶叫する者、呆然と立ち尽くす者、泣き出す者、堪らず嘔吐する者……。
騒然とした空気の中、ラムザは胸中に確かな“畏怖”を覚えていた。
「最後になったが、生き残った者は主催の元へ自動的に転送され、望むままの褒賞が与えられる。
なんのことはない。いわゆる、ゲームの優勝賞品というヤツだ」
何食わぬ顔をしたヴォルマルフが、思い出したように付け加えた。
「以上だ。その他進行に必要となったルールは追って説明する」
説明の完了を宣言し、清々したと云わんばかりに大きく息を漏らす。
しかし取り繕うように再度顔を強張らせ、最後の仕上げと呪文を唱えだした。
「…ファル………ケオ……デ……ンダ!」
「それは……まさか!?」
呪文は、ラムザの記憶にあたらしいものだ。
古代呪文のひとつ――転移の魔法。空間の理を歪め、対象を瞬時に、遥か離れた場所へと送る。
気づけば、ラムザは駆け出していた。
渦巻く恐怖を圧し、ただがむしゃらに、ヴォルマルフの下へ駆ける。
この圧倒的な相手に対し、なにができるというのか。そんなことは、これっぽっちも頭になかった。
ただ、いまどこかへ飛ばされれば、もう二度と、彼と対峙することすらかなわない。そんな気がしたからだ。
「ゾーダ……ム……フェ…リオ…」
ヴォルマルフが一語を発するごとに、言霊は魔力を帯びた光の点を生じ、場内を駆け巡る。
点は無数の線となり、交差し合い、ひとつの方陣を形作ってゆく。
やがて方陣は、場全体をくまなく覆い尽くし、その光はよりを強さを増した。
そして、呪文は完成を遂げる。
「……我は時の神ゾマーラと契約せし者、悠久の時を経てここに時空を超えよ、我にその門を開け――デジョン!!」
「待てッ、ヴォルマル ――――
魔方陣から強烈な閃光がほとばしる。
青年の叫び声とともに、場のすべての者がヴォルマルフの視界から消え去った。
再び、不気味な静けさが戻る。
ただひとり残ったヴォルマルフは、横たわる巨大な亡骸に背を向け、掌で悩ましげに顔を覆う。
苛立ちを込めた深い溜息を吐き、そして苦笑する。
「なんとも下劣な余興よ。ただ殺すならば、この場で事足りたものを」
――ゲームは始まった。
しかし、そんなことはどうでもよい。彼に必要なのは、むしろその後。
過程に意味は存在しない。それを求めるディエルゴの思惑は、一切理解できない。
「だが……そう悪い話ではないな」
それでも、利害は一致している。
彼は見た。“参加者”らの、あまりに強い眼差しを。底知れぬ生命の輝きを。
あれだけの優れた素材を集めることは、彼の住まう狭き世界に留まっていては、幾ら時間が有っても不可能に近い。
それに関しては、ディエルゴの力添えに礼を云うべきか。
これで、すべてが揃う。長らく待ちわびた悲願が、成就されるのだ。
「すべては、我らが野望のために……――」
【超魔王バール@魔界戦記ディスガイア 死亡】
【残り51名】
最終更新:2009年07月25日 09:50