恥ずかしい思い、嬉しい思い、やるせない思い、そして許せない思い。
様々な思いを抱きながら、私はこの目の前にいる漆黒の騎士ことゼルギウスさんと
食事を交えながら私のいた民家で会話をすることになりました。

はじめてこの家の前でゼルギウスさんと出会った時、私にはこの方が到底人には見えませんでした。
心より戦いのみを望み、傷つけ合いを喜び、そしてそれ以外には何も持たず、興味さえもない。
まるで全てが人と異なる、人間の血が通わない怪物が私の元へ訪れたようにさえ思えました。
今まで一度も出会った事のない、悪意とも異なった純粋な“狂気”。
戦いより言葉を信じる私には、決して受け入れる事はできません。

ですが、それは漆黒の鎧に覆われた彼の想いを何も知らないからであり、
そしてこの行動には何らかの彼なりの理由があるのかもしれません。
現にこのように素顔を見せ話しをするゼルギウスさんは、私達と同じく物事を考え、
そして時には冗談を交えながら笑う、一人の人間なのですから。

その複雑な心を解きほぐし、説得することができれば、
ゼルギウスさんもこのような事は止められ、ともすれば私達の力になってくれるかもしれません。
――私は慎重に、根気強く彼と接することにしました。



「空腹のアティ殿に手料理の一つでも振舞いたいところだが、
 生憎今火を起こすには危ないからな。それは許してほしい。」

そう言って、ゼルギウスさんはまた私をからかいます。
兜を脱いで名を名乗り、そして自らの立場を名乗る以上、
これからの会話が真剣なものとなる事は私にも想像できます。
その事で、少々顔が強張っていたのでしょう。
それを察して、こうした態度を取っているのかもしれません。
って、それなら逆に私が気遣われちゃってますね…。

ですが、私は一つ考えるところがあり、あえてこう返答してみました。
「それなら、一つお料理お願い致します。ゼルギウスさん♪」

…ゼルギウスさんの翠の瞳に、みるみる剣呑なものが宿ります。
状況を考えれば、近くに人がいるかもしれない中で炊事を行うことがどれだけ危険を伴うことか?
少し考えれば想像がつくことですから、私がふざけているようにしか見えないのでしょう。
無言で私を見つめるゼルギウスさんに、さらにこう答えます。

「私の事なら心配はご無用です。もしいざとなっても一人でなんとかしますから。」
「それに近くにいる人って、多分カーチスさん…私の仲間の事だと思います。」
「もし万が一違っても、それはそれでゼルギウスさんの望むところですから、問題はありませんよね?」
 …ですから、折角の貴方からのご提案に甘えてもよろしいでしょうか?」

本当はカーチスさんも含めて今はあまり誰にも来てほしくないのですが、
ゼルギウスさんの事をよく知るには、何か少しでも戦い以外の事に関心を向けるべきだと思いました。
様々な危険は伴いますが、そのくらいの事はしなければ手がかりはつかめないでしょう。
――その私の考えに同意するようにお腹の虫がなり、さらに恥ずかしい思いをしましたが。
…別に、私がお腹すかしているからってだけじゃないですからっ…!

「…そうか。アティ殿がそこまでいうなら、その期待に答えよう。…二言はない。
 だが、台所にあるものは適当に使わせてもらって構わないか?」

ゼルギウスさんは無言で私をしばらく見つめ、何故か自らの懐の中を確認すると、
やがて呆れたような、苦笑するような複雑な表情を浮かべると、深く頷きました。

「手早く済ませるがそれは容赦してほしい。余計な手出しは無用故、貴殿はそこで休んでいればいい。」

そう答えるや否や、ゼルギウスさんは早足で台所に向かい、
そこに置いてある食糧や調理器具を慎重に吟味してまな板の上に置きました。
最後に取り出したものは、以前島の集落で何度か頂いた事のある「お米」でしょうか?
それを全て鍋に入れると手甲を慣れた仕草で脱ぎ、手早く研ぎ始めます。
今の表情は引き締まり、眼は真剣そのもの。目まぐるしく動き出します。

流石に先ほどの大斧は彼の手元に、いつでも握れる位置にあるようですが、
出で立ちさえ違えば、料理人と言っても通用する手際のよさです。
何一つ無駄のない器具の置き場所と、流れる川のような見事な動き。
それでも何か手伝おうと近づく私を、ゼルギウスさんは手で制止します。

「貴殿はゆるりとされるがよかろう。もし暇ならば、出来れば貴殿の事を聞かせて貰いたい。」

私の出る幕、なさそうですね…。

料理に集中するゼルギウスさんに、自己紹介を兼ねてこれまでの出来事と仲間達の事を話しながら、
何事もなく待つことしばらく。みるみるうちに香しい匂いがあたりを立ち込めます。
あっという間に3人分の盛り付けまで終わらせてしまいました。

「野菜炒めと白米の組み合わせ、ついでに粉吹き芋だ。豚の腸詰も使っている。
 持久力を養うなら米は取るべきだ。肉の方が旨いのだが野菜のほうが健康には良い。
 ここでの在り合わせではこの程度だが、それは許されよ。」

出来上がった料理の食欲をそそる、素晴らしい匂いが部屋中に立ち込めます。
もしかすると、材料さえ揃えればオウキーニさん並の腕前かも?
…ゼルギウスさんに、まさかこんな凄い才能があったなんて。
自分でも、顔が緩んでくるのがはっきりとわかります。

「人に食事を振る舞うのは十数年振りとなるが、そこまで喜ばれるとこそばゆいな。
 我が師は料理は出来ぬのに味には随分と五月蠅く注文をつけたものだが。
 ゆえに師の婚約者に教えを乞い教わったものだ。」

そういって、ほんの少し頬を緩ませるゼルギウスさん。
その笑顔は先ほど見せた気配りによる演技ではなく、自ら心よりそう思ってのもの。

「我が師、神騎将ガウェインに剣の師事を受けてしばらくしてからの話だ。
 突然、『師の身の回りの世話が出来なければ剣は一切教えぬ』と言い出し、
 私に家事を行わせ始めた。当時、婚約者がいるにも関わらずな。
 私は師に剣を教わるためにと、必死で覚えたものだ。
 今では行わなくなって久しいが、家事は一通りこなせる。」

「でも、それはゼルギウスさんの事を思ってのことですよね?」

騎士見習や侍従にも、普通そこまではさせないものだと思います。
以前私もベルフラウの性格に少し危うさを感じて、島の仕事のお手伝いをさせた事がありますが。
もしかすると、あえてゼルギウスさんに家事全般をさせていたのも…。

「…おそらくは。今のアティ殿が私に料理を作らせた真意とそう変わらぬだろう。」

最初から、気付かれていましたか。でも、私のまさか想像通りだなんて…。

気まずい思いをして俯く私に、ゼルギウスさんは優しく語りかけます。

「気にしてはいない。むしろ昔を思い出す機会を与えてくれた事に、心より感謝している。
 当時は師を横暴だと思い憤りさえ感じたものだが、今となっては懐かしいものだ。
 何より、我が師は私の思いにも常に全身全霊で向き合い、
 そして真剣に人とぶつかり合う最高の手段を教えてくれた。
 昔から私はどこにおいても異端であり、存在を無視するか否定するものしかおらず常に孤独だった。
 だが、 あの御方だけは常に特別だった。今ある私は、師無しにはありえぬだろう。
 アティ殿も、ベルフラウ殿にとってそのような師になられるといい。」
「…恐縮です。」

その子供の様に純粋な笑顔に、こちらの胸にまで温かいものが広がります。
この方は、決して人間の血の通わない怪物ではありません。
いえ、むしろ誰よりも寂しがり屋で、人との繋がりを誰よりも欲した一人の人間でした。

「後に私が師の元を去ってからも私は己をさらに磨き続け、再会の暁には
 これまでの教えで得られたものを、そして過ごした歳月を師に語り尽したかった。
「だが、その十数年後に再会した際、師は私の問いに、想いに答えられぬようになり果てており、
 そして私には何も語らずに死んでしまわれた。事情は後に師の息子に知らされたが、それだけが残念だ。」

ゼルギウスさんが昔を、師を語る様子はどこか遠くを見るようで、
思い出を懐かしんでいるようでも、失われた時を悲しんでいるようでもありました。
その表情から、全てをうかがい知る事はできません。
ですが、それでも出会った頃からは考えられない、人間らしい表情をその顔に浮かべていました。
貴方を、たとえ一時でもあまりにも非人間的だとまで思ったことを心より恥じます。
…私の視線に気づいたのでしょうか?ゼルギウスさんは私を見て急に真顔に戻り、こう一言。

「そこまで料理で顔を綻ばせるのは光栄だが、まずは涎を拭かれよ。
 見ているこちらのほうが恥ずかしい。
 念のため言っておくが、カーチス殿の分までは取らぬようにして頂きたい。
 続きは食事の後としよう。そうでなければ、耳を素通りされそうだ。」

………少々、この人は意地悪ですが。
ですが、私が思っていた以上にこの方はあまりにも人間らしく、
人間としての喜び、悲しみを知っている方でした。
今のゼルギウスさんの雰囲気も、目に見えて柔らかいものへと変化しています。

お腹も心も満ち足りた食事を終わらせ、一息付いてからの事。
穏やかな顔から一転、ゼルギウスさんの顔が張りつめたものに変わります。
「最後に、先ほどの質問前に他に私に聞きたいことはないか?アティ殿」

…“最後”に?何故、“最後”に?言い知れぬ不安が募ります。
ですが、流石にこういつまでもくつろぐわけにもいきません。
今はありません、とお答えします。

「では、先ほどの問いに答えよう。
『何故そこまで命の奪い合い、傷つけ合いにこだわるか?』
『何故言葉というものがありながら、お互いにそれで理解し合おうとも思わないのか?』
 答えは至極明快な事。言葉にさほど価値を見いだせず、
 ゆえに話し合いで理解し合おうとも思わないからだ。
 そして、そのアティ殿の言う“命の奪い合い、傷付け合い”だけが 私の生甲斐であり、居場所でもある。
 そして、それだけが今の私の生きる意味だからだ。」

「…えっ?」
耳を疑いたかった…。最も聞きたくない答えだった…。
あれほどまでに師を慕い、そして感情豊かなで人間らしい方に見られたのに…。

「私は生涯においてその貴殿の言う傷付け合いの場所でしか
 人と交われなかったし、それでしか自己を表現できぬからだ。
 私は戦いの中で敗れてこの命を含めた全てを失い、そしておそらくは貴殿の言う
 ディエルゴとやらに戯れで蘇らせられ、こうして生き恥をさらし続けている。」
「主催者に恩義を感じ、この宴に乗ったというわけではない。
 だが、私は二度めの今の生に意味をもう一度得、存在を取り戻したい。
 ゆえに、無意味な殺戮は望まぬが戦いを心より望む。」

この方は、ふざけているわけではありません。決して嘘をついているわけでもありません。
ただ、真摯な態度であるがゆえに、それが残酷なまでに嘘偽りない事実であることが、
この私でもわかりました。

「でも、だからといって人を傷つけてよい道理はありませんっ!
 そして、何故“英雄”とまで呼ばれた方が、人を苦しめる行為を勧んで行うのですかっ?
 それは、責任ある立場にあった方のとる行動ではありません!」

ゼルギウスさんは、私の詰問に、ただ淡々と述べ続けます。

「…勘違いしているようだな。“英雄”という呼び名も、かつての立場も、
 何も知らぬ者達が私の演じ続けた人格に酔いしれ、勝手に私に与えたものに過ぎぬ。
 何一つ、こちらから欲したわけではない。“英雄”の真実など、所詮そのようなものだ。
 それに全てを失い関係を断たれた今となっては、そのような者達の思いにまでは責任など持てぬ。」
「そんな、貴方は…!」
「人でなしだと思うか?ならば、まさにその通りだ。
 私は女神の摂理に反して生まれた以上、はじめから人ではない。」
「人々の言う正義に興味はない。戦いの勝敗にすら意味はない。
 唯一の関心は、私がこの地獄の釜の底でどこまで踊り続けることができるという一点のみ。
 参加者が皆期待外れであった場合は、あのヴォルマルフという進行役と、
 ディエルゴなる主催者にその責を負わせるまで。私が逆に倒されれば、所詮それまでの事。」

ゼルギウスさんがどういった生まれと育ちであるか、そこまでは理解できません。
ただ私にもわかることは、この方は単に孤独なだけではなく、自分に絶望し、人に絶望し、
全てが信じられないからこそ何も大切に出来ず、そしてそれを自覚ながらも再び破滅に向かおうとしている。
そのことだけは、はっきりと理解できました。
なぜですか?一体どうしてですか?
貴方は師に人とぶつかり合う最高の手段を、教えてもらったわけではないのですか?

「では、貴方の言っていた『師の教え』とは、一体なんだったのですか…っ!」
「我が師は大陸随一の剣の使い手。あくまでも本分は剣技にある。
 そしてそこから考えられる最高の手段とは、元軍人であるアティ殿にも理解できようものだが。
 戦人としての最高の喜びであり、そしてその存在を証明する手段とは、一体何だ?」

この方は、まさか、自分の師を…?
いえ、決してそうと限ったわけではありませんし、なによりゼルギウスさんの師は
人との傷付け合い方を教えたくて剣を師事したわけではないはずです。
師は貴方の危うさを感じて、剣以外の世界も懸命に教え、
貴方もそれを理解しているはずのではなかったのですか!

「師とは、ただものを教えるだけのものではありませんっ!
 学ぶということを通じて、生き方を示すものなのですっ!
 貴方は師の考えを理解していながら、貴方は、貴方は…っ!」

受け売りではありますが、私の先生から教わった大切な、一番大切な言葉。
貴方からはそんな言葉を聞かされたくはなかった…。
師が貴方を思いやる心を知りながら、貴方はどうしてそれを踏みにじるような行いをするのですか…っ?

「残念だが、私には師のような生き方は到底出来ぬ。あの方の生き方は、私には眩しすぎる。」
「ならば、せめて師が私に授けた剣技のみをこの世に伝え残す事が最大の礼儀。
 それに、元より居場所などなく、その存在を欺き隠し続けることしか出来ぬのこの私が、
 この戦いという自分を表現できる最高の手段を今さら捨てることなど出来ぬ。
 アティ殿にとっては忌まわしい行為にしか見えぬだろうが、私にはこれこそが己の居場所なのだ。
 私の住まうべき世界を、その綺麗事で穢さないで頂きたい。」

「それに、戦いには貴殿の紡ぎだす“言葉”とは違う。
 偽りも飾りもなく、存在の本質も知らずして無責任に褒め称えたり貶めるといった事も決してない。
 全ての差異を超えて等しく語り合える、唯一にして最高の手段。そして、戦場は語らいの場だ。
 無視は許されず、そして己が存在全てを賭さねばならぬゆえ、誰もが真剣に向き合わざるを得ない。
 私は言葉ではなく、剣にて初めてその人の費やした歳月とその思いの強さを理解する。
 …そして、その生き方の規範を教えたのは、他ならぬ我が師ガウェイン。」

ゼルギウスさんは死刑宣告のように、私にその嘘偽りなく胸の内を語ります。

「では、何故あのように私に優しく語りかけたのですか…っ!
 これまでの言葉は、嘘だったのですか…っ!貴方は、貴方は何故っ…!」

…悲しかった。悔しかった。心がどうにかなりそうで、今にも張り裂けそうだった。
人との繋がり方を、話し合いというものを知らないのじゃない。…知ろうともしない。
もっと残酷に、ゼルギウスさんは人間に見切りさえつけてしまっている!
貴方は、努力すれば誰よりも話し合いができる人間のはずなのに…っ!
そこまで人の問い真摯に答えられる方なら、誰とも仲良くなれる人のはずなのに…っ!
なぜ、師の思いを知りながら、それが出来ない事と諦め、素通りを続けるのですか?

「そして、『なぜ貴様ごとき怪物が、さも人間のように振る舞うのだ?』と問いたいか?」
「嘘は何一つついておらぬ。必要もなければ、理由もない。
 アティ殿の態度が真摯であった故に、私のまた拙い言葉で返答したまでの事。」
「アティ殿の想像するとおり、私は人の薄皮を被った怪物だ。
 世界に不要とされ、否定されるべく烙印をその背に押された忌まわしき存在だ。
 私に感じた期待も、英雄などという称号も全てはまやかしに過ぎぬ。…これで、全て理解されたか。」

ゼルギウスさんはそう言い切るとゆっくりと傍にある兜を被り、
立ち上がりながら手元にある大斧を私の目先に突きつけました。

「これ以上の言葉は無粋。貴殿に紡ぎたき想いあらば、これ以後は剣に乗せ、存分に語られよ。
 貴殿が私に存在理由を捨てさせたいなら、力づくで奪い取ることだ。
 あるいは、貴殿が私に新しい生きる意味と居場所を与えられるとでもいうのか?
 生憎、私の存在は貴殿が背負えるほど軽くはない。」 

…私の事を、もはやその名で呼ばなくなっている…。
私は今、ゼルギウスさんが“漆黒の騎士”に立ち戻ったということだけは、
この時はっきりと理解できました。

窓を横目で眺めながら、呟く漆黒の騎士。

「…名残惜しいが、逢引は終わりだ。どのみち、もう話しが出来る状況ではない。」
そう言いながら、“漆黒の騎士”は自分の懐を眺めます。
その隙間からは、傍からもはっきりと分かるほどに
青白い陽炎のようなものが揺らめいていました。

「――これからは、宴の時だ。」

こちらに向き直った漆黒の騎士の声は、今までにない、怖気すら感じる別の歓喜に満ち溢れたもの。
私には兜の奥の素顔が見えないはずなのに、何故かその隙間は笑みに裂けてさえ感じられました

そう言うなり漆黒の騎士が大斧を構え玄関を駆け抜けた先には、
優美な装飾が施された手槍を片手に白馬に跨り、茶色い髪を後ろに撫でつけ、
豪奢な衣装を身に纏った貴人が一人、夕日を背に佇んでいました。

「ほぅ。懐のメダリオンがさらに輝きを増した。この大きな負の気の持ち主は、やはり貴殿か。」

貴人のその姿は、それだけを見れば幻想的で優美さを感じさせるものでした。
ですが、武人の瞳は背にする夕日よりなお赤く、視線は憤怒に満ち溢れ、その全身は殺気に覆われていました。
私たちの目の前に現れた目的は、明らかに命の奪い合いによるもの。
ですが、今すぐに向って来ない理由は、おそらくは漆黒の騎士を警戒しての事。
貴人は怪訝そうに漆黒の騎士を一瞥し、抱いている疑問を口にしました。

「“漆黒の鎧”とその気、物腰…。貴様もしや“黒騎士”カミュか?
 報告にあった仮面といい、貴様はよほどその素顔を覆い隠すのが好きと見える。
 見下げ果てた色狂いだ。ニーナをたぶらかし、今なおこの戦場で女を口説く最中とは。
 …まあよいわ。まずは貴様から血祭りに上げてくれる。このハーディンの手によってな。
 そして、そこの汚らわしい女も同様だ!」

友好は望むべくもありません。ですが、人を間違える目の前の方が正気であるとも思えません。
誤解によるものであれば、せめて戦いだけは回避できるかも。
私は慎重に言葉を選び、目の前の貴人に語りかけようとしましたが、
漆黒の騎士は私の前に立って言葉を封じ、さらに挑発するかのような一言を。

「……ニーナ殿は馳走になった。だが飽きた故、この女に乗り換えた。
 だが、貴殿にまだ未練あるならばニーナ殿は洗ってから丁重にお返ししよう。」
「貴様…どこまでこの私を愚弄する気か!!」

貴人の怒声が、町中に響き渡ります。
あえて心にもない嘘まで付き、煽ってまで戦いを望む漆黒の騎士。
なぜ、貴方はそこまでして…。私は、誰にも傷ついて欲しくはないのにっ…!

「だが、この宴の前に一つ聞いておこう。その後ろの顔色と目つきの悪い少年は、貴殿の色小姓か?」
「なんだと?」

漆黒の騎士の指し示す方角には何も見当たらなかったのですが、
彼が方角に向けて投擲の構えを取ると軽い舌うちの音が聞こえ、
貴人の後ろの民家の陰から幽鬼を思わせる影が一つ、
夕闇から這い出すようにその姿を露わにしました。

「…気付かれたなら仕方ねえ。そのほうがまとめて楽に消せると思ったんだが、このままでも十分だ。
 しかし、今度の奴は女家に連れ込んで痴話喧嘩か。黒騎士って連中は皆お盛んなことで。
 オイ、そこの馬に乗ったオッサン。このオレも黒騎士って奴らには少々借りがあってね。
 あんたもコイツが気に喰わねえなら一緒にこいつを潰さねーか?」

あえて全員の神経を逆撫でする言葉を選んで話す少年は、
漆黒の騎士が指摘するように明らかに顔色が悪く、
それだけであれば島で幾度も出会った亡霊を思わせました。
ですが、その生白い首筋からは太い血管がいくつも浮かび上がり、
その血走った瞳は何かに取りつかれたように爛々と輝いていました
…まるで、麻薬に耽溺したかのように。

「控えよ下郎!アカネイアの皇帝に口をはさむでないわ!!貴様も一緒に捻りつぶしてくれる!」

咆哮という表現が相応しいほどの怒声を張り上げ、目の前の少年に一喝する貴人。
ですが目の前の少年は全く臆することなく、むしろ楽しそうに肩をすくめて周囲を見渡しました。

「…交渉決裂ってわけか。そうカッカすんなよオッサン。血圧が上がるぜ?
 めんどくせえがアンタの意見にゃ同感だ。ま、勝ち残るのはオレだがな。
 女、お前は最後にゆっくりと可愛がってやるよ。」

そういって、目の前の少年はその血走った視線を舐めるように私の全身に這い回らせ、
怖気が走る不快な笑いを上げました。彼が望むものも、やはり歪んだもの以外は見当たりません。
なぜ、なぜ皆わかり合おうとしないのですか…っ!

「さあ、では皆でこの宴存分に楽しむとしよう。だが、相応しき出し物なき、招かれざる者はただちにここを去れ。
 それとも、貴殿はこの理知的な者達にも話し合いを、言葉の力を試されるか?」

漆黒の騎士はこちらを振り向かずに、今の殺意に満ちた空気を楽しむように、
そして私を試すかのようにその意思を問いました。

「私は、それでも貴方のように諦めたりはしません!それに、貴方を見捨て逃げたりもしません!」

私は、漆黒の騎士の取る行動を認めたくはありません。
ですが、態度はどうあれ、結果として自分が盾となり、私を逃がそうとしていることは確かです。
そのような彼を置いて逃げてしまえば、おそらく二度とゼルギウスさんに戻ることはないでしょう。
それに、私からはまだ話し足りない事はたくさんあります!

漆黒の騎士はそのような私の態度を横目で見やり、少しだけ考えるそぶりを見せると
手甲の下から三本の投げナイフをゆるやかに出し、この私に手渡しました。

「…では今の貴殿では場違い故、宴への招待券を差し上げよう。これを使われよ。」
「一人に付き一投、全て急所を外さねばこの宴の主役となれるかもしれぬ。
 あるいは、うまく立ち回り時間を稼げば増援も来ることだろう。
 しかし、私は援軍を考慮に入れて1対“4”か。早々に再び命を落とすかもしれぬな。」

わざわざ身を守る武器を与えてくれたことには、感謝してします。
――ですが、なぜ貴方は人を、私を信じてくれないのですか?
怒りと悔しさに震える私を見て、漆黒の騎士は嘲笑うように言付け足します。

「震えて動けぬのか?ならば特等席で高見の見物をされよ。」
「それに、貴殿は今失うにはあまりにも惜しい。
 先ほどまでは侮っていたが、その規則正しい呼吸、歩法、そして体型…。
 本来はかなりの剣の使い手で、それも私に比肩しうると見た。
 貴殿なら私を倒した師の息子…。アイク殿のように、私にもう一度生きる意味を教えてくれるかもしれぬ。
 そのような最上の獲物、みすみす他にくれてやるつもりはない。」

――貴方は何故、そこまで傷付け合いを無上の喜びとするのですか?
私は、たとえ守るためであっても、人を傷つけたくはないのに。
喜びと出来るものは、探しさえすればもっとたくさんあるはずなのに…っ!

歓喜を抑えようともしない漆黒の騎士の言葉には、
目の前の二人のような悪意や暗い欲望のようなものはありません。
むしろ、競技を心より楽しむかのような純粋さにさえ溢れています。
ですが、だからこそこの目の前の騎士を思うと悲しく、そして怒りさえ感じるのです。
――何故、貴方は…っ!

私に背を向け、大斧を構えた漆黒の騎士は、まるで愛の告白のように、
これまでにない情熱を帯びた甘い声で、こうささやきました。

「アティ殿、そなたは―――――」


「私の獲物だ。」


私はアティ殿を背に、師が最期に私と対峙した時に使われた大斧・ウルヴァンを構えた。
マントを翻して背を前に向け、体幹でその得物を隠し歩幅を大きくとる。

剣術で言えば脇構えに近く、極めて攻撃的かつ防御を考慮に入れぬ構え。
私が今この場で最適と考えた構えは、奇しくもあの満月の晩に
我が師ガウェインが取った構えたものと同じものであった。

これはあの時の師の動きを脳裏で再現し、その技を盗み出したものだが万全ではない。
私が置き去りにした鎧程度で有頂天になっているあの小僧はともかく、目の前の皇帝は只者ではない。
これで目の前の皇帝の実力が私に匹敵すれば、これから辿る運命もおそらくは師と同じものとなるだろう。
この場にいる全員を始末するだけなら懐の、エルランのメダリオンを握りしめるだけで事足りるのだが、
そうすれば別の意味で師と同じ運命をなぞることになる。それだけは、避けたかった。

――何故、そう考えるのだ?先ほどの時の事を思い出していたからか。
戦いこそが全てである私がそれ以外の場で頼られ、まともに一人の人間として話し合い、
警戒も打算もなく、何よりも無条件で自分という人間を信頼される。食事に毒見さえ求めなかった。
それに居心地の良さを覚えたのは確かだ。まるで、昔日の師とその婚約者との語らいのように。

私が印付きでさえなければ、師の傍にいつまでも傍にいたい。
青臭い当時はそういった些細な願望も切実に抱いていた。
その願望を、あの逢引とは到底言えぬ短いやりとりの間に、確かに思い出してしまっていたのだ。


――だが何故今この時に、この戦場で再びそれを思い出す?
まさか、本当にアティ殿に師の代わりを、己の居場所を求めているというのか?
たとえ私が死しても、彼女だけは失われたくないとでも思っているのか?

――この、私が?

暁の乙女の時でさえ、我が主から事情を聞かされていなければ、
例え目の前で襲われようと助けなどしなかっただろう。
その後、“仲間”ゆえに乙女に特別な感情を抱いたのは事実だが。
人間が自分よりも、“仲間”ですらない者の生命を優先して守ろうと考える特別な感情で、
該当するものはおそらくただ一つ。

それは、ありえない事だと考えたかった。
自分にはあまりにも似つかわしくない感情であり、
一度はその呪われた生ゆえに諦めた類のものであるがゆえに。

いや、単にあのナドゥス砦の対決時のように、人の獲物を横取りされることに
不快感を感じただろう。あの時は味方に殺意さえ感じたのだ。そう解釈することにした。
私は雑念を振り払うべく、自分に言い聞かせるためにこの言葉を発した。

「アティ殿、そなたは―――――」


「私の獲物だ。」


【C-3/村:東端の民家/夕方(16~18時)】
【漆黒の騎士@暁の女神】
[状態]:健康、若干の魔法防御力向上(ウルヴァンの効果)
[装備]:ウルヴァン@暁の女神
[道具]:支給品一式、エルランのメダリオン@暁の女神
[思考] 1:強者との戦いこそが全て。この宴、存分に楽しむとしよう。アカネイアの皇帝殿。
    2:…小僧、身の程をわきまえよ。
    3:アティに対して抱いている自分の感情に戸惑い。ミカヤには出会いたくない。
    4:優勝した場合、自分を蘇らせた意趣返しとして進行役と主催者を殺害する。
[備考]:ディエルゴ、アティの仲間(およびカーチスとその仲間)、サモンナイト世界とディスガイア世界の情報を得ました。
    漆黒の騎士がアティのいた民家周辺に感じた「強い気の流れ」はメダリオンが呼応した負の気を宛てに探したものです。
    漆黒の騎士が自分の拠点に置き去りにした支給品をヴァイスが強奪した形になります。

【アティ@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:漆黒の投げナイフ@サモンナイト3(4本セット:残り3本)
[道具]:支給品一式
    改造された無線機@サモンナイト2(?)
[思考] 1:カーチスさんに急いで連絡を取らないと。
     2:ディエルゴのことが本当ならば、なんとかしなくては
     3:ゼルギウス(漆黒の騎士)さん、貴方は何故…っ!
[備考]:アティはテリウス大陸の知識を得たわけではありません。
    あくまでも漆黒の騎士の正体とその師の息子の名(アイク)を知っただけとなります。

【ヴァイス@タクティクスオウガ】
[状態]:右の二の腕に裂傷(処置済み)、貧血、死神の甲冑による恐怖効果、
    および精気吸収による生気の欠如と活力及び耐久性の向上。
[装備]:呪縛刀@FFT 、死神の甲冑@TO
    漆黒の投げナイフ@サモンナイト3(4本セット:残り1本)、肉切り用のナイフ@オリジナル(3本セット)
[道具]:支給品一式(もう一つのアイテムは不明) 、栄養価の高い保存食(2食分)。麦酒ペットボトル2本分(移し変え済)
[思考]:出会ったものはすべて狩り殺すッ!まずはテメーからだ漆黒の騎士ッ!
[備考]:漆黒の騎士が己の出で立ちに合わぬということで放棄した支給品(死神の甲冑)を
    ヴァイスが奪取したという形になります。

【ハーディン@紋章の謎】
[状態]:闇のオーブの影響で暗黒皇帝化
[装備]:グラディウス@紋章の謎、アッサルト&弾薬10発分@タクティクスオウガ
[道具]:支給品一式 闇のオーブ@紋章の謎 、白馬@紋章の謎
[思考]1:マルスをはじめとする参加者の皆殺し
   2:貴様…本当に黒騎士カミュなのか?いや、どちらでもいい。
     この槍で串刺しにしてから確かめてくれる!
[備考]:ハーディンは闇のオーブで再び増幅された嫉妬や憎悪といった負の感情によって、正常な認識を失いつつあります。
    ゆえに疑いこそしているものの、同じ黒騎士ということで以前の恋敵であるカミュとを同一視しています。


【エルランのメダリオン@暁の女神】
身の内に持つ負の気(闘争心や殺気等)を増幅させ、結果として戦闘力を高める青銅のメダリオン。
テリウス以外の大陸を全て大洪水で海底に沈めた負の女神ユンヌが封じられていました。
手にしたものはほぼ例外なく負の力に飲み込まれて理性を失い、暴走します。
暴走の被害と影響はその人物の器に比例して大きくなります。
ただし闇のオーブと違い、直接握りしめない限り暴走等の悪影響は決して起こりません。
なお、暴走の際にはただ一度だけ負傷を癒し、体力を全快させる効果があります。

また、周囲の者達が持つ負の気に呼応して、蒼白い超自然の炎を吹き上げる二次的な効果がありますが、
漆黒の騎士はこの炎の加減で、傍の敵の有無を大まかに判断していました。
(つまり、時間内にアティの民家周辺を何度かハーディンが通り過ぎており、
 周辺から流れる負の気の流れを漆黒の騎士が勘違いしてそちらに向かい、前回の遭遇にいたったわけです。)

なお、漆黒の騎士はこれを製作したエルラン(=セフェラン)に仕えていた事があり、
度々暴走の現場を見たことがあるため、このアイテムの事については誰よりも深く知り抜いています。

049 手負いの獣 投下順 051 女の戦い
033 勇者と巫女とゾンビと 時系列順 060 箱庭会議
045 言えぬ事、言いたい事 漆黒の騎士 057 死闘
045 言えぬ事、言いたい事 アティ 057 死闘
049 手負いの獣 ヴァイス 057 死闘
041 闇の囁き ハーディン 057 死闘
最終更新:2009年04月17日 10:50