陽はもう沈もうとしていた。
ミカヤという少女が目を覚ますまでかなり時間がかかってしまっていた。
できるだけ早く、そして多くの参加者と接触を試みたかったのだが、彼女を置いておくことはできなかったので仕方がない。
それでもただ無為に時間を過ごしていたわけではなかった。
まずはミカヤの荷物を含めた支給品の確認。彼女の支給品の一つが、参加者についての情報であるのはありがたかった。
ほぼ全員分のあらかたの情報は頭に入れておいた。交渉においても、戦闘においても有利に働くだろう。
支給品の確認以外ではもう一つ重要なことがあった。
自らの能力についての確認だ。
初めの会場からワープして直後、
ゴードンはすぐに身体の異常に気がついた。
その違和感は首輪のような外から見える拘束によるものではなかった。
魔法でもかけられているのか、力が思うようには出せないのだ。ゲームのバランス調整、といったところか。
おそらく
ラハールや
中ボスなどにも同様の施しがなされているだろう。それでも普通の人間には引けを取らないはずだが。
「もう少しだ。辛いかもしれないが頑張ってくれたまえ」
傷は癒えたといっても失血と疲労は確実に少女の身体に負担を強いていた。
ゴードンは草原の中に佇む塔を見やった。思っていたよりも幅は広い。これならしっかりと休みの取れる設備も期待できそうだ。
とりあえず、何事もなければあそこで夜を明かすことにしよう――そんなことを考えていた時、ふと塔の付近で動くものに気づいた。
「あれは……」
こちらから北東に見える影は草原を早足で動いていた。
この距離ではその姿を明細に捉えることはできないが、どうやら塔を目指しているらしい。
ゴードンは開きかけた口を閉じた。ここから叫んで相手に気づかせようと思ったのだが、得策ではないと踏みとどまったのだ。
自分一人だけならば躊躇せずそうしたかもしれないが、今は隣に疲弊した仲間がいるのだ。
あの影が殺人者だったとしたら、もしくはこの周囲に加害を企んで潜んでいる者がいるとしたら、それは大きな危機となる。
「どうしますか?」
ミカヤも気づいたのか、静かな声で尋ねてきた。
道中でも度々感じたことなのだが、この少女はどうも歳不相応な落ち着きを持っている。
まあ、それはこちらとしては助かることであるが。
「少し足を速めたいが、大丈夫かね?」
ミカヤが頷いたのを見て、ゴードンは彼女の前に出た。
できるだけ早く他の参加者と接触をしたかったし、放送までにあの塔にたどり着いておきたい。
時折、後方をちらりと見てスピードを調整しながらもゴードンはミカヤをリードしながら進む。
あの影も目的地が同じため、自然と双方の距離も縮む。それにつれて向こうの姿もはっきりと見えるようになった。
そして、その顔はゴードンのよく知るものだった。
それは紛れもなく彼――人間の姿のカーチスだった。影の正体を認知するとともに、一つの疑問が湧いた。
なぜこちらに気づかないのか。
彼ほどの人間ならば周りにも気を配り、ふつうは塔へ向かう二人の人物を察知しているはずだ。
何かの急ぎで眼前しか見えていないのか、それともわかっていても無視をしているのか。
「……先に行っても構わないかね?」
どちらにしても確かめなければならない。話したいことも山ほどある。
そう思いながらミカヤに尋ねると、彼女は全てを分かっているかのようにゆっくりと頷いた。
「ありがとう」
カーチスはちょうど塔の中へ入っていくところだった。
ここから塔までは僅かな距離だ。それまでに不意打ちを食らうという心配はしなくてもいいだろう。
――カーチス、どういうことだ?
疑念を浮かべながらも、ゴードンは塔へと疾走を始めた。
◇
石造りの塔の中は冷たく澄んだ空気で満ちていた。かすかな気流は感じるが風音はない。
ゆえに本来は無音であるはずなのだが、今は何者かが階段を上る音が響いている。
ゴードンは深呼吸をして息を整えてから高みを仰いだ。
「カーチス!」
足音が止んだ。返事はない。
静寂が空間を支配し、この塔は本来の姿を取り戻したように思われた。
「……ゴードンか」
だがしばらくしてその一言が響き、再び足音が鳴り出した。
こちらと接触するために階段を下りてきている――のではない。
音は遠ざかっている。上り続けているのだ。
「カーチス! 何かあったのか!?」
叫んでも己の声はむなしく響いただけだ。どうしようもないじれったさに、ゴードンは駆け出した。
塔はどこまでも螺旋階段が続いている。
この様子だと、どうやら頂点に広い部屋が一つあるだけのようなので、カーチスに撒かれるという心配はないだろう。
そのことをわかっているのか、カーチス先程と変わらない速歩で上り続ける。
とはいえ、もとより彼我には開きがある。カーチスに追いつくまでに彼は最上階に着いてしまうだろう。
――そこに何かあるのか?
未だにカーチスの真意が掴めない。彼の足取りから緊急の事態ではないことがわかる。
しかしそれではなぜ、こちらと接触を避けるような真似をするのか。
長い螺旋階段をぐるぐると駆け上がりながら、ふと嫌な予感が湧き出てきた。
頭を振ってそれを払う。今は彼を信じ、追いかけるのみ。
――さあ、すぐそこだ。
無機質な扉がそこにあった。ゴードンは呼吸を整える間もなくドアノブに手をかけた。
力を入れて勢いよく扉を開け放つ。
室内は明かりがなく、微弱な光を放つランプが設置されていた塔の階段部分よりもさらに薄暗かった。
それでも辺りに置かれている家具の様子をなんとか見取って、ゴードンはそばの壁を探った。
塔の外見と違ってここは近代的な内装になっている。ということは、照明も考えているようなものである確率が高い。
果たして、すぐにそれが手に触れた。全てのスイッチを入れてから、一瞬の遅延の後に蛍光灯の光が部屋全体を照らす。
その光景に少しの間、意識を奪われた。
目につくのは整然と連なる書架だ。ざっと見回しても、書架が置かれている場所の割合が部屋の半分以上を占めている。
それ以外のところでは過美でないテーブルとソファが並び、ゆったりとした雰囲気を保っている。
そう、まるで図書館のようだ。
書架には本がぎっしりと詰まっている。その中に一つ見知った題のものが目に留まったが、ほとんどは聞いたこともないものだ。
もしかすると、これらは――
――いや、先にすべきことがある。
何かぶつかる物音が響いた。奥のほうからだ。続いて本が床に崩れ落ちる音。
カーチス一人ではないようだ。誰かと争っているのか。だが、いずれにしてももたもたしている暇はない。
ゴードンは音がするほうへ全速力で駆け出した。
書架の間を通りながら、再び大きな物音が響くのを耳にする。そして一つの転倒音。
「終わりだ」
無慈悲な勇者の言葉で、ゴードンは状況を確信した。
それと同時に、足に限界以上の力を込める。
書架を抜けた先に二人の人物がいた。状況は一目瞭然。
ゴードンは荒い息のまま腹の底から叫んだ。
「カーチスッ!」
怒声ともいえる呼びかけに、カーチスの手が止まった。
一瞬の隙――それでも少女が彼から逃れるには十分な時間だった。
遅れて振り下ろされた剣が空を斬る。
危機から脱した少女は短剣を構えながらこちらへ駆けてきた。
しかしそれでも対応できるスピードだ。
ゴードンは冷静に刺突をいなし、少女の腕を取って地に伏せた。
彼女を逃すのは簡単だが、自由にさせてしまうとまた人を襲うかもしれない。
少々荒っぽいが、今はこの場に留めておきたいのだ。
「ゴードン……」
カーチスはゆっくりとこちらへ近づいてくる。
ゴードンは足元の短剣を後ろへ、彼女の手が届かないように蹴った。
そして背負っているデイパックの中からハンマーを取り出す。
戦闘するつもりはないが、殺させはしないという意志表示だ。
「カーチス、説明してくれないか?」
カーチスは立ち止まりこちらを無言で見つめる。
細められたその目には、何か迷いのようなものが感じ取れた。
しばらくして彼はおもむろに口を開いた。
「この部屋に入ってすぐに襲われた。だから排除しようとした――それだけだ」
「……お前なら彼女の様子がおかしいことに気づいたはずだ」
「薄暗いままだったからな。姿はよく見えなかった」
おざなりとしか思えない答えに苛立ちが湧く。
それから詰責しても返ってくるのは曖昧な言葉ばかりで、カーチスは本意を語ろうとはしない。
ゴードンは眼光を鋭くして、思わず強い口調で口を開いた。
「カーチス! お前は――」
「――ゴードンさん!」
思いもよらぬ声に身体が一瞬硬直した。
それが予想よりも早くここへ辿りついたミカヤの発したものだと気づいた時には、伏していた少女は動いていた。
その身体に手を伸ばしたが、むなしく空を掴んだだけだ。
少女は短剣を拾い上げるとそのまま脱出しようと入口へ駆け出した。
今から追いかけても間に合わないだろう。ゴードンは扉付近にいるであろうミカヤに向かって声を張り上げた。
「避けろッ!」
小さな悲鳴が聞こえた。ミカヤのものだ。
ゴードンは不安を抱きながらも彼女の元へ急いだ。
書架を抜けて見えてきたのは、尻餅をついているミカヤの姿だった。
すぐに駆け寄り様子を確かめたが、どうやら傷は受けていないようだ。
安堵のため息をついていると、後方を通る足音がした。
「待て、カーチス。あの少女を追うつもりなら力ずくでも止める」
ゆっくりと立ち上がりながらハンマーを構える。
カーチスは足を止め、目を閉じてそこに佇んでいた。
やがて思慮を終えたのか、彼はやれやれと言うように肩をすくめた。
「安心しろ、あの女を追うつもりはない。アンタと敵対するほどバカじゃないさ」
こちらを見つめるその瞳からは本心までは読み取れない。
しかし今の言葉は嘘ではないとわかる。
なんのために動いているのかは理解が及ばないが、少なくともゲームに乗っているわけではないことは確実だ。
「じゃあな、ゴードン。……死ぬなよ」
そう言って彼は扉を開けた。引き止めはしなかった。
ただその去り行く背中に「カーチス、お前も死ぬな」と声をかけただけだ。
扉が閉まると、それを待っていたかのようにミカヤが口を開いた。
「さっきの言葉――嘘じゃないみたいです。どうやらこの状況を打破しようとしているみたいですが、すぐに行ってしまったので詳しいことはわかりませんでした」
まるで心の内を読んでいたかのように言う。
「……今はあの地球勇者を信じるだけだ」
ゴードンはミカヤを振り返り、「それよりも」と気になっていたことを尋ねた。
「その様子だと、階段を駆け上がって来たのか?」
ミカヤの額には汗がにじんでいた。比較的早くここまで追いついたということは、かなり急いだに違いない。
少しばつが悪そうにミカヤは頷いた。
「ごめんなさい。別れ際、ゴードンさんが険しい顔をしていたのでつい」
言われてみれば確かに、こちらがあんな様子だったせいで不安になるのは仕方がないとも思える。
ゴードンは苦笑をしながら辺りを見回した。
「とりあえず身体を休めよう。テーブルとソファがちょうどあるから、食事も兼ねて話し合いもできる。そして――」
放送が始まったらメモも取ろう、と続けようとしたところで
ヴォルマルフの声が響いた。
【B-2/塔図書館/1日目・夜(18時)】
【ゴードン@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:健康
[装備]:
ダグザハンマー@TO
[道具]:支給品一式
参加者詳細名簿(写真付き)@不明
[思考]1:ミカヤを守る
2:休憩と今後の方針決め
3:余裕ができれば
オリビアを救うために行動する
4:打倒ヴォルマルフ
【ミカヤ@暁の女神】
[状態]:出血により貧血気味 精神的にも肉体的にも疲労(要休息) 服が血塗れている
[装備]:回復の杖@TO、スターティアラ@TO
[道具]:支給品一式、
[思考]1:ゴードンについていく
2:休憩と今後の方針決め
3:仲間と合流したい
4:みんな一緒に生還を
【B-2/塔付近/1日目・夜(18時)】
【オリビア@TO】
[状態]:アンデッド化 手に血が付着
[装備]:バルダーダガー@TO
呪いの指輪@FFT
[道具]:支給品一式
[思考]:人間を殺して回る
【B-2/塔内部/1日目・夜(18時)】
【カーチス@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:健康 (若干の性能劣化あり)
[装備]:オウガブレード@タクティクスオウガ
[道具]:支給品一式
鍵@不明
[思考]1:なんとしてでも首輪を手に入れて、解析して取り外し方法を調べる。
2:これからの所業は終わるまで人に知られなくない(特に
アティとゴードンには)。
最終更新:2009年05月13日 20:33