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三島3日目・No.2

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私のやんごとなき王子様












 印刷所に着くと、三島君は慣れた様子で受付の人と会話をしていた。


「星越学園の三島です」

「ああ、担当のものをすぐお呼びしますので、あちらで掛けてお待ちください」


 受付のおばさんはそう言って、奥の応接ソファーを指した。


「はい、有難うございます。小日向君、行こう」


 そう言って私に視線をくれた後、ソファーに向って三島君は歩き出す。

 こうして並んで歩くと、三島君が意外と背が高くて足も長い事に気が付く。三島くんは極めて普通に歩いているのだろうけど、彼に合わせようとすると私は少し早歩きにならなくちゃいけない。……男の子なんだなぁ。


 トスンとモスグリーンの品の良いソファーに腰掛ける。

 三島君も私の隣に腰掛けていて、なんだかその近い距離に少しだけ緊張してしまう。


「ごほんっ」


 三島君が小さく咳払いをした。チラリと顔を見ると、眼鏡の奥の切れ長の瞳は遠くを見据えていて、私の方には目もくれない。真面目なんだな――、なんて私は感心してしまう。


 そんな事を思いながらソファーに座って待っていると、担当者と思われるおじさんがヒョッコリと現れた。


「どうもどうも。お待たせしました」

「いえ、お世話になっております」


 素早く起立して頭を下げる三島君に合わせて、私も慌てて立ちあがり挨拶を交わす。三島君は学生とは思えないほどに本当に堂々としていて、私は少しだけ見惚れてしまった。


「まま、どうぞ」


 おじさんがそう言って着席を促すので、私と三島君は再びソファーに腰を掛けた。う……やっぱり少し、距離が近くて何だか恥ずかしい。


こちらがパンフレットのサンプルです。誤字脱字がないよう、こちらでも確認のうえ作成しましたが、もう一度ご確認をお願いします。あ、それとデザイン面での変更点なんかもあれば、今日中なら一週間後までに間に合いますので」

「拝見します」


 そう言って三島君はおじさんからパンフレットの見本を受け取り、私にも一冊手渡してきた。


「小日向君も誤字等ないか確認してくれ」

「はいっ」


 パンフレットの表紙では土屋君の描いた美しい白鳥が翼を広げている。亜里沙様の白鳥もきっとこんな風に綺麗なんだろうな――。

 そんな事を思いながらも、入念にチェックを入れる。うん、大丈夫そう。


「問題無いと思うが、小日向君は?」

「うん、私も特に問題点は見当たらなかったよ」

「それではデザイン面ではどうでしょうか?」


 おじさんは柔和そうな顔で優しく訪ねてくれる。


「俺は特に何も思わないが、小日向君は?」

「えっと……」


 実は一つだけ、思う事があった。でも、私なんかの意見を言っちゃって良いのかな?


「なんだ? 何かあるなら何でも言ってみればいい」


 いつもより優しい声で三島君が言ってくれたので、私も思い切って口を開いた。


「この表紙の演劇祭の写植なんだけど、ブルーよりグレーの方が良いと思うの」

「グレー?」


 そのパッとしない色に三島君が難色をしめす。


「グレーですね、分かりました。ちょっとパソコンでやってみます」


 そういうとおじさんは奥へと消えていく。


「すみませんっ、お手数おかけします」


 その背中に向って声をかけると、おじさんはにこにこ笑いながら軽く手をふってくれた。


「ごめんね、何か変な事言っちゃってるよね」

「いや、俺には美術的なセンスは無いから、良く分からないんだが」

「うーん、何となく……そう思っちゃっただけなんだけどね」


 パンフレットの表紙には美しい白鳥が圧倒的な白で描かれている。その背景の湖はどこまでも透き通ったブルーだ。そこにさらに色合いの違うブルーを乗せた写植も、品が良くて良いと思う。でも、グレーだったら? 


 そんな事を考えている間に、おじさんは文字色を変えた表紙を持って、こちらにやってきた。


「いやぁ、これは良いと思いますよ!」


 そう言って手渡されたサンプルにはグレーの文字が、そこはかとない品位と切なさをもって表示されていた。


「これは……確かに、今回の演劇祭のテーマにピッタリだ」

「では、こちらの配色で?」

「はい、よろしくお願いします」


 三島君が頭を下げたので、私も思いっきり頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


 おじさんはそんな私を見て、ニコニコと微笑んでいる。


「お嬢さんのおかげで素晴らしいパンフレットになりそうですよ。私も完成が楽しみです」「あっ、有難うございます!」

「それでは僕達はそろそろ失礼いたします」


 三島君が席を立つので、私もそれに倣う。


「はい。演劇祭、楽しみにしていますよ!」


 そんなおじさんの励ましを背中に受け、私と三島君は印刷所を後にした。








「……本当にあの配色で大丈夫かな?」


 印刷所を出た後も、どこか不安で私は思わず呟いた。だって星越学園演劇祭のパンフレットを手に取る人数を考えたら……。


「間違いなく素晴らしい物になるよ。俺が保障する」


 三島君ははっきりとした口調でそう言ってくれた。


「きっとあの偏屈な芸術家だって気に入るさ」


 土屋君の事ね。


「ふふっ」

「ん? どうした?」

「ううん、なんでも」


 三島君ってば相変わらず土屋君が苦手なんだなぁ、なんて少し顔が綻んでしまう。一年の頃から、規律を重んじる三島君と自由奔放な土屋君は折り合いが悪かったのだ。

 でもこうして演劇祭で彼の絵がパンフレットの表紙を飾るとなって、そうしてその校正にこんなにも真摯に向かえる三島君が私には誇らしく感じられる。


「さ、学園に戻ってもまだまだ仕事は山積みだ。気を抜かずに行こう」

「はいっ!」


 三島君の隣を歩きながら、私は気持ち良く返事をした。

















 学園に戻ると、合宿中の注意事項や点検項目、各担当用スケジュール調整やその他雑用等のチェック表を三島君から渡された。実行委員はこれらの項目全てを常にチェックして回らなくてはならない。う……本当に大変そうだなぁ。


「我々はミスする事無く動く事が最重要課題だ。誰かがミスをした場合は、早急に対応して欲しい。演劇祭まで大変な日々が続くと思うが、各自体調管理だけは怠らないように」

「はいっ!」


 三島君の言葉に実行委員全員が大きく返事をする。彼からは思わず周りの人間の背筋を伸ばすような――そんな厳格な雰囲気が漂っている。

 私も、足手まといにならないようにしなくっちゃ!


 チェック表を大切に鞄にしまうと、私は急いで下校した。


 家に帰ったら、合宿の荷造りしなくっちゃ。昨日まで担当を決めるのに精いっぱいで、まだ荷造りも済んでないのよね。我ながら手際の悪さに涙がでそうっ。











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