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日輪と笠原・No.1

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はなもあらしも














 夜になり、日輪家が居間に勢揃いした。

 ともえの父と同じ師範に師事を受けていた、日輪道場当主である日輪幸之助(こうのすけ)、幸之助はがっしりとした体躯の持ち主で、鍛え抜かれた体はともえの父よりも数段若く見えた。そしてその隣りには妻である月乃(つきの)。彼女も弓をやっているだけあって背筋も伸びて、真弓にそっくりな美しい顔立ちをしている。その隣りに続くように座るのが颯太の父親の真太郎(しんたろう)。これまた兄である幸之助を少し細身にした感じで、顔も良く似ている。そしてここに住んではいないが、一番末の妹で美琴、美弦の双子の母親である早苗(さなえ)。さすがに美琴達の母親なだけあって、とても大きな瞳が印象的で、可愛らしい。

 数えてみると、総勢十一名。

 大きな道場だけあって、お手伝いの侍女が3名程いるという、何から何までともえにとっては驚く事ばかりだった。

 ともえの向かい側には垂司が座しており、時折ともえに向かって微笑みかけては何かと声を掛けてきた。その隣りは真弓。相変わらず凛とした佇まいで食事に箸をつけては隣りの垂司を軟らかく嗜めている。そしてその隣りには道真。彼とはこの居間に入ってからの一度も目が合っていないので、特筆すべき事は無い。

 そしてともえの隣りには美琴が座り、今日出会った時の話しに花を咲かせていた。

 美琴の向こう側には美弦が静かに座って食事を摂っているが、美琴に同意を求められて笑顔で頷く以外、会話に入って来る事はなかった。


「ともえさん、汽車は初めて乗られたんでしょう?」


 美琴が尋ねる。


「そうなんです! あんな大きな鉄の塊が動くだなんて、本当に信じられませんでした」


 明治に入り、鉄道が造られた。まだ東京のわずかな区間しか走っていないのだが、ともえは折角だからと乗ってみたのだ。安芸からは歩きや通りすがりの馬車などに乗せてもらいながらののんびり旅だったが、汽車の重厚感は圧巻だった。

 黒い煙を吐き出し、蒸気によって動くその姿はまるで巨大な竜巻のようで、ともえは胸が躍った。


「もっと整備されて遠くまで線路が繋がれば、安芸へ行くのももっと楽になるだろうね」

「はい。そうなるといいんですけど」


 真弓の言葉に笑顔で答える。

 と、


「幸之助様! 大変です!」


 突然居間の向こうの廊下から慌ただしい叫び声が聞こえてきた。


「どうしたんだ、お前達」


 弟子たちの顔色の悪さに、幸之助がただ事ならぬ雰囲気を感じて立ち上がる。一人が握りしめていた手紙を幸之助の元へ運ぶと、


「笠原道場から、遣いの者が来て……」


 幸之助はさっと手紙に目を走らせ深いため息を吐いた。

 ともえはあまりの出来事に状況を把握出来ないでいる。

 一体どうしたの? 何があったっていうの?

 目を丸くさせ、じっと幸之助の動向をうかがっていると、幸之助が座敷に座る全員を見回して言った。


「皆、落ち着いて聞いてくれ。我が日輪道場と志を同じくして切磋琢磨してきた笠原道場の師範、笠原限流(かさはらげんりゅう)から、今後の弓道界をかけて、試合の申し込みが届いた」


 笠原道場の名は、ともえも聞いたことがあった。東京で有名な弓道場の一つで、ともえの父と幸之助と同じ師範に師事していた人物が大きくした。

 その笠原限流からの試合の申し込み。とだけ聞けば別段驚く事ではないのだろうが、幸之助は『今後の弓道界をかけて』と言った。

 隣りに座る美琴をそっと見ると、美琴は困ったような顔をともえに向けた。


「真弓、道真、颯太、美弦……」


 幸之助が目の前に座る息子達の名前を呼ぶと、


「おっと、私は御免被りますよ」


 垂司が肩をすくめておどけたように言う。

 それを見て幸之助もわざとらしく鼻を鳴らし、ふいと視線を逸らした。


「お前には期待しておらん。この試合、受けるか否か、決を採りたい」

「兄上、我々は対立を望んでいる訳ではありません。無闇に試合を受けてもしこちらが負けでもしたら」


 真太郎が言うと、息子の颯太が立ち上がる。


「親父、そんな弱気でどうすんだよ! オレは負けねーよ。幸之助おじさんが言ってる弓道界の将来ってやつは良く分かんねーけど、笠原の連中みたいにしきたりに縛られる必要もないと思うし、試合受けようぜ!」

「俺も颯太に賛成。対話で決着つかないんなら、もういっその事試合で白黒付けた方が早いし」


 ぼそりと道真が言うと、真弓も頷いた。


「僕も二人に賛成です。正々堂々試合をして、その上で今後進むべき道を話し合えば良いかと」


 真弓がいい終えると、すぐに美弦も手を挙げる。


「僕も試合を受けることに賛成です!」

「ーーー分かった。真太郎、月乃、早苗、お前達もいいな?」


 息子達の言葉を受け入れ、全員が頷いた。

 一人置いてきぼりだったともえだが、会話の内容でなんとなく理解した。


「手紙には試合の期日は一か月後、互いの道場から男女一人ずつを代表として選び、近的と遠的を行ないその合計的中数で勝敗を決める。とある。明日、門下生全員を集めて代表者選びを行なう。お前達はすぐに皆にこの事を知らせてくれ。明日の午前十時から開始する」

「「はいっ!」」


 手紙を持って飛び込んで来た弟子達はすぐに頭を下げて出て行った。


「ともえさん」

「はいっ!?」


 唐突に名前を呼ばれ、ともえは驚いて身を堅くした。幸之助はふと笑顔になると、


「是非、ともえさんにも明日の代表者選びに参加して欲しい。遠くから来たばかりだというのに、こんなことに巻き込んでしまって申し訳ないが、うちの道場には女性がほとんどいないから、お願い出来ないだろうか?」


 そう言った。


「あっ、も、もちろんです! 私でお役に立てるなら!」


 ともえは立ち上がって頭を下げた。

 これは修行にはもってこいの経験になるかも知れない。東京の有名な道場同士の試合に参加すれば、多くの事を学べるのではないか。

 東京に来てよかったと、改めて感じたのだった。













 ここ日輪道場と笠原道場は、古くからある弓道の名門である。戦国時代には日輪道場は徳川家、笠原道場は織田家の弓道指南役として名を馳せていた。

 日本が徳川家康によって統一された後、江戸に道場を固めて弓道の伝統を守ってきたのだが、やはり時代の流れによって少しずつ武芸は廃れて行ったのだった。保守的な笠原家に対し、もっと広く一般的に弓道に親しんでもらおうと柔軟な考えを示した日輪家は、何かと気まずい関係を築いていたのだが、明治に入って完全に将軍家の恩恵が無くなってしまった今、その対立が激化していた。

 少し前から当主同士での話し合いは何度も行なわれていたようだが、結局どちらも引かず、今回の笠原道場からの試合の申し込みという形になったのだ。


「そうだったんですか……」


 ともえはその話しを幸之助と月乃から聞き、手元の湯のみを引き寄せた。

 食事が終わりそれぞれが引き上げた後、幸之助に呼ばれて二人の部屋へ来ていたのだが、どこも弓道界の将来について不安を抱えているのだと改めて感じたのだった。

 ともえの実家である那須道場もご多分に漏れず弟子の数の減少に悩まされていた。

 やれ戦だなんだと刀や槍を振り回す時代は終わり、天下太平の世の中が到来したのだから、好き好んで武芸を嗜もうとする人間はほとんどいない。趣味でやるというにしても、皆それぞれの生活で精一杯でそんな余裕も無い。

 だが、幸之助が言うには、必ず人々が心のゆとりを持って弓道を楽しめる時代がやって来る。だから、その為に今頑張る必要があるというのだ。

 その言葉を聞いて、ともえは何だか嬉しくなった。自分が強くなる事ばかりに必死だったが、そうやって弓道界の将来を真剣に考えている幸之助は懐が広い人物だと、こういう人にこそ弓道を習いたいと、そう思えた。


「私、皆さんのお役に立てるように精一杯頑張ります!」

「ありがとう、そう言ってもらえると心強い」


 幸之助達の部屋を出て廊下から空を見上げると、大きな月がぽっかりと空に浮かんでいた。

 すっと空手で弓を握り、矢を構えると、


「シュッ!」


 月めがけて見えない矢を放った。











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