鬱蒼とした草道を、私は
マグナとともに駆け抜ける。
先程の茶髪の青年は、どうみても正常な判断力を失っているようであった。
服には僅かだが血糊が付着してあり、焦点の合わない瞳は茫然自失としているようにさえ見える。
その挙動不審な言動な行動の数々は、常に見えない何かの視線に脅え、
周囲からの糾弾と断罪を何よりも恐れている哀れな重罪人を思わせる。
それでいて、「自分は正しいのだ」と必死に祈り続けるかのように何かを呟く姿は、
何処かしら滑稽ささえ感じさせた。
こういった状態の者は、これまでに何度か見たことがある。
おそらくはこうだろう。不慮の事故で他人に相当の深手を負わせたか、
あるいは殺害してしまった良心の呵責に苛まれて、心神喪失の状態にあるか。
その男の傍に、負傷したものが傍にいないことからも考えて。
――良心の呵責?
ローディス教国の暗部の中枢を担う、暗黒騎士団ロスローリアンの
騎士団長にとってそれはまさに失笑すべき理由でしかない。
たかが一度や二度の殺人程度で砕ける精神の、なんたる脆弱な事か!
それが仮に無辜の人物であろうが、死して当然の人物であろうが、
己自身が決断した上の行為なら後悔する事などあまりにもおこがましい。
もしそれが仮に不慮の事故による結果であろうとも、
罪を犯した過去でなく己の未来を考えるのが人間というものではないのか?
現実から逃避し、行為に伴う罪も考えず、露見するリスクも背負う事も出来ずして何たる覚悟のなさだ。
だが、それにより生まれた心の空洞は、こちらにとって大いに利用できそうだ。
人は罪悪感を感じることのできる生き物だ。
そしてその苦しみから逃れようと躍起になり、
己が罪を正当化しようと理由を求めたがる、
救いきれないほどに業の深い生き物だ。
罪とリスクを背負う強さなど、彼を含め大部分の人間にはないのだ。
ならば、彼にとって幸せとなれる道をこちらが与えてやればいい。
その代償が「支配される」ということだが、
それで当人の気が狂わず、満ち足りる事ができれば素晴らしい事ではないか?
捕まえさえすれば、あとはどうとでもなる。
彼の心の傷を探し出し、抉り捻り潰す。
散々に苛んで既存の価値観を完全に破壊する。
そうして心が空洞となった所に、
「贖罪」という名の希望の道を示せばよい。
後はこちら側に喜んで奉仕したくなる、
目的の為ならいかなる犠牲も厭わない、
新たなる価値観を代わりに与えてやればよいのだ。
そうすれば、付き従ううだつの上がらない青年よりよほどまともな手駒が出来上がる。
「狂信者」という名の、素晴らしい尖兵が。
私が抱いた茶髪の青年への印象は、概してそのようなものであった。
だからこそ、捕らえてみて利用価値がなさそうであれば、
その場で始末してしまっても構わない。
足手纏いは、一人でさえいらないものなのだから。
その場合、「殺さざるを得なくなった」理由は状況に応じて適当に作り出せばよい。
もし、やはり彼が既に脛に傷ある身(つまりは誰かを殺害している身)であったなら、
なんの支障もないだろう。目の前の能天気な男など、如何様にでも説得できる。
「彼は既に人を殺しており、正気を失っていた。殺さなければ、我々の身が危険であった。
君の為に彼を排除せざるを得なかったが、手加減ができなかった。」
そういう状況を演出すれば、後ろにつき従う青年も納得せざるをえないであろう。
先ほどの青年が正気を失っているのであれば、それも実に容易い事。
ただし、これはあくまでも最後の手段である。できれば、彼は優秀な手駒であってほしい。
この私にとっても。
目の前の青年にとっても。
そして茶髪の青年自身にとっても。
そうであるほうが、こちらも手を汚す手間と
それに伴うリスクを一切背負わず、万事上手くまとまるのだ。
私は冷笑に口元を歪めると、全力でその足跡を追った。
◇ ◇
茶髪の青年の疾走は、想像を遥かに超えるものであった。
まるで体力の限界など存在せぬかのように、
重装とは思えぬ程の狂った速度をその足は生みだしていた。
こちらが全力疾走して追いすがるのがようやくという程に。
あれは俊足などと言うレベルではない。明らかに常軌を逸している。
薬物でも過剰に投与しているか、あるいはなんらかの魔法による
精神的影響を受け、体力の限界や疲労など忘れてしまっているか。
そうとしか考えられない。
だが、それならば効果が切れた時は一度にその反動が襲い来るだろう。
用心に越した事はないが、それならば彼に限界の時が来るまでは
視界に捉えられる程度の距離を保ち続ければよい。
幸い、相手はこちらが追跡していることにさえ気が付いていないのだ。
今ここで、私が無理をする必要性は全くない。
私は追いかけ続ける内にこちらの息が少々荒くなるのを感じていたが、
あともうしばらくの辛抱であると自分に言い聞かせていた。
―――しかし。
「ま、待って、く…!アルフォ……ス!!そん……に、急がっ………、くれ…ッ!!」
息も切れ切れに、ただし前方の逃亡者からも聞こえるような声量で、
彼に同行していた青年はこちらの存在を知らせるべく大声を発した。
―――そう、こちらの存在を前方に知らせるべく。
無論、その大声は前方を走る茶髪の青年にまで届いてしまう。
標的はビクリと背筋を立たせると驚いたようにこちらを一度だけ振り返り、
足よ折れよと言わんばかりにさらに疾走する速度を上げ、
瞬く間に私の視界から消えてしまった。
これでは、追跡しようもない。
私は軽い失望のため息を付き、軽蔑の視線で背後を振り返る。
――またしても、この男か。
その両膝に手をつきながらひたすらに荒い息を吐き、
このどうしようもなく迂闊な青年は私の目の前で停止した。
――どこまでも勘に触る。その首を叩き落とされたいか?
無防備にそのうなじを見せつけるマグナに殺意が湧き上がる。
やはりというか、当然のようにその肩に止まる小鳥は、
忌々しくもこちらの顔を覗きこむように伺っていた。
すまないが、私の忍耐もそろそろ限度に達しつつある。
これからの悲劇を避けたいなら、小鳥よ。貴公も少し協力してはくれまいか?
私は心の中でそうひとりごちると、
目の前の青年に冷たく言い放った。
「…君は今の大声であの青年が逃げ出してしまったことに気づいているのか?」
「うっ…」
どうやら何一つ考えていなかったらしい。
――やはり、そんなところか。
元よりマグナに期待などしていなかった分、戦力外である事は止む無しと諦めていた。
ただし、こちらの足を引っ張られる事には我慢がならなかった。
マグナ本人については、既に利用価値などほとんどないと認識している。
問題は首輪解析の鍵を握る
ネスティという青年と親友である事だが、
この青年を人知れず殺害してから何食わぬ顔で身柄を確保しても構わないのだ。
無論、この青年がいなければネスティの懐柔が困難になることは確かだが、
厄介者を背負い続けるリスクがそれを上回るなら話しは別物となる。
あまりにも無能であれば、殺してしまってからその罪を別人――、
たとえば、今追っている茶髪の青年辺りにでもなすりつけてしまってもいい。
こちらは守ろうとしたが、力が至らなかったとでも言いくるめばそれで充分だ。
死体は重石でも付けて海岸や沼などに沈めてしまえば、死因をとやかく調べられることもない。
私の思考は、今や「いつマグナを切り離すか」ということに傾きつつあった。
「君の方がこの私より若いというのに、不甲斐ない有様だな。
君は思慮に欠けるだけでなく、体力にも欠けるのいうのか?
それでよく剣が使えるなどとと言えたものだ。」
殺意は抑えていたはずだが、知らぬうちに言い方に険がこもる。
「うっ……。そ、それは単にアルフォンスが人間離れしているだけだってば。
その装備であれだけ走ってほとんど息が上がってないって、一体どんな体力してるんだよ?」
ようやく呼吸が回復したのか、マグナがつまらぬ言い訳を始める。
このままでは先が思いやられる。
ゆえに、私はマグナという男の資質を一つ試してみることにした。
「一つ聞こう。…先程の青年を見失ったわけだが、
君がもし彼の立場であったら次にどう動くと考える?」
無論、大した答えは期待していない。
ただし、それがあまりにも的を得ない回答であった場合は、
今この場で(文字通り)斬り捨ててしまってもいいだろう。
「あ。それなら、あの城辺りに逃げようとするな?」
「…ほう。では、それは何故そう考えるのだ?」
マグナは顎に手を当てながら、考える仕草を取る。
「それだけどな。さっきの変な二人組やアルフォンスみたいな
おっかないのに大勢で追い掛け回されたら、俺だってまず隠れようとするよ。
でも、数が多かったら万が一見つかった時の事も考えるだろ?
なら、何か身を守るものをあの城で見つけてからの方がいいって思うな。
あいつだって、鎧は着ていたけど丸腰みたいだったし。」
「ふむ。…悪くはない回答だ。」
そう。悪くはない回答だ。
一応、ある程度の洞察力と判断力はあるらしい。
こちらの顔立ちを揶揄するのは余計な御世話だが、まあ堪えよう。
先程の青年には、今となってはさほど執着はしていない。
あくまでも「駒」となる可能性のある者を一時見失っただけのことだから。
城であの青年を確保できるなら儲けもの、
誰もいなかった所でなんらかの収穫はあるかもしれない。
万が一マグナに利用価値を見いだせなくなった場合でも、
あの城は人知れず安全に斬り捨てることができる場所だ。
城ならば飾り物の甲冑位は置いてあるだろう。
死体は鎧でも着せて外堀にでも投げ捨ててしまえば、
永久に浮かびあがることはない。
どう転んでも、そう悪くはない回答だ。
「では、そちら向かうとするか。いくぞ、マグナ。」
そう言って身を翻し、古城前まで向かおうとしたところで、
――マグナは右腕を大きく振り上げ、後ろに向かって再び大声を上げていた!!
「おおーい!こっちだ、こっち!お前たちもこっち来いよーー!」
こちらがマグナの口を塞ぐ暇さえもない。
口を塞ごうと近づいた頃にはすでに後ろを駆ける二人は我々の存在に気づき、
足早にこちらへと向かっていた。
「…どういうつもりだ?君にはあの二人は避けるよう警告しておいたはずだが?」
再び煮え滾りだす、どす黒い悪意の塊を無理やりに抑え込む。
マグナの肩にいる小鳥は、今度こそ警戒心を露わにしていた。
ただし、知らぬは本人ばかりなり、といった調子であったが。
これが部下であれば、命令違反でただちに斬り捨てていたことだろう。
もっとも、ここまでこちらの空気が読めぬ男は我が騎士団には存在しないが。
……たとえ、あのバルバスであろうとも。
「…ああ。そのことだけどな、アルフォンス?
やっぱり、あいつらには声掛けといたほうがいいって思うんだ。
ほら、さっきの
プリニーみたいな着ぐるみ着てたのいただろ?
あいつ、着ぐるみ脱いだ時に妙な癖毛があったから気づいたけど…。
確か、
ヴォルマルフとやりあってた
ラムザってやつだぜ?」
「…それだけの理由で、君は彼らに声を掛けたというのか?」
ラムザという男が進行役と因縁がありそうだから安心。
その程度の安易な理由で、私の判断を一切仰がずに独断で声を掛けたということか?
私はその声がこの上なく冷え切ったものになっている事を自覚していた。
「そうそう。だから警戒する必要はないと思うな。
さっきの奴を追いかけるなら、あいつらから事情を聞くなり、
協力してもらうなりしてからのほうがいいと思うんだが。」
……もはや何も言うことはない。
私の不興を買っていることにさえ気づかぬとはな。
掛ける言葉を失うというのは、この事か。
この男には洞察力はあっても、
周囲の空気を読む能力が決定的に不足している。
あるいは、私自身が相当に舐められているということか。
これでは、たとえ能力があろうと一切関係がない。
…やはり、機会あらば始末してしまおう。
ネスティとの接触に対しては多少の困難が生じてしまうが、
私にとってはこの男といるほうがリスクが高すぎる。
この男と共にいることで余計な窮地に立たされるようでは、
利用価値以前の問題だ。
幸い、今の私に警戒の視線を送るのは、幸いにもこの無力な小鳥一羽のみ。
マグナの弁によればどうやら支給品とのことだが、
人語を発することさえ出来ぬ勘の鋭い小鳥など、
何をさえずろうが誰も取り合わぬ。
目障りなようなら、まとめて斬り捨てればればよいだけの事。
私の剣の腕なら、たとえ小さな標的でも全く問題はない。
だが、あの二人組には警戒されぬようにせねばならない。
異常なまでに勘が鋭いのは、何もあの小鳥だけとは限らないのだから。
丹田に力を入れ深呼吸をする事で心身を落ち着け、意識を切り替える。
己の感情を制御化に置き、マグナへの殺意を極限にまで抑圧してから、
私はペンギンの着ぐるみを着た青年とマフラーを首に巻いた
半裸の少年の二人組に向き直った。
◇ ◇
「…うむ、二人とも出迎え御苦労。お前達、楽にしていいぞ。」
「わーッ!わーッ!初対面の人に何言い出すんですか
ラハールさんッ!」
やがて二人は私の前に辿り着き、立ちながらそれぞれ自己紹介を行った。
マグナは馴れ馴れしくにこやかな笑顔で二人に近づいていくが、私はそのままに放置する。
やはりというか、例の二人組の初見で感じた印象と大差がないようであった。
触覚のような前髪を二本垂らした半裸の少年はラハールといい、魔王を自称している。
平時であれば、状況で気が触れてしまった哀れな少年か、
控え目に見ても誇大妄想狂としか捉えなかっただろう。
だが、その燃え上がるように危険な瞳は強靭な意志の持ち主である事を示し、
その者が狂気の世界の住民であるという可能性を明確に否定している。
先ほどの茶髪の青年のような、魂の抜けた「支配される側」の存在ではない。
あれは、これまでに数々の困難を自力で潜り抜け、
己に絶対の自負を持つ者特有の輝きを持つ瞳だ。
自信過剰ではあっても、断じて空威張りや
虚勢といった類の中身のないものではない。
この者がたとえ魔王でなかろうとも只者ではないことは、
瞳を見ずともその気迫からも容易に察することができる。
だが、露骨なまでに人の上に立とうとするその言動は、
あまりにも非常識かつ無礼にすぎた。
おそらくは一度たりとも人に仕えたことがないのだろう。
だからこそ相手の空気を察することができず、
また支配することに慣れきってしまっているからこそ、
周囲がこちらの命令に従うのが当然と考える。
典型的な生まれついての覇者であり、暴君である。
間違いがあっても、人の風下に立つ存在ではない。
そして、おそらくこの小覇王の機嫌を損なえば、
たとえ味方であろうと躊躇なく実力行使に出るであろう。
…これは、想像以上に危険な相手といえる。
バルバスのような餓えた獣のごとき存在であれば、
満腹しない程度に適当な獲物を与え続けておけば
ある程度行動を御することも可能である。
以前はこの私も、そうやってバルバスを従えてきた。
だが、あの少年相手ではそれも不可能だろう。
あのタイプは、厄介な事に傲慢ではあるが愚鈍ではないのだ。
こちらが体よく利用しようとした所で、いち早くその意図を察知する。
そうなれば、むしろその行為を許しがたい侮辱と判断し、
こちらに刃を向ける可能性さえある。
…これでは、駒として使い物にならぬ。
この者の傍にいるのは、どう考えても得策ではないだろう。
利用するどころか、こちらが下僕としていいように使われる危険性さえある。
うまくこの場を去ってもらうか、あるいは――。
一方で、ラムザという青年もその正気の沙汰とは思えない
出で立ちに似合わず相当の切れ者のようだ。
向こうから接近してきた際、この青年はラハールという少年を
私から小幅で十一、二歩の距離で静止させていた。
――小幅で十歩という距離が意味するもの。
それは腕の立つ剣士なら、一挙動で相手に攻撃を仕掛けられる限界の距離である。
こちらが二人連れで、内一人が先に無防備で馴れ馴れしく接してくるからといって、
決して無警戒であるわけではないのだ。まず素晴らしい用心深さだと言える。
試しに私の方ががさりげなく一歩だけ踏み出してみると、
向こうもさりげなくラハールの間に入ってみせた。
…ほう。身を呈してでも仲間を守ろうというのか?
しかも、こちらの気分を害さぬように、声や態度は決して荒立てることなく。
間に入られた当人にさえ、その意図に気づかれることなく。
こちらが友好的である可能性も踏まえているのだ。
――大したものだ。
しかもこの青年、ラハールとは対照的に徹底して低身低頭の態度を取り続けているが、
このあくまでも尊大な少年と釣り合いを取るためにあえてそうしている感がある。
尋問などでは優しい警吏、怖い警吏が二人組で事に当たり情報を引き出す場合がある。
このラムザという男はラハールに後者の役回りを演じさせ(本人に演じているつもりはないが)、
自らは徹底的に前者に徹することで好感を得ようと言うのだろう。
この実に御しがたい暴君相手に、己にとって最適の立ち回り方というものを実によく心得ている。
その手慣れた対応は、どこか数多の魔獣を飼いならす猛獣使い(ビーストテイマー)を連想させた。
この場で一番尊大にふるまっているのはラハールという少年だが、
実質的なリーダーはこのラムザであると考えて間違いないだろう。
二人の気質は、僅かな立ち振る舞いと会話でおおよそは理解した。
私は情報交換の為、腰掛けながらの会話を提案する。
やはりというか、こちらが完全に腰掛けることを確認してから、
ラムザは地面の埃を払い、ラハールに腰掛ける場所を恭しく提示する。
こちらも相手の警戒心を緩めるため、
重心の移動が難しい正座の姿勢をあえて取り、
鞘ごと剣を腰から外して利き腕の側に置く。
ラムザはこれらの行為が意味することを理解し、
ようやく表情を緩めて最後に腰掛けることにした。
無論、少年をすぐにでも庇えるような、それでいて一歩引いた位置に。
――だが、まだ青いな。
逆腕だから?姿勢と重心が偏っているから?
だが、それが私にとっては何の支障となろう?
私はいかなる状態からでも、瞬く間に人を斬る術を使いこなせる。
目の前の傲慢な少年の首を、瞬く間に刎ね飛ばすことができる。
それは、少々私を見くびりすぎだというものだ。
だが、その剣は今抜かれるべきものではない。
…本当に命拾いをしているな、少年。
私は目の前にいる半裸の少年に心の底で冷笑しながらも、
これまでの出会いとあらましを説明することにした。
◇ ◇
「――で、お前らはここに辿り着いたというわけか。」
「では、最初から丁度近くにいたってことですね?」
「…そうそう。
ホームズ達に出会わなかったってことは、
やっぱりホームズ達もあんた達見て警戒してたのか?」
「…あんた達“も”?」
“も”という表現に、ラハールは「ほう?」と小さな声を上げ、
ラムザは首をわずかに傾げる。
(とはいえ、ずん胴のペンギンの着ぐるみではそれは分かり辛いが)
――この男は、何時も余計な事ばかり言ってくれる。
(「私にはあの時ラハール殿が平常心を失っているように見えたのでね。
時を空けてから、改めて声を掛けようと判断したのだが。」)
こう答えるのが一番無難なのだろうが、それでも目の前の自称魔王の
自尊心を傷つけるものになるのは違いない。巻き添えは御免こうむりたい。
私は目でマグナに合図をして、続きを促した。
この者の発言でラハールの機嫌を損ね、マグナが害されるならそれもまたよし。
全く止める理由はない。むしろこちらが手を下す手間が省けるというものだ。
「まあな。『あんた達が私達の予想以上に危険な存在なのかもしれない』 って
アルフォンスが言っていたから、同じ事を考えていたかもしれないな。」
――アルフォンスが言っていた、か。
今すぐにでも隣に立つ愚かな青年を斬り捨てたいという
衝動に支配されそうになるのを、無理やり抑え込む。
元より殺気を消すことに専念していたからか、
ユンヌですら全く気付けぬほどにそれは上手くいった。
だが、殺意を完全に消し、気配を遮断し続けるという
作業は口で言うほどに容易いものではない。
絶えず己から漏れ出す感情に意識を集中し続ける分、
注意力がどうしても平常より散漫となる。
それに、こちらの忍耐にも限度というものがある。
この男の愚行の代償はいずれ償ってもらうにせよ、
これ以上の失言は避けてもらいたいのだが。
「ほう。このラハール様を“危険”だと、そうお前は言いたいのか?」
ラハールは立ち上がって腕を組み、さも嬉しそうにニタリと笑う。
それは自尊心を傷つけられて激怒するというよりは、
こちらの出方を改めて試すような、大胆不敵さが伺えた。
その熱い視線は、さながらに獲物の次の行動を窺う
血に飢えた肉食獣のものというのが相応しい。
理由などどうでもいい、戦闘に至る切っ掛けを渇望している。
…だがその場合、死ぬのは貴様一人だけなのだが。
ロンバルディアの位置を、目線だけで再確認する。
この少年が不審な動きをすれば、すぐさまにその命を戴く。
立ち上がってくれているなら、むしろ好都合というものだ。
この者の呼吸は、既に把握している。
こちらの肩より高い位置に首があるなら、硬い顎にその斬撃が阻まれる事もない。
利き腕で鞘を握ってから一挙動。瞬く間にこの首を刎ね飛ばすことができる。
この者がいかに強大な力を秘めていようが、発揮されなければ何の意味もない。
殺気は完全に消している。こちらの意図も察知されてはいない。
…勘違いしているようだな。狩人は私であり、獲物は貴様なのだ、少年。
貴様がこの私に敵意を向けた時が、その最期と知るがいい。
私は慎重に鞘を手にするその機を、少年の気を窺う。
私の気配は完全に消えたまま、溢れるラハールの闘気が緊張感を生み出す。
だが、二人の弛緩し切った声による横槍が、
私とラハールの殺意を根こそぎ奪い取った。
「…ラハールさん。今の態度、僕から見たって十分危険そうに見えますよ。
だからさっきの
リュナンさんだって逃げ出したんじゃないですか。
もっと気をつけて下さい。」
「まあなあ。今のは俺から見てもちょっと怖そうだけどな。
アルフォンス、実はお前もちょっとだけ怖かっただろ?」
半ば呆れた声で、ラムザはあやすようにこちらへの助け舟を出し、
マグナは私をからかいながら、適当に笑顔で相槌を打つ。
肩透かしをくらう形となり、本人以外全員一致の考えでは
さすがにこれ以上食い下がれぬと判断したのか、
ラハールは不機嫌そうに矛を収め、腰掛け直す。
…悪運が強いな、少年。
しかし、この状況は危険だが、同時に好機でもある。
この態度からするに、誰でもいいから鬱憤を晴らす場所が欲しいと見受けられる。
対象が私ならいい迷惑だが、その矛先をうまくマグナに向けることができれば、
こちらは労せずして邪魔者の排除ができそうだ。
「ところで、さっきから気になっていたことですが…。
『アルフォンス・
タルタロス』さんでよろしかったですね?」
「…ああ。」
穏やかな口調を崩さず、だが決して若干の緊張を隠しきれずにラムザは続ける。
「差し支えなければ教えていただきたいのですが、
なぜ貴方は『ランスロット』ではなくそう名乗っているのですか?」
「!」
その質問自体は当然のものであった。名簿に「アルフォンス」という名前がない以上、
偽名を名乗るということは後ろめたいことがあるのではないかと警戒するのは道理である。
だが、断定には至らない。そこで確認に至ったということか。
そこには別段驚いていない。
マグナにもその名と理由を語っている以上、聞かれれば答える準備もあった。
…しかし、さっきの茶髪の青年の名は兎も角、
なぜこの私の名が「ランスロット」であると一見で特定できるのだ?
「…ほう、偽名とはな?…やはりこの男は怪しいぞ?」
喧嘩を売る理由が再び出来そうだと調子づく半裸の少年。
だが、助け舟は意外なところから来た。
「あ、それなら俺が説明するよ。『ランスロット』って名前、名簿に二つあるだろ?
ランスロット・ハミルトンって人と、ランスロット・タルタロスって。
ややこしくなるから『アルフォンス』って名乗ることにするってさ。
悪ぃ悪ぃ、アルフォンスで馴染んじゃってたから俺も気がつかなかったよ。」
「そういうことでしたか。では、僕達もアルフォンスさんとお呼びしたほうがよろしいですね?」
私は無言で頷き、ラムザはそれで納得したようだった。
ラハールはフン、と面白くなさげに腕を組みながら明後日の方向を向く。
…だが、どうにも疑念が沸く。
ラムザ達のこれまでに出会った人物から考えて、
嘘など付かぬ限りはこちらの名を知ることなど出来ない。
こちらの名を特定できる数少ない情報と言えば名簿くらいのものなのだろうが、
そこに名前付きの人相書きでもない以上、未見の人物を一目で特定することなどできない。
…人相書き、か。まさかとは思うが、念のため確認しておく必要があるな。
「君達、突然このような申し出をするのも不躾で申し訳ないが、
お互いの荷物の内容を全て開示してはみないか?
私の勘が正しければ、お互いに確認したほうが有益かもしれないのでね。」
その発言に半裸の少年はやや怪訝な顔をし、
ラムザは着ぐるみの中で眉をひそめた(ように感じた)。
それも当然のことであろう。支給品の内容を教えるということは、
こちらの戦力を教える、即ち命綱を見せるということである。
彼らにとって、我々はいまだ味方であるかどうかもわからないのだ。
それが役立たずの品であれば足元を見られ、
逆に貴重な品であればそれが原因で奪い合いになりかねない。
あっさりと人を信じてしまう、今隣にいる愚かで純朴な青年でなければ、
見せろと言われてそう気安く見せびらかすようなものではないだろう。
さすがに、この者達はマグナのような愚か者ではないらしい。
ゆえに、こちら側からの最大の譲歩と敵意がない事を示す。
まず自らのバッグを裏返して中身をすべて開示し、
続いてマグナに目線で促した。マグナも、あわててそれに従う。
目の前の半裸の少年は少しばかり首をひねった後
「おまえのよきにはからえ」といった表情でラムザに視線を送る。
ラムザは少しの間考えたものの、自らのバックの中身を広げ、
続いて断りを入れてからラハールのバックの中身を丁寧に開示した。
武器や道具より、共通と思われる支給品の確認を優先する。
ラハールが持っていた剣とラムザの持つ鉱石の組み合わせを見て
マグナは小さく驚きの声を上げたが、私は無言で手で制する。
彼らの支給品で、何か心当たりがあるらしい。
だが、たとえそれらに貴重な価値があろうと、
今支給品の事で問題を起こしては確認も取れなくなる。
発言は、少し控えていてもらおう。
そして、しばらくしてすべての支給品の確認を終える。
――やはり、そうか。
会場の地図、二日分の食糧、透明の水筒二本(ペットボトルと呼ぶらしい)、
時計、方位磁石、着火道具、
参加者名簿に至るまで
共通の支給品においても、程度の差はあれその全てに差違が見受けられた。
確かに、命綱ともいえる武器や道具と違い、
こういった雑貨に近いものは誰も念入りに確認など取らない。
かくいう私自身も一通りの確認しか行わなかった。
だが、それこそが盲点なのだ。
そういった中にこそあえて差異を仕込み、不平等を作り出す。
目的は当然混乱を生み出しそれを広げること。
食料品などが一番わかりやすい。
たとえ二日分の食糧という意味では等価であっても、
その内容が粥二日分と王侯貴族が食する宮廷料理二日分では別物と言えよう。
集団で食事を取る際、この大きな格差は嫉妬や羨望を生み出し、
不和の種としては十分な効力を発揮する。
あのヴォルマルフという男は、それを狙っているのだろう。
姑息な手段ではあるが、それなりに有効な手段だ。
幸か不幸か、私とマグナが取り出した支給品の食糧や水、
名簿については大きな差異がなかったため、
そこにまで気が回るということはなかったのだ。
私は己の安直さを深く恥じ入る。
特に、違いについてはラムザの参加者名簿が顕著であった。
結果は私が想像した通りだったので、さして驚くということはなかったが。
やはり、ラムザの参加者名簿だけはその姓名だけでなく
その精緻な肖像画(ラハール曰く、『顔写真』と言うものらしい)も添付されていた。
これまでに出会った者達も、名乗った名と顔が一致していることを確認する。
(とはいえ、
ルヴァイドと
漆黒の騎士の顔だけは兜でその素顔が隠されており、
二人の人相を推し量ることはできなかったが。)
私はネスティをはじめとする全員分の顔と名前が一致するよう、その記憶に刻みつけておく。
「そういうことか。君はこの名簿で、私の名と顔を最初から覚えていたということか。」
「ええ、そうです。ですが…。」
「君が見ての通り、我々の名簿には人相書きがない。」
「そうなると、先ほどリュナンさんの名前を呼んで警戒されたのは…。」
「…少なくとも、彼の名簿にも名前しか書かれていなかった。
故に気安く名前を呼ばれた事で、かえって警戒されたといったところではないか?」
「…しまったッ!そういうことだったのか…。」
「…で、どうするんだ。もちろん、あいつの“狩り”は再開するんだろう。なあ?」
「ラハールさんッ!何度でも言いますが、まだ彼は敵だと決まったわけでは…。」
己のうかつな発言を悔やむラムザに、
先ほどの茶髪の青年の“狩り”を再開したいと主張するラハール。
…なるほど。この状況は大いに利用できるかもしれん。
あのラハールという少年は危険すぎる。駒として利用できないのであれば
隙を見て始末しようとも考えていた所だが、これは丁度良い機会だ。
「リュナンという男は
手負いの獣であり、油断したラハールとマグナは逆に倒されてしまった。
私はその敵を討ったが、彼らを助けることはかなわなかった。」との筋書きを描くこともできる。
どのみち、ネスティと接触するまでに最低一つの首輪は欲しかった所だ。
リュナンという男の使い道は、それで決まりそうだった。彼から首輪も頂く事にしよう。
駒の確保は出来なくなるが、それは止むをえまい。
代わりの駒など、探せばいくらでも調達できる。
「それを確認するためにも、一度彼とは接触を図るべきではないのか?
そうであれば、あまりぐずぐずとはしておれないだろう。」
私は一同にリュナンという青年の捜索の再開を申し出る。
無論、真の目的は捜索などではなく、厄介者達の排除にこそあるのだが。
「ええ、確かにそのとおりなのですが、
こうしてこちらの鍵を握るものがいると判明しているなら、
まずそちらの確保を優先すべきではないでしょうか?」
ラムザはそうして無言で首輪を叩く。
この会話が何処かで聞かれていることを警戒してのことだ。
ただし、それはどちらかといえばリュナンとの接触を
出来るだけ避けたいのが本音のようにも感じられた。
「ええいっ!また待たされるのか?
そんなものは
カーチスにでも任せてしまえばいいだろっ!
今は疑わしき敵を滅するのが最優先だっ!」
どうやら、この少年の形をした野獣は抑えが利かなくなりつつあるらしい。
だが、抑えが利かなくなったその時こそが運の尽きだということにも気づいていない。
牙がこちらに向かうなら、遠慮なく排除させてもらうだけのことだが。
…だが、首輪の話題で「カーチスに任せろ」か。
ネスティの他に首輪解除の鍵を握る者がいるかもしれないとはな。
これは意外な収穫かもしれん。
私はカーチスという男の名を記憶の片隅に入れて、
再びロンバルディアを目線で確認したところ、
意外なところから声が上がった。
ただし、今までの能天気すぎる調子とはまるで違った口調で。
「…ちょっと待った。
そっちが両方とも大事なのはわかっているが、
その前に一つ皆にどうしても話しておかなきゃいけない事があるんだ。
ディエルゴって名前、今まですっかり忘れていたんだが…。
ラハールの剣を見てようやく思い出した。
それ、“不滅の炎(フォイアルディア)”だよな?」
「…この剣を、知っているのですか?」
そう言いだしたラムザは勿論の事、
私を含めてこの場にいる全員がマグナに注目する。
自分が腰に吊るしてある剣の事ゆえか、
あのラハールでさえもが驚きの顔で耳を傾けた。
「ああ、よく知っている。そいつの持ち主、“抜剣者”の事も。
そいつによって、あの主催者のディエルゴって奴は二度倒されたはずなんだ。」
「…詳しく話しを聞かせては貰えまいか?」
主催者にまつわる情報と、それを倒した時に用いられた剣の事か。
どうしてそのような重要な事を今までこちらに話さなかったのかと
マグナを問い詰めたかったが、詰問は後回しにしておこう。
いずれ始末してしまうにせよ、貴重な情報は出来るだけ吐き出させるに限る。
マグナはいつになく張りつめた、苦渋に満ちた顔で、
皆の顔を窺いながら少しずつ語り始めた。
「…わかった。じゃあ話そう。少し長くなるが聞いてくれ。
ディエルゴの事、抜剣者との出会いの事、俺とネスティ・アメルの三人の秘密、
魔剣の事、聖王国とあの島で起こった全ての出来事を―――。」
【E-2/城前/1日目・夕方(放送直前)】
【ラムザ@FFT】
[状態]: 健康、後頭部にたんこぶ
[装備]: プリニースーツ@ディスガイア
[道具]: 支給品一式(食料1.5食分消費)、ゾディアックストーン・サーペンタリウス@FFT、
サモナイト石詰め合わせセット@サモンナイト3
[思考]1:ヴォルマルフ、ディエルゴの打倒
2:白い帽子の女性(
アティ)と接触し、ディエルゴについての情報を得る
3:ゲームに乗った相手は容赦はしない
4:ラハールの暴走を抑える。
5:リュナンについては保留。ネスティの確保を優先する。
6:…マグナのディエルゴと魔剣に関する話しに大きな関心。
7:全ての支給品において何らかの差異があることに興味。
8:ランスロット・タルタロスという人物に対して若干の警戒心。
[備考]:現在プリニースーツを身に付けているため外見からではラムザだとわかりません。
ジョブはシーフ、アビリティには現在、話術・格闘・潜伏をセットしています。
ジョブチェンジやアビリティの付け替えは十分ほど集中しなければなりません
自分の魔法に関することに空白のようなものを感じている。(主に白魔術)
【ラハール@ディスガイア】
[状態]: 健康、若干の苛立ち
[装備]: フォイアルディア@サモンナイト3(鞘つき)
[道具]: 支給品一式(食料0.5食分消費)
[思考]: 1:…で、いつになったら暴れることができるんだ?
2:俺様を虚仮にした主催者どもを叩き潰すぞ!そのためなら手段は選ばん!
3:何とかして首輪は外せんのか?まあネスティという奴も一応は探してみるか。
4:…抜剣者?もし出会ったとしても、この剣は渡さんぞ。俺様のものは俺様のものだ!
5:小難しい事を考えるのは性に合わん。しばらくはラムザに任せるしかない、か…。
【マグナ@サモンナイト2】
[状態]:健康 衣服に赤いワインが付着
[装備]:割れたワインボトル
[道具]:支給品一式(食料を1食分消費しています) 浄化の杖@TO
予備のワインボトル一つ・小麦粉の入った袋一つ・ビン数個(中身はジャムや薬)
[思考]1:…どうして、今までディエルゴの事を思い出せなかったんだろ?
2:さて、どこから最初に話したものかな?
3:仲間を探す(ネスティと抜剣者達を優先したい)
4:皆とともにゲームを脱出したい 。
5:…着火装置と、時計か。サモナイト石もあることだし、何か呼び出せるかもしれないな。
[備考]:ユンヌ@暁の女神 が肩に止まっています。
ユンヌはランスロット・タルタロスの気配が
完全に消えていることを少し不思議に思っています。
【ランスロット・タルタロス@タクティクスオウガ】
[状態]:健康、殺気を極限にまで抑圧、気配を完全に遮断。
[装備]:ロンバルディア@TO
[道具]:支給品一式(食料を1食分消費しています) ドラゴンアイズ@TO外伝
[思考]1:生存を最優先
2:ネスティとの接触を第一目的とする。
3:ラハールを危険視。隙を見て暗殺して魔剣と首輪を奪う。
4:抜剣者と魔剣が主催に対する切り札になるかどうか、マグナの話しから見極める。
5:マグナを引き連れるほうが極めてリスクが高いと判断。
決定的な殺意を抱いてはいるが、情報をある程度引き出すまでは保留。
6:ラハールやマグナはなるべく目撃者を出さずに始末したい。
首尾よく殺害できた場合、その罪はリュナン辺りに被せて殺害し首輪を奪う。
7:ラムザに対して強い警戒感。なるべく距離は取り、目の前での不審な行動は慎む。
8:『カーチス』という名に興味。ネスティと同じ立場にあるかもしれないと推測。
9:脱出が不可能な場合は優勝を目指す。
[備考]:ゲーム全参加者の顔写真(タルタロスは精緻な肖像画と認識)と名前を丸暗記しました。
ラハールやマグナに対する殺意を抑え込む事に意識を集中しているため、
周囲に対する注意力がやや散漫になっています。
また極限まで殺気を消している結果として「不自然なまでに気配そのものが消失している」為、
勘の鋭い者ならそこから何かしらの違和感を感じるかもしれません。
最終更新:2010年06月04日 11:17