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日輪と笠原(美弦)No.1

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 可愛いだけじゃなくて的中率も高く、まだまだ伸びていきそうな美弦君と組んでみるのもいいかも。

 そう考えるとともえは一つ気合いを入れて、美弦の名を口にした。


「あの、美弦くんと一緒に試合に出たいです」


 ともえが少し遠慮がちに言うと、すぐに幸之助は頷いて美弦を呼んだ。


「美弦、お前がともえさんと一緒に我が道場の代表として試合に出なさい」

「はい、分かりました」


 美弦がそう言うと、その隣にいた真弓が少しだけ心配そうな顔をした。


「美弦、大丈夫かい? 代表だからといって、何も気負う事はないからね」


 真弓のその言葉を受けると、美弦はにっこりと微笑んだ。


「この程度の事、真弓兄さまの御手を煩わせるまでもありません。僕とともえさんでそれを証明します。ね、ともえさん?」

「う、うん! 真弓さん任せて下さい!」

「ふふっ、それじゃ期待させてもらうよ」


 そう言って微笑む真弓を見て、ともえは絶対に勝ってみせるぞ! と強く意気込んだ――と同時に門下生たちからは拍手がおこった。出場する二人の代表を激励してくれているのだ。

 そんな門下生たちの気概ある態度に満足そうに頷いた後、幸之助は二人の名を呼んだ。


「よし、それでは美弦、ともえさん」

「はい」

「はいっ」


 背筋を伸ばし、幸之助をじっと見る。


「笠原道場に、二人でご挨拶に行きなさい。相手の代表者とも顔を会わせておくといいだろう」


 なんと、敵である笠原道場へ挨拶に行くよう突然言われた。一瞬ともえは緊張して美弦と顔を見合わせた。美弦はともえに向かってニヤリと不敵に微笑んだ後、柔和な態度で幸之助に返事をする。


「はい、分かりました。それじゃあともえさん、着替えて昼食を摂ったら行こう」

「はいっ」


 かくしてともえと美弦は笠原道場へ向かう事となったのだった。














「おい、ともえ」


 道場を出るといきなりそう名前を呼ばれた。ともえは一瞬それが目の前の可愛らしい少年から吐かれたものだとは思えずに、ぼうっと聞き逃してしまった。


「おい、しっかりしろよ、ともえ」


 間違いなく、目の前の美少年――美弦から発せられている粗暴な言葉たち。‘ともえ’と呼び捨てにされた事に、ともえは思わず面喰った。


「え?」

「なに? 僕がいつまでも‘ともえさん’って呼ぶとでも思ってたの?」

「えっ、なに?」


 美弦の急な変貌ぶりに脳みそが追い付かない。


「僕が心底敬愛するのは真弓兄さまだけだから。ともえの事は尊敬してないし、愛してないもん。だからともえはともえ。納得してくれた?」

「……なるほど。という事はやっぱりあの時の声は空耳じゃ無かったんだ」


 これが美弦の本性だと分かったと同時に、脳裏に昨日聞いたあの声がよぎる。


「あの時?」


 そらとぼけてみせた美弦の目を見つめたまま、ともえは確信に満ちた声で言葉を続けた。


「初めて会った時、私の事‘男女’とかって言ったでしょ」

「お、耳はいいんだねー」

「美弦、あんたって――」

「ていうか僕の事を呼び捨てにしないでくれる? ともえごときに呼び捨てにされたくないんだけど」


 文句を言ってやろうとしたともえを遮って、自分の主張だけを言う美弦に、しかしともえはもう負けなかった。


「私は美弦の事を尊敬もしてないし、愛してもいないもの。だから美弦。そうでしょ?」

「チッ」


 小さく舌打ちすると美弦は面白くなさそうに目をそらした。


「ところで、美弦は笠原道場の人達の事を知ってるの?」


 美弦を言いくるめる事に成功したともえは、昨日からの溜飲を下げて話題を変えた。


「小さい頃は交流も多かったから、多少は知ってるよ。流派は違うけど、交流試合なんかもよくしてたしね」

「へえ……じゃあ、向こうの師範笠原限流ってどういう方なの?」

「……厳しいけど弓道には真剣に取り組んでる師範だと思う。でも少し頑固すぎるから、幸之助さまとはよくぶつかってるみたい。古いんだよね、考え方が――と、見えてきた。ほら、あそこが笠原道場だよ」


 ふいに話を区切った美弦の視線の先には、日輪道場と同じ位大きくて立派な門が見えている。ともえは目を大きくさせて頬を強ばらせた。


「お、大きい道場ね」


 そんなともえの様子に美弦が笑う。


「緊張しているの? 大丈夫、僕たち日輪のものが怖気づく事なんてないんだから」

「う……うんっ!」


 緊張に体を強張らせたともえを、少しだけ意地悪そうに口の端を上げながら見つめた後、美弦は一つトーンを落とした声を空気に乗せた。


「ふふっ、でもね。ここには結構キツい門下生も多いから。のんびり構えてると、挫かれるよ?」

「挫かれる……って」


 緊張から恐怖へと感情が移行しそうになったその時、丁度門の前に到着した二人は、拳を握って重そうな門を叩いた。

 しばらくするとゆっくりと門が開き、顔を覗かせた青年にともえはすかさず会釈した。


「こ、こんにちは! 日輪道場から参りました」

「雪人さんお久しぶりです。笠原師範はいらっしゃいますか? 今度の試合、日輪道場の代表として僕達が決まりましたので、ご挨拶に参りました」


 ジロリとともえと美弦を睨むと、細面に釣り目という冷たい印象の雪人とよばれた青年が口を開く。


「こんにちは、弓槻くん。君が代表とは少しばかり意外だね。僕はてっきり真弓さんかと思っていたよ」

「真弓兄さまもご快諾のことです」


 雪人の嫌味にいささかムッとしながらも、美弦は平静を装って答えた。


「君の真弓さんへの熱狂ぶりは相変わらずみたいだね」

「あなたには関係のない事でしょう」


 今度はあからさまに美弦は不機嫌な声を出した。それは全ての存在を遮断するかのような、怒りを内包した声だった。美弦の容姿そのものからは想像もつかない程のどす黒い雰囲気に雪人は思わず口をつぐんだ。

 そんな雪人に一瞥をくれてやると、美弦はともえを紹介した。


「彼女は那須ともえと言います。安芸の那須道場から修行に来ていて、今回の代表となりました」

「那須……ああ、師範と昔一緒に修行をしていた方の」


 美弦の言葉を受けて雪人はこれ幸いとばかりに、美弦からともえへと視線を移した。そうして今度はともえの姿を一通り眺めると、門の戸を広く開けた。

 それを合図に今まで二人のやりとりを息をのんで見守っていたともえは、ことさら元気に声をはりあげた。


「初めまして、那須ともえです! よろしくお願いします!」

「氷江雪人(ひのえゆきと)です。そうですか、まあ、日輪道場の女性は熱心ではないですからね。期待はしていませんが」


 美弦の方にはあまり視線をよこさずにそう言った雪人に、ともえは露骨に嫌な顔をしてしまった。

 先ほどからの雪人の感じの悪さに、内心苛立ちすら覚えていたのだ。

 ため息まじりにともえは、さっさと歩き出した雪人に目を丸くさせた。雪人について行く美弦はというと、相変わらずの不遜な顔をしている。

 しばらく歩いていると、ふいに美弦がともえに身を寄せその耳元に口を近づけた。


「こいつの事は君は相手にしないでいいから」

「あ……うん」


 囁き声でそう言うと、美弦は再び正面を見据えて歩きだす。

 耳元をくすぐった美弦の声の残響が、変に胸を締め付けた。もしかして雪人に言われた事を気にしている事に気付いて、それでフォローしてくれたのかな? そんな風に感じて、ともえは少しだけ美弦へ心を許した。

 日輪家に勝るとも劣らない笠原家の庭を通り過ぎ、こちらも大きな弓道場が見えて来てともえは感心した。


「わあ、立派な道場ですねえ」

「当然でしょう? 我が笠原流は由緒正しい弓道の伝統を受け継ぐ道場なんです。どこかの緩い道場と一緒にしないで頂きたい」


 呆れたように言った雪人に、ともえがつい声を上げる。


「どこかってどこですか!? さっきからあなた失礼じゃないですか!」

「おや、僕はどこかの緩い道場と言っただけで、日輪道場の事だなどと一言も言っていませんが?」

「むっ!」

「無駄口はそこまでにしましょうか。笠原師範が入り口におみえです」


 顔を突き合わせて睨み合うともえと雪人に、ぴしゃりと言い放つと美弦はより一層姿勢を正す。それを見てともえも慌てて背筋をぐっと伸ばして、笠原限流なる人物にお辞儀をした。


「はじめまして、那須ともえと申します!」

「御無沙汰を致しておりました、弓槻美弦です。今日は日輪道場の代表として、二人でご挨拶に伺いました」


 笠原限流は立派なひげを蓄えた厳つい顔の人物で、幸之助より小柄ながら威圧感は凄かった。挨拶をする二人にゆっくりと頷くと、


「良く来た。我が道場の代表を紹介しよう、こちらへ来なさい」


 そう言って道場へと消えて行った。

 ともえと美弦は顔を見合わせ、それに従う。雪人はさっさと限流についていなくなっている。


「美弦の言った通り、厳しそうな方……」


 少し肩の力を抜いてともえが言う。美弦は草履を脱ぎながら少し緊張した表情で答えた。


「そうだね。でも僕達は日輪の代表だから。胸を張っていこう」

「うん」











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