視界が暗転。その唐突な展開に思わず目を閉じてしまい、そして再び開くとそこは先ほどとは打って変わった場所だった。
「…………」
声が出ない。わけがわからない。これは現実なのだろうか?
思考が追いつかず、かぶりを大きく振る。ここは、さっきまでいた場所とはまるで違っていた。
薄明かりの空の下、オレは広い通りの真ん中に立っていた。
「…………」
一つ大きく深呼吸し、この事態の把握に努めようとする。オレは街を歩いていた時めまいがしたかと思うと、なぜかあそこにいた。
どうやって連れてこられたのかまるでわからない。そしてどうしてか待ち受けていた
ヴォルマルフ――やつは言った。
「殺し合いをしてもらう……」
この理解不能なものに巻き込まれてから、やっと口にしたのはその言葉だった。自分で言っていてバカらしく思える。なんだそれは?
「……わからない」
ただそれが今オレを支配している感情。現状の不可解さに呆然とするだけだ。頭が重くなるような感覚を抱き、オレは目を閉じ額に手を当てた。
ゆっくりと呼吸をする。吸い込んだ冷たい冷気は肺へ渡り、胸を多少軽くさせてくれる。それとともに、思考も活発になり始める。
「ディエルゴ……」
リアルタイムでアイツの解説についていけなかったオレは、それまでの記憶の映像をゆっくりと再生させ、やっとその発言の場面まで行き着いた。
ディエルゴ。それがオレたちをここに呼び寄せたモノ。どうやらヴォルマルフもそいつに連れてこられ、“司会役”をやらされているらしい。
そしてオレたちはというと、“殺し合いゲーム”の参加者役に割り当てられたらしい。
「…………」
ああ、やはり理解不能だ。わけがわからない。狂っている。狂っていやがる。
あの部屋にいたやつらと殺し合えと? あそこには
ラムザやほかの仲間もいた。あいつらと殺り合えってのか?
バカげてる――
「――――!?」
後方から物音を聞き取り、オレは慌てて振り向き身構えた。ここに移動させられてから、かなりの時間立ち尽くして思考していた。
ヴォルマルフの説明どおりだと同じくして連れてこられた誰かかもしれない。そして、その説明どおりだとオレは呑気に対応していられない。
「だ、誰だッ?」
声がすこし震えているのを自覚する。内心で自嘲しながらオレは一歩退いて音の聞こえた方向を睨みつけた。住宅間の路地。そこからかすかな音したのだ。
時間にしてはほんの数秒だったのかもしれない。しかしオレは、極度の緊張によりそれが永遠にも思えるほどに錯覚させられた。
しばらくして、一つの音。
「カァ」
「…………」
オレはずいぶんとマヌケ面を浮かべた。ああ、まったくカッコ悪い。
「あっはっは……」
ただの鴉じゃあないか。何をオレは恐れていたんだ。冷静になれよ、ムスタディオ・ブナンザ。
苦笑を浮かべ、オレは足元に置いてある袋を手にした。考えるにしても、まずは移動をしなくてはならない。
こんなところにいつまでも突っ立っているわけにもいかないだろう。
「さて」
オレは早足で最寄りの住宅の玄関まで行きドアに手をかけた。幸いにもそれは容易に開き、オレをひとまず安心できる安全地帯に招待してくれた。
簡単に一階を覗き、居間らしき部屋を見つけてソファーに腰掛けると、オレはそれまで手にしていたデカい袋をテーブルの上に置いた。
ここから外の様子は見れないが、無数ある住宅の中からここを探り当てるのは難しいだろう。
いつまでものんびりといるわけにはいかないが、これからどうするかを考える時間ぐらいはなければならない。
「……さて」
オレは立ち上がり、天井から垂れ下がっている一本の紐を引っ張った。一瞬の遅延の後、備え付けられた装置から白光が降り注いだ。
オレは苦笑を浮かべた。やはり認めるしかない。
「転送機……」
親父の言っていたことを思い出す。次元を超えて異世界を旅するための機械。ディエルゴは数多の人間をこの世界に呼び寄せた。
呼び寄せられた彼らはおそらく、それぞれまた違った世界の住人だろう。
ディエルゴは次元を超えた召喚を行う技術――それが転送機のような機械によるものかはわからないが、“力”を有している。
「……クソッ」
オレは腕組みをして目を閉じた。残念ながらオレには抗う術を持っていない。オレの知りうる知識技術なんぞ、やつの足元にも及ばない。
ただこの住宅一件の中だけでも、オレの知らぬ技術が溢れているのだから。
もしこれが、こんな狂った状況でなければ、この宝の山に狂喜していた。しかし今はそんな余裕なんてない。
オレに何ができる? オレ一人ではどうしようもない。まずは仲間が必要だ。何かこの世界を脱出する手がかりを持った人間がいるかもしれない。
そうだ、彼らを探そう。それがオレにできることだ。
目を開く。オレは迷わずテーブルの上に置いてある袋を逆さにした。中身の確認はしておくべきだろう。
「ん?」
いくつかのものが散らばり、ころころと転がってテーブルから落ちた。そしてごとりと音を立てるものが二つあった。
どちらも鉄の塊だ。ただ、一方の塊には見覚えがあった。
「こりゃ……!?」
それは“銃”だった。形状はすこし違うが、間違いない。各部位がスマートで手に収まるほど小型のものだ。
手に取り構える。慣れた鉄の感触と重み。弾はすでに装填されている。
オレはいったん銃を置くと、しゃがみこんでテーブルの下に落ちたものを拾った。
「やっぱり弾か」
ぜんぶで十二発。装填されているものも含めると、十八発。戦闘するにしても十分な弾数だ。……そうならないことが一番だけども。
オレはもう一つの鉄塊に目を移した。ランダムに支給されるものが二つということらしいから、これがもう一つだろう。
「なんだ……」
さほど大きくはない。手で握れるほどの直方体の機械。ボタンが一つついているだけだ。
「…………?」
わけがわからずそれをテーブルに置くと、散乱しているものの中に一枚の紙があることに気付いた。
文字が書かれている。それを手に取ると、オレは文字を読み始めた。
“ボタンを押したままこれに向かって話すことにより、その声が参加者全員に行き渡る。
使用回数に限りはなく、随時使用が可能である”
どういう理屈でそうなるのかはわからないが、ここにそう書かれているかぎり信じるしかない。
オレはもう一度、慎重にその機械――拡声機を取り上げた。なるほど、これは使いようによってはかなりの影響を及ぼす。
皆に呼び掛け結束を促す――ということは無理だな、と苦笑した。それが簡単にできたら、わざわざこんなものを参加者に渡すだろうか?
参加者を記した名簿に目を移す。それを片手に取り、五十音順に並べられた名前を目で追っていく。
ウィーグラフ、
ガフガリオン――たとえこんな状況であっても、素直に事が進むとは思えない。
それに、積極的にこの殺し合いに参加をするという輩もいないとは限らない。
「二十四時間以内に誰も死ななければ、全員の首輪が爆発。そして勝ち残れば望むままの褒賞――ゲームの優勝賞品……」
前者によってやむを得ず殺人を決心する者、後者によって喜んで殺人を決心する者がいるかもしれない。
うかつにこの拡声機を使うことはできない。そういう人間がやってくる可能性もある。
「…………ふう」
思わずため息が出る。時計を確認すると、針は七時近くを指していた。一時間経過したことになる。早いものだ。
これからどうしようか。ラムザや
アグリアスはそう簡単にはやられないだろうが、彼の妹の
アルマは戦闘なんてまるでできない。
一刻も早く、仲間たちと遭遇しなくては。知人でなくともこんなバカげたゲームから脱出しようと思っている人間もいるはずだ。
彼らとも手を取り合って、なんとかしなくてはならない。
「よし」
ソファから立ち上がり、テーブルの銃を腰のベルトに差し、地図を右手に持つ。それだけして、いったんオレは居間から離れることにした。
向かう場所は、ここの二階。地図を眺めながら階段を早足で上る。最後の一段を終えて、オレは二階の部屋を見回した。
正面に大きな窓があり、そこから部屋全体を暖かな光が照らしている。すこし目を細めながら、オレはその窓に歩み寄った。
窓枠に手をかけ、顔を出してまわりを見渡す。人っ子一人いない街は不気味なほどの静寂に包まれていた。
ここにいれば人が集まってくるだろうと思っていたが、影はまだ見当たらない。あるいはオレと同じようにこうして家の中に潜んでいるだけなのか?
しかし、どうしてもじっとしていられない。ここはG-5。ここから東西に大きな街道が続いている。そこを歩いていけば誰かと出会う可能性が高い。
決めた。ここから西へ移動する。街道に沿ってE-2の城へ。途中の道ではたとえ危険人物に遭遇しても大丈夫だ。
オレは腰の銃に手を当てた。見渡しが利き障害物のない道中ではこれがあれば安心だ。
これからの予定を決めたオレは踵を返した。さあ善は急げだ。オレにもできることはある――
ばさりと羽ばたく音。ほぼ無意識的にオレは振り向き、腰の銃を構えていた。
「――なんだよ、驚かすなよな……」
はあ、と緊張を解いてため息をつく。本日、これで二度目だ。まったくこの鴉はオレの寿命を縮める気か?
オレは肩をすくめると、窓枠に止まながら人を見下すような目つきをしている鴉に背を向けた。わざわざ追い返す必要もない。
どうせすぐにここから立ち去るんだから――
「地に眠る醜悪な妖精よ……」
――――
「そのかぐわしき息吹を……」
そこで、オレはやっと理解した。詠唱――魔法だッ! 慌てて振り向く。一人の初老の男がいた。
ニヤリ、とそいつは笑った。
「大地に放て……」
なぜ男がそこにいきなり現れたのか、そんなことはどうでもいい。間に合え、間に合えッ!
腰に手を伸ばし、銃を一瞬で構える。撃鉄を操作し――
「アシッドクラウド……!」
人差し指に力を入れたところで、鈍い音とともに視界が緑色に染まった。
「な……!?」
目に強烈な痛みが走った。身体が重くなり、思わず膝をついてしまう。クソッ、どうなってるんだ!?
「ぐ……ぅ……」
呼吸とともに、胸にも異常があると感知する。それは即座に痛みへと変化した。耐え難い苦痛にオレは咳き込んだ。
「ぐぁッ!」
理解した。ガスだ。吸ってはならない。ここから離れろッ!
力を振り絞り後ろに跳ぶ。ほんのすこし離れただけだが、それだけでも魔法の脅威から逃れられたようだ。
さあ、銃を構えて――
「……しまっ――!」
目が見えない。視界が涙で歪み、どこに何があるのか判別できない。どこにいるッ!?
……ダメだ、こうなったら、とにかく撃つしか――
「残念でしたね」
腹部に激痛。すぐに腹を刺されたと気付く。
「まあ、私のために死んでください」
ぬちゃりと腹から刃物が抜ける音。が、次の瞬間には新たに肉を突き刺す音。
「あなたの死体は“有効活用”して差し上げます」
ごめん、ラムザ。オレの分までがんばってくれ。
「では、さようなら――」
絶えず不快な音が続く中、オレは発狂してすべての判別がつかなくなった。
【G-5/住宅街/一日目・朝】
【
ニバス@タクティクスオウガ】
[状態]:健康
[装備]:ビーストキラー@暁の女神
[道具]:支給品一式
[思考]1:住宅内の捜索、死体処理(ゾンビ化)
2:保身を優先、隙あらば殺人
【ムスタディオ@FFT 死亡】
【残り50人】
※
ムスタディオの手にリムファイアー@タクティクスオウガ、一階の居間に拡声機
※ニバスのもう一つの支給品は不明
最終更新:2009年04月17日 00:52