てくてくてくてくと歩き続ける。
ふと、川のせせらぎに耳を傾け、目を瞑る。
思い浮かぶのは波の音。アシカ号。自信に満ち溢れたホームズの――

「どうしたカトリ?」

ルヴァイドの声を聞いてはっと目を開け顔を上げた。
端正な顔をした、彼のワインレッドの瞳がこちらを見ている。

「あ、ごめんなさい…ちょっと、水の音を聞いて船に乗っていたときのことを思い出して」
「そうか。ホームズもそうだといいのだがな」

今はとりあえず、ホームズを捜すことを優先としている。
ホームズは私掠艦隊長(というかほとんど海賊)みたいなので、
水の近くにいるのではないかというカトリの提案に賛同して川に沿って南下している。

正直なところ、安直極まりない上に見通しがよいので本来ならリスクの高い選択ではあるが…
ルヴァイドには"首輪探知機"という強力なアイテムがある。
直径が1エリアほどにも及ぶ範囲の首輪を探知することができるのである。
早めに逃げることも可能だし、見通しがいいとはいっても草が生い茂る草原。
隠れるのもそれほど難しいことはないだろう。

最悪、戦うことになったとしても黒の旅団を率いていた身。
自由騎士団『巡りの大樹』への参加も考えて訓練は怠ってはいない。
そう簡単にやられるとは思ってはいない。
そのとき――

ピッ…

「…首輪探知機の音?」
「そのようだな」

ルヴァイドは先程音を発した左腕のリングに軽く触れた。
すぐにほのかに青く光る球体が出てくる。

「南のほうから感知圏内に反応が入ったようだ。反応がひとつこちらに向かってきているな」
「ホント?ホームズかしら?」
「分からんが…このままだと10分もすれば俺達の視界に入るだろう。
 危険人物の可能性もある。このまま逃げてもいいが…どうする?」

ルヴァイドがカトリを見た。
わずかだが口の端が吊り上がっている。カトリの返答が分かりきっているからだろう。
すなわち、

「会いに行きましょう!ホームズかもしれないもの!!」



もちろん、『こんにちは』とかぬかして堂々と会うわけもなく。
二人は草原にうつ伏せに寝転がり様子を伺っていた。
淡いながらも光を発する首輪探知機の青い球体はしまいこみ、静かに前方を観察する。

やがて見えてくる人影。まだ若い青年だ。
マグナとそう大差ない年齢のように見える。
だが雰囲気はまるで違っていた。
少し丈の短い剣、いや刀か――を持ち、草を踏み分け歩いていた。
そしてその目。獲物に飢えた猛獣のような目をしている。
ルヴァイドの経験が告げていた。危険人物だ。

「一応聞くが…カトリの知り合いではないな?」

予想通り、カトリは首を縦に振った。
この質問をしたということはルヴァイドの知り合いでもないということ。
それを分かっているのだろう、カトリは口を開くことなくルヴァイドの顔を見ていた。
ルヴァイドの次の発言を必死に待っているようだ。
その顔は不安で仕方がないといった表情。
カトリから見てもあまり人相がいいようには見えないのだろう。
同じように人相の悪いメルヘンとは違う、明らかな恐怖を感じさせる雰囲気の持ち主なのだ。

「そのまま気配を殺せ。やり過ごすぞ」

静かにルヴァイドが告げた。
カトリも少しほっとした様子で、寝転んだままその青年のほうに顔を向けた。

風がたなびき、青々とした草の葉を揺らしていく。
草原の海を、草の波が流れていく。

草の波は青年を過ぎ去りそのまま二人の潜む場へと流れてくる。
そして通過する。

これは神のいたずらか何なのか。
青き波に乗っている草々は踊りのステップを間違えたのか。

ねこじゃらしがカトリの鼻をかすめた。

「………」
「お、おい。まさか…」

カトリが顔をしかめた。むずむず。そんな効果音が聞こえる気がする。
そんなお約束の展開になってたまるかと言わんばかりに
ルヴァイドがカトリの口に手を伸ばしたが…
うつ伏せになっていて手を出すのが遅れたのが仇になったか、時既に遅し。

「くしゅん!!」

戦いの火蓋は、非常に情けない開戦の合図によって切って落とされた。



「よぉ。草の上で女と仲良くネンゴロか、随分楽しんでるみたいだな。俺も混ぜてくれよ」

嫌悪感のする笑みを浮かべ青年がこちらに近寄ってきた。
黒い鎧にピンクのローブを着た二人だ。
この青い絨毯の上で、存在に気付けば見つけるのは簡単だっただろう。

「お前はこのゲームに"乗る"つもりは―――聞くだけ無駄のようだな」

立ち上がり、ルヴァイドは問いかけようとしてやめた。
武器を抜き、これだけの殺気を放っている相手に馬鹿な問いをする気はさらさらない。
ルヴァイドも剣を構える。

「分かってるじゃねぇか。死ねッ!」

男がルヴァイド目掛けて突進してきた。そのまま刀を斜めに振り下ろす。
ルヴァイドは後ろに軽く跳び、袈裟斬りを回避。
すぐにルヴァイドも反撃に転じる。
バルダーソードを半円を描くように一気に男へと振り下ろした。

「馬鹿めッ!」

ここまで全て、襲撃者――ヴァイスの目論見どおりだ。
この斬撃を避けた後にできる隙をついて一気に反撃。
少しダメージを負わせれば、あとはジワジワなぶり殺すだけだ。
後ろにいる、明らかにおびえている女なんてものの数ではない。

振り下ろされた剣を先程の袈裟斬りの勢いに任せて身体をひねって回避。
ひねった身体をそのまま回転させ、
遠心力をこめた一撃で胴体を真っ二つにしようと刀を振るうが。

(…ッ!!?)

普通、攻撃した後には隙が残る。特に、剣を上段から一気に振り下ろすなんていう
力任せの攻撃をした後なんかは余計に。
だが、この黒い鎧の男は――自分が一回転をしているうちに、完全に隙が消え去っていた。
それどころか、先程振り下ろしたはずの剣が自分に向かって下から伸びてきて――――

(!!)

とんでもなく素早い第二撃目が自分に向かってきているのを認識したが
力任せに遠心力を乗せた攻撃をしようとしたのが仇になった。
いまさら、回避運動なんてとてもではないができない。
普通、力任せの攻撃をした後はもちろん前にも、それ相応の隙ができるのである。

自身の刀の軌道を無理やり下方修正。黒い鎧の男の剣に打ち込むような軌道へと。

振り上げる剣が予想以上に速い。
刀が剣に達する前に自分の身体へと迫ってくる。
このままでは致命傷は必至だ。
攻撃に偏っていた動きを強引に回避にまわす。
ほんのすこしだが上体を反らせることができた。
刀を振りながら、さきほどと同じように身体をひねる。

ザシュッ!

鋭い痛み。
右の二の腕を黒い鎧の男の刀身が切り裂いた。決して浅い傷とは言えない。
一方、ヴァイスの攻撃は相手のふとももを、ほんのわずかにかすめただけ。
猫にひっかかれるのといい勝負だ。

この時点で勝敗を決していたか―――いやまだだ。
目についたのは、男の後ろで怯えている赤い髪の女。
こいつを人質にとる。そうすればまだ望みはある。

痛みをこらえて駆ける。黒い鎧の男の脇をくぐり抜け、女のところへ行こうとして――
足が止まった。

傷が原因でもない。戦意を失ったわけでもない。だが――

真正面から、黒い鎧の男がこちらを見ていた。

ワインレッドの瞳から放たれるその眼力。
歴戦の戦士であることを物語るその威圧感。
身体全体から放たれるその圧倒的な闘気。

影が縫いつけられたかのように、足が前へは動かない。
それどころか後ろに動きたがっている。

(この男…ヘタすりゃランスロット・タルタロスよりヤバい……!!?)

「くそッ!」

右腕からの出血は止まる気配はない。応急手当をしないと後々の行動に支障をきたす。
もうヴァイスには退くしか選択肢はなかった。


「大丈夫ですか、ルヴァイドさん!?」
「かすり傷だ。治療するまでもない」

男が逃げ出した後、カトリは心配してルヴァイドのふとももの傷を見たが
本当に治療するまでもなさそうな浅い傷だった。

「それにしても………正直、退いてくれて助かった」
「え?」

カトリにとってそれは意外な発言だった。
ほとんど素人に近い彼女の目から見ても、ルヴァイドが優位に見えたのだが?

「あの男の刀が足をかすめてから、急に…腕が重くなった。
 俺も闘気を叩きつけたが…あの男が逃げなければどうなっていたか」
「まさか…毒?」

カトリが自分のことのように顔を青ざめて言った。
もしそうだとすれば、薬草も何もない今ではかすり傷でも決定的な怪我になりかねない。

「いや…斬られたのが足だが重いのは腕だけだ。毒ではないだろう。
 どちらにせよあいつが戻ってきたら厄介だ。ここからは離れたほうがいいな」

足元の手頃なサイズの葉で剣についた血を拭き、ルヴァイドが言った。
戦うことはできないみたいだが毒ではない。元気そうだ。
カトリは全身の力が抜けるような感覚に襲われた。

「分かりました。北に戻りましょう、ルヴァイドさん」


身体の調子が戻るまで身を隠すことは容易だろう。
なにせ、彼らには首輪探知機があるのだ。二人ともそう考えていた。

【E-4/平原/一日目・昼】

【カトリ@ティアリングサーガ】
[状態]:健康
[装備]:ゾンビの杖@ティアリングサーガ
[道具]:火竜石@紋章の謎、支給品一式
[思考]
1:ホームズ達と合流する
2:ルヴァイドに付いて行く
3:あまりゾンビの杖を振り過ぎないようにする

【ルヴァイド@サモンナイト2】
[状態]:ドンアク、レベル+1
[装備]:バルダーソード@タクティクスオウガ
[道具]:首輪探知機、支給品一式
[思考]
1:安全なところで腕の重みが取れるまで休む
2:自分とカトリの知り合いと合流する
3:赤髪の女性(アティ)、金髪の青年(ラムザ)を探す
4:信用できる人物を探す
5:戦いを挑んでくる相手には容赦はしない

【備考】
ドンアク:Don't actの略。つまり行動禁止。移動以外の行動ができなくなる。
ただし、白刃取りや装備武器ガードなどのリアクションアビリティに関しては
ちゃんと行動できる。
呪縛刀の追加効果によるもの。時間経過やアイテム・治療魔法で簡単に治る。


【ヴァイス@タクティクスオウガ】
[状態]:右の二の腕に裂傷(出血中、戦闘に支障あり)
[装備]:呪縛刀@FFT
[道具]:支給品一式(もう一つのアイテムは不明)
[思考]1:安全なところまで逃走
   2:殺せるときには殺す。無理はしない

038 進むは時間、止まるは… 投下順 040 アルガスの受難
037 ある一室での話~子守り剣士と気高き幼女~ 時系列順 042 誤解絡む情報交換
010 火竜の出会い カトリ 062 鷹と竜と聖騎士と
010 火竜の出会い ルヴァイド 062 鷹と竜と聖騎士と
040 アルガスの受難 ヴァイス 049 手負いの獣
最終更新:2009年04月17日 09:26