卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第01話

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迷錯鏡鳴 序の巻



 紅い赤光に飲み込まれた世界がある。
 時刻はまだ夕方なのにも空には紅い満月が輝いていた。
 嗚呼、なんという恐ろしい月夜なのだろう。
 それは紅く、赤く、破瓜の血のように鮮血に染まっていた。
 大気すらも紅く、呼吸するたびに血に染まっていくような錯覚すら覚える世界。
 紅い月の光に満たされた空間――月匣と呼ばれる異空間。
 そこに三人の人影がいた。
 暗い、薄暗い校舎の中で対峙するものたちがいる。
 一人は少年。
 輝明学園秋葉原分校の制服を身に纏い、両手に無骨な形の両刃の刃物を握っている。黒塗りの刀身、刃渡り20センチほどのそれはクナイと呼ばれる得物。
 右に一本、左にも一本、逆手に握る少年。
 その眼光は鋭く、不気味なほどに身じろぎもせずに、ただ目の前に二人をにらみつけ、硬質な殺意を放っていた。
 空気が凍りつきそうな、歩み寄るだけで首が切り落とされそうな殺意。
 それを受け、それと対峙するのは二名の少女。
 一人は色素の抜けた茶髪をツインテールに結い上げた少女。
 輝明学園秋葉原分校の女生徒用の制服を身につけ、両手には巨大なるトンファー――否、それはトンファーではなく、“箒”。
 ドラゴンブルームと呼ばれるトンファー型の箒、それを構えた少女はただの常人か?
 否である。
 この月匣内で怯みもせずに、ただ眼前の少年を射殺さんとばかりに睨み付けている少女が常人なわけがない。
 そして、その横で佇む少女もまた常人ではなかった。
 彼女は人ですらなかった。
 その手は異形の如く鋭い爪を生やし、耳に当たる部位は猫のように大きく肥大化し、臀部からは猫の尻尾を生やした、それを人類と呼べるわけがない。
 瞳孔は細い亀裂のように縦に長く夜闇を見通す獣の瞳。
 バンダナを頭に身につけ、後ろ髪をリボンで括った少女は人間ではない。
 人狼――デミ・ヒューマン。亜人間と呼ばれる種族の一人、猫と人間の混ざったようなそれは猫人と呼ぶべきか。
 それらが一同に会し、互いに対峙している。

 まるで漫画か幻想のような光景。
 夢のような、趣味の悪い悪夢。
 しかし、その夢は決して覚めぬ夢。
 確固たる現実なのだから。

「   」

 少年が呟く。
 しかし、その言葉は少女達には届かない。
 互いに敵だと既に認識し、放たれた言葉はむなしく大気に希薄化し、消失する。
 ゆらりと少年の身じろぎ一つしなかった体が崩れ、揺らいで、瞬間――音もなく、少年の位置が移動した。
 体勢はそのままに、ただ位置のみが移動する。
 前へ、爪先でだけで蹴飛ばし、移動するその歩法。
 すり足と呼ばれる剣道の歩法、その亜種、恐るべき速さでの前進。

「っ!?」
「  !!」

 トンファー使いの少女が驚きに目を見張り、亜人の少女が警戒の咆哮を上げる。
 二人の少女が動き出す。
 ツインテールの少女が呼気を洩らしながら、力強く前に踏み込み、そのしなやかなる手足を流れるように用いて、ぶぅんと大気を両断するかのようにドラゴンブルームを横なぎに振り抜いた。畳み掛けるように亜人の少女が右手の爪を一閃させ、十字に切り裂くかのような疾風。
 防ぐか、止まるか。
 どちらを取るかと少女達は考えて――第三の選択を少年は選んだ。
 少年の頭部を粉砕するかのような残酷なる軌跡、しかしそれを少年はさらに踏み込み、低い体勢で躱す。
 地面と頭が平行になるほど低く、蜘蛛のような姿勢。爪先と指先のみで床を引っ掛け、疾走する移動法。
 なのに、速い。
 飛び出した少女たちと少年の軌道が交差し、位置を真逆に変える。
 少女は前へ、少年は少女の背後を取った。
 驚愕にツインテールの少女が硬直したのは一瞬、即座に建て直し、旋回するようにトンファーを背後に振り抜いた。
 横薙ぎの一閃。
 風すらも切り裂く閃光の如く殴打は再び空を切る。
 少年は振り返るよりも早く、ただ上へと跳んだ。
 恐るべき身体能力で天井へと跳んで、クルリと天井へと――“立った”。
 重力を操作した?
 否、違う。
 天井からぶら下がった蛍光灯、それを足先で掴み、ただ引っ掛けたのみ。
 少年の靴は普通の革靴――多少改造されているとはいえ、本来の戦闘服である装束ではなく、僅かなくぼみを掴むための足先がない。
 故の代理、そして空を切った少女へと少年の両手が閃いた。
 二条の投擲、人差し指で支え、中指で押し出した独特の投擲術でクナイが弾丸の如き速度で撃ち出される。
 少女は息を呑み、片方を咄嗟に構えたトンファーで弾き、もう一つは首を捻って躱す。
 顔の真横を突き抜けるクナイ、風を切る音が鼓膜を震わせ、ドスンとクナイの先端が廊下の床に半ばまでめり込んだ。
 その威力に戦慄する。
 弾いたトンファーに確かに残る衝撃に手が痺れていた。まるで砲撃の如き投射術。

「あげは!」

 瞬間、言葉が意味を持った。
 あげは、そう呼ばれた少女が人外の速度で天井に佇む少年へと爪を伸ばしていた。

「はぁああああ!」

 僅かな挙動、助走すらもない跳躍で二メートルを超える高みへと登る身体能力、まさしく人外。
 少年の手元に武器は無く、自然落下で避けるには遅い、絶好のタイミングでアゲハと呼ばれた亜人の少女は唸りを上げて、爪を少年へと叩き込み――金属音を響かせた。

「っ!?」

 確かに爪は命中した。
 少年の胸元へと振り抜かれた爪は紛れも無く必中のタイミングと軌道を描いて打ち込まれ――受け止められていた。
 少年の袖から飛び出したクナイによって。
 手首を曲げればもう一本、瞬時に飛び出し、その手に握られていた。
 バギンッと蛍光灯が二人分の体重に破損し、二つの人影が落下した瞬間、斬光が交差した。
 二本の爪が、二本の刃が、瞬くような瞬間を重ねて煌めく。
 互いに殺意を向けて、刃が振りぬかれて――弾かれたように吹き飛んだ。
 互いに人外、鍛え抜かれた、或いは常識外れの身体能力を持って、体勢を整え、まるで羽毛のような軽さで着地する。
 見ていなければ今着地したのだと分からぬほどの静かな音。
 アゲハはぐっと短い苦痛を洩らして胸元を押さえて、少年は歯を食いしばりながら手の甲で頬についた爪痕を拭う。
 互いにその速度と鋭さを認識し、油断は出来ないと判断した瞬間だった。

「どけ、あげは!」

 独特のテンポ、リズムで息を吸い上げたツインテールの少女が腰を捻る。
 膝を曲げて、手首を曲げて、しなやかに踊るように体を前に投げ出し――あげはが意図に気付いて飛び退いた瞬間、虚空を切り裂くかのようにトンファーを振り抜く。
 刹那、大気が奇怪な破裂音を奏で上げて、陽炎の如く歪んだ。
 ――伏竜。
 そう呼ばれる技術がある。
 龍使い。
 “氣”、すなわちプラーナの操作技術を極限まで編み上げ、体を鍛え抜いたウィザードの一派。
 体内に巡る経絡の流れと(ロン)と称し、大地に巡る霊脈――竜脈と呼ばれる大地の流れと同調し、己の中に龍を宿した武術家たち。
 内力を練り上げ、丹田を通し、己の経絡を全てにプラーナすなわち氣を巡らせ、錬気を練り上げた彼女には見える、感じる、悟れる。
 大気の流れを、その硬直した位置を、打点すべき位置を。
 故に無駄なく、迷い無く、その一点を叩いて、大気に衝撃の波紋を広げた。

 世界は彼女にとっての水面。
 指を突いただけで波紋が広がる、大気もその時の彼女にとっては液体も同然。
 風の如く、音の如く、衝撃が大気を伝達し、少年の体を打ち据えた。
 少年には意味が分からなかっただろう。
 大気が歪んだと思った瞬間、5メートル以上は離れていた少女が振り抜いた一撃が不可視の衝撃となって少年を打ち抜いたのだから。
 見た目は十代半ばの少女。
 けれど、振り抜いた一撃は鉄をも砕く剛力無双。
 六十キロ前半の十代少年の体をトラックの直撃の如く吹き飛ばし、遥かな廊下奥へと転がすのには十二分の一撃だった。

「竜之介、やったか!?」
「いや、まだだ!」

 あげはが呼んだ少女の名、それは不可思議なことに男の名前のようだった。
 けれども、竜之介と呼ばれた少女は一切の疑問も浮かばせず、ただ厳しく前を見る。

「手ごたえが浅え!」

 手ごたえの弱さに、竜之介は厳しく目を細めていた。
 よくよく考えれば、派手に吹き飛びすぎていたのだ。
 幾らなんでも竜之介の一撃を受けたとはいえ、廊下の奥にまで吹き飛ぶなんてありえない。
 むしろ、わざとその方向に自ら跳んだとしか言いようがないほどに。

「まだケリはついてねえ」

 じわりとこめかみに汗を浮かばせ、竜之介は静かに呟いた。


「来るぞ!」


 廊下の奥から煌めき、打ち込まれてきた無数の白刃。
 それらを打ち払いながら、竜之介は赤い夜空に響き渡るほどの咆哮を上げて、足を踏み出した。




ナイトウィザード 異説七不思議録

【迷錯鏡鳴】








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