【種別】
自在法

【初出】
II巻

【解説】
紅世の徒”の顕現の姿を「本性の姿」から「本性に見合った人間の姿」に変換する自在法。本質から離れた、例えば人相・体形をとることは基本的に出来ず、無理にその不自然を通せば、それ相応の“存在の力”を消費してしまう。

初歩的な自在法ではあるが、本質からやや離れた姿を維持するのは若干の負担になるらしく、羽目を外し気を緩めていると術が緩んで輪郭が歪んだりする。
その僅かな負担を抑えるためか、あるいは羽・触手といった人の持たない部位を用いたいためか、戦闘中は人化を解く“徒”も少なからず存在する(海魔ラハブ・[百鬼夜行]の乗客など)。
駆ける時は馬、武具を使う時は人、と戦闘の都合に合わせて人化を使う[仮装舞踏会]のオロバスのようなタイプもいれば、人の姿では迫力に欠けるという理由で滅多に人化しないリベザルのような者もいる。
人化したあとの姿が“紅世”からこの世に渡り来て最初に踏んだ国の人々の外見に影響されるらしいことを、新世界『無何有鏡』の日本の食事を堪能したいリベザルが、人化した姿で坂井悠二に語っていた。

古来、この世に渡り来た“紅世の徒”たちは、本性をそのまま表現した姿で顕現することが多かったが、近代に入りそれまで蔑視していた人間が高度な文明を発達させるに至ると、多くの“徒”が人間やその文化に憧れを抱き、この自在法が頻繁に使われるようになった。
例として、人化が流行する前の時代である中世の『大戦』を舞台にしたX巻では本性の姿の“徒”が多く、X巻で黒い軍馬の姿を取っていたオロバスが現在では黒服の男の姿をしているなどの変化が見て取れる(描写があるのは戦場だけのため、当時のオロバスが平時に人化していなかったかは不明)。
その普及には、導きの“覚の嘨吟”シャヘルの神託があったともいわれるが、真偽は不明である。
現代では、ほとんどの“徒”がこの自在法により人間の姿をとるようになっている。
ただし、今でも一部の組織では本性の姿こそ格調高いと考えているため、ストラスが本性そのままの姿を通しているのはそれが理由である。

【コメント】
アニメ版から登場・使用されていた。
☆三つ目のベルペオル、顔面メーターのアナベルグ、ヘルメット頭のウィネと、顕現なのか人化なのか微妙なのもけっこういた。
☆[とむらいの鐘]のチェルノボーグや[仮装舞踏会]の禁衛員フェコルーの姿は本性の顕現なのか、人化なのかどっちだったのかな?
☆外伝『ジャグル』でメアが人化を使用したら角が消えたので、顕現だと思われる。
☆近代での例外としては、帽子とマントだけのオルゴン、土管の様なビフロンスを含む、一部の[仮装舞踏会]の構成員等が挙げられる。
☆戦闘専門の巡回士が、特に本性そのままで顕現するのかもしれないな。
☆人化のメリットはあくまで人類文化への憧れ、人間社会への埋没なので、人目の無い「死力を振り絞る戦場」では、ほとんどの“徒”が人化を解く様である。それでも人型を維持している者は「本性の姿」が元から人間に近いか、人化程度の消耗を意に介さない実力者なのだろうな。
創造神祭礼の蛇”神体の人化した姿が見たかったな。
最終更新:2020年05月31日 01:33