チェンジ・ザ・ワールド☆
はじまり・No.1
最終更新:
streetpoint
-
view
はなもあらしも
一体どういうことか。
右を見ても左を見ても人、人、人……
見た事もない人の波と活気に、那須(なす)ともえは思わず手の中の紙を握りつぶして叫んだ。
「どうしてこんなに人がたくさんいるのよーーー!!!!」
遠く安芸は三原から旅立つ事数週間。馬などに乗る金もないし、道中は親切な百姓の牛車に乗せてもらったり、山道を転がり落ちるように下りながらようやく辿り着いた江戸、こと東京。
田舎育ちのともえにとって、東京という町並みは物珍しいもので溢れ返っていた。
美味しそうな食べ物や綺麗な着物、大きな宿屋に洒落た小物屋。どこを見ても活気があって、胸が躍る。
目的地へはあと少し……のはずなのだが、如何せんあまりの人の多さに我を失い叫んでしまった。
さらには場所を示した地図を握りしめてしまい、慌てて元に戻す。
「ああ~もうっ! 父上の地図、一体これって何時代の地図なのよっ!? 大雑把すぎて全っ然分かんないじゃない!」
虚しく街道の名前と目印らしい寺と宿の名が記されているが、それが一体どこなのかが分からない。
先ほど尋ねた所によると、街道の名前は間違っていなかったのだが、寺と宿は分からないとのことで本当の目的地はさっぱりだ。
「街道が確かあっちで……あれ? あっち? いや、こっち?」
人が縦横から流れるおかげで、ともえは方向まで見失ったようだ。
「ーーーど、どうしよう」
風呂敷と一緒に肩に背負うのはやたらと細長い物体と、もう少し小降りの筒。
人目につくその荷物は、ともえにとって何よりも大切な道具だった。
その二つの荷物を肩に担ぎ直し、ともえは誰かにもう一度尋ねようと顔をあげた。
「仕方ない、もう一回誰かに聞いてみよう」
「あの、どうかされましたか?」
鈴を鳴らしたような透明感のある声にともえが振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。ひとくちに少女とはいっても、男勝りなともえとは真逆に位置するような少女だ。
長く伸ばした黒い髪を綺麗に結いあげ、品の良い桃色の紬の着物が真珠のような白い肌にとてもよく似合っている。思わずともえが見惚れていると、少女は澄んだ大きな目を不思議そうに瞬いた。
「あの、何か……?」
少女が薄紅色の唇を開いてもう一度声をかける。その言葉にともえはやっと我に返り、不躾に見つめ続けていた自分を恥じた。
「あ、ご、ごめんなさい! その……えっと」
「何かお困りのようでしたが?」
「そうなんです! 実は道に迷ってしまって……」
東京にはこんなに可愛らしい人がいるのだと、ともえは少しばかり動揺しながら手に持っていた地図をギュッと握りしめた。
「それはお困りでしょう。私で分かりますかしら……。差し支えなければ、どちらまで行かれるのかお聞きしてもよろしいですか?」
「も、もちろんです! えっと日輪道場という大きな道場があるそうなんですけど、ご存知でしょうか?」
「まぁ! 日輪道場?」
少女は丸い瞳をひと際大きく見開いて驚いた。
「あの、何か?」
その少女の反応にともえは小首を傾げながら聞き返すと、少女はにっこりと笑ってこう言った。
「日輪道場は私の双子の弟が通っている道場なんです。よろしかったらご案内させて下さいな」
「本当ですか!? 助かります! 有難うございます!」
願ってもない申し入れにともえは元気よく頭を下げた。
歩く道すがら、ともえは安芸の田舎道場から、腕を磨くため修行にやってきた事を少女に語った。
「安芸とは随分遠い所からおいでなさったんですね。長旅でお疲れでしょう?」
「いいえ! まだまだ歩けますよ!」
「ふふ。元気なんですね」
少女の笑顔に、ともえはまたどこかで鈴の音が鳴ったような錯覚に落ちた。
本当になんと可愛らしい少女だろう。
そして自己紹介がまだであった事に気付き、申し訳なさそうに頭を掻く。
「あっ! ごめんなさい、わたしったら名前も名乗らず」
「まあ、私も失礼致しました」
立ち止まり、改めてお互い向き合って頭を下げる。
「那須ともえと言います。十八になります」
「私は弓槻美琴(ゆづきみこと)と申します、年は十六です。どうぞよろしくお願いします」
丁寧な美琴の挨拶と、見た目通りの可愛らしい名前にともえの頬は緩みっぱなしになった。自分とあまりに対照的な年下の美琴は、育ちも良くて優しい性格であることが全身からにじみ出ている。
「実は、ともえさんが往生していらっしゃる時、遠くでお見かけして弓道をなさる方だとすぐに分かったんです」
「あ、もしかしてこの荷物で、ですか?」
そう言って肩に担ぐやたらと長い物体をチラリと見る。美琴は身振りで矢を放つ動作をした。ともえが担いでいるのは弓道で使う弓と矢だ。弓は弦を外し、細長い布に入れて持ち運ぶ。
「ええ、弟も大事そうにいつも手入れしていますから」
男女で弓の大きさや重さは違うが、さすがにこの長さだ、目立つ事は間違いない。
「あ、弟さんが日輪道場にいるんですよね?」
「ええ、仲良くしてやってくださいね」
美琴の双子の弟だというからには、間違いなく可愛らしいだろう。また自然と笑顔になり頷く。
「もちろんです!」
ともえは幼い頃から父が教える道場で、ずっと弓道の修行を積んで来た。それなりに名の知れた師範である父を尊敬していたが、今日から世話になる日輪道場の師範は父の修業時代の仲間で、相当腕が立つらしい。
幼い頃からよく聞かされていた人物に稽古を付けてもらえるというので、ともえは嬉しくてたまらないのだ。
「ともえさんはいつまで日輪道場にいらっしゃるご予定ですか?」
先ほどから顔が綻びっぱなしのともえに、美琴が尋ねる。
「決めていません。父から自分が納得出来るまで帰ってくるなと言われているんで」
「厳しいお父様なんですね」
「あはは、そうでもないですよ」
「あ、見えてきました。ともえさん。あそこが日輪道場です」
美琴が指差す先に目をやると、ともえは目を見開いた。
「……う、そ。道場って、あれが? ーーーなんかえらく大きく、ないですか?」
「はい。東京でも一、二を争うくらいお弟子さんがいらっしゃる道場ですから」
巨大な門はまるで城門のように強健な造りをしていて、ともえはごくりとつばを飲み込んだ。
「それでは私はこれで失礼致します。またすぐにお会い出来ると思います。頑張ってくださいね」
「あのっ! 本当にありがとうございました! 今度お礼させてくださいねっ!」
笑顔で去ってゆく美琴にともえが手を振ると、嬉しそうに頷いて手を振り返してくれた。曲がり角の向こうに消えるまで美琴の姿を見送り、改めて分厚い門と対峙する。
これからここで修行をするのだ。
ぐっと体に力を込め、ともえは東京へ出てくる事となった経緯を思い出した。
田舎とはいえ、武芸を志す者が多く集まる安芸は三原にあって、多くの名手を排出してきた那須道場の一人娘であるともえは、ある日父に呼ばれた。
ここ最近あまり体調が芳しくない父親は、見合いよりも己の技術を磨く事ばかりに専念するともえを見かね、昔自分が修行をした東京の日輪道場を紹介してくれた。
男子に恵まれなかった那須家だが、ともえが東京の有名な道場で腕を磨いて名を上げれば、武士武芸の必要無い国になった日本でも、これから先弟子が集まるだろうと考えての東京武者修行。と、父からは言われていた。
だが実際ともえが知らぬ所で、結婚相手を探すという名目が出来上がっていたのだ。
日輪家には男子ばかりの三人兄弟がおり、さらには親戚も含めて男だらけだ。女で日輪家にいるのは妻だけという、見事なまでの男系家庭なのである。婿探しには持って来いと、ともえの父は裏で画策した。
もしともえに婿探しの為などと言ったなら、間違いなく東京へなど行かなかっただろう。
そこはさすが父親。と言った所か。上手く修行と言葉を変え、東京へと送り出した。もちろん納得出来るまで帰ってくるな。という言葉の裏には、婿を見つけるまで帰ってこさせない。という強い暗示が込められている。
知らぬは本人ばかりなりではあるが、かくしてともえの東京行きが決定したのであった。
「こんな所で臆病になってどうするのよ、せっかく父上が東京に行かせてくれたのに、しっかりしろ! 那須ともえっ!!」
パンっ!
と両手で顔を気合い一発叩く。
何度見ても門の大きさも重厚さも変わらないのだ。ともえは意を決して門を叩いた。
「たのもーーー!!!」
ブラウザを閉じてお戻りくださいv
はなもあらしもトップへ戻る
はなもあらしもトップへ戻る