深い、森の中で
シーダはじっと座り込んで隠れていた。
もうシーダからの視点では辺りは木が死人の行列の様に並んでいるようにしか見えない。
そう――もしかしたら自分もその仲間に入ってしまうかも知れないのだ。
ああ、
マルス様――
長く、美しい青く染まった髪ももう今は戦闘後の様にぐちゃぐちゃに広がっていて、貴族的な顔も恐怖に歪んでいた。
それはかつてタリス城が海賊に襲撃された時のものに似ていたのかも知れない。
たくさんの人々が殺されていく、あまりにも残酷なものだ。
それから解放されるなら、いっそ危なそうな参加者を片っ端から斬り殺したくすらなってくる。
――そんな嫌な考えを記憶の隅に押し込んだ。
これがあの男の狙いなのだろう。こうやって恐怖で押し潰して錯乱させて、潰し合わせるのだ。
それに気付いたら誰がこんな馬鹿げた事に乗る?
とにかく。とにかく――マルス様達を探さなければ。
この取手が付いた袋から取り出した名簿――自分の名前に、マルスの他にもチキ、
ナバール、オグマ、
ハーディンと言ったシーダが知っている名前が載っていた。
という事はだ。
つまり、シーダと同じようにこんな事に巻き込まれているのだろうか?
なら直ぐにでも合流すべきだろう。特にマルスに。
何故こんな場所に投げ込まれて、真っ先に考えられなかったのだろうか?
もし気がつかないままだったら、誰かを疑い始めていたかも知れない。それこそ男の思惑通りに。
しかも、袋に入っていたのは”武器”というのが楽器――竪琴だ。
武器と言えるのかどうかはともかく、今のシーダには最適の道具。
これを鳴らし続ければ、誰かが集まってくれるのではないのだろうか?
誰も殺し合いなどには乗らない。絶対に。そうシーダは信じきった。
手にした竪琴に指をかけ、ゆっくり弾き始める。
その瞬間的に途切れる音色はシーダの鼓膜に届いた。
そう、これがみんなの耳に届いて、みんなが集まってくれれば。
誰も傷つけずに済むかも知れないのだ。
数分経った。
まだ誰もシーダの元に来ていない。指をせわしなく動かし、自分の存在をアピールする。
更に数分が経った。
微妙にシーダの頭がぼんやりしてきた気がする。
少し疲れてきたのだろうか、慣れない演奏をしているから?
でも――諦める訳にはいかなかった。
それからまた数分経っても、誰もシーダの元には来なかった。
にも関わらず、まだまだシーダは竪琴を弾こうとした。
――?
後はいきなりシーダの全ての脳神経がボウルの中のケーキのクリームの様に掻き混ぜられたみたいになって、それでおしまいになった。
それは今までシーダが行ってきた行動より短く、ほんの数秒の出来事だった。
もうこの空間に投げ出されてから何処まで歩いただろうか?
冷や汗が頬を伝う度にそう考え、竪琴の音が響いていた南東に見える森に向かっていた(もはや関係ないが彼は最初はエリアE-1に”配置”されていた)。
もちろん、その竪琴を弾いている人物とコンタクトを取ることや、まだ開けていないザックの中を確かめる為と、目的があって移動していた訳だが――
そうして歩いたまま、
リュナンは焦燥していた。
確かに自分達は船で旅を楽しんでいた筈だったのだとか、突然訳の分からない内に「殺し合いをしろ」などと言われたのだとか、これまた突然こんな森に飛ばされてしまったのだとか、
理解が半分出来ていない部分がこの状況自体にあったのだけれど、それよりも問題は別のところにあった。
あの不愉快な男――
レンツェンハイマーがあの場に居たのだ。確かに自分がしっかりと短剣でトドメを刺したあいつが。
そう――ラゼリアの地で無様に沈んだ愚かな男。もちろんそれはレンツェンに似合う最期だったのだけれど。
もし、リュナンの知っているレンツェンならば間違い無く今度も狡猾に人をあやめていくだろう。
ラゼリアの民を苦しめた様に、己の快楽の為に、躊躇いもなく。
――誰がそんな男を許せる?
そう、少なくともあいつは生かしておくべきではない。今度こそ、犠牲者が出る前に始末しておくべきなのだ。
もちろん、こんな恐ろしい事を考えた男(誰かが
ヴォルマルフ、と言っていた、それ)も放っておくべきでは無いだろう。
しかし――リュナンの首元、すっかり馴染んでしまって寧ろ不気味なそれがリュナンを躊躇させていた。
逆らえばそれが爆発する。当然それはリュナンに、いや、あの男を倒そうと考える者達にとって脅威だったのだ。
おかげで、考えた瞬間にリュナンの頭が一気に興奮から醒めて、強烈な恐怖感が覆う気がした。
それで一旦、考えるのをやめた。
――完全にぞっとして。
だが、それでも殺し合いに乗るつもりなど微塵もなかった。
当座、森に隠れなければならないのはこの竪琴を弾いている人物との接触、それと荷物――支給品を確認する為であって臆病風に吹かれた為ではない。
それこそ奇襲に備えて余裕を持って行動に移すべきだった。
特にこのような状況では。
それからリュナンはザックを開けた。
ザックから出てきたのは
ホームズが使っているようなボウガンから弓の部分を取ったような形の鉄の塊だった。
説明書なのであろう紙も入っていたので広げた。
それはロマンダ銃、と言うもので、引き金を絞る事で鉛玉を撃ち出す旨が書いてあった。多少理解しがたい部分もあったが――
まともな武器、と言うことは分かったので、リュナンは直ぐに握る事が出来るようにベルトに差し込んだ。
使い慣れないが、とにかく持たない訳にもいかなかった。
少なくとも威嚇には使えるかも知れない。そもそも、そんな状況が来るかどうかも分からないのだが。
行動を済ませてから、また歩き始めた。ホームズ、或いは
オイゲン達が居ないのか一旦回りを見渡して、確かめた。
瞬間、リュナンは木々の向こう、少女がへたりと座っていたのを見つけた。
どこか、ウエルトの王女のサーシャに似たような顔付きの青い髪の少女がぼんやりと、目を座らせてすらいる。
明らかに無防備で、けれども何か、別種の異様な雰囲気さえ捉える事も出来るだろう。
当然見捨てる事は出来なかったので、リュナンはほんの少し逡巡した後近づいて声をかけようとした。
「おい……」
大丈夫なのか? と、続きを言おうとしたその時、まさにその時、リュナンが肩にかけていたザック越しに何かが潰れる感触を捉えた。
ついでに、ゴムみたいな臭いがザックの隙間から漏れる。
一瞬、何が起こったのか理解出来なかったが、すぐにリュナンは気が付いた。
少女がリュナンの脇腹目掛けて竪琴を振ったのだ、それも容赦なく!
「ああああああああ!!!」
狂ったように(その通りだった。彼女、シーダが使った竪琴は『ラミアの竪琴』であり、精神に作用する効果を持っていたのだ。
彼女は慌てていたが為に説明書も読まなかったのだが、いくら使用者でも延々と聞いていれば当然おかしくなってしまうだろう。
もはや彼女自身もリュナンの知るよしも無かったが、彼女にはもはや正常な思考は無かった)叫びながら竪琴を振り回して来た。
今度はリュナンの鼻先を掠め、ひゅん、と風を切った。
数歩下がり、痛む脇腹を尻目に咄嗟にリュナンは「やめるんだ!」と叫んだ。
それでも少女は、相変わらず発狂状態のままリュナンに竪琴を振りかざす。
リュナンは威嚇する為に急いでベルトから銃を引き出し、両手で構えながらそれのグリップをしっかり保持した。――つもりだった。
少女に向けられた銃口の少し内側、引き金にかかった指先が、ずるっと汗で滑った感覚がリュナンの脳に伝わった。
途端にリュナンの肩に初めて体験する強烈な衝撃が響き、銃口が火を噴いた。
そうすると、少女の身体が手放された竪琴を残して吹き飛び、着ていた革鎧の左胸の辺りに奇妙に赤い点が刻まれ、どっと仰向けに倒れた。
その点から、噴水の様に血が溢れ始め、革鎧の溝に溜まったそれがゆるゆると側面へと流れていく。
一方の顔はと言うと、口が叫んだままの状態で極限まで開いており、ほとんど瞳孔が拡散し始めていたがリュナンはそれに気付く事は無かった。
ほとんど放心状態だったので。
そりゃそうだろう。目の前で、しかも自らの手で助けようとした、死なせるつもりなんて無かった相手を殺したんだから。
ロマンダ銃のグリップを握り締めたまま、リュナンは震えていた。
頭の中、それが勝手に再生されていた。以前、リーヴェ王宮を取り戻す際の総力戦の時のそれだ。
気付かない内に少女を斬り殺していたのだ。そこで。
その少女はカナン王国の王子、バルカの娘のエストファーネだった事は後で分かった。
いずれにせよ、話も聞かずリュナンは殺していたのだ。それどころか自分から斬りに行った気すらする。
兵士ではないとも気付かず、何故わざわざ戦場に理由も聞こうとすらしなかった。
その理由は復讐だったのか何だったのか、もはや永遠に分からない――
そんな光景がフラッシュバックしたリュナンは、しばらく絶命したシーダを見下ろしたまま、動くことが出来なかった。
目を見開き、震えたまま。
【F-2/一日目・朝】
【リュナン@ユトナ英雄戦記ティアリングサーガ】
[状態]:脇腹に打撲、肩に軽い痛み、放心
[装備]:ロマンダ銃/弾切れ@FFT
[道具]:潰れた合成肉ハンバーグ@TO
[思考]:1:ホームズ達他、仲間を探す
2:レンツェンは見つけ次第抹殺
3:出来ればヴォルマルフを倒したい
【シーダ@ファイアーエムブレム紋章の謎】
[状態]:死亡
[道具]:支給品一式、ラミアの竪琴@FFT、不明道具
【シーダ@ファイアーエムブレム紋章の謎 死亡】
【残り46人】
最終更新:2009年04月17日 08:04