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あなたと見上げる蒼い月

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あなたと見上げる蒼い月



「―――と、いうわけで、私の質問に“はい”か“Yes”でお答え下さい♪」
「………あのなぁ………」
 心底楽しげで軽やかな声に、どこかげっそりとした声が答える。
 眼下に青い星を臨むように、どことも知れぬ虚空に浮かぶ宮殿―――その一室に、一組の男女の姿があった。
 一人は、まるで穢れなき月光をそのまま人の姿に転じたような、幼くも麗しい少女。鏡のような銀の髪に、幼い面に不似合いなほどの深い思慮を湛えた瞳。
 綻びかけた蕾を思わせるあどけない可憐さの中に、どこか成熟した色香すらも漂わせる微笑を浮かべ、目の前の相手を見つめている。
 いま一人は、青年へと移り変わる年頃の少年。上背のある体躯に、それに見合った肩幅。制服らしいブレザーの上下を纏った細身の体躯は華奢なのではなく、余計なものを削ぎ落とした刃物のような鋭さがある。
 やや眦のきついその眼差しを半眼に細めたその表情は、疲れたようなうんざりしたような、少なくとも、とてもではないが機嫌がよいとも調子がよいともいえない表情だった。
 少年は、目の前の麗しい少女の容姿に見とれるでも感嘆するでもなく、寧ろ忌々しいものを見るかのような色すら浮かべ、睨みつけるように言う。
「もう聞き飽きたんだよその台詞はよ!? 俺を学校に行かせろこらッ!?」
 事情を知らぬものが傍からみれば、柄の悪い少年が可憐な少女を恫喝しているようにしか見えない光景。しかし、少年の言葉をよくよく聞けば、恫喝の内容がやや間抜けである。しかも、後生大事とばかりに学生鞄を抱きしめているので、余計である。
「あらあら、柊さんこそ毎度毎度そればかり。それこそ聞き飽きましたわよ?」
 何より、怒鳴りつけられている少女が余裕綽々の様子でこう返せば、この場のパワーバランスが見目から来る印象とは逆であることが容易に窺い知れるだろう。
 柊と呼ばれた少年は、その鋭い眦にうっすらと涙すら浮かべて叫んだ。
「学生は学校行くのが務めなんだよ! 飽きるも飽きないもないだろうが!?」
「あら、それならウィザードは世界を守るのが務めですわ」
 まさに、ああ言えばこう言う。
 少女は聞き分けのない子供を諭すような口調で言い含める。
「それなのに、嘆かわしい。柊さんはそんなに世界を守りたくないのですか?」
「世界を守りたくないんじゃなくて、俺は学校に行きたいんだっての!
 つか、他にもウィザードはいるだろうが!?」
 もう完全に涙声で、少年は叫んだ。
 ―――ウィザード、エミュレイター。
 ごく普通に世界に生きる人々には縁のない、世界の真実を知る者たちだけがその意味を知りえる単語。
 ―――世界は、常に狙われている。
 裏界―――文字通り、世界の裏側から紅い月と共に現れ、この世界を侵さんとする魔性、侵魔(エミュレイター)達に。
 そして、人々に忘れられた超常の力を用い、人知れずその侵略を食い止めんとする者達が、世界の真実を知る者達からこう呼ばれるのだ―――夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)、と。
 この宮殿は亜空間に浮かぶ、ウィザード達を束ねる“世界の守護者”の宮殿。その主たる亜神の少女の名を取って、アンゼロット宮殿と称される。
 その銀の髪の麗しい亜神は、目の前で今にも本泣きしそうな少年を悪戯っぽく見遣った。
「だって、柊さんを送り込むのが一番早いですし。出席日数気にして、超高速で仕事片付けてくださるじゃないですか」
「そんな理由かぁぁぁあああッ!?」
 言われた側はもはや悲鳴のように絶叫する。
 彼の名を柊蓮司。見目年下の少女―――実年齢は言わぬが花―――に、いいように遊ばれている様からは想像しにくいが、幾度も世界の危機を救ってきた世界有数の戦士―――英雄、と呼ばれてもおかしくない戦歴の持ち主だった。
 つい先日も、紅と碧の双月を用いて世界を掌握せんとした魔性、現在裏界で最も力あるといわれる“金色の魔王”を、仲間と共に退けたばかりなのである。
 しかし、彼はその華々しい戦果の代償として、ごく普通の学校生活を多大に犠牲にしてきたのだ。―――具体的には、高校の卒業が危ぶまれるくらいの勢いで。
「まったくもう、わがままですわね」
「どっちがだよ!? つか、他のウィザードは学校に手回しして課外授業扱いとかにしてんのに、何で俺だけ普通に欠席なんだよっ!?」
 溜息まじりのアンゼロットに、柊は結構本気で泣き入っている。
 それも無理はない。柊自身の計算では、今日の午後に入ってる教科は、単位的にもう休むことが出来ないのだ。この単位を落とすと、卒業そのものが危うい。
 いつにも増して意固地に拒否する柊に、アンゼロットは一つ嘆息して、
「仕方ありませんわねぇ………では、今回だけ特別に、柊さんに“No”の選択肢をあげる余地を与えてあげましょうか」
「―――本当かッ!?」
 途端、ぱっと顔を輝かせる柊。しかし、次の瞬間顔をしかめて、
「………とかいって、別の無理難題押し付けるつもりじゃあ………?」
「失礼ですわね、私を何だとお思いなんです?」
 日ごろの行い思い返せ―――さも心外というアンゼロットに、そう突っ込みそうになったのを、柊は何とか踏みとどまる。ここで機嫌を損ねて機会を不意にするのはあまりに馬鹿馬鹿しい。
「柊さんには、私の出した問題に答えていただきます。正解でしたら、柊さんに“No”の選択肢を差し上げましょう。ただし、回答権は一回こっきり。間違えたら即任務に向かっていただきますわ」
 アンゼロットの言葉に、柊は大きく深呼吸して、
「―――よし来いっ!」
「………相撲の稽古じゃないんですから。―――でもまあ、行きますわよ」
 妙な張りきり方をする柊に、アンゼロットは一つ嘆息してから―――出題した。

「―――今夜は、月がとても蒼いですね」

「………は?」
 目を瞬く柊に、アンゼロットは笑って促した。
「この言葉の意味を、答えてくださいな」
 柊は露骨に狼狽した様子で、待った、と手を掲げる。
「ちょ、ちょっと待て。これ、なぞなぞかっ? ―――ノーヒントじゃ無理だろおい!?」
「………そうですわね、このままでは確かに難しすぎるかもしれませんね」
 軽く首を傾げると、アンゼロットは指を一つ立て、
「では、一つだけヒントを。一回しか言いませんから、よーく聞いててくださいね」
「お、おうっ」
 柊が頷くのを待って、アンゼロットは口を開く。

「私にとって、柊さんと見る月が蒼いのですわ」

 そう、告げた瞬間、柊は眉をしかめて固まった。
「………それが、ヒント?」
「はい」
 沈黙の後に搾り出すように問い―――あっさり頷くアンゼロットにまた硬直した。
 ついで、ぶつぶつと呟き始める。
「蒼い月………紅い月、はエミュレイターが出てくる(しるし)だよな………。
 その逆の蒼だから………でも、俺がアンゼロットんとこにいるときって、たいてい世界の危機だしな………。
 ああ、でも、本当に危機のときはもう現場に送られてるからな………うーん、これか?」
 一応の結論が出たらしく、柊はおずおずとアンゼロットに向かって口を開く。
「―――今日は、世界が平和だ………とか?」
 その答えに、アンゼロットは満面の笑みで返す。
「はい外れ。行ってらっしゃい♪」
 言うなり、どこからともなく取り出したボタンとぽちっと押した。
 瞬間、柊の立っていた場所の床が消え、
「―――おい待てアンゼロットせめて答え合わせしてからぁぁぁぁ………―――ッ!?」
 絶叫の余韻と、落下した反動で手から床に放り出してしまったらしい鞄を残し、柊は眼下の青い星へと落下していった。
 放り出された衝撃で開いてしまった鞄、そこから床に散らばった何冊もの教科書。
 白く華奢な手が伸びて、そのうちの一冊を取り上げた。
 使われた形跡の殆どないそれのページを、一枚一枚、丁寧に手繰りながら、銀の女神はこの本の持ち主に思いを馳せる。

 ―――最初は、ただ“神殺し”の力は戦力として貴重、それだけだったのに。

 因果律を破る力を宿した、柊蓮司の相棒たる魔剣。その力が貴重なものだから、気にかけていた、その程度だったのに。
 どんな絶望的な現実に直面しても退かず、どんな犠牲も許容せずただ守るために走る、その様に―――いつしか、惹かれてた。

 ―――私は、どんな犠牲を払っても、世界を守らなくてはならない存在(もの)だから。

 どんな汚い手段を用いても、誰に恨まれようと、世界を守ることが第一で。
 だから―――

 ―――あの、眩しいまでに真っ直ぐな生き方に憧れた。

 その己の感情に気づいた当初、アンゼロットは狼狽した。

 ―――私は、また同じ過ちを犯そうとしているの?―――

 アンゼロットが守護者として任されたのは、この世界で二つ目だ。
 彼女は、前の世界である神に恋をした―――彼女はその恋に溺れ、結果、その世界は滅びの危機に見舞われた。
 彼女自身が一度、その生を賭したことで、辛うじてその世界は滅びずに済んだ。しかし、それでアンゼロットの過ちが消えるわけではない。
 けれど―――

 ―――あの(ひと)相手に、その心配は要りませんものね。

 そう、気づいた。
 朴念仁で、女心に疎くて―――でも、肝心なところは妙に鋭い、あの男は、

 ―――私が、私の()すべきことを疎かにしたら、黙っていませんもの。

 真っ直ぐなあの少年は、きっと自分がやるべきことを放り出すようなまねをしたと知ったら、きっと、許さない。
 叱咤して―――最悪、頬を張るぐらいのことをしてでも、自分のやるべきことへと向き直らせようとする。

 ―――だから、大丈夫。

 彼は、この想いに自分を溺れさせてくれるほど、甘くないから―――

 ―――私は、安心して彼を想っていられる。

 そう、思って、ページを手繰る指を止める。そこに書かれた文章に、微笑した。
 それはある文豪の作品本文の隅に、小さく囲われたコラムのページで、そこには、アンゼロットが柊に出題した一文が書かれていた。

 ―――今日は、月がとても蒼ひですね―――

 それはその文豪が、ある英文を直訳した学生を窘め、その学生に手本を求められて答えた意訳。
 その、英文は―――

 ―――I love you.

「―――できるだけ長く、蒼い月を眺めていたいものです」

 ―――だから、長生きしてくださいよ?

 その時の少女の顔は―――
 見る者がいないのが惜しまれるほどに、可憐に、艶やかに、笑っていた。





Fin.

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