薄暗い森の中でオグマは小さく息を吐いた。
似ている。
まず思ったのはそのこと。
首元に手をやれば、無機質な感覚が彼の手に伝わる。

「…懐かしいな」

自分の命が自分のものではない状態。
彼にとって、それは一度経験していたことであり、そしてそれは決して楽しい思い出ではなかったから。
自然とため息も出ようというものだ。

「もっとも、あの頃より数段状況は悪いが」

剣奴は目の前の敵さえ倒せば良かった。
自分以外の全てを殺さなければならないこの状況は、悪趣味の極みと言えるだろう。
もっとも――昨日まで共に語らってきた者を斬らなければならないことには変わりなく。
人間は人間を、思いの外簡単に殺すのだ。

「……」

支給品として配られた物の中の一つ、参加者名簿らしき冊子を見ていて気がついた。
大半が知らない名前であり、また、知った名前はそれぞれ彼にとっては非常に大きな名前であった。

マルスシーダ
自分が定めた、自分で決めた主君と仰ぐべき人物達。
どちらも心配だ。
あのお二人は、人が良すぎるから――。だが、だからこそ、剣を振るうに値すると思ったのも確かなのだが。
誰かが倒れたならそれだけ心を痛めるであろう二人を支える必要がある。

チキ、ナバール
共に、同じ道を歩み、ときに背を預けて戦った戦友たち。
とはいえ、チキの方は竜石がなければ無力な少女でしかない。
保護できる機会があれば良いが…最早、運を天に任せるしかない。
ナバールに関してはまた違う心配もしてしまうが。

「喧嘩っぱやいヤツだからなぁ…適当に引いてくれれば良いんだが…ん?」

そこでオグマの手が止まる。
自分の名であるオグマ、そしてナバールの間にある名前。
それはかつて、確かに己がその剣で斬った、戦友の名。

ハーディン…どういうことだ。あの、ハーディンなのか?それとも…」

同名の別人という可能性もある。
だが、もしあのハーディンだというのなら…あのヴォルマルフという男、もしくはディエルゴという存在の力は死者を蘇らせるというのか。
あの、オームの杖のように。

そこまで考え、オグマは瞑目し一度目先を変える。
考えるのは、今後のこと。
彼は預言者では無い。
だが、彼の瞼の裏に映る情景は、紛うことなき未来の――それであった。

死ぬ。
そう。どうやら、それはほぼ決まりらしい。

自分も、マルスも、シーダも。チキもナバールもハーディンも――。
オグマがどのような決断をしたとしても、それはどうも変更のしようがない事実のように見えた。
彼の手中にあるのは普通の剣、のみ。傍には彼らのうち誰一人として存在しない。
今から走り回っても全員を探し出すことはできない。
出会い頭にあらゆる人物を斬り殺して回っても、間に合うことはない。
一人、二人と消えていく。
最悪、一人目がマルスやシーダということもありえる。二人は決して弱い人間では無いが。
剣の腕だけを考えるなら、二人より強い人間は少なくないのだから。

他人の心配ばかりもしていられまい。己とて決して例外ではない。
支給品に剣が入っていたことは僥倖と言えただろうが、他のものにどのような物が支給されているか解らない。

あの忌々しい男の台詞を思い出す。
――脱出はまず不可能。
不可能と言い切らない辺りもいやらしい。
どれだけの人間がその一縷の望みに賭け。
死んでいく仲間、恋人といった現実に絶望し、狂っていくのか。
オグマには、視える。自分の命が他人の手に握られ、造作もなく潰される状態を常としていた彼には。

だが、だからといって。
短慮を起こすことも無かった。
何故なら、彼は、既に一度。

「…一度は死んだ身だ。それを、あのお姫様に救われた。…やるべきことは、一つだ」

どうして彼女が自分を救ったのか。
哀れみか、優越感を得るためか。
…そんなものではないことを、彼自身が一番知っている。

そのとき、彼の耳に小さな音が聞こえた。



アズリア・レヴィノス。
帝国軍海戦隊第6部隊部隊長である彼女は、荷物を確認し終えた後、現在自分のおかれた状況に怒りを覚えていた。
殺し合いをしてもらう、だと――。
一人になるまで殺し合え。こんな馬鹿げた話があっていいのか。
良い、はずが無い。

「くそ!…ディエルゴだと…どうして、ヤツがまた…」

憤りが心を満たす。
それゆえ、周囲への注意を怠った。
声をかけられ振り向けば、あまりにその距離は近い。

「何を声を出している。誰が近づいてくるか解らないぞ…驚かせたのなら、謝る。俺の名は、オグマだ」

くすんだ金髪と、そして何より頬の大きな十字傷が目立つ男だ。
そしてその挙動。
優れた武人でもあるアズリアは、一目で目の前の男の力を察した。
そして驚いた。
無骨そうな男が、思いのほか紳士的に謝罪をし、名を名乗ったことに。

「…アズリア・レヴィノス。…どうして、オグマ殿は私に話しかけた?」

所属は名乗らない。無用な争いは望むところではなかったから。
目の前の男から、敵意や殺意といったものは感じられなかった。
その気であるなら、ほぼ丸腰の自分を先の一瞬で斬り捨てることすらできたであろうに、だ。

「さて――どうして、か。そう尋ねられるのは少々予想外だが…」

がりがりと頭を掻く。
実際のところ、オグマもまた何故目の前の女に話しかけたのか、解らずにいた。
面倒ごとは避けるべき。
仲間たちとの合流を第一に考えるのならば、さっさと素通りしてしまえば良かったはずだ。

「どうやら俺とお前――アズリアと言ったか――は、同じような立場である…参加者のようだ。
お前が、この状況下で無差別に人を殺していき優勝しようとするのなら、俺はこの場でお前を斬り捨てねばならん。
だが、そうじゃないのなら…話をすることが、お互いにとって有意義じゃないかと思った」

言葉にすればそんな所だろう。
とはいえこんなことをしていては命が幾つあっても足りない。今後は自重するべきだろう。
相手の方を見遣れば、なるほど、と頷くアズリア。

「では、貴方にも殺し合うつもりはない、と?
勿論、私にもそんなつもりはない。話し合いが有意義だと思うことについては大賛成だ」

「ああ、俺も言われるがままに、はいそうですかと殺し合うつもりはさらさらない」

そう、そんなつもりは無いのだが。
嬉しそうに頷く目の前の女は、どうも簡単にこちらの話を信じてしまっているように思えて。
その様子に、逆にオグマの方が不安になる。

「お、おい。今の話をそのまま信じたのか?」

「え?嘘なのか?」

きょとんとした表情で問い返してくる。
嘘では無い。嘘では無いが、見ず知らずの人間の言葉をそんな簡単に信じられてもオグマとしては困るのだ。

「アズリア。この状況は言うまでもなく絶望的だ。
だというのに、そんな簡単に他人を信じてしまっては、すぐに殺されるぞ」

もっとも、例え信じなくとも一日でも生き延びていられる時間が延びるかどうか怪しいのだが。
そこまで考えてかどうかは解らないが、アズリアは柔らかく笑って言った。

「そうかもしれない。だけど、そうじゃないかもしれない。
ならば後は自分で判断し、自分で決めるしかない。私は、貴方は嘘をついていないと思った。
…私は軍人だ。少しくらいは、現実というものも解っている。
それでも…だからといって、他の人間を皆殺しにするわけにも、皆殺しになるのを傍観するわけにも、いかない。
私は、軍人だから」

決意の篭もった瞳で、真っ直ぐに見つめられオグマは鼻の頭を掻いた。
若いなりに、場数は踏んでいるようだ。
絶望を理解しながらも、一縷の望みを見失わない。

「私は人を見る目はあるつもりだ。
それに、オグマだって私が殺し合いをする気がないという言葉を信じてくれたろう?」

そんなことを、いい笑顔で言うのだ。
オグマにして見れば、そこまで簡単に彼女のことを信じたわけではない。
言葉は言葉として受け止め、鵜呑みにせずにいる。
しかし、こんな風に言われてしまっては、どうだ。どうすることもできない。

「…ま、そうだな」

「オグマ。私は何とかこの状況下から脱出したいと考えている。
…貴方の力を、私に貸してはくれないだろうか?」

「脱出、ね」

懐かしい話だ。
あの地獄から脱出したときは確か、そう。
仲間を皆逃がしたものの、遅れた自分は捕まり危うく地獄から別の地獄に落ちるところだった。

「それも、人を見る目とやらが成す技なのか?…まあいい。お前さんも中々使えるようだし、悪い話ではなさそうだ」

「では…!」

正直な話、アズリアから言われなければオグマから提案するつもりでいた。
彼女の仲間が減ってしまったときに、彼女を支えなければならないし、何より彼女は危うい。
口の上手いものが彼女に気づけば、簡単に利用されてしまいかねない。
この状況で、彼女のような存在は貴重だ。喪われるべきではない。
仲間が必要だ。
絶望から脱出する。それは、独りでは不可能だから。
そして、人々は恐らくこの女のような存在に惹かれるのだろう。
マルスやシーダの元に多くの戦士が集ったように。

似ている。
次に思ったのはそのこと。
目の前の女はどこか、出会った頃のマルスを彷彿とさせる。
まだまだ未熟な所はあれど、決して真っ白ではない。
その瞳に悲しみを宿しながらも尚、現実に負けず理想を抱いている。
奇妙な話だ。
こんな最悪な状況だというのに、いや、だからこそか。このような人物に巡り合うのも。

「そうと決まればとりあえず、この場を離れるぞ。
一つ所に留まれば、先に発見され先手を打たれることが増える」

「解った。オグマ、私はできれば仲間を探したいんだ。
弟のイスラや共に戦ったアティたち…それに、ビジュのヤツは少し別の意味で心配だし…」

表情を曇らせるアズリアの頭を、オグマはぽんと撫でる。
アズリアは一瞬、自分が何をされたのか解らなかったのか、無反応だったがすぐに怒り出した。

「な、何をする!?」

「ハハ、ま、暗い顔よりはそっちの方が良いだろう。
俺にも探したい仲間がいる。共に探していこう」

そう言って、オグマは歩き出した。アズリアも遅れまいと後ろを歩く。
大陸一の剣闘士と呼ばれた男は、紫電の剣姫を支えるべく行動を共にすることとした。


【F-5・森の中/朝】

【オグマ@紋章の謎】
[状態]:健康
[装備]:ライトセイバー@魔界戦記ディスガイア
[道具]:万能薬@FFT
[思考]1:アズリアを守護しこの状況から脱出するための、手段、方法を探す
   2:マルス、シーダ、チキが心配。
   3:ナバールにはある種の心配とある種の信頼。ハーディンに対しては疑問。
   4:仲間たちと合流

アズリア@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:ハマーンの杖@紋章の謎
[道具]:傷薬@紋章の謎
[思考]1:オグマと協力しこの状況から脱出するための手段、方法を探す
   2:イスラ、アティ、ベルフラウソノラと合流したい
   3:ビジュがあのビジュなら短慮を起こさないか心配。しかし、あいつは死んだ筈…。
   4:仲間たちと合流

000 オープニング 投下順 002 セーフティ・ゾーン(油断大敵)
000 オープニング 時系列順 002 セーフティ・ゾーン(油断大敵)
オグマ 038 もつれあう現実
アズリア 038 もつれあう現実
最終更新:2009年04月17日 00:52