「わが祈り、イシュタルの灯火となりて、汝の傷をいやさん…、ヒーリング!」

日も傾き、徐々にその深淵を深めていく森の中に木霊する声。
声の主である老人は己の身体に軽く手を触れて瞑想に耽る。
老人の傍に控えるのは二つの骸。
一つはその身を氷に閉ざされ、二度と醒める事のない眠りへと堕ちた者。
もう一つは、醒めるべきではない眠りを禁忌の邪法によって奪われた者。
死を奪われた者は誰の目から見ても致命傷を負っている筈の身体を
無理に動かし老人の傍に控えていた。

「…ふぅ、やはり消耗が激しいですネェ。」

老人は瞑想を止め、手を下ろした。
その額はうっすらと汗をかいている。

「困ったものですね、ここまでの消耗でも完治は難しいですか…」

実際、老人の身体は先程の戦いで深手を負っている。
それは回復魔法をもってしても完全に癒す事はできず、
老人自身にかなりの苦痛をもたらしている筈であるが
そのような素振りは一切見せずに飄々とした態度を保っている。

最早、異常としか言いようの無い精神力である。

「しかし、これでは今後が心配ですね。
肝心の護衛がこのざまでは次に期待するのは難しいでしょうしねぇ。」

老人が傍らに控える骸を見据える。
自らの命令に従い、損傷した身体で尚、主人の命を救った者である筈の骸を
見る目には何の感情すら感じる事はできない。
老人にとってそれは『当然の事』であるから。

「損傷が激しすぎますね、わざわざあなたを『修復』する為に魔力をこれ以上
消耗するのは避けたいのですよ。残念ですが『ここまで』ですね。
丁度、あなたの代わりも手に入りましたしね。」

骸の体に触れて、何らかの言葉を呟く。
その瞬間、骸は死を許されて地に崩れ落ちた。

「大丈夫ですよ、あなたの身体は次の研究に存分に利用させて頂きますから。」

その場に老人以外の生きている者が居たら、
老人の本性を一瞬で理解できるであろう笑みを浮かべる。
その視線は既に次の『研究対象』に向けられていた。

だが、その視線が不意に外れる。
それは先程まで戦いが繰り広げられていた場所の奥に向けられていた。

「おやおや、私とした事が自分の事に夢中になりすぎていましたね。
あのような所に変わった『忘れ物』がある事に今まで気がつきませんでしたよ。」

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「……ハッ!あ、あれ?あたし、確か…」

最後に憶えていた記憶。
その中では自分は確かまだ朝日が昇る森の中にいた筈である。
だが、周囲は完全な暗闇に包まれている。
ソノラは状況が理解できなかった。

(あたし、あのヴォルマルフとか言うおっさんにいきなり殺しあえとか言われて、
乗る気はさらさら無かったけど取り敢えず身を守る為に装備を確認してたら…)

「お目覚めですか?」

「ヒャッ!!だ、誰?」

突然の声に驚いて辺りを見回す、見れば自分の後方に焚き火を焚いた『二人』の人影が控えていた。

「これは失礼しました。私はニバス・オブデロードと申します。
この辺りを探索していたときに偶々石化されていたあなたを見かけましたので、
それを解かせて頂きました。」

ターバンを巻いた老人、ニバスが丁寧な口調で挨拶する。

「そうだ!あたし、自分のバッグの中に入ってた銃を取った瞬間、急に身体が動かなくなって…
えっと、そうなるとあたし、おじい…ニバスさんに助けてもらったんですよね?」

自分の状況を全て理解できたソノラがおずおずとニバスに質問する。

「まぁ、そういうことになりますかねェ。ですが、あまりお気になさらず。
私からもあなたにお願いしたい事がありますので。」

ニバスが軽く手招きし、焚き火の傍によるように促す。

「お願い?」

その招きに応え、焚き火の傍に腰掛ける。

「えぇ、実はあなたを見つける前に暴漢に襲われてしまいましてね。
その時にこの通り、深手を負ってしまいましてね…」

ニバスが軽く服をはだけて、自分の腹部周辺を晒す。

「ウワッ!酷い痣、これって骨にまでいってるんじゃ…って、平気なんですか!」

ニバスがあまりにも軽い口調で話しているので一瞬理解が遅れてしまったが
素人目で見ても確実に重傷である。

「平気…とは言いがたいのが現状ですね。
私も職業柄、ある程度の治癒魔法も体得はしていたのですが困った事にこの首輪には
そういった作用を抑制するようなのですよ。」

衣装を正しながらニバスが軽く溜息をつく。

「じゃあ、お願いってもしかして…」

ソノラも段々とニバスが言いたい事が理解できて来た。

「おや、分かってしまいましたか?
お願いというのは簡単な事です。
暫く私は治療の為に動く事ができませんので、
その間、其処にいる『彼』と
一緒に護衛をお願いできませんでしょうか?」

一通り述べた後、そのまま深々と頭を下げる。
慌てて、ソノラは返事を返す。

「ちょ、頭を上げてニバスさん。
あたしはニバスさんに助けてもらったんだから、断るわけにもいかないって!
あたしにど~んと任せておいて!」

立ち上がり、ぐっと拳を握り締める。
だが、不意にある事を思い出して自分の周囲を見回し、
側に置かれた自らのデイバッグを探り、青褪めた。

「あ、あはは…あたし、今、武器の類…何も持ってないや。
あのへんてこな銃も無いみたいだし。
…弾丸だけって、素手で撃てる訳ないじゃん。」

先程までの威勢とはうってかわって項垂れる。
だが、その反応を予期していたのかニバスはゆっくりとデイバッグの中を
探り、一つの小型拳銃を取り出した。

「あなたは如何やらこの銃というものを扱えるようですね。
私には手に余るもの、どうぞ、お使いください。
それと、あなたが持っていた銃は如何やら危険なもののようですし、
あなたの石化を解いた際にその場に捨てさせていただきました。」

「すみません」と謝りながらソノラに小型拳銃を渡す。

「そんなに謝んないでニバスさん、それはしょうがないって。
こっちこそ、お世話になりっ放しで申し訳無さ過ぎるんだから…
それにさっきからあたしばっかりニバスさん、ニバスさん言ってて
自己紹介してなかった、あたしソノラって言います。よろしく!」

ぺこりと頭を下げるソノラ。
頭を上げ、それまで一言も発していなかった『青年』の方に向き直り、
手を差し出す。

「あなたもよろしく!」

だが、ゆっくりと立ち上がることはしたが青年はそれまでと同じように
一言も発しない。

「彼はリチャードと言います。残念ですが彼は暴漢に襲われた際に特殊な呪いを
受けてしまったようで話す事ができないのです。」

ニバスがリチャードと呼ばれた青年の代わりに応えた。
その言葉に反応するかのごとく、差し出された手を眺めていただけのリチャードが
ソノラの手を握り返す。

(冷たい…)

その手に触れた瞬間、ソノラが感じた事。
じっと、リチャードの顔を覗き込む。
整った顔立ち、だが生気が感じられない。

「…この人が受けた呪いって何なんですか?」

一抹の不安を感じたソノラがニバスに質問する。

「残念ながら、私にも分かりかねます。」

ニバスは本当に残念そうに頭を垂れている。
その表情は既に日が落ち、暗闇に包まれた中に弱弱しく灯る焚き火の光では
窺い知る事はできない。

「そうそう、あなたが眠っている間に『放送』というものがありました。
先ずはそこから整理しますか。」

頭を上げたニバスの表情は出会った時と何一つ変わりないものであった。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

ここで時間をいったん遡り、ニバスがソノラを発見した直後まで戻ることにする。

当初、この屍術師は彼女の事も保存の利く素材の一つ程度としか考えてはおらず、
その為、彼女のことは放っておいて、リチャード(彼の名前はムスタディオを囮として
陰に潜んでいた際に聞いていた)を利用しての実験を優先していた。
屍術師はある疑問を解消しようとしたのである。。
そもそも、首輪による制限は一部の術の効果を極端に阻害するもののようだが
その制限はいったいどの程度まで及ぶものなのかということである。
その一環として自らの得意とする死霊を呼び出し、その意のままにする
『サモンダークネス』が現在は行使することが出来ない事に気がついた。
しかし、先ほどまで自分は骸を僕として使役できていた。
その為、いったんは開放した骸(ムスタディオ)に再度、術式を施し、
更にリチャードにも同様の事を行おうとしたが彼が動き出すことはなかった。
ここまでの流れで自らが使役することが出来るのは一体までの制限が
かけられていることに行き当たる。
これについて、戦闘後、すぐに術式を施そうとしたときの違和感で
ある程度は予想はついていたのではあるが、
今の屍術師にとっては死活問題である。
如何に強力な僕を手に入れようと当の本人が深手を負ったままでは
同様の危機に陥った際に次はまず助かる望みは薄いからである。

そこで、この屍術師は彼女を利用することを思いついた。
現在の状況でも彼女を戻すことは容易に出来る。
だが、自分の使役している骸の名前を放送で呼ばれれば元も子もない。
だから、彼女を起こすのは放送後、その間にリチャードの状態を万全のものにする。
彼の損傷した部分は最初の骸(ムスタディオ)のものを利用した。
その為、不自然に損傷した遺体が出来上がってしまったのだが、
それを『クラッグプレス』という大岩を呼び出す術により押しつぶし、隠滅した。
又、その際に彼女の荷物も捜索したが見当たらなかった為、
ムスタディオの荷物を彼女に宛がう事にした。
自分の装備で石化したような不注意な人物に荷物の中身の多少の差異は
気づく事が出来ないであろうと判断したからである
すべての準備を終えた後、屍術師は笑みを浮かべながら彼女を石より開放する。

今はまだ、全てはこの屍術師の掌の上の中。

【G-6/森/一日目/夜(放送後)】
【ニバス@タクティクスオウガ】
[状態]:肋骨骨折・背中を強打(治療中)
[装備]:ビーストキラー@暁の女神
[道具]:支給品一式×2、拡声機、不明アイテム、光の結界@暁の女神
[思考]1:保身を優先、隙あらば殺人
    2:実験材料(死体)の確保
    3:制限について思案中
    4:ソノラには気づかれた時点で始末する

【ソノラ@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:リムファイアー(7発消費・残弾不明)
[道具]:支給品一式、弾丸(24/24、他の銃に利用可能かどうかは不明)
[思考]:1:ニバスさんは私が守る!
    2:リチャードって、この人なんか嫌だな…
    3:あれ?そういえば他にも何か持ってたような?

【リチャード@TS】
[状態]:アンデッド
[装備]:折れたヴォルケイトスの柄、先端@TO
[道具]:空のザック
[思考]:ニバスを守り、他の参加者を殺す

[備考]:G-5の位置に大岩ができ、その下にムスタディオの識別不能な死体があります。
    ソノラはヒスイの腕輪のことを忘れています。

077 Limitation 投下順 079 女刑事エトナの事件簿~盗まれた剣を追え!~
071 二人の地球勇者 時系列順
063 獅子王リチャード ソノラ 087 屍術師の試み
063 獅子王リチャード ニバス 087 屍術師の試み
最終更新:2010年03月20日 09:11