「さてさて、どうしようかなー」
 エトナはゆったりと森の獣道を歩いていた。陽は先刻よりも高くなっており、高い木々に囲まれた中でも十分な明るさがある。
 奇襲の心配はしなくともよいだろう。ゲームに乗った人間が近づいてくれば殺気ですぐに分かる。
 エトナは一つ大きな欠伸をした。これまでフロン以外の参加者には遭遇していない。
 あれだけ馬鹿騒ぎをすれば誰かやってくると思っていたが、見当違いだったのだろうか。
 おびき寄せの罠ではないかと警戒しているのか、はたまた偶然通り道が違っていただけなのか。
「にしても、行けども行けども森――――っと」
 かすかな破裂音。人間なら聞き落としていたであろうその微音を、エトナは逃さなかった。西のほうからだ。
 やはり血気盛んな者もいるらしい。これなら「二十四時間以内に一人も死ななければ、全員死亡」ということの心配はしなくてもよさそうだ。
「……しかし面倒なルール作るなぁ。あのヴォルマルフとかいうやつ、自由になったら拷問してやろうかな」
 エトナは軽い口調で呟きながら、肩に掛けた袋から地図を取り出した。そして島の詳細を確認すると、「参ったな」というふうに頭を掻いた。
 森と思われる地形は八つあった。どれも結構な規模だ。
 開始地点にもよるが、森のど真ん中に飛ばされていたなら、抜けるのに一時間くらいは掛かるかもしれない。
 早足で行けばそれなりに時間を短縮できるかもしれないが、あまり疲れるようなことはしたくない。
「ま、気楽に行けってことかな」
 地図をしまって再び大きな欠伸をすると、エトナは鼻歌を歌いだした。
 常人からすれば緊張感もなく闊歩するその姿は、殺し合いの参加者のものであるとは思えないだろう。

 小悪魔はF-3の森を西進する――。




「そうか、じゃあお前はゲームに乗ってないって言うんだな?」
 ゆっくりと男は問いかける。しかしその顔にはまだ警戒の色が残っていた。
 この状況では、それも自然なことであろう。だからこそ慎重に行動しなくてはならない。
「ああ。……そっちも、こんなバカげたもんには乗ってないんだろ?」
「もちろんだ」
 そう頷いて、男は微笑を浮かべた。警戒を完全に解いてはいないようだが、これはまずまずの反応と言っていい。
「どうだ? 手を組まないか? 二人でいるほうが安全だし、今後の行動を決めるのにも役立つ」
 それはこちらから切り出そうとしていた言葉だった。少し驚いたが、手間が省けて助かった。
 男は微笑を保ちながら手を差し出した。握手を求めているのだ。
 同じようにほほえみ――内心では嘲笑を浮かべて、アルガスはその手を握った。
 なりふりかまわず誰かを襲う、というのは愚民のすることだ。彼はもっと別の効率のよい手を考えた。
 そう、使えるヤツと手を組むのだ。無論、こちらは身を挺してまで協力するつもりはない。
 利用するのだ。危ない状況になれば、仲間を見捨てて保身を図る。相手がこちらを信頼しはじめれば、隙を見て武器を殺してでも奪い取る。
 完璧だ、とアルガスは口元を緩めた。この戦術こそ、まさに貴族たる自分にとってふさわしきものだ。

「よかったよ、まともな人間に会えて。殺し合いなんてやってらないぜ」
 こちらの意図に気づかずにいる男は、安堵の表情を浮かべた。アルガスも適当に相槌を打ち、本心を悟られぬよう会話を進める。
 互いの知り合いの確認、続いてこれまでに出会った他の参加者の確認。
 男はこれまで誰とも遭遇しておらず、アルガスが初めてということだ。こちらは襲ってきた二名の詳細を伝えた。
「あいつら、ゲームに乗った危険人物だ。気をつけたほうがいい」
 あの時のことを思い返して、アルガスは顔を一瞬だけ歪ませた。
 完全にコケにしてくれた言動――次に会ったときには確実に仕返してやる。そう心に誓って、今は眼前の男の対応を優先させることにした。
「さて、どうする?」
 あらかたの情報交換が終わり、これからどこへ行くかを決めようとしたところで、平原の向こう――
 森のある方向から、人影が近づいてきているのに気がついた。




「どーもー♪ 初めまして、お二人さん」
 軽い口調で手を上げる少女に、アルガスは一歩退いた。隣にいる“仲間”も警戒して身構える。
 アルガスは眼前の人物をよく観察した。露出が多い服装だが、その体型からは色気というものは感じられない。
 そして何より目を惹くのは、コウモリのような羽、そして尻尾だった。
 人間、ではない。少女の前言から会話はまともにできるようだが、右手には斧が握られていたため油断はできない。
「……なんだ、お前は?」
 問われた少女は笑って答えた。
「あれ、見て分かんない? 悪魔よ、悪魔。いやぁ、メンドーなことに巻き込まれてお互い大変だね。
 で、ちょっとお願いあるんだけどさ――その武器、くれない?」
 指差した先には、鋭い刃があった。その持ち主である彼は、目を細めて静かに刀を構えた。
 まさに一触即発。この状況では戦闘を避けることは難しいだろう。
 アルガスは焦りを感じはじめた。少女の様子からはかなりの余裕を感じ取れる。その小さな斧でも、二人を相手に勝てる自身があるのだろう。
 ここでむざむざ死ぬつもりなど毛頭なかった。なんとかして生き延びなければならない。
 少女は斧を構えて一歩前に出た。同時に男も後退りをする。
 この場を脱するにはどうすればいいのか。少女は刀を渡せと言っていた。つまり殺すということは手段であって目的ではない。
 ならば、何も手にしていない自分は攻撃対象として優先されることはないはずだ。

 アルガスは横を向いた。

 ――そう、狙いはこの男だ。コイツを囮にすれば、オレはその隙に逃げることができる。
 そのためには、コイツに時間を稼いでもらわなきゃならない。戦わせるんだ。
 そうだ、コイツをあのガキのほうに押し倒せばいい。いきなり両者の距離が縮まれば、なんらかの行動を起こすほかない。
 コイツはオレを味方だと思っているから、確実に不意は突ける。失敗はないに決まってる――

 早々に身代わりとして使ってしまうことは惜しかった。だがそれも仕方ないことだ。
 今はこれが最善だ。アルガスはニヤリと笑って、“仲間”の背に手を回そうとした。




「やってられねぇな」
 衝撃。転倒音。
 少女は驚いたように、突き倒されてきた人間を見下ろしている。
 アルガスは呆けたように、走り去ってゆく男――ヴァイスの後ろ姿を見つめている。

 男を突き倒そうと思ったらいつの間にか少女の足元に横になっていた。
 パニックで思考が追いつかない。自分が何をされたのか分からなかった。
 だが徐々に、今、自分がどのような状況にあるかを理解していった。
 ――最悪だ。
 強烈なめまいが襲ってきた。頭がどうにかなりそうだ。
 まさかもっとも恐れていたものの片鱗どころか全鱗を味わうことになるとは、想像もつかなかった。

 やがてアルガスの頭上から、悪魔の声が降ってきた。
「……でさ、あんたのことどうしよう。持ち物もあの男に持ってかれちゃってるし。
 うーん……ルール守るために殺すぐらいしか利用価値なさそうだけど」




「……また戻ることになるとはな」
 呼吸を荒くしながら、ヴァイスはそばの大木にもたれかかった。ここまで来れば大丈夫だろう。
 アルガスという男を囮にしてなんとか森に逃げ込むことができた。
 こうも早くアクシデントが起こるとは思わなかったが、支給品を得られたことは良しとしよう。
 ヴァイスは奪ったバッグから食料と水を取り出した。全力疾走したことで喉が渇いており、小腹もすいていた。満たせる内に満たしておいたほうがいい。
 水の入ったボトルに口をつけながら今後の行動を考える。E-2の城などを含む街道付近は、またあの悪魔と鉢合わせする可能性がある。

 今度遇ったときは、容赦なく即座に襲ってくるだろう。なるべくヤツから離れるよう他の場所へ移動しなければならない。
 ぱさぱさしたパンをちぎって口に運びながら呟く。
「このまま北東に進む、か」
 それが一番安全だろう。砂漠と川の間の平原を進み、いったんD-4へ。そこからC-3の村へ行くかC-6の城へ行くか、決めることにしよう。
 軽い食事を終えたヴァイスは、アルガスのバッグに入っている残りの食料だけを己のバッグに移し変えた。地図などが二つあっても仕方ない。
 水のほうも、と一瞬考えたが、重さが面倒だった。近くに川があることだし、無理に持っていく必要はない。
「さぁて」
 ヴァイスはバッグを左肩に、刀を右手に持ち歩きはじめた。
 よくよく考えてみれば、これまで遭遇した参加者たちは運の悪い相手ばかりだった。天使に悪魔――人外ではなく、ふつうの人間なら勝機はあったはずだ。
 戦闘の経験もそれなりにある。そして手にしている武器はかなりの業物だ。
 あのランスロットほどの実力者、というのならキツイかもしれないが――さすがにそんな人間がごろごろといるわけがない。

「次に出遭ったヤツは――確実に殺す」



【F-3/街道/1日目・午前】
【エトナ@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:健康
[装備]:手斧@暁の女神
[道具]:支給品一式(道具・確認済み)
[思考]1:コイツをどうしよう?
   2:適当に弱そうな奴から装備を奪う。出来れば槍か斧が良いが贅沢は敵だ
   3:優勝でも主催者打倒でも人助けでも、面白そうなこと優先
   4:ラハール中ボスが気になるが、特に会いたいとも思っていない

【アルガス@FFT】
[状態]:呆然、若干の疲労
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]1:そんなバカな……
   2:武器・道具などで自分の戦力を高める
   3:リュナンレシィに復讐
   4:ラムザディリータを殺す


【F-4/森/1日目・午前】
【ヴァイス@タクティクスオウガ】
[状態]:健康
[装備]:呪縛刀@FFT
[道具]:支給品一式(もう一つのアイテムは不明)
[思考]1:D-4へ移動
   2:殺せるときには殺す。無理はしない


備考:F-4の森の中にアルガスの支給品(食料抜き、ペットボトル一本は飲みかけ)の入ったバッグが放置

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039 秘密の痛み分け 時系列順 041 闇の囁き
005 告知天使と予告悪魔 エトナ 044 公開密談
032 そしてオレは駆け出した... アルガス 044 公開密談
007 Vice(不道徳者) ヴァイス 039 秘密の痛み分け
最終更新:2009年04月17日 09:30