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心の奥(真弓)No.3

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はなもあらしも














 美琴はともえを日輪道場まで送り届けると、また様子を見に来ると告げて家へと帰って行った。

 夕食も終わり各自自室へといなくなると、ともえは一人部屋の中で考えていた。

 試合まで時間がない。

 そして足の怪我で満足のいく修行も出来ず、悶々とした日々を過ごしただけだった。真弓が教えてくれた練習法は頑張ってやっていたが、さすがに道場で射位に立って実際に矢を射る時間はあまりにも少なすぎた。

 頭の中では何度も何度もイメージトレーニングを繰り返し、一番リラックスして矢を放つタイミングは叩き込んだ。

 それでもやはり圧倒的に練習量が足りないのだ。

 じっとしていられなくなり、ともえは静かに部屋を出た。

 縁側から庭へと降り、少し肌寒い暗闇を月と星明かりを頼りに歩き出す。

 壁伝いに屋敷を迂回すると、道場が見えて来る。しかしすぐに足を止めともえは踵を返した。道場に近づくと、どうしても弓を触りたくなってしまうのだ。

 自制を効かせ立派な錦鯉が泳ぐ池の方へとそのまま進む。


「夜でも泳いでるのね……」


 水面に映る月が波打って、幾重にも揺らめいた。


「ともえちゃん。こんな所で何をしているんだい?」


 じいっと鯉を上から覗き込んでいると、聞き慣れた声にともえは顔を上げる。

 浴衣姿の真弓が、ともえを見て少し驚いたような顔をしていた。


「こんばんは、真弓さん」

「こんばんはって、もう夜中だよ。上着も着ないで庭へ出て、風邪を引いたらどうするんだい?」


 言いながら真弓は自分が羽織っていた中羽織をともえの肩にかけてくれた。


「あ、すみません……」

「眠れないのかな?」


 ともえの隣りに並んでしゃがむと、真弓も池の中を覗き込んで尋ねた。


「何だか色々と不安になってしまって……」


 情けないが、これが今の本音である。ともえが言うと、真弓はともえの手を取って立たせる。


「ともえちゃんはどれくらい練習したら笠原道場に勝てると思う?」

「どれくらい? ……分かりません」


 実際考えてもそんな事分からない。まさか橘や氷江の実力を数字で測れる訳ではないのだから。首を横に振ると、真弓はともえの手を握ったまま歩き出した。

 引かれるまま真弓の暖かい手の感触に酔っていると、


「そうだね、僕にも分からない……ともえちゃんがうちの道場に来てすぐの頃、強くなりたいと言って必死に練習をしていたのを覚えてる?」

「はい」

「その時、僕はこう言わなかった?『弓道は精神状態が大きく左右する』って」

「……あ」


 ともえはまた同じ過ちを繰り返す所だった。強くならなければと気ばかり焦り、変に力が入っていつもより上手く矢が射れなかったのだ。

 それはほんのちょっとした事なのに、心の乱れはすぐに矢を通して現れる。

 急にともえの視界が塞がれた。

 驚くともえ。


「っ!?」

「ともえちゃんはよく頑張ってるよ。大丈夫、焦らなくてもきっといい結果が出る……僕はね、そうやって弓道の事や日輪家の事を一生懸命考えてくれるともえちゃんが好きだよ」

「え……?」


 真弓の声がともえの頭のすぐ側で聞こえてきて、自分が真弓に抱きしめられている事にようやく気付いた。

 驚いて離れようとするのだが、頭が混乱して体が言う事をきかない。

 そうこうしているうちに真弓はともえから離れ、ぽんと優しく頭に手を置いて微笑んだ。


「こんなに冷えてるじゃないか。さ、部屋に戻ろう。明日はまた早くから練習なんだ、しっかり休んで体力を回復させないと」


 最後、真弓さんはなんて言った?

 好き?

 私の事が?


「どうしたの?」

 必死になって真弓の言った言葉の真意を考えていたともえは、顔を覗きこまれて慌てて首を振る。


「いっ、いえっ! 何でもありませんっ!」

「そう? はは。実はね、僕も何だか気持ちが落ち着かなくて眠れなかったんだ。でも、こうやってともえちゃんに偶然会えて話しが出来て、何だか落ち着いたみたいだ。ともえちゃんの才能の一つかもしれないね」

「え?」


 真弓も試合が近づいて不安を抱えている。自分だけではないのだ。それにしても才能の一つとは一体なんだろう。


「人を笑顔にする才能」

「ーーーそんなっ、それは私じゃなくて真弓さんですっ! 真弓さんはいつも優しくて、私を励ましてくれます! 本当に感謝してるんです」


 必死にそう伝えると、真弓は目を細めた。


「そうかな? じゃあ、お互い様ということにしよう」


 ともえはどんどん真弓を好きになっている。始めてこんなに男性に優しくされたから。と言われればそうかもしれない。だが、それだけではない。 

 真弓が側にいれば何でも出来る。そんな気にさせてくれるのだ。

 ああそうか。真弓は自信の無い自分をいつも励ましてくれる。そしてその励ましは力になっている。それを実感しているから、好きなのだ。

 残された時間で自分に出来る精一杯を努力して、真弓にまた微笑んでもらいたい。隣りを歩くその横顔に、そっと誓った。






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