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日輪と笠原(美弦)No.2

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 道場に入ると、ズラリと並んで座る門下生達が一斉に美弦とともえに視線を向けた。

 こ、怖い……

 限流の前までやってきて座ると、先ほどの雪人ともう一人、キリリとした表情の女性が限流の隣りに座ってこちらを睨みつけていた。


「氷江は先ほど挨拶はすませたようだが――橘。こちらの二人が今度の試合の相手だ。挨拶なさい」


 師範がそう言うと、女性は小さく頭を下げた。


「橘雛菊(たちばな ひなぎく)と申します。弓槻さん、そちらの方は?」

「彼女は――」

「那須ともえと申します」


 美弦に向けられた橘の視線を遮るようにして、ともえは身を乗り出して名前を告げた。先ほどから自分など鼻から相手になどしていないという、氷江と橘の態度に内心面白くなかったのだ。


「那須……ともえ? 聞いた事もありませんわ。この辺りの名うての弓道者の名前は一通り耳に入っているのですけれど」


 そこまで言うと橘は一旦言葉を切り、次に棘のある薔薇のような美しい顔に尊大なまでの微笑みをたたえると、ひときわ大きな声で言葉を続けた。


「どこの田舎からいらっしゃったの? それとも名も上がらないような、“習い事”レベルの方?」


 ほほほ、と橘がさも愉快そうに笑うと、道場内からもクスクスと笑い声が漏れてきた。


「どうせたいした事ないさ、橘君。相手にする事はない」


 氷江もそれに乗じて厭味たらしく笑う。


「どこぞの田舎娘を代表にするなんて、日輪道場も落ちたものですわ」

「なっ!?」


 二人に汚い言葉で罵られ余りの事に思わず言葉に詰まると、美弦がすっと立ち上がった。


「彼女のお父上の事は限流師範にお聞きになれば、お分かり頂けると思います。そうすれば彼女が決して習い事レベルの腕では無い事も、ご理解頂けると思います。限流師範、今日はご挨拶までと思っておりましたので、これにて失礼致します」

「うむ……」

「さ、行こう。ともえ」

「……はい」


 ともえが道場を立ち去ろうとすると、背中からよく通るソプラノが突き刺した。


「せいぜいご精進遊ばせ!」


 橘だ――と思った瞬間、我慢に我慢を重ねていたともえは大きく口を開いた――が、


「橘さん、何があったか知りませんし知りたくもないんですけどね。日輪への個人的な恨みを弓道と言う神聖な世界に持ち込まないで頂けませんか? あなたの美しさを損ねない為にも」


 美弦が露骨な棘を発すると、くすくすとした嫌な笑いが漏れていた道場内がしん、と静まり返った。可愛らしい容姿をしてはいるが、この美弦という少年はふいに周りの物をも黙らせてしまうような、そら恐ろしい雰囲気を出す事がある。


「……ふんっ。関係のない事を持ち込まれているのはどちらかしらっ」


 負け惜しみ混じりにそう言うと橘はぷいと横を向いた。














「何なんなのよ!? さっきのあの氷江とか言う人と橘とか言う人! それに道場の門下生も皆感じ悪い!!」


 笠原道場を出て、ピシャリとその門が閉ざされた瞬間、ともえはわざと大きな声でそう言って地面を蹴った。


「全く同感だけどね、少し鼻息が荒すぎるんじゃない?」

「は、鼻息……!?」


 そう指摘されて、ともえは思わず上がった息を沈めようと、大きく息を吐いた。だがその息は深呼吸と言うより、大きなため息となって漏れ出た。


「はぁ……でも、私……悔しい」


 急に覇気をなくして、ともえはくたりと項垂れた。そんなともえを美弦は隣でそっと見つめた。


「見た目で判断するのはどうかと思うけど、それでもあの橘って人も氷江って人もすごく強いって分かった……それに比べて私は、彼女の言う通り田舎道場の人間だし、多分あの人達にはまだ敵わない。でも、相手が何も言えないくらいの雰囲気を持ってたら日輪道場の悪口なんて言わせなかったのに―――」


 涙を瞳にためて、悔しいと何度も言うともえに、美弦はやがて心からの微笑みを返した。


「そんな風に日輪の事を思ってくれるなんて、正直……すごく嬉しい。僕は君の事を花嫁修業感覚で日輪に来た、不躾な女だと思ってた。でも違う――ともえ、一緒に頑張ろう。悔しかったら悔しい分、練習にぶつけよう。そんであいつらをギャフン! と言わせてやろう!」


 そう言って愉快そうにカラカラと笑った美弦は、ともえが今までに見たどの美弦よりも純粋で透明な存在に見えた。

 その清涼な空気に押されるように、ともえも眉をきりりと引き締め、強く拳を握りしめた。


「うん! そうだよね! 今日の悔しさをばねにして、練習して練習して……それで次は絶対に負けない!」

「うん、その意気で頑張ろう!」


 帰ってから本格的に練習をしたいと意気込むともえに、美弦自身も負けてはいられないと気持ちを新たにしたのだった。










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